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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

『神様はハバナタバコを吸う』

カット久々の「訳詞への思い」、今回はゲンズブールの曲『神様はハバナタバコを吸う』をご紹介します。


       『神様はハバナタバコを吸う』
             
                                  訳詞への思い <27>


    ハバナタバコとジタン
 原題は「Dieu fumeur de havanes」
 「神様はハバナタバコの喫煙者」という原義であるが、「神様はハバナタバコがお好き」というタイトルで既に日本に紹介されている。

 カトリーヌ・ドヌーヴ主演、セルジュ・ゲンズブールが音楽担当及び出演した映画『Je vous aime』(1980年)の中で、二人が歌ってヒットした曲である。

 ゲンズブールと言えば、周知の通り超ヘビースモーカーであったが、タバコをふかしながらのステージは、大いに顰蹙(ひんしゅく)をかいながらも、彼なら仕方がないという感じで、どこかで認容されていた節もあって、カリスマ的なゲンズブール神話を飾っている。

 この曲は、映画のイメージを伝えていることは勿論だが、また同時に、女性遍歴を重ねてきた彼の実像とも大いに重なるものがあると言えるだろう。

   神様はハバナタバコを吸っていて、それは僕と同じさ。
   僕のくゆらせるタバコも天国と同じ香りがするんだ

   いいえ、あなたはハバナタバコを吸ってなんかいない
   あなたの吸っているのはジターヌだわ


 というような言葉を、恋人同士、戯れながら繰り返し囁き合っている・・・・他愛なく、そしてエロティックでもある歌詞で、<だから何なの?>と言いたくなるが、彼特有の少しアンニュイで洒脱な言葉遊びが終始繰り返されてゆく。
CDジャケット
 デュエットの相手はフランスの永遠のマドンナと言っても過言ではない、カトリーヌ・ドヌープ。
 この曲を発表した頃は、若さが弾けるように眩しく、上品で瑞々しい魅力に満ち溢れていて、その彼女が恥じらうようにひそやかに歌っていたので、戯言のような歌詞も何もかもがすべて帳消しになったのだろう。

 ゲンズブールもおそらくその辺の計算をしっかりとした上で、このヒットソングを作り上げたのではと推測する。
 
 さて、では、この歌詞に頻出する「ハバナタバコ」と「ジターヌ」なのだが、少しだけ説明をしてみることとしよう。
チャーチル
 「ハバナタバコ」はステイタスの高いキューバの葉巻。
 名を成した成功者、紳士がゆったりとくゆらすイメージだ。
 そういえば、チャーチルもケネディーも、明治天皇も吉田茂も、ハバナタバコの愛好者だったのではないか。

 私の友人に愛煙家がいて、シガーバーが如何に健全でステイタスが高い寛ぎの場であるのか、葉巻は吸い方に美しい作法があり、真に紳士の証しなのだというような話を詳しくしてくれたことがあったのを思い出した。
 
 熱く語る言葉から、ロマンチックで上質な葉巻文化を垣間見る気がしたけれど、でも私は、ここで、禁煙推進の世の中に掉さすつもりは毛頭ないし、タバコの健康影響についても充分理解している。
 そもそも喫煙の真似事すら一度もしたことはない。

  神様はハバナタバコが大好きで、いつも天国で悠然とハバナタバコをくゆらせている。僕と同じだね

 女性は
  「それは嘘で、あなたがいつも吸っているのはジターヌじゃないの」
と言う。
ジタン1 
 ジターヌとは 。
 フランスの紙巻タバコ「ジタン」のこと。
 正しくは「ジターヌ」と発音するので、私の訳詞の中ではジターヌと表記した。

 ジターヌの原義は「スペインのジプシー女」の意味で、青いパッケージには扇を持ったジプシーの踊り子のシルエットが描かれている。

 解説によると、

 基本的にはタバコの葉を乾燥させ、更に堆積発酵させた黒い葉のタバコでクセが強く何種類かある。

 高級タバコではなく庶民派のタバコ、肉体労働に従事する人たちに特に刺激的な香りが好まれ、愛好者が多いのだと聞いたことがある。(ちなみにアニメのルパン三世の吸っているタバコもジターヌだった)

 主人公の男性が「僕のハバナタバコだよ」とうそぶきながら、ニコチン中毒者のように、安タバコのジタ―ヌを間断なく吸い続けているという情景だ。

 
   Dieu fumeur de havanes  『神様はハバナタバコを吸う』
 
さて、私の訳詞の書き出しは次のようである。

   1 神様はいつもハバナ くゆらせている
     灰色の雲を作る
     僕も同じさ

       いつも貴方はそう言う
       でも本当は違う
       あなたのジターヌ 青い煙 目にしみるもの
  
   2 神様はいつもハバナ くゆらせている
     天国の香りがする
     僕は知ってる
  
       あなたはいつもジターヌ
       女たちの中で
       でも幸せじゃないのね 私は知ってる

 魅入られたようにジターヌを吸い続ける貴方は、パッケージの中の青いドレスのジプシー女に心を奪われているかのようだ。
 ジターヌをふかすように女性遍歴を重ねる貴方だけど、私には幸せそうには見えない。

 貴方がどんなでも、私だけは貴方の傍にずっといてあげる
 貴方のタバコの煙をいつまでも見ていてあげる

 タバコの煙のように捉えどころがなくて、すっとどこかに消えて行ってしまいそうな「貴方」の心を、あるがままに受け入れる「私」の言葉に、母性のようなものを感じる。切ない恋の歌だと思えてくる。

   神様から一番遠く 君を守るよ

 僕は神様から一番遠くにいるけれど、でも「君を守るよ」
 
 これも僕の精一杯の愛の言葉。
 軽口を並べたジョークで本心を見せない恋愛ゲームのような歌でありながら、孤独と、渇望と、情愛が垣間見える気がして、一筋縄ではいかないゲンズブールならではの、ひねりの効いたラブソングであると感じた。

 いつか誰かとデュエットしながら歌ってみたいと思っている。
                                    Fin
 
 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
 取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

   では、原曲Dieu fumeur de havanesをお楽しみください。



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『優しき調べ』

カット写真 いつの間にか秋も深まってきました。
 11月は大好きな季節。
 秋の名残りの光、冬の乾いた冷気を感じ始める、こういう季節の変わり目には独特のセンチメンタルな空気が漂っている気がします。
 11月を歌ったシャンソンは沢山ありますので、いつか特集してみても面白いですね。
 風邪気味でぼんやりとしながら、以前のコンサートCDなど久しぶりに聴いていたのですが、随分前に歌った『優しき調べ』という曲が何故か心にしみじみと沁み入ってきました。
 今日は久しぶりに「訳詞への思い」、この曲を取り上げてみようかと思います。


       『優しき調べ』
                   訳詞への思い <26>

   「chanson tendre」
   Comme aux beaux jours de nos vingt ans
   Par ce clair matin de printemps
   J'ai voulu revoir tout là-bas
   L'auberge au milieu des lilas
   On entendait sous les branches
   Les oiseaux chanter dimanche
   Et ta chaste robe blanche
   Paraissait guider mes pas

   私達の二十歳の美しい日々のような 明るく澄んだこの春の朝に
   あそこにこそ私は再び訪れたかった リラの中にあるあのオーベルジュを
   枝の下で聞こえていた 日曜日に鳥たちが歌うのが
   そして 君の純白のドレス 私の歩みを導くように思えていた
                             (松峰 対訳)
 
 始まりの原詩は上記の通りである。
 「chanson tendre(シャンソン タンドル)」というこの曲は殊の外言葉数が多くて、上記冒頭だけでも、短い旋律に、とてつもなく早口のフランス語が詰め込まれている。
 日本語の音節の特徴上、原詩の内容すべてを忠実に日本語詩で表現することは非常に難しく、この曲の訳詞は、いつも以上にイメージを広げ、内容を凝縮し言葉を選ぶことが要求された気がする。

 ちなみにこの部分の私の訳詞は以下のようになった。
 日本語で歌うために、かなり短くしていることがわかって頂けるのではと思う。

     君と過ごした 二十歳の思い出
     リラ咲き乱れて 小鳥は戯れ
     僕を誘(いざな)う 白いドレスの君
     もう一度 訪れたい あのオーベルジュ
 

 1935年、もう80年以上も前の、私が訳詞した中でおそらく最も古い曲だ。
フレール写真
 フレールが歌ったヒット曲だが、後にコラ・ボケールやバターシュなど様々な女性歌手が独自の味わいを出して歌っている。

 この曲の日本語詞はこれまで他に作られているのだろうか。
 時代の錆は全く感じられず、むしろ新鮮で、端正なピアノの伴奏に乗せて奏でられる、一編のフランス歌曲を聴くような優美で詩的な空気が漂う名曲だと私には思われる。
 
