新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

紋次郎物語 ~その一 誕生~

紋次郎 弥生3月も明日で終わりです。
 柔らかい芽ぶきの色、少し儚げで優しい物腰の、この月生まれの女性を何人も知っていることもあって、私にとって3月という月は、ほんのりと淡いイメージがあります。

 それなのに、・・・朝の天気予報の真っ赤な杉のマークが、テレビ画面の中で踊っていて、今や不本意ながら、私には耐えがたき季節に変貌してしまいました。
 まだしばらくの受難の中ですが、今日は、気分を変えて、いよいよ猫のお話をしてみようかと思います。

 実は、このブログを始めてからこれまでに、是非猫の話題を!というリクエストが結構届いているのです。
 無類の猫好き、自他共に認める、猫エキスパートの私には、特筆すべき猫たちとの日々が、これまでに沢山あるのですが、その中でも『紋次郎』という猫と共に過ごした15年間という月日は特別であったなと今もしみじみと思っています。
 それで、まずはこの『紋次郎』のお話をご紹介しようと思います。

 但し、話し始めると、延々長く、どっさりと話は尽きませんので、ご覚悟の程を!
全何回の連載になるかは、今のところ全く見当がつきません。気の向いた折々に、ぼちぼちと、好評のようなら途中で打ち切らず書き続けてゆこうと思います。

  ~その一 誕生~
 もうずっと昔の話。
 私が高校3年、弟が中学3年の頃だったと思います。
 野良猫が一匹、どこからか現れて、我が家の庭を頻繁に行き来するようになっていました。
完璧な日本猫の雑種、タマとかミケとかいう古典的な名前がしっくり似合いそうな風貌で比較的平凡な、よくそこら辺にいるタイプ。

 父は、会社員でしたが、当時、庭いじりが大好きで、気に入ったことには断然懲り症で、・・・誰かさんもこの血を引いてしまったようなのですが、・・・・ついには庭園技能士などという資格まで通信講座で所得したくらいの入れ込みようでした。ささやかな庭ではありましたが、池など作り、鯉や金魚を少しずつ増やしては得意そうでした。
 池の辺には石灯籠を置き、槇や柘植(つげ)を形よく刈込んだり、春は馬酔花、桃、梅、木瓜(ぼけ)、つわぶき、初夏になると菖蒲、・・・と純和風に、季節感のある花が選ばれて、今思えばかなり粋なお茶席風庭園を自分で設え、丹精込めて手入れしていたものです。
 この頃の父の休日はいつも朝から晩まで庭仕事で、ご近所の方は父とは気付かず、まめに庭師を入れている家だと思っていたようです。
 それくらいですので、大の猫嫌い、庭をほじくり回したり、池の鯉を傷つけられたりしては大変と、野良猫を極度に警戒していました。

 一方、母は、若かったこの頃は、かなりの綺麗好きで、特に掃除については殆ど潔癖症の領域に入っていましたから、ペットが家を汚すなど、到底あり得べからざることで、そういう理由でこちらもやはり、猫嫌いだったようです。

 我が家の庭を毎日ぶらついては、じっと様子をうかがっているこの猫の姿は、父にも母にも頗る不評でした。
 姿をみかけると、二人ともかなり神経質に追い払っていたのですが、さすが野良猫で、用心深く、逃げ足も敏捷そのものでした。
 でもよく観察するとこの猫には、自分の世界をおっとりと静かに生きているという、野良猫にあるまじき、どこか優雅な空気が漂っていて、私は好印象を初めから持っていたのです。
 猫の方も私と目が合う時だけは、さっと退散せず遠巻きに、潤んだような、ちょっと悲しそうな目で、じっとアイコンタクトを取っていました。
 動物の本能で、敵ではないと、悟っていたのかもしれません。

 それが、あるときから、段々動作が緩慢になってゆき、よく見るとお腹の辺りが重たそうで、牝猫で子供を孕んでいるのだと察しがつくようになりました。

 身重になってからのこの猫の行動範囲は、日がな一日、我が家と、道を隔てた向かい側にあるFさんのお宅との往復に限られていました。

 Fさんはてっぷりとした体格の穏やかなアメリカ人の紳士で、奥様は陽気な日本人。ご夫婦共、来るものは拒まずという感じだったのでしょうか、この牝猫にいつも餌をやって結構可愛がっていらしたようでした。
 三度の食事を心配なく貰えるF家と、一方、顔さえ見れば追い払われる我が家とでは俄然、あちらの方が居心地は良い筈で、我が家は腹ごなしの散歩をするところ、寝食はあちらと住み分けがなされていたのでしょう。

