
このところ少しだけ暑さが和らいで一息つけるかなと思っていた矢先、福島・新潟は突然の豪雨で大変な被害が出ています。
河川の増水、堤防の決壊、浸水。
悠然とたゆたう信濃川までが橋桁を覆うほどに増水し、延べ40万人もの方たちが避難指示・勧告を受け、約9000人が避難を余儀なくされている、突如発生した想像を絶する状況に息を飲むばかりです。
新潟に住む学生時代からの友人とも、まだ連絡がついていません。
もはや水というより重い泥のうねりのような濁流になって氾濫している川を映すテレビの画面に目を奪われます。
三月の、津波が押し寄せてくるあの無残な映像と二重写しになって、自然の脅威を再び思い知らされる気がしますね。
大震災のショックを乗り越えて、ともかくも前向きに頑張ってゆかなければという気持ちを今皆で奮い立たせようとしている時なのに。
渦中におられる方、地震、原発、・・・過酷すぎるほどの試練の連続に心身の疲労もいかばかりでしょうか。
謹んでお見舞い申し上げます。
これ以上の犠牲を生むことなく、一刻も早く収束に向かいますように。
どうぞご無事でありますように。
幸い豪雨のピークは過ぎて、河川の水位は少し下がりつつあるということです。
けれど、非常事態の中ですが今回、報道される様子を見ながら、一つ感銘を受けたことがあります。
それは、避難のためのそれぞれの地域での自主的な判断や対応が非常に迅速且つ的確に行われて、その場の状況を見極めながら、救助する立場の方たちも被害者の方たちも共に、最良の知恵を出し合い助け合っているように感じられたことです。
震災や洪水の経験を教訓としてこれを乗り越えているという感銘かもしれません。・・・・
私たちは、ただされるがままに翻弄されないぞ、苦しんだ分それを経験とし、知恵として、必ず乗り越える力を身につけてゆかれるんだ、そういう国民なんだ・・・と、祈るような気持ちの中で確信します。
今、ふと浮かんだ文章があります。
山崎正和氏の評論、1965年に起こったニューヨークの大停電を取り上げた文章の中にあったかと思うのですが。(確か『劇的なる精神』だったかと・・うろ覚えのままご紹介してしまいます。ごめんなさい。)
ニューヨークで大規模停電に遭遇した日本人(筆者)が、真っ暗になって満月だけが照らすマンハッタンの街を黙々と帰宅するアメリカ人たちの人並みに混ざって歩いていたときのこと。
隣り合わせたアメリカ人の女性と歩きながら会話をするのですが、いつもの近代文明の象徴のようなマンハッタンではなく、摩天楼の林を秋の月の光だけが照らす光景に心惹かれ、不安と恐怖でいっぱいになっている彼女に向かって「月が素晴らしい」と話しかけるのです。彼女は、その感覚をとてもいぶかしく思って「月が不気味に光るだけの暗闇の中のニューヨークは地球の終わりのような恐怖しか感じないのになぜそんなことを言うのか」と質問します。
これに対し「本当にいよいよ世界が終わる夜になれば、やはり無心に月を眺めて、一切の恐怖心や想像力を拒絶するのが日本人の態度かもしれない」と答えます。
そこから、山崎氏独自のアメリカと日本との比較文化論が展開されるのですが、この中で、彼はこれが、日本人と欧米人との自然と神という概念の相違に起因するのだろうと言及してゆきます。
<日本人にとって自然は、想像の中で膨らませてゆく曖昧なものではなく、単純明瞭な自然そのものとして受け入れられているのだ。>
<一方、欧米人にとっての神は人間が観念的に作り上げた想像の産物であるため、その神をひとたび見失ったときには喪失感や絶望感にとらわれることにもなる。>
・・・というような趣旨のことがあったかと思うのです。
つまり日本人にとっての自然は、抗えない絶対的な力を持ったもので、その中に包まれて生きていることになり、だから何が起こっても自然を愛してどう共存するかを探っていくことになるのでしょう。最終的に孤独にならない強さがあるともいえるかもしれません。
昭和五十年代に書かれた評論かと思いますが、今考えてもなかなか示唆に富んでいる気がします。
本来の私達らしさを武器にして、諦めず絶望せず、しなやかな強さと優しさを持ち続けて、相次ぐ様々な困難を皆で乗り越えてゆけたらと改めて切に願います。
