新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

「恋するバルバラ」<1> コンサートタイトル

 台風一過、爽やかな季節になってきましたね。
 空が高く青く、じっと見上げながら、いつまでもうっとりと涼風に吹かれていたいと思ってしまいます。
 夏ひたすら暑く、冬ひたすら寒い京都の、つかの間の至福の季節、到来です。


 先日の記事で、2月の訳詞コンサートについてお知らせしましたが、時間を逆算してみると、既に準備に頑張らねばならぬ時期なのにもかかわらず、なかなかで、思えば思う程、時間は勝手に過ぎてゆき・・・。
 しかも困ったことに私にはどうも、どうでも良いことから着手して段々自分を追いつめてゆく性癖があるらしく、(これが私の集中への通過儀礼らしいのですが。前に、切羽詰まってくると突然部屋の片づけをしたくなることを告白しましたよね?!)それが災いして、現在のところ、肝心かなめなところに行き着き難し、なのです。
 それでも、候補曲の訳詞は一通り終えたのですが、並べてみるとかなりの曲数になってしまい、欲張りなので、絞り込む作業は思いの外難題です。
 何もかも歌うわけにもいきませんから、兎も角も今は、選曲と曲順などの検討を急ごうと思います。

 何もない所から一歩ずつ手探りで形を作ってゆく・・・骨は折れますが、それこそが創作の醍醐味でしょうし、コンサートの実現も同様で、こういう準備の日々を持つことができるのは大きな恵みなのですが、何事も乗り越えていく過程においては、一筋縄ではいかない色々な障壁にぶつかるものですね。
 言うまでもなく一番の課題は自分自身で、自分の能力・精神力・努力、それを信じようとする気持と揺らぐ思いとの葛藤の連続でもあります。
 でも、コンサートに限らず、そういう不安と拮抗しながら自分なりの歩みを進めてゆくことが、人が生きてゆくということなのかもしれませんよね。

 今日は何だかわけのわからない呟きから始めてしまいました。ごめんなさい。

 さて、では本題です。
 訳詞コンサートのタイトルが決まりました!!!

バルバラ 
『恋するバルバラ』としたいと思います。

 シャンソン歌手の「バルバラ」。
 写真を載せてみますね。
 かなり個性的で、こういう感じの人です。

 随分前から、「バルバラ」を特集したコンサートを、と実は考えていたのです。
 「バルバラ」は1970~1980年代のシャンソン界に君臨した大御所の一人と言っても過言ではありませんし、今もって多くの愛好家を集め、その代表曲は日本でもかなり紹介されていて日本語訳詞も多く出されています。
 「黒い鷲」「ナントの雨」「貴婦人」「いつ帰ってくるの」「ピエール」・・・・・枚挙にいとまなく、シャンソンを歌う方ならプロ・アマを問わず、必ず何曲かはレパートリーに入っているのではないでしょうか。
 日本のCDショップでは、シャンソンは、ワールドミュージックというジャンルに括られ、その中の<フランス>或いは<シャンソン>のいう小さな棚にほんのわずか置かれるばかりで、何とも悲しい実態なのですが、その中でも奇跡のようにバルバラはしっかりと気を吐いているのです。

 日本で、未だ殆ど知られていないミュージシャン・或いはその楽曲を紹介し興味を広げ楽しんでいただければというのが、私のコンサートの主目的ですので、その点から言えば、既に周知のバルバラを取り上げることには矛盾があるのですが、少し踏み込んでみると、良く知られているとは言っても、やはり或る一部分の曲(既に日本語訳のある曲ということになりますが)だけがクローズアップされ過ぎている気もしますし、・・・有名になった分、そこから、バルバラの固定化されたイメージも出来上がりすぎているように感じてしまうのです。

