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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

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ライヴ・コンサートのお知らせ

松峰綾音 ライヴ・コンサート・イベントのお知らせ
                     (2021 .1. 1 現在)
                                                               (通常のブログはこの下の記事から始まります)

  <コンサート開催決定のお知らせ>
 延期を余儀なくされていました 月の庭 Vol.8 『月光微韻』ですが、2021年3月に開催予定となりました。
 両会場とも、新型コロナの感染動向を注意深く見守りながら、まずはお客様が安心してコンサートを楽しんでいただけることを第一に考えて参ります。座席数も通常定員よりは大幅に縮小致しますので、お出かけ頂ける方はお早めにご予約下さいますと幸いです。なお、コンサートが中止になった場合は、全額返金させていただきます。
 会場に入場の際は、コロナ対策のために会場の規定に沿って、お客様にご協力をお願いすることになりますが、よろしくお願いいたします。
 このような時だからこそ、歌と言葉で心をつなぎ合いたいと切望いたします。
 どうぞくれぐれもご自愛なさってお過ごしください。

月光微韻チラシ表面
              
  
 松峰綾音 月の庭
   『 月 光 微 韻 』
    シャンソンと朗読のひととき  Vol.8

    
<2021年 3 月>  

   
 旧日本銀行京都支店、辰野金吾氏設計の重要文化財で、威風堂々とした趣の近代建築、「京都文化博物館別館ホール」でのコンサートです


     訳詞 歌 朗読 松峰綾音   ピアノ  坂下文野
     日時  2021年3月20日 (土) 開場17:30 開演18:00                  
     会場  京都文化博物館別館ホール             

京博1 京博2

  
   コンサートツアー、初の横浜公演です。

      
訳詞 歌 朗読 松峰綾音     ピアノ  坂下文野
        日時  2021
年3月27日(土)  開場13:30  開演14:00 
        会場  岩崎博物館 山手ゲーテ座ホール

     

岩崎博物館2

   お問合わせは、いずれも管理者のメール(ブログ左下)、または WEB のコンタクトからお願い致します。  

 詳細は、順次ブログにてお知らせして参ります。 
 

『月光微韻』コンサート3月公演決定 2020.12.27

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『紋次郎物語』母猫に学ぶ

友人から寒桜、梅の便りが届きました。
寒桜2
黒々とした冬枯れ色の幹が、心なしか明度を増して春の訪れを告げているようです。今年も美しい初春のお裾分けです。
寒梅1


   母猫にみる節操と矜持
 『紋次郎物語』のご感想を色々な方から頂き、とても嬉しく思っています。
 主人公の紋次郎もさることながら、母猫に人気と共感が集まっているようです。確かに我が家で紋次郎たち兄弟猫を飼うことになったのも母猫の存在があったからで、この物語の陰の立役者ともいえるかも知れません。

 今日は紋次郎物語母猫編をお送りしてみたいと思います。

 お向かいの家でエサをもらっていた一匹ののら猫が、いつの間にか毎日、我が家の庭にも顔を出すようになったという所から物語は始まります。
 よくみると猫はメス猫でお腹のあたりがでっぷりとして、どうやら子供を宿しているらしいのです。

 元々、のらには珍しくおっとりとした優雅な雰囲気を漂わせていた猫でした。
 庭を荒らすこともせず、池の魚たちにも手を出さず、ただじっと静かに遠巻きに眺めているだけで、どことなく達観した風情を醸し出していました。

 身体の具合が悪そうでもあったので、縁の下に段ボールの箱を入れ寝床代わりに用意したのですが、そこに静かにうずくまり、やがて家を離れしばらくすると無事出産して仔猫たちを連れて再び姿を現したのでした。

 人に甘えすぎず寄りかからず
 のら猫とは、所詮しがない浮草で、生きるためには手段を択ばない身の定めなのでしょうが、この猫は、昔タイプの律儀な性格だったようで、「軒下を借りて母屋を乗っ取る」ような粗暴なことは決してしませんでした。
 一宿一飯の恩義、仁義をわきまえて生きることが身についている猫だったのだと思います。
 真に自然と共に生きるものには、このような矜持があるのかもしれませんが、この母猫のはっとするような美しい佇まいが今も目に焼き付いています。

   母猫にみる子育ての極意
 それから生まれたばかりの4匹の仔猫たちへの躾が始まりました。
 私の勝手な思い込みかもしれませんが、仔猫たちにこの母猫が教えようとした究極のところは、のら猫であるにもかかわらず、追い払われることもなく寝食の場が与えられる恩恵に感謝し、そういう「自分たちの置かれている状況」、「身の程」をわきまえるということだったのではと思っています。

 人間社会の現代の子育てセオリーからすると、とんでもなく時代錯誤で真逆といえるかもしれません。
 親は子供に自由な可能性こそを信じさせるべきで、自らの身の程や限界を教え込むなどもってのほかと非難されるでしょう。
 (強い自制心が、強い自己発露のエネルギー源になることもありますが)

 母猫は、自らの遠慮がちにふるまう所作を仔猫たちに伝授していたように見えました。
 例えばご飯の食べ方。・・・・兄弟で均等に分け合って食べること。食事の後に挨拶をすること。(母猫は食べ終わると必ず一声「ごちそうさまでした」とでもいうような鳴き声を発していました。ほどなくして仔猫たちも皆真似をしてその様子が何とも愛らしかったです。)
 自分たちに許された範囲以上は人間の世界に踏み込んではいけないこと。

