新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

* 美味探訪 ~朝はGOPANの香り~ 序章

 4月27日、昨日は待望の再開の日でしたね!
 ・・・・すぐピンと来た人、手を挙げて
   
  GOPAN(ゴパン)の予約受付再開初日です
 昨年、秋頃、ほんのしばらくの間だけ江角マキコさんのコマーシャルが流れていたのを覚えていますか? いつの間にかすっと消えちゃいましたね。
 実は、あれには深い理由があるのです。


 ?・・?・・?・・・という方もいらっしゃることと思いますので、ではまず、GOPANとは何かということから。
 
 GOPANは、三洋電機から発売になったホームライスブレッドクッカー・・つまり、家庭用米パン製造機のことです。


 こういう時代ですので、パンを手作りされる方も結構多いのかもしれませんね。
 キッチンに立ち、ひたすらパン生地をこねている姿って、何だかプロぽっくて、カッコ良いなとは思いますが、残念ながら私は未だ挑戦したことはありません。(きっとこれからも出来ずに終わる予感がします。)
 もっとも、そこまでがんばらなくても、結構優れたホームベーカリー(家庭用パン製造機)が今は売り出されていますので、割と簡単に手作りパンを楽しむことはできそうです。
 ちなみに私の友人で、この手の機械を持っている人は、10人中6人位と結構大勢いるのですが、それをしまい込まないでなんとか使っている人はその半数くらい、持続的に日々愛用している人は更に減少し、全体の2割くらいというところでしょうか?

 そのホームベーカリですが、最近は、従来の小麦粉パンと、米粉パンの両方を作ることができるものが出回ってきているようです。
 パン屋さんに行っても、もっちりパンとか、お米パンとか、お米から作った色々なバリエーションのパンが随分並んでいるのは、お米はヘルシーという感じもあり、或いは主には、小麦アレルギーの方が増えていることの需要に応えているためかもしれませんね。


  さて、ここで登場するのが、<米粉>ではなく<米粒>からパンが作れるGOPANです。
 
 
 「どこの家庭にもある<米粒>のまま材料に使えるのは世界初。米粒を入れると、こね作業や焼き上げまで自動で行う仕組みで、開発に5年をかけた」
 というのがメーカーの売り文句なのですが、まあ、どこの家庭にも米粒があるのは日本ぐらいでしょうから、世界初といってもねえ・・・とは思いますが、でもよく調べてみるとなかなか画期的な発明のようなのです。


 まずは、もうすでに米パン製造機は一般に販売されているのに、なぜ今敢えてGOPANが人気なのかという点の推測から始めてみましょう。

 * 米粉は小麦粉よりは手に入りにくいし、わざわざ米粉を探して買いに行くのはなんとなく面倒かも・・・・それに<お米>そのものに比べて、<米粉>は製粉してある分、結構値段が高いということが一番でしょう。
 * 更に言えば、自分の好きなブランドのお米を選べる?!とか、材料から自分の目で確かめて作れるという点もなんとなく嬉しく安心感があるためかもしれません。
 * 簡単にいえば、家のお米をといで機械に放り込みスイッチを押せば、パンになって出てくるというわかり易さでしょうか。
 
 開発に5年・・・だそうですが、全自動の中で、米を砕いて米粉にするという工程が一番難関だったようです。
 米粒は固くてそのままでは細かい米粉に出来ないので、お米をといで水に浸したものを米粉にするのですが、普通にミルで破砕するとこの際に発生する熱でお米が糊状になってしまい、下手をすると米粉になる前に糊になる恐れがあるのでしょうね。
 米粉にしてから、こねてパン生地を作り、そののち発酵・焼きと進んでゆくわけですが、まず第一段階の米粒をなんとかすることにどれだけ多くの試行錯誤があったことでしょうと・・・研究員になったような気持ちで想像してしまいます。

   GOPANが何物だか合点していただけましたでしょうか?

 では続いて。
 
 実は、そのGOPANが我が家には既にあるのでございます。
( パン好きの友人は、GOPANを持っている人に初めて会った・・とこの上なく感激してくれました。)
 ここからは自慢話ですが、呆れないでお付き合いください。

  GOPAN GOPANマーク_convert_20110420

 電気製品はどれもこれも年代物を使っていて、かなり流行に疎い私ですが、珍しくGOPANには、流行に先駆けて注目していました。なぜか宣伝用パンフレットを読んだ瞬間ビビビっときたのですね。

 昨年11月発売だったのですが、夏前に宣伝をし、その感触が良好ということでメーカーは予約受付を始めていました。
 確か9月の初めに私は、いち早く予約を申し込んだのです。
 それなのに、・・・
 予約を開始してからまだそれほど経っていなかったと思うのに、既に予約満杯状態で、すぐには手に入らず順番待ちだという返事でした。発売日から一カ月はかかりますと言われ、実際届いてきたのは昨年12月の暮れでした。

