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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

* 「ロボットミューラとマーガレット」 その一 

エッフェル塔 久しぶりに「訳詞への思い」ですが、ロボットが主人公の、お気に入りの曲をご紹介したいと思います。
まだお読みではない方は、今回の伏線ともなる前々回に書いた
ロボット考(1)「パックボット」と「パロ」及び、ロボット考(2)「アトム」と「ナイト」も、ご参照下さいね。

    「ロボットミューラとマーガレット」その一 訳詞への思い<4>

  シャーロット・ランプリング
 原曲は「le robot et la marguerite」(ロボットとマーガレット)。
 イギリスの女優、シャーロット・ランプリングが歌っている曲である。

 シャーロット・ランプリング。
 クールなエロティシズム、・・・・人生山あり谷あり、酸いも甘いも全部わかっているけど、さあね? というような平然とした顔で欠伸なんか人前で当たり前にしてしまいそうな、高~いハイヒールで街を退屈そうに歩くのが凄く似合っているけど、『モロッコ』のディートリッヒみたいに、ここぞという時には平気で靴を脱ぎ捨てて裸足で熱砂の中も突き進んでゆきそうな・・・・・そんなアンニュイで泰然自若、大人の女という印象が私にはある。
 と言っても知り合いではないから、全ては映像の中からの勝手なイメージにすぎないけれど。
 映画好きの方は、彼女の映画の様々な印象的な場面が脳裡を飛び交うことだろう。

 学生時代に、渋谷の名画座でリバイバル二本立てか何かで、『愛の嵐』を観たのが私のランプリングとの出会いの最初だったと思う。
 うら若き女子学生には余りに衝撃的な映画で、もう一本は何を観たのかさえ、今は全く思い出せない。
戦火の中、ナチスに捕えられ強制収容所暮らしを余儀なくされたユダヤ人の少女が、命を永らえ、歳月を経て新進の若手指揮者の妻となるのだが、皮肉にも収容所で彼女を弄んだナチスの親衛隊の将校と再会してしまうというところから物語が展開し、悲劇的な結末が何とも痛ましい映画だった。
 主演のランプリングは当時20代半ば位だったのだろうけれど、平家の知盛ではないが、「見るべきものはすべて見つ」というような、全てを見尽くし諦めた絶望的、且つ、もはや何の救いも拒絶した退廃的な眼差しが、スクリーンから付き刺さってくるようで、ドラマを超えたぞっとするような凄みがあったのを覚えている。
 この映画の始まり、上半身を露わにして、サスペンダーを身に付けナチ帽をかぶって踊らされる、収容所でのシーンは余りにも有名だが、ランプリング演ずるところの少女の、暗く闇を見詰めるような瞳が、余りにも悲惨で、これ以上見ていたくないというような、・・・・正直に言うと、これが私のこの女優への強烈な第一印象だった。

 とは言っても、この映画『愛の嵐』の制作は1973年、もう40年近くも前であり、彼女は、このセンセーショナルな作品のイメージに繋がるような、ミステリアスで退廃的耽美的役柄を定着させていくことになる。
 その後、2001年、フランスの巨匠、フランソワ・オゾン監督の映画『まぼろし』の主演、大ヒットによって、・・・この時彼女は55歳・・・年を重ねる女性の美しさを切なく自然体で表現できる女優へとイメージを大きく転換してゆく。

      「まぼろし」より
        映画「まぼろし」の一画面 TOUT LE CiNE.COM より

 『まぼろし』は、心に残る味わい深い映画だと思った。
 この中の彼女からは、装飾をこそぎ取ったところにあるナチュラルな大人の美しさが感じられたし、大写しの映像に刻まれた、彼女の顔の皺までが、何とも言えない風格となって映し出されていたような気がする。
 悲しみや苦悩が、年輪のように人生の中で重なって、その人を成熟させてゆく、・・・・・それこそが一筋縄ではいかない生きる醍醐味であり魅力である、・・・・そんな事が思われて、不思議な感銘を受けた映画だった。


 ここまで、シャーロット・ランプリングの紹介を簡単にしてみたわけだが、それにしても。
 「彼女は勿論、名女優ではあるが、歌手なのか? 本当に歌なんか歌っているのか?」と、訝しく思われる方が大半であるに違いない。



  CDアルバム「comme une femme」
 実は、ただ一枚だけ、2002年に「comme une femme」(一人の女性のように)というタイトルのCDアルバムを発表しているのだ。

 フランス語も母国語のように巧みに操る事が出来るとはいえ、イギリス人の彼女がフランス語で歌うシャンソン・・・・初めは躊躇したそうだが、周到な準備の末、万を辞して作られたようで、アルバム収録の13曲、そのどの曲も、彼女の持ち味が発揮されたお洒落で洗練された大人の雰囲気に溢れている。

シャーロット・ランプリングCD表紙  日本でも、キングレコードから同年に、日本語の対訳等も付いて日本盤が発売された。
 日本名のCDタイトルは、『男を見つめる女のように』とされており、アルバムの中の「comme une femme regarde un home」(一人の男性を見つめる一人の女性のように)という曲のタイトルを、そのままアルバムタイトルとして採用したものだ。


シャーロット・ランプリングCD裏表紙 今回取り上げる「le robot et la marguerite」は、当然の事ながらこのアルバムに収められた一曲である。

 さて、このCDだが、私は結構気に入っている。
 アルバム中の13曲それぞれが、全て物語を紡ぐように歌われていて、良質の短編が並べられた小説集を読み進んでゆく時のような面白さがある。
 それぞれは全く違う設定の別の物語なのに、全部読み終わると、実はどこかでさりげなく繋がっていたような、一編を読み終えた後の余韻が、次に読む一編の感動を邪魔しないような、そのような印象を、このアルバムを聴く時に感じる。
 一冊の短編集全体から、その作家特有の、テーマの持ち方や、感受性、表現の仕方などの独自な香りを感じ取る時と似た感覚なのかもしれない。

