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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

夕暮れの大晦日

 大晦日、「おおみそか」
 樋口一葉の小説にもある通り、「おおつごもり」とも読みます。
 西鶴の「世間胸算用」も大晦日のお話。
つけ買いが一般的だった江戸時代、明治時代は、大晦日はその最終決算日で、その徴収、いわば借金取りが一斉に押し寄せてくるわけで、どちらの小説も、その払いを巡っての悲喜こもごもの物語や駆け引きが描かれています。

 お陰様でそういう大変さに遭遇する事もなく、でも、大掃除、家事万端には充分追い立てられ、師走の最後の一日、気がつくともう夕方になっていました。
最後の日めくりカレンダー
 日めくりカレンダー。
 覚えていらっしゃいますか?

 2月のブログでご紹介した、上海在住のNさんから送って頂いた日めくりです。
毎日、ちゃんとめくるつもり!!とブログで宣言してしまったのですが、(本当は心もとなかったのに。)何と、ついに正真正銘、毎日かかさず、・・・・達成して、最後の一枚12月31日です。
何が起こったのだろう!!!とっても大げさに言うと、これまでの我が人生の中では、初めての快挙です。

 今年は、一枚ずつ確認してめくりたくなるような、一日一日、過ぎてゆく時間が、何だかとてもはっきりと意識された年だったように思います。
 3月の震災以降の様々な思いが今も勿論、気持ちの中で、おもりをつけて続いているような気がしているのですが、そう考えると、途中で放ったらかされたこれまでのカレンダーのほうが平和な時間を刻んでいたのかもしれませんね。

 そう言えば、今年は、今までになく継続できたことが、他にもいくつかあるのです。

  <その二>
 ゴパンを作り続けたこと。
 これも、以前のブログをお読み下さっている方はご存知かと思うのですが、GOPANという米パン製造機を昨年末に購入しました。
 そして、何と驚くなかれ、市販のパンをほとんど買わずに一年間、作り続け、不在時以外は、かかさず毎朝、手作りゴパンだったのです。
 ・・・段々自分がとても偉い人のように思えてきました。

  <その三>
 鉢植え健在。
 いつも、放置するか過保護になるかで、すぐに枯らしてしまうのですが、今年は色々と研究して、元気に育てています。留守がちな今の生活にしては、結構頑張ったかなと、これも密かに自負しています。

  <その四>
 ブログを書き始めたこと。
 時々しかアップしていないので決して偉そうなことは言えませんが、カレンダーもゴパンもブログで記したことなので、後に引けずということもあり、・・・有言実行、何でも口にしてみることは案外、実現への早道かもしれません。・・・お薦めです。
 そして、ブログを通して、沢山の方と交流できたこと。
 拙い文章をお読み下さって心から感謝しています。


 どれも極めて個人的な事柄で、しかも取るに足らないつまらないお話なのですが、敢えて分析してみると、当たり前の何でもない生活の積み上げを、大切にしたいという、ささやかな衝動なのかなという気もしてきます。
 友人と話していると事柄は違っても、共通する心境があるみたいで、抗い難い天災に遭遇した中でのそういう年だったのかもしれませんね。
 
 事態は未だ収束せず、仮設住宅などでの生活を余儀なくされている方々も多くいらっしゃることを思うにつけ、胸が痛みます。
 こうして無事に、静かに、年の瀬を迎えられるのは、幸せな恵みだとつくづく思わざるを得ません。

 大掃除とおせち作りをかろうじて終え、夕方、錦市場を少し歩きました。
 錦市場の賑わい 晦日そば
 6時頃。いつもはどのお店も閉まり始め、人通りもまばらになってくる時間なのですが、まだこんなに人の波が。
 昼間はもっと。アメ横並みの混雑です。
 晦日そばの看板。よく売れていました。