 聞くところによると、11月11日の発売日から生産可能数をあっと言う間に売り切ってしまい、増産の見通しも全くつかず、3週間で予約さえも打ち切ってしまったという、今どき信じられない爆発的ヒット商品なのです。
 3月までかかって、最初の数カ月で予約注文された全てをようやくクリアーしたそうです。

 販売できないのに製品のコマーシャルをすることはできませんよね。
それで、マキコさんの映像もあっという間にTVから姿を消し、GOPANは電気屋さんからも痕跡すら止めなくなってしまいました。
 私は、この間、家電量販店で、GOPANの扱いが刻々と変わっていったのを知っております。・・・
 まず、「いつ予約が再開するかわかりません」という張り紙が・・・・
 そしてついには、それすら取り除かれてカタログもすべて撤去されていました・・・。
 (ネット上では手に入らぬGOPANを求めて、プレミアまでついてかなり高値で取引されていたようです。)
 
   凄いでしょう?
 
 4月からパナソニックの完全子会社になりましたが、三洋電機としての、最後に大輪の花を咲かせたGOPANだったことになります。
 私は三洋には何の関係も恩義もありませんが、関係者はきっとさぞ感慨深かったのでは、などと思ってしまいます。
 そして再び、準備が整って4月27日から予約再受け付けの運びになったというわけです。予想ではかなりの売れ行きが見込まれているようです。

  ここまでが、本日の序章です。
 
 肝心のパンですが、相当美味しい・・・・と思います。
 今年に入ってから、ずっと作り続けていて、我が家を訪れる何人かの友人にお土産に差し上げましたところ、大いに喜んでいただきました。
 その中の何人かは、27日の初日に絶対申し込むと宣言していたくらいなので、期せずして売り上げに貢献してしまったようです。(彼女たちは果たして無事予約できたのでしょうか?・・・まだその情報は届いておりません・・・)

 次回は、本編に入ろうかと思います。
 こんな泰平楽な話題になってしまい恐縮なのですが、またどうぞお付き合いくださいね。

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* 「君と旅立とう」 その三 訳詞への思い 3

エッフェル塔
 「実は、信じてもらえないかもしれませんが、ちょうど、昨日、サラのCDアルバム『ディーヴァ』を久しぶりに聴いていたところだったんです・・・そして何気なくブログを開けてみたら、この話題だったので、本当に驚きました。一人じゃない・・・という感じで舞い上がってしまいました。」
 
 Fさん、嬉しいメールをありがとうございます。
 信じます。こういうことってありますよね。
 不思議に、以心伝心で、同じ事を同時に考えたり行ったりする、気持ちの通じ合う友人って皆様にもいらっしゃるのではないでしょうか?
 そしてFさん、私のブログをいつも読んでいてくださるのですね。
 一人じゃない・・・って、私こそ力が湧いてきます。

 では、
「君と旅立とう ~con te partirò~」その一そして昨日の記事の、その二 に続いて、今日はその三 最終回です。

      「君と旅立とう ~con te partirò~」 その三
                          訳詞への思い<3>



  総 括
 巷(ちまた)の混乱についての総括。

 かくして、「Time to say goodbye」は卒業の歌とまでなり、涙を誘う。

 一方、CDジャケットの直訳を読み、これが実は、出発の歌だったのだと理解すると、「二人の門出を祝福するにふさわしい歌です。声に自信のある人はイタリア語を覚えて結婚式に歌ってあげましょう。喜ばれ喝采を受けること間違いなしです」という、別のお勧めブログの言葉となる。
 
 更に穏健派のブログの中には、こんな中庸を取った解決の言葉もある。
 「さよならは愛する人に告げているのではなく、たぶん昨日までの自分に向けて言っているのだと思う。これは失恋の歌ではなくあなたと共に旅立つ愛の再出発の歌なのだろう」

 「一体どっちなの?」と、巷のブログは限りなくごちゃごちゃになってゆく。

「君と旅立とう ~con te partirò~ 」 
 私は原曲の「con te partirò」から受ける、清々しく力強い純愛のイメージを生かした訳詞を作ってみたいと思った。
 「Time to say goodbye」はサラが歌っているためもあってか、語り手に、女性の像がどうしても出てきてしまうのだが、「con te partirò」の中で・・・あなたと一緒に出発しよう・・・と語るのは男性であってほしいと思った。
 

   君がともす愛が 胸に広がってゆく
   君の言葉 笑顔 心に降り注ぐ
   命かけて愛している
  
  
 こんな言葉で私の訳詞は始まる。

 そして、何度も繰り返されるサビの部分の原詩と対訳はこのようである。

   Con te partirò  
   Paesi che non ho mai  
   Veduto e vissuto con te  
   Adesso sì li vivrò     
   Con te partirò    
   Su navi per mari  
   Che io lo so    
   No no non esistono più 
   Con te io li rivivrò  