 バルバラの本名はモニック・セール、1930年にパリに生まれました。
 彼女が10歳の頃、パリがナチに侵攻されることになるのですが、ユダヤ系であった一家は、転々と住居を変え、逃亡の中で辛酸の日々を送ります。
 複雑な生い立ちと波乱に富んだ人生を歩み、やがて歌手、そしてシンガーソングライターとして、不動の地位を築くようになってからも、陰影の深い、謎の部分を多く持ち続けていたようです。
 1997年呼吸器感染症で没するまでの67年の生涯の中に、様々な逸話を残しています。(また機会を見て、少しずつご紹介してみますね。)
 1970年頃から何度も来日しているので、バルバラのコンサートを生で聴いた方のお話も何人からか伺ったことがあるのですが、(私も聴いてみたかったです)最後の頃は呼吸器の病もあり、かなり喉にダメージを抱えた惨憺たる、しかし、その分、尋常ではない鬼気迫るステージだったそうです。
黒衣のバルバラ
 いつも黒のドレスを身に纏って、「真夜中の歌手」と呼ばれていたこのバルバラの、実像の総てを一度のコンサートの中だけで伝えきることは、勿論難しいことなのですが。

 でも、バルバラのレパートリーの中で、これまで日本に紹介されることが殆どなく、従って日本語訳も皆無に等しかった曲を中心に訳詞を試みてきましたので、その中から、私自身が聴いて心に迫ってくる曲、とても素敵だと感じられる曲、新鮮な発見のある曲、そんな曲を選んで、今回のプログラムを構成してみようと思っています。

 今回のコンサートの中で歌うつもりなのですが、『恋する女』(原題は<l’amourese>)という曲があります。
 狂気にも似た狂おしい恋が歌われていて、バルバラの本領が発揮されている魅力的な歌なのですが、私は特に気に入っていて、この歌のタイトルにかけて「恋するバルバラ」としてみました。
 それなら・・・・今回は、バルバラの様々なジャンルの歌の中から、恋をテーマにしたものをピックアップしてみることに・・・。

 コンサートタイトルのお知らせでした。

 聴いていただきたい曲が沢山詰まっています。
 知られざる彼女の表情が、歌の中から見えてくると面白いですよね。
 楽しくなってきました。頑張って準備したいと思います。
 

 少しだけ関係のあるおまけのお話。

* このコンサートは、二部に分けたいと思います。一部はバルバラですが、二部は全然違う趣向ですので、バルバラ中毒になる心配はたぶんないと思います。ご安心を!

* 九月ももうすぐ終わりですね。
 <Setembre >(九月)、或いは別題、< quel joli temps>(何て美しい時)というバルバラの曲があるのですが、「九月 ―美しい季節に―」というタイトルをつけ私も嘗て訳詞をつけたことがあります。
 この曲、今回のコンサートに出すかどうか、まだ少し迷っているのですが。とてもロマンチックな美しいメロディーで、歌詞も詩情が溢れています。

   涼やかな風 頬をつたい
   葡萄の房 たわわに輝き


 という歌い出しです。
 この季節になると口ずさみたくなります。
 葡萄も美味しくなってきましたよね。


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かこさとしの世界 おはなし・かがく・あそび

 前回の記事、「ひとりで生きる 堀文子さんの言葉」の中で、日本画家堀文子を特集したNHKのドキュメンタリーをご紹介しましたが、この番組は本当に多くの方がご覧になっていらしたようで、私の記事にもメール等で御感想をお寄せいただきまして嬉しく思っています。有難うございました。

 さて、今日も素敵な方、そして素敵な絵画との出会いをご紹介したいと思います。

 かこさとしさん。
 今年85歳になられるそうですが、最初の執筆から50年余、一貫して絵本作家、児童文学者として、独創的で魅力的な作品を創作し続けていらっしゃって、実は私、ずっと前から隠れファンだったのです。

 7月16日から9月25日まで、鎌倉市長谷にある鎌倉文学館で、『子供たちへ、未来へシリーズ1 特別展 かこさとしの世界』が開催されています。終了間近になってしまった昨日、ようやく足を運ぶことが出来ました。

