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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

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ライヴ・コンサートのお知らせ

松峰綾音 ライヴ・コンサート・イベントのお知らせ
                     (2021 .4. 4 現在)
                                                               (通常のブログはこの下の記事から始まります)

  <コンサート無事終了いたしました>
 延期を余儀なくされていました 月の庭 Vol.8 『月光微韻』ですが、2021年3月に両会場とも無事に終了いたしました。
 両会場とも、座席数も通常定員よりは大幅に縮小しての開催でしたが、ご来場のお客様にご協力を頂きながら、久しぶりの公演を楽しんでいただきました。有難うございました。
 

月光微韻チラシ表面
              
  
 松峰綾音 月の庭
   『 月 光 微 韻 』
    シャンソンと朗読のひととき  Vol.8

    
<2021年 3 月>  

   
 旧日本銀行京都支店、辰野金吾氏設計の重要文化財で、威風堂々とした趣の近代建築、「京都文化博物館別館ホール」でのコンサートです


     訳詞 歌 朗読 松峰綾音   ピアノ  坂下文野
     日時  2021年3月20日 (土) 開場17:30 開演18:00                  
     会場  京都文化博物館別館ホール             

京博1 京博2

  
   コンサートツアー、初の横浜公演です。

      
訳詞 歌 朗読 松峰綾音     ピアノ  坂下文野
        日時  2021
年3月27日(土)  開場13:30  開演14:00 
        会場  岩崎博物館 山手ゲーテ座ホール

     

岩崎博物館2

   お問合わせは、いずれも管理者のメール(ブログ左下)、または WEB のコンタクトからお願い致します。  

 詳細は、順次ブログにてお知らせして参ります。 
 

『月光微韻』コンサート3月公演決定 2020.12.27

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「Amical AYANE」(友の会)

 実は昨年末、私の活動を応援して下さる京都の有志の方たちが発起人となって、「Amical AYANE(アミカル綾音)」という名の友の会を立ち上げて下さいました。
 
 コロナ禍のこの一年半、誰もがそれぞれの抱える状況と困難に向き合ってきたわけですが、私も同様で、様々な試みは滞り、コンサートも延期が続いてまさに足踏み状態にありました。「こんな時こそ、背中を押してやろうじゃないか」との友人知人たちからの温かいエールだったのではと思います。

 「Amical」は元々「フレンドリーな・親愛なる」というような意味合いのフランス語ですが、「AYANE友の会・綾音を囲む親睦会・応援団」という気持ちで命名したとの発起人の方々のお言葉。
 既に「AA」とか「綾音友の会」とか適当な呼び名になっているとのことです。

 現在は、友人、知人、いつもコンサートにいらして下さるお客様など、身近な方々から少しずつご入会を頂いていると伺っています。
 『紋次郎物語』の出版に際しても、発行元を「Amical AYANE事務局」とさせて頂くなど、発起人や事務局長には大きなお力添えを頂きました。
AA友の会

 出版も実現しましたし、この度の『月光微韻』コンサートの中でも既にこの会の事をお話ししましたので、ブログでもご紹介をと思った次第です。

まだスタートラインに立ったところですので、今後、会をどう運営し発展させてゆくのか、どんな活動が可能なのか、すべてはこれから。様々試行錯誤しながらご相談させていただいている段階です。
 それにしても、先の見えないこのような時節に、皆様で支えて下さり、会の実現にまでこぎ着けていただき、本当にありがたいことだと思っています。
 私自身も応援して頂くばかりでなく、会員の皆様とも双方向に楽しさが深まり、可能性が広がっていけるよう、全力でお応えしていかねばと考えています。

 会員の特典など主な内容は次の通りです。

 *会員への特典内容(以下のご案内・ご連絡を優先し出状致します。)
   ・演奏会・イベントの日程・内容のご連絡と優先予約(会員価格)
   ・会員限定のイベント(ミニコンサート・囲む会・対談等々)
   ・演奏会・イベント時の懇親会等
   ・会報誌等の送付

 皆様と共に和気藹々と集い、音楽や文芸のお話、シャンソン訳詞の裏話、そして普通のおしゃべりなどもたくさんして、朗読や歌も聴いていただけるそんなアットホームな特別イベントができたら楽しいでしょうし、ランチ会も良いのではなどと、想いは広がるのですが、でも現在の状況では、皆で一堂に会するのは難しいですね。
 せめて、可能になった時のために、今のうちに様々な企画を考え、準備をしてゆきたいと思っています。