   あなたと出発しよう 
   今までに 見たことも訪れたこともない場所に
   あなたと出発しよう
   船に乗って 海を越えて もうどこにもなくなってしまった海を
   あなたと一緒によみがえらせよう

 この部分を私は訳詞の中で、次のように綴ってみた。

   Con te partirò  
   旅立とう 二人で
   見果てぬ世界に 夢を信じて
   Con te partirò
   幸せの国求めて
   地図のない海に
   今 漕ぎ出す 


 この曲は、メロディーと、それに乗るイタリア語の響きの美しさがとても大切だと思われたので、この後の結びには原語で歌う部分を少し入れてみた。

 ボッチェリの、そしてサラの、歌声を聴いたときに私自身、心を惹きつけられ、何とも言えない高揚感と陶酔感に浸ったように、言葉の意味がわからなくても充分美しさの伝わってくる素晴らしい曲であることに違いない。
 原語のままで・・・という意味も充分わかるのだけれど、母国語である日本語で、無理なく想いの伝わる言葉を味わいながら聴き、歌ってみることにもまた別の大きな価値を感じながら、この曲の訳詞を手がける過程は楽しかった。


 いつの間にか、葉桜となって薫風香る5月が近づいてきた。
 すでに新たな道へと旅立ってその歩みを進める季節。
  若い季節を思わせるこの詩を、私は結構気に入っている。
 

                                 Fin

 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望のある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

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* 「君と旅立とう」 その二 訳詞への思い 3

エッフェル塔
 ジェーン・バーキンが今月始め、震災の復興支援チャリティーイベントに出演するため、急遽来日しましたね。この話題も改めて取り上げてみたいと思っているのですが、このような状況の中、親日派のミュージシャンが思いのほか多いことに改めて気付き、ちょっと嬉しいです。
 サラ・ブライトマンの
オフィシャルサイトを久しぶりに見てみましたら、一言ではありますが、震災に際してのお見舞いメッセージが動画になって載っていました。日本の皆様を想いお祈りしています・・・という言葉の後に「がんばって」と日本語で加えられていました。

 さて、では、お待たせしました。今日は前回の続きから。
 「そろそろ謎解きを。」・・・というところで終わっていましたね。
 前回のあらすじをまとめないで、早速先に行きたいと思いますので、よろしければ、各自皆様でここまでの復習をしていただけますと幸甚でございます。
「君と旅立とう ~con te partirò~ 」その一 が前回です。


      「君と旅立とう ~con te partirò~」 その二
                           訳詞への思い<3>

 両者の違い
 そもそも「con te partirò」と「Time to say goodbye」はどこが違うかということだが。

 実は、三カ所を除いてどこも違わないのである。

 * まずタイトルが違う。これがまず一カ所。
 * 原曲の「con te partirò」の歌詞は、サビの部分がすべて ~~con te partirò~~~ という言葉から始まっており、これが曲中で計6回繰り返されているのだが、このうちの2回のみ~~Time to say goodbye~~に置き換わっている。これが残りの二カ所。

 つまり。
 「Time to say goodbye 」は、このタイトルから、英語の歌詞で歌われているのだろうと錯覚を起こす人もいると思うが、そうではなく、上記の三カ所以外は、「con te partirò」と全く同一なイタリア語の歌詞なのだ。
 すなわち、ボッチェリの歌っている「con te partirò」をそのまま、勿論メロディーも寸分違わず、歌詞も同一のイタリア語で歌って、ただ、曲中の、~con te partirò~という言葉の二ヶ所のみを ~Time to say goodbye~としたわけなのである。

 ・・・・ただこれだけ。


  違いの推論と評価
 それがなぜ、前述したような解釈の違いまでも生むことになったのか?
 ここからは推測力が試されるわけで・・・。

 混乱の元凶はおそらくサラにあるかと。
 
 ボッチェリの歌う「con te partirò」を初めて彼女が聴いたとき、・・・直感的にこれだ!と閃くものがあったそうで、ここら辺はやはり天性の才能のなせる業なのだろうけれど、・・・すぐさま彼に申し入れて、彼とのデュエット曲として歌うことになったようだ。

 初演は、当時ドイツの国民的英雄であるボクサー、彼女の友人でもあったヘンリー・マスケの引退試合の際、その試合前のリング上のステージだったという。
 この場を、二人で歌うこの曲の発表のチャンスとしようと彼女が考えたとき、去り行くボクサーに贈るという意味合いからは、con te partirò あなたと共に出発しよう ではなく、Time to say goodbye さよならをいう時 とした方が誠にふさわしいと再び閃き、(たぶん・・・そのように閃いたのだと思うのだが・・・)急遽タイトルを変え、更にこれに合わせ、例の二カ所の言葉を変えたことにより、「Time to say goodbye」が誕生することとなったようだ
 マスケの退場時にもこの曲は流され、この試合の模様はTV放送で2100万人以上の視聴者が観ていたこともあり、直後の12月に発売されたシングルはまずドイツで大ヒット作となったという。