 お正月飾りの出店 お榊や仏花が並ぶ錦市場の花屋
 一夜飾りは良くないと聞きますが、今日しか買いに来られない方も多いのでしょうね。
 京都は神棚のお榊や仏花も充実しています。

京の丸餅
 「もちつき屋」というお店では、餅つき時間まで明示され、目の前でついたばかりのお餅の販売です。

 京都のお餅は、関東のように四角ではなく丸餅で、これを白味噌仕立てのお雑煮で頂くのが一般的です。

路地のお地蔵様
 夕暮れ時、ビルとビルの路地にこういう小さなお堂があって、お地蔵様が祀られています。

 いつも近所のおばあちゃまが世話をして気持ちよく保たれていますが、今日はお正月を前にいつもよりお花が沢山です。


 2011年も、カウントダウンです。
 来年は平和な良い年となりますように。
 静かな幸せが訪れますように。

 京都は除夜の鐘があちこちのお寺から響いてきます。
 ゆっくり耳を澄ませながら、来るべき年を祈りたいと思います。

 来年もよろしくお願いいたします。


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すてきなクリスマス ~ Joyeux Noël ~

 12月25日、クリスマスの一日、どのようにお過ごしでしたか?

 我が家は四条通りに近いので、部屋でじっとしていても、街の賑わいが何となく聞えてくるのですが、今日は、もう夜9時を過ぎているのに、やはりクリスマスなのですね。道行く人たちの華やいだ声と、「火の用~~心」と拍子木を持って回る、・・・たぶん消防署の職員の方々か、町内会のボランティアの若者かと思うのですが、・・・の声が入り混ざって、賑やかに聞えてきます。
 いよいよ底冷えのする冬到来で、特にこの数日は、半端な寒さではありませんので、拍子木を持つ手も凍えるのではないでしょうか?

 私も京都生活がそろそろ10年になるので、防寒の度合いで、京都人か観光客か一目でわかるようになりました。 私自身も段々防寒具が充実してゆき、結構いつもモコモコの姿です。何も考えずそのままの格好で東京に行ったりすると、カルチャーショックで・・・・何だかいつの間にか雪国の人になったようで、一人でちょっと可笑しくなります。

 そんな寒い京都の夜の火の用心・・・・・「火の用~心~~!!」の後に、ではどう火の始末をしたらよいかという具体的な注意事項まで、京都言葉で詳しく入り、しかも、その日の掛け声をかける人によって、そのポイントは異なり、傍で聞いていると、思わず返事を返したくなるような親しみを感じますし、一昔前にタイムスリップするようなノスタルジックな趣もあり、この辺りを決まって通過する9時10分を、私は結構心待ちにしているのです。

  ・・・そんなことを思う、今日は静かなクリスマスです。
 
 親しい知人を招いてホームパーティーをしたり、美味しいディナーを家族と食べに行ったり、仕事仲間や友人たちとの忘年会だったり、勿論、仕事だったり、もう少し昔は深夜のクリスマスミサに参加していた事もありましたし、例年、結構飛び回って忙しい聖夜なのですが、今年のこの三連休は珍しく自宅で静かにしていました。
 正確に言うと、自宅の仕事部屋でねじり鉢巻き状態でした。

 訳詞関係の仕事と、コンサートのプログラム作成の締め切りが重なって切迫していたため、覚悟を決めて臨戦態勢で・・・。
 でもお陰様で、無事終えることができました。

 いつも訳詞コンサートでは、訳詞のご紹介と解説を、冊子のようなプログラムに書き綴って、お客様にお配りしているのですが、その原稿が、数日間の奮闘の末、ようやく出来上がったばかりなのです。
 これから、しばらく熟成させ、推敲を重ねて、改良版を作ってゆくのですが、これを書いている時は、曲の世界に没頭して我を忘れる楽しさがあります。
 歌詞の背景など不明な点を資料で確かめたり、曲を聴き直したり、自分の訳詞の出来たプロセスを再び辿ってみたり・・・歌うのとはまた違う音楽との付き合い方があり、こうやって書いたものが、皆様に興味を持って頂けるだろうか?きちんと伝わるだろうか?とわくわくする気持ちの中で、頑張ってしまいます。

