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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

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ライヴ・コンサートのお知らせ

松峰綾音 ライヴ・コンサート・イベントのお知らせ
                     (2019. 03. 06 現在)
                                                               (通常のブログはこの下の記事から始まります)


<2019年4月>

   『綾音・達人夜話』4回シリーズ第四夜   
 
                 
夜話
     第四夜
 4 / 6(土)18:00~  
ゲスト 西原 金蔵 氏(京都 元 オ・グルニエ・ドール オーナー) 

  
 会場 四季AIR(京都 四条河原町から南へ7分 仏光寺公園近く)

   ワインを楽しみながら・・・参加費2000円


 「シャンソンとケーキからフランスと日本が見える」
シリーズ最終回。ゲストは日本を代表するパティシエ、西原金蔵さん。
修業の日々、日仏のお菓子事情、食文化、シャンソンとの出会い・・・豊かなご経験を伺いながら、フランスと日本の文化・国民性、言葉と音楽について紐解いていきます。「綾音 達人夜話」の総決算をお楽しみに!
  
                
       
<2019年6月> 
  「音楽の祭日 松峰綾音訳詞コンサート in 清水寺」

       2019年6月21日(金) 15:00~
          於 京都 清水寺 成就院
                                            料金 無料(要 申込み)

 

ご予約・お問合わせは、いずれも管理者のメール(ブログ左下)、または WEB のコンタクトからお願い致します。

 詳細は、順次ブログにてお知らせして参ります。

 


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「綾音 達人夜話 第四夜」のご案内

   寒桜 繚乱
 寒桜満開
京都に先駆けて、「寒桜、満開です」のお便りが東京の友人から届きました。
美しく初春を彩っています。
寒桜一輪
 一昨年のコンサート「をみなごに花びらながれ」のプログラムの裏表紙を飾った一輪の桜も同じ友人が撮って下さった写真。

 <桜が怖くなった>・・・と反響を生んだ『桜の森の満開の下』(坂口安吾作)の朗読から、また一年が巡ろうとしているのですね。

 今年は桜の季節の訪れが早そうです。

   「綾音 達人夜話 第四夜」詳細が決まりました
 昨年4月にスタートした「綾音 達人夜話」も最終回の第4回目を迎えることになりました。
 毎回お迎えするゲスト、どなたにお願いしようかと熟考していたのですが、今回も素敵な方とのご縁が結ばれ・・・・パティシエの西原金蔵さんにご出演いただくことが決まりました。

 さて詳細です。
達人夜話チラシ

 綾音 達人夜話 
 第4夜「2019年4月6日 (土)18:00~ 
 ゲスト 西原金蔵さん(パティシエ)

 「シャンソンとケーキからフランスと日本が見える 」

 シリーズ最終回、ゲストは日本を代表するパティシエ、西原金蔵さん。
 修業の日々、日仏のお菓子事情、食文化、シャンソンとの出会い・・・豊かなご経験を伺いながら、フランスと日本の文化・国民性、言葉と音楽等について紐解いていきます。「綾音 達人夜話」の総決算をお楽しみに!

 西原さんのこと、お話ししたいことは山のようにあるのですが・・・。

 京都にお住まいの方なら、或いは、ケーキ好きの方なら、おそらく知らない方はないと言っても過言ではない洋菓子の名店「オ・グルニエ・ドール」のオーナー。
 フランスの「Alain Chapel 」で日本人初となる3つ星レストランのシェフ・パティシエに就任なさり、これまでに世界的に栄誉ある賞をいくつも得ていらっしゃいます。
オグルニエドールケーキ
 実は、我が家のはす向かいに、このパティスリー「オ・グルニエ・ドール」はあり、毎日ケーキを買い求めるお客様で外まで溢れる長蛇の列を目にしてきました。
私もこちらのケーキが大好きなので、来客のある時など必ず、長い列に並んで購入していたものでした。

 更に西原さんのお住まいとも卑近距離にあって、ずっと前からご挨拶を交わし合う間柄だったのです。

 ところが、昨年の5月末日を持って閉店。
 お店を始められる時から、65歳でお店を閉じようと決めていらしたとか、「閉店」ではなく「卒業」なのだと静かにおっしゃる言葉が印象的でした。
西原さん写真
 にこやかな笑顔がとても魅力的なこの写真は、「Foodion」(フージョン)という食の情報NETが特集していた記事から使わせて頂きましたが、本当にこの通りの温かく快活な方で、お話ししていると自然に幸せな気持ちになってきます。

 2月4日の記事「ドール・ドール」で<ケーキのお人形を見た途端、閃いたことがあり・・・>と記しましたが、実はこの時に、次のゲストには是非西原さんにと思ったのでした。

 熱くお願いして、幸いご快諾頂くことができました。
 音楽にも造詣が深く、ジャズの愛好家でコレクションも徹底されており、フランスでお過ごしだった時、シャンソンとの出会いも様々おありだったとのことです。

 「自分は、表舞台に立つ立場ではなく、厨房の中でお菓子作りに専念する<クロコ>として過ごしてきましたので、お話しするのは苦手なのです」とおっしゃっておられましたが、<お菓子>という、これまでとは全く違ったジャンルから、日仏の文化論、シャンソンとの共通項など、様々に深めて行くことが出来るのではと、対談への期待に胸が膨らみます。