 それにAA事務局の皆様は結構厳しくスパルタ式で、弱音を吐いたり、ぼんやりしたりしていると、「次のコンサートは決まりましたか?」とか、「次の本の執筆は進んでいるんでしょう?」とか「お便り原稿をお願いします」とか柔らかくかつ確実に注文が届くのです。
 私は一つのイベントが終わると次への充電期間が長く、腰が重いのが大きな弱点なのですが、そんな性格には、得難い叱咤激励であるかもしれません。こういう声をかけて頂けることの幸せをかみしめています。
 
 AAの輪も活動拠点である京都と東京・横浜を結んで、交流が広がっていったら楽しいと思っています。
 色々に夢が膨らんでいますが、ご興味を持って下さる方はまず、AA事務局あてにメール(aa.tomonokai@gmail.com)でご連絡ください。詳細が事務局よりメールで届くと思います。

 

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『月光微韻』コンサートご報告

 お陰様で3月27日の山手ゲーテ座でのコンサートも無事終了致しました。今から思えば、まさにコロナ感染の谷間だった気がします。
 安堵感の中で一週間ぼんやりしていましたら、不測の事態でも?と、ご心配をおかけしてしまったようですが、何事もなくとても元気で過ごしております。

 写真やDVDなども届いて参りました。
 20日の京都公演と27日の横浜公演の模様を今日はご報告したいと思います。

   会場の力
 横浜公演に来られたお客様から村上春樹氏のこんな言葉を引用したご感想を頂きました。

 自分の心だと思っているのは、心全体のうちのほんの一部分にすぎない。残りの領域は手つかずで、未知の領域として残されています。
 でも、自分を本当に動かしているのは、その残された心なんです。
  意識や論理じゃなくて、もっと広い、大きい心です。
 じゃあ、その心という未知の領域を、どうやって探り当てればいいのか。その役割を果たしてくれるものの一つが物語です。
 心と意識の間にある隙間を埋めていくのが小説・文学の役割です。
 ・・・・・

 月のかそけき光が静かに地上を包み、様々な物語が繰り広げられる。
 『月の庭』はまさに心と意識のすき間を埋めて行く感覚的作業のような気がしています。
 今回のコンサートはそれを支えてくれる会場にこだわりました。
 京都は文化博物館別館ホール、辰野金吾氏設計による明治期の近代建築の粋を集めた威風堂々とした建物。横浜はポール・サルダ設計の山手ゲーテ座ホール、西欧化の先駆けとなった演劇・音楽の殿堂。
 両コンサートとも見守ってくれた私の友人は、「京都では柔らかい優しい月光の光が見えて、横浜では冷ややかで鋭い光で射抜かれた気がする」と詩的な印象を伝えてくれました。
 会場が後押ししてくれる不思議な力って確かにあって、友人と同様の感覚を私自身ステージに立った時に感じた気がします。
プログラム2

 今回のプログラムは、そんな思いを込めて、こんなデザインにしてみました。
二種類作成し、「お好きなほう」を受付で差し上げたのですが。


   京都文化博物館コンサート 
一部1
 紫色の光の中で「月の庭」が出現していきます。今回のイメージカラーは青と紫。

 第二部は黒の衣装。この写真は「黒衣聖母」を朗読している場面です。
二部朗読
 このような「経本仕立て」にして、読み進むにつれてはらりはらりと落ちていく趣向です。
 実はこれがとても好評でした。
 「『黒衣聖母』の鬼気迫る内容にこの落ちていくタイミングがぴったり溶け込んで、怖かった」、「私も買いたいからこの折本の販売元を教えて」と言われました。
 経本の形に折ったのは、友人のアドバイスによるもので、江戸時代の逸話の背景に合うのではと自分で作ったものなのです。


   山手ゲーテ座コンサート
 いつも私のコンサート写真を撮影して下さっている沢木瑠璃さんに今回もお願いすることができました。写真を追いながら横浜公演のご報告を致します。