 昨日は、午後から関東地方台風直撃ということで、警報がどっさり発令されている中、でも朝は、まさに嵐の前の・・・で、変に青空まで広がって・・・・開館9時を目指していざ鎌倉へ。

江ノ電 鎌倉文学館は、鎌倉駅から30分位の、格好のお散歩コースなのですが、久しぶりに江ノ電に乗ってみたくなり、数分間の江ノ電の旅。
 以前は、二両編成のトコトコ電車だったのに、いつの間にか立派な車両の四両連結になっていて、・・・隔世の感がありました。でも街中を走るあののどかさは健在で。由比ヶ浜駅下車。

 6~7分、山側のなだらかな坂道を上ってゆくと、閑静な佇まいの鎌倉文学館が見えてきます。旧前田侯爵家別邸だった文化財にもなっている素敵な建物で、鹿鳴館の世界に迷い込んだような風雅な空気に包まれます。
 普段も鎌倉ゆかりの文学者たちの常設展が置かれ、これだけでもしっとりと味わえ、かなり興味深いのですが、今日は入口までのアプローチにも小さな子供の夢が膨らみそうな可愛い彩りに満ちていました。

文学館への道 鎌倉文学館
 
 絵本の草稿、精密なデッサン、美しい原画、どれも皆素敵で、すべてを写真に収めたくなったのですが、館内は当然のことながら撮影禁止でしたから、その印象を言葉でお伝えすることしかできません。それでも、言は意を尽くさず
 百聞は一見 ですので、ご興味のある方は是非訪れて、直接味わってみて下さいね。ただし、25日までですので、お急ぎを。

特別展リーフレット
 これが今回のリーフレットです。
 地球の上に、かこさんの童話のキャラクターたちが楽しそうに集っていて、「おはなし かがく あそび」という言葉がそれを包んでいます。
 今回の展示は、「おはなしの部屋」「かがくの部屋」「あそびの部屋」の3室に分かれています。

 「おはなしの部屋」の入り口に、子供たちに向けた、かこさんのメッセージが次のように記されていました。
 まさにこの特別展への思いそのものなのでしょう。それぞれの展示物にとても丁寧に、子供にもわかる言葉で、説明を書いていらっしゃって温かさが伝わってきます。

       子どもたちへのメッセージ
  これからの未来をおしすすめ
  もっとよい世界にするため
  科学や学問を身につけ 
  ちがった意見をよくきき
  考えをふかめて実行する
  かしこい人にみんななってほしいと願っています
  そして 自分のくせや体力に合ったやり方や練習法をみつけて
  自分できたえて 
  たくましくてしなやかな能力と
  すこやかな心をそなえた人になるよう努力してください
                       かこさとし


 「おはなしの部屋」
 絵本作家であり児童文学者であるかこさんの本領を発揮する、ウィットに富んだ可愛い絵本が、原画、物語、創作のプロセス、秘話などと共に、沢山紹介されていて、すっかり童心に戻って楽しんでしまいました。

 それにしても、不思議なのですが、一冊の絵本という印刷物で見るのと、じかに描かれた草稿を見るのとでは感動がひと味違うように感じるのはなぜなのでしょう?
 肉筆の力なのでしょうか。書かれている紙、絵筆の線、絵具の色が浮き立つように直接迫ってきて、命がこめられているのだなあと。
 言葉で表し難いのですが、創造するとはこういうことなのかもしれませんね。

 どんなに細心に録音されたCDでも、臨場感とか空気の流れとかも含めて、ホールで聴く生の音には敵わないように、これは音楽にも似ている気がします。
 飛躍してしまいますが。
 シャンソンを歌っていると時々、言葉と音とで、それぞれの役割を担って成り立っているはずの歌が、あるときは音が言葉の領域に入り込んで雄弁に語り始めたり、反対に言葉が音を紡ぎだしたりすることを感じることがあるのですが、絵本の中の言葉と絵との関係にはそういうことはないのでしょうか?
 かこさんにいつか伺ってみることができたら・・などと密かに思っています。