 「シャンソンとケーキからフランスと日本が見える」
 このテーマでの「綾音 達人夜話」の締めくくり、どうぞお楽しみに、是非お越しくださいね。

 お問い合わせはいつものようにWEBのコンタクトからお願い致します。


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雛祭り 雑感

   花粉症 今年は大変です
 2月後半から悪化して、ついに寝込んでしまいました。
スギ花粉
 倦怠感と頭痛と微熱とで、風邪にかかったような、でもやはりれっきとした花粉症、皮膚疾患まで加わり、目や喉は勿論、顔や手まで赤く腫れて、本当に参っています。
  「どんどん重症になるのはそれだけまだ細胞が若くて活性化しているという事ですから」とのお医者様の慰めの言葉に、
「・・・・。」
 では、ひたすら後二カ月は耐えるしかないかと、もはや諦めの境地です。
 皆様は如何ですか。
 そのようなわけで、目下、共に花粉症を語り合う仲間募集中です。

    雛祭り 
 花粉の中でぼんやりと過ごしていたら、いつの間にか三月になりました。
 今日は雛祭り。
 
 幼い頃、両親が奮発して買ってくれた優美な七段飾りの雛人形が大好きでした。
 お雛祭りが近づくと、雛段を組み立て、赤い毛氈をかけ、和紙に包んだ雛人形をそっと箱から出して飾ってゆく母の柔らかい手つきをうっとりと見ていました。
 箱の中から樟脳の香りが漂って来て、春の到来を幼心に感じていた気がします。
 雛壇の横に桃の花と菜の花を活けて、雛あられや桜餅をお供えし、おすましの顔をして撮って貰った毎年のお節句の写真が古いアルバムに今も残っています。
 ひな祭り
 京都ホテルオークラのロビーに飾られていた七段飾りの雛人形を見ていたら、そんなことを懐かしく思い出しました。
今晩の夕食は、お雛祭りの日のご馳走だったちらし寿司にしようと思います。
菜の花


 和菓子屋さんの店先には桜餅やひし餅に並ぶ行列があって、これも京都らしい情景、こういうこだわりって良いですね。



   
    土佐文旦
 私はグレープフルーツが大好きで、ほぼ毎朝、朝食時に頂いています。
 オレンジも温州ミカンもポンカンも、柑橘類は全て好物なのですが、先日、初物という事で、友人が立派な土佐文旦を沢山送って下さいました。
文旦
 瑞々しく薫り高く、さっぱりとした味でとても美味しいのです。
 惜しみながら頂いて、今残りは三つ。今日はフルーツサラダにしてみようと思います。
 
 皮が厚く、でも柔らかいので、これはと思い、昨日、文旦マーマレードを作ってみました。とりあえず大成功!
 他の柑橘類と一味違う和風の苦みがとても美味しく感じられます。
 菜の花の酢味噌和えの上にたっぷり乗せると、料亭風、なかなか乙でお勧めです。

   相続と断捨離
 ふと目にした小冊子の中で、作家の五木寛之氏が、お話しされたこんな文章の一節が心に残りました。
 
  「物の相続ではなくて、心の相続。
 断捨離で物を捨てるのではなく、物の中にある思い出に囲まれて暮らすのも良い。思い出を懐かしむだけでなく、人に会い、声を通して聞くこと、語ることで、私たちは精神を活性化しながら「100歳人生」を生き抜けるのでは、とふっと考えたりします。」

 「百年人生を生きる」をテーマにした金融機関(三菱UFG信託銀行)のセミナーでの講演の一節なのですが、昨年相続税法が改正され、今年から施行されるという事もあって、最近とみに「相続」や「遺言」などの問題がクローズアップされていますね。
 
 金融関係の方の講演と対比して、五木氏の講演は作家らしく心の有りように焦点を当てたお話だったようです。

 大仰かもしれませんが、先ほどの「雛人形」や「ちらし寿司」も五木氏流に言えば、一種の「心の相続」ということになるのでしょうか。

 いささかロマンチックすぎる目線かもしれませんが、<家を継ぐ>とか<名を継ぐ>とかいう事も、実は物の相続の前に、心をどう負って引き受けてゆくのかという問題なのではないかと思うのです。
 <財産を受け継ぐ>ことも、本来はその延長上にあることかもしれませんね。
 更に言うなら、<文化の継承>も、そのこだわりと責任の中にあるとも言えるのではないでしょうか。

 高齢になった両親が、最近、頻繁に片づけのことなどを話題にしているので、そんな場面と重なって色々なことを考えてしまいました。

 私の両親の世代は、たぶん一様に、物を大事にし、捨てることに抵抗が強いようです。
 その結果、物が溢れ過ぎ、何とか整理したいと思うジレンマも生れてくるのでしょうね。

 「断捨離」の考えからすれば、言語道断かもしれませんが、でも物は、それと関わってきた人の個人的な思いと連動しますので、傍目には不用品でも、当事者にとっては思い出深い宝物になり得るのでしょう。