 そんなわけで、私の頭の中は、書き終えたばかりの訳詞解説のことが、今、グルグルしていますが、その中の曲の一つに、バルバラの<Joyeux Noël(ジョワユー・ノエル)>(クリスマスおめでとう)という曲があるのです。
 私は『すてきなクリスマス』という邦題をつけたのですが。

 クリスマスの夜、恋人に会いに行く一人の若者と、同じく愛する人のところに向かう一人の女性とがアルマ橋ですれ違うところから話は始まります。
 話はいかにもフランス風の味付けで進んでゆき、びっくりする結末と共に、
    「祝福あれ 素敵なクリスマス」
という言葉で終結します。・・・・詳しく説明していないので、何のことやらさっぱりわからず消化不良でしょうが、コンサートは先入観なく聴いて頂いたほうが良いので、これ以上は今は申し上げられず、・・・終わるまで・・・・ご容赦くださいね。


 クリスマスカードや、クリスマスを祝うメールが、今日も友人から何通か届きました。
 どんな何気ない小さな便りであっても、おめでとう!って言葉で伝え合える事はとても素敵で幸せなことなのではと、この頃しみじみと思います。
 どの便りにも異口同音に、この大変だった一年が、次の年に向かって、幸せな恵みに変わるように。大変な思いをしている方々に幸せが訪れますように、と記されていました。
 本当に、とても辛い一年でしたが、それだからこそ、じっと何かを信じて、お互いに共感し合いながら、そのように祈らずにはいられない気持ちが自然と生まれてきます。

 嬉しいクリスマスプレゼントを二つ紹介しますね。

枝付きの見事な柚子 一つは数日前に届けられた柚子。
 知人の庭に沢山実った柚子だそうで、「ゆず風呂はホントに体が温まるから沢山入れてね。今年は大きく良い香りのする立派な柚子が出来たから。」というメッセージ付きです。
 
 箱を開けたら、本当に香気が広がる爽やかで温かい香りがしました。香りと温もりのプレゼント、とても幸せになりました。


ル・レクチェ もう一つ、これも黄色の鮮やかな果物。
 学生時代からの友人で新潟に暮らすYさんが、毎年、必ず送ってくれる<ル・レクチェ>という洋梨です。
 ラ・フランスとも少し味が違うのですが、香り高く、とっても美味しくて、果物大好きの私の中でも上位1、2を占める逸品。新潟特産限定品で、関東でも関西でも未だ高級果物なのですが、この時期贅沢に頂いています。
 その彼女に電話したら、「喜んでもらえる人がいるって本当はすごく楽しくって幸せだと思う・・・すっと送るからね!」って言ってくれました。
 いつもは言いたい放題言い合っている仲ですけど、持つべきは・・・です。
 有難う。

 とりとめのないお話をしてしまいましたが、でも、ささやかな灯がともる素敵なクリスマスを過ごしています。

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ノワイエの余韻

 二日間、行って参りました!

 先日の記事「ノワイエ ~溺れてゆく君~」の中でご紹介しました嶋本秀朗さん主催の<Je Te Veux(ジュ・トゥ・ヴ)~番外編~年忘れライヴバージョン>の公演です!