 寿命自体が人と動物とでは大いに違うので、猫はかなりのハイペースで一人前に仔猫を自立させなければならないわけで、しかも親と子が共に居て面倒を見ることができるのも限られた時間しかなく、その中で生きる術を授けて、何があっても生き延びてゆけるよう逞しく自立させることが急務なのでしょう。
 そういう教育を徹底して施す一方で、この母猫は、仔猫たちを本当に可愛がっていました。「猫かわいがり」という言葉は、実はこのことかと思うほどでした。おそらくそのために、仔猫たちはどんなに厳しくしつけられても母猫が大好きで、実に天真爛漫、躾すらも楽しい遊びででもあるように受け入れていたようです
 赤ちゃん猫の頃に親から離される仔猫は、その分、人にはなつくでしょうけれど、本当に愛されたという記憶が身体の中に備わりにくいのではないでしょうか。飼い主が母猫同様の愛情の深さで可愛がり、それをベースにしてきちんとしつけることができるなら良いのですが。

 「優れた子供に育てるために」のような様々な子育ての本を昨今目にします。

  *自分を客観的にとらえる目と自制心を養うこと
  *しつけるべきはしっかりしつけて、逞しく自立させること
  *本当に愛しく思って心からの愛情を注ぐこと

 人も動物も自然の本質としてさほど変わらないとするならば、子育ての極意とは、母猫の示したこんな三か条に尽きるのではと、今、私は感じています。

   母猫にみる献身
 第三章の「母子の別れ」に記したのですが。
 この章には、病身でおそらく自らの死を悟ったと思われる母猫が、仔猫たちを託しに来る場面を書いています。
 最近見たyoutubeに、同様に仔猫を託す母猫の姿というのがUPされていてアクセス数が800万回にも上って大反響を得ていることを知りました。
 紋次郎の母だけではなく、よんどころない状況に置かれると、猫にはそういう習性というか心の働き方があるようです。

 紋次郎の母もまさにそうでした。
 のら猫であるにもかかわらず、最後はごろんと寝転んで人にお腹を見せて、最大の恭順を示したのは、すべて、残された子を思う親の気持ちからだったのでしょう。
 自分の危険も省みず、仔猫の行く末を託しにきた健気さ、自らを棄てる覚悟と愛情に心深く動かされました。

 複雑に想いが錯綜するのは人間独自のもので、猫には育児ノイローゼなどないでしょうし、期待や見返りなどなく、子育てはもっと単純で自然の摂理なのでしょう。

 今は、のら猫の存在自体が否定される時代です。この『紋次郎物語』に記した、私と私の家族の紋次郎たちの当時の育て方,飼い方が既に、ペット愛護の観点からは、時代遅れで、眉をひそめる部分も多くあるのではと思うのです。
 反論するつもりは全くないのですが、ただ昔それが普通だった時代があって、そんな中で猫を育てたことがあり、母猫の姿もその中であったからこそ見えてきた一つのかけがえのない幸せな出会いだったと言えるかもしれません。

 『紋次郎物語』を書きながら、私自身が思ったことをまたお話できたらと思っています。



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紋次郎の旅

 昨年末に出版致しました『紋次郎物語』ですが、「書店で購入できないのですか?」というお問い合わせが多く寄せられています。
 私家本として、是非、本の形に残しておきたいと作ったものですので、書店扱いにはしていなかったのです。
 ご面倒をお掛け致しますが、まずはWEB経由でお申込み頂ければと思います。
 ただ、そのお蔭で、ご感想なども生で伺うことが多いですし、またそこから、共通の動物観、家族観など様々なお話に発展することもあって、まさに紋次郎が結んでくれた温かい絆が生まれ、思わぬ幸せを味わっています。

  『紋次郎』は我が家に迷い込んできた雌猫の忘れ形見である仔猫三匹のうちの一匹です。
  三匹とも我が家で暮らすこととなり、家猫として家族の一員となり、その一方で、野生味たっぷりの逞しい野良猫魂を持ったまま外の世界を自由に謳歌して、その寿命を全うしたのでした。
  この本は、「愛情深い母猫」の物語を経て、「紋次郎」「まだら」「ねこきち」という三兄弟の歳月を綴ったエッセイです。
紋次郎
 紋次郎は、もわっと広がった綿みたいな毛並みの中から、少しブラウンがかった大きな目が覗いていて、他の猫とはタイプの違うエキゾチックな風貌です。
 性格は、まさにのら猫そのもの。母親とも兄弟とも似ていなくて、変に敏捷でとんがっている異端児です。
 今度は私が名前をと、弟を制してともかくも発言したら、どこかで聞いたような月並みな名前になってしまいました。
でも、これもなぜかその場で採用となり、即断即決、あっという間に三匹の命名式は終了しました。(第四章)

 「木枯らし紋次郎」から?と、命名の由来を何人かの方に問われましたが・・・。
 確かに風来坊然としていて、荒々しいところを見せるくせに時々ニヒリスティックで寂しそうな眼をすることがあって、無意識にですが「木枯らし紋次郎」とどこか重なったのかもしれません。