 「物の中にある思い出に囲まれて暮らすのも良い。思い出を懐かしむだけではなく・・・・」

 の言葉に,片付け大好きの私ではありますが、全面的に共感します。

 物と、物に宿るものとを、大切に受け継ぎながら、受け継いだものを噛みしめながら、でもそこに埋没しないで日々新たに生き直してゆけたら素敵ですね。


 花粉症のぼおっとした頭に色々なことが流れてゆく、雛祭りの夕餉です。


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ドール ドール

 昨日は節分、そして今日は立春、旧暦の新年ですね。
 京都の節分と言えば、まずは吉田神社、前に紹介記事「鬼の行方」を書いたことがありました。今年は所用があり、参拝は叶いませんでしたが、でも家で豆まきはしっかりと!
 我が実家では、昔から何故か豆まきは欠くべからざる大事な年中行事となっていました。三つ子の魂で、年を経ても、私も弟も今もその習慣だけはきっちりと守っています。
 立春は、清々しい気分で。
 一年の安寧と健康を祈りたいと思います。

   人形作家との出会い ~ 『こもれびの詩』
 米山京子さんをご存知でしょうか。
 人形作家として大変ご活躍なさっておいでの方なのですが、そのお人形を見れば、「ああ!!」と多くの方が思われるのではないでしょうか。
 いつか見たことのある優しく愛らしい表情、それぞれのお人形にそれぞれを包むメルヘンが漂っていて、心和む世界に引き込まれます。

 私はずっと前から米山京子さんのお人形が大好きで、こういう世界を生み出される方はどんな方なのかしらと、憧れを持って感じていました。

 ところが、思いがけぬご縁。
 知人の紹介で、昨年一月の市ヶ谷での「雨の日の物語」コンサートに京子さんとお嬢様のマリさん、お二人でいらして下さったのが最初の出会いだったのです。
 終演後、満面の笑みで優しくご挨拶して下さったご様子が、はっきりと浮かんできます。
 お母様とお嬢様、お顔立ち・しぐさまでどこか似ていらして、お二人ともあどけない童女のような第一印象がありました。

 その後、ご自身のお仕事や日常について綴られたエッセイの中で、この日のコンサートのことをこんな風に記して下さいました。

 雨の多い季節になり、雨傘を開くたびに、今年の初めにうかがわせていただいた松峰綾音さんのコンサートを思い出します。
 シャンソンと朗読で綴る「雨の日の物語」、松峰さん訳の歌詞からも、名作の一場面からも、情景や登場人物の様子が、まるで映画のワンシーンでも見るように浮かんできます。
 客席も一緒に大合唱で終わったコンサートは感動的で、年明けから貴重な経験をさせて頂きました。   ・・・中略・・・
 松峰さんのコンサートでいただいた感動がまた明日へのエネジーになりました。

 
そして昨夏に一度、三人でご一緒にティータイムを過ごす機会を得、初めてとは思えないほど打ち解けて、楽しくお話をさせて頂いたのでした。

 京子さんとマリさん、そして私、思わぬ共通項がいくつもあって、例えば無類の猫好きであること、おっちょこちょいな失敗が結構多いこと、他愛なく和やかな日々の話、その中で、お人形という有形なものを生み出す衝動やその工夫や喜びなど、創り手としての矜持、気概も、共感できる話題でした。

 京子さんがイマジネーションを駆使して紡いでゆく物語が鮮明であればあるほど、その中で、主人公であるお人形は生き生きとその命を生きるのだと思いました。
 創造とはそういう事なのでしょうね。
 私の場合は言葉が対象となっているわけですが、同様の感覚の中にいると感じられます。
こもれびの詩
京子さんは『こもれびの詩』という<人形絵本>を出版されているのですが、私はこの本が大好きです。
 美しく撮影された人形たちの写真が、生きているように瑞々しくそれぞれの表情を捉えています。
 夏のティータイムを包んでいたのも、眩しい木々の木漏れ日でした。

 人のご縁というものは本当に不思議なもの。
 20年も前から一方的にファンだった方と・・・。

 お嬢様のマリさんはお母様と同じ道を進まれて、お二人は良きパートナーとして、お互いの独自の世界を深め合っていらっしゃいます。マリさんはお人形作りに、イギリスで本格的に修得なさった刺繍の技術と手法を加えて、素敵な作品を沢山作っておいでです。
 とても仲の良い母娘であると共に、肝胆相照らす相棒でもあるのですね。

   情念とメルヘン
 昨年暮れ、お二人からお人形をプレゼントして頂きました。
 お人形に寄り添っているのは可愛い子猫。
こまりちゃん
「是非名付けて下さい」とのメッセージに応えて、女の子は「こまりちゃん」、子猫を「毬太郎クン」と命名しました。
 可愛くて見惚れていたら、自然に子供の即興でたらめ歌みたいなメロディーと詩が浮かんできて、それがどうしても心から離れなくなり、ついに『こまりちゃんのティータイム』『おはよう毬太郎』という歌を作ってしまいました。
 怪しげですが結構お気に入りで、気がつくと声に出して歌っています。勿論、門外不出ですが・・。

 「同じお人形は決して作りません」
 「どれもみな、世界に一体だけのお人形」というお言葉に感動します。
 どんなに心を込めて、時間をかけて、作り上げていらっしゃるのでしょう。

 日本人形でも西洋人形でも、「人形には魂が宿っている」とよく言われます。
 リアルな人の形に、人の情も投影させているのでしょうね。
 そういえば、市松人形やお雛様なども、歳月が経ったものほど、何か秘めたような奥深い表情が感じられる気がします。
 西洋人形でも同様で、極端な場合には、「死んだ子供の生まれ変わりのよう」などという神秘的なお話に繋がってきたりもします。