 ゲーテ座ホール桜満開。眩しい日差しにはらはらと舞う桜が美しかったです。
ゲーテ座 ゲーテ座2
受付には『紋次郎物語』のご案内をしました。
「プレゼントにしたいから」と何冊もお求めくださる方もいらして、嬉しいものですね。紋次郎も横浜の皆様にもかわいがってもらえて本当に幸せ者です。
紋次郎物語 AA入会
「ファンクラブの入会申し込み」・・・Amical AYANEというファンクラブが実は昨年末に発足したのです。
 京都を中心に私の活動を応援して下さる有志の皆様で作ってくださった会、
 このことはまだ発表していませんでしたので、今回のコンサートが初お目見え。これについては、また改めてご紹介致したいと思っています。
ホール
 客席は、密を避け、間隔を広く取っていますが、いらした皆様には安心感がありますし、ゆったりと座って頂けたのではと思います。
一部3
 
 落ち着いて舞台に集中出来る素敵なホールです。

 「会場も程よい広さで、味わい深い良い場所でしたね。
磨かれた床に映ったドレスが、夜の海に映る月光のように見えた時は感動しました。」とのカメラマンの沢木さんの言葉。

 その様子を写真に素敵に収めて下さいました。

第二部のテーマは「祈り」、黒のイメージです。
2部2
「汝の祈祷 神々の定めたまふ処を動かすべしと望むなかれ」
 『黒衣聖母』のテーマは、この時節には身につまされて重い痛みを心に感じますが、でもだからこそ、ひりひりとした感覚の中でしっかりと受け止められる主題なのかもしれません。
 さすが芥川龍之介の筆致は迫りくるものがあり、聴く方にとっては刃が差し込まれるような衝撃があると思うのですが、読んでいる私自身にも言葉自体の持つエネルギーがそのままブーメランのように心に戻ってきて、放心状態のようになるのです。エネルギーを吸い取られるような,魔的な感覚というのでしょうか。言葉を発することって、そういう真剣勝負の要素を含んでいるのかもしれません。
3人共演
 横浜公演限定で、後半コーラスが加わりました。何年ぶりかで歩さんの登場。久しぶりとは思えないほど息がぴったりでした。
  裏話。
 東京と京都、コロナも邪魔してなかなか会って練習ができませんでしたので、zoomを使ってのリモートレッスンで急場をしのぎました。窮すれば通ず。ただ微妙に時差が生じ、やまびこのように遅れて歌が届くのには難儀しました。でも本番はその分、感慨深かったです。

 そしてアンコール。
二部3
 客席の表情もうっすらと見えます。久しぶりで人と会え、人のぬくもりを感じた時間でした。
 じかに話す、語る、歌うってやはり何ものにも代えがたい素敵で大切なことだと思いました。声を発するその熱量が客席に届いて、同じような親和感を持ってこちらに戻ってきます。
 大げさな物言いかもしれませんが、人が生きるって本来そういうことなのではないでしょうか。
 まだしばらく今の状況は続き、それに対応するコミュニケーションの取り方もきっと生まれてくるのでしょうけれど、それにしても早く落ち着いて、普通のライヴが普通に開催される日がくるように祈るばかりです。
   花束
 一年半、延期したコンサートがこうして実現できました。
 励まして下さり、力を貸してくださいました多くの皆様、ご来場下さいましたお客様に心から感謝申し上げます。
 ありがとうございました。



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京都公演無事終了しました

 20日土曜日、京都文化博物館ホールでのコンサート、無事終了致しました。

 この日を待っていてくれたかのように、一気に桜が開いて春爛漫。
 天気予報「雨、夕刻から激しく降る」の中、眩しい日差し、相変わらず晴女の記録を更新した一日でした。 
ホール1
 京都文化博物館別館ホール、ライトの調整が始まると、古色蒼然とした重厚な雰囲気が益々濃くなってゆきます。
 音響と照明は以前からお世話になっているとても信頼のおけるスタッフ、優れた技術で、この吹き抜けの建物を最高の味方につけてくれました。
ホール2
 音の響きがとにかく素晴らしかったです。旧日本銀行の建物だったとは思われないくらい本格的なホールそのものの音であると感じました。
 照明も、私が漠然とイメージした光・色彩を伝えたその雰囲気を、更に美しく出現させてくださって、お客様からも大好評でした。
朗読影
 横浜公演が、5日後ですので、コンサートの詳細なご報告や写真公開はそれが終わってからにしたいと思います。
朗読をしているときの影だけ。

