新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

正伝寺 月見の宴

   月見えぬ夜の楽しき宴
 先日の日曜日は、正伝寺での恒例の十三夜の会でした。(正伝寺でのお月見の会については以前の記事でご紹介しましたので、こちらもご参照ください。→ 「観月の宴 ~正伝寺の十三夜~」

 今年もお招きを頂いて、伺おうと思っていた矢先、台風の到来予報で逡巡していたのですが、主催者のYさんから、「明日雨の様ですが、お月見実行します。雨のお月見楽しみましょう。風流ですよ。」とのメールを頂きました。
 あるがままを自然に受け止めて、動じない、そしてその中で、全てを慈しんで楽しむことのできるYさんの柔和な笑顔が、短い文章からも伝わってきて、引き寄せられるように正伝寺に向かったのでした。

 18号の直撃を受けるのではと懸念され、午後も激しい雨が降っていましたが、夕刻には降り止んで、正伝寺は静寂の中にありました。

 雨に洗われた参道。
正伝寺への参道  秋草の庭
 秋草がそっと咲く寺社の庭。

 早く着いたので、まだ境内はがらんとしています。
雲海にかすむ比叡

 静かな縁先の枯山水の庭園に、借景となる比叡の山が水墨画のように薄墨色で稜線を描いています。
 
 低い雲に覆われた空の奥には、うっすらとした光すら感じられて・・・、これなら今にも月が姿を現しそうです。

宴の前
 宴席は、例年通りに、本堂の長い縁側に、テーブルを合わせてしつらえてあります。

 お弁当、飲み物など並べているうちに、やがて、三々五々皆様が集まり、25名の参加申し込みに対して、1名の病欠があっただけという優秀な出席率で、これもひとえにYさんの人徳に寄るところなのでしょう。

 一年に一度集う、月を見るための仲間。
 
 盃を酌み交わしながら秋の冷気に包まれて、月が上ってくるのを無心に待つ仲間。
 
 それでも顔を合せていると不思議な懐かしさを感じる仲間。

 一期一会の人の世の、束の間共有する優しい時間が流れて行きます。

 年齢も職業も・・・・建築、まちづくり、美術、音楽、様々な関係の方々がいらっしゃって、この1年間のできごとを混じえた自己紹介も、それぞれがご自分の世界を楽しげにお話されて、言葉の中にその方がこれまで培っていらした時間の重みが感じられます。

 私も自己紹介を。
 「では一曲是非ご披露を」との皆様のお声に、あまり固辞するのも折角の宴の中で、という気もして、アカペラで、『街』を歌ったのでした。
 今度の『街の素描』コンサートでも取り上げることになっている曲なのです。
 でも、お寺の縁側で、暗い夜空に向かって歌った『街』は、これまでとはまた違った格別な感慨がありました。
 自分の歌う声が、しみじみと夜気に溶け込んでゆく気がして、声が遠いところに響き渡ってゆくようなちょっと不思議な哀切感とでも言うのでしょうか。
 今度のコンサートのステージで、きっとこの『街』を思い出すような気がします。

 そして、これも恒例の歌会。
 それぞれが一首を詠み、その歌を読み手が名前を伏せたまま次々に披露してゆくという趣向です。

   荒れ狂う 火山の猛威 逝(ゆ)きし人を 悼(いた)みて 今宵 雨空眺む

 拙歌で恥ずかしいですが、不思議なくらい静まった濃紫色の空を眺めていたら、自然にこんな言葉が浮かんできました。

 ついに、月は出てこなかった夜、でも、コンサートで忙殺されていた日々の中で、夢のように心穏やかなひとときとなりました。

 
 昨日今日は、台風一過の秋空ですね。
 でもまた、今週末は、19号が。
 災害に見舞われ、心痛むことの多い今年ですが、再び大きな被害など出ないようにと、祈るばかりです。

 そして18日、コンサート本番は10日後と迫ってきましたが、穏やかで過ごしやすい一日であって欲しいと心から願います。

 「雨もまた良し。あるがままを味わう。」という境地からは、甚だ偏狭な願いかも知れませんが、でも、今から、てるてる坊主を作ってしまいそうです。

 
   京都公演も始動しています
 まずは今、目前にある内幸町ホールでのコンサートに全力を注ぎ、集中してゆく時期になっています。

 そのような中、京都公演のフライヤーが出来上がってきました。
京都公演フライヤー

 12月13日(土) 14時30分開場 15時開演です。
 ピアノは坂下文野さん。そして、ヴォーカルの石川歩さんも共演して下さることになりました。
 フライヤーは、コンサートイメージにこだわって、東京と同様のワンピース姿の写真で。少し夏っぽいですけれど。

 コンサートツアーといっても、演奏者も編成も異なりますので、これからアレンジやステージの構成を検討し直すことになります。
 東京公演が終わったら、本格的にスタートです。
 
 
 
 今日、健康チェックをしに、クリニックに行ってきました。
 お世話になっているF先生、笑顔がチャーミングな素敵な女医先生で、温かいお人柄の、とても信頼できる方なのです。
 いつもコンサートにいらして下さり、「楽しみにしています。これからもずっと続けてね。」との温かいお言葉、今回も、チケットの一枚目をF先生にお渡しして、京都公演の準備が幕開けとなりました。

 京都公演の詳細については、また改めてお知らせしたいと思っています。


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写真の中の夏(2) ~浅間高原にて~

 相変わらずの天候不順で、各地に豪雨による被害も頻発しています。
デング熱やエボラ出血熱などの、少し前までは考えもしなかったような病まで、身近なものとして警戒せねばならぬ昨今、「それもこれも温暖化の影響で、急激に自然環境が変わってきているためなのでは」と、日常の挨拶代わりに皆がそんなことを口にするようになってきました。
 けれど、そんな日々の中でも、涼やかな秋風は吹き、季節は確実に巡っていることを感じます。

 コンサートの準備にいよいよ加速度がついて、目下、疾走中なのですが、つい先程、プログラムの草稿を書きあげて、今、心地よい解放感に浸っています。
 明日は、バンドのメンバーが一堂に会しての音合わせがあり、それを考えると気合が入りますが、だからこそ、<忙中閑有り>の、こういう時間は、ほっとします。
 ひと休みしながら、前回の「写真の中の夏(1)~横浜にて~」の続編を記してみることに致します

   晩夏 浅間高原にて ~語らいの時~
 前回の記事の中で、カメラマンの沢木さんと夏の初めに、横浜へ撮影に行ったことをお話しました。
 彼女のシャッターを切る時の生き生きとした集中力や、写真について何気なく話して下さる言葉に、とても興味を惹かれたのですが、今回は、この夏のもう一つの写真のお話をしようかと思います。

 以前ご紹介した記事「ライムソーダの夏」に繋がるのですが。
 偶然のご縁で、或る写真家の方、Aさんと懇意になったことは、既にお話した通りです。

 そのAさんから、「面白い友人を、是非ご紹介したいから、良かったら皆でお茶でも一緒に如何ですか」というお招きを頂きました。

 Aさんの夏のお住まいは、「山男」さんのご自宅に近い浅間高原の一角にありました。
 高台に建てられた、しっとりと落ち着いた山の家、眼下に沢が流れて、間断なく聴こえてくる柔らかい水音と、木々の間を行き交う小鳥の声とが、心地よく混ざり合い、こういう音を聴いているだけで、うっとりと心が解放されます。
 夏木立の緑と、抜けるように広がる青空がリビング一面に開けて素敵でした。

 ご紹介して下さったお友達は、Aさんのご著書の編集をずっと手掛けていらっしゃるという編集者の方でした。美術関係の出版だけでなく、幅広いジャンルに関わって、ご自身で執筆もなさるとのこと、穏やかな物腰と、言葉を選びながら、でも率直に気さくに話されるご様子に、すっかり打ち解けてしまいました。
窓辺の語らい
 訪れた二人で、しばし、Aさん宅のリビングからの眺望に見入っています。
 撮影はもちろんAさん。
 写真の中から、「川の音が聴こえますねえ」「俗世を忘れて気持ち良いですねえ」という会話が聴こえてきそうです。