 仏師が最後に仏像に全身全霊をかけて命を吹きこむように、人形作家も、作品にかける思い、自らの情念のようなものまでも人形に込めようとする、そんな精神世界があるのかもしれません。
 こういう一体一体の持つ圧倒的な個性、凄味は人形ならではの魅力、醍醐味と言えるのでしょう。

 でも一方で、その対極に、できるだけ無色のまま、作り手から委ねられて受け手が自由にイメージを膨らませてゆくということもあるのではという気がするのです。 
メルヘンの本質はそこにもまたあるのではと、・・・・我が家の「こまりちゃん」と「毬太郎クン」を見ながら、そんな人形私論に心を巡らせてみたのでした。
ドールドール

 「おはよう毬太郎」を心地よく歌うことを許してくれる京子さんのお人形の愉しさを満喫しています。


 「ドール ドール」というのは、米山京子さんのWEBサイトのタイトルです。



 追記
ケーキの人形
 数日前、こんな美味しそうなケーキのお人形をプレゼントして下さいました。
 イチゴタルトとチョコレートケーキ、そしてそれを見ている可憐な女の子です。
 ケーキを乗せている美しい刺繍のマットはマリさんの作品です。
 見た途端、或るアイディアが閃きました。
 実現したら、すぐにご報告致しますね。


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3歳の呟き 105歳の言葉

 お正月もいつの間にか遠くなっていきますが、新年に心に残った二つのエピソードを、今日は記してみたいと思います。

   ハー君の呟き
 私の新年はいつも両親の暮らす逗子を訪れることから始まります。
 今年も親族総勢11人での賑やかな幕開けでした。
 最年少は、今年3歳のハー君、まん丸い笑顔が飛び切り可愛い男の子です。
 二人姉弟で、お姉ちゃんはこの4月に小学校入学を控えたおしゃまさん、一年前に比べると二人とも見違えるようにしっかりしてきて、子供の成長は本当に早いです。
 月日は確実に過ぎているということなのでしょうね。

 昨年は言葉もおぼつかなかったハー君ですが、今年は堰を切るように流暢に言葉を操れるようになって、好奇心に目をキラキラ輝かせていました。

 自分達二人に周りの大人が注目して、目を細めて可愛がってくれることを・・・・お正月はそういう特別感が強いですし、・・・それぞれ敏感に察知して、それが嬉しくってたまらないのでしょう。事ある毎に注目される言動を誇示します。
 女の子の方は、大人に甘えるしぐさがコケティッシュでさえあり、実に興味深いと改めて思ったのでした。
 「ハー君には好きな女の子がいるんだよね」とお姉ちゃんからの突然の暴露。
 男の子は急にどぎまぎし出して、それを見ていたら、思わず吹き出しそうになってしまいました。
 皆で「なんていう名前の子なの?」と問いかけてみると。
  「言わない・・・」
  「知りたい?」
  「どうしても?」
 これは、話したくて仕方がないという意志表明ですので、
「どんな女の子なの?教えて!」と尋ねてあげました。

  「あのね。<ひ>がつくの。」
  「ひろみちゃん?」
  「ひろこちゃん?」
  「違うの・・・ひなのちゃん」
  「ひなのちゃん、可愛い名前ね。」
  「うん。」
 嬉しそうなハー君の声。

 ここからはお姉ちゃんの独壇場、弟の想い人<ひなのちゃん紹介>が始まりました。

 嬉しそうな、恥ずかしそうな、ハー君なりの甘酸っぱさを噛みしめているのかしら?たった3歳なのに。
 何だかほのぼのとして、人って良いものだな、なんて思ってしまいました。

 元旦の晩餐、やがて大人たちの話で盛り上がります。
 健康、仕事、人間関係、etc。
 じっと黙って独り遊びをしていたハー君が、ポツリと呟くように一言。
  「みんな大変だ。」
 そうだね、ハー君の言うとおりだと、一同深く頷いたひと時でした。
 
   篠田桃紅氏 105歳の言葉
 1月3日、何気なくテレビをつけたらNHKで『日々新たなり 篠田桃紅 105歳を生きる」という番組を放映していました。
途中からだったのですが、思わず映像に釘付けになってしまい、気がついたら最後まで見入っていました。
NHK篠田1
 5歳から書の手ほどきを受け、書家として立つことを決意した篠田桃紅さん。1956年に渡米して、抽象表現主義絵画が流行していたニューヨークで、文字を離れて墨の抽象画(墨象)を描くようになられました。まずは、彼女のプロフィールをご紹介します。

 ニューヨークを拠点に全米をはじめヨーロッパ各地で個展を開催し、第2次世界大戦後、墨を使った抽象美術家としていち早く国際的に高い評価を受けた日本人芸術家の1人となりました。帰国後もレリーフ・壁画などの建築物に関わる大作を手がける一方、版画・題字・随筆などさまざまな分野に活動を広げていきました。多くの作品が、国内外の美術館や公共施設に収蔵されています。桃紅は現在も国内外において個展を開催し、精力的に創作活動をおこなっています