 そんな『紋次郎』ですが、今、『紋次郎物語』の中で蘇って、風来坊らしくあちこち旅をし始めたようで、彼になり代わって、少し照れくさく、でも嬉しく感じています。

   <旅その一> 届いたいくつかのお便り
 読者の皆様から寄せられた嬉しいお声です。

 *「紋次郎物語」一気に読み終えました。
 気持ちが暖かくなる優しい文章で、孫娘にも是非読ませようと思っています。続編も期待しています。

 *「紋次郎物語」、猫ちゃん一家と真剣に向き合われた深い愛情、そして二つの家族の命と縁と絆にほっこり癒されました。

 *我が家では子供達が幼少の頃に犬を飼い始め、晩年の介護生活を含め15歳で亡くなるまで泣き笑いの歴史がございます。
 愛犬との暮らしを思い出しながら、少し涙ぐんだり、でもほとんどはニンマリとしながら楽しく拝読いたしました。

 *知り合いの方の第一声は「著者は年配の方ですか?」でした。猫の飼い方で想像したようでした。
 麹町に住む知人は平屋で、今も紋次郎と同じように猫を飼っておいでなので、時代とはかかわりないと思うのですが。

 *私も大の猫好きで、これまで飼っていた猫のことを思い出しながら「そうそう」「あるある!」と相槌をうちながら楽しく、また切なく一気に読みました。外から帰った時に雑巾で足を拭くというのは驚きですね。

 *夢中になって読みました。猫の魅力や個性について何も知らなかったのでとても驚きました。猫の世界を初めて覗かせて頂き、その猫たちを貴女や弟さんが尊重し対等に付き合う様子に新鮮な驚きと感銘を覚えました。

 *一気に読んで綾音さんと紋次郎くんとのやり取りを思い描いています。何とも不思議だけれど温かく、実話なのに「日本昔話」を見たようなホンワカした気持ちになりました。年の初めに心が温まり、この一年も穏やかに過ごせる気がしてきました。

 省略させて頂きながらご紹介しました。たくさんの皆様に温かく受け止めて頂けて本当に幸せです。

   <旅その二>  Y君の居た風景
 Y・Sさんからこんな素敵なお手紙が届きました。全文ではないのですがご紹介させていただきます。

 ・・・・
 私の小学生の頃です。大阪の実家にはささやかな庭があり、動物好きの母がタニーという雑種の牝犬を飼っていました。アメリカ人から譲り受けた犬ですが、実に賢くまるで「まだら」のようでした。ハーモニカを吹くと、うっとりとした顔で歌うように遠吠えをするのです。本人はハーモニカと合唱をしているつもりなのでした。
 そこへ色々なアニマルたちが加わってきました。数羽のチャボ、気まぐれに夜店で買ったヒヨコから想定外に逞しく育ってしまった雄鶏一羽。
 ある時ここにニャンコが加わったのです。茶虎の子猫でしたが、その愛らしい仕草には家族全員が魅了されました。
 やがて子猫はドテッとしたお姐さん猫となり、そのうちお母さん猫となりました。5匹の赤ちゃんたちは皆毛色がバラバラで、まるで「ねこきち」と「紋次郎」のようです。

 『紋次郎物語』は美しくも切ない人と猫との交流物語。
 ご本のお陰で懐かしい少年時代の風景が蘇ってまいりました。
  ・・・・・・

 チャボがいて、けたたましく時を告げる雄鶏がいて、ハーモニカと合唱する
 タニーがいて、そして母猫と仔猫たちがいて、その真ん中に少年Y君が佇んでいる、そんな懐しい風景の中を紋次郎は旅したのだと思いました。

   <旅その三> アメリカへ ウズベキスタンへ
 VT
 
 『紋次郎物語』の記事を読んで下さって、アメリカバーモントに住む仲良しの友人がすぐ連絡してきてくれました。

 海外への荷物発送はコロナ禍のためまだ滞っているのですが、それでも本一冊ならということで、早速航空便で。
先ごろ無事届いたというご連絡を頂きました。

 そうしていた時、今度はウズベキスタンからもお申し込みを頂いて。
 ご主人のお仕事の関係で以前はイスタンブールに住んでいらした友人ですが、ウズベキスタンが急に近い国になりました。
ウズベキスタン 日本人も少なく、コロナということもあり家族以外と接することも少ないですが、元々1人で行動するのが嫌いではなく、最近はウズベキスタンにあるモザイクアートやソ連時代の建造物にはまり、それらを探しに街を散策する日々で、楽しく生活しています。

 紋次郎、バーモント、そして、ウズベキスタンにも参上。
 向こうの皆様にも可愛がってもらえますように。



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『紋次郎物語』出版しました

 今日は嬉しいご報告があります。
 家籠りの日々の中で一年間ひたすら執筆を続けていましたエッセイが昨年末に完成しました。
 このブログに以前連載していた『紋次郎物語』を覚えていらっしゃるでしょうか。もうずいぶん経つのですが、今でも時々嬉しいご感想を頂いたりしていました。でも何よりも自分自身、本の形にして書き残しておきたいという強い想いがずっとあった気がします。
 幼い頃の愛猫との思い出を綴った極私的なエッセイではあるのですが、私にとっては懐かしい温かい香りそのものであり、現在訳詞をし、歌を歌う時、一番伝えたいと思う世界の原点になっている気がしているからかもしれません。