 私の歌を是非!というAさんのリクエストで、コンサートの時のCDをお持ちしたのですが、お二人の静かに耳を傾けて下さる様子に、何とも言えず温かい気持ちになりました。
 編集者の方、Oさんは、歌詞の内容や言葉についても、「この表現はとても面白い」とか、「フランス語の原詩でもこういう言い回しをしているのですか?」とか、感想や質問を熱心に伝えて下さいました。
 どこがどう面白いかまで、的確に語って下さる方にはそうそう出会えません。しかもそれが的を得ているので、訳詞家松峰としては大満足、すっかり意気投合してしまいました。
 一度歌を聴いただけでは、なかなかそこまで味わい切れないのが普通ですが、やはり言葉と関わり、言葉を相手にお仕事をなさっていらっしゃる方は違うのかしらと思います。

 大学時代、国文学科の級友たちと共に、喫茶店で文学論を戦わせ時を忘れた、そんな頃を彷彿とさせるような懐かしさ、居心地の良さを感じました。
 Aさんの撮影秘話や、ライフワークのお話。
 Oさんの出版、編集関係のお仕事のこと。
 私のシャンソンと訳詞に関わるよもやま話。
 真面目に、時にユーモラスに語り合い、楽しいひと時でした。
インタビューアー?
 Oさんと、話が弾んでいる様子をカメラが見事に捉えています。
 アップで写っていて恥ずかしいですが、でも、とても楽しそう、インタビュアーみたいな表情をしていますね。

 Aさんの傍らには、いつもカメラが置かれて、まるでAさんの一部であるかのように、ちょこんと端座しています。
 それで、カメラを構えていることを全く感じさせず、いつの間にかシャッターが切られます。その一連の動きそのものが、もう既に美しく、感じ入ってしまいました。

   美味しい写真 三葉
 「雨上がりで、もみじが鮮やかで綺麗ですね」そうおっしゃりながら、何気なくこの一枚。

    雨上がりのもみじ

 先程までの雨も降り止んで、一すじ射してきた陽射しも、風にはじけて飛びそうな水滴も、皆、喜んで躍動しているように写っています。

 「ライムを切ってくれますか。」
 「はーい」
ライム
 ただ、切っているだけの写真なのですが、写真を見ていると、いっぱしの料理人になった気がしてきます。
 ライム色は、私のこの夏のシンボルカラーとなりました。
 酸っぱい香りが写真一杯に香ってくる美味しそうな一枚です。

 そして、この一枚。
美味しそうに盛られたおつまみ
 既におつまみ状になって売っているチーズをただお皿に並べただけなのですが、何だか、素晴らしくて感激です。
 コロコロと転がってきたようなライムが向こうに写っているのも憎い。

 沢木さんの「お皿だけでなく傍らのものを一緒に写すと美味しそうです」の言葉が思わずよぎりました。

 <素敵な写真を撮る秘訣は?>との私の質問に、Aさんの言葉。
   「写真は、静止したものを撮るのではつまらない。
   人でも物でも、対象の動き、間断のない動きの一部を切り取って、その一枚から、更にどこまでも続いてゆく躍動が伝わることが大切。」

 奥が深いですね。
 一葉の写真から、声や音が聴こえてきたり、光や影の動きが見えたり、限りなく続く人の躍動感を捉えたり、・・歌も、歌い終えた後に、想像の世界や余韻が限りなく広がってゆくものでありたい・・・どこか重なる所があるのを感じました。

 そんな素敵な出会いのあった今年の夏の終わりでした。
 


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写真の中の夏(1) ~横浜にて~

 9月になりました。
 残暑の中にも、どこか秋めいた朝夕の風を感じます。
 「稲の穂先が黄色く色づき始めて、やはり秋なのだなと・・・」と書かれた友人の便りにはっとさせられました。季節は確実に移っているのですね。

 最近、なかなか記事を更新できず、申し訳ありません。
 今年は夏バテもせず、体調は万全なのですが、コンサート関係の諸事が今一度に動き出して、かなり時間に追われている状態です。

 ご案内状やチケット発送などのお手紙三昧の日々、そして、コンサートの構成・演出の検討、事務的な諸事、プログラム冊子の原稿執筆、何よりも曲を完成させてゆく時期でもあり、コンサートをするからには、当たり前なのですが、多岐に渡る事柄のどれもが必要で、こういうプロセスを楽しみながら平常心で乗り切る力がいつも自分に試されている気がします。

 9月はそんな種々の課題と向き合いつつ、何よりも自らに挑戦してゆく時。
 健康でそういうことに邁進できる恩恵に感謝しつつ、ベストを尽くしたいと思います。

   初夏 横浜にて ~フライヤーの写真~
 さて、この写真、今度のコンサート『街の素描』のフライヤーに使用したものですが、実は、結構、反響=質問がきているのです。
街のそぞろ歩き
  一般的に、コンサートポスターには、歌い手の顔写真をメインに据えるものが多いかと思うのですが、私の場合、何となくそれが憚かられて、これまでは、小さく顔を載せるに留めていましたので、今回は異例中の異例、勇気ある決断でした。
 
 『街の素描』というコンサートタイトルから、<素顔のまま、自然に歌の世界をデッサンしてみたい>というような思いもあり、それなら、普通に街を歩く姿を、と思い立ったのでした。
 着慣れた白いワンピース。
 さすがに何となく恥ずかしくて、この夏は、クローゼットにしまい込んでいます。

 質問<その一>
 「いつもの服でいつもの顔で、どういう心境の変化?」という鋭いご指摘へのお答えでした。

 質問<その二>
 「パリ?それとも日本?」。
 <パリにも見えて、大成功!>と密かに大喜びしているのですが、以前ご説明しましたように、撮影場所は横浜なのです。
 「後ろの何人かが何となく日本人ぽく見える」とか、「ランドマークタワーに似たビルが後ろに写っているのでは?」とか、  「うっすらとした道路標識が日本語のような気がする」とか、皆様、それぞれ鋭い観察力で感服です。
 凝り性の私ですので、必要ならパリまででもの勢いはあるのですが、でもごく普通の街で素敵な雰囲気が出せれば、それは却ってお洒落でもあるわけで、そういう意味でも、とても気に入っている写真なのです。
窓辺からの街

 『街の素描』ポスターにどちらを使おうか迷ったもう一枚の写真をご紹介します。

 窓辺で街をじっと眺めている、そんな写真です。

 質問<その三>
 「どのように撮影したの?」。
 初夏の早朝、横浜、少し小雨の降る中、カメラマンの沢木瑠璃さんと撮影助手を引き受けてくださったMさんと私の三人で、いくつかの写真スポットを巡りました。
 フライヤーの写真は、山下公園通り周辺での撮影です。
 朝で人通りはまばらだとはいうものの、人が途切れる時を見計らって、何度か同じ道を行ったり来たり・・・。
 プロのモデルではありませんから、照れくさくて妙に居心地が悪く、何ともぎこちない動きとこわばった表情になってしまいます。

 でも慣れは恐ろしいもので、繰り返しているうちに、程なく少しずつ平気になってくるものなのですね。沢木さんの自然なリードと、Mさんの的確な心配りのお陰で、写真を撮られているという意識も次第に消え、歌の主人公になったような楽しい気分での撮影でした。

   「あっ、素敵だなと思う時」
 私は昔から写真の観賞眼は結構あるのではと密かに自負しているのですが、撮影に関しては全くの素人ですから、常々機会があれば基本だけでも習いたいと思っていました。
 