 しかしながら、原曲である「con te partirò」の詩の内容は、二人で力を合わせ、夢と希望を持って、未知の世界へと出発しよう 二人でなら怖いものは何もないのだから という勇気と希望に満ちたラブソングであるから、サラには申し訳ないけれど、よ~く考えてみると、詩の全体の解釈からは、ただTime to say goodbyeと言葉を差し替えれば済むとは思えず、いささか安直なやり方だったのではないかという気がする。


 でもまあ、今までの世界とさよならを告げて新たな世界に生きるのだ という前向きな意味にもとれないこともないし、少し混乱をきたしたとはいえ、好意的に見ればサラはそのような意味合いでこの言葉を選んだと弁護できなくもない。
 いずれにしても、このタイトルのインパクトのほうが実際勝って、これだけの世界的ヒット・・・最終的にアルバムセールスは2500万枚といわれている・・・を呼んだのかもしれないから、大いに成功だったと言ってよいのだろう。

 かくして、「con te partirò」は「Time to say goodbye」にほぼ凌駕され、サラの歌声と共に世界中に生きることとなった。
 ちなみにボッチェリがソロで歌うときはやはり「con te partirò」であり、こちらのファンも根強いことも忘れてはならない。

  日本語詞についての考察
 松本隆氏の「タイム・トゥ・セイ・グッバイ~さよならの時刻(とき)~」について更に少し触れてみたい。
 これは「日本語詞」とされておられるように、Time to say goodbye という言葉の意味合いを生かして、原詩にはこだわらずに、思い切って独自な新たな詩として生み出されたものだろう。

  揺籠(ゆりかご)みたいにあなたに甘えた日々
  旅行鞄へと詰め込んで船に乗る
  光の消えた街

 という叙情的なフレーズから詩は始まり、恋人達の別離の時を悲しく歌い上げていく。恋人と別れ、一人船出していく女性の傷心を描いたものと思われるが、映画のスクリーンを観るように情景が目に浮かんで来る。
 何となく私は、この詩を読んだとき、映画「タイタニック」のあの有名な船上の場面が頭によぎってならなかった。サラの同じアルバムにタイタニックのテーマ曲も収録されていたことも手伝って、一瞬イメージが重層してしまったほどだ。
 
 いずれにしてもタイトルを「Time to say goodbye」として訳詞する場合は、どうしても詩中に出てくるこのTime to say goodbyeの言葉の処理に心を砕くことになるだろう。



 おわかりいただいていますか?
 少しややこしいでしょうか? 本当は、合点ボタンでもここにあって、OKでしたら押していただけると私としては大変心強いのですが・・・・。
 いよいよ話も終盤となって参りました。
 あと少しで終わるので一気に、とも思ったのですが、今回の話は込み入っていますので、またまた、ここでひと息入れることとし、続きは明日お伝え致しますね。

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* 「君と旅立とう」 その一 訳詞への思い 3

エッフェル塔 原曲は「con te partirò(コン・テ・パルティロ)」。
 「Time to say goodbye」のタイトルのほうが、よく知られているかもしれませんね。
 イタリア語で歌われている曲なので、言葉の微妙なニュアンスを掴むのが少し大変でしたが、イタリア語堪能な友人に随分助けてもらいました。
 訳詞を作ったのは2006年、もう5年前になりますが、創作メモを辿りつつ、今回はこの曲をご紹介してみようと思います。

     「君と旅立とう ~ con te partirò ~ 」 その一
                            訳詞への思い<3>


Time to say goodbye
サラ・ブライトマンCD  1996年に発表されたサラ・ブライトマンの世界的ベストヒット「Time to say goodbye」である。1200万枚を売り上げ、彼女のCDアルバムタイトルにもなっている。
 「君と旅立とう」というタイトルで、この曲を訳したのは、もう5年前のことになるが、その後も、国内外の様々なアーティストが取り上げ歌っているし、今や、すっかり耳慣れたスタンダードナンバーになっている。


 この曲の訳詞をしてみようと思った時のことをなぜかとても鮮明に覚えているのだけれど。
 ・・・所用の帰り、初冬の或る日、銀座の山野楽器に立ち寄った事があった。
 ちょうど、DVDとCD同時発売の彼女のアルバム「輝けるディーヴァ」のキャンペーンを店頭で大々的にやっていて、その時、繰り返し流れていたのが、この「Time to say goodbye」だった。
 勿論以前から良く知っていた曲だが、この日は木枯らしが吹いてとても寒い夕暮れで、・・という、はまり込む条件が揃っていたせいか、やけに心に沁みてきて、立ち止まって何度も聴き入ってしまった。ずっとメロディーが離れずにしばらく口ずさみ続けて、ヒット曲とは、かくあるべきかと妙に納得したものだ。・・・この日購入したアルバムを今でも時々聴いている。