 とても楽しく興味深いステージでした。
 今日は前々からのお約束通り、このご報告を致しますね。

 まずは、嶋本さん、出演者の皆様、おめでとうございます。
 そしてお疲れ様でした。
 一昨日16日と昨日17日、両日とも満席で大盛況でしたね。

  初日 ~12月16日(金)

 会場は、浅草。
 浅草生まれ浅草育ちの嶋本さんのテリトリーです。
 
 スタートから話が脱線してしまいますが、浅草の街は、大好きだった祖母との思い出が沢山詰まっていて、私にはノスタルジックな特別な街なのです。
 随分前の記事で紹介させて頂きました、あの、毅然とした今も敬愛する我が祖母なのですが。・・・ご興味を持って下さる方は、後ほど
こちら ← をクリックしてゆっくりお読みください。・・・・
 祖母は浅草寺、仲見世通り辺りが好きで、幼かった私を連れてよくお参りに行きました。
 随分前のことになるわけですが、でも、駅周辺は下町の独特の趣が昔のままに残っていて、門前町の賑わいと共に、いつ来ても心が浮き立つ気がします。
 祖母は鰻が好物で、鰻は浅草が一番美味しいといつも言っていて、必ず帰りに鰻屋さんに入ったものでした。
 いつも行くお店は、中廊下を通って奥がお座敷風の個室に分かれていて、注文を聞いてからさばくので、子供にはとてつもなく長い時間待たされるのですが、これを祖母の傍らで聞き分け良く、ひたすらじっと待っていると、急に大人になった気がして、なぜかとても誇らしかったことを思い出します。
 あのお店は一体どこにあったのか、何というお店だったのか・・・割と最近、浅草に立ち寄った時、ぶらりと歩いてみたのですが、ついに見つけることができなかった幻のお店なのです。
 個人の嗜好は、幼いころの偶然の出会いや経験によって培われる部分も大きいのでしょうね。私の場合も「鰻」は今もとびきり美味しい食べ物で、「浅草の鰻」がその頂点にあり続けているようです。

ふと目を上げるとスカイツリー。

 祖母との映像には登場しない新しい浅草の風景。
 シャッターを切っていたら、小さな男の子がお祖母さんに手を引かれて楽しそうに側を通り過ぎてゆきました。 この坊やはスカイツリーをいつか懐かしい風景として思い出したりするのかしらとふと思いました。

 花やしきの看板。やはり浅草です。

    浅草のスカイツリー  花やしきの看板
 
 そして、国際通り沿いにあるライヴハウスHUB浅草店へ。
 開場前からお店の前に順番待ちの列が出来ていました。
 普段は主にジャズのライブを行っているそうで、店内はアメリカンテイストのそれっぽいインテリアでしたが、客席はステージを包むような居心地の良いしつらえです。落ち着いて耳を傾けられそうな、日々音楽が生きている場所の匂いがしていました。
 シャンソンのコンサートはきっとこのお店では珍しいのでしょうね。
 まして、ステージのすぐ側が客席ですし、歌とダンスのコラボレーションという今回のような公演はこれまでここでは皆無に近いのではと。
 いつも劇場で、かなり大がかりな演出でJe Te Veuxは行われていますので、ダンスも取り入れた、この場所での今回のライヴバージョンは、随分工夫なさったにちがいありません。

開演直前

 開演直前。
 暗くなって・・・生のコンサートのこの瞬間は、聴く方も出演するほうも心地よい緊張感に包まれる幸せな時です。

 写真を撮っている方も2、3人いらっしゃいましたが、すぐ側で歌う出演者に少し悪いかなという気もしましたし、ステージにすっかり心を奪われて、・・・・写真は・・・ありません。

 5人の歌手と、ダンサー、演奏者達によって和やかに華やかにコンサートは進んでゆきました。
 楽しんでもらうための、衣装、踊り、演劇的な要素、様々なショー的な工夫と、純粋に音楽として深いものを追求してゆくこと、歌のステージには多かれ少なかれ、その両方のバランスを考えることが必要になってくるのでしょうね。
 演出者のそんな苦慮の跡が忍ばれる、そしてそれに伴った様々な努力が光る、若々しいエネルギーに満ちた素敵なステージでした。