 絵画のように、無から有を生み出す創作とは違って、写真の場合、対象は既に目の前にあるわけですが、レンズ越しにそれを如何に捉えるか、どう切り取って一葉の写真に焼き付けるのかという、カメラマンのセンスと感性にかかってくるのでしょう。
 対象の何に心を動かされるのか、どんな瞬間を撮りたいと思うか、そこには撮影者自身が投影されるのでしょうし、でももしかしたら、そういう撮影意図も忘れ、無心にシャッターを切る時、偶然に生み出される「この一枚」という僥倖もあるのかもしれません。
 勿論、その偶然自体も撮影者によって導き出される必然なのでしょうが。

 コンサート写真はこれまで沢木さんに撮って頂いていますので、彼女から、写真の魅力に触れる機会も多く頂いているわけです。
 彼女の写真の一番好きな処、それは「対象に対しての慈しみがある」ところかなと思います。
 「対象」は人であったり物であったり景色であったりするわけですが、いずれにしてもじっと心を澄まして、そのものの美しいところを繊細に捉えて、温めるようにシャッターを押していらっしゃるように思います。

 「写真はお料理と同じ。どの味が正解ということはないんです。
 それぞれの人がそれぞれにしか出せない味を出す。それを大切にして楽しんでゆくことが良いのではと思います。あっ、素敵だなって思う時を逃さずシャッターを押す。素敵さを一番生かすにはどうすればよいか、そこから工夫も生まれてくるのでは。」
との言葉が印象的でした。

   美味しい写真
 撮影も終わってほっとした後のお食事は、外人墓地近くの瀟洒なレストランでした。
 皆で盛り上がりながら、出てくるお料理を撮影。
 オードブル、そしてデザート。
   撮影終了後のひと時のレストランで    デザート
 彼女の写真です。
 一口アドバイスは、「そのお皿だけ取るのではなく傍らのフォーク、ナイフとか、カップも一緒に奥行きを出しながら写すと美味しそうです。」
 「そのお料理の中で何を一番撮りたいか、心が捉えるポイントにピントを合わせてみると良いです。」

 受け売りのワンポイントレッスンでした。
 試してみてくださいね。

 今年の夏は、こんな写真撮影からスタートしたのでした。
 次回は、もう一つの写真のお話をしたいと思っています。



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ライムソーダの夏

 数日前の京都の豪雨、想定外の雨量の為、管の中の空気が押し上げられ下水管が破裂するというアクシデントとも重なり、全国ニュースにも大きく取り上げられました。

 私の住まいもニュースに報じられた中京区ですので、色々な方からお見舞いメール等頂きました。
 ご心配をおかけ致しましたが、幸い被害に遭遇することなく無事でした。
 夢だったかのように、また残暑厳しい毎日が続いていますが、まだ水害の爪跡を抱えていらっしゃる皆様も多くいらっしゃることでしょう。
 心よりお見舞い申し上げます。早く普通の生活が戻ってきますように。

   軽井沢の休日
 軽井沢が大好きで、四季折々の風情を楽しみに出掛ける私、今年も束の間の休日を、今、楽しんでいます。
 実は、昨年も、全く同じ時期に、同じように時間を過ごしていたことに気がつきました。
 昨年、「三回目のバースディー」←というタイトルで書いた文章です。よろしかったらお読みになってみて下さい。

 書き出しはこのようです。

 8月21日。ブログを書かせて頂くようになってから、誕生日を迎えるのも三回目となりました。
 実は今、信州に来ています。
 昨年もそうだったのですが、両親の療養と避暑を兼ねて、8月初旬から共に過ごしていました。
 少し体調を取り戻した父母は、一昨日、無事実家へと戻ったので、後数日、今度は一人で過ごそうかなと思っているところです。
  
 昨日、一番に頂いた「Bon anniversaire!」で始まるお祝いのメール。
 シャンソンに関わるようになって知り合った素敵な先輩なのですが、「よき一年でありますように」と温かい思いが伝わってくるお言葉を頂いてとても幸せでした。
 そして今朝も、仲良しの方たちから嬉しいメールが届きました。
 覚えていて下さり、「おめでとう!」と言って頂けること、本当に嬉しいです。有難うございます。
 普通に生活している時には特に意識しませんが、でも、恙無く日々を過ごし、人との絆をこんな風に結んで行かれることは、何にもましての恵みなのだと思います。


 明日8月21日は「4回目のバースディー」となるわけです。
 8月初めから両親と過ごしたのも昨年と同じですし、両親は健康状態も良好で、無事に実家に帰ったことも同様です。
 同じ夏がこうして繰り返されて行くのは不思議でもありますが、でも、高齢になってゆく両親も無事で、そういう生活が滞りなく継続できることの幸せを改めて思わずにはいられません。
 この日程で過ごしている数年、おのずと誕生日を独りで過ごす巡り合わせなのですが、静かに一年を振り返るきっかけにもなり、貴重な時間と感じます。

 そして、今日、やはりいくつかの「おめでとう」メールを頂き、・・・・覚えていて下さって毎年言葉をかけて下さる・・・・本当に有難いことと、心がしみじみとしています。

 更に昨年の記事の続きです。
 何だかずっと、「一期一会」の言葉の重さを痛感していた気がします。
 特に春以後、親しい友人、知人、親族、多くの方たちとの悲しい別れが重なったためかもしれません。

 今年は私には、特別なお盆、送りの夏となってしまいました。

 その一方で、久しぶりの懐かしい方たちとの再会も不思議な位多くあり、新たに出会った素敵な方たちも沢山いて、それが別れと裏腹に突然やってくる気がして、今、殊更に意味深いものに感じられます。
 人や出来事との邂逅も、皆何か大きなものの意思に委ねられて動いてゆく・・・・だからこそ、そういう「一期一会」を思いを込めて大切に受け止めてゆきたいものだと改めて思います。


 この思いも、また今、更に深まってきて、生きて行く時間を重ねることは、繰り返される「一期一会」を確認し、月日の中で自分の身に添わせて行くことなのではないかと改めて思われるのです。

    一枚の写真
 昨年暮れに他界された「山男さん」のこと、覚えていてくださるでしょうか?
 その「山男さん」の訃報の連絡を通して、先頃ある方と懇意になりました。
 共通の友人を偲ぶ感慨深いお話が限りなく続いて、またそこに新たな人間関係が結ばれてゆく、これもまた、ささやかな人生の中の不思議な「一期一会」というものなのかもしれません。
 ある方、Aさんは写真家でいらして、ヨーロッパやアジア、様々な国を駆け巡って素敵な写真を撮っていらっしゃる方、弾むお話の中で、「瞬きをするように」とおっしゃりながら、さりげなくシャッターを押されていました。
 そして、こんな一枚を下さいました。

 何だか自分ではないみたい。
ライムソーダの夏
 とても穏やかで楽しそうな表情をしている気がして、思い切ってご紹介してしまいます。
 <いつもこんな表情をしていたい>、そういう一瞬をとらえて下さったのですね。
 自分へのとびきりのバースディープレゼントになりました。

 ライムをグラスに入れてペリエを注いでいたところを一枚。
 コマーシャル写真みたいですよね。
 
 <険しい表情になった時の自戒、今年の努力目標にしよう>と決意しています。
 Aさん、素敵なプレゼントをありがとうございます。


 


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爽春の交遊録 <二> 

 今日は、葵祭(あおいまつり)でした。
 風雅な古都の春、今まさに爛漫です(写真:京都新聞より)。
葵祭り(京都新聞より)
 京都に住んでもうすぐ10年になるのですが、京都にいると、知人、友人、教え子、親族、色々な方たちが訪ねて下さる機会が多くあるのです。
 旅心を誘われる地であるためでしょう。観光の途上、旧交を温めて、ということに自然となるようで、そこから新たな絆が生れることも多く、私は居ながらにしてで、なかなか楽しく暮らしています。
 そのようなわけで、この連休もいくつかの楽しい再会や交流がありました。
 爽春の交遊録<一>に引き続き、今日は爽春の交遊録<二>を記してみたいと思います。

