
台風一過、爽やかな季節になってきましたね。
空が高く青く、じっと見上げながら、いつまでもうっとりと涼風に吹かれていたいと思ってしまいます。
夏ひたすら暑く、冬ひたすら寒い京都の、つかの間の至福の季節、到来です。
先日の記事で、2月の訳詞コンサートについてお知らせしましたが、時間を逆算してみると、既に準備に頑張らねばならぬ時期なのにもかかわらず、なかなかで、思えば思う程、時間は勝手に過ぎてゆき・・・。
しかも困ったことに私にはどうも、どうでも良いことから着手して段々自分を追いつめてゆく性癖があるらしく、(これが私の集中への通過儀礼らしいのですが。前に、切羽詰まってくると突然部屋の片づけをしたくなることを告白しましたよね?!)それが災いして、現在のところ、肝心かなめなところに行き着き難し、なのです。
それでも、候補曲の訳詞は一通り終えたのですが、並べてみるとかなりの曲数になってしまい、欲張りなので、絞り込む作業は思いの外難題です。
何もかも歌うわけにもいきませんから、兎も角も今は、選曲と曲順などの検討を急ごうと思います。
何もない所から一歩ずつ手探りで形を作ってゆく・・・骨は折れますが、それこそが創作の醍醐味でしょうし、コンサートの実現も同様で、こういう準備の日々を持つことができるのは大きな恵みなのですが、何事も乗り越えていく過程においては、一筋縄ではいかない色々な障壁にぶつかるものですね。
言うまでもなく一番の課題は自分自身で、自分の能力・精神力・努力、それを信じようとする気持と揺らぐ思いとの葛藤の連続でもあります。
でも、コンサートに限らず、そういう不安と拮抗しながら自分なりの歩みを進めてゆくことが、人が生きてゆくということなのかもしれませんよね。
今日は何だかわけのわからない呟きから始めてしまいました。ごめんなさい。
さて、では本題です。
訳詞コンサートのタイトルが決まりました!!!
『恋するバルバラ』としたいと思います。
シャンソン歌手の「バルバラ」。
写真を載せてみますね。
かなり個性的で、こういう感じの人です。
随分前から、「バルバラ」を特集したコンサートを、と実は考えていたのです。
「バルバラ」は1970~1980年代のシャンソン界に君臨した大御所の一人と言っても過言ではありませんし、今もって多くの愛好家を集め、その代表曲は日本でもかなり紹介されていて日本語訳詞も多く出されています。
「黒い鷲」「ナントの雨」「貴婦人」「いつ帰ってくるの」「ピエール」・・・・・枚挙にいとまなく、シャンソンを歌う方ならプロ・アマを問わず、必ず何曲かはレパートリーに入っているのではないでしょうか。
日本のCDショップでは、シャンソンは、ワールドミュージックというジャンルに括られ、その中の<フランス>或いは<シャンソン>のいう小さな棚にほんのわずか置かれるばかりで、何とも悲しい実態なのですが、その中でも奇跡のようにバルバラはしっかりと気を吐いているのです。
日本で、未だ殆ど知られていないミュージシャン・或いはその楽曲を紹介し興味を広げ楽しんでいただければというのが、私のコンサートの主目的ですので、その点から言えば、既に周知のバルバラを取り上げることには矛盾があるのですが、少し踏み込んでみると、良く知られているとは言っても、やはり或る一部分の曲(既に日本語訳のある曲ということになりますが)だけがクローズアップされ過ぎている気もしますし、・・・有名になった分、そこから、バルバラの固定化されたイメージも出来上がりすぎているように感じてしまうのです。
バルバラの本名はモニック・セール、1930年にパリに生まれました。
彼女が10歳の頃、パリがナチに侵攻されることになるのですが、ユダヤ系であった一家は、転々と住居を変え、逃亡の中で辛酸の日々を送ります。
複雑な生い立ちと波乱に富んだ人生を歩み、やがて歌手、そしてシンガーソングライターとして、不動の地位を築くようになってからも、陰影の深い、謎の部分を多く持ち続けていたようです。
1997年呼吸器感染症で没するまでの67年の生涯の中に、様々な逸話を残しています。(また機会を見て、少しずつご紹介してみますね。)