 花木さち子さんが歌われたノワイエ。
 息をするのも忘れるような、ピンと張った糸が一筋、曲を貫き通すような緊張感が圧巻で、曲の中の溺れてゆく女性の姿が透き通って白く見えてくる気がしました。深い水の中にどこまでも引き込まれてゆくような陶酔感の中で聴く側も気が遠くなってくる心地よさがありました。

 花木さん、素敵なノワイエをありがとうございました。

  二日目 ~12月17日(土)
 
 初日の余韻が残ったまま、いそいそと会場へ。
 羽子板市(はごいたいち)の日でした。
 17日から19日まで40万人の人出なのだそうです。
 ほんの少しだけ早く着いたので、羽子板市に立ち寄ろうかとふと思い、浅草寺に向かっていざ。

 4歳の頃だったか。
 父が、どのようないきさつからかわからないのですが、羽子板市でお土産に買ってきてくれたことが一度あったのです。
 綺麗なお姫様の押し絵の付いた当時なかなか豪華な羽子板でした。
 小さいころから本大好き、本の虫だった私への大人からのプレゼントは自然と本ばかりだったので、父がそういうお土産を買ってきてくれるのはとても珍しいことでした。
 その分、何だかとても嬉しく、実はつい最近まで、押入れの奥にしまってあったのです。(押し絵がくすんで取れてしまったこともあり、引っ越しを機会に処分してしまいましたが。)
 そんなことが、歩いていたら思い出されました。
 途中で親切そうなおばあちゃまに、羽子板市への道を尋ねたら案の定、とても丁寧に教えて下さり、「御苦労様。よくいらっしゃいました。楽しんできて下さいね。」ってにこにこしながら最後に一言。感激してしまいました。
 浅草はやはり良い街です。
 おばあちゃまは祖母に顔立ちが少し似ていて、昨日から何故か小さい頃を思い出すのが不思議な気がしました。
 でも、近づくにつれ人波が凄くて、この調子では開場に間に合わないと思い敢え無く途中で断念。
 昨日と同じライブハウスへ。

 花木さんとチェンジして劉玉瑛さんが出演。
 基本的に同じ曲目で進みましたが、出演者が若干変わるとやはりステージの雰囲気も違う味わいになってきてそれも大変興味深かったです。
 昨日はこうだったけれど、今日はこう、・・・当たり前ですが、その日によってニュアンスは違い・・・生の舞台はそれが怖さでもありますが、たまらない醍醐味ですよね。

 二日目のノワイエはあみさんの歌で。
 あみさんのノワイエの世界が美しく広がっていました。
 あみさんらしい甘く優しい響き。
 うっとりと耳を傾けていると、柔らかい幻想に心が溶けてゆき、静かにどこまでも浮遊してゆくような気がしました。
 この詩の不思議な悲しさや陶酔感がしみじみと心に伝わってきます。
 
 あみさん、素敵なノワイエをありがとうございました。


 お二人のノワイエ。
 それぞれに大切に歌って頂けて、詩が生きて喜んでいるようでした。

 声、感性、表現力、生き方、歌う人の全ての要素が歌には現れて、その人ならではの歌に変わってゆくのですね。
 勿論、私は、訳詞を作る時、思いを込めて、自分なりのイメージや世界感を膨らませてゆくわけですが、でも歌う側の中で、それがどの様に咀嚼され、どの様な色合いが加えられてゆくか、そういう未知の可能性に出会える時の幸せを強く感じて、とても幸せな二日間でした。

 浅草の二日間の楽しい余韻と、そしてお二人の歌われるノワイエの響きが今日もまだ胸に残っています。



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12月の彩り

クリスマスの彩り
12月に入り、クリスマスが街に溢れてきました。
クリスマスカラーは、楽しげなメルヘンの色、元気の出るパワーを持っている気がして、好きです。
クリスマスツリー、サンタクロース、白クマ、雪だるま、ポインセチア・・・