 もう少し、具体的に言うなら。
 全ての歌詞に、かなり明確な人物設定と、その人物らしい個性が盛り込まれていて、そこで物語が展開されてゆく。・・・それを歌うランプリングは映画の中で主人公を演じるように細やかに歌でそれぞれの人物を演じてゆき・・・・そのような演劇性がくっきりとしている点が、まず心に響いてきた気がする。
 女優、ランプリングにシャンソンを歌わせることの最大限の利点を、誰かが巧みに計算して、曲作りを行ったのかもしれないし、或いは、彼女自身が意識するまでもなく、身についた女優魂のようなもので、自然となし遂げた技だったのかもしれない。

 「シャンソンは3分間のドラマ」という言葉は、人口に膾炙(かいしゃ)されるところだが、シャンソンは言葉先行で物語を語ってゆくのが本道であるとすればまさに、女優や俳優がシャンソンを歌うことは理に適っているし、その絶対的な強みは否定できないだろう。実際、ランプリングに限らず、シャンソンを歌っている俳優や女優は枚挙にいとまない。


 ところで、ランプリングの歌は上手いのかということだが、・・・・どうもあまり良くわからない。
 声量は・・敢えてそうしているのかどうか、ほとんどない。
ハスキーボイスで、囁くように呟くように何となく歌い、語っているだけなので。(曲の半分くらいは、まさにセリフをしゃべっている)
 けれど、このセリフが淡々と物憂げなのにもかかわらず、はっきりと聴き手の胸に届いて、映像を彷彿とさせて、さすが並のレベルではない。説得力抜群で、独り芝居に引き込まれるような、魅力を感じる。
 言葉が際立っていて、こんな風に音に乗せて言葉を伝えられたらと心底思ってしまう。
 シャンソンのエッセンスをそっと振りかけられたような、少なくとも目指すべき一つの答えを示される気がして、なかなかなのだ。

 『私は何もしない女』、『ヴァンプになりたかった私』、『恋の破産申告書』など、曲名を聴くだけで、「comme une femme」(一人の女性のように)というアルバムタイトルが納得できそうに、少しアンニュイな面持ちの女性たちが詰まっている。

 この中で、「le robot et la marguerite」(ロボットとマーガレット)はむしろ例外的で、可愛いメルヘンのある作品なのだが、彼女の歌うこの歌が私はかなり好きなのである。


 では、恒例の前置きが無事終わったところで、次回は、この訳詞の紹介を。

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* 「カノン」の調べに包まれて

 22日の日曜日、結婚式に列席しました。

 とても素敵な挙式、そしてご披露宴でしたのでまだ温かい余韻がずっと続いています。
 うっとりとした中で、心がほぐれて、色々な感慨が生まれています。言葉では充分に表し難い想いなのですが・・・。

 小さい頃からずっと音楽に親しんでいらしたAさん、本格的にクラッシックを勉強し、オペラやミュージカル、演劇の舞台にもこれまで様々に挑戦され活躍されてきた彼女のウエディング姿は、大輪の白百合のように凛として気高く輝いていました。
 温かくて純粋な人柄がそのまま表れた笑顔、誰の心も自然に引き込むような笑顔、・・・・透き通った光のような美しさを彼女からいつも感じます。

 
 音楽に溢れた素敵な結婚式でした。

 挙式の中で、合唱の仲間の方たちがアカペラで歌われた“I thank you God”が柔らかく響いて、混声の繊細なハーモニーが教会を幸せで満たしてゆくような気がしました。
 いつも思うのですが、教会で聴くパイプオルガンの音色や聖歌の歌声には、人の心の奥から祈りへの希求を揺さぶり起こすような格別のものがありますね。とりわけ人の歌声は、どんな楽器より豊かに多くの思いを語ってゆく気がしますし、歌は祈りの言葉そのものとして、月並みかもしれませんが、胸に響いて聴こえてきます。

 
 ご披露宴の中でも、心に残る音楽がたくさんありました。

 新婦のお色直しの時、お母様が弾いて下さったピアノ・・・ピアノの先生をしていらっしゃるお母様の音色を子守り歌として彼女は育ったそうですが、慈愛に満ちて、花嫁の母の思いがそのまま伝わってくる優しさにあふれた素敵な演奏でした。  

 お父様はフルートを演奏なさるのですが、彼女がピアノを弾いて、グノーの「アヴェ・マリア」を二人で合奏して下さいました。いつも伴奏はお母様のお役目だったのでしょう。結婚の日は父娘で・・・。
 お互いの息を確認し合いながら、そっと気遣い合いながら、絆を愛おしみ合いながら、・・・・こんな日を迎えるように、これまでの日々をお父様は守り、築いてこられたのだなと・・・。
 伸びやかなフルートの音色には花嫁の父の思いが溢れていました。

 ご両親からの言葉もご両親への言葉も、敢えてご披露宴ではおっしゃらずに、これまで生活の中で育んできた音楽にすべてを託された・・・・どなたにでもできることではありませんけれど、羨ましいような素敵なご家庭だなと思いました。

 最後に、ご家族だけでなく、ご親戚の皆様一斉に楽器を抱えられて演奏されたのにはとても驚きました。ファミリーコンサートを折に触れて開催なさるくらい、本当に音楽ファミリーでいらっしゃったのですね。
 それぞれヴァイオリン、ビオラ、フルート、ピアノ・・・。

 パッヘルベルの「カノン」の演奏でした。

 美しかったです。
 美しいハーモニーでした。
 皆様が、聴き手に音楽をより良く伝えようとする思いを持って、心を込めて、そして喜びを持って演奏しているのが何よりとても心地よいのです。
 音楽は良きもの、人の心を浄化して温かい輪を生み出してゆくもの・・・と本当に感じることのできた幸せな時間でした。
 こんな風に音楽と関わってゆけたらと思いますし、それは広げて考えれば、根本的な人としての感性とか、生きる姿勢とかに繋がってゆくことなのかもしれませんね。

 余談ですが。
 本邦初公開で、新郎がビオラの演奏で加わっておられました。今までビオラに触れたこともないという正真正銘の初心者だそうですが、この日のために「カノン」の演奏の特訓に挑まれたそうです。夢にまでビオラが出てきたとのこと、その真剣勝負ぶりが目に見えるようです。
 でもビオラを構えた立ち姿もすらりとした長身に良く似合って、なかなか堂に入っていましたし、弓さばきもカッコよく、愛の力は偉大です。
 思いに応えようとする優しさと頼もしさを感じ、力一杯演奏なさる姿が心に焼きついています。