 「かがくの部屋」
 かこさんは工学博士でもいらして、絵本を通して科学の魅力を子供たちに伝えてゆきたいという思いを持って、科学絵本の分野にも大きく貢献してこられた方です。
 子供の本と侮るなかれ、相当本格的な内容で、正確で専門的な知識をわかりやすく伝えてゆこうとする情熱が迫ってきて、本当に、もう一度襟を正して勉強し直したいという思いが起りますし、科学的な芽を育むための好奇心の引き出し方がすごいなと。きっとかこさんご自身、今も子どもの心を持っている方なのでしょうね。
 『人間』、『ならの大仏さま』・・・推薦です。

 そして、今年刊行された最新作の『万里の長城』も展示されていました。これは、つい最近、国際アンデルセン賞画家賞の日本代表にノミネートされたそうで、これから海外でどのような評価を受けるか注目されている作品です。
 かこさんの解説には、この本は単に長城の大きさや古さを伝えることを目的としたものではなく、「特に多民族と共存して発展するにはどうしたらよいか、世界中の地域紛争の解決を示す雄大な実例として読んでいただくことを願って」まとめたものだとあり、歴史書、科学書を読むようなこの美しい労作のエネルギーの源は、このような強い思いの中にあるのだと、改めて感じ入ります。


「あそびの部屋」
 工作、実験コーナーなど、子どもたちが喜びそうな工夫満載。
「だるまちゃん」や「からすのパンやさん」に扮装できる可愛いベストやマント、かぶり物なども沢山あって、子どもたちの喜ぶ声が聞こえてきそうでしたが、何しろ警報発令中でしたので、当然のことながら子どもの姿は一人もなく、だ~れもいないとっても静かな部屋でした。

 ずっとお会いしていなかった懐かしい友人Mさんとの、文学館での再会も果たせました。
 段々激しくなって叩きつけて来るような雨の音を聞きながら、人のいない文学館で、絵本に囲まれ、束の間の友との語らい、嵐の日の不思議で素敵な時間が心に刻まれています。

  追加のお話
絵本 
 『絵本への道』を文学館で買い求めました。
 かこさんへのインタビューを基に構成した本ですが、面白くて昨晩一気に読み上げました。長くなるので、ご紹介は割愛しますが、これもお薦めです。

・・午後早めに帰り着きましたので、帰宅難民にならずに済みました・・。



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ひとりで生きる ~堀文子さんの言葉

 せっかくの3連休なのに、清々しい秋晴れには程遠く、鬱陶しい蒸し暑さの中で終わってしまいましたね。
 台風が迷走していて、何とも嫌な感じです。また大きな被害が出なければよいのですが。

 今朝は珍しくゆっくりできたので、何気なくテレビをつけてみましたら、NHKで『ヒューマンドキュメンタリー 画家 堀文子 93歳の決意』という番組が流れていました。
 日本画家の堀文子さんのこれまでの足跡を紹介しながら、現在の活動や心境などを対談で綴ってゆく50分間の番組でしたが、堀さんの魅力に、すっかり引き込まれて見入ってしまいました。
 ご覧になった方もいらっしゃるでしょうけれど、とても感銘を受けましたので、少しご紹介してみたいと思います。
堀 文子さん(NHKオンデマンドより) 堀文子さんは大正7年生まれの93歳、今もバリバリの現役で、常に留まることなく、新鮮な感覚に満ち溢れた素敵な作品を生み出していらっしゃる方です。
 テレビの中の堀さんは、つややかに光る銀髪ときらきらとした眼差しがとても美しい、柔和な微笑みを絶やさない、上品で優雅な方でしたが、実は、77歳でアマゾンへ、80歳でペルーに、そして81歳でヒマラヤ山麓に取材旅行に出かけて、そこで出逢った風景や人々の姿を、多くの素晴らしい作品に結実しておられる、超スーパーウーマンなのです。
 多くの作家の著書の装丁や挿絵なども数多く手がけておられるので、名前がピンとこない方でも、どこかで堀さんの絵はきっと目にしていらっしゃるのではと思います。

(番組は、NHKオンデマンド http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2011031694SC000/ で視聴できますが、有料です)

 番組の中で紹介された、堀さんの言葉・・・・対談の中での何気ない言葉や、ご自身が著しておられるエッセイの中からの言葉・・・・心に残った言葉のいくつかをご紹介してみますね。(細かい言い回し等、不備があるかもしれませんが、このような感じの感動であったと了解いただくことでご容赦を!)


