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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

ひまわりとライムソーダ

  「東京はやっと梅雨が終わって、今日から夏が始まりました」と一昨日東京に住む友人が苦笑いしながら話していました。
 関西はひたすら暑く、関東は雨ばかり続く毎日でしたが、あっという間にもうすぐ8月も終わりですね。

 短すぎる夏
 短すぎる季節
 日々、平凡であっても、やはり昨日と違う新しい今日がやってきて、様々なことが起こります。
 泣いたり笑ったり格闘したりと、滑稽でも懸命に向き合う一つ一つの積み重ねが、自分の生きた証しとなっているのだと、当たり前ではあるのですが、ふと、感慨に浸るのも季節の終わりの余情なのかもしれません。

   サロンコンサート『夏の物語』
 忙中閑あり、今年も大好きな軽井沢で何日かを過ごすことができました。
 そこで、思いがけず素敵な出来事があったので、ご報告致します。

 この数年来、親交のある方からのご依頼を受け、サロンコンサートを開くこととなりました。

 コンサートタイトルは『夏の物語』
 急遽、出来上がったご案内チラシがこちらです。
チラシ2

 向日葵(ひまわり)畑で花束を手にしている後ろ姿は私。
 鋏を貸してくれて、畑から自由に刈り取った向日葵を安価で分けてくれます。

 コンサートのドレスコードはカジュアルな服装であること、但し、マストアイテムは向日葵。

 瀟洒な佇まいのお宅のリビングが会場でしたが、音響は心地よく整えられ、光の具合も柔らかく仮設ステージを照らしていました。

 さりげなく活けられた向日葵の花が、私の今年の夏の飛び切りの僥倖であるような気がして、温かく寛いだ空気の中で歌うことの出来る幸せを噛みしめていました。

 昨年の8月21日は、訳詞コンサートvol.10『ライムソーダの夏』を開催しました。
 10周年記念コンサートでしたので、自分のバースディーに重ねてみたかったのです。
 節目になった昨年、あれからちょうど一年が経って、やはり同じ8月21日に開催という今回の嬉しいお計らいでした。
 「ライムソーダ」も用意して下さって、和気藹々としたコンサートのひと時が流れました。

 その時のビデオと写真を組み合わせて3分ほどの動画が出来上がりました。
 ほぼ、すっぴん、普段着で歌っている極私的動画で恥ずかしいのですが、勇気を出してお見せしてしまいます。
  サロンコンサート「夏の物語」より
 音楽を通しての楽しい空気を感じて頂けたら幸いです。


   家畜改良センター長野支場 ~向日葵畑~
 長野での最後の休日=昨日、足を延ばして佐久にある「家畜改良センター長野支場」に行ってきました。
長野牧場
 「家畜改良センター長野支場」(正式には、茨城牧場長野支場なのですが、なぜか看板は、通称の長野牧場となっています)は、家畜のエサとなる優良な飼料作物品種種子の生産・検定・品種証明、飼養管理しやすい山羊の生産及び利用促進、飼料作物種子と山羊に関する調査研究、地域貢献のための各種活動、などに取り組んでいます。
山羊の牧場

というわけで、牧場にはこんな風にヤギの群れが長閑に草を食んでいました。


数日前のサロンコンサートを彩った向日葵の余韻が強く残っていて、広々とした向日葵畑が急に見たくなったのです。
ひまわり畑1 ひまわり畑2
その向日葵畑。
青空に映えて。
向こうには浅間山。牧草が綺麗に刈り取られています。
牧草地   白樺と落葉松並木
 幹の太い白樺と、すっくとそびえる落葉松並木です。

  ・・・・・・・・・・・・・

 昨日、この景色の中に立っていたのが嘘のようで、先ほど京都に戻ってきました。
 信州は朝夕20℃を切っていましたが、こちらは夜になったというのに、まだ34℃の室温です。

 少し離れるだけで全く異なる風景と空気。
 信州での短かくも楽しかった夏に想いを馳せながら、しばらく続きそうな京都の熱帯夜を乗り切りたいと思います。



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6月の軽井沢 ~新緑の中で

 このところブログの更新が滞っていて申し訳ありません。
 公私共、慌しくしているのですが、こういう時は、気づかないうちにどうも近視眼的な心模様になってしまうようで、猛省。

 気分転換に、今、軽井沢に来ております。

 長野での仕事の帰りに足を延ばして、久しぶりに大好きな軽井沢に立ち寄ることができました。
 二日間だけの休暇ですが、6月に入ったばかりのこの季節、梅雨前の爽やかな緑風と優しい陽の光、人出もまばらで、新緑に包まれて心身が瑞々しく蘇ってくるような幸せな気持ちになりました。
 
 緑のリラクゼーション、写真と共にご一緒に楽しんで頂けたらと思います。

 
   薔薇園のレストラン ブラッサリー・ナカガワにて 
 バラのつぼみ
お昼少し前に軽井沢到着、レイクニュータウンにあるレイクガーデンの薔薇が無性に見たくなって、直行してみました。
 「ローズシーズンは6月10日からです」とサイトに出ていたのですが、今年は暑かったので、少し早いかもしれないと期待して・・・・でも、ガーデンへ向かうアプローチの薔薇は、どれもまだ芽を出し始めたばかりで、固い蕾でした。

  くれなゐの 二尺のびたるばらの芽の 針やはらかに 春雨の降る

 子規の歌にある柔らかい芽、紅色に色づいた若い葉、絢爛と開く薔薇の花を準備して、今、咲き出づる力を懸命に幹の中に巡らせているのでしょうね。

 薔薇の花はまだ早すぎたのですが、その代わり、清々しい白い花々が真っ盛りでした。
オオテマリ なんじゃもんじゃ
  オオデマリ。 ナンジャモンジャという珍しい名前の木も白い花をつけて咲いています。
なかがわの入口

 お腹も空いてきて、まずはランチをブラッスリー・ナカガワで。
 レイクガーデンに隣接して立つお洒落なレストランで、以前からのお気に入りのお店なのです。

 壁に絡まるツタも青々と柔らかく、瀟洒な建物を美しく飾っています。
内装 窓からの庭
 お洒落なセンスの内装が居心地良く迎えてくれました。
 窓の外には、レイクガーデンの緑の借景が映し出されています。
パスタ
 いつも注文するのがこれ、私の一押し「生うにパスタ」。