 ブログに綴った記事を何度も何度も読み返し、加筆修正し、ようやくできたささやかな一冊の私家本。
 手に取ってじっと眺めてはため息で、夢見心地の毎日です。

 初めての出版。
 たくさんの皆様にお励ましお力添えを頂きました。
 原稿の整理、構成、レイアウト、デザイン、挿絵、本のサイズや紙質、表紙や扉、ページの打ち方に至るまで様々検討し、そうやって一冊の書籍にと形を成してゆくプロセスはまさに感無量で、本当に幸せな経験となりました。

 紋次郎物語 密やかで品格のある白い本にしたい・・・そんなぼおっとした私のイメージを、「アワアワしい本」「綿のように軽やかなほっこりする本」ができますよ・・・と編集の方とデザイナーさんが汲み取り叶えて下さいました。
 これが『紋次郎物語』です。

「和紙のふわっとしたこの手触りをみんなに味わってほしい!!」
親バカならぬ紋次郎物語バカで、今私は愚かしくも自画自賛の極致、木のてっぺんで降りられなくなっています。

   まえがき
 かつての愛猫「紋次郎」へのオマージュではありますが、同時に、この猫たちとの小さな物語を通して、当時過ごしてきた家族の姿、人との絆、すべてを含んだ佳き昔日へのオマージュそのものでもあると思っています。
 そんな想いを込め、プロローグにはこう記しました。

  ある日 一匹の のら猫が 訪ねてきました。
  それは 優しい母猫でした。
  母猫に託された 三匹の仔猫と 一緒に過ごした十五年の日々。
  仔猫たちは、最高ののら猫、最高の飼い猫 になりました。
  猫にも美しい言葉や、想いや、魂があるのです。
  これは猫たちが見せてくれた、
  奇跡のような輝く時間を巡る物語です。

 今、皆様に少しずつこの本のご案内を始めたところです。
 様々なご感想を頂くのがとても嬉しく、「紋次郎」「ねこきち」「まだら」、ずっと昔の思い出の中にだけ住んでいた猫たちがまた鮮やかに蘇ってくる気がします。
 読んでくださる皆様にとっても、この『紋次郎物語』が、記憶の底にある動物とのふれあい、幼い日の家族との出来事や、その時々の心持ち等、大事なものに再び出会うきっかけとなって頂けたら・・・・そんなことを思いながら、ほんのりとした温かさに包まれています。

   あとがき
 あとがきの最後の文章です。

     ・・・・・・
  『紋次郎物語』、楽しんで頂けましたなら幸いです。
  期せずして知っていただくことになった自分たちのこの小さな物語を、猫たちは戸惑いながら、恥ずかしがりながら、きっと、どんなにか喜んでいることでしょう。
・・・・・

 書籍になった『紋次郎物語』
 お問い合わせはWEBコンタクトから承ります。



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2021年、佳き一年となりますように

 新年明けましておめでとうございます。
 今年は穏やかで希望に満ちた年になりますように。

 薄紫に染まり始めた朝明けの空に見入っていたら、一瞬雪がどこからか流れてきました。
 舞う雪の間から明けの明星がキラキラと光っていて幻想的でした。
 元旦の京都の早朝、清澄な空気に包まれた新年の始まりです。
2021年賀状
 新型コロナの感染者数は昨年末から更に増大して厳しい幕開けではありますが、早く収束して本来の落ち着いた生活がすべての人に戻ってきますように。
 しばらく続きそうな辛抱の時間を粘り強く乗り切ってゆきたいですし、この逆境こそをプラスに転化できる強さと柔軟さを獲得してゆきたいと心底思います。
 まずは健康第一。心身が疲弊しないよう、皆様、どうぞ安全対策を怠らず充分ご自愛なさってお過ごしください。

 用心は怠りなく、でも恐れることはなく、気持ちはいつも自由で明るく前向きに。

 色々な方たちがそんな生き方を自然にしていて、感銘を受けることが多い一年でした。
 今年はそれに学びながら、自分も心豊かに生きてゆけたら・・・一日一日を大切に過ごしてゆきたいと思います。
 
 3月のコンサートからスタートしますが、果たして無事開催できるでしょうか。不確定なことが多いですが、今出来ることは最善を尽くし、後は大きな流れに委ねて参りたいと思います。

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


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『月光微韻』コンサート3月公演決定

 新型コロナで終始した令和2年ももうすぐ終わり。
 あっという間だったような、色々目まぐるしく変動したような、・・・・
 でもこの非常事態の中でも、幸いにも、自分も親族・友人・知人皆も無事で過ごせたことにまずは感謝しなければならないと思います。
 この一年の体験や胸に去来する想いを持ち寄って、しみじみと人と心通わせ語り合いたいような心持ちになる年の瀬です。

 さて、本日はコンサートのお知らせです。
 6月から延期を繰り返してきました『月の庭 vol.8」ですが、2021年3月に開催することを決定いたしました。
月光微韻チラシ表面