 *「群れない 慣れない 頼らない」
 堀さんの生活信条であり信念であると繰り返し語っておられました。

 何かに属する安定感より、一人であることを恐れず何にも属さない自由を選びたい。自分流を貫いてゆかなければ、自分の本当に求める作品世界にも、自分らしい人生にも行きつかない  慣れて来ると安心してものが見なくなってくるから、未知の世界に行きたい いつも今を脱皮し、初めての挑戦に挑んでいたい
・・・・「息の絶えるまで感動していたい」
 93歳の堀さんが、若々しく情熱に満ちて、でも当たり前のように自然にこのように話される言葉に圧倒されました。
 年を取れば取るほど、知らないことが多いことに気づいて、もっと色々な世界を知りたいという思いが強くなってくる、やりたいことがどんどん増えてきてとても楽しく、そして忙しい。
 ・・・いつも不甲斐ないわが身を省みると恥じ入るばかりなのですが、忙しいという言葉は、こういう意味にだけ使いたい、使わなければいけないのだと、改めて密かに小さな決意をした次第です。


 *「風景は思想だと思う。様々な国を旅してきて今思うのは、風景というものは、自然を取捨選択して、その国の人々が作り上げてきた、その国を表す象徴なのだと思う。」
 なかなか示唆に富んだ言葉ですよね。今の東京の風景は、東京で暮らす(日本で暮らす、と言い換えられるかもしれませんが)今の我々の生き方そのものを反映しているということになるのでしょうか。
 
 *「この先どんなことに驚き、熱中するのか。
 私の中の未知の何かが芽を吹くかもしれないと、これからの初体験に期待が湧く。私にはもう老年に甘えている暇などないのだ。」

 *「美というものは、役に立たないように思えるが、それで良いのだと思う。
 役に立ったら欲と結びついて美は消えてしまう。
 美は形のないもので、柔らかく、仰々しい姿を見せない。
 では一体何だろうと考えてみれば永遠に輪廻する命ということになるのだろう。」


 こうなると、美学的・哲学的な領域に入ってきてなかなか難しいのですが、堀さんは、美術の世界に生きて、絵画が目指す「美とは何か」をずっと考えてきた今、美というものは効率的な損得の世界からみれば、全く無駄なこと、でも、生き生きとした生命力があること、生きていることそのものなのではないかと思うのだと、最後に語っていらしたのがとても印象的でした。
 
 絵画の世界には全くの素人の私が言うのも何なのですがとても頷けますし、でも、これは絵画の範疇を超えて、芸術・学問一般に、更には人の生き方にも当てはまる気がするのです。
 
 堀さんのどの言葉も、しなやかで決然として潔く、そして明るさと喜びに満ちて本当に美しいと思いました。

 言葉は、その人の生きる姿そのものなのですよね。

 自分の言葉が、上滑りしてゆくものではなく、美しい輝きを放って沁み入ってくるものでありたいと、音楽や訳詞と関わる時、いつも願っているのですが、それは自分の心を磨いてゆくことからしか生まれないのだと改めて思った、幸せな休日の朝でした。