 このアルバムのキャッチフレーズは<世界でいちばん美しい歌がある>なのだが、耳を傾けていると、まさにこの曲こそ「世界でいちばん美しい曲なのだ」とすっかりその気にさせられてしまうのが不思議だった。

 クラッシック界でも人気が高いのだろう。
 多くの歌手たちが、クラシカル・クロスオーバーと称したりして、ちょっと肩の力を抜いて楽しみましょう・・・という感じでこの曲を好んでそれぞれのアルバムに加えているようだ。
 初めは、おっ!と思って次々とコレクションし聴き比べてみたが、際限なくなりそうで、途中でほどほどにしようと方針を変えた。


   Con te partirò
アンドレア・ボッチェリCD しかしこの曲の本家本元は「Con te partirò」。・・・・コン・テ・パルティロが原題である。
 「あなたと一緒に出発しよう」という意味だ。

 イタリアを代表するテノール歌手のアンドレア・ボッチェリが、1995年にサンレモ音楽祭で初めて歌い、4位を獲得した曲であり、オペラティック・ポップ楽曲などとも呼ばれているようだ。
 彼はパヴァロッティに見出された盲目のオペラ歌手であり、後に「because we believe」(2006年トリノオリンピックの閉会式)や「オペラ座の怪人」(2007年ダイアナ妃追悼コンサート)を歌うなどクラッシックの枠を超えた幅広い活動を行っている。何回か来日しているので、生の彼の歌声を聴かれた方もあるのではと思う。


  両者の比較
 先ほどのクラッシック・クロスオーバーの歌手達だが、「Con te partirò」派と「Time to say goodbye」派に大きく二分されるようだ。

 正統派クラッシックの色合いを濃く出すもの程、そのタイトルは「Con te partirò」になる確率が大きく、・・・・(コレクションした結果の独断であるが、たぶん?!)・・・、つまり原曲尊重の色合いが濃くなってくるわけで、歌い手が日本人であったとしても、この場合は、ほぼ100パーセントに近く原語のイタリア語で歌われている。 ボッチェリ派である。
 邦名で表すなら、さながら「君と旅立とう」とか「旅立ちの時」などとなるのだろう。

 一方、「Time to say goodbye」のほうは、サラ派というわけで、この場合のタイトル名は勿論、「Time to say goodbye」である。或いは少し読みやすく「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」と表記されることもある。 
 こちらは、日本語詞もいくつか作られていて、原語でなく、日本語で歌われることも多い。 

 私が知る限りの日本語詞の中では、松本隆氏の「タイム・トゥ・セイ・グッバイ~さよならの時刻(とき)~」というタイトルの曲がよく知られているのではと思う。
 ソロで歌われるのは勿論だが、女声三部合唱にもアレンジされていて、合唱で耳にするのは、まずこの松本氏の歌詞であるようだ。
 
  さよならの時が来たら 私は涙より悲しい笑顔を見せる

 というリフレインで締めくくられているのだが、この詩のイメージが強いためか、一部の中高生はこの曲を<卒業、あるいは卒業式の歌>と信じ込んでいる気配がみられる。
 「Time to say goodbye」について書いているブログを読んでいて、たまたまみつけたのだが、「何度聴いても泣けてくる感動的な歌です。別れはいつも悲しいけれど、それでもみんなとの美しい思い出を大事にしていきたいです。」などという純真なコメントまで見られ、なんとも興味深かった。
 しかし中には、なかなか耳の肥えた鋭い子もいて、「こんなに悲しい別れを歌っているのに曲は力強くて明るく、メロディーがきれい。あまり悲しい気がしてこないのはなぜなんでしょうか?」といみじくも記されてあり、う~ん、出来る子はやはりいる。


    では、そろそろ謎解きを。
    そもそも「Con te partirò」と「Time to say goodbye」はどこが違うかというと。


  
  ・・・・・いつものことですが、長くなりましたので、今日はここまでで。
 思わせぶりに終わってしまいますが、次回もまたお読みになってくださいね。

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* 桜花 ~散りゆく美学~

 名残の桜・・・
 散り際の桜の風情にもまた、何とも言えない思いを掻き立てられますね。はかなげというよりはむしろ、妖艶な凄さを感じてしまいます。


          名残の桜

 謡曲の『桜川』は、生き別れになった我が子、桜子を探し、桜川のもとまで彷徨ってきた母親が、ついには悲しみのあまり気がふれてしまい、水に流れる桜の花びらをすくい取りながら物狂いの舞を踊るという哀れな物語です。
 また、夜の桜の下を通ると気が狂うというタブーや、その禁を犯した者は不思議な魔力にかかって身を滅ぼすというような、如何にもという怪談めいた恐ろしげなお話もどこかで聞いたことがあります。

 「ぱっと咲いてぱっと散る」とよく言いますが、散る桜の中に狂気を見るという感覚は、日本人特異な感じ方みたいで、私にも何となく頷ける気がします。
 咲くも散るも、他の花とは違った不思議な特別なエネルギーを感じるのでしょうか?