 
 ある夜、夜更かししていつものように本を読んでいた私の耳に、風が吹き抜けるような、ヒューヒューという草笛のような高くかすかな音が聴こえてきました。
風の音か?人の忍び泣きの声か?・・・よく耳を澄ますと、長く線を引くようなとても切ない猫の鳴き声でした。
 あの猫に違いないと思ったのですが、具合でも悪いのだろうか、死んでしまうのではないだろうか、でもそれは、どうしようもないことにも思われ、途切れない声がただ耳の奥深くに刻まれてゆくばかりでした。

 翌朝から、猫は我が家の縁の下にうずくまって動かないでいる時間が多くなりました。
 病気なのだろうか?
 飼い猫ならすぐにでも獣医さんに連れてゆくところでしょうが、野良猫ですからそうもゆかず、・・・第一近づけば逃げますし、・・・・私同様、母も弟も結構気にかけて、どうしたものかと思案の末、ともかくも出産が近いことは確かなので、一時休戦し追い払うのはやめて、緊急避難場所としてせめても・・・というわけで、縁の下に段ボール箱、そこにタオルなどを敷いて居場所を作ってみました。・・・私はこの時、何冊も猫の生態や出産・飼育に関する本など読みあさり、すぐにでもお産婆さん見習い位になれそうな勢いでスタンバイしていました。・・・・
 猫はそれから数日間、この箱に静かにうずくまっていましたが、その後、どこかに忽然と消え・・・・。

 2~3週間程経ったでしょうか、なんと、お向かいのF氏が、当たり前の顔をして、すでに母となったいつものあの猫に餌をやっている姿が・・・・・。

 目を凝らして、よくよく眺めると、母猫の傍にはホントに小さな、ふわふわの綿の塊りみたいな、毛の色がそれぞれ異なる生まれたての子猫たちが5匹寄り添っていました。

 良かった。
 無事で良かった。
 F家でも、我が縁の下でもなく、どこか人目に着かない場所で出産して、無事戻ってきたのですね。

 それが、私が紋次郎を初めて見た日でした。

 

 第一話「誕生」 これにて完

 第二話もよろしければ、そのうちまた続けてみますので、楽しみにしていて下さいね。


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梅一輪 ~絵馬のある風景~

 今日は春分の日。
 暑さ寒さも・・の筈ですが、かなり肌寒い一日でしたね。

 でも、前回のブログに「梅一輪」・・と書いてしまったからには、これは観梅しかないかと思い立ち、今朝、早速出掛けてみました。
 京都で梅といえば、まずは北野天満宮かと。
 私は、人混みに紛れるのが好きなわけではなく、梅なら尚更、人も通わぬ小さな庵にひっそりと咲く慎ましやかな風情のほうを好ましく感じるのですけれど、たまには・・・ご一緒にぶらり散歩を。

     天満宮鳥居
 「北野天満宮」という文字通りの停留所でバスを降りると、すぐ鳥居が見えます。

 天神様といえば、守りの牛。牛は天満宮の神徒とされていて、臥牛は天神様のシンボルですね。
守りの牛  参道の賑わい
 季節柄、出店が賑やかに出ていました。小さな庵にひっそりと・・・は早くも挫折です。諦めて雑踏の中に。
牛をなでる
 ここにも守りの牛。
 なで牛などとも言われて、神体を撫でると健康になるとか病が治るとかよく聞きますが、参拝の方達は、皆通りすがりに撫でてゆき、よく見るとどの牛もピカピカに光っていました。

 牛の向こうに紅白の梅が美しく、ようやく心が少しだけ躍り始めました。
 境内を歩き、山門に辿りつくと、官公の名歌が。

  東風吹かば
管公の名歌
 「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな」
 家族連れの一団がこの歌に注目して大きな声で楽しそうに話しているのが聞えてきました。

  大学生くらいの男の子 「<ひがしかぜ>?」
  お父さん  「あほちゃう。<こち>やろ」
  たぶん妹  「そういえば学校で習ったわ。
          <こち>や」