 以前、写真家のAさんに、食べ物を美味しそうに撮る方法を伝授して頂いた事があったのですが、それを思い出しながら一枚。
 出来栄えは如何でしょうか。

 ドライフラワー
 ゆっくりとした時間を過ごし、店を後に。
 扉の外には薔薇のドライフラワーをアレンジしたこんなオーナメントが飾られていました。

クレマチスの入口
 レイクガーデンも覗いてみました。
 クレマチスが扉を飾っています。


 目もお腹も満たされた幸せなひと時でした。

   6月の「白糸の滝」 
三笠通り2
 三笠通りをドライブし、久しぶりに白糸の滝に行ってみようかと思い立ちました。

 落葉松の並木も新緑が柔らかく美しいです。


軽井沢に来て、白糸の滝というのは、あまりにも観光初心者コースなのですが、でも、この時期は真夏の賑わいとは違い、散策の人もちらほらで、閑寂な風情がありました。
流れ
 
 浅間の雪解け水を集めて、水しぶきを上げて流れる渓流も澄んだ勢いを持っていました。
 セリ
  流れに負けないセリもまぶしく、山懐にある6月の川の素敵な表情です。
苔の石垣



 石垣が一面苔で埋まっています。

白糸の滝

誰もいない白糸の滝にカップルが一組、楽しそうに写真を撮り合っていました。


緑色の無数の細い筋が糸のように流れているのが写真からわかるでしょうか。
川面の緑
 滝壺にゆったりと立ち止まった水が急流となって湯川の源流となり、周囲の木々の緑を映し出しているのです。

    一面の緑
 ただじっと眺めていると、水、木々、風、光、冷気が頭と心の深いところに染み入って、何か開放的な不思議な浄化作用を及ぼしてゆく、そんな気がしてきます。
 月並みな言葉ですが、自然の力、恵みを改めて実感したひと時でした。

   浅間山の見える風景
 浅間高原に向かいます。
雲と浅間 浅間
 今日の浅間山・・・噴煙を上げる浅間山。 煙と雲とが真っ白く青空に映えています。
 夏の収穫を待つキャベツの苗。

山つつじ3
 この時期ならではの山躑躅がそこここで今見ごろです。

6月の軽井沢散策をお届けしてみました。
明日からまた張り切って頑張ろうと思います。








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画室の佇まい ~奥村土牛美術館を訪ねて

 山梨県小淵沢と長野県小諸を結ぶローカル線、JR小海線に八千穂駅があります。

 週末、長野に所用があり、足を延ばしてふらりとこの八千穂村(現佐久穂町)を訪れてみました。
 お目当ては『奥村土牛(とぎゅう)記念美術館』です。

   秋の彩り
 信州の山は紅葉が日一日と色濃くなっています。
  風に立つ紅葉    紅葉
 強風に煽られるのでしょうか、風の流れに添って枝も傾(かし)いでいます。

 落葉松は、深緑の針葉が黄緑に色を変え始めたばかり、いつもなら今頃は金色に輝いているのに、今年の秋はゆっくりと訪れているのですね。
      浅間高原の秋
 落葉松に混ざってブナや椎の木などが、一足早く色付き始め、高原の秋は深まり、空は高く広がります。

風に揺れる薄(すすき)の原、そして、向こうに八ヶ岳の峰々が水墨画のように淡いシルエットを描きます。
ススキと八ヶ岳 ススキ

自撮り


 この日の私、自撮り写真です。
 
 芸術の秋、少し加工してみました



   奥村土牛記念美術館
晩年の土牛
 日本画壇の巨匠、平成二年に101歳の長寿を全うされるまで、大正・昭和・平成に渡って、秀逸な作品を生み出し、画壇に大きな影響を与え続けた奥村土牛(とぎゅう)画伯の記念館が佐久穂にあります。

 奥村画伯は、東京生まれなのですが、戦時中、家族と共に長野に疎開されていたことがあり、八千穂村との縁もこの時期に始まったようです。
 黒澤酒造の社屋が八千穂村に譲渡され、嘗てここの離れに疎開していた折、母屋の風情に自らの作品を展示する場所としての大きな魅力を感じていた奥村画伯が、多くの自作を寄贈されたために記念美術館として発足したのだと展示の系譜に記されていました。

 奥村土牛の作品は、生き生きと躍動的に自然の造形が描き出されているのに、素朴で奇をてらわない品格が感じられて、私は昔から大好きな画家なのです。
入場券

この美術館は、一度訪れたいと思っていたのですが、ようやく実現したのでした。
 
展示作品は素描が殆どで、『仔牛』『聖牛』など、土牛の名に因む牛のスケッチなども展示されていて目を惹かれました。
 
 記念館の方に、なぜ素描の展示ばかりなのかとお尋ねしてみたところ、画伯自身が、「素描を味わって貰うのにこの美術館は最もふさわしい」との思いから、素描を多数自薦されたからということでした。

 確かに清々しい漆喰の天井、欄間や床の間の精巧な細工、四方に廊下を巡らせた珍しい造り、ノスタルジックなシャンデリアなど、さっぱりとしていながらどことなくモダンで瀟洒な和洋折衷の趣が、他に類を見ない独特な風情を漂わせて、この美術館を印象付けていました。
 
   作品が生まれる部屋
 「画伯の画室」として、東京から移築された部屋の全景です。
仕事部屋
 嘗て、鴎外や直哉などの旧居を訪ね、再現されたその書斎の様子など、目にしたことがありましたが、そのいずれにも、傑作が生みだされる独自の空気、佇まいというものがあることを感じ、とても感激したことを思い出しました。

 文筆家や画家など芸術に携わっている人だけでなく、きっと普通の場合でも、そこに暮らす人の気配というか、暮らし方の匂いというものが、部屋には漂っているのでしょう。
 
 それでも、作品が生み出される誕生の場は、やはり特別の「産みの苦しみ」と「誕生の予感と喜び」に満ちた場であるのかしらとふと思いました。

 奥村画伯の画室は、その画風と同様に清楚で無駄がなく作品の魂が端座しているような趣を感じました。
絵具 
 絵の具の端然と置かれた美しさ。
 絵筆から漂う清らかな生気。
 一つの作品へと、「生れ出る時」をひたすら待っているかのような画布。
 画家の仕事を温める火鉢。
 大きな仕事机。
デッサン
 創作を促すこと以外の何一つも置かれていない静寂な画室。

 東山魁夷画伯の作品展にも同様に画室が再現されてあって、同じような静謐な空気を感じたのが思い出されました。

 それぞれの画伯の作風は異なりますが、でも対象を愛情深く見つめ、姿勢を正し、虚心になって絵筆を執る、そういう求道的な精神を支える聖域の佇まいなのでしょうか。

 心を強く動かされ、あまりにも長い時間、この画室の前にじっとしていたためか、記念館の方が声を掛けて下さり、この画室の写真をカメラに収めることも快諾してくださいました。

私にとっても、歌の詩を生み出すときは、やはり「産みの時」であるわけで、「産みの場」である我が書斎は・・・・私は機織り部屋と呼んでいるのですが・・・・どんな佇まいを呈しているのか、願わくば端正で静謐であってほしいけれど・・・・日々の心構えを猛省したのでした。