 105歳の現在も、現役第一線で独自の世界をなお探求していらっしゃる素晴らしい方です。

 そして<番組の紹介文>です。
NHK篠田2 篠田桃紅、105歳。書道家から出発して「墨の抽象画」という独自の境地を拓(ひら)き、世界的な評価を得てきた。生涯独身を貫き、今もアトリエ兼自宅で一人暮らしを続けながら、なお新しいものを生み出そうと格闘している。時に自問自答し、特に自虐や毒舌で笑わせながら、縦横無尽に語る篠田。「この年になると生き方の手本はない。自分で編み出さなくては」という篠田の日々を見つめ、驚異の言葉の数々に耳を傾ける。

 テレビの映像には、現在も日々筆を持ち続けている創作の様子が粛々と映し出されて、その端然として動じない眼差しと、鋭い気迫とが、圧倒的な力で迫ってきました。

 桃紅さんの歯切れの良い語り口も、含蓄に満ちた言葉一つ一つも、美しい詩のように、薫り高く心に沁み入ってきます。
番組を見てからというもの、沢山の言葉が、ずっと胸の中を回り続けているのですが、その幾つかを(メモを取らなかったので言葉は正確ではないかもしれませんが)ここに記してみます。

 『老いることはマイナスだけじゃない。その年齢だから発見できることが日々ある。その発見の面白さがあるからこうしてワクワクしながら毎日筆を持つのよ。面白くなければ挑戦しない。』

 『昔のことを思い出してるようではダメ。今これからが大切なのだから。』

 『人はみんな孤独なのは当たり前。どんなに好きな人でも自分とは違う。孤独だからこそ、一切が私のものと言えるのでしょう。』

 『私は、もう半分死んでいる。自然の一部、自然そのものにどんどんなってゆくのを感じている。』


 そして、「桃紅」という自らの名前の由来を禅宗の次の言葉を引いて説明していらっしゃいました。
 「桃紅 李白 薔薇紫 問 起春風 總不知。」
 (桃は紅く、李は白く、薔薇は紫、これを春風に問えども総に知らず)
                     
 桃の花が紅く、すももの花が白く、バラの花が紫色に咲いている。その理由を春風に尋ねてみても、ただわからないというだけだ、という意味。

 『春の風はひと色でどの花にも同じように吹くのに、それぞれの花はそれぞれの色で咲き誇っている。人はみんな、それぞれに自分の色で自然に咲けば良いということなのよ。』

と語った桃紅さんの言葉から、一途に生き抜いてきた人の揺るぎない美しさを感じました。

最近も次々と随筆を発刊されていらっしゃるのでご紹介してみます。
篠田著書1 篠田著者3 篠田著書2
『103歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』 (幻冬舎文庫)
『105歳、死ねないのも困るのよ』(幻冬舎)
『桃紅105歳好きなものと生きる』(世界文化社)

私も早速読んでみたいと思います。



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 2019年 今年も良い一年を!

 新年、明けましておめでとうございます。
 年末の冷え込みとは打って変わって、温かく穏やかな元旦となりました。

 皆様にとりまして、健康で幸せな一年となりますように。
 年賀状2019
 私の今年の年賀状です。 

今年も心に刻まれる訳詞・作詞を生み出し、皆様に楽しんでいただけるコンサートライブを展開して行けるよう精進して参ります。

 6月21日(金)には、京都 清水寺成就院にて「音楽の祭日 松峰綾音訳詞コンサート シャンソンと朗読のひととき」を開催致します
 ご来場をお持ちしております


 思わず6月21日のコンサートのご案内をしてしまいましたが、直近の予定は4月6日の「綾音 達人夜話 第4夜」と、そして、この成就院でのコンサート、まずは充実した内容になるよう、力を尽くしたいと思います。
 でも、目の前のことだけにとらわれ忙殺されることなく、辿り着きたい場所がどこなのか、何を大事にしていきたいのか、いつも落ち着いて見つめていなければなりませんね。
 ゆとりを持って、心穏やかに。

 新年は襟を正して、思いを新たにする時。
 
 どうぞ本年もよろしくお願い申し上げます。
   
   元旦朝 八坂神社に初詣
 毎年恒例 早朝、八坂神社に初詣に行きました。
 お地蔵様
 道すがらの情景。
<町内会 地蔵菩薩>
ビルの隙間に祭られている小さなお地蔵様には、いつも新しいお水とお花が供えられています。そして立ち止まって手を合わせる地元の方たちの姿をよく見かけます。今朝もお正月のお花が清々しく活けられていました。

 「道端にこそ、神はおわします」
門松京都では、街中でもこうして普通に仏様と共存して生活が営まれていることを感じます。
 少し飛躍するかもしれませんが、山に向かって手を合わせたり、季節季節の食べ物・習慣を大事にしたり、皆、どこか共通する、文化の奥深さと美しさなのではと思っています。

 冬の風物詩。
干し柿
 <干し柿を吊るす軒先>
 今年は何人かの方からとても美味しい干し柿を頂きました。
 干し柿を作るのはかなりの手間がかかりますし、時間も要します。
 それでも、「これが我が家の味なんです」と誇らしく差し出してくださるそれぞれの方の所作に何か素敵なもの、ありがたいものを感じます。
 まだお子さんが小さくてお仕事も持っていらっしゃる若いママからも「干し柿を作っているときって楽しいんですよ。」と先日立派に出来た美味しい干し柿をプレゼントして頂きました。
 いつか私も挑戦したいと思います。
八坂神社1

 そして、八坂神社。

 今朝の神社は殊の外綺麗でした。朝陽に光り輝く朱色の門。



本殿。
八坂神社2 八坂神社4
お柱には、稲穂で作られた見事な長寿の亀
八坂神社3

おみくじを引いてみました。

大吉!!