 白クマとポインセチア お花屋さんを飾るクリスマスツリー
   お花屋さんの店先も子供の夢に弾むようです。

 そして、ご存じヴィラージュ。12月のピアノの上。
 壁の中(ニッチ)の飾りは大きなローソクと聖誕の場面を映した人形・・・クリスマスクリブって呼びますが、それがさりげなく飾られてあります。

 ヴィラージュのピアノの上 クリスマスクリブ

 クリスマスオーナメントの数々。
 そしてもう一つ、いつもの果物籠の中には、・・・わかりますか?
 意表を突いて・・・柚子(ゆず)です。獅子柚子、鬼柚子とも言われる巨大ゆず、近づくと冬の香りが心地よいです。
 柚子マーマレードにしたら美味しそう!!と思ってしまいました。

 ヴィラージュのクリスマスオーナメント 果物籠のゆず

 一昔前はどこの家でもクリスマスツリーを飾っていた気がしますが、この頃はその流行りは少し薄れてきたのでしょうか?

 ボストンに住んでいた時、(20年近く前になりますが、)アメリカ人のクリスマスツリーへのこだわりを初めて目の当たりにして、さすが本場キリスト教の国ととても感動したことがありました。
 ほとんどの家庭が必ずといってよいくらい、家の中、或いは外にクリスマスツリーを飾るのですが、そのツリーたるや日本とはスケールが違う・・・高い天井にまでも届きそうな巨大なモミの木をそれぞれが手に入れてきて、リビングルームの、或いは玄関の前の一番良い場所に設置します。・・・相当な重量ですし、本当に大きくて、あれは一体どうやって運びこみ、どうやって固定するのかしらと思ってしまいますが、飾られるとずっと前からそこが居場所だったかのように、存在感があります。
 ボストンで見たツリーには、雪に模したホワホワの綿は、ほとんど飾られることがなく、反対にカリフォルニアやフロリダのツリーは真っ白に綿の雪で覆われていました。
 雪を見ることのない南の土地には雪の中を駆けるサンタクロースはメルヘンティックな夢を誘い、寒気に覆われる北東部のボストンでは、反対に常緑樹の鮮やかな緑が好ましく映るのかもしれませんね。
 今では日本でも普通に目にするようになった庭や家の外壁を飾るクリスマスイルミネーションも、ボストンの当時、初めて見た時は、その発想ときらびやかさには本当に驚きました。

 12月に入ると、子どものいる家庭などは特に、知人たちからクリスマスプレゼントが次々と送られてきます。
 添えられたカードは全部壁に飾り、プレゼントはツリーの下に並べ積み重ねて置いて、クリスマスの日になると、それらを一斉に開くのです。
 私もボストンで出会った20年来の良き友、Kさんのお嬢さんのYちゃんに、誕生の頃から毎年ささやかなプレゼントを贈っているのですが、赤ちゃんグッツが次第に幼児、少女へと成長し、今や大学生となった素敵な女性への贈り物選びに変わっています。あちらからもYちゃんの写真入りのカードがこの時期になると届き、私のYちゃんアルバムも随分厚くなってきました。
 この数年は私が音楽に関わっていることへの参考にと、彼女のお気に入りの音楽を自分で編集したCDアルバムが最新音楽情報として届けられてきます。
 嬉しいなあと思います。
 光陰矢のごとし、ですよね。
 ・・・色々な所から、離れている時間の便りが届く12月は気持ちが浮き立つ楽しい節目の季節でもあります。

  結婚式の彩り
 昨日は姪のKちゃんの結婚式でした。
 大学卒業からそれほど経っていませんので実際まだ若いのですが、でもそれ以上に、華奢であどけない面ざしで、少女のような雰囲気が残っている子なんです。
 顔立ちなど私と良く似ていて周りの方からそのように言われることも多いせいか、いつの間にか何となくお互いに似ているもの同士みたいな連帯感があり、色々な思い出がよぎるにつけ感無量でした。
 