 「chanson tendre」という原題は「優しいシャンソン 」という意味だが,内容はかなりシリアスで、「優しい」とは言い難い。

 恋に破れた「僕」が、彼女への想いを断ち切りがたく、嘗ての二人の恋が育まれた思い出の場所であるオーベルジュを訪ねる。
 昔の儘の佇まいが残されている部屋、寝室、すべての調度、・・・でも,彼女の姿はなく、もはや取り戻す術はなく、終わってしまった恋を思い知らされる事となる。

 原詩中の<c’est fini>(終わりだ )<on s’en fout>(もうどうでも良いことだ)という、投げるように歌われる言葉が「優しいシャンソン」の正体ということだろう。

 詩中に、・・・・「僕」は「鏡の中」にせめて君の名を見つけたいのに、それさえもかき消されてしまっている・・・という表現があるのだが、この部分が私にはとても印象的で心に残り、実はこの「鏡」を訳詞の中の大きなポイントとしてみた。

   『我が青春のマリアンヌ』 
 この「鏡」とも遠いところで繋がってゆくかもしれないのだが。
我が青春のマリアンヌ映画写真
 この曲を考えるとき、私にはいつも思い出される映画がある。
 『わが青春のマリアンヌ』という古いフランス映画である。

 かなり前に、テレビで再放映されていたのを何気なく観ただけなのだが、鮮烈な衝撃を受け、映像のかなり詳細な部分までもよく覚えている。
 後で調べて、1955年にジュリアン・デュヴィヴィエ監督によって製作されたものとわかった。今から60年以上も前の映画ということになるが、今思い出しても古びたものという印象はない。

 内容をざっと辿ってみたいと思う。
 母の愛を得られないという悩みを抱えながら寄宿舎に暮らす孤独な少年ヴァンサンが、ある時(夏季休暇だったような気がするが、この点の記憶は定かではない)、故郷に戻り、近くの湖のほとりにある「幽霊屋敷」と呼ばれている古城に迷い込む。そこでマリアンヌという名の美しい女性に会い心惹かれる。
 
 彼女との出会いの場面が実に幻想的で素敵な映像だった。

 迷い込んだ部屋の壁に、蜀台を持った美しい女性の肖像画がかかっていた。彼がそれにうっとりと見とれていると、,突然後ろに何かの気配を感じる。振り向いてみるとその肖像画が鏡台に映っているのが目に入り、次の瞬間に鏡の中から肖像画が消えて、その肖像画の女性マリアンヌが蜀台を持って立っているのだ。
 鏡台と思ったのは実は、鏡の入っていないただの枠で、その後ろを女性が通ったという種明かしなのだが。

 この後、話は様々に展開し、やがて彼女がこの古城の囚われの身であることを知り、救出すべく彼は再び城を訪れるのだが、その時彼女の姿もその痕跡すらも全くなく、ただ、セピア色をした彼女の肖像画だけが一枚残されていたというストーリーである。
 陶酔感というか、耽美的な匂いの残る映画だった気がする。
 
 勿論、この曲「chanson tendre」と映画とは何の接点もないわけなのだが、共に相通じ合う甘美な余韻を感じてしまう。   
 この映画のように、芳醇な香りを持った美しい残像が刻まれる訳詞になっていれば良いのだけれど。
 

 再び「chanson tendre」の原詩の後半を取り上げてみる。

   Mais rien n'était à sa place
   Je suis resté, tête basse,
   À me faire dans la glace
   Face à face La grimace
   Enfin, j'ai poussé la porte
   Que m'importe
   N i ni  C'est fini !

   けれど そこには何もなかった
   私はうなだれたまま留まった
   鏡の中で 顔を向け合い 苦渋に満ちた顔を 私はさせられていた
   ついに 私はドアを押した
   仕方がない 終わりだ!
                             ( 松峰 対訳 )

 この部分は以下のように訳詞してみた。
 「鏡」が印象的な詩になっているだろうか。

    けれど 誰もいない部屋 立ち尽くす僕
    鏡の中に 僕の歪んだ顔が映る
    扉を閉める 君は本当に居ない
     C'est fini


   余談
 auberge(オーベルジュ)はレストランを伴う宿舎・ホテルのこと。日本で言えば料亭旅館みたいなもので、本格的な食事をゆっくりと、帰宅時間などを気にせず味わってもらいたいという主旨で建てられたホテルのことを指すと理解していたのだが、先ごろ、フランス通の知人から、厳密にいうと「レストランを伴った宿舎」ではなく、「宿舎を伴ったレストラン」と考えたほうがより正確であると教えられた。食を楽しむための館ということなのだろう。
 
 この曲の「僕」が訪ねたのはオーベルジュ、訳詩の中で「オーベルジュ」という言葉を頻出させたのだが、言葉の響きが少しだけお洒落かしらという単純な思いが働いたためであることを付け加えておきたい。

                                                    Fin
 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
    取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 では、フレールの歌う原曲chanson tendreはこちらから。

オーベルジュの窓

 私の歌う『優しき調べ』(「訳詞コンサートvol.2」より)は、WEBの動画集に前半部分をUPしましたので、こちらも共にお楽しみください。





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『チョコ娘』

訳詞への思い(カット写真
 雪がちらちらと舞い、底冷えのする京都の2月。
 でも、春遠からじで、花粉の便りまで既に届き始めています。

 そして、来週火曜日は、バレンタインデー。
 ひと頃よりは、騒がれなくなっている気もしますが、でも赤いハートのディスプレイが華やかに街を飾っていますし、デパートではワンフロア、丸ごとチョコレートで溢れています。
お菓子やのショーウインドウ 世界中のチョコレートを日本だけで買い占めてしまったのではと心配になる位の品揃えで、日本のこういうエネルギーって本当に凄いですね。

 でもチョコレートって、何となく夢があって、人ごみに混ざってあれやこれやと美しいチョコレートを眺めるのは嫌いではありません。

 今日はそんなバレンタインデーを前に、久々の訳詞への思い、『チョコ娘』という曲を取り上げてみたいと思います。



          『チョコ娘』
                      訳詞への思い<25>


   Olivia Ruiz
オリビア・ルイーズジャケット
 「La femme chocolat(ラ・ファム・ショコラ)」
 直訳すると『チョコレート女』という奇妙なタイトルが付いたこの曲は、オリヴィア・ルイーズ(Olivia Ruiz)のセカンドアルバム『chocolat』(2005年)に収録された曲である。
 
コンサートVol7プログラム
 
 2014 年2月に開催した「訳詞コンサートvol.7『君は誰にも似ていない』」で、私は、新進気鋭のシンガーソングライターとして,ケレン・アンと、そしてこのオリヴィア・ルイーズの二人を取り上げたのだが、その後も彼女は、独創的で魅力溢れる楽曲を次々と創り上げながら、精力的にアルバム制作、コンサート活動を行っており、「ヌーベル・セーヌ(nouvelle scene)」と呼ばれる新たな音楽界の旗手としてその才能を発揮している。

 彼女は、1980年に、フランス南部カルカソンヌで生れている。
 父親はスペインの民族音楽を伝える音楽家で、そのライヴを聴きながら幼少時代を過ごしたという。12歳の時、初めて父とステージを共にして以来、フランスとスペインの楽曲の融合を図る新たな試みにも積極的に取り組んでいる。
 2001年、アイドル歌手としてスタートした彼女だが、2006年にこのセカンドアルバムが発表されると、フランスのみならずヨーロッパ全土で100万枚を超える売り上げを記録し、2007年には、ヴィクトール賞など栄誉ある賞を数多く得ている。

 彼女の持ち味である、スペイン系の血を感じさせる大らかでエキゾチックな声質と表現力とが遺憾なく発揮されている原曲をまずは、紹介してみたい。



   『チョコ娘』
 原曲はこのように始まる。(直訳 松峰)

   Taille-moi les hanches à la hache
   J'ai trop mangé de chocolat
   Croque moi la peau, s'il-te-plaît
   Croque moi les os, s'il le faut
   C'est le temps des grandes métamorphoses

   斧(おの)で私のお尻を切って
   私はチョトレートを食べ過ぎた
   私の肌をかじって、お願い
   骨もかじって、必要ならば
   大きな変身の時が来た
        
 「私の乳房の端に尖った二つのハシバミの実を貴方はバリバリ食べる」、
 「私の唇の端から木イチゴの木が生えてきた それを切るためにキスして」
 という具合に、原詩はエスカレートしてゆく。

   キスで私の腰を揉んで 
   私はチョコレート女になる 
   ヌテラの腰を溶けさせて
   私に流れる血は熱いココアだ

    (注 ヌテラ = ヘーゼルナッツ味のチョコレートペースト)

 チョコレートを食べ過ぎて、いつの間にかチョコレート女になってしまった!
 どうしょう!
 どんどん太ってそれでも食べるのを止められない!