松と記念館   記念館の庭
 美術館の全景。
植木屋さんと来館者でしょうか、何やら熱心に庭木や建物の話に花を咲かせていました。

   酒蔵のある風景
 黒澤合名会社は、現在も黒澤酒造として大きく地酒の酒蔵を営んでいました。
黒澤酒造 佐久穂の街並み
酒の資料館などとして一般に公開していますが、記念館の一帯は昔ながらの蔵が立ち並びタイムスリップしたような懐かしい風情に溢れていました。
 
10月の半ば過ぎ、秋深まる信州の小さな旅の一コマをお届けしてみました。

 

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軽井沢・浅間高原花便り

 数日前、久しぶりに大好きな軽井沢を訪れました。
 京都から6時間半のドライブ、五月の薫風を受けながら、好きな音楽を聴き、ただ無心に車を走らせていると、心も軽やかになってゆきます。

 5月の信州はまさに春の到来、一斉に花々が咲き誇り、木々が芽吹き、山々を早緑(さみどり)色に染め上げ、命に満ちた美しい季節を感じさせてくれます。

 今年は暖冬だったためか、例年より多くの草木の芽吹きや開花が早く、日差しも殊の外眩しく感じられました。

 今日は、そんな休日のフォトレポート、撮ってきた花々や風景の写真をご紹介してみますね。
 ご一緒に、軽井沢と浅間高原の瑞々しい春の情景をお楽しみいただけたらと思います。

   <落葉松>
    からまつの林を過ぎて、
    からまつをしみじみと見き。
    からまつはさびしかりけり。
    たびゆくはさびしかりけり。

    からまつの林を出でて、
    からまつの林に入りぬ。
    からまつの林に入りて、
    また細く道はつづけり。

 白秋のこの『落葉松』の詩は、私には晩夏か初秋の頃の鬱蒼と深い落葉松林を思わせます。
落葉松の中の朝陽

 今の時期に見る芽吹きの落葉松は、もっと柔らかくて楽しげで。
 無垢な初々しさに満ちた情景です。
落葉松並木

 枯れ木色の冬を脱して、柔らかい芽が吹き出す素敵さに、陶然としながら車を走らせる、・・・道は真っ直ぐに続いてゆきます。

 光を浴びて聳え立つ落葉松。凛とした美しさを感じつつ。


   <石楠花(しゃくなげ)>
 例年はこの時期にはまだ硬い蕾なのですが、今年は季節に先駆けてこんなに鮮やかに開きました。
   シャクナゲ   シャクナゲと落葉松
 落葉松に寄り添うような石楠花。このコントラストは高原の春色です。

   <ミツバツツジとヤマツツジ> 
 どちらがどちらかお分かりになるでしょうか。
 ミツバツツジは小さく咲く紫ピンクの花、花が終わってから葉が出てきて、枝先に三枚の葉がつくことからこの名になったと聞きます。高原に自生し、この時期を可憐に飾る野趣に富んだツツジです。
三つ葉ツツジ ツツジと三つ葉ツツジ
 もう少し大きめの赤い花をつけたヤマツツジが混ざり合って咲き誇っていました。

   <スミレ 水仙 レンギョウ>
 道端に。
 それぞれにそれぞれの美しさが・・・。
スミレ 水仙 レンギョウ

   <芽吹き>
ヤマモミジの花
 気持ちが良いですね。
 青空に映えて。 
 山もみじにも赤い小さな花が咲いています。

   <桜と馬酔木>
 桜とアセビ



 5月に咲く桜と馬酔木(アセビ)。

やはり信州です。




   <浅間山>
 軽井沢から浅間高原に向かう道すがら、艶やかな黒土の畑の向こうに、わずかに雪渓を残した浅間山が、煙を吐きながら悠然と稜線を描いています。
       黒土の畑と浅間山

   <タンポポ>
 やがて路傍にタンポポ。
 懐かしい日本の風景です。
タンポポの原 あぜ道のタンポポ
一面のタンポポの原。 そして、畔道にもタンポポ。

   <二度上峠(にどあげとうげ)>
 浅間高原を展望する高台、二度上峠までドライブしてみました。
 「鼻曲山(はなまがりやま)」というユーモラスで、でもよくありそうな名前の山の稜線がくっきりと見えます。
二度上峠   峠の鳥居
 二度上げ峠の頂上に在る神社への道。鳥居に向かう急階段です。

 ひっそりと当たり前のように道祖神が風景の中に溶け込んでいました。

   <キャベツ畑>
 キャベツの苗
 夏は一面キャベツで埋め尽くされる嬬恋のキャベツ畑ですが、まだ苗のまま、整然と植えつけられて清々しい美しさを見せています。

 ここで育つ真夏のキャベツは美味しいはずですね。

   <朝の散歩>
 夜明け 落葉松林の中で。
せせらぎ

 道のほとりに流れる浅間山の雪解けのせせらぎは、驚くほど水流が早く囂々と力強い水音を立てていました。

 朝のしじまに音が冴えわたります。
 流れる水の音 遠くから落葉松林を渡ってくる風の音


 そして朝の光を眩しく受ける落葉松。

朝陽とカラマツ2 朝陽とカラマツ
 良い一日だと素直に思えて、それがジーンと沁みてくるような不思議な感動がありました。

 そんな5月の休日をお届けしてみました。



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夏の終わりに ~軽井沢の休日

    『風立ちぬ』
 夏の終わり、今年も束の間の休日を、軽井沢で過ごしています。

 軽井沢は多くの文学者たちにゆかりの深い地でもあります。
 芥川龍之介、有島武郎、川端康成、室生犀星、堀辰雄、立原道造、・・・・ロマンチックな作品が落葉松の木立を背景とする自然の中で生み出されていますが、そんな世界に心を留めることも、私にとって、この地を訪れる楽しみの一つになっているのかもしれません。

 さて、『風立ちぬ』というと、数年前のジブリのアニメ映画を思い浮かべる方のほうが圧倒的に多いのではと思います。
でも、あらすじに下敷きとなっている部分はあるものの、原典である小説『風立ちぬ』は全く別の純文学で、昭和12年に発表された堀辰雄の古典的名作です。

   風立ちぬ いざ生きめやも

 ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓場』の一節、
   Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
 というフレーズからこの「風立ちぬ」というタイトルは採られていて、「風が立った さあ生きることを試みねばならない」というような意味なのです。