河川の増水、堤防の決壊、浸水。
悠然とたゆたう信濃川までが橋桁を覆うほどに増水し、延べ40万人もの方たちが避難指示・勧告を受け、約9000人が避難を余儀なくされている、突如発生した想像を絶する状況に息を飲むばかりです。
新潟に住む学生時代からの友人とも、まだ連絡がついていません。
もはや水というより重い泥のうねりのような濁流になって氾濫している川を映すテレビの画面に目を奪われます。
三月の、津波が押し寄せてくるあの無残な映像と二重写しになって、自然の脅威を再び思い知らされる気がしますね。
大震災のショックを乗り越えて、ともかくも前向きに頑張ってゆかなければという気持ちを今皆で奮い立たせようとしている時なのに。
渦中におられる方、地震、原発、・・・過酷すぎるほどの試練の連続に心身の疲労もいかばかりでしょうか。
謹んでお見舞い申し上げます。
これ以上の犠牲を生むことなく、一刻も早く収束に向かいますように。
どうぞご無事でありますように。
幸い豪雨のピークは過ぎて、河川の水位は少し下がりつつあるということです。
けれど、非常事態の中ですが今回、報道される様子を見ながら、一つ感銘を受けたことがあります。
それは、避難のためのそれぞれの地域での自主的な判断や対応が非常に迅速且つ的確に行われて、その場の状況を見極めながら、救助する立場の方たちも被害者の方たちも共に、最良の知恵を出し合い助け合っているように感じられたことです。
震災や洪水の経験を教訓としてこれを乗り越えているという感銘かもしれません。・・・・
私たちは、ただされるがままに翻弄されないぞ、苦しんだ分それを経験とし、知恵として、必ず乗り越える力を身につけてゆかれるんだ、そういう国民なんだ・・・と、祈るような気持ちの中で確信します。
今、ふと浮かんだ文章があります。
山崎正和氏の評論、1965年に起こったニューヨークの大停電を取り上げた文章の中にあったかと思うのですが。(確か『劇的なる精神』だったかと・・うろ覚えのままご紹介してしまいます。ごめんなさい。)
ニューヨークで大規模停電に遭遇した日本人(筆者)が、真っ暗になって満月だけが照らすマンハッタンの街を黙々と帰宅するアメリカ人たちの人並みに混ざって歩いていたときのこと。
隣り合わせたアメリカ人の女性と歩きながら会話をするのですが、いつもの近代文明の象徴のようなマンハッタンではなく、摩天楼の林を秋の月の光だけが照らす光景に心惹かれ、不安と恐怖でいっぱいになっている彼女に向かって「月が素晴らしい」と話しかけるのです。彼女は、その感覚をとてもいぶかしく思って「月が不気味に光るだけの暗闇の中のニューヨークは地球の終わりのような恐怖しか感じないのになぜそんなことを言うのか」と質問します。
これに対し「本当にいよいよ世界が終わる夜になれば、やはり無心に月を眺めて、一切の恐怖心や想像力を拒絶するのが日本人の態度かもしれない」と答えます。
そこから、山崎氏独自のアメリカと日本との比較文化論が展開されるのですが、この中で、彼はこれが、日本人と欧米人との自然と神という概念の相違に起因するのだろうと言及してゆきます。
<日本人にとって自然は、想像の中で膨らませてゆく曖昧なものではなく、単純明瞭な自然そのものとして受け入れられているのだ。>
<一方、欧米人にとっての神は人間が観念的に作り上げた想像の産物であるため、その神をひとたび見失ったときには喪失感や絶望感にとらわれることにもなる。>
・・・というような趣旨のことがあったかと思うのです。
つまり日本人にとっての自然は、抗えない絶対的な力を持ったもので、その中に包まれて生きていることになり、だから何が起こっても自然を愛してどう共存するかを探っていくことになるのでしょう。最終的に孤独にならない強さがあるともいえるかもしれません。
昭和五十年代に書かれた評論かと思いますが、今考えてもなかなか示唆に富んでいる気がします。
本来の私達らしさを武器にして、諦めず絶望せず、しなやかな強さと優しさを持ち続けて、相次ぐ様々な困難を皆で乗り越えてゆけたらと改めて切に願います。