  男の子   「習ったっけ?」
  お父さん  「・・・・(菅原道真の太宰府左遷の話など
          の説明をかなり滔々と)・・」
 
  お母さん  「でもこの看板、間違ってると思う。絶対<春を忘るな>じゃない!」
 お母さんは、たぶん<春な忘れそ>って言いたかったのでは?
 紅梅 <春を忘るな>は拾遺集に、<春な忘れそ>は大鏡の流布本や十訓集などに載っているのですが、写本の関係でこのような異本が生まれたので、実はどちらも正しいのです。
 <春を忘るな>という言い回しの方が何となく新しい気がしますから、お母さんには違和感があったのでしょうね。 でも、拾遺集の方が実は制作年代は古いのです。・・・・などと国文学専攻の私は、こういうことだけは得意なので思わず解説をしたくなったのですが、ぐっと飲み込みました。

 ちなみに言うと。
 この歌は、菅原道真が太宰府に流される前、京都の自宅の庭の梅を読んだ歌なのですが、この梅が、主人の道真を慕って、彼の居る太宰府にひと夜で飛んで行ったというのが後日譚の飛梅(とびうめ)伝説で、それから梅は健気な花のイメージを持つようになったようです。

  絵馬 
 本殿手前を少し横道に入ってゆくと、願掛けの絵馬が沢山掛っている場所に行きつきました。
 思いの外の静けさで、やはり静寂の中で見る梅の花の佇まいは端正で美しく感じられます。
奉納された絵馬
 目の前に広がる絵馬の奉納場所です。

 一カ月ほど前でしたら、きっとここも長蛇の列だったのでしょうね。
 天神様は学問の神様ですから、受験シーズンは学業成就を願って、こぞって受験生が絵馬の奉納に訪れたのに違いありません。
 願いは叶ったのでしょうか?
 絵馬に書かれた様々な言葉を、しみじみと眺めてしまいました。
絵馬 
 <○大学○学部○学科合格祈願 >の文字が何校分も小さな字でどっさり書き込まれてある絵馬もとても多かったです。
 天神様はどの願いを優先して叶えるのでしょうか?
 一生懸命の気持ちがわかるだけに、願いを叶える神様も大変かもしれませんね。
 受験が終わって、皆、お礼参りには訪れたのでしょうか?

 「○大学必勝」の絵馬が重なる中に、パラパラと「ありがとうございました」の字が見えて少しほっとしました。
  一枚、「おばあちゃんの病気が少しでもよくなりますように」というのがあり、もっと心が和みました。
松と梅と甍 
 このブログでも前に何回かご紹介したことのある私の祖母が、よく言っていた言葉を思い出します。
 「神様に祈るのは感謝をすることだけ。後は皆自分の責任」
 厳しい人だったなと思います。
 その薫陶を受けて育った私としては、もし受験祈願を絵馬に記すなら「健康で当日を迎え、これまで頑張った力が充分発揮できますように」と記すのが理想なのですが、でも、人は誰でも、「困った時の・・・」ですから、きっと私もいざとなるとで、・・・言うは易し・・・なのかもしれません。

  観梅
 梅苑という看板に魅かれて、入ってみました。ここからは有料です。
 この時期の花、大好きな馬酔花(あせび)。
 眼下に紙屋川の清流が流れます。

馬酔木の花  梅苑
 そして目を上げると春の色。 
 いつの間にかこんなに柔らかく美しい春色に木々は染まり始めていたのですね。淡いピンクと淡い緑と、木々が膨らみかけて幹も枝も赤く染まっています。冬から目覚めて樹の幹や枝に樹液が通い始めたような、流れる血が透けて見えるような、淡い赤です。


 梅苑の茶屋  管公梅と梅茶
 梅苑は、まあ・・・・・なので、その代わりというわけなのか、茶菓子付き入場券でした。この時期限定なのでしょうか、茶店がしつらえてあって、皆、梅茶と官公梅というお煎餅で一息です。
 見上げれば寺社の甍。梅の香りに青い空。

袴姿
 帰路に、袴姿で小さな花束を手にした女性達と何人も出会いました。
 大学の卒業式か、謝恩会に向かう所なのでしょうか?