 広いホールに、かなり限定した席数で、本当だったらもっと大勢の方に楽しんで頂けたのにと、残念な気はしましたが、でもその分ゆったりと距離を取ることができたので、今回はこれで正解だったのではと思っています。
 「「空席を除けば満席です」と言えば良い」と友人がいつも励ましてくれますが、この日空席は一席もなく、ご予約の皆様、文字通り全員いらしてくださって、大感激。
 感染予防対策にもご協力いただき、お見送りも壇上からさせて頂きました。本当に有難うございました。
桜ハンカチ
 こんなプレゼントを頂きました。
 FEILERの桜のハンカチ。

 満開の美しさ、散り際のはかなさ、風雪に耐えて、ほとばしる命の輝き・・・
 多彩な表情に人生を重ね、時を超えて愛されている花・・・
 街にも心にも、かならず優しい春が訪れるように再生と復興の願いを込めて。


 ケースに記されていた言葉もまた素敵で、力が漲ってくる気がします。

 昨日、散歩した白川沿いの桜、サギがのんびりと遊び、のどかな春の到来を告げていました。
白川筋1 白川筋2

 京都公演の実現のためにこれまで、応援して下さり、たくさん力を貸してくださった皆様、会場にお越しくださいましたお客様、心から感謝申し上げます。
花束
 27日の横浜公演も更に良いステージになるよう力を尽くしたいと思います。
 横浜公演のチケットはあとわずかとなっています。

 ご希望の方はお早めにご連絡頂けると幸いです。



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『月光微韻』京都公演三日後です

 本当だったら昨年の今頃行っていたはずの『月光微韻』コンサートですが、一年間、延期を繰り返して、ようやく三日後の京都での開催が目の前です。

 コロナの感染予防対策には細心の注意を払い、とにかく密を避けることが第一優先。
 思い切って定員も半分以下に減らし、座席の空間を大きく取ることにしました。
 広い吹き抜けのホールにパラパラと置かれた椅子席、ステージと客席との間も大きく距離を取って・・・当日の不思議な光景が脳裏によぎります。
 本来なら、考えることのなかったたくさんの難題に向かいながら過ごしてきた準備の日々でしたので、開催が間近となり感無量です。

  今日午前中、直前の通しリハーサルをピアニストの坂下さんと行いました。
 「逆境の中で身を低くし、かがみこめば、それだけジャンプする力は強くなる」とよく言いますが、今日は歌いながらそれを実感していました。
 歌えることの幸せがジーンと胸に迫ってきます。
 本番さながら、坂下さんと気合が入り、嬉しい充実感、手ごたえがありました。

 京都はかなり沈静化してきたとは言え、こういう状況下に足を運んでくださるお客様に本当に感謝し、力を尽くしたい。安全に過ごしていただきたい。心地よさを胸に帰路に着いていただきたい。
 コロナ禍に耐えているこういう時代だからこそ伝わるものもあるのではと、色々な想いが今去来しています。

 そして、27日は山手ゲーテ座での公演。
 両会場とも、あと少し座席がありますので、よろしかったら是非お聴きにいらしてください。

リハーサルからの帰り道、四条大橋から鴨川べり、そして白川。
鴨川べり
 先斗町のお店も少しづつ賑わいを取り戻し始めています。鴨川べり名物の等間隔の恋人たちの団欒も、今年は心なしかソーシャルディスタンスの幅が、より広く感じられます。



 柳の柔らかい新緑が春の光に映え、桜の蕾も大きく赤く膨らみ、ちらほらとほころび始めていました。
桜1 桜2
 京都の開花宣言は、史上最速の昨日16日でしたので、当日は色鮮やかな七分咲きの頃でしょうか。

 桜の中でのコンサート、楽しみです。
 月の光のように密やかに優しく、春の眩しい日差しのように心温まるコンサートにしたいです。



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『紋次郎物語』母猫に学ぶ

友人から寒桜、梅の便りが届きました。
寒桜2
黒々とした冬枯れ色の幹が、心なしか明度を増して春の訪れを告げているようです。今年も美しい初春のお裾分けです。
寒梅1


   母猫にみる節操と矜持
 『紋次郎物語』のご感想を色々な方から頂き、とても嬉しく思っています。
 主人公の紋次郎もさることながら、母猫に人気と共感が集まっているようです。確かに我が家で紋次郎たち兄弟猫を飼うことになったのも母猫の存在があったからで、この物語の陰の立役者ともいえるかも知れません。