   ラジオが結ぶ素敵な時間
  少しだけ時間を遡り、GW前半の或る日のこと。
  ラジオ出演をさせて頂くことになって以来、何かとお世話になっている制作スタッフのCさんに、祇園でお会いしました。
  前にご紹介した、<京都の注文の多い音楽喫茶>のお話を覚えていてくださいますか。
 もう一度読んでも良いかなとお思いの方はこちらをどうぞ→『ラジオ放送間近です』
 あのユニークな喫茶店のことを教えて下さったCさん、穏やかで飾らないお人柄の素敵な女性で、いつもさりげない心配りでサポートして下さって、収録現場でも彼女を見るとほっと落ち着くのです。
 彼女のご実家が京都近郊にあって、GWは休暇で戻られるとのお話、ではランチでもということになり、祇園先斗町(ぽんとちょう)のフレンチにご一緒しました。

 少し肌寒いような春の雨が、しとしとと降る日。
 先斗町の路地を三条に向かって入ってゆきます。
 夜だと舞妓さんも歩いていて、京都の花街の粋な風情が残っているのですが、これは昼間の風景です。
    雨の中の先斗町   川床の準備
 夏に向かって、鴨川に張り出す川床の準備が各店で進んでいました。
 
 しばらく路地を進んで、お目当ての店に到着しました。
涼しげなオードブル
 京野菜を繊細に扱ったさっぱり系のフレンチで、一皿一皿に丹精が込められていて、お薦めの隠れ家レストランです。写真は涼しげなオードブルです。

 メディアとしてのラジオの特性、お仕事に掛ける強い思い、Cさんから興味深いお話をたくさん伺うことが出来、また、音楽の事、私の訳詞関連の話にも熱心に耳を傾けて下さって、あっという間に過ぎた楽しい時間でした。
  
 不思議なご縁で、京都の街で共に食事をし、心置きなく言葉を交し合う、さらりとした心地よいひと時が流れて、今も心に残ります。
  

   朋有り 遠方より来たる
 一昨日、懐かしい方と再会しました。
 以前、私はボストンの大学で日本語と日本文学を1年間、教えていたのですが、その頃とてもお世話になった大先輩です。
 熾烈な競争社会であるアメリカの大学のシステムの中にあって、長きに渡り学部の要となり、活躍なさってこられた日本人女性なのです。
 同じ大学で教授をなさっているアメリカ人のご主人の、京都での学会に同行なさり、帰国は十数年ぶりとおっしゃっていました。
 旅行の前にボストンからご連絡があり、今回お会いする運びとなったのでした。

 彼女は、当時ご一緒していた時から、才気煥発で、明朗、そして何よりも行動力がある方でしたが、全然変わっていない!!
 1週間の日本滞在期間も、東京、京都、広島と移動しながら、大学関係のお仕事、日本の友人知人たちとの再会、観光、周到なスケジュールで埋め尽くされ、それを長いフライトの直後であるにも関わらず疲れた様子も見せず、悠々とこなされているのです。
 しかも、「いつの間にか旅の道連れが増えてしまって!」と、ニコニコしながらご友人やご親戚を引き連れてのツアーコンダクターの役目まで軽々となさっているご様子に、もう圧倒されてしまいました。

 夕方、一日の観光を終わって戻った宿泊先のホテルをお訪ねしました。
 「夜は日本の大学の方にご招待を受けているので・・・」という次の予定までの束の間の時間、一時間半くらいでしたが、二人で時を惜しむように機関銃のように喋りまくりました。
 学科のミーティングで、自由に意見を交わし合った日々、その率直で忌憚のない心地よさが、時間の隔たりを埋めて戻ってくるのを感じていました。
 長い月日の中で、別々の人生を歩んできて、けれど、それを素直に理解し喜び合える、そういう手応えって素敵だなと思います。

 彼女と話しながら、当時の色々なことが思い出されてきました。
 アメリカの学生たちが、学ぶということにおいてとても誠実で主体的であったこと、そして、彼らの知的好奇心の前で、私も毎日が屈託なく澄み切っていたこと。物事をシンプルに捉えて、一日、働くこと、教えることがこの上なく幸せだった・・・そんな感覚が懐かしく蘇ってきます。

 あの頃に比べて、今はどうだろう?
 何処か何かに逡巡(しゅんじゅん)するような曇りが出て来てはいないだろうか?
 <生きるエネルギー>、それは<本当に真っ直ぐなもの、聡明なもの、底抜けに明るいもの>、漠然とした言葉でしか、表現できないのですが、大事なことに、はっと気づかされる思いがしたのです。

 「大学での仕事に一区切りついたから・・・」と、彼女は次のヴィジョンを明るく楽しく語ってくれました。

 爽春の京都での心に残る時間でした。

   おまけの話 ~薔薇の美しさ
 わが家のリビングに飾った薔薇の花が、今こんなに満開です。
咲き切った大輪のバラ
 薔薇は、蕾がふっくらと開きかけている頃が一番美しいと、ずっと思っていましたが、薔薇の威信をかけるような艶やかな散り際の風情に、何だか感動してしまいます。
  じっと見ていたら、もう10年以上も前、懇意にしていた或る方を突然思い出しました。
 ファッションデザイナーでブティックのオーナーをしていらした方、エキゾチックな面差しで、言葉つき、立ち振る舞い、「貴婦人」という言葉がぴったりとする大人の女性だったのですが、彼女も薔薇が大好きで、「薔薇は大輪の花を咲かせる最期が一番薔薇らしいと思う。咲き切った時、一層薫り高くなり、色をくすませて微妙な陰影を増してくる・・・」そんな彼女の言葉を思い出しました。
 薔薇は薔薇として、凛と咲き切る・・・孤高の美というか、昔はあまりピンとこなかった、そういう凄さが、波乱万丈だったこの方の生き様とも重なって、何だかわかる気がしました。
 これも、もう一つの交遊録。

 流れて行く時間の中で、素敵な方たちとの絆が重なってゆくことに、温かい幸せを感じています。



 

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爽春の交遊録<一>

   浅間高原の春 ~良き人を偲んで
 皐月晴れの爽やかな休日を如何お過ごしですか。

 私は、GW前半、少し時間が取れたので、思い立って軽井沢に行ってきました。昨年の夏以来です。
 信州は大好きで、四季折々、その表情に心を浸したくなります。
 
 「世界の片隅に~お正月の便り」という記事を覚えていて下さるでしょうか。信州の旅の道すがら、いつも立ち寄って楽しくおしゃべりをする旧知の友が浅間高原に住んでいて、でも、その方が昨年の暮れに突然他界なさったというお話をしたかと思います。
 温和で気持ちが優しく、浅間高原の大自然の中にあって、謙虚に大らかにすべてをそのままに受け入れて、笑顔を絶やすことのないそんな素敵な方でした。
 私のことも、いつも励まして下さって、そしてこのブログのこともとても楽しんで愛読していらっしゃいました。
新しい記事を書くと、「山男」というハンドルネームで、季節の便りと共に温かいコメントを下さった方、・・・・でももう、お訪ねしてもいつもの場所にはいらっしゃらないのだという不在感が重くて、信州に行くことは、しばらく出来ないのではと感じていたのですが、反面、もう一度訪れて、ゆっくりと優しい人柄を偲びたいという気持ちも募っていました。
 浅春の浅間高原への、亡き人を訪れる旅となりました。