 ・・・という、ひとひねりしたチョコのCMのような、陽気な詩と音楽で、オリヴィアはひたすら楽しそうに歌っている。

 よく読むと相当エロティックで、過激な表現も随所にあり、猥雑味も孕んでいるのだが、実はこれこそが、非常にフランス的なエスプリという感じもする。

 この曲のタイトルはまさに『チョコレート女』なのだけれど、私は敢えて『チョコ娘』と付けて、もう少しあどけない、ただ能天気な、夢見る頃の底抜けの明るさを押し出したかった。


 私の訳詞の冒頭は次のようである。

   食べ過ぎたの ショコラ
   でも 大好き ショコラ
   骨を削って お願い
   お腹も 齧って
   必ず スリムな女に変身する


 <伸びやかで健康的なエロティシズムに溢れた『チョコ娘』の物語が楽しく展開される>、そんな曲になっただろうか。


 そして、一番気に入っている私自身の訳詞のフレーズは、前述の原詩を訳した次の部分である。

   抱きしめて 優しく
   体中が熱く 
   とろけてゆく ショコラ
   血の中を チョコレートが流れる



                              Fin

 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
 取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)
 
   <追記>
 先日(2017.1.24)の巴里野郎でのライヴコンサートをお聴きくださったお客様から、素敵な動画が届きました。
巴里野郎コンサート

 撮影して下さったのは、以前にもご紹介致しました木津川にあるお洒落なブティックfemmeの石橋さんと三宅さんです。
 お二人のお薦めコーディネートで、いつもとはイメージチェンジ、新鮮な雰囲気!と大好評。




 
 30秒の短い動画ですが、よくステージの感じが伝わってきます。
載せて下さった歌のフレーズが、上記の私のお気に入り部分に合致していて、嬉しい驚きでした。
いつも有難うございます。



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『僕になついた猫』

訳詞への思い(カット写真)
 今年もブルーベリージャムを作りました。
 浅間高原の新鮮なブリ―ベリーをどっさりと買い込むのが私の夏の楽しみの一つ。毎朝サラダにたっぷりと入れて頂いていますし、お肉料理などのソースにしてもとても美味しいのです。
ブルーベリー  ブルーベリー2
 いつもより早く7月のブルーベリーを入手したら、実が若く一層新鮮さを感じて、酸味と香りが惹き立つ美味しいジャムが出来上がりました。
 どなたに差し上げようかなって、愉しんでいます。

 さて今日は、『訳詞への思い』、新曲『僕になついた猫』をご紹介致します。
 8月のコンサートで初お目見えのお気に入りの曲です。

    
        『僕になついた猫』
                      訳詞への思い<24>


   原曲のこと
 昨年、Camille Couteau(カミーユ・クトー)が歌っているこの曲を偶然見つけて、メロディーラインの美しさと、歌詞の何とも言えない洒脱な風情にすっかり魅せられ、どうしてもこの曲の訳詞がしてみたくなった。
シコブアルキCD
 男女のデュエット曲でフランス語の響きがとても美しく感じられるが、調べてみると実は、1947年に作られたブラジルの曲がオリジナルで、その曲にシコ・ブアルキが1977年、『João e Maria(ジョアンとマリア)』というタイトルで詩を作ったものであることが判明した。
 幼な馴染みの二人が思春期になりやがてお互いを意識し出すという『たけくらべ』のブラジル版のような素朴でほのぼのとした詩の内容で、土臭い香りが漂ってくるように思われた。
カミーユ・クトーCDジャケット
 2009年に、カミーユ・クトーがフランス語で全く別の歌詞をつけて、『Un chat que j'ai apprivoisé』というタイトルで、お洒落なシャンソンに作り変えている。
 「apprivoiser」という動詞は「飼いならす、なつかせる」という意味なので、このタイトルを直訳すると「僕が飼いならした猫」或いは「僕がなつかせた猫」ということになる。

 二人で過ごす昼下がりの部屋には仔猫がいて、彼女の髪にじゃれついて遊んでいる。
 仔猫に向かって語られている詩だが、仔猫はいつの間にか彼女に重なって行く。
 彼は彼女にぞっこんと言いながらも、「君は僕がなつかせた猫だ」「羽根を休めようとする蝶だ」等ともささやいていて、二人の力関係はかなり微妙である。
 私の詩では『僕になついた猫』とタイトルをつけてみた。

   「café-crème」と「ライムソーダ」
 原詩『Un chat que j'ai apprivoisé』の冒頭は次のように始まる。
                                    (松峰直訳)
   <男女>  今日も明日も
           この世界で僕のものは何もない
           僕の手の線が君の手の線と交わっている
   <女>   あなたは私の気持につけこんでくる
   <男>   僕は君を拒むすべを知らない
   <男女>  僕たちはすべてを分け合っている。
          クロワッサンも、問題も、お金も、カフェ・クレームも

 恋の駆け引きが、緩やかに流れるメロディーの中で、押したり引いたり巧みに織り重ねられてゆく。

 冒頭からは、彼の口説き文句を前にし、それをどこまで受けて良いのか、彼女の戸惑う様子が感じられる。

 「信じられるものは何かは分からないけれど、でも君に夢中で、僕たちは今、全てを共有しているのだ」と彼は言う。
 でも彼女は彼が「どこか遠い目をして別のものを見ている」ことを既に見抜いている。
 優しい言葉を言いながらも、「9月になったらこのパリから一人去って行こうとしていること」も感じ取っている。

 言ってみれば彼は、束の間のアバンチュールを楽しみながら、彼女を「僕になついた仔猫」と呼ぶただの遊び人なわけだが、永遠を信じられない喪失感を心に深く持つがゆえに、外目には刹那的と思われても、これが、精一杯彼が示すことのできる愛の形なのだとも思われてくる。
 そんな愛の不条理がこの詩の根底にある事を感じる。
  
私の訳詞の冒頭は次のように始まる。

   今日も明日も
   確かなものなんてない
   まどろむ夢 夏の日差しを受けて
   手を繋いだまま ただ時を過ごす
   ライムソーダ
   ベッドの中でひと息に飲み干す

 楽屋裏がわかってしまうが、これはもはや訳詞ではなく作詞。
 原詩を読み込んで、心に広がったイメージから生まれた私自身の詩でもある。   
 
 「ライムソーダ」など全く出てこないのだが、作詞者のカミーユ・クトーも完全に元の原詩から離れているので、この詩については、私も同じことをしても構わないのではと勝手に考えてみた。
 夏の昼下がりの恋人たちの時間には「カフェ・クレーム」より「ライムソーダ」が涼しげで良いのではと。
 ここから、今回のコンサートタイトル『ライムソーダの夏』が生まれたのは言うまでもない。


   黒猫か白猫か
 最後にこの猫は黒猫か?白猫か?

 白猫だったら、フワフワで丸いペルシャ系仔猫。
 シーツもブランケットも真っ白で、モコモコくるまってじゃれている感じがよく似合う。「君」もあどけなさを残した少女の様な眼差しの娘。
 歌に、淡い青春の香りが漂ってくる。

 黒猫だったら、艶やかな短毛で、仔猫なのにすっと精悍な雰囲気を醸し出している。
 黒い小さな塊がシーツに巻き付いて眠っている。
 「君」はエキゾチックな強い目の娘。
 アンニュイで、ちょっと屈折したニュアンスに魅かれる。

   ・・・・と勝手に妄想は膨らんで行くが、勿論これには正解はない。
 むしろ多様に、鮮明に、受け取る人のイメージが広がれば詩として大成功!と言えるのだろう。
 鳥の声が気になって
 
 ちなみに『ライムソーダの夏』のチラシ写真を撮影して下さったA氏の飼い猫は「クロ」なのだそうで、以前、猫好きの私にこんな詩情のある写真を送って下さった。
 
 「クロ」が、窓の外で囀る小鳥を覗き込んで探している。
 
 しなやかに背筋を伸ばす「クロ」。
 
 私の『僕になついた猫』のイメージにしっくりと重なっている。

                                     Fin
  (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
  取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 
  では、原曲、まずは本家であるブラジル版『João e Maria(ジョアンとマリア)』はこちらから。

   フランス版『Un chat que j'ai apprivoisé(僕になついた猫)』はこちらから。
それぞれお楽しみ下さい。
             
    



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『バンビーナ』

訳詞への思い 下記のような記事を書いて更新しようと思っていた矢先、熊本地震が発生しました。
 人知の及ばない自然の猛威と、その前にあって如何ともし難いことへの無念さとを痛感させられています。
 犠牲になられた方々に謹んで哀悼の意を捧げると共に、甚大な被害の中で今も大変な思いをされていらっしゃる皆様に心からのお見舞いを申し上げます。
 大きな余震もまだまだ続いていて、予断を許さず本当に心配ですが、どうかお心を強く乗り切っていらっしゃいますように。
 一日も早い終息をお祈り致します。

  ・・・・・・・・・・・・・・


   桜の美学
 絢爛たる桜も、今、いつの間にか柔らかい緑の葉影にその名残を残すばかりとなって、次の季節へと時が移ってゆくのを感じます。
 道端に降り積もる花びらが風に渦巻く様(さま)、時折煽られて宙を舞う様、そして街を流れる白川や高瀬川を薄桃色に埋め尽くして流れてゆく様は、まさに桜花が見せる散華の美といえるのでしょう。
     散華の美2      散華の美1 
 「世の中に絶えて桜のなかりせば・・・」ではありませんが、一時に咲き誇り、それが一時にはらはらと舞い落ちる、尋常ではない桜の花の華やかさと儚さはやはり心に触れてきます。