 今日は紋次郎物語母猫編をお送りしてみたいと思います。

 お向かいの家でエサをもらっていた一匹ののら猫が、いつの間にか毎日、我が家の庭にも顔を出すようになったという所から物語は始まります。
 よくみると猫はメス猫でお腹のあたりがでっぷりとして、どうやら子供を宿しているらしいのです。

 元々、のらには珍しくおっとりとした優雅な雰囲気を漂わせていた猫でした。
 庭を荒らすこともせず、池の魚たちにも手を出さず、ただじっと静かに遠巻きに眺めているだけで、どことなく達観した風情を醸し出していました。

 身体の具合が悪そうでもあったので、縁の下に段ボールの箱を入れ寝床代わりに用意したのですが、そこに静かにうずくまり、やがて家を離れしばらくすると無事出産して仔猫たちを連れて再び姿を現したのでした。

 人に甘えすぎず寄りかからず
 のら猫とは、所詮しがない浮草で、生きるためには手段を択ばない身の定めなのでしょうが、この猫は、昔タイプの律儀な性格だったようで、「軒下を借りて母屋を乗っ取る」ような粗暴なことは決してしませんでした。
 一宿一飯の恩義、仁義をわきまえて生きることが身についている猫だったのだと思います。
 真に自然と共に生きるものには、このような矜持があるのかもしれませんが、この母猫のはっとするような美しい佇まいが今も目に焼き付いています。

   母猫にみる子育ての極意
 それから生まれたばかりの4匹の仔猫たちへの躾が始まりました。
 私の勝手な思い込みかもしれませんが、仔猫たちにこの母猫が教えようとした究極のところは、のら猫であるにもかかわらず、追い払われることもなく寝食の場が与えられる恩恵に感謝し、そういう「自分たちの置かれている状況」、「身の程」をわきまえるということだったのではと思っています。

 人間社会の現代の子育てセオリーからすると、とんでもなく時代錯誤で真逆といえるかもしれません。
 親は子供に自由な可能性こそを信じさせるべきで、自らの身の程や限界を教え込むなどもってのほかと非難されるでしょう。
 (強い自制心が、強い自己発露のエネルギー源になることもありますが)

 母猫は、自らの遠慮がちにふるまう所作を仔猫たちに伝授していたように見えました。
 例えばご飯の食べ方。・・・・兄弟で均等に分け合って食べること。食事の後に挨拶をすること。(母猫は食べ終わると必ず一声「ごちそうさまでした」とでもいうような鳴き声を発していました。ほどなくして仔猫たちも皆真似をしてその様子が何とも愛らしかったです。)
 自分たちに許された範囲以上は人間の世界に踏み込んではいけないこと。

 寿命自体が人と動物とでは大いに違うので、猫はかなりのハイペースで一人前に仔猫を自立させなければならないわけで、しかも親と子が共に居て面倒を見ることができるのも限られた時間しかなく、その中で生きる術を授けて、何があっても生き延びてゆけるよう逞しく自立させることが急務なのでしょう。
 そういう教育を徹底して施す一方で、この母猫は、仔猫たちを本当に可愛がっていました。「猫かわいがり」という言葉は、実はこのことかと思うほどでした。おそらくそのために、仔猫たちはどんなに厳しくしつけられても母猫が大好きで、実に天真爛漫、躾すらも楽しい遊びででもあるように受け入れていたようです
 赤ちゃん猫の頃に親から離される仔猫は、その分、人にはなつくでしょうけれど、本当に愛されたという記憶が身体の中に備わりにくいのではないでしょうか。飼い主が母猫同様の愛情の深さで可愛がり、それをベースにしてきちんとしつけることができるなら良いのですが。

 「優れた子供に育てるために」のような様々な子育ての本を昨今目にします。

  *自分を客観的にとらえる目と自制心を養うこと
  *しつけるべきはしっかりしつけて、逞しく自立させること
  *本当に愛しく思って心からの愛情を注ぐこと

 人も動物も自然の本質としてさほど変わらないとするならば、子育ての極意とは、母猫の示したこんな三か条に尽きるのではと、今、私は感じています。

   母猫にみる献身
 第三章の「母子の別れ」に記したのですが。
 この章には、病身でおそらく自らの死を悟ったと思われる母猫が、仔猫たちを託しに来る場面を書いています。
 最近見たyoutubeに、同様に仔猫を託す母猫の姿というのがUPされていてアクセス数が800万回にも上って大反響を得ていることを知りました。
 紋次郎の母だけではなく、よんどころない状況に置かれると、猫にはそういう習性というか心の働き方があるようです。