 雪をかぶった浅間山が青空にくっきりと映えて雄々しい姿で迎えてくれます。空はどこまでも青く高く、雲は綿のようにふっくらと白く、屈託の全てを払いのけてくれるような清々しさです。
残雪の浅間山 青空に伸びる落葉松
 空に向かって真直ぐに落葉松の幹が突き立っています。
 春はまだ遠く、木々は葉を落としたまま、芽吹きの気配すら全く見せていませんが、この黒々とした樹木の下には既に春のエネルギーを蓄えているのでしょう。
 眠りに着いている冬の樹木とは明らかに違う、ドクドクと脈打つような木々の覚醒を強く感じます。
 この季節の空っぽの落葉松も私は大好きです。

 そして、まずは「山男」さんのご自宅のある浅間高原に真っ直ぐに向かいました。
どこまでも伸びるハイウエイ

 地平線とぶつかり、両側の松林を割ってどこまでも伸びるハイウエイをひたすら走り続けます。

 やがて浅間高原に。
 この辺りは、夏になると一面のキャベツ畑です。
耕されたキャベツ畑

 今は春に備えて耕され、湿った黒土が露わになっています。
 向こうには浅間山。

 途中、車を止めて、浅間山に向かって大きく息を吸ってみました。

 道の傍らを彩って、可憐な花々が咲き始めています。遅い春の訪れ。
 ふきのとう。カタクリ。水仙。サクラソウ。
ふきのとう かたくりの花 水仙の花 サクラソウ

 久しぶりの「山男」さんのご自宅は、冬支度のまま固く閉ざされ、主を失って時を止めていました。
 夏にお会いした時には、当たり前に笑い合いながら、「2月のコンサートはきっと聴きに行くから」と言ってくれてたのに。
 これまで、ご高齢のお母様とお二人で住んでいらしたのですが、今は、お母様は、東京のご親族の元に身を寄せられ、病院に入られていると伺いました。  
 簡素で、でも本当に使いやすく歳月を重ねてきたこの家だけが取り残されて、この時期だったら、大きな煙突から薪を燃やす木の香りが辺りに漂っているのに、準備された薪の山が庭の片隅に端正に積み上げられたままで、・・・・そして、いつも木の実が沢山入っていた小鳥の餌台も、空っぽなままで、・・・・そんな一つ一つの情景が、突然胸に迫って、くっきりと思い出と共に焼き付いてきました。
木漏れ日の庭
 人の世の一期一会の、不思議さ、有難さ、儚さ、様々な思いを刻みながら、心からの挽歌を亡き人に手向けたいと思います。

 木漏れ日が木立のシルエットをくっきりと苔の庭に写して詩情を誘います。
水量豊かな小川


 近くの小川のせせらぎの音も聴こえます。今年は雪が多かったのでしょうか。
 豊かな水量で、勢い良く水音を立てています。
  


   米寿の贈り物
 絵本作家、児童文化研究家として、これまでに沢山の業績を残されて、今も精力的に活躍されている「かこさとし」氏のことは、このブログでも折に触れてご紹介してきました。
 昔からかこさんの作品を愛読していたことに加え、お嬢様のMさんと積年の友情を育んできたこともあり、(そのことを知らずにずっとお付き合いをしていて、だいぶ後になって判明し感激したことも既にお話しした通りです)その著作の多くを読破しているのですが、この度思いがけぬ贈り物を頂きましたので、ご紹介したいと思います。
矢村のヤ助(かこさとし)表紙

 『矢村のヤ助』という一冊の絵本。
それに添えられたご挨拶状はこのように始まっていました。

 絵本送付についての御挨拶
 謹啓 春暖の候 益々御清栄の事と存じます。 

   (中略)
 ・・・・・若年の頃、戦災跡地の子どもたちに接する機会を得、以来 社会奉仕活動の同志、友人の刺激により、子供という「怪傑生物(?!)」に啓発され、更に出版・福祉等異分野の専門家の方々の御力と御教導により、いつしかこの三月で米寿に辿りついた次第です。・・・
   (後略)

 『矢村のヤ助』という絵本は、昔、子供会でこのお話を話されたのが始まりだったとか。米寿になられた今年の記念として、「報恩感謝」の思いを込め、この話を基底として絵本を作成し、全国三千余りの公共図書館に寄贈されたとのこと、関係者に贈られた中の一冊を、私も頂戴したのです。
 後付けには「かこさとし米寿記念出版(非売品)」と記されています。

 『矢村のヤ助』は「鶴女房譚」=『鶴の恩返し』をベースとしていて、これに、悲劇的・文学的ニュアンスが加わると木下順二の戯曲『夕鶴』のような形に昇華されて行くわけですが、かこさんは、鶴を山鳥に変え、「裏切りで別れる女性と金に目がくらんだ男の題材は子どもには不適」、「前向きに生きようとする男女の姿」を描く話として換骨奪胎し、子どもの世界に引き寄せています。
 子供達がどんな眼をしてこの本を手に取っているか、図書館に行って垣間見たい気がしますね。

 米寿を迎えられ、色々な形で周囲の方たちから長寿をお祝いされるケースは沢山あるに違いありませんが、これまでの道程を振り返って、周囲の方たちに謝意を、自らこのような形で示されることは類まれと思われます。
 「報恩感謝」は、子どもたちとの時間の中で、ご自身が作り上げていらした作品世界そのものに、今、<対峙する思い>でもあるという気がして、とても温かい気持ちになりました。

 今日は二つの交遊録をお伝えしてみました。
 GWの後半、良い時間をお過ごし下さいね。



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世界の片隅に ~お正月の便り~

   年賀状
 お正月休みも過ぎ、色々なことがすべて普通に動き出すと、身の引き締まるような新年の思いも少しずつ薄れるようで、そういう順応性ってちょっと嫌だなと我ながら思ってしまいます。
元旦の車窓からの富士山
 この連休、頂いた年賀状を、住所変更などチェックしながら、改めてしみじみと読み直しています。
一年間は早く過ぎますが、それでもそれぞれの方に色々な変化があってそれがお正月の便りの中から垣間見えてきます。

 私は手紙を書くことが元々大好きですし、妙に筆まめで、加えて、教え子たち始め、文通している方の数も半端ではないので、きっと聞いたらびっくりなさるほどの枚数の年賀状のやり取りをしています。虚礼廃止の対極にあるような私のお正月です。
 でも、葉書や手紙って、その手触りの中に血の通ったものが流れている気がします。
 私の一番若い教え子たちは、今は結婚ラッシュで、素敵なウエディングの写真入り葉書、一年位経つと今度は赤ちゃん誕生、可愛いベビーが私の年賀状の中には沢山いて、<少子化と言えどもまだまだ明るい将来がある>と確信できます。

   上海から
 前にもご紹介したことがありましたが、上海でテレビディレクターとして活躍しているNさんから、今年もお年賀状と、新春を寿ぐプレゼントが届きました。
上海からのお正月グッズ
 午年にちなんだプレゼント。
 馬の意匠は颯爽として、何となくおめでたい感じが良く伝わってきます。
 毎年、干支の飾りを置かせて頂くうちに、春節のお祝い飾りが我が家にすっかり似合うようになりました。

上海からの年賀状
 これがお年玉付き年賀状なのですね。
 裏には抽選番号の数字が記されていました。
 意外と一等当選葉書だったりしても、それを確かめるすべもなく、我が文箱にしまわれて、日の目を見ることもないのだろうなどと夢想したりしてちょっと楽しい気分です。
 
 大気汚染の深刻さや悪化する日中関係のことなど、現地で生活していると、頭の痛い問題が沢山あるようなのですが、でもいつも明るい微笑みを絶やさない彼女ですから、優しい笑顔でバリバリと仕事をこなし、困難を乗り切ってゆくのだと思います。
 Nさん、良い一年を!