 大学時代、能に頗る詳しい友人に誘われて、能楽堂に足繁く通った時期がありました。
 彼女の熱のこもった講釈に影響され、私も謡曲や能楽論など読みふけったりもしたのですが、能には桜の花に関連している演目が殊の外多いのです。
 『熊野(ゆや)』、『桜川』、『西行桜』等々・・・。

 故郷の老母の危篤の知らせに心痛めながら遊女「熊野」が桜の花びらの散る中で舞い踊る歌・・「都の桜も惜しけれど 慣れし東(あずま)の花や散るらん」
 熊野がひるがえす扇の上に、散りゆく花びらがまさに鮮やかに見えてくるようで、幽玄の世界が繰り広げられます。

 『桜川』・・・子供を失った悲しみの中で狂女となった母親が桜川のほとりで、川に流れる花びらを夢中で掬いながら舞い狂う・・・。

 先日、花吹雪の高瀬川沿いを歩いていたら、なぜだか、この 『桜川』の、子を失った母のやるせなさがふと浮かんで、唐突ですが、『バンビーナ』という曲を思い出しました。

 今日は、「訳詞への思い」、ララ・ファビアンの『バンビーナ』をご紹介してみようかと思います。


          『バンビーナ』
                         訳詞への思い<23>
  
   『バンビーナ』
 Lara Fabian(ララ・ファビアン)2001年の曲。
(ララ・ファビアンについては以前の記事「『 je t’aime 』その一 ララ・ファビアン
で既に紹介しているので、ご参考にしていただければと思う)
 nueジャケット
 CDアルバム『nue』に修められているが、押さえ気味の美しい声で切々と歌われていて、最初聴いた時から印象的で心に残るものがあった。

 日本では、2008年に倉本聰が『北の国から』、『優しい時間』に続く「富良野三部作」として書き下ろした連続ドラマ『風のガーデン』の中で使われ、注目されたことがあったかと思う。
平原綾香ジャケット
 平原綾香がホテルのラウンジで弾き語るピアニストの役で出ていたのだが、劇中でこの歌を彼女が歌い出したのにはとても驚いた。
・・・偶然にも私はその時、『バンビーナ』の訳詞を終えた直後だったので。
 原語のまま歌っていたが、放送終了後、「あの曲は何という曲?」という問い合わせが多かったと聞いたことがある。
 (写真は平原綾香のシングルアルバム「ノクターン/カンパニュラの恋」のジャケットで、この中にspecial trackとして「BAMBINA」は収められている)

 「BAMBINA」(バンビーナ)はイタリア語で、「可愛い小さな娘」の意味。
 これが男の子だとバンビーノとなるが、「おちびさん」とか「そこの若いの」のような感覚の言葉で、指す年齢は、幼児からティーンエイジャーまで幅がありそうだ。
 バンビーナのほうも同様に、「お嬢ちゃん」「可愛い子ちゃん」のような愛称で年齢制限はないのだろうが、2~3歳の愛くるしい幼児が一番バンビーナのイメージに相応しいのではないかと思われる。
 
 さて、この『BAMBINA』、ファビアンの作詞だが、彼女の詩はいつも、今ひとつわかりにくくて、歌の設定や状況がすっきりと浮かんでこない。

 バンビーナに向けて歌っていることは確かで、詩全体の雰囲気や言葉の使い方などからして、歌っている側は男性ではなく、女性と考えるべきなのではと思う。

 では、<誰>が、<バンビーナへのどのような思い>を、歌っているのか。

 自分の中のもう一人の自分、幼い少女の頃の自分に向けて「あなた」「バンビーナ」と呼びかけている自問自答の歌と取れないこともないけれど、それよりはもっと具体的な対象に宛てての曲と取った方が・・・私には、この曲は母が幼い娘に歌っているという設定で考えるのが一番自然なのではと思えた。
 
 「バンビーナ」は、母である自分のもとに今はいない。
 亡くしてしまった幼子を愛おしむ母の哀惜の思いが感じられ、そのような解釈のもとで改めて原詩を味わってみた。
 
 原詩の冒頭部分は次のようである。

    Rien qu'un petit espace
    Une toute, toute petite trace
    Une toute, toute petite trace
    Un petit mal qui reste en moi
     (対訳)
    ただ小さな片隅だけにある
    唯一の とても小さな足跡 とてもとても小さな足跡
    私の中に残っている小さな傷

 そして、「バンビーナ あなたがいなくて寂しい 心に刻みつけた何枚かの写真には、もう二度と共に行くことのない街の匂いがする」と続いてゆく。

 この曲の日本語詞作りは、原詩が訴えかけてくる情感を、どのような情景の中で再現するのが最も忠実に伝えることになるのかの模索から始まった。 
 一見、原詩から離れてゆくようであっても、実はトータルで原詩の味わいに迫れるなら、時にそういう自在なやり方もあるのではと、今、私は思っている。

 そして、私の日本語詞の冒頭は次のようになった。

    幼いあなたと つなぐ手の温もり
    甘える声も 消えないのに
    あの時のまま 動かない時間を
    ただいつまでも なぞってる


 我が子を突然奪われてしまう母親の悲しみは察して余りあるものがある。
 幼な子にとって、母の存在は世界そのものであろうし、母にとっても同様だろう。
 全ての時間、世界はそこで止まり凍り付いてしまうだろう。
 立ちすくんでいる自分の周りで、時間は、容赦なく流れていく。
 そういう母の思いをこの曲に乗せてみたかった。

 原詩の中ほどに、
   「Je t’attends en bus dans la rue où l’autobus ne passe plus」
 とあって、これは「もうバスが通らない通りでバスを待つ」という意味だが、
    「来ることもないバスを待ち」
    「古びたバス停に立ち尽くして いつも 私は 待っている」

 と言葉をつけてみた。

 一緒にどこかの街に遊びに行き、そこで写真も撮ったのだろう。でももう共に乗るバスは決してやってくることはない。・・・そんなバス停に呆然と佇む心象風景がメロディーから浮かんできた。
 
 立ち尽くす母。
 バンビーナの母は子を失った喪失感の中で、時間を逆行させながら我が子への思いを繰り返し反芻するしかない。
 桜の花びらを掬い取る他すべのない「桜川」の母の物狂いも・・・どちらの悲しみが・・・と比べるべくもなく、どうしようもなく切ない。
                  
                                                     Fin
 
 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
  取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 
  では、ララ・ファビアンの歌う原曲をこちらのyoutubeでお楽しみ下さい。
             ↓
 https://www.youtube.com/watch?v=VSEBeeqdFXM

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『je t’aime』その二

訳詞への思い    ララ・ファビアン初来日公演
 前回の記事、「『je t’aime』その一 ララ・ファビアン」に、様々なコメントやお問い合わせを頂きました。
 『訳詞への思い』の中で、こうしてご紹介していく曲やアーティストについてご興味を持って頂けることをとても嬉しく思います。

 「ファビアンの初来日っていつですか?」というご質問も何通かありましたので、最初にそのご案内を致します。
ヌーヴォ巴里祭チラシ
 2016年7月7日(木)渋谷bunkamuraオーチャードホールにて。
 毎年この時期に、フランスから魅力的な歌手を招いて開催される「ヌーヴォー巴里祭」が、今年はララ・ファビアンに白羽の矢を立てたのですね。
 一日だけの東京公演ですが、詳細はこちらです。
        ↓
   http://www.mcbarbara.jp/concert2016.html

 私は発売と同時にすぐチケットを購入しましたが、既に良い席は完売で、ベルギーの時ほどではないにしても、ステージから遠い席になってしまいました。でもそんなことは問題ではなく、張り切って聴きに行って参ります。またご報告致しますので、どうぞお楽しみに。

 さて、お待たせいたしました。
 今日は『je t’aime その二 』、ララ・ファビアンの代表曲『je t’aime 』(ジュテーム)のご紹介をしたいと思います。

                 『je t’aime』その二
                          訳詞への思い<22>


 「je t’aime」=ジュテーム=愛している
 この曲を訳詞した10年余り前には、ララ・ファビアンも、『je t’aime』も、日本での認知度は皆無に等しかったが、最近では、いくつかの日本語詞でも歌われるようになった。

 その中には、『愛している』という邦題がついているものもあるが、私は、タイトルには『je t’aime』がふさわしいのではと感じている。
 翻訳の介在を許さず、情念をぶつけるように歌い上げる、まさに「je’taime」という言葉そのものが、曲を覆い尽くしている気がするからだ。


   直訳か意訳か ~ガラスの破片~
 ファビアンのヒット曲には、ドラマチックで、抑揚が豊かで、彼女の伸びやかな声を存分に聴かせるものが多いのだけれど、その歌詞はというと、どれもかなり飛躍的で難解であるように感じる。
ララファビアンpure ジャケット
 特に彼女自身による作詞は(『je t’aime』もそうなのだが)、音符に、言葉をパズルのように断片的にはめ込んでいるという印象を受ける。