 私は長く教職に就いていましたので、教え子も多く結婚式にも随分列席させて戴いてきたのですが、親戚筋の結婚式は本当に久しぶりで、親族席で祝うことがとても新鮮に思われました。
 テーブルには彼女の両親、姉妹、祖父母、叔父叔母が居る訳で、そういう家族の表情と思いが身近に伝わって、共に暮らしてきた家族の絆がしみじみと響いてくる気がします。

 Kちゃんの父と母、・・・私の弟夫婦なのですが、二人とも本当に子煩悩で、二人の娘たちを慈しみ、愛情を一杯に注いで育ててきました。
 勿論私も、その新郎新婦の幸せそうな様子は何より好ましく祝福の思いで一杯でしたが、それと共に、当たり前の生活、当たり前の日常を、恙無く健全に真っ直ぐに過ごせるよう見守り育て上げてきた、花嫁の父と母の感慨が身につまされるように迫ってきました。

 弟との小さかった頃の思い出、・・・人の印象というのは、出逢った最初の時が残り続けると言いますが、いくつになっても私の中では、弟は小さい頃のやんちゃだった元気一杯の男の子の姿と重なってしまうようです。
 その子が大人になり、結婚し親になり、色々な子育ての経験を味わいながら今、手を離す時を迎える・・・・誰でもが通ってきている普通の道なのでしょうけれど、でも、人生の節目の中で弟もそれをかみしめているのだろうなと思いました。
  <おめでとう。今まで頑張ってきて良かったね。ご苦労様でした。>
って、あの小さかった弟にお姉さんぽくちょっと偉そうに心の中で呟いていました。

 Kちゃんが選んだ伴侶は掛け値なしの好青年、私と同じ獅子座でAB型ということも判明し・・・伯母の、ハードルの高い合格ラインを悠々クリアです。
 Kちゃん おめでとう 幸せになってね。

 この日の結婚式の色合いは、ほんのりとした薔薇色に染まっていました。

 バラのブーケ フラワーシャワーの籠

 Kちゃんの色白の肌に清楚なウエディングドレスがよく似合い、ブーケは薔薇の花。薄いクリームとローズの品の良い優しい彩りで素敵です。

 教会の式でのフラワーシャワーは真っ白な薔薇の花びら。

バージンロードの父



 花嫁の父とKちゃんのバージンロード。

 これからの伴侶に引き渡す時の弟の覚悟の背中。目が潤んでいましたよね。



 
 やがて披露宴に。
 受付のウエルカムボードにも薔薇の花が。ぬいぐるみ大好きのKちゃんが選んだのでしょうか?ペアのくまがちょこんと並んでいました。

 ウエルカムボードを飾るクマとバラ 披露宴のテーブルのバラの花

披露宴会場はお色直しのドレスと同じ色の柔らかいピンクのイメージ。
幸せな優しい色合いの中で、クリスマスソングがBGMに流れた12月の結婚式でした。



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コンサート、無事終わりました

 先日来、ご紹介してきました、11月29日から12月1日の三日間にわたるレ・テタール・メランジェ・コンサートはお陰様で無事終了しました。

 三日目の12月1日に出演したのですが、今日はもう12月3日、・・・・宴の後というか、直後の高揚感は少しずつ薄らいでいますが、今度はぼんやりとした余韻が身体に沁み入ってくる気がします。
 達成感と、解放感と、疲労感と、終わった後の虚脱感みたいなもので、何となく無口なまま、今日一日過ごしてしまいました。
 イベントや勝負などは、期待と不安で、でもわくわくしながら迎えようとしている時が、一番楽しくて幸せなのかもしれませんね。
 終わってしまうとまるで目標が消えたかのように、一瞬、腑抜けた状態になってしまい、・・・でも、それがまた、祭りの日・ハレの日の面白さなのかもしれず、そういう落差が大きいほど頑張った証拠と言えるのかもしれないのですが。