   パリから
 アメリカの大学で教鞭を執っている、大切なお友達のKさんから、いつも頂くクリスマスプレゼントが、今年は少し遅れて届きました。
 その包みの中に、彼女のお嬢様のYちゃんからのパリのお土産も入っていました。
 Yちゃんがまだママのお腹にいる頃から、そして生まれてからも殆ど毎年、私がアメリカに行くか、或いはKさんが日本に帰国して、一度は会い、その成長ぶりを目の当たりにしてきました。赤ちゃんの頃、ちょこちょこと走り回っていた幼児の頃、はにかみ屋さんの少女時代、そして、ママの日本人の血とパパのアメリカ人の血の両方を受け継いで美しく、そして聡明に成長し、今、大学生になって、パリに留学しています。  
パリからの年賀状
 そのYちゃんが添えてくれた絵葉書には、短期間ですっかりマスターした、流暢なフランス語と、ママから習ったひらがな書きの日本語の両方で、メッセージが。
 「小さい時からいつも見守っていてくれてありがとう。パリの生活はとても楽しく、満喫しています。」と書かれた言葉に、胸が熱くなりました。
パリからのお土産 Yちゃんからのプレゼント。
 エッフェル塔の写真立て、フランスのバタークッキー、そしてCamargue(カマング)の「塩の花」。希少の岩塩ですね。
 シャンソンを作る時のために・・・と、いつも彼女が編集したお薦め曲CDや今流行っているポップス曲集など、毎年、心尽くしの贈り物を頂いて私の嬉しいコレクションもお正月と共にいつも数を増して行くのです。

   レクイエム
 お正月の楽しい便りの中に、実は一昨日、訃報が入りました。
 心優しい大切な友人の突然の知らせでした。

 私は信州が好きで、季節ごとによく出かけていることはご存じの通りですが、
 そのご縁で知り合った方。
 浅間高原にお住まいで、一年に一回はお訪ねして楽しくお話をしていました。
冬の浅間高原 このブログもいつも愛読して下さって「山男」さんのハンドルネームでいつもコメントを下さった方です。
 お年賀状が今年は届かず、気になっていたところでした。
 お体を悪くされて、年の暮れの突然のご逝去だったそうです。
 
 長く老齢のお母様の看護をされていて、昨年の夏の終わりにお会いした時、「なかなか東京に行けないけど、来年のコンサートは絶対聴きに行くから頑張って!」ととても楽しみにしていて下さいました。
 いつも励まして下さる優しい方でした。
 そこに行けば、当然会えるはずの方がいらっしゃらなくなる、今その寂しさで一杯になっています。

 コンサートで聴いて頂こうと思って、「山男」さんのイメージにぴったりの歌を一曲目に歌う準備をしていました。
 まだ悲しさが先に立っていますが、でも、今度はレクイエムとして、心を込めてお届けできたらと思い始めています。

 『世界の片隅に』という歌も時々コンサートで歌うのですが、その一節、
 
 この世界に小さな私とあなたがいる それだけでいい

 この世界の中では、出会いと別れが、突然に、交互に訪れます。
 一期一会の時を、大切にする一年でありたいと思います。
 


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水無月 好日往来

 7月になりました。が、・・・。
 なぜか京都はこのところ、涼しいのです。
 例年でしたら、この時期はもう、蒸し風呂状態で耐え難い猛暑が始まっているのに、心地よく風が吹き抜け、汗もかかず・・・こんな過ごしやすい梅雨時は珍しいのでは。
祇園祭が始まった四条通
 いつも誰彼かまわず「京都の夏はとにかく風が吹かないで盆地の底に熱気と湿気が溜まるんだから」と、<そこに住んでいる自分>を自慢しまくっているのですが、今年は、看板に偽りありの嬉しい例外です。
 
 7月になると、街は例年通り、祇園祭の準備に染まり始めます。
 四条通りのアーケードも祇園祭の提灯が飾られ、祇園囃子が響き始めました。

 「朋(友)あり 遠方より来たる」で、6月中旬からずっと、懐かしい恩師や仲良しの友人、そして教え子たちと旧交を温めたり、思わぬ出会いがあったりと、楽しい機会が重なっています。

   同志との再会 ~福寿園でお茶タイム~
 MさんとAさんと私、同世代で、嘗て共に教鞭を執った仲間です。
まだ新米教師だった頃、<お姉さん先生トリオ>で、励まし合い切磋琢磨し合った戦友みたいな間柄だったのですが、このお二人と先頃、京都でお会いすることが出来ました。
 先々週はMさんと。
 彼女は、このブログでも時々ご紹介している私の親友です。
 湘南に住み、お仕事で頻繁に名古屋まで。
 一方、私は京都から東京までの往復。それが笑ってしまう位見事なすれ違いで、やっとのことで関西デートの実現でした。
 そしてこのちょうど一週間後に、なぜかAさんとも京都でお会いすることになり。・・・・Aさんとゆっくりお話しするのは、彼女が結婚を機に教職を離れたとき以来ですので、もう20年近くの歳月が経つのでしょうか?

 申し合わせたわけではないのに、異口同音に同じ思い出話、大いに盛り上がりました。
 記憶の底に薄れていた筈の、青春時代の泣き笑いの日々が、急に鮮烈に蘇ってきて、今という時が、過去の時間の上に成り立っていることを不思議な感動の中で感じました。
 過ごしてきた自分の軌跡は、その時だけで切り離されるものではなく、実はずっと繋がり続けていて今があるのだという感慨でしょうか。
 当たり前のことなのでしょうけれど・・・。
 人との絆や縁というものが、人生の中では一期一会のかけがえのないもので、人はそれに支えられて生きているのだという実感、温かい時間でした。
 そして別々の世界での時の流れ。
 私も含め三人とも教職を離れ、今、全く違う仕事に力を尽くす日々を過ごしていて、そこでの世界はお互いが感知し難いはずですのに、おしゃべりをしている中で、空白は埋まり、自然に繋がってくる不思議な充足感がありました。
 <それぞれがそれぞれの世界を見つけ、誠実に向き合っている>、そのことを祝福し応援したいと純粋に思える落ち着いた気持ちが通い合って、とても幸せでした。
福寿園に飾られていた花かご 
 「欲や見返りを求めず、今、この時に心を尽くして向かうことが大切」「綺麗に過ごしたことのある人だけが、綺麗な時に戻れる」と亡き祖母が折に触れてよく言っていたことを思い出します。
 
 無欲に一途に過ごすことこそ価値があって、それは小さな種になって心の片隅に撒かれて、いつかどこかで、実りをもたらすことがあるということだったのかもしれません。・・・祖母の話をいつも感心しながら聞いていた幼い頃から、いつの間にか、いい加減な生活態度になってきた昨今の自分を猛省してしまいます。
  

玉露とお菓子
 京都四条通りにある福寿園のカフェでMさんとお茶を。
 格調高い設えでゆっくり落ち着けるので、私のお気に入りのお店なのですが、美味しいお抹茶とお菓子を頂きながらの時間を過ごしました。
 
 それで、一週間後Aさんとも同じカフェに再び。
 今度は、玉露とお菓子を。おちょこのような小さなお茶碗にお湯の温度と時間を綿密に測って立てる玉露の入れ方を、お店の方に丁寧に習いながらの優雅な時間でした。

 カフェに立ち寄る前にAさんとランチした、白川筋のお料理屋さん「祇園琢磨」の窓から見えたアオサギの写真です。
 白川の川辺でアオサギはよく見かけていましたが、こんな高い木の上に悠然と羽づくろいをしているのを見るのは初めてです。
樹上のアオサギ  濃茶のかき氷
 実はこの後数日して、今度は私一人で、楽しい時間の余韻にもう一度浸りたくなり、ふらりとカフェに立ち寄ってみたのです。
 ひきたての濃茶をたっぷりとかけた氷、これもお茶屋さんならではの味でとても美味しくお勧めです。