   3月20日(土)17:30開場 18:00開演
     京都「文化博物館 別館ホール」

月光微韻チラシ裏面修正最終稿電話消し



   3月27日(土)13:30開場 14:00開演 
    横浜「岩崎博物館 山手ゲーテ座ホール」


 6月当初の予定通りの会場です。


 安心してお客様にいらしていただける時期をずっと慮っていたのですが、なかなかコロナの完全収束には至らず、一度すべてを白紙に戻そうと考えたこともありました。
 でもこんな時だからこそ、同じ場にあって、歌と言葉の世界を媒体として、心を感じ合うことには大きな意味があるのではと思い直し、今は、細心の注意、最善の対策を講じた上で、開催を目指したいと、意気高まっています
 もちろん、果たして3月にどのような状況に至っているのか予想もつきませんので、その時々に柔軟に対処することは言うまでもありませんが、ともかくも、準備に全力を尽くして、素敵なコンサートの実現に向かいたいと思います。

 コンサートの構成、選曲への思いも、長いコロナ禍の月日を通して、自分の中で微妙に変化してきた気もします。
 内容を更に昇華して、今だからこそ発信したいコンサートをお届けしようと思います。

 京都・横浜両会場とも、新型コロナの状態を見ながら慎重に判断し、直前でも状況によって撤退の覚悟で臨んでいます。
 また、場合によってはライブ配信の形も視野に入れるかもしれませんが(その際にはまた改めてお知らせいたします)、まずは、感染予防対策を万全とし、座席数も両会場とも通常定員数より大幅に縮小して開催致しますので、お出かけ頂ける方はお早めにご予約下さいますと幸いです。
 チケット予約・お問い合わせは、いつものようにWEB松峰綾音のコンタクトからお願い致します。

 なおコロナ関連でコンサートが中止になった際には料金は全額返金致します。
 また当日、体調がお悪いような場合には、他のお客様の安全を考慮の上、入場をご遠慮いただきたく存じます。この際にもお知らせ頂けましたら料金は全額返金させて頂きます。

 会場の消毒・換気等につきましては徹底を図りますが、お客様には、
   *マスク着用、ご来場の際の検温と手指の消毒の協力
   *すべてのご来場者のお名前・メールアドレス・電話番号などの登録
  (当日のコンサートに関するご連絡以外には個人情報は使用いたしません)
 以上の対応にご協力下さいますように。
 
 3月を前にして、まだ鮮明な形にはなり切れていないにしろ、心の奥にうごめいて、何かが生まれ出ようとするようなもぞもぞとした奇妙な感じがあるのです。コンサート当日までそういう気持ちと向き合う中で、どんな結実が生まれるのか、不安と期待の入り混じった自分自身への挑戦でもあります。

 この状況の中で、友人・知人になかなかゆっくり会うことができません。
 だからこそ、電話やメールや手紙で、さりげなく声を掛け合う時が、とても貴重に感じられたりもしますね。
 それぞれが、一筋縄ではいかない様々な事情や思いを抱えていて、お互いの会話の中では、つかの間、その思いのたけを吐き出し合ったり、あるいは言葉少なく「ともかく元気なら何より」とうなずき合ったり、・・・。
 そういうことが、生きる上で本当に大切なのだと思い知らされる日々でもありました。
 色々な場面で、ささやかな心の触れ合い、何気ない言葉の積み重ねに助けられ支え合って、「人は在る」のだと改めて実感する昨今、この度のコンサートの決心につながったのもそんな思いからだった気がしています。

 詳細はこれから、折々ご案内してゆきますが、まずは、コンサートの第一報をお知らせいたしました。



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むらさきいろの情景

 二週間前、ついに思い切って目の手術を受けました。

   水晶体再建術
 子供の頃から本の虫だったのがたたったのか、極度の近眼だったのですが、加えて白内障も若い頃から発症し、滲んで見えづらいのが日常になっていました。
 支障も多くなってきたので、長年の懸案の水晶体再建術(=白内障手術)を両眼とも受けることをついに決意したのでした。
 簡単な手術だとは前々から聞いていたものの、手術恐怖症で、メスとか麻酔とかいう言葉には震えがくる質(たち)ですので、実は、私としては決死の覚悟だったのです。
 「命がけ」みたいな気分で情報収集をし、ようやくこの方ならと納得できるお医者様に出会うことができました。
 万全の構えでの出陣でしたが、お陰様で無事成功しました。

 白内障手術というのは、大雑把にいうと、濁りが生じた水晶体を取り除き、代わりに眼内レンズをはめ込むという手術です。
 そのレンズには、大きく多焦点と単焦点の2通りがあります。
 単焦点レンズというのは、一か所だけにくっきりとピントの合うレンズの事。例えば遠くが良く見えるレンズの場合は手元眼鏡が必要になり、反対に手元の文字などがはっきり見えるように設定すると、遠くはぼやけるので近眼用の眼鏡が必要になります。
 遠近どちらもそこそこの視力が欲しい場合には多焦点レンズが有効で、距離に関係なくかなりクリアな視力を回復できます。

 この頃は、この多焦点レンズの開発が進んで、少しずつ身近になってきたようです。
 私も現在の目の状態と、舞台で朗読をすることも考え合わせ、思い切って、最新の多焦点レンズを使って頂くことにしたのでした。

 手術後一週間は、昼夜、眼球保護のためゴーグルのような眼鏡をかけて過ごし、洗顔洗髪等も禁止され、ただひたすら静かに過ごしていましたが、ようやくこの期間も過ぎました。二か月間はまだ目薬をさし、日常生活に気を付けねばというものの、ほっと一安心!