 
 更に余談ですが。
 昔、このような思いを持った記憶があった・・・?ような・・・と考えていたのですが、ずっとずっと昔の私の友人の結婚式を思い出しました。
 江戸っ子の彼女は、東北の旧家に嫁いだのですが、昔の映画に出てきそうな、旧家の家の大広間に箱膳が並べられて、延々と夜を徹するように披露宴が続くのです。で、最後のほうはもう、披露宴と言うよりは大宴会の様相を呈して行くのですが、ご家族ご親戚共に歌が上手で、謡曲を極めている義父様を初めとして、民謡の師匠の叔父さまとか、専ら和ものなのですが、抜群の声の方ばかりで、それはそれは楽しそうにそれぞれの歌をご披露されるのです。
 で、歌われるにあたり、その歌の講釈とお祝いの言葉が結構長いのですが、それが朴訥として温かさに満ちていて、なんとも心地よかったのを覚えています。
 私は、民謡を姿勢を正して聴いたのはその時が初めてくらいでしたが、新婚の二人と招待客へのねぎらいに溢れていて、また、佳き日を皆で迎えることへの寿ぎや感慨が歌から伝わってきて、歌、音楽、には言葉と同様の、大きな力があるとこの時も感じたのを思い出しました。


  ブログのプロフィールにも少し書きましたが、私は小学校、中学校、高校、大学とそれぞれの場で長く教職に就いていましたので、教え子が色々な年代にわたって大勢いるのです。
 Aさんも実はそうなのですが。

生徒だった子供達、学生だった方たちが、卒業し旅立って、今、時を経ても、今度は嘗ての同じ時間・時代を・・・それがピュアーで多感な幼少期であり青春期であったから尚更なのかもしれませんが・・・・そういう時間や時代を共有してきた同志のような、親子のような感覚になって、現在も親しく付き合ってゆけることは、私には本当に楽しく、教師冥利に尽きるなあと・・・・しみじみと思われてなりません。

  Aさん、良き伴侶と共に、良き人生を。

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*ロボット考(2) 「アトム」と「ナイト」

 前回の記事、ロボット考(1)「パックボット」と「パロ」に引き続き、今日もロボットのお話の続きを!

 
 上野の東京国立博物館で、今「手塚治虫のブッダ展」が開催されていることはご存知でしたか。6月26日まで、ちょうど二カ月間開かれるそうです。
 
 「手塚の大作漫画「ブッダ」(1972年~1983年連載)と、ガンダーラや日本の仏像に表現されたブッダを対比させ、仏教の開祖の足跡を紹介する、かつてない展覧会だ。」(5月13日付読売新聞より)
 
 読売新聞社が後援していることもあってか、このような見出しでかなり詳しく内容が取り上げられていました。
直筆原画52点と、重要文化財の仏像など約20点とが、対比されながら、ブッダの生涯を追って展示されており、手塚ファン、仏像ファンのそれぞれが詰め掛けて好評だそうです。
 アニメーション映画「手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく!」がもうすぐ(5月28日)公開されることとタイアップして、このタイミングになったのでしょうね。こちらのアニメもかなり前評判が高く、吉永小百合さんを初めとする本格的な俳優陣の吹き替えによって丁寧に作られたアニメで、とにかく大長編であるため、今回は第1部完成で、今後2部3部へと続くと聞いています。

 今更私如きが言うのも何なのですが、手塚治虫氏は本当に凄い方ですね。
 手塚漫画のファンはおそらく日本中に溢れていて、氏のあらゆる漫画を精読、熟知しておられる方も数知れないと思いますので、生半可な私が話題にするのも実は憚られるのですが、おずおずと今日はお約束の「アトム」の話題に触れてみることと致します。

  鉄腕アトム
 ロボットと言えば、我々日本人、何をおいてもまず鉄腕アトムでしょう。

 子供時代から、本の虫だった私(専ら文学書中心でしたが)は、漫画はさほど得意ではなかったのですが、でも鉄腕アトムは可愛くて大好きでした。
 私と、4歳下の弟の幼少時代は、連載漫画雑誌・コミック・テレビアニメが目白押しで、弟はすっかりはまって、それはそれは詳しく、お小遣いのほとんどを投入して買い集めたそのコレクションも半端なものではありませんでした。
 本当に大切にしていましたから、もしかしたら今でもどこかに所蔵しているのではとも思われます。
 ・・・・もっとも、我が弟だけが特別オタクみたいだったわけでは断じてなく、当時の少年たちは皆同じ嗜好で連帯していたような気がします。
それだけ、少年漫画の世界の隆盛期で、生き生きと独創性に富んだ時代だったのかもしれません。発売日を心待ちにして、本屋さんに飛んで買いに行った嬉しそうな子供時代の弟の顔が今も懐かしく思い出されます。
 彼は気前がよかったので、自分が読み終わると必ず私にも見せてくれて、(こういう時には何をおいても、これに応えるべく、すぐ読まないわけにはゆかず)、読み終えるとここから延々と彼のレクチャーは始まり・・・門前の小僧で、お陰様で当時の女の子としては私はかなり少年漫画通だったのだと思われます。・・・よろしければ、昔、弟から伝授されたとびきりの知識の宝庫、いくらでもお話ししますが。・・・・
 でも、アトムに辿りつかなくなりそうですね。うんちくを傾けたい衝動をぐっと堪えて・・・。

 アトムの前身は、1951年に発表された「アトム大使」だそうですが、実際には1963年に日本初のテレビアニメとして放映されて以来、次々とテレビや映画で映像化されていますし、1981年に既に書籍の形での出版累計が一億冊を超えているということですので、想像を絶する桁違いのビッグな世界にアトムは居るわけです。
 