 全くの私見ではあるが、一般的に言って、物語ることに重きを置いた曲は、詩自体が素直で、自ら理解されることを誘引しているような気がして、原詩にかなり忠実な日本語に置き換えてもすんなりとはまってゆくことが多い。
 一方、『je t’aime』のように、響きとイメージが先行するタイプの曲は、詩の方で、日本語に置き換えられることを拒否しているのではとさえ思われてくる。

 具体的に話を進めると。
 たとえば冒頭部分はこんな原詩から始まっている。(松峰対訳)

   D'accord, il existait d'autres façons de se quitter
   Quelques éclats de verres auraient peut-être pu nous aider
   Dans ce slence amer, j'ai décidé de pardonner
   Les erreurs qu'on peut faire à trop s'aimer

     確かに、他の別れ方があった
     いくつかのガラスの破片がおそらく私たちを救ってくれたかもしれない
     この苦い沈黙のなかで、私は許すことを決めた
     愛し過ぎるために冒すかもしれない過ちを


 敢えて解釈を加えない直訳で記してみたが、内容が把握しにくいと思われるのではないだろうか?
 更に次のフレーズはこのように続く。

     確かに、私の中の小さな女の子は、貴方を度々強く求めた
     母親のように、あなたは私を包んで、私を守ってくれた
     私たちは血を分かち合ってはいけなかったのに、私はあなたから盗んだ
     言葉が尽き、夢が尽き私は叫ぶだろう


 秘密めいた、許されない関係の中での悲恋が思われるが、断ち切り難い執着を抱え、『愛している』と叫び続ける女性の情念がぶつけられてゆく。

 冒頭に立ち戻ってみると。
 「私はただ沈黙の中で貴方を諦めようとしたけれど、果たしてそれで良かったのだろうか。もっと別の別れ方があったのではないか。ガラスの破片がこの破局をもしかしたら救っていたかもしれないのに・・・」というような意味になるのだろうか。

 「ガラスの破片が私たちを救ってくれたかもしれない」などと日本語詞に置き換えたとしても全くピンとこないのは言うまでもない。
 「ガラスの破片」というキーワードに何を見るかということなのだろう。

 「ガラスのかけらが鋭く尖って胸を突き刺し、血が迸(ほとばし)り出る」
 私の中には、そんな映像が去来する。
 <胸の内をさらけ出して、命がけの修羅場に生きる覚悟が自分になかった>という後悔なのかもしれないと思える。

 飛躍するのだが、この原詩を前にしながら、私には漱石の小説『こころ』が思い出されてならなかった。
 主人公が友人Kの自殺した部屋の襖(ふすま)に迸った血潮を目にした時のような、そして主人公自身も青年に宛てた遺書の中で、「あなたは私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜(すす)ろうとした」と記したような、鮮烈な情景が重なって浮かんでいた。

 そうして出来上がったこの冒頭部分の私の訳詞は次のようである。

   冷たく光る硝子の向こうに
   言葉もない 貴方との別れが見える
   私の心を 砕き尽くして
   流れるこの血を 浴びせたい


 訳詞とは、「できるだけ原詩に忠実な直訳であるべき」なのか、或いは「トータルで曲想がより効果的に伝わるなら、日本語として味わいやすい意訳であってよい」のか、という翻訳のもつ根元的な問題が興味深く思われる。
 私の『je t’aime』は、原詩に導びかれて生まれた新たな日本語詞と言えるのかもしれない。
 訳詞の世界の醍醐味を味わいつつの作業が続いた。


   日本語とフランス語 ~サビの熱唱~
 『je t’aime』は後半部分で、以下のフレーズがリフレインされ歌われる。
                                         (松峰対訳)
  Je t'aime, je t'aime
  Comme un fou comme un soldat Comme une star de cinéma
  Je t'aime, je t'aime
  Comme un loup, comme un roi Comme un homme que je ne suis pas 
  Tu vois, je t'aime comme ça 

   愛してる 愛してる  
   気が狂ったように 兵士のように 映画スターのように  
   愛してる 愛してる  狼のように 王のように
   私ではない男のように
   わかるでしょう こんなにも あなたを愛している


 これも様々な訳詩の方法はあると思うのだが、再び極言するなら、兵士でも映画スターでも狼でも何でも良いのではと思う。
 ただ脈絡なく激しくje t’aimeと叫び続けること、猛り狂う強い衝動がフランス語の語勢に乗って畳み掛けられ、一種の陶酔感が生まれてくる。
 そんな感覚から、私の訳詞のこの部分は、日本語に置き換えることをせず、敢えて、呪文のようにフランス語そのもので歌ってみることにした。

 いつもできるだけ忠実な訳詩を心掛けている自分には例外的な取り組み方になった作品だったが、その分、愛着も殊の外深い。
今度のコンサート(2016年8月)で久しぶりに取り上げたいと思っている。

                                              
                                                  Fin
  
  (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
    取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 
 では、ララ・ファビアンの歌う原曲をご紹介致します。
 まずは正調から。こちらのyoutubeでお聴きください。
         ↓
    https://www.youtube.com/watch?v=LtJBH3ksypQ

 こちらはコンサートライブ版ですが、客席と唱和した臨場感が伝わってきます。私がベルギーで聴いたライブはまさにこのような雰囲気でした。
     ↓
   https://www.youtube.com/watch?gl=FR&hl=fr&v=N-roGMGyFu0



   

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『 je t’aime 』その一 ララ・ファビアン

 訳詞への思い
 3月3日、雛祭りですね。
 けれど、華やかな季節到来とはなかなかいきません。
 三寒四温の言葉通り、数日前は京都も、町家や寺社の瓦屋根に一面春の雪。今日は一転して、汗ばむような麗らかな日差しです。
 加えて、花粉に晒される受難の3月でもあるのですが、この頃ちょっとご機嫌で過ごしています。
 ・・・7月についにララ・ファビアンが初来日することをご存知ですか。

 日本ではまだ知る人の殆どなかった15年以上も前から、私は彼女に注目していて、ずっと、いつか来日する日が来ないかしらと願っていました。
 ついに待ちきれなくなって、ベルギーまで彼女のライヴコンサートを聴きに行った入れ込みようでした。そんなお話も交えながら、今回は「訳詩への思い」、彼女の代表曲の『je t’aime』を取り上げたいと思います。

 
           『 je t’aime 』その一
                             訳詩への思い<22>


   ララ・ファビアン
 Lara Fabian、1970年生まれ、今年(2016年)46歳になる。

 私が最初に彼女の歌を聴いたのは、彼女がまだ20代の頃だったかと思う。
 瑞々しい感性と情熱に溢れた魅力的な若手歌手の出現に心惹かれ、今日に至るまで注目してきたので、今年7月に来日公演が実現することになり、これで、日本における知名度と評価も一気に高まるのではと、今とても嬉しく感じている。
 「私、先見の明があるでしょう?」と誰かにちょっとだけ自慢してみたい衝動に駆られてしまう。

 ララ・ファビアンはベルギー生まれだが、現在はケベック(カナダのフランス語圏)に市民権を得ている。
 ギタリストである父はフランドル系ベルギー人、母はシチリア系イタリア人であり、彼女の熱情的で一途な資質はイタリア人の母の血を継いだのではと彼女自身語っている。  
 8歳の頃から10年間「ブリュッセル王立音楽学校」でピアノ・ダンス・クラシック音楽の基本を学んだ。

 映画『ドクトル・ジバゴ』に感銘を受けた両親によって、その主題曲である『ララのテーマ』にちなみ、「ララ」と名づけられたのだそうだ。
 14歳の頃から父とともにピアノバーなどで音楽活動を行っていたが、音楽学校卒業の後、シンガーソングライターとしての才を発揮し始め、ヨーロッパ各地の音楽祭で賞を獲得している。

 1986年(17歳)、ブリュッセル時代の盟友Rick Allisonと共に自身のレーベルを立ち上げ、デビューアルバムを発表したのを皮切りに、次々と新譜をリリースし頭角を現した。
ファビアンのCD 1996年のアルバム『pure』はカナダやヨーロッパ各地で大ヒット、200万枚のアルバムセールスを記録している。
 これに次いで2000年に初の英語版アルバム『Lara Fabian 』が発表されると、これがアメリカでも圧倒的人気を博して、世界に知名度を大きく広げることになった。その後も意欲的なアルバム制作・コンサート活動を継続し今日に至っている。アルバム売上枚数は世界で2000万枚以上と言われる。(写真は私が収集したファビアンのCDとDVD)


 これまでの軌跡をざっと辿ってみたが、日本でも彼女のファンが生まれてきたのは、主にはこの英語盤が発表されて以降のことだから、やはりアメリカ優位で、フランス語圏の音楽はなかなか日本に紹介されにくい現状があるということなのだろう。
 フランス語の曲にこだわり、訳詩に携わっている日々の中で、この壁にぶつかることは多い。