 作者堀辰雄自身に起こった悲恋の顛末を忠実に描いている作品で、語り手の『私』は彼、そして主人公の『節子』は、実際に彼の婚約者だった女性をモデルにしています。

 晩夏の軽井沢で若き二人は出会い、純愛を育んでゆくのですが、彼女は当時死病であった重い肺結核を患っており、富士見高原のサナトリウムで闘病生活を送ることになります。
 その彼女と婚約して、彼女の命を共に生きることを決意し、付き添って彼も療養所で看護の日々を過ごすのでした。

 死の影と対峙しながら、限りある「生」を刻んでゆく時間が、美しい自然、刻々と移り変わる季節の流れの中で、静謐に鮮やかに描かれていて、作品全体が上質な一篇の詩を読むように心に染み入ってきます。

 「風」は二人の出会いの場面において、運命の幕開けを告げるように一陣吹き抜け、そして彼女亡き後、邂逅の地である軽井沢に彼が戻った時、荒涼とした冬の木立に落ち葉を舞い上がらせます。

 「風が立つ」とは、人生が何かによって大きく揺り動かされてゆくときの前兆や予感であるのでしょうか。
 人の世の有限な全てのものを超越し、翻弄されず、永遠に生きようとする愛が意志的に描かれてゆく美しい小説です。


   高原の朝 ~風 霧 草花
 早朝の風景をレンズに収めてみました。

軽井沢の朝は、霧に覆われていました。
霧の朝 霧の朝2
 向こうが見えないくらいの霧に包まれる幻想的な朝明けです。
 霧を運ぶ風が、木立を冷たく静かに吹き抜けてゆきます。

 今年の猛暑は、高原といえども例外ではなかったのですが、それでも朝晩は急に気温が下がり肌寒いほどです。
 晴天かと思うと突然雷雨に見舞われたり、朝夕、深い霧が立ち込めたり、気温の落差が大きくなっている分、そういう気象の振り幅も半端ではないのでしょうね。

霧に濡れた苔の上に木漏れ日が射します。
霧に濡れた苔 桂の木
 昨晩の雨を受けた桂の木々。ハートの葉が可愛いですね。

萩の花

 萩の花も咲き始めています。
 霧と光と冷気に良く映えます。

白アジサイ

 陽が射してきて。
 立秋を過ぎてまだ瑞々しく咲いている白紫陽花の花々。

 風の音を聞きながらの、何があるわけでもない早朝の散歩は日常を忘れる贅沢な時間でした。

   高原の空 ~風 雲 光
 くっきりと晴れ渡った空、少しだけ遠出をしたくなって志賀高原までドライブしてみました。

 軽井沢から2時間弱、ひたすら山を上ります。
 山の景色がだんだんと変わって行きます。
高原の落葉松
 「風衝形」というのでしたっけ、高山地帯など風を強く受ける場所で、それに適応して生育してゆくために、本来の樹形が変化して低く変形したものですが、まさにこの辺りの樹木は皆、身を屈めて風に向かっているようです。
 耐えきれなくなったのでしょうか。立ち枯れの木々も見えます。

見晴らし台で車を止めてみました。
「日本国道最高地点 標高2172m」とありました。
  最高地点     撮影風景
 そして、何やら撮影をしている様子。
 「中之条町」と車体に記されているワゴン車(公用車なのでしょうね)が傍に止まっていて、何人かのスタッフの方たちが打ち合わせの真っ最中のようでした。
 町の広報誌か、観光用ポスター、あるいはコマーシャルビデオでも撮影していたのかもしれません。バイクを操っているのは、出演者(モデル?)のようです。

 山肌を心地よく吹き抜ける爽風。
 流れる雲。
流れる雲
 真っ青で高く澄み切った光る空も、一足早い高原の秋です。

 ドライブを堪能して、奥志賀高原のお洒落なホテルに立ち寄り一休み、チーズスフレにブルーベリージャムが添えられたデザートを頂きました。
ホテルの庭 チーズスフレ

 新鮮な牛乳で作られたチーズとブルーベリーは、この季節ならではの高原の幸です。

   おまけのお話 マイ・バースディー
 そして8月21日はマイ・バースディー。
 いつも勝手に自己申告して恐縮なのですが、今年も無事に迎えることのできた誕生日です。

 友人から届いた「Bon anniversaire!」のお祝いメールも嬉しく心に染みます。  
 恙なく新しい夏が繰り返されてゆく幸せをしみじみと思いました。

 『風立ちぬ』ではありませんが、色々な風が人生には吹き抜け、でもその中で幾つもの「一期一会」がもたらされて、自分だけの時間が作られてゆくのですね。

 そうであることをいつも<幸せ>と思っていたいと願う今年の誕生日でした。
バースデイケーキ

ケーキに添えられたHappy Birthdayの文字。

今年は、知人たちがこんなお祝いをしてくれました。





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東京駅丸の内駅舎を巡る

 仕事その他諸々あり、相変わらず京都と東京の往復を続けている私、馴染みの東京駅なのですが、昨年、開業100周年を迎え、駅舎の歴史など耳にする機会も増えて、新たに復原された駅舎の事や、構内の構造などに改めて興味を惹かれていました。

 先日ふと「東京駅丸の内駅舎見学と東京ステーションホテルスペシャルランチツアー」というのを見つけて、ちょうど半日時間が空いていたこともあり、思い立ってこれに申し込んでみました。友人のMさんと二人で参加です。

 誰でも知っていそうな東京駅ですが、今日は、写真と共にこのツアーのご紹介を致しますね。

   中央口から南口へ
 旅行会社が企画しているツアー、朝10時30分丸の内中央口集合で、14名が1グループで、複数グループが集まっていました。

 ガイドさんは年配の女性、熱心で心のこもった説明で、<制約のある観光は好きではない>と、これまでツアー旅行やツアーガイドも敬遠して、個人旅行を貫いてきた私ですが、<専門家ならではの見識というものもあり、特にこういう歴史に関わることは聞いてこそ!>と認識を新たにしたのでした。

 すぐ改札の中に案内されるものと思っていたのに、なぜか外に出て南口方向へ・・・。

 考えてみれば、列車が行き交い、乗降客でごった返しているホームの中で、悠長にガイドなどすることは不可能でしょうし、第一、駅の心臓部を一般のツアー客に無防備に公開してしまうことは、安全の意味からも極めてリスクが高く、当然のことでした。
 危機管理もクリアした上で、いつか、JR主催の東京駅マル秘ツアーみたいな企画が実現したら面白いですね。
 JRが提供している「丸の内駅舎保存復原見学マップ」というものを見つけました。ご興味のある方はこれを携え、ご自身で駅を探索してみてください。
     ↓
http://www.jreast.co.jp/tokyostation/pdf/tokyostation_map.pdf