 登場人物設定や、アトムの持つ7つの威力や、アトムの活躍譚や・・・再び、うんちくを傾けたい衝動を更にぐっと抑え・・・。

 アトムの誕生にまつわるエピソードを。・・・ご存知ですか?
 まずはアトムのバースディーですが、2003年4月7日とされています。
 この誕生日が明らかにされているのは1966年の作品中ですので、当時としては40年ほど先の未来にアトム誕生を設定したのですね。
 手塚氏が亡くなられたのは1989年ですので、アトムの誕生日を生みの親として祝うことができなかったのはきっとどんなにか残念だったのではと思いますが、手塚氏が思い描いた未来社会にまさに今の私たちは生活しているわけですから、ちょっと不思議な気がしますね。

 ストーリーの中で、アトムを作ったのは天馬博士で(お茶の水博士ではありません)、天馬博士の一人息子の飛雄が幼くして交通事故で亡くなってしまい、それを悼んだ博士が、彼そっくりにアトムを作ったのでした。(当初はトビオと呼ばれていました。)人間とほぼ同等の感情と様々な能力を持つ優秀なロボットのトビオは、博士の本当の息子として大事に育てられたのですが、或る時、何年たっても人間のようには成長しないことに気づき、今更のように、「お前はトビオじゃない、人間じゃない、ただのロボットなんだ」と、アトムを責め、捨てる場面があったかと。
 そして、トビオはサーカスに売られ、アトムと名付けられ、やがてお茶の水博士に庇護されることとなり・・・と物語は続くのですが。
 ・・・この場面は弟と何度も読んだのですけれど、幼な心にアトムが可哀そうで可哀そうで、なんて切ない物語だろうと思った記憶があります。


 欧米人のロボットへの意識が、あくまでも人間のための道具、支配すべき武器であって、特別な感情移入はなされないのに対して、日本人のロボット観には、「からくり人形」などとの文化的つながりもあって、どこか憧れるような、人間と共存してゆくという親和的な意識が働いており、その結果、工場の組み立て用ロボットにまで愛称をつけたり、二足歩行ロボットの研究が日本でかなり盛んなのだということがよく言われています。
 また、現在の日本のロボット工学の研究者の方たちの中には、幼少期に「鉄腕アトム」に触れたことが技術者を志すきっかけとなった方も多くいると聞きます。
 前回、このブログでご紹介した支援型ロボット「パロ」なども、日本的、アトム的ベクトルの先にあるものと言えるのかもしれませんね。
 そして、今やアトムは世界的な認知度があるようですので、来るべき未来のロボット像の一つの重要なベースになっていると言っても過言ではないでしょう。
 
 そのアトムが出自において、天馬博士から、どんなに精密でも所詮ロボットだ。人間にはなり得ないと否定されたことは何か大変興味深い、人間とロボットとの関わりの重要なポイントを暗示しているように思われてなりません。
 
 やはり手塚先生は凄いなあ・・・と思ってしまいます。
 
 人の心に触れ合えるものは究極的には生身の人間でしかないのだという逆説的な真実を充分認識した上で、ロボットとの共存の在り方を考える時代になっているのではないかと、改めて考えさせられます。
 
 また、アトムの物語には、ロボット法というものが設定されており、この中で「ロボットは人間に服従しなければならない」とあって、これを巡って、アトムも敵役のロボットたちも様々に葛藤するのですが、このことも併せて大変興味深い問題を示唆しているように思います。


  絶対彼氏「ナイト」
 アトムのお話をしたので、もう一つ漫画がらみで。
 
 4年前の2008年に「絶対彼氏~完全無欠の恋人ロボット~」というテレビドラマが放映されていたのですが、ご覧になった方はいらっしゃいますか?
 渡瀬悠宇さんの少女漫画「絶対彼氏」という漫画をドラマ化した、まさに完璧な娯楽ドラマだったのですが、一度たまたまチャンネルを回したら映っていて、何となく観ていたら、奇想天外、愉快極まりないドラマで、笑っているうちにすっかり気分転換になったので、こういうのもたまには良いではないか…と、いつの間にか続けて最終回まで観てしまっていたドラマでした。

 元が漫画なので、本当にマンガチックなのです。
 梨衣子という主人公が、ひょんなことから怪しげなセールスマンから「理想の恋人ロボット」の購入を勧められ、それを注文するところから物語は始まります。
 初めは無料お試し期間で、一緒に過ごしてみて気に入ったら購入するという約束なのですが、これが、彼女が事前のアンケート調査に答えた理想の条件を全て満たした、完全無欠の恋人ロボットで、何一つ欠点がない。容姿端麗、性格は申し分なく、梨衣子を心から愛し尽くしてくれて、献身的にサポートしてくれる。・・・すべては精密なプログラムに組み込まれているわけなのですが。

 ドラマなので、色々な展開があるのですが、紆余曲折があって、初めは半信半疑、ロボットなんかと反感すらもっていた彼女が、この恋人ロボット「天城ナイト」と名付けられるのですが、彼の純粋この上ない性格と誠意にほだされ、魅かれるようになります。
 問題はここからで、プログラムで動いていた筈のナイトもまた、梨衣子を愛するあまり、プログラムを越えた自由な感情、本当に人間らしい熱い感情を持つように変化してくるのです。これはロボットとしては致命的な欠陥商品であり、その結果、ロボットの体?機械に変調をきたすようになって、ついには自滅への道を辿るという、可哀そうで、でも実に荒唐無稽な他愛ないお話ではあるのですが。
 この「絶対彼氏」は、<「あらゆる困難を乗り越え成就させてゆく純愛ドラマ」という少女マンガの王道が、ロボットと人間という意表を突いた設定の中で描かれている>ということもできるでしょう。
 でもロボットを人間のように愛することへの戸惑いや、ロボットは人間になれないことへの苦しみが、シンプルな物語の展開の中で伝わってきて、新しい時代の不条理をも示しているようで、やはり少しだけアトムの延長線上にあることを感じ、なかなか面白かったです。
 それに。・・・嘗て、私はこれに少し似た内容の訳詞を作ったことがあり、この詩をかなり気に入っていましたので。