 12月1日のご報告をしてみようと思います。

   スタート 
 東京は気温が前日より急に10℃も低くなり、本当に寒い朝でした。
 でもそれがコンサートに向かう身と心を引き締めてくれるようで、勇んで楽屋入りし、・・・・集合時間より一時間余りも早く着いてしまいました。
 そう言えば、学生時代はギリギリに教室に飛び込んでいたのに、いつの頃か、やたら気が早くなって、最近では人との待ち合わせでも、約束の時間より相当早く行くのが習性になってきています。

 14人の出演者の楽屋は2部屋に分かれていて、部屋の入り口に名前が貼り出されているのですが、どちらの部屋もまだ電気が付いていなくて、正真正銘の一番乗りで、ホール全体が、数名の職員の方がいらしているだけで本当に静まり返っていました。
 廊下や部屋を点灯し、・・・束の間、ホールの主になったような、何だか楽しい気分でした。
 
舞台袖から
 今日は、さい先良いかも!! などと自己暗示をかけつつ、誰もいないステージ裏に。
 ここに人が集まり、音楽が繰り広げられ、コンサートの一日が始まるのです。

誰もいない舞台 ステージにそっと立ってみました。
 勿論、まだ眠ったままの客席です。大勢いらしてくださるのでしょうか?
 二階の照明ブースでは、仕込みの準備が始まっているようです。

 この日も写真はこの二枚だけしか撮れず、・・・私は、カメラマンにはなれませんね。ごめんなさい。

 楽屋に戻り、荷物を整理し、ポットや加湿器のスイッチを入れたりして、誰もいないうちにゆっくりとストレッチ。
 そんなことをしているうちに、ぼちぼちと人が集まってきました。


   幕開け前
 メークをし、衣装を着て、通しリハーサルに臨み、時間刻みのスケジュールの中で、それぞれが自分の領分を懸命にこなしてゆく、・・・お手伝いの日に楽屋の外で見守った出演者の様子と、楽屋の中で自分が今やっていることは同じなのですが、経ってゆく時間感覚は全く違って、デジャヴュではないですが、不思議な夢を見ているような感じがしていました。・・・緊張はしますが、大好きな時間です。

   本番
 開幕のベルと共に、緞帳が上がり、演奏が始まり、歌い手が歌い出す、それをじっとステージの裾から眺める時がとても好きです。

 でも、自分の出番が近づいてくるとドキドキで、本当にあのステージに立てるのかしらといつも思ってしまいます。
 何をどう間違えてこんな自虐的な世界に迷い込んでしまったのだろうと。このまま逃げ出してしまおうかと。

 けれど、ステージに出ると一気に解放される気がします。

 独りきりだったのが、急に光が射して、バンドの演奏が一緒に歌ってくれているような楽しさを感じて、束の間、幸せな時間が流れます。

 『世界の片隅に』は、いろいろな事があった今年をしみじみと思いながら、素直に思いを込められた気がします。
 一方、二部のトップで歌った『きのこのクレープ』は、美味しそうなタイトルとは全くイメージが違い、歌が進むにつれ狂気に入りこんでゆく、実はかなり不気味な歌なのです。
 つけていただいた大胆な振り付けも覚悟を決めて相当頑張り、何とかうまくこなしたつもりなのですが、如何だったでしょうか?
 お聴きになった方が、ぞっとしてくだされば成功という因果な曲です。

   終演
 冷たい雨の降る中、沢山お客様が来て下さってほとんど席は埋まっていました。
 ロビーで出演者が並び、お客様のお見送りやご挨拶をするときは、それぞれの顔は、安堵感と解放感が一杯に溢れている気がします。

 3日間の出演者と演奏者が参加した打ち上げは、夜遅くまで盛り上がり、家路についたのは、優に11時を超えていました。
 
 音楽と関わり、色々な絆を実感できた、この三日間のコンサートでした。


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