 さて少し話は変わるのだが。
 セリーヌ・ディオンとかガルーとか、カナダ出身の歌手は総じて声が良く歌唱力抜群であると、一絡げにして言われることがよくある。そして、ファビアンもその中の一人に加えられるのが常だ。
 ドラマチックな歌唱力、魅惑的な風貌、艶やかで美しい声と圧倒的な声量を持つ彼女は、まさに「Chanteuse à voix(声で勝負する 声量のある歌手)」と呼ばれるにふさわしい。

 けれど翻って考えると、ファビアンはシンガーソングライターとしても意欲的に作詞・作曲を行っているし、その詩の世界は、恋愛模様を歌うだけではなく広く社会へのメッセージも含んで多岐にわたっているのだが、美し過ぎる声ゆえに、歌手としての評価ばかりが先行してしまう傾向が否めないように思われる。

 フランスでは、歌手はまず自らが優れた詩人であり、己の詩的世界を表明し、それを歌うことが、一流のアーティストとしての条件とされる向きがあり、どんなに歌が上手でも誰かの詩を歌うだけの歌手は何となく一段低く捉えられていることが多いように感じる。
 ララ・ファビアンを語るときにその歌唱に注目が集まり過ぎてしまうことを、本人はどう捉えているのかなどとふと思う。
 提供される楽曲、そして自らの創作も、もしかしたら受け取る側の期待を反映して、声を聴かせることに偏ることもあるだろうし、そんな<持てる者の悩み>を抱えつつ、どのように、彼女自身の言葉と音楽とが織りなす世界を芳醇なものに高めてゆくかの尽きぬ挑戦なのだろう。

   ファビアンの思い出
ファビアンのジャケット
 7年前2009年に、『toutes les femmes en moi 』(私の中のすべての女性たち)というアルバムがリリースされ、これを記念したコンサートツアーがヨーロッパ各地で開催された。
 なかなか来日公演も実現しないし、それならこちらから出かけようと、パリ旅行と合わせてベルギーまで足を延ばしたことがある。

 ベルギーのリエージュにある一番古いコンサートホールでの公演だった。
続く畑
 2009年9月の末、秋深まる美しい季節に、期待で胸膨らむ素敵な旅となった。
 Paris nord (パリ北駅)から高速鉄道に乗ってliege gutllemins(リエージュ駅)まで2時間半の鉄道の旅、どこまでも続くのどかな牧草地帯を車窓に眺めながら、ブリュッセルを通り越して、やがてリエージュに到着。
リエージュ駅

 普段、日本人が降り立つことなどめったにない駅らしく、親切な車掌さんが「本当にここで降りていいのか?」と何度も心配して尋ねてくれた。

リエージュの町
ワッフル
 アンティークな建物が立ち並ぶ端正な街並み、どこかノスタルジックな趣を残す市街地をベルギーワッフルを食べたり、ぶらぶらと楽しんでいるうちに夕暮れ時、街並みに溶け込んで何気ない佇まいのホールだったが、中に入ると古色蒼然とした昔日のヨーロッパに迷い込んだ気がしたのを思い出す。

ようやくとれたチケットは5階席の一番後ろで、ステージは遠いし、座席はひどく窮屈だったが、コンサートは予想を超える素晴らしさだった。
ホールの5階席から
 遠いはずのステージが臨場感を持ってすぐ近くに迫ってきて、歌の魂に心が揺さぶられる気がした。

 客席は、いかにも地元の人達らしい気取らない普段着の雰囲気で、老若男女で埋め尽くされていた。

 フランスのライヴコンサートでは、歌手のレパートリーを客席も一体となって唱和することが多い。
 この時のアンコールは、彼女の代表曲、『je’taime』で、お隣りの席の恰幅の良いおじ様は感に堪えない表情で涙ぐみながら、バリトンの良く通る声でファビアンと声を合わせていた。
歌うファビアン
 私はすでに『je t’aime』の訳詩をしていたから、ここは自分の日本語で唱和しようかと一瞬思ったのだが、お隣りと目が合って、いつの間にかフランス語の原詩でおじ様とデュエットになっていた。

 ファビアンはサビの「je t’aime」という言葉を何回も何回もリフレインして、その響きが、会場を恍惚とした不思議な一つの空気に包み込む。
 彼女の言霊が声に乗って聴く側に移ってくる。心地よいコーラスが生まれる。

 歌の持つ力、歌がもたらす僥倖とでもいうものだろうか。

 肌に染み入ったあの感覚は今でも忘れられないし、私の歌う時の原風景になっている気がする。

 そして、これは恥ずかしい余談なのだが。
 陶酔感に心身が酩酊していたのか、帰り際の階段を数段踏み外し、コロコロとホールの赤い絨毯の上を転げてしまった。
 周りの人たちが一斉に駆け寄って大騒ぎだったのだが、幸いなことにかすり傷もなく事なきを得たという、お騒がせの幕切れとなった。


 前置きが長くなったので、ここでひとまず筆を置き、次回は本題の『je t’aime』のご紹介に入りたいと思います。どうぞ引き続きお読みください。



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『もう何も』

 カット   木管のアンサンブル
 不思議なくらい麗らかな年末年始でしたが、やはり冬は冬。
 何十年ぶりの寒波到来とのこと、ご無事で過ごされていますか。

 寒さの中、私は、大津の友人が主催する木管四重奏のホームコンサートとコンサート後のパーティーに伺ってきました。

 日の出
 折からの大雪情報に開催が危ぶまれていたのですが、主催者であるM氏が「ほら、雪は降っていないでしょう?」と朝明けの景色を、20名程の出席者に一斉メールで送って下さり、予定通り決行ということに。
 ご自宅のテラスからの美しい朝の情景です。

 琵琶湖を一望する高台に面して建てられた大きなカナディアンログハウスが友人の住まいです。
 予報を覆して、晴れ渡った冬空、晴れ女の異名未だ健在と密かに頷きながら・・・。

琵琶湖を臨む
 窓の向こうに見える湖面の輝きを眩しく受け、フルート、クラリネット、ファゴット、オーボエの柔らかい響きが室内を深く包みます。
 手が届くほどの至近距離で、若い演奏者たちの息遣いと共に、木管の音色を堪能したひと時でした。ログハウスの天然木に、木管の響きが優しく溶け込んで、音も香りも温もりも木の穏やかな命を受けている気がしました。

 音楽には心を浄化してゆく素敵な作用があることを改めて感じます。
 
 さて、「訳詞への思い」、今日はバルバラの『もう何も』という曲をご紹介致します。
 

          『もう何も』
                          訳詞への思い<21>

    『 Plus rien 』        
  『Plus rien(もう何もない)』が原題。バルバラ1968年の作品である。

 この曲を訳詞したのはもう随分前になるが、大好きな曲で、訳詞コンサートでもこれまで何回か取り上げている。

 思えばシャンソンの世界に触れるようになって、最初に心魅かれたのはバルバラだった。
 初めてステージで歌ったシャンソンも彼女の曲『リヨン駅』と『黒い鷲』だったかと記憶している。
 それからしばらくバルバラばかり夢中で聴き込む時期が続いた。

 そんな頃、偶然、CDショップで中古の「Barbara  Le soleil noir  ~私のシャンソン バルバラは歌う~」という表題のついたLPレコードを目にして、かなり高価な値段であったけれど、すぐに入手した。
バルバラLPジャケット
 1975年にPHILIPSから発売されたレコードである。
 40年前に・・・と思うとジャケットのバルバラの写真にも何かひどく感慨深いものを感じてしまう。
 バルバラは70年代から来日公演を何回か行っている。ちょうどこの時期、それに合わせて日本で発売されたLPレコードなのだろう。

 この中に『Plus rien』 が収録されていた。
 聴いた瞬間に何か心に強く入ってくるものを感じた。


   『もう何も』
 冒頭の原詩は次のようである。

   plus rien,  plus rien, que le silence,
   ta main, ma main, et le silence,
   des mots, pourquoi, quelle importance,
   plus tard, demaim, les confidences.