 少し話が散漫になってしまいましたが、今日はこの辺で。
 次の機会に、その訳詞についてご紹介できたらと思っています。

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* ロボット考(1) 「パックボット」と「パロ」

  パックボット
 前にこのブログの中で「ようこそ!お掃除ロボット」というタイトルで紹介しました我が家のルンバですが、あれ以後反響があって、買いたいと思うのだけど・・・と使用方法などの様々な質問が知人達からも結構多くありました。
 ルンバとは日々、楽しく生活しておりますが、なにせメカニックには素人ですので、専門的な内容についてはメーカー等にお問い合わせいただくとしまして。

 このルンバの製造元であるアイロボット社があれから一躍、脚光を浴びたのに気づかれましたか?
 ひと月ほど前、先月下旬に、福島第一原発の原子炉建屋の中に導入されて放射能の測定や建屋内の撮影などのデータ採取に威力を発揮した遠隔操作ロボット、「パックボット」と呼ばれていますが、新聞でもテレビでも大きく報道されましたね。あれはアイロボット社の製品なのです。
 どこかひょうきんな可愛い動きと風貌の「ルンバ」とは全く似てはいませんが、でも兄弟分?!だったのですね。

パックポッド  米国のアイロボット社は1990年に設立され、イラク、アフガニスタン等の戦場における地雷の探索除去作業や、ゲリラの潜伏場所の捜索などのための、軍用偵察ロボットを開発し、これまで4000台以上を稼働させてきたとの事です。
 パックボットは、これと同様の構造を持ち、先端に4つのカメラの他、放射能測定などの様々なセンサーを搭載しているそうです(写真:510 PackBot iRobot社 HPより)。800m以上離れていても遠隔操作ができ、30m程度であればアームを使ってがれきもよじ登ることができると聞きました。
 ロボットといっても、キャタピラーで動き回り、工事現場のクレーン車のアームだけを取り付けたような形の、一見、ロボット?というより工業機械のイメージがしましたが、(高さ23㎝、幅35㎝、長さ71㎝と意外に小型です)でも、まさにこのような未曾有の有事に、高い放射能量に阻まれて人力での作業が及ばない現場に、果敢に突入して、情報収集を惜しみなくできるのはロボットをおいてはなく、テレビの映像を見ながらロボットとはなるほど凄いものだと改めて感じ入った次第でした。
 ちなみに、福島原発には、同社から約100キロを持ち上げることのできる「ウォリアー」(戦士の意味)という機種も送られていて、その活躍が期待されているということです。


  『ロボット兵士の戦争』
 ところで、今『ロボット兵士の戦争』P・W・シンガー著(NHK出版)という本が手元にあります。専ら文学系の従来の私の読書の範疇からは遠くかけ離れており、まだざっと走り読みした段階ですので、何も偉そうなことは言えないですし、パラパラとページを繰っただけでも何だか少し背筋が寒くなりましたので、きちんと読むべきかどうか躊躇っているところなのですが・・・。

 以下は、昨年9月、日経新聞に載せられた高橋和夫氏(放送大学教授)のこの本の書評からの要約・抜粋ですが、参考に引用してみます。
     *  *  *  *
 アメリカ本土から遠隔操作される無人飛行機が監視、偵察、攻撃の任務を果たしている。その数は数千機に達する。現在、米空軍は有人機よりも無人機のパイロットを多く養成している。また陸上戦闘では軍事用ロボットが爆発物の処理などにあたっている。その数は一万台を超えている。ロボット技術の導入が戦争の形態を変え始めた。実際に戦争を戦うのは誰か。人間か、それともロボットかという問題を提示している。
    (中略)  
 人工知能の進歩は、ロボットがやがて「自立」する可能性を示唆している。ロボットが自らの思考を獲得した時に、人間はロボットをいかに制御すべきなのか。制御できるのか。如何にロボットと共存すべきなのか。
 進歩の速度は人間に充分に考える時間を与えてくれそうもない。単にロボットの軍事面における影響を越えて本書の知的衝撃の波紋が広がる。ロボットとは何か。人間とは何か。シンガーの問いかけは鋭く切り込んでくる。しかも、多くの問題点をえぐり出しながら、何ら解答は示さない。不安にさらされる。
     *  *  *  *


 福島原発でのパックボットの活躍を映像で見ながら、また我が家の小さなロボットの憎めないお掃除ぶりを見ながら、その表裏に軍事用として量産され戦場に広がり続ける底知れぬ力を持ったロボットの脅威があることを感じます。

 科学技術、学問の発展の総ては、人間の真の幸福のために向かうべきものであって、単純に言えば<すべては使い方次第 目的を見失うなということ>、改まって言えば<時空を見越して人間がより良く共存してゆくための揺るぎない哲学、倫理学をグローバルに持つということ>に尽きるのではと私は思います。

 かつての原爆がそうであったように、ロボット技術の開発が、軍需産業の増殖、ひいては人類の平和を根底から脅かすものに繋がってしまっては断じてならないわけです。
 著者、P・W・シンガーが引用しているアイゼンハワーの言葉ですが、ご紹介します。
    *  *  *  *
 「作られるすべての銃、発進するすべての戦艦、発射されるすべてのロケット弾は、結局のところ、飢えて食べ物を与えられていない人々、凍えて衣服をあてがわれていない人々からの盗みを意味する。武装した世界は資金だけを浪費しているのではない。労働者の汗を、科学者の才能を、子供たちの希望を無駄にしているのだ」


  癒し系アザラシ「パロ」
 いつの間にか堅苦しいお話になってしまいました。
 でも、私の思考は今すっかりロボットの方角に向かっておりますので・・・・。

 ネットで得ただけの情報ですので、熟知しているわけではなく申し訳ないのですが、興味深かったので、もう一つだけ、ご紹介してみたいと思います。

 軍用ロボットとは正反対なのですが。
 人と共存するロボットの研究の一環・・・ロボットセラピーとして、産業技術総合研究所知能システム研究部門がアザラシ型メンタルコミットロボット「パロ」を開発したという記事が載っていました。
 「アニマルセラピーと同レベルでの利点が見られる」ということです。
 すなわち、(特に高齢者の)ストレスの低減、免疫力のアップ、鬱の改善。また介護老人保健施設などにおける認知症等の症状の改善。自閉症の子供のメンタル治療。一人暮らしの老人などのコミュニケーション効果等々。
 アニマルセラピーが、動物を飼うことによる「アレルギー」「かみつき」「世話の大変さ」などの問題を抱えているのに比べて、ロボットには導入しやすいメリットが確かにあると思われます。