 春、まさに旅立ちの季節です。


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梅一輪 ~『幼き日のこと』~

 三寒四温とは言い得て妙、春の訪れを待つ3月は、本当に気候が安定しなくて、私の周りでも、体調を崩す方達が続出です。
 皆様は、大丈夫ですか?
 
 特にこの数日、京都は真冬に戻ってしまったかのような厳しい底冷えの毎日です。
 一昨日など一日中、雪が降ったり止んだりで、その雪も、霰(あられ)のようにパラパラ音を立てて叩きつけてきたかと思うと、じっとりと重い霙(みぞれ)に変わってみたり、それが今度は、急にふわふわの牡丹(ぼたん)雪になって舞い、また突然、青空が覗いたり、何とも変な目まぐるしい空模様でした。

浅間高原の大雪
 でも、山国はもっと大変。
 昨日、群馬県の浅間高原で暮らす友人から、懐かしい便りと雪景色の写真とが届きました。
 あちらは今、かなりの大雪で、雪かき、雪降ろしの日々は、痛めた肩に辛い作業なのだと記されていました。
 一斉に花が咲き乱れる遅い春は、どんなに美しいことか、くっきりと彩られた季節感は厳しい自然との生活の中でこそ、一層際立つのでしょうね。


 そして、東京は麗らかな天気だと、母からの今日の電話。


 小さな日本なのに、春があちこちで色々に動いているのですね。


 でも、私は今、非常に機嫌が悪く、体調が優れません。

 今年もついに始まってしまったようです。
 ・・・花粉症とのお付き合いは、いつも重度の鬱状態からスタートです。
 デビューしたのは、3年くらい前で、それまでは私に限って大丈夫、と、涼しい顔をして威張っていたのですが、デビューが遅い分、発症するとかなり重症になるらしく、どうすれば少しはマシになるのか、良い知恵があったらどうか教えて下さいませんか?

 病院で薬も頂いて、いくつか試したのですが、どれも合わなくて、却って体調が悪くなる始末で、・・・お茶とか飴とか色々やってみてもどうも今一つですし、結局、現在、なすすべなく、家にいるときは空気清浄機を付けっぱなしにして、夜もマスクしたままの哀れな様相で・・・・。
 昔は花粉症なんてかかる人いなかったのに・・・と一人呟く姿は、人様にお見せ出来ない悲哀が漂っております。

 さて、そんな試練の日々を密かに飲み込み、今日は春の花のお話をしたいと思います。

 この季節に芳しく咲く梅の花。
 梅一輪 一輪ほどの 暖かさ
 香り高く、でもひっそりと静かな風情で春を告げる花
 雪をかぶって雪と溶けあいながら咲く健気な初春の花

 「飛び梅」とか、梅にまつわる古来からの美しい話は色々ありますが、井上靖氏のこんなエッセイをご存知でしたでしょうか?

 『幼き日のこと』という、井上靖氏の幼少期の思い出が綴られている随想集の中からの文章なのですが、少し要約しながらご紹介してみたいと思います。

 大好きな親戚の小父さんが、幼かった彼を連れて庭の梅の木のあるところへ行き、彼を抱き上げて、顔を梅の花の傍に持って行くというところから話は始まります。

  ---いい匂いがするだろう。
  ---うん。
  更に他の梅の木のところへ行って、
  ---じゃ、この梅の方はどうだ。
  ---いい匂いがする。
  ---うまいことを言って!ほんとか!
  おそらくこんなやり取りがあったのであろうと思う。こんなことのためか、いつとはなしに、私は梅の花を見ると、顔を梅の花の方へ持って行くような癖を身に着けてしまった。現在も、庭の梅が花をつけると、時々その匂いを嗅ぐし、幼い者でも傍に居ると、かつて自分がされたように、抱き上げて、梅の匂いを嗅がせてやる。自分の場合のように、いま自分が抱き上げてやっている幼い者がこのことを憶えているかもしれないと思うと、ある楽しさがある。甚だ当てにならぬ賭けではあるが、幼い者の心に、梅の花の匂いという時限爆弾でも仕掛けているような気持である。
  ---いい匂いがするだろう。
  ---うん。
 甚だ不得要領な顔をしているが、案外このことを憶えているかも知れないと思う。

 
 