木に登りそうです。



   新幹線から見えた富士山
 くっきりと光に映えていました。
富士山2

 三が日は、これも恒例なのですが、逗子に住む両親と過ごします。

 皆様もどうぞ楽しいお正月をお過ごしくださいね。



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2018年晦日 錦小路界隈

 気がつけばもう12月30日、晦日ですね。

 今年は皆様にはどのような一年でしたか。

 「矢の如し」とはいうものの、辿ってみると、やはり色々な出来事が起こっていて、出会いや別れもあって、それ全て含めて、自分のかけがえのない一期一会の時間なのだと改めて思います。

 私は、今年はコンサートやイベント等、盛りだくさんの年でした。

  『雨の日の物語』
  3夜に渡る『綾音 達人夜話』
  清水寺での座談会『音楽は国境を超える 世界友愛の祈り』の構成・司会
  東福寺での『採薪亭演奏会』
  FM軽井沢への出演
  『デリシャスクリスマス』

 それぞれの様子は随時お知らせしてきましたけれど、どれも貴重な経験となりました。

 暮れに届いた何枚かの喪中欠礼の葉書を眺めながら、・・・・仕事を納め、年賀状を書き、大掃除をし、お節を準備し、・・・・ともあれ、このように繰り返される年の瀬の諸事を、今、健康で普通に迎えていることが、実は何より幸せなのだとしみじみ思います。

 そんな12月30日。
 我が家は、京の台所・錦小路のすぐ近く、買い出しの人達で大賑わいの様子を写真に収めてみました。

   12月30日 朝5時30分 
いつも早起きの私、今朝も5時起床で、郵便を出しついでの朝の散歩に出かけました。
月と明星
 雪がちらつく未明の空に、くっきりと浮かぶ月と明けの明星です。
 冴えた美しい煌めきの星ですが、写真からおわかりになるでしょうか。
私と同様に早起きの友人が、時々「今、明けの明星が綺麗に光っています」という写真付きメールを送ってくれて、その度に空を見上げているうちに、私もこの明けの明星=金星が、殊の外好きになってきました。
朝のパン屋さん1
 郵便局本局までの道すがら。
 まだ5時半なのにもう立ち働いているパン屋さんです。
 お店の外まで良い香りが漂ってきました。
 お洒落なレストランが併設されていてフランス風の店ですね。

錦市場周辺は皆早起き。早朝から働いている方たちがたくさんいます。
スターバックスの女性店員さん。てきぱきとした身のこなしに晦日の気合が感じられました。
   スターバックス    朝の大丸
 大丸デパートの駐車場にも次々と業者の大きなトラックが品物の搬入に入庫します。
錦夜明け

錦市場の入り口。まだひっそりとしています。
そろそろ空が白みかけてきました。
魚屋さん朝

いち早くシャッターを開けたお店は魚屋さんとお餅屋さんでした。
今日はどれくらい売れるのでしょう。きっと戦場のように忙しい一日になるのでしょうね。
錦雑踏

   12月30日 昼下がり14時
お買い物に出てみました。
朝とは打って変わった大変な賑わいです。


漬物屋


錦市場にはお漬物屋さんがたくさんあるのですが、お正月の旬は勿論千枚漬けです。

それぞれにご贔屓の味があるのでしょう。どのお店も賑わっていました。

魚屋さんとお餅屋さん。
魚や 餅や

正月飾り
 私のいつも買うお正月飾りのお店はここです。
 一家で営んでいるようで、息もぴったりです。
 顔なじみのおばあさんが、元気に店に立っていました。
 「今年も終わるねえ」と陽気な笑顔。

 「八百一」というマーケットの入口には、大きな松飾りが飾られて、お正月到来を今や遅しと待っているようでした。
正月準備
 今年も、皆様から温かく応援して頂き、お陰様で充実して過ごすことができました。 本当に有難うございました。
 どうぞ来年もよろしくお願い申し上げます。


 元旦は少しは寒さが和らぐようです。
 お風邪を引かないようにお気をつけて良い新年をお迎え下さいね。


 

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「デリシャス・クリスマス」ご報告

   「宵酔良い山」
 お陰様で今年を締めくくるコンサート、「デリシャス・クリスマス」が、一昨日無事終了致しました。
 師走のお忙しい中、お出で頂きましたお客様、本当に有難うございました。

 文字通りの満席で、華やいだ空気が一杯に溢れた一日でした。

 巴里野郎の扉を開けるとポインセチアがたくさん飾られていて、会場はすっかりクリスマスムードです。
メリークリスマス 巴里野郎
 12月22日、クリスマスの3日前なので、「宵宵宵山ですね!」などとご挨拶したのですが(京都では祇園祭の前日を宵山と言います)、翌日お客様からこんなウイットに富んだ温かいねぎらいのお言葉を頂きました。