 初めは猫型ロボットを開発したのだそうですが、猫を良く知る人から、何か違うぞ!と違和感を持たれたため、・・・(なるほど!)・・・あまり知られていないタテゴトアザラシの赤ちゃんをモチーフにしたということです。
 まずは兎も角、柔らかくて触り心地が抜群だそうで、アザラシの赤ちゃん・・・ってどんななのでしょう?触ってみたいですね!
 そして、女性の購入者が多いため、人間の赤ちゃんを抱っこした時の感覚に限りなく近いよう、ラグビーボールみたいな形状で、赤ちゃんの身長と体重に似せて作ったのだそうです。・・・益々、なるほど!!です。
 それで、視覚、聴覚、触覚、運動感覚などがあり、触れ合う人を判別でき、飼い主の言葉も学習できるのだそうです。20カ国以上で現在導入されているとありました。


  パロ 気持ちよさそうなパロ
    「パロ」 独立行政法人 産業技術総合研究所 HPより

 「パロにも心や感情があるかのように内部の状態が変化し、反応の仕方が変わったり、朝・昼・夜のリズムもあり、鳴き声を出したり飼い主の好みの行動を学習したりもします。瞬きをすることで顔の表情に変化があり、頭や手足が動くことで驚いたり喜んだり、あたかも心や感情はあるかのように振る舞う自律型ロボットです。」
という説明書きがあり・・・・本当なのでしょうか?これは是非とも実体験したくなってしまいます。
 ロボットの世界もここまで進化しているとは知らず、びっくりですね。

 パロのようなロボットの在り方はおそらくこれからも追及され研究が進んでゆくのではと思われますが、これも手放しで喜べることばかりではなく、きっと落とし穴が近い所にあるような気がしてしまいます。
 パックボットも含めて、ロボットは道具なのか、道具を越えた存在になり得るのか、またそれが良いことなのか、将来的な問題への示唆を示されているように感じます。

 ところでロボットと言えば、アトムですね。
 この話題、もう少し続けてみたいので、次回はアトムのお話が出来たらと思っています。

 

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* 小布施の五月~ゆっくりと花便り~

 GWはどのようにお過ごしになりましたか?

 私は、相変わらず、忙しく駆け巡りながらの日々を過ごしてしまいました。
 ワークホリックの気が濃厚で、なかなか抜けられず困ったものです。

 それでも連休の合間に信州に行き、小布施に立ち寄りました。
 信州は知人も多く、様々な縁が深い地なのですが、小布施も、大好きな町で、今までにもう何回も足を運んでいます。
  
  今日は少しだけ、小布施散歩・・・花便りを・・・。


 長野からローカル線で約30分余り、北アルプスの壮大なパノラマに囲まれた美しい町。
 小布施といえば
  ・・・栗のお菓子・・・が浮かびますか?
    栗かのこ 栗羊羹 栗おこわ・・・・ 
 昔ながらの土蔵が端正な風情を増し、ほわっとした甘い香りが漂ってくる老舗の和菓子屋さんが立ち並んでいます。
 ・・・・小布施堂 竹風堂 桜井甘精堂 ・・町に入ると美味しそうな看板、<栗>の文字がそこここに目に入ります。

 北斎館と高井鴻山記念館を結ぶ遊歩道が「栗の小径」と名付けられて、石畳の代わりに、栗の木の木片が敷き詰められていて、その佇まいが、素敵です。

 栗の小径  栗の木のペーブメント

 ペーブメントの栗の木の年輪と、ひび割れが写真からわかるでしょうか?この栗の木の歩道は、訪れる度に段々と町に広がっています。

 小布施は、浮世絵師葛飾北斎にゆかりの深い地です。
 北信濃きっての豪商と謳われ、自身も画家であった高井鴻山が北斎を師と仰ぎ、厚く招いたため、晩年の北斎はこの地を大変愛して、旺盛な創作活動を繰り広げました。
 北斎館も、高井鴻山記念館も、資料展示など大変工夫されており、わかりやすく充実していて、歴史にも絵画にもさほど精通していなくても、大いに心魅かれます。また、北斎晩年の大作、天井の大鳳凰図が見事な岩松院も、とても見応えがありお薦めです。
 何よりも町全体が、北斎や、なかなかの人格者であった鴻山への敬愛で溢れている感じがして、おざなりな観光地とは一味違って、快い余韻が残ります。

小布施の町並み 街路灯にパンジーの花篭・・・現代的でモダンな町並みでもあります。

 ワイナリーやフローラルガーデン、個人宅のオープンガーデンなど、他にも見どころが色々あって、何度も訪れている私は、観光大使に任命して頂きたいくらい実は詳しいのですが、それはまた、任命された後??のこととして、・・・今日は本題の花便りを。

 市街地をほんの少し離れると、小布施橋を見上げる千曲川の河川敷に出ます。
 藤村の詩でよく知られている小諸城址から眺める千曲川は、大きくうねりながら流れていますが、ここは、向こう岸が見えないくらいに川幅が広がっています。
 
 私はここの春の景色が大好きなのです。
 今年は春が遅かったせいか、今まさに春真っ盛りでした。


        一面の菜の花
          この菜の花 一面の菜の花

 菜の花のミツバチ  タンポポ
     蜜蜂も働いています。
     タンポポだって可愛いです。


八重桜の並木  リンゴの花
   八重咲きの桜 ぽってりとのどかですね。
   林檎も可憐な白い花をつけています。


        百花繚乱
 花桃の紅色、桜色に、菜の花の黄色がよく似合います。
 若葉のさみどり色 北アルプスの遠景が、まさにこれ、懐かしい日本の風景です

 眠りから覚めるように、自然が一斉に呼吸し始め、花々が美しく開き始める、・・・・北国の春は美しい出発を感じます。
 5月、束の間の休日。
 春の息吹を満喫したひとときでした。