 のどかな情景が浮かんでくるような瑞々しい文章で、さすがです。

 嘗てこの文章を初めて読んだ時、それまで格別意識したことのなかった「梅」という花が、この幼い子供の小さな物語を包みこんで、突然、自分の中で、魅力ある花に変容してゆくような気がして、とても感動したのを思い出します。
 言葉の力が、事物に息を吹き込んでゆくということなのでしょうか。
 
 「時限爆弾を仕掛ける」という表現も、なかなか含蓄がありますよね。
 何事にも即効性のある効果を期待し、ゆっくり待つことができなくなった忙しい時代ですけれど、いつ爆発するか、・・・果たして花開くのか否か、いくら仕掛けてもそれすら誰からも認めてもらえない、誰が仕掛けたのかもわからなくなるような、ずっと先の結実を楽しみにそっと待つ、そっと贈り物をする、という心の余裕と言うか、豊かさをしみじみと感じます。
 子供を育むという事も、そして生きてゆく道程の中に自分の足跡を残すというのも、こういう事なのかなと・・・・。

 よろしかったらゆっくりとお読みになってみて下さい。お薦めできるエッセイです。

 空気清浄機のある部屋から出て、梅を見に行きたくなりました。


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一年の時間

 一年前の今日ですね。

 3月に入ってから、震災を改めて振り返り、災害を検証したり、被害に遭遇された多くの方々にとっての一年を辿る報道が、テレビや新聞で色々特集されています。

 すべての記憶は、時間の向こうに風化されてゆくものなのでしょうが、でもあの余りにも大きな衝撃と痛手は、世界を貫く閃光を一瞬に浴びたように深く刻みつけられて、誰の胸からも容易に薄れてゆくことはないと思います。

 それぞれの人が、そして私自身も、記憶の中でそれをどう抱えて、新たに過ごしてゆく時間にどう生かしてゆくのかが問われていくのでしょう。
生かしてゆかなければならない沢山の教訓や思いが、この一年の時間の中には、混沌として渦巻いているように感じます。


 改めて、犠牲になられた多くの方々の鎮魂に深く思いを致すと共に、未だ、仮設住宅や避難生活の暮らしを余儀なくされて、大変な状況で過ごされている方々に一刻も早く以前と同じ生活が訪れますよう、心から祈念するばかりです。

 そして、自然への畏敬の念と、その中で生かされていることの感謝と、人が人同士、共に在ることの喜びとを、いつも感じていたいと思います。

 
 震災の直後に、歌詞をつけてから、この一年の間、折に触れ歌ってきたケレン・アンの『世界の片隅に』という曲があるのですが、・・・確か前にもこのブログの中で触れたことがあったかと・・・その一節をご紹介して、今改めて思いを込め、ここにお贈りしたいと思います。

   この世界に 
   小さな私とあなたがここにいる
   それだけで良い
   繋ぎ合うぬくもりを今
   静かに感じている
   噛みしめてみる
     ・・・・・・・
     ・・・・・・・
   世界のこの片隅に 
   一筋の幸せがありますように
   あなたの上に


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『恋するバルバラ』コンサートご報告 東京編

 前回の京都コンサートのお話に続いて、今日は新橋シャミオールでのコンサートのご報告をさせていただきます。
 
 2月4日が京都コンサートだったわけですが、ちょうど二週間後の2月18日。
 この二週間の自分を振り返ってみますと。

 最初の数日はとっても元気で充実感に満ち、上機嫌でした。

 一週間を過ぎるころから、今度は、緊張感や不安が重くかぶさってきて、苦しい時間が続いたのですが、皆様からの応援メールや電話に後押しされてか、コンサートの数日前になって突然、霧が晴れるように気力が満ちてきて、本番が待ち遠しくなりました。

 そんな揺れる二週間を経過して、2月18日いよいよ本番へ。

  *シャミオールフレンチカフェ
シャミオールの扉
 シャミオールの入り口には、この猫のロゴが描かれています。お洒落ですね。

猫と交信できる特技を持つ私としては、すこぶるゲンの良いコンサート会場で、この扉を開けるのは楽しみなのです。

 日仏学館のカフェを前回の記事でご紹介しましたが、シャミオールはシンプルなライブハウス。
 でも、二部のテーマは『フレンチカフェ』ですので、カフェっぽい雰囲気をやはりここでもお客様に楽しんで戴きたくて小さな演出をスタッフと一緒に考えました。

ドリンク券 ご存じドリンク引換券。日仏で既に導入しましたね。
 でもほんの少しだけ違います。わかるでしょうか?
 ど~こだ??