 秋葉原の白内障専門のクリニックで手術を受けたのですが、手厚く万事に行き届いていて信頼してお任せすることができました。
 手術そのものは両眼合わせても10分くらいの短時間、麻酔の目薬をさしての手術ですので、術中の様子はすべてわかるのですが、先生が折々適切な言葉をかけて下さるので、私も安心してまな板の上の鯉に。
 手術の間、看護婦さんが優しく手を握っていてくれて、それが何とも心地よいのです。
 励まされるってこういうことなのだと、何かがわかったような気がしました。

   紫色の情景
 手術後、視界がくっきりと開けてきたことには本当に感激しています。
 見にくかった遠方がどこまでも遠くまで見えるようになって、世界はこんな風に広がっていたのか・・・という驚きがあり、目を上げてまっすぐに歩きたいと思いました。
 道端の小さな風景も新鮮で心惹かれますし、人の顔も自分の表情さえもこんなだったのかという不思議な驚きと発見があります。

 でも白内障手術後、一番変わったことは世界の色合いが違って見えること。シンボリックに言っているのではなく文字通り周囲の色彩が違うのです。
 「青視症(せいししょう)」という現象なのだそうですが、白内障手術の結果、急に黄色のサングラスをはずして見たのと同様に、これまで遮られていた青い光が網膜に届くようになり、今までと違って青みを帯びて見えるようになることがあると本で知りました。

 私の場合もまさにそうで、最初に気づいたのは手術の翌朝、窓の外の夜明けの空が青紫色に染まっていて、大気全体にブルーのフィルターがかかったように見えたことでした。
 それから今もずっとこの現象は続いています。
 少しずつ慣れてきて自然に気にならなくなるのだそうですが、この色合い、特に夜明けと日没の空は青紫のヴェールが特に美しくて、毎日感動しているのです。
 蒼いものは更に深く蒼く見えて、いつも淡いブルーのセロファン越しに物を見ている感じです。でも気持ちが悪いわけではなく、とても心地よい・・・・。
朝焼け
 これまで見てきた色が本当で、今は目の錯覚なのか、あるいは、今見ている色合いこそが、他の人も見ているのと同じなのか・・・。

「紫立ちたる雲の細くたなびきたる」・・・清少納言の見た朝明けはこんな色だったのかしらとも思います。

 物を見るということについて。
 自分が当然と思ってみている映像は、他の人にも同様に見えているのだろうか?
 本当は違う色で違う姿をしているのではないだろうか?
 ただ自分で信じているだけで、実はそれぞれの人には異なった像が映っているのかもしれない・・・などと思います。
 これは目に見える実像だけではなく、もっと精神的なこと、物の捉え方や、常識と思われていることなど、多岐にわたって当てはまることなのかもしれません。

 画家が描く独特な事物や色彩表現なども、あえて抽象的に描いたというよりはむしろ彼の目には本当にそう映っていただけだったということもありうるかもしれません。

 淡いむらさきに染まった世界と、寝る前にコンタクトレンズをはずさなくてもよくなった自分を楽しんでいるこの頃です。



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日日是好日

   『日々是好日(にちにちこれこうじつ)』
 2018年に公開された日本映画ですが、先日BSで放映されていました。
 エッセイストの森下典子さんの著書が原作となっていて、ほぼ著者の実体験がベースになった作品であると聞きました。
 二十歳になった典子(黒木華)が主人公で、彼女が同じ年のいとこ(多部未華子)と共に、老齢の茶道師範武田先生(樹木希林)の元でお茶を習い始めるところから物語は始まります。
 お茶のお稽古を通してのその後の歳月が、まるで小津安二郎監督の世界を見るように、緩やかで清廉な日常を映し出していきます。
日々是好日
 毎回同じことの繰り返しであるはずのお稽古の中で、季節ごとに入れ替わる掛け軸や器、美しい和菓子、お茶を通して、自分の心と向き合い、自然の光や音、風に気づきながら、所作を学んでいきます。

四季折々の映像が瑞々しくて、光とか音とかが、風物そのものから鮮烈に香り立ってくる気がしました。
 特に水の音。

 柄杓から垂らす水音と、お湯の音との違いを主人公がある日はっきりと聴き分ける場面があるのですが、心地よい説得力があって、これまでお茶には全く縁がなかった私ですけれど、今すぐにでも茶道の門を叩いて、この音の違いを聴いてみたいという衝動にかられてしまいました。

 登場人物たちの何気なく発する言葉、特に、樹木希林扮する武田先生の品格と、当たり前のように呟き諭す、そのいくつかの言葉がくっきりと心に刻まれています。

 「一期一会、今日という日は二度とない。同じことの繰り返しだけれど同じ人、同じお茶は二度とない。この瞬間をこの出会いを大切に。」
 先生の部屋の掛け軸の「日日是好日」の意味がお茶を通しての歳月の果てに主人公にもしみじみと理解されてくる、そんな締めくくりが美しいと感じました。

 「世の中には、「すぐわかるもの」と「すぐわからないもの」の二種類がある。すぐわからないものは、長い時間をかけて少しずつわかればよい」
紅葉1
 「意味が分からなくていいの。お茶はまず形から。先に形を作っておいて、その入れ物にあとから「心」が入るものなのよ」