  
 ちょっと脱線。

 そういえば、シャンソンにも色々な花が登場しますが(春ならリラが一番人気でしょうか)、いずれも、恋心と重ね合わせたりしながら美しく咲く花を歌っているものが圧倒的で、散る花に狂気を・・・のような奇妙な感性とは無縁なのではと思います。

 それでも無理やり思い出すなら、プレヴェール作詞の『枯葉』・・・・これは確かに、舞い落ちる枯葉にこと寄せて歌っていて、日本でも最もシャンソンらしいシャンソンとして人気NO.1の代表曲ですね。
 でも理屈を言うなら。
 ・・・・二人が恋人同士だった日々から今は遠く、思い出と悲しみだけが枯葉と共に吹き寄せられて、それも北風が忘却の夜へと運び去ってゆく、という儚い枯葉に自分を映した歌であり、主体は勿論、枯葉ではなく人にあるといえるでしょう。
 (よく歌われている岩谷時子さんの訳詞は「はかなくただ散りゆく 色褪せた落ち葉」という歌詞で閉じられていて、原詩よりかなりはっきりと枯れ落ちてゆく木の葉のセンチメンタルなイメージを打ち出していると思われます。)

 これと比べて、先の桜の話からも、・・・短絡的かもしれませんが、・・・自然万物には魂が宿り、それは人を越えた圧倒的力を持っていて、その不思議な力に包まれて人は生きているという、日本人にはそんなアニミズム的感覚があるように思われてしまいます。
 偉そうに言うなら,<自然と人間との対峙の仕方の,西洋と東洋の在り方の違い>でしょうか?大げさですけれど。

 
 桜の狂気というお話に戻って。
 
 坂口安吾の小説に『桜の森の満開の下』という作品があります。
 山賊の頭領が主人公なのですが、彼は、自らが略奪した美女にすっかり心を奪われ、彼女の言いなりになってしまいます。この女性は実はとんでもなく我儘で残虐な性格で、次第に無理難題を男に要求するようになります。
 或る時、命じられる儘に、女を背負って満開の桜の下にさしかかるのですが、その時、女は恐ろしい鬼に変身して、男を絞め殺そうと襲いかかるのです。
 エンディングの、全ては消え去り、花びらだけが降りしきる描写が何ともリアルでかなり背筋が寒くなります。これを読むとしばらくは桜が恐い花に思えてきますので、何事も経験、機会があったら覚悟して読んでみて下さいね!

 梶井基次郎もエッセイ風の短編小説『桜の樹の下には』の中で、桜があんなに美しいのは、「桜の樹の下には屍体が埋まっている」からだ、などと物騒なことを記しています。
 こういうものを読んでからは、私はそれまで好きだった夜桜に、結構もぞもぞと血が騒ぐようになりました(これもちょっと衝撃的な内容ですから、万人にお薦めと言うわけではありません。やはり覚悟して・・・)。

 桜の真ん中に立って、降りしきる花吹雪に巻かれていると、二人の作家が夢想したように、魂までもが遠くに運ばれてゆくような一瞬の恍惚感を私も感じてしまいます。

 この季節になると、こんなところにも桜が・・・と思う程、至る所にあることに気づきますね。
 <花は桜木 人は武士>のように、散り際の潔さが、滅びの美学のようにさえ捉(とら)えられた、桜は、少し悲しい花でもあります。

 
 前回、前々回の記事で見ていただいた哲学の道筋の桜の木々、もう一度だけお見せしたくて撮ってきました。
いつの間にかもう葉桜になり始めています。

          葉桜

 そして花びらが一面に川を埋めて流れ続けていました。
 結構速い流れです。

 川面の桜  川面の桜2

 季節の中で、留まることのない時を刻むように。
 そして、流れゆく花びらは、来年また美しく咲く新たな花を繫いでゆきます。
 必ず 必ず 新たな美しい季節が巡ってきます。


     *   *   *   *
 先日のブログでご紹介した土浦のYさんからお手紙をいただきました。
 胸に残る言葉、私だけで読むのは申し訳ない気がして、一部ですが、やはり今日もご紹介させていただこうと思います。