 大きさが若干大きくなりました。
 裏にドリンクメニューを記載したためです。
 シャミオールコンサートではドリンクとお菓子付きにこだわっていますので、ドリンクはスタッフが、お客様に注文を伺い席までお持ちするシステムにしました。
 そのためのドリンクメニューなのです。

ロゴ入りコースター
 席表を兼ねたコースターです。
 エッフェル塔のイラストが可愛いでしょう。プログラムのイラストデザインを担当して下さったNさんによるものです。
 下に<Barbara amoureuse> というロゴも作り、入れて頂きました。
 『恋するバルバラ』という意味のフランス語です。
 紙ナプキンにもお揃いのロゴを入れました。・・・もうホントに懲り症で我ながら困ってしまいます。
 でも、気に入って戴けたようでプログラムに挟んで持ち帰り下さったお客様が沢山いらしてとても嬉しかったです。

お菓子
 お菓子は、あれやこれや試食検討して、今回は、マカロンのクリーム部分とフィナンシェのしっとり感触が混ざったようなフレンチな味のバードゥ・フリュイというお菓子と、オレンジやイチジクなどのドライフルーツにチョコレートをかぶせたお菓子。お持ち帰りもできるよう一つずつ袋にわかれていますし、なかなか美味しかったと評判上々でした。良かった!良かった!

フレンチカフェの赤いエプロン  ドリンクを運んでくれたのは若い女性スタッフ。
 可愛いワインレッドのカフェエプロン(でも、見かけによらずとてもお安く手にはいったというのがスタッフの弁です)。
 とっても可愛く素敵な方たちなのですが、プライバシー保護のため、エプロン部分のみ、ご覧下さいね。

  *シャミオールコンサート本番
 カウンターの上にはお贈りくださった花束が飾られています。
カウンターの花束

 今回、カウンター席でお聴きになったRさんから、こんな素敵なお手紙が届きました。(一部、割愛しています)

 今回はカウンター席におりましたが、公演が始まってみると、直視するのがはばかられるほど舞台も至近距離でよく見えました。
 カウンターの上には花束やアレンジメントが飾ってあり、思いがけず美しい花々の生気に癒されながら歌が聴けるという至福のひとときになりました。
 アンコールのとき渡された花束はピアノの上に置かれましたが、それを見ていましたら、ピアノの振動が伝わるのか、演奏に合わせて小さな花々が揺れるのです。
 まるでピアノや歌の調べに身を震わせているような、一緒に踊っているような様子でした。
 花たちもひそやかに共演していたのかもしれませんね。
 このところ何かと慌ただしく過ごしておりましたので、お花を眺めながら、コーヒーを飲みながら、ゆっくりシャンソンを聴いた時間がとても豊かで、あっという間で、終わってしまうのが名残惜しいひとときでした。
 今からもう次回の公演が楽しみです。


 有難うございます。

 ピアノの上の花束1 ピアノの上の花束
 ピアノの上の花束、そして揺れる小さな花々。

 ピアノの振動に揺れる小さな花々に私も気がつきました。ささやかだけれど美しく豊かなものが、音楽の流れる空間には自然と満ちてくるのかもしれません。
 こんな風に味わって下さり、それをこんな風に素敵に表現して下さったRさんのお便りに、この日の幸せな雰囲気が言い尽されている気がします。
 Rさん、ありがとう。

*Special thanks
 『世界の片隅に』という曲を、両日共、コンサートの最後の曲として歌いました。この曲を作ろうと思ったきっかけは、一年前にこのブログにも記しました震災時に届いたYさんからのお便りでした。
 このお便りの一部をコンサートの中でもご紹介したのですが、この日のコンサートにYさんも来て下さいました。
 大変な困難の一年間の中で、いつもと変わらない優しい笑顔に会えて本当に嬉しかった。
 スポットライト

 ブログに載せた京都と東京,両方のコンサート風景の素敵な写真はカメラマンの沢木瑠璃さんによるものです。

いつも素敵な写真をありがとう。

フィナーレ 

  最後のアンコールを終えて。

  全ての皆様に感謝致します。





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