 (細かいことですが。「復元」ではなく「復原」という文字を使っていることに目が留まりました。建築の領域においては、復元とは失われて消えてしまったものを、かつての姿どおりに新たに作ることをいい、復原とは始めの姿が改造されたり、変化してしまった現状を元の姿に戻すことをいうのだそうです。ですから、東京駅の場合は下記の経緯からして「復原」が正しいことになります。)

 ではその、東京駅復原に至るまでの流れなのですが。

 現在の東京駅は2012年10月1日に、 丸の内駅舎(含 南北のド-ム、 ドーム天井のレリーフ等)が開業当時(大正3年)の姿に復原されました。

 開業時の駅舎は、日本銀行本店などを設計した建築家、辰野金吾氏の手によるもので、<日本の中央駅>としての威信をかけ建設されました。ステーションホテルも翌年併設されていますので、これもまた<「日本のホテル」ここにあり>の矜持、並々ならぬものだったことでしょう。
 ところが、1945年、戦災により南北のドームや屋根などを焼失してしまい、戦後、2階建て駅舎に改修して長く使っていました。  
 それを開業当時の形を蘇らせるべく、本格的復原工事が2007年に着工され、5年の歳月をかけて、開業当時の形を再現したというわけです。

 2時間のツアーの中で、工事における様々な困難や工夫など詳細な説明があり大変興味深かったのですが、全てをここでご紹介しきれないのが残念です
東京駅ツアーの開始
 
 お話をツアーのご紹介に戻しますね。

写真左は北口ドーム、そして中央口、中央貴賓口、手前右に南口ドーム、と続きます。



 中央貴賓口です。皇室の方をお迎えする時以外は使用されません。
 皇居から真直ぐに御幸通りが続き、皇室の方が駅に向かわれる時にはその信号が全て青になるとのことでした。
   貴賓口     駅長室入口
 そしてすぐ右手に駅長室への入り口があります。ここも勿論一般には入ることはできません。
 駅長室は丸の内駅舎の中央に位置して、各路線のゼロ基点になっているのだそうです。
東京駅の変遷

 南口構内に入ります。

 東京駅の変遷が時代を追って写真パネルで展示されていたのですが、小学校2~3年位の男の子が、この前で熱心にメモを取っていたのが、とても可愛く思われました。
 
そして大正10年に原敬首相が暴漢によって刺殺されたという場所がこんなボードで示されており、倒れたまさにその場所にこんな印が。
原首相暗殺の場所 暗殺の場所
 数えきれないほどこの場所は通っていたのに、このようなモニュメントが残っていることに意外と気付かないものなのですね。
見上げる風景
 見上げる風景。

 各階は吹き抜けで、回廊がぐるりとドームを囲んでいます。
 そして回廊に向かって東京ステーションホテルの客室の窓が開かれています。
八角形のドーム
 八角形のドーム天井には、稲穂を掴んで、大きく羽を広げた鷲のレリーフがそれぞれの角に復原され飾られています。
 拡げた羽の大きさは2.1mもあるということで、「鷲が稲穂を持って飛来し、そこから日本の稲作は始まったとする伝説」に起因するもので、設計者の辰野金吾氏は<瑞穂の国の表玄関としての象徴>にこのモチーフを選んだのでしょうか。  東京駅はやはりすごいです。

   東京駅を臨む風景
 東京駅の全景を観賞しようと南口を出て少し歩きます。
 右手に東京郵便局、そびえ立つビルに他のビルの影が映って・・・都会の美ですね。
ビルに写るビル KITTE入口 郵便局の中
 通称KITTEと呼ばれていますが、その入り口です。中は人でいっぱい。

 途中、TOKYO SKY BUSの姿がありました。一日乗車券を購入すれば、自由に何度でも乗り降りできます。
SKYバス 並木道
 新丸ビルに向かう並木道をそぞろ歩き。
 青々とした木立が眩しく光って、東京もまさに皐月只中でした。

 新丸ビルからの眺望。駅周辺の全貌が見えています。
 車はミニチュア、駅舎は精密に作られた模型の様です。
  新丸ビルからの眺望   皇居
 振り返ると、真直ぐ奥に皇居が見えました。

   東京ステーションホテル
 ここでガイドさんが交代。
駅を行き交う人
 北口側からホテルに入り、今度はホテルの方がホテル内をガイドしてくれます。
 北側の窓から駅舎側を眺めます。先ほどの南ドームと対になっていることがよくわかります。
 部屋の中から見上げる天井。見下ろせば美しい意匠の床、駅構内を行き交う人々。

 このツアーの目玉には、4階にあるロイヤルスイートルームの見学が含まれています。
 ホテル全体が、落ち着いた色調とインテリアで、草創期のホテルとしての誇りを保ちつつ、落ち着いて滞在できる雰囲気を醸し出していたのですけれど、でもこのお部屋は別格、一泊80万円だそうで、100㎡以上とのこと。
 リビングルーム、そしてベッドルーム、クローゼット、バスルームに至るまで、さすがにすべてが広々とした素敵な空間でした。
スイートルーム ベッドルーム 御幸通り
 窓から見る風景。真直ぐ正面が御幸通りで、その先は皇居に直結です。

 さて、そうしてランチタイム。
ガトーショコラ
 Mさんと二人、感想を話しながら、美味しいお食事を満喫しました。
 最後のデザートに「ガトーショコラ 駅舎風」が供せられました。
 赤レンガの駅舎を摸して、お洒落です。
 「100 th Anniversary TOKYO STATION」とありました。

 忙中閑有り。
 歴史の中に刻まれた近代日本草創期の気概と、その文化を未来に継承してゆこうとする現代の気概とを感じつつ、日常と離れた贅沢なひと時を過ごすことが出来た休日でした。



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落葉松の芽吹きの中を行く

 GWも今日で終わり、楽しくお過ごしでしたか。

 薫風香る五月、私はただ自宅に籠り、山積みのデスクワークを黙々とこなしていたのですが、それも一段落した後半、自分へのご褒美に、思い立って軽井沢に行ってきました。

 落葉松が大好きで、四季が織りなすその風情に心魅かれ、遠路なのですが、折に触れ足を運びます。

 春は格別。

 芽吹きを間近にして枯れ枝が樹液を巡らせるように色を変え始める頃、そして一気に柔らかい淡緑色の芽を吹き始める頃、一旦芽を吹き始めると、倍速ビデオで見るように、葉が開いてゆく様子など、生命が瑞々しく躍動するこの季節には眩しいような感動があります。

 京都から軽井沢まで、空いていれば車で6~7時間、3度の休憩を挟んで、一気に走り抜けます。
 連休の合間を縫ったスケジュールで、渋滞情報どこ吹く風、今回も行き帰り嘘のようにスムースでした。