 
 (対訳) もう何もない もう何もない 静寂以外は
      あなたの手 私の手 そして静寂
      言葉 なぜ どれだけ重要なのか
      後で 明日 秘密を

 このような調子で、短い言葉がポツポツと呟くように続いていく。
 1分36秒しかない短い曲に極端に少ない言葉が乗せられている。
 フランス語で書かれている原詩でさえ、こんなに言葉が限定されるのだから、ましてこれを日本語の音節にあてはめて行くのは至難の業であり、よほど日本語を厳選し、一語の重みを最大限発揮させて行かなければ詩として成り立たないと思われた。
 しかも原詩のシンボリックで飛躍的な表現から、この詩の情景(恋人たちの愛し合う夜を象徴的に描いている詩なのだが)を、その味わいを損なわずに日本語で再現することのハードルは高い。
 が、その分、訳詞する醍醐味満載の魅力的な詩とも言える。

 
 私の訳詞の冒頭は次のようである。
 上記の原詩を日本語に直しメロディーに乗せると、これぐらいの文字数でしか表せないことにきっと驚かれるのではないだろうか。

    もう 何も 
    深い夜
    あなた 私 
    手のぬくもり

 この歌い出しのフレーズは、実は2~3回曲を聴いていたら自然に浮かんできた。
 日本語が真っ直ぐにはまり込んでゆく。
 夜の中に変幻する恋人達の吐息が聞こえてくるような、魅力的なメロディーライン、メロディーそのものに、誘い込まれるような独特なエロティシズムを感じてしまう。
 この曲の持ち味である、言葉だけを無造作に置いてゆくような作り方を日本語でもしてみたかった。


 なぜかふと浮かんだのは、山口洋子さんが作詞した五月ひろしの往年のヒット曲「横浜たそがれ」と、ジャック・プレヴェールのいくつかの詩、たとえば「朝の食事」とか「Paris at night 」とか。・・・・いかにも突飛ではあるのだが。

   「横浜 たそがれ ホテルの小部屋 
    口づけ 残り香 タバコの煙 ・・・・
    ・・・・あの人は行って行ってしまった もう帰らない」
 と続く。

 昔流れていて、覚えたわけでもないのに今も口をついて出て来るのは、やはり名曲だからなのだろう。

 それに比して、プレヴェールの方は、すらすらというわけにはいかず悲しいが、でも、同様に、言葉だけがちりばめられてゆく短詩の中で、三本目のマッチが消えた後の暗がりや(「Parie at night」 )、コーヒーカップと灰皿を見ながら、手で顔を埋めて泣いている女の姿が(「朝の食事」)、目の前にくっきりと現れてくるから、こういう言葉の力に限りない憧れを感じる。

 何気ない言葉を(本当は何気なくはなくて、その組み合わせにおいて充分計算され独創的であることはいうまでもないけれど)、何気ないかのように置きながら,説明的でなく情景があふれ出してゆくような詩が書きたいと思った。

 冒頭から更に続く私の訳詞は次のようである。

    言葉は後で
    甘い唇
    私は 狂う
    あなたに くるまる
    あなたも 狂う
    闇を 転がる


 セクシュアルな感じがかなり強く伝わってくると思うのだが。

 「くるまる」について。
 「くるまる」か、「くるまれる」か。
 こういうことは考えていると段々わけがわからなくなってくる。
 「寝袋にくるまって寝る」「毛皮にくるまれて暖かい」
 「包まる(くるまる)」は能動的、「包まれる(くるまれる)」はやや受動的ニュアンスありととって良いのだろうか。
 定かではないけれど、私は、この詩の女性は「あなたに包まれる」のではなくて、「あなたに包まる」としたいと思った。

 そんなことはどうでも良いと思われるかもしれないが、訳詞をして行く時に、どの詩であっても、日本語の微妙なニュアンスや語感に、私は徹底的にこだわってしまう。


 『Plus rien 』、この原詩の中で、炎は揺らめき、火花は飛び散り、火柱は立ち昇る。メタフォア(隠喩)的効果だけれど、詩が丸ごと、光と色彩によって成立しているかのように感じる。

   Pourpre et or et puis bleue(緋色に 金色に そして青色に)

 色彩心理分析ではないけど、炎のあるいは火柱の色の移り変わりをどうイメージするか?

 フランス人がこの詩を読む時、色から自然に浮かんでくる彼等固有のものがあるのだろうかと思い、何人かのフランス人の友人に尋ねてみたのだが、「自分たちだけの特別な色彩感というものはないと思う。この詩に書かれている通りにイメージが生まれる気がするけれど。」「わからない。詩だから。でも言葉が心に残る。炎の色が情熱的な恋を想像させる。」
 色に直結した固定のイメージについてはあまり気にしなくても良さそうである。

 説明的ではなく、極端に抑えた言葉の中で、映像よりも鮮明に、場面や物語や、人の思いや、表情までも浮かび上がらせる。
言葉の持つそんな底知れぬ力を引き出してゆけたらと、いつも思っている。


                                        Fin

  
 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
    取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 
  では、バルバラの歌う原曲をこちらのyoutubeでお聴きください。

   https://www.youtube.com/watch?v=1TNHgrAb3EM

    

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 『もしも』

訳詞への思い
 2016年の幕開け、どのようなお正月をお過ごしでしたか。

あっという間に普通の時間に戻ってしまいますが、でもお正月はやはり、心を正して新年の計を立てる「ハレ」の日に違いありません。
2016年元旦の富士山(新幹線より)
 今年も多くの皆様と賀状のやりとりをさせて頂きました。
 そして、HPやこのブログを通して新たにご縁が結ばれた方もあり、こんな素敵な年頭のお手紙も頂きました。
 
 ご自身もシャンソンをお勉強されている方から。
 日本語で歌うことを大切に考え、言葉の細やかなニュアンスを繊細に掬い取り、感性豊かに捉えていらっしゃることが、お手紙の端々から感じられました。

   綾音様の日本語は言葉だけで情景が伝わって参ります。
   洋曲を日本語で歌うことにこだわっている者には、そのように素晴らしい詞を書いて下さる方に感謝せずにはいられません。


 大きな勇気を頂ける言葉の贈り物、そんなお手紙にとても感激してしまいました。有難うございます。

 そうおっしゃって下さる方の為にも、今年はもっともっと沢山、これまで書きためてきたものを含め、新しい曲と訳詞を『訳詞への思い』でご紹介してゆきたいと思っています。
 では早速、今日は『もしも』という曲を取り上げてみます。

            『もしも』 
                            訳詞への思い<20>  


   『 Si 』
 昨年11月に、訳詞コンサートVOL.9『吟遊詩人の系譜』を開催した。
 このコンサートの第一部「ゴールドマンの世界」で、J.J.Goldmanの曲を8曲ほど紹介したのだが、『もしも』はその中の一曲、是非このコンサートで取り上げたくて新たに訳詞した曲である。
ザーズCDジャケット
 原題は『si』、「もしも」という意味。
 ゴールドマンが2013年に作詞作曲し、当代人気ナンバーワンともいうべき若手歌手のザーズに提供している。

 全編一貫して、シンプルに真っ直ぐに、平和への希求を伝えている原詩だが、まずは、その原詩の冒頭を訳してみたい。

   もしも私が神様と友達だったら
   もしも私が祈りを知っていたら
   もしも私が貴族の血を持っていたら
   全てを消し去り 作り変える力があったら
   もしも私が女王か魔術師か
    王女か 妖精か 大連隊の偉大な隊長であったら
   もしも私が巨人の歩みを持っていたら

   私は苦悩(悲惨)の中に空を置き
   全ての涙を川に流すだろう
   そして希望さえも流してしまう砂漠に花を咲かせるだろう
   私はユートピアの種を撒くだろう 
   屈服することは許されない
   私達はもう目をそむけないだろう

    ・・・・・・・

 
 「恵まれない人たちの為に、虐げられている人たちの為に、力ない幼い子供たちの為に、卑小な自分に何ができるだろうか。
 でも、一人では無理でも、皆で手をつなげば 心が通じ合っていれば この世界を少しずつ変えて行くことがきっと出来る筈だ」
と、原詩は締めくくられる。

 ゴールドマンの詩の多くは、難解な比喩表現が駆使され、発想にも飛躍が目立つ。内容も哲学的であったりして、日本語詞を作ってゆく時、こちら側のイメージをはっきり固めて対峙することを要求されるのが常なのだが、他の歌手に提供している最近の曲については、メッセージが明快で言葉もストレートになっていると感じる。
 特にこの『Si』などは、まさにその典型とも言えるかもしれない。

 歌詞をじっと噛みしめていると、詩の根底に流れる、ゴールドマンの、生きとし生けるものへの深い思いが、しみじみと伝わってくる気がする。 

 デビュー当時から、人として誠実に妥協せず生きること、平和で美しい世界を実現すること、そういう彼の思いの根幹は何ら変わっていないのだろう。
ザーズ(CD写真より)
 年齢と共に、装飾的な言葉の全てはそぎ落とされて、更に深みと力とを増して、シンプルになった詩が心に迫ってくる。
 時を経て、より慈愛に満ち、深まる愛を、次世代に繋ぐように若い歌手に歌を託している、そんな風にも思えてくる。

 ザーズ自身も「世の中を変えたいと願う人それぞれが行動を起こそう」と折に触れ訴えていて、それに共感したゴールドマンが彼女に贈った曲なのだと聞く。

   『もしも』
 既に述べたように、ゴールドマンにしては意外過ぎる程の素朴な言葉に終始したこの『Si』という曲。
 「もしも 私が」と繰り返される祈りは、「魔法使いのように強い力を持っていたら」などという子供のような願いに繋がって無邪気ですらある。