  綾音様
 「宵酔良い山」満喫いたしました。
 昨日はフルコースご馳走様でした。
 いろいろな器で美味しさを味わいました。

 ステージの松峰様は可愛らしくて、こちらもリズミカルな歌を体で感じながらクリスマスの雰囲気に浸ると、子供の頃のクリスマスを思い出して幸せな気分になります。

 朗読もお馴染みのお歌もしみじみと心に入ってきて、私は一時的に文学少女気分。気がつくと、大胆な行動を支持していたり、ロマンティックな気分になったり、祈っていたりもしました。
 次のメニューもまた同じシェフで味わいたいと願いました。


 「デリシャス」という言葉にこだわって、今回のプログラムには「本日のお品書きmenu du jour」と書いてみたのですが、こんなお洒落な返信を頂き、感激しています。
 「可愛らしく」などとまでおっしゃっていただき恐縮するばかりですが・・・・朗読で3~4歳の女の子の声色に挑戦したり、子供のためのクリスマス・ソングなど入れたねぎらいかと・・・重ねて、お優しいお言葉を有難うございます。

   第一部  
 詩人黒田三郎氏の詩集『小さなユリと』から『九月の風』『夕方の30分』の二編の詩。
 長患いで闘病生活をしている妻の不在を、幼い娘と共に、必死で耐えている日常を、飾らない言葉で綴った詩の朗読からコンサートをスタートしました。

  それから やがて しずかで美しい時間がやってくる
  おやじは素直にやさしくなる
  小さなユリも素直にやさしくなる
  食卓に向かい合ってふたりすわる


 『夕方の30分』という詩のこの最後の部分がしみじみと胸に染み入ってきて私は大好きです。
 「オト―チャマ」と「小さなユリ」との、日々繰り返されるこぜりあいの末にやってくる温かい時間の中で、二人で食べた夕食は、どんなに忘れがたい味わいだったのでしょうか。人の時間の中に刻まれてゆくデリシャスな味ってこういうものなのではないかと思うのです。
一部1
 いつ、誰と、どんな時、どんな状況の中で食べるか、それが忘れがたい一期一会の物語と重なった時、どんなに苦い状況であったとしても、真のデリシャスな食べ物、飲み物となる・・・そんなことを思わせてくれる曲や詩、小説を集めてみました。
一部2

 第一部は明るくキュートな曲を中心に。
 一部の最後はサンタクロースの歌を二曲。
 ピアニストの坂下さんと二人サンタ帽をかぶりノリノリでした。



   シャンパーニュ エペルネ AM5:00
 今回もコンサートプログラムを作成しました。
 これが表紙。
プログラム表紙
 表と裏とが青紫の美しい風景で繋がっています。
 一部後半で歌った曲「サンタベイビー」の訳詞に

 シャンパーニュ 
   飛び切りのテタンジェよ


 という一節があるのですが、これに因んだ写真なのです。
 フランスに造詣が深く、ワインの事にも精通している友人にシャンパンの銘柄について教えて頂いたとき、シャンパーニュ地方を旅行した際、撮影したというこんな素敵な写真を下さいました。

 エペルネはシャンパーニュ(シャンパン)のメッカ、ワイナリーが立ち並んでいる土地なのですが、その中で、詩中に登場するテタンジェのワイン醸造所が写真中央にあります。
 夜明けの情景。
 濃い紺色がやがて紫がかった光を帯びて空を染めてゆく美しい一枚です。
 枕草子にも「やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる・・・」とありましたね。

 説明しなければ目に留まらないかもしれないのですが、私のコンサートにはそういう様々な細部に密かなるこだわりが詰まっていて、その集積の総量がステージへのエネルギーに転化されていく気がして、どんどん凝り性になってしまいます。

   第二部
 二部も朗読からスタート。
 有島武郎の『一房の葡萄』を取り上げてみました。
二部1
 横浜の山の手が舞台。
 私はこの近くで生まれて、幼い頃暮らしていましたので、何とも郷愁を感じます。
 そしてここに登場する、外国人の若い女教師の慈しみ深い眼差しが、とても素敵で、忘れてはならない大切なものを柔らかく語っている気がして愛着の深い作品なのです。
 紫色の一房の葡萄は、主人公の少年の心に、生涯忘れられない味を刻んだのでしょう。
二部2
 コンサートは佳境に入り、あっという間に時が過ぎ・・・・最後に「きよしこの夜」を会場と共に歌いました。

 皆様が唱和してくださり、楽しく和やかな、一足早いクリスマスでした。


   聖夜を飾る花々 
花束
 お客様から頂いた花束がクリスマスイブの今日、我が家のリビングを美しく彩っています。

 華やかなクリスマスカラーですね。

 椿
 そして、もう一つ。
 こちらはお茶席にそっと添える白玉と呼ばれる椿。

 「今日は冬至なので、帰ったら柚子湯で温まって下さい」とお庭の柚子を持ってきて下さったお客様も。
 椿の元に薫り高い柚子たちを置いて飾ってみました。

皆様、温かいお気持ちを本当に有難うございます。


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京都迎賓館 夜間公開

 京都迎賓館は、平成17年に開館され、二年前の平成28年から一般公開されるようになったのですが、今年は、晩秋のこの時期の四日間のみ、夜8時まで夜間公開が行われました。

 「京都ならではの日本建築、伝統技能の粋を集めつつ、現代建築の技術と融合させた「現代和風」の創造を見ることが出来る」と内外から広く賞賛を受けているこの迎賓館を11月30日の夜間公開の際に訪れることができました。