 「雨の日は雨の音を聴く。雪の日は雪を見て、夏には夏の暑さを、冬には身の切れるような寒さと、五感を使って全身でその瞬間を味わう」


 立ち止まって日常を見つめる、日常を豊かに生きる、今の状況下にあって、心洗われる美しい作品と感じました。


   「どんな水から」
 コロナが沈静化されたと思われたひと月ほど前、久しぶりに友人と会い、食事をしました。
 長い間ほとんど誰とも会わない生活が続いていたためか、やはり人と顔を合わせながら、話すというのはリモートとは全然違う心地よさがあると実感したのですが、その折の友人の言葉が今も心に残っています。

 外資系の会社のお仕事で活躍中の女性なのですが、彼女、お酒が滅法強くて、しかもとても楽しいお酒なのです。
 私はというと、いつの頃からか全くアルコールを受けつけなくなってしまい、彼女と酌み交わせないのが本当に残念だったのですが、でもノンアル片手の語らいに充分気持ちよく酩酊することができました。
 この日はもう一人の友人と三人の宴、二人とも大のお酒好きですので、利き酒のできる居酒屋さんに集合、日本酒談義にひとしきり花が咲いていました。
紅葉3
 彼女曰く。
 「あ、このお酒、清流のようで、癖がなくて呑みやすいですね。美味しいお水を飲むようにいくらでも呑めてしまいそう。」
「洋酒も日本酒もそれぞれの良さがあって全部大好きですけれど、日本酒は何といっても風情がある気がします。」
 「日本酒の味は一本一本全部違っていて、私はその作られた土地の水がどんななのか、想いを馳せながら呑むのが好きなんです。
 どんな水が流れている土地なのか、どんな山に囲まれているのか、その山間をどんな川が流れていて、水はどんな味がするのだろう。そこではきっとこんな生活が営まれているのだろう。こんな杜氏がこのお酒を守り仕込むのだろう。・・・そんなことを考えていると目の前にその情景が浮かんできて、お酒が益々美味しくてありがたく思えてくる・・・私のお酒はそんななんです。」

 もう一人の友人もお酒に詳しい方でしたから、彼女の言葉が良く理解できるらしく、深く頷きながら楽しそうに杯を傾けていました。

 お酒を呑みながら水の音を聴き水の流れを見ている・・・・先ほどの「日々是好日」につながる素敵な佇まいだと感銘を受けてしまいました。
 下戸の私にはお酒は無理ですが、五感すべてに触れてくるものへ、同様な感性と想像力とを持っていたいものと思います。

MDからのたびだち
 話は変わり。
 MDってもう知らない方も多いみたいですね。
 今はもうレコーダーもディスクも生産中止になって、市場で見ることもなくなりましたが、実は私はまだつい最近までMD(ミニデスク)愛好者だったのです。
 
 最初はカセットテープに録音をしていたのですが、それがある時突然どこからか時代遅れと言われ、これからは小さくて便利なMDの時代になるのだと宣告を受けました。
で、仕方なく移行するにあたり、それまで録りためた莫大な量のカセットテープを苦労してすべてMDに移し替えてようやく今日に至ったのでした。

 なのに、もう数年前から、MDすらも時代の遺物のようになってしまい、それでも私が使っていると、珍しいものを見るような目で一瞥され、のみならず、まだそんなの使っている人がいるのねと憐みの言葉を浴びせる人までいる始末。
 だったら私はこれで通そうと、ずっと使い続けるつもりだったのですが、ついに予備に買っておいたMDレコーダーまで壊れてしまい、修理不能!もはやここまでとなってしまいました。
コンポ1
 で、今、我が家で唯一MDが使えるコンポにUSBメモリーをつないですべてのデータを移すという保管作業に夢中になっています。
 けれど、高速ダビングの機能がなくて、一枚移すのに一枚分の時間(80分)を要するのですが、これでも当時はUSBメモリーの接続口がついている最先端の機種で、今になってこれが役立っているのです。
 実は、もう半年以上、暇さえあればこの作業をしています。
廃棄MD
 すでに何千曲、何百枚ものデータを移し終え、後残すところMD3枚となりました。
 この写真は、すでに移し替えて行き場を失ったMDの山、これは作業を終えた中のごくごく一部分にすぎません。

 MDと別れを告げて、これからはICレコーダーでの録音となり、専らPCに頼ることになりますが、どこか理不尽でもあり、名残り惜しくもあり、また、再び引っ越しをすることはないでしょうねえ??・・・・と懐疑的にもなっています。

 延々と続いてきた作業にさすがに疲れましたが、でも作業中聴き直していましたら、一枚一枚が貴重な自分自身の歴史でもあり、それぞれに録音されている曲と出会った頃の感激が蘇ってきて、とても新鮮でもありました。
 この中からまた新たに訳詞してみたい曲も発掘できましたし、私にはとても意義のある時間となりました。

 甚だ私的なお話で恐縮ですが、MDからたびだつ心境を聞いて頂きました。



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本の顔つき

 いつの間にか11月、確実に季節は廻っています。
 落ち葉
 浅間山麓に暮らす友人からの便りが一葉の写真と共に届きました。

 「今朝の室温は4℃、枯葉を踏む音を楽しみながら、日課の早朝散歩をしています。朝の光が木々の黄葉を眩しく照らし、思わず見とれてしまいました」
 日々刻々、移ろう季節の息づかいが、心地よく心身に染み入ってくる風景、落ち葉の匂いと秋の陽のぬくもりがこの写真を包んでいるように思われました。