 歩くのは一番好きですが、ドライブは二番目に好き。
 そしてBGMは自分の歌う歌。
 好い気なものですが、私には何よりのリラックスタイムでもあります。
 そしてこういうことになるとなぜかいつも、動物的勘が働くらしく、幸せなことに、これまで渋滞に巻き込まれた経験は殆どないのです。

 今年は一か月位季節が早いようで、いつもなら、まだようやく芽吹きで、桜と辛夷(こぶし)が一緒に咲き始める時なのに、落葉松はもう既に青々とした木立になって光を受けていましたし、桜は葉桜に近く、びっくりしました。

 そんな信州の春を、撮ってきた写真でご紹介してみますね。

   落葉松と青空
カラマツの続く道
 
 軽井沢に入ると、落葉松の道。

 もうこんなに青々としています。




百聞は一見。
青空に映えて本当に美しいです。
青空とカラマツ2    青空とカラマツ
聳(そび)え立つ風情が凛々しく、孤高で、そして優しくもあります。

    春の花々
 桜、雪ヤナギ、ヤマボウシ、ミツバ躑躅、水仙、石楠花(しゃくなげ)。
 春の花の競演です。
桜と雪柳 ミツバツツジ 水仙

   キャベツ畑の春
 今回も嬬恋村のキャベツ畑に足を伸ばしてみました。
 キャベツの植え付けも心なしか早いようです。
 GWはいつもひっそりとしているのに、今年は人が大勢出て忙しそうに立ち働いていました。
浅間山とキャベツ畑 あぜ道のタンポポ
 真夏は、大きなキャベツが収穫を待っていますが、今は、最初の植え付けが終わったところです。

 良く耕された黒土と、キャベツの芽、そしてタンポポが三層をなして春の田園風景を作り上げています。裏浅間とそれを囲む山並みに少しだけ雪渓が残ってキラキラと反射しています。
キャベツ畑とこいのぼり
 鯉のぼりが風にはためいて。
 都会では見られなくなった懐かしい日本の風景ですね。
 大きな鯉たちが悠然と風になびいています。

 「空を泳ぐ」という表現が自然に浮かんできます。

   軽井沢のランチ
 こうやって遠出をしてくると、美味しいものが食べたくなりますし、そして軽井沢にはフレンチレストランが良く似合う気がします。

 長年の間に、何軒かお気に入りのお店が出来、今回はその中の一軒に予約を入れておきました。
 私、一人でお食事を頂くことは平気で、ウエイターさんと会話を楽しんだりするのですが、この日は久しぶりで会う女友達と待ち合わせて、ご一緒しました。
緑に囲まれた美しい前庭。建物も瀟洒でとてもお洒落です。
木陰のレストラン ボンジュールのカード
 ボンジュールのカード。
 若草色に統一されていて素敵ですね。
 心尽くしのお料理も本当に美味しいのです。
 ゆっくりと友人との再会を楽しんで、話に花が咲いたのでした。

   朝陽の中で
 一日過ぎて、早朝の散歩。
 朝陽を斜めに受けて、木々の影が長く引いている光景に心を惹かれました。
 これは、まだ若木の白樺の梢を映しています。
朝陽の作る影

 こんな写真を撮ってみました。
 ノッポの足長さんは、朝陽を背にした私です。
 ちょっと詩的な写真かしらと自画自賛してご紹介してみました。
 如何ですか。

 束の間の信州での休日、季節を沢山体に満たしてきました。
 明日から東京で一仕事ですが、リフレッシュして頑張りたいと思います。

 五月は気持ちの良い季節、素敵な一か月になると良いですね。





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晩秋の落葉松 ~千住博美術館~

 はっと気が付いたら、前回から10日余りの空白、申し訳ありません。

 ・・・・コンサートの準備が始まった途端、身辺が慌ただしくなり、あちこち走り回っておりました。
 今一番肝腎なことは、何より、歌い込みのはずなのですが、私の場合はいつも、その他の雑務から固めていく本末転倒タイプなので、一番美味しいものは最後に残して、いざ好物を前にした頃には、お腹が一杯になっていたりします。

 ・・・突然真夜中にむっくり起き上がって訳詞などもしていました。
 コンサートの曲とは違うものばかり、それがなぜか妙にはかどります・・・。

 その上、秋のブタクサアレルギーか鼻風邪かよくわからない不快状態まで加わって、最近まで「アレルギーなんて!」と豪語していた私は、今や最先端の現代人です。
 (『ブタクサ』って、可哀相な名前ですよね。 Ragweed。 ragは「ぼろきれ・いやしい人間」、weedは「雑草」の意味で、これをだれが『ブタクサ』と命名したのでしょう。ちなみに、『セイタカアワダチソウ』の別名と信じている人が多いですが、これは間違いのようです)

 更に故あって、この数日間、京都と東京と長野をガラガラとキャリーバックを引きずりながら、行ったり来たりさすらっておりました。

 おまけですが・・・・・、実家の近所で、京都にまで大々的に報道されるような殺人事件が起こりました。
 新聞や週刊誌やテレビの報道記者の取材、更には刑事さんたちも聞き込み来たりして、普段は閑静な住宅地が大騒動になっていたらしいのです。この数日、母から頻繁に速報電話が高揚した口調でかかってきております。

 そんなこんなの言い訳ですが、その合間を縫って、今年も晩秋の軽井沢に足を延ばしてきました。

   枯葉の季節
 四季折々の落葉松に心魅かれ、時折訪れてしまいます。
 この日は、午後から曇天に変わり、霧雨が降り始めたのですが、午前中、着いた頃はまだこんなに青空で、浅間山がくっきりと映えていました。
白樺と浅間  霧に煙る木々
気温は5℃。清澄な冷気の中で、思わず身を正します。
名残りの落葉松
 くすんだ枯葉色の風景。 
 落葉松のキラキラとした黄金色の輝きも今は盛りを過ぎて、名残の針の葉が薄い日差しを受けて弱く光っていました。

 ゲンズブールのヒット曲の中に、<la chanson de Prevert>(プレヴェールのシャンソン>という曲があります。『枯葉に寄せて』という邦題が付いて、日本でも人気の高い曲なのですが、プレヴェールのシャンソンといえば、<les feuilles mortes>、『枯葉』のことで、「この季節になると、僕は、君がよく口ずさんでいた『枯葉』を懐かしく思い出すんだ」・・・・という、今は戻らぬ恋を回想するしみじみとした内容になっています。

 
漂う枯葉の匂い
 舞い散る落ち葉、道を埋め尽くす枯葉、踏みしめる乾いた音、漂う枯葉の匂いの中で、この曲の旋律が聴こえてくる気がしました。
 
 話が脱線しますが。
 そういえば、この<les feuilles mortes>、<mortes>は「死」のことですから、「枯葉」は、フランス人には「死んだ葉」なのですね。
 上手に説明できないのですが、『枯葉』という言葉には、衰え移りゆく「生」を慈しみながら眺めるようなかすかな感覚を感じて、単に<mortes>とは違うのでは、などと思ってしまいました。