   好日往来  
*学生時代にお世話になった敬愛する恩師を20年ぶりに藤沢にお訪ねしたこと。もう80歳を過ぎていらっしゃいますが、歳月が益々輝きを増して、変わらぬ慈愛に満ちたお人柄と、澄んだ美しく優しいお声。お会いできて本当に良かった。

 *大学時代の友人が京都まで会いに来てくれました。
すっかり学生時代に戻って、お互い言いたい放題!昔の友にはそこにしかない空気が心地よく流れます。

 そして、更に珍しい訪問者が続いて、千客万来の楽しい水無月後半でした。

   シャンソンコンサート
 6月30日に大阪ART CLUBにコンサートを聴きに行ってきました。
 歌手で訳詞家の別府葉子さんが出演なさるので是非伺いたかったのです。
 前にもご紹介したことがありましたね。
 いつもとても素敵なステージで、私は大好きな方なのですが、彼女のブログを愛読していて、或る日、私がファンレターなど出してしまったところからスタートしています。
 
 朝倉ノニーさんと宇藤カザンさんというお二人の訳詞家の方のコンサートに別府さんがゲストで出演されるというものでした。
 このお二人のことは、私も時々ブログを読ませて頂いて、以前から知っていましたし、とても興味深くシャンソンの翻訳について掘り下げて書いておられて、是非実際にお会いしたいと思っていました。また、翻訳家の方のコンサートには伺ったことがあまりないので、それもとても楽しみでした。
 お二人とも語学が実に堪能でいらして、フランス語だけでなく、原曲に合わせて5か国語の原詩で歌われたのにはとても驚きました。
 「自分たちのコンサートでは日本語はご法度なんです」とユーモアたっぷりにおっしゃっていましたが、的確な対訳をなさった上で、でも歌はやはり原語でなければというコンセプトを貫いていらっしゃるのですね。
 日本語にこだわり、日本語で歌うという私の方向とは真逆ではありますけれど、ステージは和やかで温かく、歌の雰囲気が良く伝わってきて、とても面白く参考になりました。

 別府さんが、お二人と知り合われたのも実は、お二人のブログを読んでいらしたのがご縁だったとか、・・・・これも先ほどのお話ではありませんが、やはり一期一会の不思議さ、だから世の中って良いなあ!!と思ってしまいます。

 お二人のデュオ。
ノニーさんとカザンさんのデュオ  別府葉子さん
 そしてギターの弾き語りをなさる別府さんです。
 真ん中の席に陣取って穴の開くほど見つめてしまった、素敵なコンサートの一日でした。

 

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美しき受賞の夕べ ~祝!かこさとし氏~

 先週、11月29日(木)、東燃ゼネラル児童文化賞・音楽賞の授賞式がありました。
 このブログでも以前ご紹介した、絵本作家のかこさとしさんが受賞されましたので今日はその話題を。

   プロローグ 
 今年の初め、かこさとしさんの『こどもの行事 しぜんと生活』という児童書との出会いに感動して、これをご紹介したかと思います。
 「ム?」という方はこちらを。→
『子供の読書~本の手触り~』という1月18日の記事です。この中から、少しだけ抜粋してみますね。

 ・・・・子供向きにわかりやすい言葉で記されていても、内容は妥協なく惜しみなく伝えるという科学者の情熱みたいなものがあるのでしょう。
 子供達を健全で聡明な世界に育んでゆこうとする愛情が強く感じられ、、・・・(中略)・・・かこさん自身が、小さな子供のように好奇心に満ちて、柔軟な発想を持っていらして、それが、私が彼の世界に魅かれる所以なのかもしれません。

 この続きをこれから揃えようと思っています。そして、今年の末には、このシリーズ全12冊が蔵書として本棚に増え、それと共に色々な知識が増し、遅ればせながら私も少し賢くなっている予定なのですが・・・・。
 子供は勿論ですが、大人にも・・・頭が疲れないで、心和ませながら、真面目に科学や歴史と親しめる、今更聞けない疑問が氷解する・・・本の収納場所さえあれば、是非お薦めしたいと思います。


 で、・・・・時は流れ・・・・早や一年になろうという今、「少し賢くなった」か?の言及は避けさせていただきますが、でも、見て下さい。こちらです!
バックナンバー2 一年が経ち、<1月のまき>から<12月のまき>まで、毎月1冊ずつ。今しっかり12冊の我が蔵書です。 文科系人間の私の本棚に、このような科学的な色合いの本が並んでいるのは異例なのですが、いつも側においては何かにつけて確認する辞書や事典のような頼れる実用書でもあり、また、季節を見る目を楽しく育んでくれる歳時記のようなものでもあり、大変興味深いのです。
 私は、これと思うと、とことん・・・ですので、他にも多数あるかこさんの絵本・童話・エッセイに至るまで、いつの間にかかなりの数を読破しました。
 ・・・そのような経緯を経て、次の本編に話を移したいと思います。

   本編 ~ 2012年度東燃ゼネラル児童文化賞・音楽賞授賞式 ~
 <念ずれば通ず><思えば叶う>と言いますが、思いがけぬ僥倖、不思議なご縁で、先日、親しい友人のMさんから、この授賞式のご招待状を頂きました。
 素敵なプレゼントに大感激しつつ、この日、会場のサントリーホールに勇んで向かいました。

 東燃ゼネラルグループは、燃料油、LPガス、石油化学製品などの製造販売を担っている会社ですから、児童文化賞、音楽賞と聞いても最初はあまり結びつかなかったのですが、でも、それは私が不勉強だったためのようで、今年、児童文化賞は47回目、音楽賞は42回目を数える伝統ある賞なのですね。
 歴代の受賞者は多岐にわたり、今も、日本は勿論、世界的にも活躍しておられる第一線の方たちばかりで、改めて選考基準の高さに驚かされました。
 このように芸術文化の振興と育成に尽力貢献してゆこうとする活動は、一昔前までは様々な企業で活発であったようですが、経済的に厳しさを増す昨今では、いつの間にか切り捨てられて、利潤追求にだけ目を向けざる得ない状況になってきているのでしょう。そういう中で、気概を持って、この賞を継承していることが授賞式の進行や主催者の挨拶、会場を包む雰囲気からも、よくわかり大変好ましく感じられました。

 今年度の受賞者は、
  <児童文化賞>児童問題研究家の加古 里子(かこ さとし)氏。
  <音楽賞邦楽部門>清元 三味線方の清元 美治郎(きよもと よしじろう)氏。
  <音楽賞洋楽部門 本賞>ピアニストの舘野 泉(たての いずみ)氏
  <音楽賞洋楽部門 奨励賞>チェリストの山崎 伸子(やまざき のぶこ)氏。
 以上の四名の方です。

 授賞式が始まる直前のホール壇上です。始まってからの写真撮影は禁止でしたので。
授賞式の檀上風景 
 それぞれの受賞者のご挨拶がありましたが、四人の方々とも異口同音に、「この受賞は、これまで自分を支え応援して下さった多くの皆様のお力添えや思いの賜物」と言われて、素晴らしい業績を残してきた方たちなのに、その言葉が、様々な絆を噛みしめるようにしみじみと真摯に響いて、胸打たれました。

 授賞式の後、記念公演と記念演奏が行われたのですが、これがまた、それぞれ本当に素晴らしく、確かに栄誉ある賞を受賞される方々!と、頷くばかりでした。
 かこさんは、これまでのご自身の活動を紹介されるDVDを会場で流されました。
 生い立ちから、工学部に入り科学と関わってゆく過程、その後、戦争を挟んで、絵本作家としての道を歩んでゆく経緯、多数の創作の紹介、それを通して何を伝えようとしたのか、これから子供たちのために何を目指してゆくのか、わかりやすく丹念に作られた映像にその世界がとても良く伝わってきて、改めて、やはり素敵だなと感銘を受けた次第です。