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* 美味探訪 ~朝はGOPANの香り~ 終章

  爽やかな季節の到来・・・色々なことが少しでも落ち着いて、幸せに過ごせる5月であってほしいです。

  さて、このブログは前回からの続きですね。

 美味探訪~朝はGOPANの香り~序章及び 本編 に続いて、今日は終章です。


  メーカーの宣伝文句によると、GOPANはお米の味なので、ご飯に合うものは皆、トッピングとして基本的に合うのだということです。
 これを受けて、たとえば、江戸むらさきとか、ひじきとか、なめこの佃煮とか、納豆とか・・・・モニターの方たちが色々試した体験記がHPにも載っていました。
 「確かに合う!」と書いてあります。
 
 我が家は昔から朝はパン食、そしてその朝食を殊の外重視していますので、今やGOPANも朝の重要必須アイテムとなっています。
 そして、私としては、お米がパンに変身した面白さを追求したいと思うので、あくまでも、コーヒーにサラダとオムレツ、時によって果物やヨーグルトなどもあり、そしてパンにはジャムとバター・・・という洋風王道を突き進んでおります。
 
 けれど、前回の記事にも記しましたが、GOPANの一番の特徴は、パンなのに、どこか懐かしい、お釜で炊いた、お焦げが混ざったご飯の香りがそこはかとなくするところなのです。

 
 一昔も二昔も前の日本的な朝の食卓といえば、小津安二郎監督の映画にでも出てきそうな情景が目に浮かんできますし、それは、まず、お味噌汁、お漬物、湯気の立っているご飯に少しのおかず・・・でしょう。
 当たり前だけれど平穏な、幸せな日常のイメージが、暖かいご飯にはありますよね。

 GOPANはそういうほっとする幸せも同時に感じさせてくれる気がして、私の目下のお気に入りです。


 三回に渡ったこの話題ですが、最後は少しシャンソンのブログらしく、詩を一編ご紹介しようかと思います。

ジャックプレヴェールジャック・プレヴェールの作品に <déjeuner du matin>「朝の食事」という詩があります。(写真は往年のジャック・プレヴェール。「ことばたち」高畑 勲著より掲載)

 この「朝の食事」という詩は、別離を前にした二人の、最後の悲しい朝の一場面を、まるで無声映画を見るように淡々と綴っていくのですが、さすがプレヴェールで、なかなか素敵な名詩なのです。簡単に要約してみますと、

   別れる二人のその朝の、そのいつもの食事。
   彼はいつものカフェオレを飲みほし、
   いつものようにタバコに火をつけ
                         そして何も言わず家を出て行った。
                         私から出て行った。

というような内容の詩で、朝、何気なくコーヒーを飲んでいる時など、なぜかふと浮かんでくる事があるんです。

 詩の中で、二人の食卓には今、カフェオレだけがある・・・。
 最後の・・・。

 パンもちゃんと食べたのだろうか・・・。
 でもそんな余計なこと書いたら、詩の雰囲気は違ってしまうだろうな・・・・
 ・・・まして、GOPANだったりしたら完全に・・・・

 などと、とてもお馬鹿さんなことを考えてしまいました。


 この詩、「朝の食事」は、1946年に出版された詩集「Paroles」(ことばたち)の中に収められた詩の一編で、今やシャンソンの不朽の名曲となった「枯葉」など、数多くのプレヴェールの詩に曲を付けたジョセフ・コスマによって作曲されています。
 確か、マレーネ・ディートリッヒも歌っていたかと思います。

 
 何人もの詩人や翻訳家の方々が、この詩の微妙なニュアンスを伝えようと、細やかに言葉を選びながら対訳を付けておられるのですが、ここでは、詩人の大岡信氏が訳した、対訳をご紹介してみようかと思います。

 フランスっぽいエスプリが効いて、洒落ている、でもそれが却って悲しい、別れの雰囲気を味わってみて下さいね。
 最終行に唯一使われているプワン(句点)もなかなかなものと思うのですが、この対訳の中でもきちんとそれが生かされていますね。


    朝の食事
 
   あの人 コーヒーをついだ
   茶椀のなかに
   あの人 ミルクをいれた
   コーヒー茶碗に
   あの人 砂糖をおとした
   ミルク・コーヒーに
   小さなスプーンで
   かきまわした
   あの人 ミルク・コーヒーを飲んだ 
   それから茶碗を置いた
   あたしにひとこともいわず
   煙草に
   火をつけた
   煙草の煙を
   輪にしてふかした
   灰皿に
   灰をおとした
   あたしにひとこともいわず
   あたしを一度も見ずに
   あの人 たちあがった
   あの人
   帽子を頭にかぶった
   あの人
   レイン・コートを着た
   雨が降っていたから
   あの人 出て行った
   雨の中へ
   ひとことも話さず
   あたしを一度も見ずに
   そしてあたしは
   頭を抱えた
   それから 泣いた。


                                Fin

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* 美味探訪 ~朝はGOPANの香り~ 本編

 GWに入りましたね。
 今年は京都も例年より人出が少ないのではと言われていますが、空が眩しい日は、青葉が鮮やかに映えて、街を散策していても気持ちが優しくなってきます。しっとりとした空気に包まれて、楽しげな様子の観光の方たちの姿も多く目に止まります。

 さて、前回の記事、
美味探訪 ~朝はGOPANの香り~序章 に続いて、いよいよ本編に入りましょう。

 「GOPAN 」のネーミングについてわかる人、もう一度手を挙げて


・・・簡単すぎる質問ですねえ・・・訊かなくてもきっと95%位の方は正解でしょうねえ・・・・。でも念のため一応  
 
 「ごはん」を「パン」に、もじっているんですよね。で、「これぞジャパンのパン・・・?!」というわけでしょう
 尤も「ゴパン」という片仮名書き名称は、某アニメで既に知る人ぞ知るところだったようですが、きっとこの辺の商標登録はクリアーして、GOPANというローマ字表記で売り出したのでしょうね。