 冬薔薇(ふゆそうび)
 夏に立ち寄った「レイク・ガーデン」の近くを通ってみました。
冬薔薇1  冬薔薇2
 茶色い枯れ枝にほっそりと再び咲く薔薇の花が、鮮やかな季節とは違った不思議な美しさを感じさせていました。
 晩秋、そして初冬のこの季節ならではの枯れた中の楚々とした風情です。

   軽井沢千住博美術館
 鳥瞰図・・・この不思議な形の建物が「軽井沢千住博美術館」です。
 昨年の10月に開館して以来、是非一度訪れてみたいと思っていたのです。

軽井沢千住博美術館  カラーリーフガーデン
玄関までのアプローチは、「カラーリーフガーデン」と名付けられて、様々な色の樹木や多年草が植栽されていて、森の小径を散策するように、いつの間にか美術館に導かれます。

美術館の内部。
吹き抜けのある美術館内部(絵葉書より)
 緩やかな斜面に建てられて、土地の起伏を生かして、美術館内部のフロアもそのまま傾斜しているという意表を突くデザインなのですが、それが、外と繋がる吹き抜け空間の眺望と調和して、非常に解放感がある素敵な建物です。
 世界的建築家の西沢立衛氏の設計による美術館で、この建物にまず驚かされます。

 そして千住博氏は50代半ばの若さでありながら、京都造形芸術大学の学長、日本画家として既に世界的名声を得ている方です。詳細については
美術館のHPをご覧いただけたらと思います。

 斬新で素敵な作品に心を奪われましたが、その中から二つご紹介しようかと。
崖(クリフ) #11 (千住博・絵葉書より) 
一つは「クリフ」(崖)と名付けられた作品群。
 千住氏自身が書かれた説明の中から抜粋してみます。

 岩で岩を描く。日本画は崖を描くのに最もふさわしいと思います。なにしろ絵具自体が岩なのですから。揉(も)み紙という伝統的な手法を使い、画面を揉んで山や谷を作り、そこに絵具を流し込みました。山で山を描き、谷で谷を描く。自然の側に身を置く発想なのです。


もう一つは「星のふる夜に」と名付けられた16枚の絵からなる絵本。
こちらも説明の抜粋をしてみます。

  星のふる夜に#4 (千住博・絵葉書より)    星のふる夜に #15(千住博・絵葉書より)
 絵巻物を、現代的な形で再現できないか、と考え続けていました。
 そして、日本に決定的に足りないイマジネーションを育む絵本を考えました。ストーリーがなく、絵だけで構成されている絵本です。絵本は人類史上最高のメディアのひとつだと感じました。

 バンビが主人公で、星のきれいな或る夜、森の中から街に散歩して、やがて道に迷いながらも夜が明ける頃、再び、仲間たちが待つ森に戻ってくるというストーリーが楽しく連想できます。
 東山魁夷画伯の白い馬のシリーズを彷彿とさせますが、東山画伯が哲学的な心象風景として馬を描いているのに対し、このバンビはあくまでも絵本の主人公としての個性を持って生かされている気がしました。

 千住氏の自由闊達な<創造の世界>の楽しさと力に大いに刺激を受けた、11月、信州の小旅行でした。


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無事是名馬なり

 8月21日。
 もう一年が経ったのですね。


 昨年、八月生まれという記事で自分のバースディーの事を書かせていただきましたが、ブログを書き始めるようになって、刻々と進んでゆく月日を改めて意識するようになりました。
 時間の経つのは本当に早いですが、その中で、人との、出来事との、様々な出会いがあり、ささやかでも確実に時間が積み重なっていくのを感じます。
 
 でも、こうして、ゆっくりのんびり感慨に浸りながら、そんなことを呟くことが出来るのは、平和で幸せな証しですよね。

 今朝一番でメールが届きました。そしてバースディーカードも。
 毎年、「お誕生日おめでとう!」と、言葉をかけてくれる優しい友がいて、何ともいえず温かい気持ちになれて、今年もこれから一年、良い年だったといえるよう頑張りたいなと思える・・・・とても嬉しいです。有難う!

   「無事是(これ)名馬なり」
 昔はこの言葉は、それほどピンとこなかったのですが。

 確か小説家の菊池寛氏が『無事是貴人』をもじって作った造語だったかと。
 競馬好きの彼が「競走馬にとって最も重要なのは、多少能力的に劣っていたとしても、確実に怪我がなく無事に走り通すことが出来、長きに渡り第一線で活躍できることなのだ」という意味で使ったことに始まったかと記憶しています。
 人口に膾炙(かいしゃ)されて、今は色々なニュアンスが加わってきていますね。
 一般的には「健康で平穏な日々を恙無く過ごせることは実はとても大きな恵みなのだ」ということでしょうか。
 確かに、自然災害に見舞われたり、病や事故の苦しみなど、大変な状況を突然負うことになった多くの方々の辛苦をみるにつけ、しみじみと今普通の生活を繰り返してゆける幸せを思わざるを得ません。

 また、「一寸先は・・・」ではありませんが、誰しも来るべき未来は見えないわけですけど、でも、<自分が出来る範囲で、心身を健全に保つよう節制し、避けられる愚かしいリスクは賢明に回避し、いつでも何にでも対応できるベストな状態に、常に自分を持ってゆくことが肝要だ・・・>と教えている言葉でもあるのでしょう。

 けれど、『無事是貴人』という元々の言葉は、臨済宗の法語からきていて、「無事」とはただ<何事もなく>ということではなくて<平常心>という意味合いで使われているようです。
 「あらゆる事柄を、当たり前に受け止めて、自然に為すこと」、「いかなる境遇に置かれようとも、見るがまま、聞くがまま、あるがままに受け入れ、すべてを粛々と何気なく処置して行くこと」が、『無事是貴人』の原義なのでしょう。

 ウ~~ン!私にはなかなか。
 ・・・憧れますが、辿りつき難い遠い遠い境地です。

 私は、子供の頃から、「精神一到 何事かならざらん」「なせばなる」派で、今に至っても、何でもハチマキをしてがむしゃらに突進するのが、大好きなのですが、でも、実は、こういう人間には落とし穴も多くて、人生はあくまでも短期決戦ではなく、最後に確実に何が実りとなったかが大切なのでしょうから、そうなると、やはりこれは克服すべき弱点でもあると最近痛感している次第です。

 そうは言っても、持って生まれた性分はきっと簡単には変えられないのでしょうけど、でも、必死になり過ぎて我を忘れないよう自戒し、ゆとりを持って、もたらされるものを静かに享受しながら、尚、歩みを止めず努力を続けてゆけたらと思っています。

 今年の誕生日のかなり偉そうな決意表明でした。
 あ~~あ!!
 こんなことを言ってしまって、良いのだろうか?