 今日は、紅葉の最盛期、情趣溢れる京都の夕暮れ時の迎賓館を、撮ってきた写真と共に、そして見学の際のガイダンスを思い出しながらご紹介してみたいと思います。

   京都迎賓館

 日本の伝統技能の粋を集めた最高のおもてなしの場
 京都迎賓館は日本の歴史、文化を象徴する都市・京都で、海外からの賓客を心をこめてお迎えし、日本への理解と友好を深めていただく施設として平成17年に建設されました。
 歴史的景観や周辺の自然環境との調和を図るため、日本の伝統的な住居である入母屋(いりもや)屋根と数寄屋(すきや)造りの外観とし、品格のある和風の佇まいを創出しています。建物や調度品には、数寄屋大工、左官、作庭、截金(きりかね)、西陣織や蒔絵(まきえ)、漆など、数多くの京都を代表する伝統技能において匠の技を用いています。 (京都迎賓館 WEBサイトより)

             
 京都御苑は、今まさに紅葉の真っ盛り。16時頃に到着したのですが、陽が傾き始めて、晩秋から初冬へと移り変わる季節のしっとりとした趣を見せていました。
薄暮の京都御所1 薄暮の京都御所2
 紅葉の中を迎賓館に向かいます。
迎賓館へ
 白砂が美しく敷かれた前庭の奥に、正面玄関が見えてきました。
 樹齢700年の欅(けやき)の一枚板を使用しているという玄関扉が堂々とした佇まいを見せて、建物に清廉な雰囲気を与えていました。

現在、四つの部屋と庭園が一般公開されているですが、それぞれを繋ぐ廊下は、障子と行灯(あんどん)の光に柔らかく包まれています。
行燈の廊下1
さっぱりと何気なく、美しい陰影が演出されていて、いつの間にか雅やかな遠い時の彼方に誘われるようです。
まさに、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』の世界そのものですね。
行燈の廊下2


 行灯(あんどん)の意匠は、折鶴をイメージしているとのこと、確かに鶴がすっと佇んでいるようでもあり素敵です。

 そして、最初の部屋「聚楽の間」に導かれます。
聚楽の間
 晩餐会や大臣会合などが行われる際に、招待されたゲストの控室、随行員の待合とするなど多目的に利用されているそうです。
「聚」は、寄り集まるといった意味、心安らぎ楽しいことが集まる場所という願いを込めているのでしょう。
 鉄や釘を一切使わない京指物を用いた椅子。
 西陣織の茜色が何とも上品な華やかさを演出しています。
長押の釘隠し
 そして、長押の釘隠(くぎかくし)。
 「錺金物(かざりかなもの)」は、「千代結び」をイメージしているとのこと。平和の輪が千代に結ばれますように、という願いを込めたデザインだそうですが、細部に至るまで、日本的な奥ゆかしさが溢れています。
藤の間
 そして、大臣会合などの会議や立礼式(りゅうれいしき)のお茶のおもてなし、晩餐会の待合として使用されるという「夕映(ゆうばえ)の間」を楽しんだ後、次は「藤の間」です。
 「歓迎」という花言葉にちなんで名づけられた「藤の間」は、迎賓館の中で最も大きな部屋で、洋食の晩餐会や歓迎式典の会場として使用されるそうです。  
 「麗花」という壁面装飾は、綴織りの技法で織った織物で、39種類の日本の草花が織り込まれています。
   藤の間2
 「格子光天井」は、美濃紙と京指物とが融合して、「和凧」の形に模してあり、洋のおもてなしを尽くしながら、どこまでも和の意匠を極めていることに、心を強く惹かれました。

「桐の間」
先ほどの「藤の間」の<洋>とは好対照に「五七の桐」を配した和の晩餐室がこの「桐の間」です。
桐の間1  桐の間2
 全長12メートルあるという漆の一枚仕上げのテーブルが圧巻でした。
 庭の緑や天井を漆の漆黒が水鏡のように映し出して、ここにも陰影の美が生きています。
 でも、座椅子を使いながらも掘り炬燵式になっていたのは、やはり外国からの賓客に配慮したためなのでしょう。

行灯に照らされて廊下をしばらく進むと、廊橋に出ます。
 行燈  出口より
 廊橋の天井は、船底を逆さにしたような形、「船底天井」で、吉野杉を使用しています。

 「庭屋一如(ていおくいちにょ)」を体現した庭園
 京都迎賓館の庭園は、御苑の緑を借景とし、広大な池を中心に、様々に表情を変えつつ、まわりの建物に融け合うように配置されています。これが、古くから日本人の住まいに貫かれた伝統「庭屋一如」の思想です。

 賓客の方々が「舟遊び」を楽しめるように「和舟」も池に浮かんでいます。
 中庭1 中庭2
 そして、多数の錦鯉が放たれていて、海外の方たちは餌やりに殊のほか興じられるのだとか。

刻々と日が落ちて、水面に部屋の明かりが映ります。
   中庭3
 
 京都の伝統技能11職の技術の粋を集めた建物。
 光と影とが織り成す幽玄の美。

 古都の風土と歴史とが相まった日本的な美意識の中で,優しく柔らかく海外の賓客をもてなすことの矜持に、改めて日本人としての誇らしさを感じたひと時でした。


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