 そして記念演奏は、清元氏の浄瑠璃三味線の演奏。山崎氏のチェロの演奏。舘野氏のピアノ。
 それぞれが、夢のようにうっとりとその世界に誘ってゆく演奏で、音楽から真に浄化され力を与えられた気がしました。
 本物とは、そういうものなのですね。
 演奏が終わって静寂が戻る時の、その空白の余韻が濃密であることに、とても圧倒され、まるで音の魂のようなものが音から抜け出て周囲を浮遊しているような不思議な感覚にとらわれました。
 特に舘野氏の左手だけのピアノ演奏は圧巻でした。
 病で右手が動かない致命的なハンデを克服されて、なお演奏されるピアノの音には、突き抜けて自在に天空を駆けるような神々しさがあった気がします。
 そして明るい笑顔と優しい語り口もとても素敵な方でした。

   エピローグ
レセプション会場のクリスマスイルミネーション
 授賞式が終わった後、続いてレセプション会場へ。いつの間にか夜になって、こんなクリスマスイルミネーションが煌めいていました。

 和気藹藹と歓談の輪が広がって会場は華やかでした。

 四人の受賞者の方々。
 向かって左から舘野氏。山崎氏。清元氏。加古氏。
    受賞された方々    かこさとしさんとのツーショット
 エピローグに、本日、とびきりの写真をお見せしちゃいましょう。
 かこさんの周りには、出版関係の方たちを初め、受賞を祝う沢山の方たちがいらしたのですが、その合間を縫って、Mさんが、かこさんとのツーショットを撮って下さいました。後ろに恥ずかしそうに立っているのが私です。
 お話しも出来、隠れファンとしては大満足、素敵な一日でした。


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邂逅の季節 ~二つの同窓会~

 私の秋、二つの同窓会に出席してきました。

 まずは。
 教職に就いて、初めて担任した教え子たちの同窓会が、つい先日、テタールコンサートの少し前にありました。
 若かりしあの頃・・・考えてみたら、当時中三だった生徒たちと10歳も違わないまだお姉さん先生だったのだなと今になって思います。
 ともかく、何もかもが新鮮で、子供たちが可愛くて可愛くて、自分が彼女たちの(女子校ですので)お母さんになったような使命感に燃えて、毎日キラキラと過ごしていました。
 教師というのは、実地の場に立って試行錯誤しながら少しずつ経験を積んでいくものですから、あの頃は未熟で至らないことばかりで、導いてゆくというよりは、生徒たちとの日々の中で、自分が教えられ、学んでゆくことの方が多かったように思います。

   最初の教え子たち
 そんな気持ちの中で、あの頃の自分と再会するような気恥しさもあったのですが、でも、久しぶりの教え子たちの笑顔を見たら、とても懐かしく嬉しい思いで一杯になりました。
 制服姿のあどけない少女たちが、仕事をし、結婚し、母親になり、素敵な女性に成長して、目の前に集っている、屈託なく笑い合っていて、それは昔の時間と重なり、感慨深く、何ともいえず幸せな日でした。

 同じ時を過ごしてきたはずなのに、それぞれに覚えていることや把握していること、ニュアンスは全く違うようで、「あれ、そうだっけ?」みたいな声がおしゃべりのあちこちから聞こえてきて面白かったです。

 私はというと、人の名前と顔を正確に覚えているのは特技の一つで、この日も我が特技を遺憾なく発揮して・・・・「覚えていて下さったんですねえ!」「すご~~いです!!」と、教師たる面目躍如でした。

 それにしても人の性格って、いつ形成されるものなのでしょう。
 長い月日を経ても、やはり<○ちゃんは○ちゃん>。
 同じ笑顔。変わらないのんびりとしたしゃべり方。表情豊かな相槌の打ち方。おしゃべりから滲み出てくる感性や価値観みたいなもの。・・・<皆、子供の頃と同じ、変わってないな>とつくづく思ってしまいます。
 「三つ子の魂」とは、よく言ったものだと大いに納得です。
思い出の風景 
 今回の同窓会は、久しぶりの節目の会ということで、当時の先生方も大勢いらしていました。
 先輩、同期、後輩・・・・嘗て共に過ごした仲間との再会を果たした私自身の懐かしい同窓会でもありました。
 教職にあった日々は、楽しいことだけではなくて、苦しいこと、大変だったこと、色々入り混ざってはいますが、月日を経るとそういうこと全てがくっきりと記憶の中に刻みつけられてきて、むしろ、印象の色が濃ければ濃いほど、その時間の中に生きていたという証にも思え、かけがえのない懐かしいものに感じられる気がします。

 私の音楽への転身は、皆様の驚きの的でしたが、でも温かく応援して下さりとても嬉しかったです。
皆、元気で、豊かに人生を重ねて、更に素敵な女性になっていってほしいと心から願った、久しぶりに嘗ての担任に戻った日でもありました。

   旧友との再会
 もう一つの同窓会。
 テタールコンサートの直後、つい数日前ですが、今度は、私自身の同期会に出席してきました。

 私自身もまた、中学高校一貫の女子校で過ごしましたので、全員顔見知り、<同じ釜の・・・>仲、和やかで無邪気な時間を共に過ごした友人たちとの再会でした。
 10年毎に行う同期会、卒業後初めて出席した方も今回は多く、『おお~~~』と、名乗り合いながら、皆でテンションが上がりっぱなしでした。
 
 教え子の同窓会に招待されると、先生らしい愛情に自然に満たされてくる感じで何だかしっとりとした気分なのですが、いざ、自分のこととなると、すっかり子供返りするようです。
 それこそ、いろいろな思い出が蘇ってきて、自分は確かにこういう時間を過ごしていたのだと一つ一つの思い出に改めて感激してしまいます。

 中学高校時代の私は、自分で思っていた以上に、物静かに読書に耽っている文学少女だったらしく、ほとんど全員の旧友に、「変わった!貴女は変わった!!」を連呼されてしまいました。
そうかしら?
 で、今はシャンソンを・・・などと言い始めると、感無量の面持ちで「よくまあそこまで!」と異口同音に返ってきて、ひょっとしたら、私はあまりに大人しい性格すぎて、皆様に心配をかけ、庇護して頂いていたのかもしれません。
 「でも、貴女ってそういうところのある人だと思ってた」と鋭く予見していたらしい友人からの褒め言葉もその中に混ざり、持つべきものは善き友だなと。

 今回、シャンソンを歌ってくれないかと幹事さんから依頼されました。
 こういう場ですと、どうしても素の顔になってしまいますし、素になると途端にシャイなところが邪魔しますので、これまでは、受けたことはなかったのですが、今回は、「では歌わせていただきます」と答えてしまいました。
 卒業後ずっとお会いしたいと思っていた敬愛する恩師が、この同窓会にご出席下さって、何だか心がすっとほぐれて、ささやかながら、自分が進んできた姿を見ていただけたらと思ったためでもあります。
 恩師の前で、そして旧友の前で歌うのは、いつもとは違う勇気がいるものではありましたが。

 卒業してすぐの頃は、先だけを見ていたく思い、昔の関わりは敢えて避けようという気が働いたりしたこともあったのですが、それは少し未熟な頑なさなのかもしれなくて、自然にすべての絆を受け入れられるようになると心が軽くなって、クリアに広がって見えてくるものがあるような気がします。

 二曲歌い、アンコールにさらに一曲。
 『シャトネイ・マラブリ ~エリザベートへ~』という曲をアンコールに歌いました。
 「音信の途絶えた女学生時代の親友に宛てた手紙」という内容の歌です。
 しみじみとした曲ですので、いつか次の機会にご紹介してみますね。

 心に残る一日でした。

 11月に入ると、今度は、在職中最後の卒業生、高2、高3の担任として卒業を見守った懐かしい教え子たちのクラス会もあります。
 離れていた日々を持ち寄り、温かい思いの中で皆で集う時間を共有できる、そんな喜びを感じる今年の秋です。


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