   『蓬莱曲』
 日本近代文学館が昭和52年に特選名著復刻全集を刊行したのですが、その中の一冊、北村透谷の『蓬莱曲』を知人がプレゼントしてくれました。
 明治24年(1891年)、130年も前に出版された透谷の長編詩『蓬莱曲』。
 近代文学の幕開けともいえる新体詩の先駆けとして発表されたこの長編詩は瑞々しい青春のエネルギーが漲っていますが、でもその分、若さの気負いも強く檄文調で、詩としても難解なので読み解くこと自体かなり骨が折れるのです。
蓬莱曲 
 そういう大変さはあるにしろ、私は何より、本の装丁や意匠に強く心惹かれました。
「本としての品格のある本」「本としての香りのある本」・・・本というもの自体が私は大好きですので、当時のまま忠実に復元されたこの復刻版全集には、以前から全巻買いそろえたいほどの思いを持っていたのです。
 例えば、この『蓬莱曲』にしても、今とは違う出版事情と出版技術の中で、おそらくは一冊の本を世に出すことはどんなにか大変なことだったでしょうし、二十歳そこそこの名もない文学青年であった透谷が、自費出版で、どれほどの愛着と使命感とを持って作り上げたであろうかと、その思いがしのばれます。
蓬莱曲裏表紙 
 力強い表紙のタイトルの書体と、裏表紙のヨーロッパ的な繊細なペン書きの意匠。
 二重に織り込まれた透明で弾力のある和紙の見返し紙。
 本文のレイアウト,字体の選び方。
 本文の和紙の紙質の手触りのよさ。
 そして、厚紙で丁寧に作られたブックケースの素朴な存在感。

 本はまず手触りで楽しむもの、本の表情、顔つきから味わうもの、・・・「本」を手に取ることから始まる読書の醍醐味を思い出させてくれた気がして、久しぶりに胸が躍りました。

   『明治・大正詩集の装幀』
 工藤早弓さんの著書、平成9年に京都書院から出版された文庫サイズのこの本も、私の蔵書の一冊です。
詩集の装填
 タイトルの通り、明治・大正期の近代詩集の造本についてまとめた本で、数多くの貴重な初版詩集の装幀の写真とその説明から成っています。
 本書の「はじめに」に次のような文章が記せられています。

 古い本・・・それもオリジナルの初版を手にしたときに思うことは多い。
 とりわけ詩集の初刷りは詩人自らが目を通しているのが普通だと思われる。
 活字の大きさ、組み具合、行間の空間、挿絵、表紙のクロス、紙の質、製本等、装幀にも思い入れを込めて心配りをしているだろう。
 だからそんな本を手に取った時は、それが単にその奥付けの時期に出版されたもの、というだけでなく、その本をまっさらの時に読んだ人々、さらにその後の年月に手にした人々のその時の感情・・・・心の揺れやふるえをも手にしていることなのだと思う。
  ・・・・・・
 詩という内容を生かすための入れ物としての詩集は美しい。
  ・・・・・・

 明治黎明期の詩集の代表は何といっても島崎藤村の『若菜集』と、与謝野晶子の『みだれ髪』といえるでしょうか。
若菜集

共によく知られている表紙デザイン。
みだれ髪

 蝶をかたどった若菜集の表紙絵には『初恋』の詩が薫ってくるようですし、心臓を射抜いて滴る血潮のように描かれた『みだれ髪』の赤い文字には晶子の恋の炎が激しく燃えているように感じられます。
猫町

萩原朔太郎の『猫町』の装幀も洒脱で大好きなデザイン。


堀口大学の『月下の一群』の背表紙は金箔でエンボス加工がなされた精密な図柄が押印され、欧米文化に精通した一級の知識人であった彼の面目躍如という気がします。
月下の一群
 「本の顔つき」とはこういうことなのではと思うのです。
 懐古主義になるわけではありませんが、昔の本にそういう固有の顔が多く見られたのに比して、最近はなかなかそのような本に出合うのが難しくなってきているかもしれません。
 趣味も多様化され、紙媒体自体も危うくなり始めた時代ではありますが、でも、だからこそ、私は本屋さんに出向いて、ゆっくり書架を眺め、パラパラとページを繰ってみるのが大好きです。
 そうしていると読みたい本、自分を呼んでいるような本と出会えることも多い気がします。

  
   私家本へのあこがれ
 実はもう10年以上前から、ひそかに自分で出版してみたいと思い続けてきたテーマがあって、それでも、腰が重く、なかなか着手するに至らなかったのですが、このコロナ禍の中、思い切って、少しずつ原稿をまとめ始めました。
 専門的な技術が備わっていれば、本文のレイアウト、挿絵、表紙のクロス貼り、紙選び、製本等、すべての装幀も、100%手作りの本にしたいところなのですが、残念ながらそこまでは到底及びそうもないので、・・・でもできる限り工夫できたならどんなに楽しいでしょう。

 考えている本の中の一冊は、ひそやかで温かいエッセイ。
 全体に白のイメージで静謐な雰囲気の本に仕上げたいです。

 表明してしまいましたが、果たしてどこまで辿り着けるでしょうか。
 ともあれ、チャレンジすることは楽しいこと。
 良いお知らせができるように頑張ってみようと思っています。



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