1970年頃から何度も来日しているので、バルバラのコンサートを生で聴いた方のお話も何人からか伺ったことがあるのですが、(私も聴いてみたかったです)最後の頃は呼吸器の病もあり、かなり喉にダメージを抱えた惨憺たる、しかし、その分、尋常ではない鬼気迫るステージだったそうです。
いつも黒のドレスを身に纏って、「真夜中の歌手」と呼ばれていたこのバルバラの、実像の総てを一度のコンサートの中だけで伝えきることは、勿論難しいことなのですが。
でも、バルバラのレパートリーの中で、これまで日本に紹介されることが殆どなく、従って日本語訳も皆無に等しかった曲を中心に訳詞を試みてきましたので、その中から、私自身が聴いて心に迫ってくる曲、とても素敵だと感じられる曲、新鮮な発見のある曲、そんな曲を選んで、今回のプログラムを構成してみようと思っています。
今回のコンサートの中で歌うつもりなのですが、『恋する女』(原題は<l’amourese>)という曲があります。
狂気にも似た狂おしい恋が歌われていて、バルバラの本領が発揮されている魅力的な歌なのですが、私は特に気に入っていて、この歌のタイトルにかけて「恋するバルバラ」としてみました。
それなら・・・・今回は、バルバラの様々なジャンルの歌の中から、恋をテーマにしたものをピックアップしてみることに・・・。
コンサートタイトルのお知らせでした。
聴いていただきたい曲が沢山詰まっています。
知られざる彼女の表情が、歌の中から見えてくると面白いですよね。
楽しくなってきました。頑張って準備したいと思います。
少しだけ関係のあるおまけのお話。
* このコンサートは、二部に分けたいと思います。一部はバルバラですが、二部は全然違う趣向ですので、バルバラ中毒になる心配はたぶんないと思います。ご安心を!
* 九月ももうすぐ終わりですね。
<Setembre >(九月)、或いは別題、< quel joli temps>(何て美しい時)というバルバラの曲があるのですが、「九月 ―美しい季節に―」というタイトルをつけ私も嘗て訳詞をつけたことがあります。
この曲、今回のコンサートに出すかどうか、まだ少し迷っているのですが。とてもロマンチックな美しいメロディーで、歌詞も詩情が溢れています。
涼やかな風 頬をつたい
葡萄の房 たわわに輝き
という歌い出しです。
この季節になると口ずさみたくなります。
葡萄も美味しくなってきましたよね。
空が高く青く、じっと見上げながら、いつまでもうっとりと涼風に吹かれていたいと思ってしまいます。
夏ひたすら暑く、冬ひたすら寒い京都の、つかの間の至福の季節、到来です。
先日の記事で、2月の訳詞コンサートについてお知らせしましたが、時間を逆算してみると、既に準備に頑張らねばならぬ時期なのにもかかわらず、なかなかで、思えば思う程、時間は勝手に過ぎてゆき・・・。
しかも困ったことに私にはどうも、どうでも良いことから着手して段々自分を追いつめてゆく性癖があるらしく、(これが私の集中への通過儀礼らしいのですが。前に、切羽詰まってくると突然部屋の片づけをしたくなることを告白しましたよね?!)それが災いして、現在のところ、肝心かなめなところに行き着き難し、なのです。
それでも、候補曲の訳詞は一通り終えたのですが、並べてみるとかなりの曲数になってしまい、欲張りなので、絞り込む作業は思いの外難題です。
何もかも歌うわけにもいきませんから、兎も角も今は、選曲と曲順などの検討を急ごうと思います。
何もない所から一歩ずつ手探りで形を作ってゆく・・・骨は折れますが、それこそが創作の醍醐味でしょうし、コンサートの実現も同様で、こういう準備の日々を持つことができるのは大きな恵みなのですが、何事も乗り越えていく過程においては、一筋縄ではいかない色々な障壁にぶつかるものですね。
言うまでもなく一番の課題は自分自身で、自分の能力・精神力・努力、それを信じようとする気持と揺らぐ思いとの葛藤の連続でもあります。
でも、コンサートに限らず、そういう不安と拮抗しながら自分なりの歩みを進めてゆくことが、人が生きてゆくということなのかもしれませんよね。
今日は何だかわけのわからない呟きから始めてしまいました。ごめんなさい。
さて、では本題です。
訳詞コンサートのタイトルが決まりました!!!