 紋次郎の母もまさにそうでした。
 のら猫であるにもかかわらず、最後はごろんと寝転んで人にお腹を見せて、最大の恭順を示したのは、すべて、残された子を思う親の気持ちからだったのでしょう。
 自分の危険も省みず、仔猫の行く末を託しにきた健気さ、自らを棄てる覚悟と愛情に心深く動かされました。

 複雑に想いが錯綜するのは人間独自のもので、猫には育児ノイローゼなどないでしょうし、期待や見返りなどなく、子育てはもっと単純で自然の摂理なのでしょう。

 今は、のら猫の存在自体が否定される時代です。この『紋次郎物語』に記した、私と私の家族の紋次郎たちの当時の育て方,飼い方が既に、ペット愛護の観点からは、時代遅れで、眉をひそめる部分も多くあるのではと思うのです。
 反論するつもりは全くないのですが、ただ昔それが普通だった時代があって、そんな中で猫を育てたことがあり、母猫の姿もその中であったからこそ見えてきた一つのかけがえのない幸せな出会いだったと言えるかもしれません。

 『紋次郎物語』を書きながら、私自身が思ったことをまたお話できたらと思っています。



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紋次郎の旅

 昨年末に出版致しました『紋次郎物語』ですが、「書店で購入できないのですか?」というお問い合わせが多く寄せられています。
 私家本として、是非、本の形に残しておきたいと作ったものですので、書店扱いにはしていなかったのです。
 ご面倒をお掛け致しますが、まずはWEB経由でお申込み頂ければと思います。
 ただ、そのお蔭で、ご感想なども生で伺うことが多いですし、またそこから、共通の動物観、家族観など様々なお話に発展することもあって、まさに紋次郎が結んでくれた温かい絆が生まれ、思わぬ幸せを味わっています。

  『紋次郎』は我が家に迷い込んできた雌猫の忘れ形見である仔猫三匹のうちの一匹です。
  三匹とも我が家で暮らすこととなり、家猫として家族の一員となり、その一方で、野生味たっぷりの逞しい野良猫魂を持ったまま外の世界を自由に謳歌して、その寿命を全うしたのでした。
  この本は、「愛情深い母猫」の物語を経て、「紋次郎」「まだら」「ねこきち」という三兄弟の歳月を綴ったエッセイです。
紋次郎
 紋次郎は、もわっと広がった綿みたいな毛並みの中から、少しブラウンがかった大きな目が覗いていて、他の猫とはタイプの違うエキゾチックな風貌です。
 性格は、まさにのら猫そのもの。母親とも兄弟とも似ていなくて、変に敏捷でとんがっている異端児です。
 今度は私が名前をと、弟を制してともかくも発言したら、どこかで聞いたような月並みな名前になってしまいました。
でも、これもなぜかその場で採用となり、即断即決、あっという間に三匹の命名式は終了しました。(第四章)

 「木枯らし紋次郎」から?と、命名の由来を何人かの方に問われましたが・・・。
 確かに風来坊然としていて、荒々しいところを見せるくせに時々ニヒリスティックで寂しそうな眼をすることがあって、無意識にですが「木枯らし紋次郎」とどこか重なったのかもしれません。

 そんな『紋次郎』ですが、今、『紋次郎物語』の中で蘇って、風来坊らしくあちこち旅をし始めたようで、彼になり代わって、少し照れくさく、でも嬉しく感じています。

   <旅その一> 届いたいくつかのお便り
 読者の皆様から寄せられた嬉しいお声です。

 *「紋次郎物語」一気に読み終えました。
 気持ちが暖かくなる優しい文章で、孫娘にも是非読ませようと思っています。続編も期待しています。

 *「紋次郎物語」、猫ちゃん一家と真剣に向き合われた深い愛情、そして二つの家族の命と縁と絆にほっこり癒されました。

 *我が家では子供達が幼少の頃に犬を飼い始め、晩年の介護生活を含め15歳で亡くなるまで泣き笑いの歴史がございます。
 愛犬との暮らしを思い出しながら、少し涙ぐんだり、でもほとんどはニンマリとしながら楽しく拝読いたしました。