 「ユートピアの種を撒きたい」「一人では無理でも皆で手を繋げば、声を合わせれば、きっと変わってゆく筈だ。一歩ずつであっても歩みを進めよう」

 強く迫ってくる旋律に乗せて、ダイレクトであるがゆえに迷いなく浸み入ってくる言葉の力を、私の訳詞『もしも』では、最大限伝えたいと思った。
 原石をちりばめたような、不器用な位にそのままの言葉を、私も敢えて研磨することをせず、そっと置いてみたかった。
 そういう言葉でなければ、ゴールドマンの思いは届かないのではと思った。

 そうして作った私の訳詞。
 冒頭部分と最後の締めくくり部分はこのようである。
 上記の原詩と比べてご覧になると、そのエッセンスに忠実な歌詞であることがおわかり頂けるのではと思う。

    もしも 今 私の願いが叶うなら
    どんな祈りも 聞き入れられるなら
    もしも 今 私に 魔法の力があって
    世界を自由に変えることができるなら

    哀しみは空に放ち 涙は川に流し
    果てしなく彷徨う砂漠に
    ユートピアの種を 撒き続けるだろう
    どんな風(かぜ)にも ひるむことなく
  
          ・・・・中略・・・・

    それでも 私達が 声を合わせるなら
    きっとそこから 何かが生まれる

    この不毛の地に その手を繋ぎ合って
    一つ 一つ 世界を実らせよう

    心通わせ 共に歩もう


 この曲を初めて歌ったコンサートの当日11月14日は、奇しくも世界中を震撼させたあのフランスでの大惨事が起こった日でもあった。
 朝一番のニュースに大きな打撃を受けたまま、コンサート会場に向かい、午前中からリハーサルに入った。
 『たびだち』『見果てぬ世界』も他のゴールドマンの曲も全てがそうだったのだが、特に、この曲を歌った時には、朝テレビで目にした映像が鮮明に心に浮かんできて、強い衝動を感じていた気がする。
 ゴールドマンの希求が胸に迫ってきて、溢れそうな感情と詰まりそうな言葉とのせめぎ合いの中にあった気がする。
 後で、コンサートにいらしたお客様数名から、「あの曲は今日の衝撃的なニュースをゴールドマンが予感して作ったものなのかとすら感じて背筋が震えた」との感想を伺ったが、朝一番のニュースだけで出てきた私より、お客様は事件の詳細をご存じだった分、更に衝撃が大きかったのかもしれないと思った。


 あれから二カ月が過ぎたが、このお正月も、テロの影響が続くフランス、サウジアラビアとイランの対立紛争、北朝鮮の核実験、平和の対極にある、胸塞がれ、憤りで一杯になるニュースで世界は溢れている。
 2013年に作られた曲だが、今こそまさに、このゴールドマンのメッセージに真摯に耳を傾けるべき時、実感を持って切迫してくる。
 彼はどのような思いの中に今いるのだろうか。

 そんなことを今朝も思いながら、改めてしみじみと『もしも』を口ずさんだ。
                  
                                                 Fin

  (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
  取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 
  では、ザーズの歌う原曲をこちらのyoutubeでお聴きください。

    https://www.youtube.com/watch?v=W4DTYmmTsyQ






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『見果てぬ世界』

訳詞への思い   コンサートを前に

 「松峰綾音訳詞コンサートvol.9『吟遊詩人の系譜』」、今週末土曜日の本番までいよいよカウントダウンとなりました。
 昼の部は、ほぼ一杯になりましたが、夜の部はあと少しお席がありますので、お申込みはどうぞお急ぎ下さいますように。

 ところで、本番数日前の最終調整期間、どのように過ごすのが賢明なのか、といつも考えてしまいます。

 「本番に向けて、自分を追い込みながら練習の加速度をあげて最高潮に持ってゆくべき」なのか、「間際は何にもしないで、ひたすら休息を取り、力が存分に発揮できるよう、エネルギーを温存しておくべき」なのか。

 それぞれの性格や体力、その時のコンディション、準備の進み具合、などによっても異なるでしょうから、勿論、一概には言えないわけですが、いずれにしても、体調管理やイメージトレーニングは重要で、コンサート前ってスポーツ選手の試合前とも似ているところがあるのかもしれません。

 コンサートの日を、お客様にも自分自身にも、飛び切りの一日にできるようベストを尽くしたいと思います。

 「訳詞への思い」、今日は、コンサートで取り上げる曲、ゴールドマンの『見果てぬ世界』をご紹介致します。


       『見果てぬ世界』
                     訳詞への思い<19>

 
『là-bas』 
 この曲が発表されたのはJ.J.ゴールドマン36歳(1987年)の時だが、デビュー当時(28歳)から現在(64歳)に至るまで、彼には、そして彼の曲には、色褪せない<青春>のイメージがあるように感じている。
ジャケット
 内省的で、理不尽なものに妥協せず、世間の常識や圧力に縛り付けられることを拒絶して、いつも自分らしく自由に羽ばたこうとするような、1980年代という時代が持っていた青春の香りが、彼の世界の中心にあり続けている気がするのだ。

 この曲の原題は『là-bas』で、「あそこ・向こう・彼方」というような意味である。
 今居るここではない、どこか別の<向こう側の世界>を指しているのだろう。

 原詩の冒頭は次のように始まる。(松峰対訳)

   あそこでは 
   全てが新しく全てが野生的だ
   鉄格子のない自由な大陸だ
   ここでは 僕達の夢は窮屈になる 
   だから僕はあそこに行きたいのだ

   あそこでは
   意志と勇気が必要だ
   けれど すべては僕の年齢で可能だ
   もし力と信念を持ってさえいれば
   金は手の届くところにある
   だから僕はあそこに行くんだ


 私の訳詞『見果てぬ世界』の冒頭は次のようである。

    là-bas
   そこには きっとある  何もかも 変えられる
   だから 僕は出てゆく   
   自由に生きる là-bas

   là-bas
   君さえも 褪せてゆく  何もかも 死んでゆく
   だから 僕は出てゆく 
   賭けてみたい 夢に  
   必ずある  là-bas


   『木綿のハンカチーフ』
 『見果てぬ世界』には、もう一人、主人公の恋人が登場する。
 彼の思いを危ういものに感じ、それが二人の愛の終焉に繋がることを予感して、必死で引き留めようとしている。

 彼女の言葉を次のように訳詞してみた。

   là-bas
   私の傍にいて    どこにも行かないで
   見知らぬ世界の   渦の中で
   貴方の心は 壊れてしまうから
   気付いて欲しい 愛はここにある


 だから、どんなことがあっても出て行ってはならないのだと、強くどこまでも引き留め続ける。

 1975年の日本のヒット曲、太田裕美が歌った『木綿のハンカチーフ』という曲がなぜか重なって思い出された。

 1  恋人よ ぼくは旅立つ 東へと向かう列車で
   はなやいだ街で 君への贈りもの  探す 探すつもりだ
   いいえ あなた 私は  欲しいものはないのよ
   ただ都会の絵の具に
   染まらないで帰って 染まらないで帰って
   
       <略>

 4  恋人よ 君を忘れて   変わってく ぼくを許して
   毎日愉快に 過ごす街角 ぼくは ぼくは帰れない
   あなた 最後のわがまま 贈りものをねだるわ
   ねえ 涙拭く木綿の
   ハンカチーフください ハンカチーフください


 彼女が最後に望んだのは、木綿のハンカチーフだったという切ない幕切れだ。

 彼はただ都会に流された軽佻浮薄な輩だったわけであり、それでもそんな彼のために流す涙を拭く「ハンカチーフを下さい」という、どこまでも彼を受け入れ、許し続ける女性は、まず絶対的にフランス人の女性には存在しないのではと思われる。
 『見果てぬ世界』の中には、愛を獲得するために相手を引き留め続けようとする強い女性像が垣間見え、似て非なる、日本とフランスの文化の差異が興味深い。

   『たびだち』
 話を戻すと。
 『見果てぬ世界』の中のこの恋が間違っていたわけでもなく、彼か彼女、どちらかが悪かったわけでもなく、ただ青春の彷徨・旅立ちというものは時としてそういう残酷な側面を抱えているのだということなのだろう。
 常に自分らしく生き、プライドを持ち続けようとする青年の、ヒリヒリとした青春の痛みが伝わってくるように思える。

 以前、「訳詞への思い」の「たびだちその一」「たびだち その二」に記した「puisque tu pars(『たびだち』松峰邦題)」は、この『見果てぬ世界』と同年の1987年に発表された曲で、閉塞された現状を打破すべく今居る場所を飛び出して、新しい世界に羽ばたいてゆく若者を見送る側の視点で書かれたアンサーソングのような作品になっている。  
 人生には、いつも、幾つもの旅立つ者、見送る者のドラマが繰り返されるのだろう。
 そんな様々な感慨を含みつつ、数日後のコンサートではこの二つの曲の世界を心を込めて歌ってみたいと思っている。
                         Fin

  (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
  取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 
 では、ゴールドマンの原曲をこちらのyoutubeでお楽しみください。https://www.youtube.com/watch?v=zFwaRmpzvjo




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