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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

* さくらんぼの意匠

 この時期になるといつも友人のEさんが、佐藤錦を送って下さいます。

 さくらんぼは6月の果物のイメージでしょうか?

 アメリカンチェリーが5月の終わり頃からまず出始めて、6月に入ると少しずつ、初物の国産さくらんぼが小さなパックに恭しく、果物屋さんの一等席に貴重品のように並べられますね。
 日が経つにつれて段々とパックは大きくなり、プライスも良い感じになってきて、後少しでスイカに座を明け渡す寸前の、今はまさに熟成された旬ですね。

 中でも佐藤錦は実りがゆっくりなのでしょうか。王者は最後のお出ましと言わんばかりに、艶やかで瑞々しく、この時期、目と味覚を充分に堪能させてくれます。

さくらんぼ1 さくらんぼ2

 今年は、震災の影響で農作物は深刻な状態ですし、さぞ大変だったのではと思っていたのですが、こんなに立派な沢山のさくらんぼ!いつにもまして嬉しく感じられました。

 私は果物は、何でも大好きです。
 陽の恵み、季節の恵みを受けて、その季節ならではのそれでしかない甘酸っぱい味と香りと形を成熟させている気がしますし、花を咲かせ実を付け、収穫され、そういうすべてのプロセスがどこかとても健気で、愛らしく感じられてしまうのです。
 
 さくらんぼの意匠・・・デザインということですが、さくらんぼはとりわけこの形がホントに可愛くて、見ているだけでも楽しいですよね。

 佐藤錦はさくらんぼの代名詞みたいに良く知られていますけれど、命名はどこから?・・・あまり難しい質問ではありませんね・・・予想通り、開発者の名前から。山形の佐藤栄助さんという方が作られた品種なのだそうです。

「さくらんぼは冷蔵庫に入れると糖度が飛ぶので常温で保存して2~3日で食べ切ってください。」と注意書きがあり、一度に食べてしまうのはもったいないなと思いつつ、これまでいつも忠実に守ってきたのですが、今年は例の
冷凍レモン以来、冷凍に、はまっていますので、ものは試し、さくらんぼにも挑戦してみたのです。
冷凍さくらんぼ  ・・結構お薦めです。
 この暑さの中、上品なチェリーシャーベットのようで、とってもお洒落な味なんです。色々なデザートにもアレンジできますし、シャリっとした氷菓の食感が口の中に広がって、味も風味も色も問題なく正真正銘のさくらんぼです。
 これなら慌てず少しずつ味わうことができますから、是非一度試して見て下さいね。
 ガラスの器が少し冷気で曇って、自然に冷たさが伝わってきます。
 さくらんぼの表面に薄く霜が付いているのが写真からわかるでしょうか?
 
 ちょっと素敵な高浜虚子の俳句を思い出しました。


   茎 右往左往 菓子器の さくらんぼ


 もう一つ、シャンソンのご紹介もしてみます。
 さくらんぼといえば、シャンソンを代表する名曲『さくらんぼの実る頃』ですね。
 1966年にJ・Bクレマンの詩、A・ルナールの曲で発表されています。
 この曲は、日本語の訳詞がいくつかあって、馴染みが深いのですが、よく耳にするのは、工藤勉氏の訳詞かと思います。

   さくらんぼの実る頃は 
   うぐいすが楽しそうに
   野にうたうよ
   乙女たちの心みだれて
   恋に身をこがすよ
   さくらんぼ実る頃は
   愛のよろこびをみな歌うよ

 一番だけ記してみました。
 <けれどもさくらんぼの実る季節は短くて、恋もすぐに終わってしまう>という二番。
 そして、<年老いた今もあの日のことを胸に秘めて、あの幸せをしのんで歌う>という三番と続きます。

 「フランス人はこの曲が大好きで、小さな子供達に学校でも教えている」とフランス人の友人から聞いたことがありますが、本当なのでしょうか?
 日本では、風格ある歌手の方たちがこの歌を味わい深く歌われるのを聴くことが多いのですが、フランスの小学生が先生に教わりながら、声を合わせて皆で歌っているところも一度聴いてみたくなりますね。

 青春の儚い恋をさくらんぼの実る季節に重ねて瑞々しく歌った歌。
 或いは、その恋が失われてゆく痛手を噛みしめ、追憶する歌。
 色々な味わい方があるのですが、実はこの歌は、1871年に成立したパリ・コミューン(革命軍)が、政府軍との二か月に及ぶ闘争を繰り広げ、ついに「流血の一週間」と呼ばれた激しい市街戦で、市民三万人の虐殺によって終焉を迎えた、その時の悲劇をさくらんぼのイメージに重ねた歌とも言われているのです。(<パリ・コミューンの勇敢な女子看護兵ルイーズに捧げる詩>という作詞者の献辞もあります。)
 そう思って原詩を味わい直して見ると、どこか少し深刻な血なまぐさい雰囲気と、喪失感を感じないでもありません。

 原詩の中で、少し気になるところの大意を紹介してみますね。

  * さくらんぼがおそろいのドレスで、葉蔭に垂れ下がっている 血のしずくのように 

  * そのサンゴ色のイヤリングを 二人は摘みに行く

  * さくらんぼが実る頃、失われてゆく苦しみを自分は味わうだろう

  * でも自分はこの季節をこれからもずっと愛し続けるだろう
    あの時から残されたものは 心の中に開いたままの傷口
    何ものも苦悩を癒やすことはできないけれど

 一年のわずかな日数だけ実る果実は、つかの間の夢のようでもあり、
 茎が二つに繋がって揺れる様は、恋人たちの淡い絆のようでもあり、
 鮮やかな赤い色は、燃える恋の炎、また、戦いの中で流されてゆく鮮血の色でもあり、・・・・そんなことを思うと、一曲のシャンソンからも、<さくらんぼ>という果物を捉えるフランス的感受性が垣間見える気がして、とても興味深く感じられてきます。

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