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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

「ミレジム ~君が生まれた日~」

夕暮れのセーヌ川 八月の記事の中で、ご出産の日を待つTさんのお手紙をご紹介しましたが、10月7日に無事男の子が誕生したというお知らせが届きました。
 2700gの元気な赤ちゃん、安産だったそうで本当に良かった!
 速報写メールの中の、生まれたばかりの小さな命、寄り添うTさんの幸せそうな慈しみに満ちた表情が輝くように美しかったです。
 パパとママからの最初のプレゼント、名前は<謙太>君。
 健やかで幸せな人生を!
 謙太君へのお祝いに、今日は、前に訳詞した「ミレジム ~君が生まれた日~」という曲をご紹介してみようかと思います。



      「ミレジム ~君が生まれた日~」
                      訳詞への思い<7>


Millesimeジャケット 原題は「Millésime」。
 2001年に発表されたパスカル・オビスポのライブCDアルバム「Millésime」に収録された曲である。
 オビスポについては、以前、このブログの訳詞への思い<2>の
「愛の約束」その二で、<l’envie d’aimer>という曲を取り上げた際に既に詳しく紹介しているので、ここでは重複を避けることにするが、作詞家、作曲家、歌手、のみならず、音楽プロデューサーとしても、多くの才能の発掘育成に寄与し、アルバム作成、ミュージカルの演出・音楽監督etc、多彩な才能を発揮して、J・J・Goldmanを彷彿とさせる、今をときめく勢いのあるミュージシャンである。(他の多くのアーティストも同様であるが、フランスで活躍する彼らが日本では殆ど知られていないのが、残念でならないのだが。)

 緩やかな美しい旋律を持った、ノスタルジックな雰囲気を醸し出す曲である。
 一度聴いたときから日本語をつけてみたいと強く心が動いていた。
 しかしながら、「Millésime」というタイトルが、まず少しやっかいで。
 ミレジムと読む。英語ではミレニアムのことだが。
 記念すべきこの年2000年!!・・・というような時の言葉だ。
 辞書では、「年代を示す千の数字」「貨幣・ワインなどの製造年号」とある。

 「とっておきの年代もの」というわけだが、でも何が?

 この時、瞬時にグルグルと廻った私の思考回路を、参考までに解析してみると。

 このロマンチックなメロディーは、まさしく純愛の歌!と最初に直感してしまったので、それだったら、千年に一度のまたとない素敵な出会い、素敵な彼女のことかと思ったが、なんだか変。
それでは。
ブドウ畑
 葡萄畑の描写があるので、ダイレクトに、葡萄の出来が良くて、何年かに一度の、逸品ワインが出来たぞ!!という、収穫賛歌かとも。そうすると、タイトルは「ヴィンテージ」とでもなるわけだ。
 そういえば、この曲には、どこかジャン・フェラの「ふるさとの山」みたいな雰囲気が漂っていないこともない。

 ・・・・・等という走馬灯のように駆け巡る少し的外れなプロセスを経て、これは子供の誕生の喜びを歌っている歌と気づいた。
 歌詞を読んでみれば、c’est ça être pére <それが父になること>と出てくるから、当然すぐ気付いて然るべきだったのだけど。
 
 ヴィンテージワインの強烈な残像が頭に既にあったためか、この新米パパはどうしても、ワイナリーの若主人、あるいは葡萄園で慎ましくも誇り高く働く青年であるかのように私の中ではイメージされてしまっている。

 詩なのだから、葡萄畑はただの比喩としてということもあり得るわけで・・・・そうだとすればオビスポに笑われるかなと思いつつ。

 原詩を少し辿ってみることにする。

  一筋の光が、「私達二人の上」を通っていき、愛情を沢山注いだ後で、
  on recolte le fruit (その果物を収穫する)とある。
  「le fruit」(一つの果物)は葡萄であり、子供であるから、愛情を注ぐ対象は、愛する妻、(あるいは恋人)に対してだろう。
  いずれにしても、新米ママの姿がこの詩には見え隠れしていると言えよう。さらにいえば.
  Je vois mon château sortir du cœur des vignes
  (ブドウ畑の真ん中から私の城(シャトー)が出てくるのを見る)
  とあり、意味深長だ。

 Châteauは、城だが、いわゆるワインシャトー、ワインの醸造所のことも言うから、威風堂々と見渡す限りの丘陵地の葡萄畑の中にそびえるように出現している情景が浮かんでくる。そういうイメージを重層させているとして、それにしても、母体から誕生する嬰児の比喩といえなくもなくて、なんだかやはりフランス的だという気がする。
 c’est ça être pére <それが父になること>というフレーズを、何度もオビスポは曲の中で繰り返している。
 こういう決意表明の言葉は、オビスポの、決然と自らの音楽姿勢や創作理念や、更には、人生観を語るきらきらとした眼差しを思い起こさせ、説得力を持って心に入ってくる。

 曲の結びもやはり c’est ça être pére で締めくくられているのだが、私の日本的感性からすると、この感慨を最も良く伝える言葉は「それが父になること」ではなく、「今日 君は生まれた」であるような気がして、敢えて詩の最後をこの言葉で終えることとした次第である。

 生れてくる生命に、訳詞の中の一節を贈りたいと思う。

    君は ミレジム とびきりの
    葡萄色の十月の風が運んでくれた 素敵なプレゼント


 素敵な曲なので、原曲も聴いて戴けたらと思う。
 私のイメージにぴったりの映像が付いた、お気に入りのYou Tube。よろしかったらクリックを。

   http://www.youtube.com/watch?v=7uW4UMCbv6g 
       
                           Fin
   
(注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

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