 *知り合いの方の第一声は「著者は年配の方ですか?」でした。猫の飼い方で想像したようでした。
 麹町に住む知人は平屋で、今も紋次郎と同じように猫を飼っておいでなので、時代とはかかわりないと思うのですが。

 *私も大の猫好きで、これまで飼っていた猫のことを思い出しながら「そうそう」「あるある!」と相槌をうちながら楽しく、また切なく一気に読みました。外から帰った時に雑巾で足を拭くというのは驚きですね。

 *夢中になって読みました。猫の魅力や個性について何も知らなかったのでとても驚きました。猫の世界を初めて覗かせて頂き、その猫たちを貴女や弟さんが尊重し対等に付き合う様子に新鮮な驚きと感銘を覚えました。

 *一気に読んで綾音さんと紋次郎くんとのやり取りを思い描いています。何とも不思議だけれど温かく、実話なのに「日本昔話」を見たようなホンワカした気持ちになりました。年の初めに心が温まり、この一年も穏やかに過ごせる気がしてきました。

 省略させて頂きながらご紹介しました。たくさんの皆様に温かく受け止めて頂けて本当に幸せです。

   <旅その二>  Y君の居た風景
 Y・Sさんからこんな素敵なお手紙が届きました。全文ではないのですがご紹介させていただきます。

 ・・・・
 私の小学生の頃です。大阪の実家にはささやかな庭があり、動物好きの母がタニーという雑種の牝犬を飼っていました。アメリカ人から譲り受けた犬ですが、実に賢くまるで「まだら」のようでした。ハーモニカを吹くと、うっとりとした顔で歌うように遠吠えをするのです。本人はハーモニカと合唱をしているつもりなのでした。
 そこへ色々なアニマルたちが加わってきました。数羽のチャボ、気まぐれに夜店で買ったヒヨコから想定外に逞しく育ってしまった雄鶏一羽。
 ある時ここにニャンコが加わったのです。茶虎の子猫でしたが、その愛らしい仕草には家族全員が魅了されました。
 やがて子猫はドテッとしたお姐さん猫となり、そのうちお母さん猫となりました。5匹の赤ちゃんたちは皆毛色がバラバラで、まるで「ねこきち」と「紋次郎」のようです。

 『紋次郎物語』は美しくも切ない人と猫との交流物語。
 ご本のお陰で懐かしい少年時代の風景が蘇ってまいりました。
  ・・・・・・

 チャボがいて、けたたましく時を告げる雄鶏がいて、ハーモニカと合唱する
 タニーがいて、そして母猫と仔猫たちがいて、その真ん中に少年Y君が佇んでいる、そんな懐しい風景の中を紋次郎は旅したのだと思いました。

   <旅その三> アメリカへ ウズベキスタンへ
 VT
 
 『紋次郎物語』の記事を読んで下さって、アメリカバーモントに住む仲良しの友人がすぐ連絡してきてくれました。

 海外への荷物発送はコロナ禍のためまだ滞っているのですが、それでも本一冊ならということで、早速航空便で。
先ごろ無事届いたというご連絡を頂きました。

 そうしていた時、今度はウズベキスタンからもお申し込みを頂いて。
 ご主人のお仕事の関係で以前はイスタンブールに住んでいらした友人ですが、ウズベキスタンが急に近い国になりました。
ウズベキスタン 日本人も少なく、コロナということもあり家族以外と接することも少ないですが、元々1人で行動するのが嫌いではなく、最近はウズベキスタンにあるモザイクアートやソ連時代の建造物にはまり、それらを探しに街を散策する日々で、楽しく生活しています。

 紋次郎、バーモント、そして、ウズベキスタンにも参上。
 向こうの皆様にも可愛がってもらえますように。



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『紋次郎物語』出版しました

 今日は嬉しいご報告があります。
 家籠りの日々の中で一年間ひたすら執筆を続けていましたエッセイが昨年末に完成しました。
 このブログに以前連載していた『紋次郎物語』を覚えていらっしゃるでしょうか。もうずいぶん経つのですが、今でも時々嬉しいご感想を頂いたりしていました。でも何よりも自分自身、本の形にして書き残しておきたいという強い想いがずっとあった気がします。
 幼い頃の愛猫との思い出を綴った極私的なエッセイではあるのですが、私にとっては懐かしい温かい香りそのものであり、現在訳詞をし、歌を歌う時、一番伝えたいと思う世界の原点になっている気がしているからかもしれません。