 では、今日はまず、GOPANが出来上がるまでの工程を簡単にレクチャー致しましょう。
 ・・これにあたり、GOPANの最大の欠点を二つ告白しなければなりません。

  <その一> 
 GOPANは、米粒がスイッチ一つでパンになる・・・と言っても文字通り米粒だけしか使わないわけではありません。・・・いくらなんでもねえ・・
 若干の、砂糖・塩・ショートニング(or 無塩バター)・ドライイースト・小麦グルテン が必要なのです。(小麦アレルギーの人のためには小麦グルテンの代わりに上新粉を使います)
 GOPAN関連のブログを見ていたら、お米だけで出来ると思っていたのに・・・と詐欺であるかのように苦情を書いていた人がいましたが、いくらメーカーが頑張ってもそれは無理というものでしょう。・・・これは厳密には欠点とは言えないですが勘違いしないようにということで。

  <その二> 
 うるさい。
 これは正真正銘、大いなる欠点です。

 前回の記事で、硬い米粒を粉状にするために、米を水につけて柔らかくしてからすり潰す方法、「米ペースト製法」を開発したことをご紹介しましたが、さらに米を砕く高回転のモーターと、パン生地をこねる低回転のモーターを、一つの軸に組み合わせて、一槽式の機械で回す方法に成功したことがGOPANの誕生につながったようです。・・・・こういう課題解決の道程は、大変ですけど、携わり克服する中で、どんなにかワクワクすることでしょうね。

 この際に生じる回転の熱を冷ますために、30秒回転させたら5分休ませるように設定されているのですが、これが10回続くのです。
・・・ しかし、やかましい・・・それなりの音が確かにします。

 突然、電気ドリルで壁を壊す時のような騒音が起こります。
 30秒なので程なく消えるのですが、ほっとしていると、また脅かすように、突然ガガガガ~と鳴り響くのです。

 一軒家なら何が起ころうと何てことはないのでしょうが、我が家のようなマンション暮らしではねえ・・・パンを作るのも一苦労です。
 振動音をどうすれば少しでも和らげることができるか、頭をひねっていますが、まず、作る時間帯にかなり気を使ってしまいます。
 夜はもっての外でしょうから、目立たなそうな平日の昼間、外の騒音に紛れてこっそりと。どうか苦情がきたりしませんようにと祈りつつ。
(ただ、メーカーの人もそこのところは心得ているようて、音の出る作業を行った後は休止状態にして、朝食に間に合うよう焼き上がるタイマーも付いています)


 もっとも、実際には自分が思う程、ご近所に響いてはいないのかもしれませんね。
 最近気付いたのですが、お隣からは早朝、似たような音がかすかに聞こえてきます。
 ・・・あれはたぶんミキサーの音なのではと耳の良い私は推測していますが、・・・年配のご夫妻が住んでおられるので、健康野菜ジュースでも作っていらっしゃるのかもしれません。
 台所のまな板の音で目が覚めた頃のように、こちらは現代版の朝の音で・・・私にはそんなに悪い感じはしません。或る程度の生活音はお互い様なのでしょうし。

 話が広がってしまいましたが、以上がGOPANの二つの欠点でした。
 そんな大変さはあるのですが、ともあれ、材料を仕込んだら、スイッチを押して、4時間ひたすら待つのみです。焼き上がる頃になると、段々パン屋さんみたいな香りが部屋中に漂ってきて、とても幸せな気分になります。

 普通に材料を用意すれば普通の白いパンが出来るのですが、面白いので、私は途中で、ドライフルーツなど、時に応じて色々なものを工夫して投入しています。


GOPANの香り1昨日作ったGOPANは、シナモンスパイスをたっぷり入れて、こねに入った途中で、適当に様子を見ながら干しブドウとドライチェリーを入れてみました。
 最後にリキュールも少し香り付けに入れたら、大人っぽい良い香りがしてきました。

それで、今朝早速、食してみました。

 途中で好きなものを投入するタイミングですが、米パンの時には特にマニュアルはありませんので、自分流です。下手をするとみんなすり潰されて、ただ色の染まった良くわからないパンになってしまうのですが。それもまた楽しくもあります。(GOPANで、従来のような小麦粉パンも作れるのですが、この場合はなぜか色々レシピがついています)

GOPANの香り3昨日のパンも、チェリーが少しすり潰されたようで、良く見ると、真っ白ではなくチェリーが練り込まれた不思議な色になってしまいました。
 
 触感はひたすら柔らかく、そっと触れないと潰されてしまいそうになるほどホワホワっとしています。一方、食感は「パン」なのですが、お餅みたいな弾力があり、お米を噛みしめた時に感じる独特な甘味のような、ああいう深い懐かしい味わいが確かにGOPANにはある気がします。

 フワフワなのですが、私は敢えてトーストして食べるのが好みです。
 少し焦げ目をつけると、香ばしい香りがして、それが、お焦げご飯の食欲をそそる匂いに少し似ているのです。
 サクサクしていて・・・パンの耳がこんなに美味しいものだったとは、という嬉しい発見があります。

 メーカーは「あったらいいな」というコンセプトでこのGOPANの商品化に熱心に取り組んだと聞きます。
 
 思うのですが。
 自由なアイディや発想を生かし、チャレンジして行くのに丁度良い規模というものが企業にもあるような気がします。
 
 そしてこれは企業に限らず、一般的に、何か新たなものを生み出してゆく時に、画一化されない手作りの良さや、独自性を認めてゆくことの意味にも、どこかでつながるのかもしれません。

 そう考えると、三洋電機のように、合併されて実質的には自立出来なくなってしまう企業が昨今多いことが、少し残念に思われます。
 勿論、企業の場合はその他の経営的な様々の要素や、世界を相手にした視野でものを考えてゆく必要など、色々な難しい条件が付加されるでしょうから、一概に判断は出来ないのでしょうが。

 おおげさな言い方かもしれませんが、グローバル化という考え方が、文化と言うものの真の創造性を枯らしてゆかないよう、心してかからなければいけない時代になっているなと・・・美味しいGOPANを楽しみながら、そんなことをふと思った今朝の食事でした。


 この話題ですが、序章から始めましたので、どうせなら、あともう一回、終章を載せてみますね。 
 では、また!

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