 番組で紹介していた『ひとりで生きる』(求龍堂、2010年刊)という堀さんの著書はまだ読んだことがありませんでしたので、早速入手してみようかと思っています。


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訳詞コンサートVOL.5 のお知らせ

 来年2月に訳詞コンサートを行うことになりました。
 今日はほやほやの情報、第一報をお知らせしたいと思います。

 昨年11月に新橋の内幸町ホールで訳詞コンサートVOL.4を開催してから、もうすぐ一年になります。
 今年は、3月の震災からずっと気持ちが落ち着かなかったこともあり、コンサートは見合わせてじっくりと懸案の曲の訳詞作りに勤しもうと思って過ごしてきましたが、来年はまた新たな気持ちで頑張ってみたいと思います。

 松峰綾音訳詞コンサートVOL.5となりますが、VOL.5は私にとっての節目、京都と東京で二回のツアーを企画しました。

    2012年2月4日(土)16:00開場 16:40開演
   関西日仏学館 稲畑ホール(京都市左京区)

   2012年2月18日(土)14:30開場 15:00開演
   新橋シャミオール (東京都港区)
 


 * 2月4日、京都コンサートのご案内
 京都に住んで8年経ちましたが、この間も音楽活動は東京でしたので、関西でのコンサートは今回初めての試みです。
 とても楽しみなのですが、でもちょっとドキドキしてしまいます。

 2月4日は立春。
 旧暦ならば新年、元旦ですね。
 旧暦の新年を言祝ぎ、古都京都で、松峰綾音のシャンソンを聴きながらしっとりと迎えるというのは如何でしょうか?

 会場となる関西日仏学館の向かい側は京都大学、歴史を刻んで威風堂々とした時計台のあるキャンパス、大学構内を散策したら、その横は、吉田神社。
 吉田神社は節分会の神事では京都でも一、二を競う人気のスポットで、2日、3日は、それはそれは賑やかに人が集まります。3日の豆まきは人出のピークですが、コンサート当日の4日は、通のみ集う(たぶん?!)立春を祝っての節分の神事が粛々と行われますし、厳冬の冷気に包まれて、何かとても霊験あらたかな気がしてしまいますよね。
 <冬・京都>のプチ観光を終えたら、(JRのコマーシャルみたいですが)いよいよ会場の関西日仏学館へ。
 関西日仏学館
 関西日仏学館は、在京都総領事館が館内に併設され、フランス外務省により運営されている教育機関、白亜の素敵な建物が目に清々しく飛び込んできます。
 不肖、私、(この1~2年、多忙続きで休学していたのですが)長きに渡りここの学生でもあるのです。
 落ち着いたフレンチな雰囲気が漂っていて、大好きな場所です。
 きっと気に入っていただけるのではと思っているのですが。


 日仏学館内の<ル・カフェ>という名のカフェ。
 会場の申し込みに行った日、授業を終えた学生達が先生を囲んで、お茶とデニッシュでおやつタイムをしていました。カフェで課外授業、会話が弾んでとても楽しそうです。

 カフェの風景 藤田画伯の絵
 壁に藤田嗣治画伯の『ノルマンディーの春』。
 こんな貴重な素敵な絵画が、当たり前のように飾られています。
 このカフェに隣接している、奥の扉の向こうが、今回コンサートを予定している稲畑ホールです。右の写真からおわかりになるでしょうか。

 松峰綾音のコンサートにご興味を持っていただける皆様、京都近郊の方は勿論、遠方からの方も、冬の特別拝観などもあちこちの寺社で行われることですし、<そうだ 冬の京都に行こう!!>のノリで、旅行鞄を携えて、是非お越し下さいますように。

 * 2月18日 シャミオールコンサートのご案内
新橋シャミオール 昨年2010年には、11月の内幸町ホールでのVOL.4の前に、2月にも訳詞コンサートVOL.3を開催したのですが、この会場が新橋シャミオールでした。
 新橋駅のすぐ側、Music Salonと銘打っている、シンプルで清潔感のあるライブハウスです。
 内幸町ホールのような本格的ホール仕立ての会場とは違って、フラットなステージ、ライブっぽい感覚で、聴いて下さる方との一体感が心地よく、また独自の良さを感じさせてくれます。