『恋するバルバラ』としたいと思います。
シャンソン歌手の「バルバラ」。
写真を載せてみますね。
かなり個性的で、こういう感じの人です。
随分前から、「バルバラ」を特集したコンサートを、と実は考えていたのです。
「バルバラ」は1970~1980年代のシャンソン界に君臨した大御所の一人と言っても過言ではありませんし、今もって多くの愛好家を集め、その代表曲は日本でもかなり紹介されていて日本語訳詞も多く出されています。
「黒い鷲」「ナントの雨」「貴婦人」「いつ帰ってくるの」「ピエール」・・・・・枚挙にいとまなく、シャンソンを歌う方ならプロ・アマを問わず、必ず何曲かはレパートリーに入っているのではないでしょうか。
日本のCDショップでは、シャンソンは、ワールドミュージックというジャンルに括られ、その中の<フランス>或いは<シャンソン>のいう小さな棚にほんのわずか置かれるばかりで、何とも悲しい実態なのですが、その中でも奇跡のようにバルバラはしっかりと気を吐いているのです。
日本で、未だ殆ど知られていないミュージシャン・或いはその楽曲を紹介し興味を広げ楽しんでいただければというのが、私のコンサートの主目的ですので、その点から言えば、既に周知のバルバラを取り上げることには矛盾があるのですが、少し踏み込んでみると、良く知られているとは言っても、やはり或る一部分の曲(既に日本語訳のある曲ということになりますが)だけがクローズアップされ過ぎている気もしますし、・・・有名になった分、そこから、バルバラの固定化されたイメージも出来上がりすぎているように感じてしまうのです。
バルバラの本名はモニック・セール、1930年にパリに生まれました。
彼女が10歳の頃、パリがナチに侵攻されることになるのですが、ユダヤ系であった一家は、転々と住居を変え、逃亡の中で辛酸の日々を送ります。
複雑な生い立ちと波乱に富んだ人生を歩み、やがて歌手、そしてシンガーソングライターとして、不動の地位を築くようになってからも、陰影の深い、謎の部分を多く持ち続けていたようです。
1997年呼吸器感染症で没するまでの67年の生涯の中に、様々な逸話を残しています。(また機会を見て、少しずつご紹介してみますね。)
1970年頃から何度も来日しているので、バルバラのコンサートを生で聴いた方のお話も何人からか伺ったことがあるのですが、(私も聴いてみたかったです)最後の頃は呼吸器の病もあり、かなり喉にダメージを抱えた惨憺たる、しかし、その分、尋常ではない鬼気迫るステージだったそうです。

いつも黒のドレスを身に纏って、「真夜中の歌手」と呼ばれていたこのバルバラの、実像の総てを一度のコンサートの中だけで伝えきることは、勿論難しいことなのですが。
でも、バルバラのレパートリーの中で、これまで日本に紹介されることが殆どなく、従って日本語訳も皆無に等しかった曲を中心に訳詞を試みてきましたので、その中から、私自身が聴いて心に迫ってくる曲、とても素敵だと感じられる曲、新鮮な発見のある曲、そんな曲を選んで、今回のプログラムを構成してみようと思っています。
今回のコンサートの中で歌うつもりなのですが、『恋する女』(原題は<l’amourese>)という曲があります。
狂気にも似た狂おしい恋が歌われていて、バルバラの本領が発揮されている魅力的な歌なのですが、私は特に気に入っていて、この歌のタイトルにかけて「恋するバルバラ」としてみました。
それなら・・・・今回は、バルバラの様々なジャンルの歌の中から、恋をテーマにしたものをピックアップしてみることに・・・。
コンサートタイトルのお知らせでした。
聴いていただきたい曲が沢山詰まっています。
知られざる彼女の表情が、歌の中から見えてくると面白いですよね。
楽しくなってきました。頑張って準備したいと思います。
少しだけ関係のあるおまけのお話。
* このコンサートは、二部に分けたいと思います。一部はバルバラですが、二部は全然違う趣向ですので、バルバラ中毒になる心配はたぶんないと思います。ご安心を!
* 九月ももうすぐ終わりですね。
<Setembre >(九月)、或いは別題、< quel joli temps>(何て美しい時)というバルバラの曲があるのですが、「九月 ―美しい季節に―」というタイトルをつけ私も嘗て訳詞をつけたことがあります。
この曲、今回のコンサートに出すかどうか、まだ少し迷っているのですが。とてもロマンチックな美しいメロディーで、歌詞も詩情が溢れています。
涼やかな風 頬をつたい
葡萄の房 たわわに輝き
という歌い出しです。
この季節になると口ずさみたくなります。
葡萄も美味しくなってきましたよね。