 ブログに綴った記事を何度も何度も読み返し、加筆修正し、ようやくできたささやかな一冊の私家本。
 手に取ってじっと眺めてはため息で、夢見心地の毎日です。

 初めての出版。
 たくさんの皆様にお励ましお力添えを頂きました。
 原稿の整理、構成、レイアウト、デザイン、挿絵、本のサイズや紙質、表紙や扉、ページの打ち方に至るまで様々検討し、そうやって一冊の書籍にと形を成してゆくプロセスはまさに感無量で、本当に幸せな経験となりました。

 紋次郎物語 密やかで品格のある白い本にしたい・・・そんなぼおっとした私のイメージを、「アワアワしい本」「綿のように軽やかなほっこりする本」ができますよ・・・と編集の方とデザイナーさんが汲み取り叶えて下さいました。
 これが『紋次郎物語』です。

「和紙のふわっとしたこの手触りをみんなに味わってほしい!!」
親バカならぬ紋次郎物語バカで、今私は愚かしくも自画自賛の極致、木のてっぺんで降りられなくなっています。

   まえがき
 かつての愛猫「紋次郎」へのオマージュではありますが、同時に、この猫たちとの小さな物語を通して、当時過ごしてきた家族の姿、人との絆、すべてを含んだ佳き昔日へのオマージュそのものでもあると思っています。
 そんな想いを込め、プロローグにはこう記しました。

  ある日 一匹の のら猫が 訪ねてきました。
  それは 優しい母猫でした。
  母猫に託された 三匹の仔猫と 一緒に過ごした十五年の日々。
  仔猫たちは、最高ののら猫、最高の飼い猫 になりました。
  猫にも美しい言葉や、想いや、魂があるのです。
  これは猫たちが見せてくれた、
  奇跡のような輝く時間を巡る物語です。

 今、皆様に少しずつこの本のご案内を始めたところです。
 様々なご感想を頂くのがとても嬉しく、「紋次郎」「ねこきち」「まだら」、ずっと昔の思い出の中にだけ住んでいた猫たちがまた鮮やかに蘇ってくる気がします。
 読んでくださる皆様にとっても、この『紋次郎物語』が、記憶の底にある動物とのふれあい、幼い日の家族との出来事や、その時々の心持ち等、大事なものに再び出会うきっかけとなって頂けたら・・・・そんなことを思いながら、ほんのりとした温かさに包まれています。

   あとがき
 あとがきの最後の文章です。

     ・・・・・・
  『紋次郎物語』、楽しんで頂けましたなら幸いです。
  期せずして知っていただくことになった自分たちのこの小さな物語を、猫たちは戸惑いながら、恥ずかしがりながら、きっと、どんなにか喜んでいることでしょう。
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 書籍になった『紋次郎物語』
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2021年、佳き一年となりますように

 新年明けましておめでとうございます。
 今年は穏やかで希望に満ちた年になりますように。

 薄紫に染まり始めた朝明けの空に見入っていたら、一瞬雪がどこからか流れてきました。
 舞う雪の間から明けの明星がキラキラと光っていて幻想的でした。
 元旦の京都の早朝、清澄な空気に包まれた新年の始まりです。
2021年賀状
 新型コロナの感染者数は昨年末から更に増大して厳しい幕開けではありますが、早く収束して本来の落ち着いた生活がすべての人に戻ってきますように。
 しばらく続きそうな辛抱の時間を粘り強く乗り切ってゆきたいですし、この逆境こそをプラスに転化できる強さと柔軟さを獲得してゆきたいと心底思います。
 まずは健康第一。心身が疲弊しないよう、皆様、どうぞ安全対策を怠らず充分ご自愛なさってお過ごしください。

 用心は怠りなく、でも恐れることはなく、気持ちはいつも自由で明るく前向きに。

 色々な方たちがそんな生き方を自然にしていて、感銘を受けることが多い一年でした。
 今年はそれに学びながら、自分も心豊かに生きてゆけたら・・・一日一日を大切に過ごしてゆきたいと思います。
 
 3月のコンサートからスタートしますが、果たして無事開催できるでしょうか。不確定なことが多いですが、今出来ることは最善を尽くし、後は大きな流れに委ねて参りたいと思います。

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


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