 来年のブログには何と書くことになるのやら・・・・恐ろしくもあり少しだけ楽しみでも・・・です。


 「私の周囲には、同じ誕生日8月21日生まれの人が不思議なことにとても多いのです」と昨年の記事に記したかと思います。
 実は、今年は、びっくりするほど、友人・知人・親類の女性たちの間で出産ラッシュで、21日に限りなく近い予定日の方々も何人か、・・・・ひょっとすると、・・・・ですよね。 8月21日同盟が今日まさに今も・・・更に広がるかもしれません。もし予想が的中しておめでたい情報が入りましたら、すぐに号外を出したいと思います。
(すご~い! 早速号外です!! ・・・この文章を書いているまさに今、その中の一人、友人のMさんからメールが入りました!!
 昨日20日に無事男の子が誕生したという第一報です。良かった!良かった!!おめでとう!!21日同盟には入り損ねたけど?!健やかに幸せに育ってね。)

   レイクガーデン ~晩夏の花々の中で~
 今日は、再び長野に。
 所用の前、南軽井沢のレイクガーデンに立ち寄ってみました。
 割と最近、仲良しの友だちと訪れて以来、すっかり気に入ってしまって、一人バースディーの今日、もう一度と、ふと思ったのでした。

 軽井沢駅から車で南へ15分位、レイクニュータウン内にある「水辺のガーデンリゾート」と銘打った回遊式庭園で、人工湖を巡る5つのガーデンエリアに分かれており、400種4500株という薔薇が中心なのですが、季節の宿根草、高原の草花が清々しく咲き乱れていて、借景となる浅間山や遠くの峰々に気持ち良く溶け込んで心を開放してくれます。
Lake Garden 入口 日頃、イングリッシュガーデンに期待して出掛けて行っても、造られ過ぎていたり、余りにもこじんまりとし過ぎていたりして、がっかりすることも多いのですが、ここは、自然を損なわず、華やかなイングリッシュローズ、オールドローズも、周囲の自然に彩りを添えていて素敵です。観光地軽井沢にあって、とても閑静な<穴場>ですので、お薦めです。
 レイクガーデンの入り口。クレマチスと蔓薔薇が青空に映えます。

 イングリッシュローズ ツルバラのアーチ
 イングリッシュローズ。蔓薔薇のアーチをくぐって散歩道を。

 アサザの群落2 アサザの群落1
 浅間山を背景に、「アサザ」という名の水草の群生です。環境省の絶滅危惧種にリストされています。アップの写真も。黄色の可憐な花をつけています。

水辺の萩
   水辺に咲く萩の花。

 白アジサイと桔梗 ツルバラの実
  白紫陽花と桔梗。 野ばらの実も赤く色づいてもう秋が近づいています。

黒ユリとベンチ
  
  誰も居ないベンチに黒ユリが咲いています。

  爽やかな涼風が、心の中に吹き抜けた楽しいひと時でした。







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「百有十歳にしては」~小布施 北斎散歩2

 昨日の記事「百有十歳にしては~小布施 北斎散歩1」の続きです。
 では早速!


   「百有十歳にしては」
 クイズ正解率は如何でしたか?
緑陰の北斎館
 外側から垣間見ると、相当な奇人変人の類のようですが、その画業についてはまさに天才そのもので、時代を超越して自由自在に芸術の世界に遊び、ジャンルを超えて傑作を生み出していったことが良く理解できます。

 何回作品を見てもその度毎に気づかされる感動がありますし、何よりも北斎自身が、森羅万象を喜びを持った目で見詰め、面白がり、その本質を描き出そうとする尽きることのない創造性に満たされていることが感じられます。小布施を彼が訪れたのは83歳の時ですが、ここでの作品も若々しい青年のような気迫と筆勢に溢れていて、圧倒されます。

今回改めて心に迫って来た言葉がありますので、下に引用してみますね。
彼が75歳の時に発表した絵本『冨嶽百景』の文章の抜粋です。(その下は口語訳です)

 己六才より物の形状を写の癖ありて 
 半百の此より数々画図を顕すといえども
 七十年前画く所は実に取るに足ものなし
 七十三才にして稍 禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり
 故に八十才にしては益々進み
 九十才にして猶其奥意を極め
 一百歳にして正に神妙ならん与欠 
 百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん
 願くば長寿の君子予言の妄ならざるを見たまふべし


 私は6歳の頃から物の形を写生する癖があり
 50歳の頃から数々の画図を発表してきたが
 70歳以前に描いたものは実に取るに足りないものだった
 73歳で鳥獣虫魚 草木の何たるかをようやく悟ることが出来た
 であるから、80歳になれば益々向上し
 90歳になれば更にその奥意を極めて
 100歳で神妙の域に至るのではないか
 110歳になれば一点一格が生きているようになることだろう
 願わくは長寿を司る神よ 私のこの言葉が偽りでないことを見ていて下さい。

富士越龍図の一部(葛飾北斎筆)
 凄いですね。
 繰り返しますが、人生50年の時代です。こんな人がいたのですね。
 北斎は、いつも今ではないもっと先の優れたもの、美しいものを見続けていたのでしょうか?

 絶筆と称される、富士山を越えて龍が昇天する『富士越龍図』という絵がありますが、この龍は北斎自身の理想の姿だったのかもしれません。
そういえば、今年は辰年。この龍の姿が心に焼き付いてゆく気がしました。
110歳か!!
単純な私は「よ~~し!!」などと限りなくその気になっています。

 西瓜と包丁(葛飾北斎筆)
 晩年の北斎の肉筆画は、西洋画のような大胆でモダンな構図や意表を突く鮮やかな色彩、命が迸るような躍動感が感じられ圧巻なのですが、そんな中で『西瓜と包丁』と名付けられたこんな優しげな絵にも目を惹かれました。
美味しそう!!切りたての西瓜の瑞々しさが伝わってきます。
薄い和紙が美しく西瓜を覆っていて、何とも言えない風情がありますよね。

 帰路。
 北斎から元気を貰って記念館を後にすると、小布施の郊外、沿道に林檎畑と葡萄棚が続いているのが目に入ってきました。
まだ青いリンゴ 袋かけされたブドウ
 硬くて酸っぱそうな青林檎も、夏の色。
 葡萄も一房ずつ美味しくと、丹精込められて、実りの時を待っています。
 抜ける青空の下、北斎を訪ねた信州の夏の爽やかな一日でした。


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