 京都コンサートから二週間後の、やはり寒さの中ではあるのですが、是非こちらもお出かけ下さいね。

 先日の記事、
訳詞への思い<6>でもご紹介しましたが、VOL.3のシャミオールでのコンサートでは、<ヴァンサン・ドゥレルム>というアーティストを取り上げてみました。
 ホールでのコンサートと交互に、このように一人のアーティストを紹介してゆく形のライブ形式のコンサートのシリーズを今後も行ってみたいと思っています。
 今回は、このシリーズの二回目となるわけですが、<バルバラ>を取り上げ構成してゆくことに致しました。
 <バルバラ>は一筋縄ではゆかない本格派ですので、チャレンジのし甲斐があります!! 頑張りますので、楽しみにしていてくださいね。

 2月、・・・・あと五ヶ月後です。
 あっという間に時間が過ぎて行くのだろうと・・・・。
 これから集中して様々な準備にかかる時期になります。
 そのプロセスも含めながら、ブログの中で折々ご報告してゆけたらと思っています。控えめにおしゃべりしますので、どうぞお付き合い下さいますように。

 まずは詳細を記したコンサートのご案内ポスターを作りますね。
 出来上がりましたら、速やかに掲載させていただきますので、今日はまずは、コンサートの日時をチェックしていただけましたら幸せです。

   * * * *

 全然関係ないおまけのお話
秋のかき氷
 昨日、東京からFさんご一家が京都に来られた機会に、写真でしか拝見していなかったMちゃんにも初めて対面することが出来ました。4才になったばかりの可愛い盛り。少しだけパパに見ていただいて、束の間Fさんと
京都 街中 朝の散歩を再現。
 真夏のような日差しを避け、白川界隈の老舗甘味処で、なんとかき氷を。二人ともかき氷なんて何年ぶりかしらと言いつつ完食しました。


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軽井沢の休日 落葉松のある風景(二)

 軽井沢旅行の続編です。
 前回の記事「落葉松のある風景(一)」の続きから早速お話を進めることにしたいと思います。

    三笠通り 有島武郎 文学散歩
 前回の記事ではご紹介出来なかったのですが、旧軽井沢ロータリーから白糸の滝方面に向かう三笠通りもまた、軽井沢らしい風情が感じられとても落ち着きます。
三笠通りの落葉松並木 かつての草軽電鉄の軌道跡なので、道幅が広く真っ直ぐに続く道に今は車が悠々と行き交っていますが、道の両側と中央分離帯が、それぞれ落葉松の並木になっていて、威風堂々、整然とそびえ立つ風景は軽井沢ならではの趣といえるでしょう。
 夏の三笠通りには、落葉松の深い緑陰が大きく広がっています。

 しばらく歩き続けていると、嘗て<軽井沢の鹿鳴館>と称されたレトロでモダンな建物、旧三笠ホテルが見えてきます。
旧三笠ホテル1
 ホテルとしての役割はずっと昔に終えてしまったのですが、日本人の手による純西洋式木造ホテルであることが高く評価され、国の重要文化財に指定されて、今は記念館として一般公開され室内も見ることが出来ます。
 前回の記事でご紹介した万平ホテルとどこか似ている雰囲気・・・写真からもそれを感じられた方がいらっしゃるのではと思うのですが、それもそのはず、万平ホテルを建築した佐藤万平氏がこのホテルにも建築監督として関わっているのです。

旧三笠ホテル2 ゆったりと静けさを楽しみながら散策している旅行客に混ざって、この日は、AKBみたいな(もしかしたらそうだったのかも??)若い女の子たちの写真撮影が賑やかでした。グラビア写真でしょうか?結構大がかりなチームを組んで撮影していましたから、有名なアイドル達だったのかも知れませんが、観光の方たちは皆素知らぬ顔をして、自分のペースで平然と横切っていました。それで、私も同様に・・・。