 あの瞬間は、これで世の中が終わってしまうのではないかと思ったものでしたが、その後もこの世は終わることなく続いており、地面に割れ目の入った公園の桜も、開花の準備を進めています。
 たくさんの勇気や優しさを持った人達のおかげで、復興へ向けた準備が進んでいく一方で、未だ続く余震と、放射能漏れのニュースに不安と心配でいっぱいの毎日です。
 映画やドラマはどんなに恐ろしいシーンを見ても、どこかでそれがフィクションだとわかっており、エンドマークが出ればその世界から脱出出来ます。終わりがあるからホッとするということでしょうか・・・。
 しかし生き続けている限り そうはいきません。どんなに過酷な現実でもそれを受け入れていかなければならない。“一瞬先は闇”とはよく言ったものですね。 最も闇を知らされないでいるから幸せでいられるのも事実ですが・・・。
     *   *   *   *

 この数日また大きな余震が頻繁に起こっていますね。
 二次被害も発生しやすくなっているでしょうし、エンドレスであるかのように続く不安な状況に、ストレスが募ってどんなにか心も疲れ切っていらっしゃることでしょう。

 自然は、何事もなかったかのように、芽を付け、花を咲かせ、時を刻んでゆきます。
 自然から慈愛のようなものを感じ取れる私たちに、回復の力が与えられることを願いたいと思います。
 辛抱強く乗り越えてゆく私たちに、必ず再生への道と力がもたらされることを信じたいと思います。

  しみじみと祈るように見入った今年の桜、こんな小さな何枚かの写真ですが、Yさん、そして皆様に、喜んでいただけたら嬉しいです。


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* 桜花 ~春爛漫~

 この数日、京都も、汗ばむほどの眩しい日差しの中にあります。(今朝は久しぶりの雨模様になってしまいましたが。)

 一気に季節が目覚めて駆け足で、遅れた春を取り戻そうとしているかのように、木々が芽吹き、花々が咲き初め、それがとても健気な気がして、しみじみと心に入ってきます。

 今日は花便りの続編を・・・・・。

          馬酔木
  馬酔木の花
 「どこか犯しがたい気品がある。それでいて、どうにでもしてそれを手折って、ちょっと人に見せたいような、いじらしい風情をした花だ。」
 堀辰雄の『浄瑠璃寺の春』の一節。
 万葉の昔から愛された花。奈良の春日野辺りの浅い春を飾る馬酔木の風情が私は大好きですが、この時期京都にもそこここに端正な馬酔木を眼にします。

白川沿いの柳   白川沿いのしだれ柳
 祇園界隈で見ると、柳も殊のほか粋な感じがします。
 昨日は、羽織り袴の花婿さんと白無垢姿の花嫁さんが、道行く人に声を掛けられながら恥ずかしそうに記念写真を撮っているのとも出くわして、何だかとてものどかでした。桜とのコントラストを背景にした、~そうだ京都に行こう~のCM写真に採用されそうな芸術的な写真が撮れてしまったのですが、断りなく紹介したら肖像権侵害になりそうなので、お見せするのは差し控えますね・・・残念。
 柔らかく、さみどり色にしなやかに揺れる柳。瑞々しい命が再生してゆく静かなエネルギーを感じて、すっと心地よい風が吹き抜けるようです。


  番外編 あおさぎ 
 柳の写真を撮っていてふと眼を移すと、さぎがいました。
 青鷺(あおさぎ)と言うのでしたよね。鴨川でも時々見かけます。それより羽が白くて子供の鳥のように思えました。
 白川の水は澄んでいて、水面がキラキラと光り輝いています。
 浅瀬を気持ちよさそうに遊んでいました。
 憂き世を一瞬忘れさせるような典雅な風景・・・これも日本画から抜け出してきた一幅の絵のようです。


白川あおさぎ

 固かった蕾も・・・
 そんなに暇人というわけではないのですが、
一週間前に哲学の道で見た桜の蕾をもう一度確かめてみたくなりました。
 たぶんこの木・・・かな?! 満開の桜 桜 桜


          満開の桜


千本釈迦堂2 千本釈迦堂
  しだれ桜
 千本釈迦堂ってご存知ですか?正しくは大報恩寺。
 大雑把に言うと、金閣寺や北野神社の方角、祇園、宮川町に並ぶ粋筋の街、上七軒にあります。
 780年余り昔、鎌倉時代初期に建立され災火も免れ今日まで現存する京都最古の仏堂建造物であり国宝にも指定されています。見どころも逸話も色々あり、京都検定のテキストみたいにうんちくを傾けたくなる素敵なお薦めスポットなのですが、この時期はしだれ桜が見事なのです。
 地面に這う程の見事な桜。花吹雪の真ん中で。

 桜   つかの間の夢  春爛漫
 日本人のDNAには桜が埋め込まれていて、誰の血もどこかで騒ぎ始めるのかもしれません。
 色々な詩や歌や物語も数えきれないほどありますが、少しロマンチックに、良く知られている三好達治の詩を、今日は最後にご紹介してみたいと思います。

     甃(いし)のうへ
                   三好達治

あはれ花びらながれ おみなごに花びらながれ
おみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫(あし)音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺のいらかみどりにうるほひ
廂(ひさし)々に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ


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* 桜花 ~季節の訪れ

 長過ぎた三月が終わり、ようやく四月になりましたね。
 カレンダーを一枚めくり、新しい月に掛け替える、そんな普通のことがこんなにも意識されたことはないような気がします・・・・

 そうだ!中間報告を!!・・・・前にこの
ブログでご紹介した日めくりカレンダーですが、何と今のところ毎日欠かさずめくっているんです。<ほお~~でも、いつまで続くんだか・・・>って呟いているちょっとシニカルな自分の声に抵抗しながら・・・です。
 でももしかしたら、日の経つのもあまり気付かず、ぽわんと過ごしている時の方が平和で幸せなのかもしれないなとも、ふと思います。
 どうか、四月は落ち着きを少しでも取り戻せる月でありますように。
 皆に、平穏な時間が戻ってきますように。


 今年は確か3月25日前後が、京都の開花の予想日と聞いていたのですが、寒気が戻ったためか突然凍りついてしまったように、固く閉ざしていた花芽が、この数日の温かさでようやく膨らみ始めました。
 この地震と大津波との大災害の傷跡を桜の黒い枝が、嘆き悼んでいるように見えて、今年はこのまま花を咲かせることはないのでは、という気さえしていました。季節になっても咲かない花は、喪失感を増し悲しげでした。

 昨日東京からMさんが訪ねてくれました。
 言うに言われぬ思いをそっと飲み込むような時間の中に、毎日居たためでしょうか、こんな時は殊のほか人恋しく感じられて、旧知の彼女との再会は、固まっていた気持ちが溶けてゆくような嬉しさがありました。
 ものすごく長いこと会わないでいたかのように、そんな時間を埋めるかのように、この災害の日々の事、見聞きした沢山の事、考えた事、近況報告の中に色々な事を混ぜこぜにしながら話し続けました。

 一緒に鴨川べり、そして白川沿い、哲学の道、京都の街をただ話しながらひたすらに歩き続けたのですが、汗ばむほど暖かい日、抜けるような青空を久しぶりに見上げた気がします。
 ちらほらと桜が咲き始めていて、とても綺麗でした。

 やはり咲くのね  咲かないと思っても季節がくれば必ず咲くのね
 やはり桜は綺麗ね  桜は青空の下が似会うわね

 歩き続けていると、人の思考って自然と歩調に合ってシンプルになってくるみたいで、気がつくと二人共、そんな同じ言葉を何度も何度も繰り返していて、ちょっと可笑しくなってしまいましたが。


 何があっても季節は巡ってきます。 そして花をつけます。
 当たり前のことですが、そんなことが今は、色々なことを示唆しているようで、思わず身を正す気分になります。
 こんな時にお花見なんて! と自粛する声が自然と起こっていますが、勿論ばか騒ぎする気にはなれないし、それは大いに顰蹙(ひんしゅく)でしょうが、でも、今年の桜を日本中の方たちがそれぞれ、どこで、どんな気持ちで眺めることでしょう。

          白川沿いの枝垂れ桜

 白川沿いで見た一本だけ満開のしだれ桜。
 華やか過ぎて少し恥ずかしそうに、でも、すべてを吹き飛ばすくらい美しく咲き誇って道行く人の心を奪っているように見えました。


 哲学の道1  青空に映える桜

 いつもの年なら今頃は、人で埋め尽くされる哲学の道の桜並木。
 ここはほとんど開花していなくて人がまばらでした。でも、雪柳の綿みたいな白、レンギョウの鮮やかな黄色、・・・春の色です。

 固い蕾も陽の中で今にも花開いてきそうです。


 詩人の大岡信氏が著書『言葉の力』の中で、染色家志村ふくみさんから聞いた言葉を取り上げ、このように語っていたのを思い出します。

   「美しい桜色に染色された糸・・・・この桜色は桜の花びらを煮詰めて色を取り出す
   のではなく、実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいごつ
   ごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。志村さんは続いて
   こう教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が
   咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えも
   いわれぬ色が取り出せるのだ、と。」
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・
   「春先、間もなく花になって咲き出ようとしている桜の木が、花びらだけではなく、木
   全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしているのが私の脳裡に揺らめい
   た」


 昨日一日中、蕾のほころび始めた桜を眺めながら志村さんのこの言葉が、思い出されてなりませんでした。
 命の営み、自然の力は本当に不思議ですね。
 厳冬だった今年の桜は、その寒さに耐え、それでもなお、黒い幹に、その桜花を咲かせるために、樹全体に命を宿すようにピンクの樹液をみなぎらせ、今、美しい桜色に開花しようとしているのでしょうか?
 厳しい寒気にさらされればそれだけきっと、鮮やかに美しい花を付けるに違いありません。

 何があっても、何かあるから、なお美しくありたい。
 とても大切なことを、そして勇気を貰ったような気がした、心に残る桜を巡る一日でした。


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