 旧三笠ホテル近くの脇道を少し登ってゆくと、有島武郎終焉の地の碑があります。
 有島武郎は、学生時代から随分愛読していて、卒論にも取り上げたりしましたので、ここに来ると、色々な感慨が未だあるのですが、その彼が大正12年に心中によって最期を遂げた浄月庵という別荘(現在は南軽井沢の軽井沢高原文庫に隣接して移築されています)のあった場所なのです。
 沈黙の中にひっそりと、時だけが流れている気がしました。

 昔は、時代に先駆けて奔放な人生を生きた女性、葉子を描いた長編小説『或る女』が好きでしたが、三笠を歩いていたら、彼が、幼い息子達に宛てた随想のような小説『小さき者へ』を何となく今もう一度、読み返してみたくなりました。

    落葉松の四季
 落葉松はその名の通り落葉樹です。
 そびえ立つ木々が、四季の流れの中でとても美しい変化を見せて、落葉松大好きの私はどの季節も遜色なくお薦めなのですが・・・。
 
 初春の芽吹きの頃は、柔らかい早緑(さみどり)色に細やかな針の葉を一斉に付けて、初々しい命の誕生を感じさせてくれますし、それが段々色を増し、やがて夏は、黒々とした深い緑となり、そして秋、10月初めになると黄葉し始めます。

 日一日と黄金色に葉の色が変わってきて、秋の高い陽差しを受けてきらきらと輝く様は何とも美しいです。

 そしてついには、風に乗って針の葉の雨が絶え間なく降り落ちてくる、その下に佇んでいると、そのまま不思議な時間の中に埋もれてしまいそうな酩酊感が生まれて来る気がします。・・・是非一度、金色の針の雨に包まれてみて下さいね!

 11月の半ばを過ぎると、もうすべての葉を落として、枯れ枝だけの眠ったような静寂に充たされ・・・・やがて冬の寒い日は、それが霜で凍りつき、樹氷・・氷の花を咲かせるのも幻想的です。この時期の軽井沢はとても気温が低いのですが、身を刺すような冷気の中で朝の光を受ける落葉松の樹氷を見上げるのも必須のお薦めコースです。

    キャベツのある風景
 落葉松に並んで、私の軽井沢のもう一つのお気に入りは、実は、嬬恋のキャベツ畑の風景なのです。
 嬬恋キャベツは全国的に有名ですが、長野県軽井沢町ではなく、浅間山を超えて、群馬県側、草津方向に少し降りた所、北軽井沢、あるいは浅間高原と呼ばれる群馬県嬬恋村一帯にあります。

 キャベツ畑と落葉松
嬬恋キャベツ 浅間山をずっと登って来ると、軽井沢のお洒落な雰囲気とは少し異なった、もう少し素朴で田舎びた田園風景が広がるのですが、浅間高原の抜けるような明るい光に包まれたこの辺りも私は大好きです。

 キャベツ畑の背景に、落葉松のどこまでも続く峰々。

 道端には<50円です>という札と共に、摘んできたばかりの特大キャベツが無造作に置いてありました。

    落葉松の峰
 初めて告白するのですが。
 もう、気が付いて下さったかも知れませんね。
 <松峰綾音>の名は、大好きな落葉松のイメージから取ったものなのです。
 三笠の陰影のある落葉松の峰・・・・或いは、抜けるような青空の下で、稜線を描き、どこまでも真っ直ぐに空に向かってそびえる、キャベツ畑の向こうにある力強い、孤高の落葉松の峰・・・・。
 そして、落葉松の梢では、いつも風が流れ抜ける音がします。
 心を軽やかに運んでくれるような爽やかで微けき音がします。
 私の中では、そんなイメージなのです。


    帰路の蕎麦の花
そば畑
 帰る途中の小諸あたり。
 蕎麦の花が白く可憐に咲いて、風に揺れていました。
 信州らしいですね。
 夏の休日の最後を飾る風景です。




  *   *   *   *
 9月に入りました。
 束の間の夏休みを終えて京都に戻っています。
 大型の台風が接近してきました。
 どうぞお気をつけて。


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