新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

巴里野郎ライブの報告

 4月27日金曜日の巴里野郎での初ライブですが、お陰様で無事終えることが出来ました。お客様、そしてエールを下さった皆様、本当に有難うございました。

シャンソニエ 巴里野郎
 巴里野郎で歌うのは初めてでもありますし、早めに雰囲気に慣れたほうが良いだろうと、キャリーバックに衣装その他を詰め込んで、コロコロと・・・18時には一人もう巴里野郎に到着していました。

 ブログに、楽しい実況報告をしようと勇む心で、まずは扉の前の案内版を一枚。

 <さあ頑張るぞ~>のテンションは最高潮です。
 「貴女は見かけによらず山女(やまおんな)だから・・・」と学生時代からの友人はよく私のことをしみじみ言うのですが、・・・きっとワイルドで無頓着なところがあると言いたいのでしょうね、・・・でも確かに、<山があれば登ってしまう><高ければ高いほど本当は嬉しい>というとても単純な、獅子座そのままのタイプなのかもしれません。新しい体験や出会いの予感は、気持ちが高揚して、緊張を凌駕するみたいです。

 私は開場前の誰もいない少し寂しく静まった会場や客席を眺めるのがなぜかとても好きです。
 一緒に楽しんで下さるかしら、音楽を通してどんな空気が流れてゆくのかしら、などと想像していると、色々な不安から解放され、幸せな気持ちになってきますし、やがて座席が埋まり始め、客席に少しずつ人の息遣いが充満してくるのを感じると自分の中に何かのスイッチが入る気がします。
  シャンソニエ 巴里野郎の舞台 花束
 ライトが暗い中だったので、わかりにくいかもしれませんが客席側からステージを撮ってみました。
 ピアノの側に置かれたピンクと薄いパープルの薔薇の花束。
 クラッシックな巴里野郎のインテリアに映えて美しいです。
 大好きな薔薇・・・・MさんとSさんからの心尽くしの贈り物。
 いつもこんな風に励ましてくれる心温かい友達がいて、自分は本当に幸せだなと思っています。

 しばらくすると、ピアニストの坂下文野さんがいらして、この日歌う曲の通しリハーサルをして下さいました。
 さりげなく優しいお心遣いが本当に有り難かったです。
 坂下さんの柔らかく美しいピアノの調べが、歌っている自分にも心地よく沁み入ってきて、本番前から、安心して音に託してゆけるそんな気がしました。

 そうしている間に、ご一緒させて頂く歌手の堀内環さんがいらっしゃいました。この日は、パリで購入されたというモネの絵が描かれたシャツをお召しになっていて、ダンディーな堀内さんに良く似合って颯爽と素敵でした。

  やがて、お客様も三々五々・・・・。

 実はカメラを持っていたのに、ここからは一枚も撮っていません・・・なんとバッテリー切れで、私はやはり写真家には絶対なれませんね。ごめんなさい。


 巴里野郎は30年もの歴史のある老舗のシャンソニエですから、これまで、どれだけ多くの歌手の方達が、このステージに立たれたのでしょう。
 長い時間の中に宿り続けてきた不思議な<歌の魂>のようなものに溢れている気がして、ここに立つと、そういう強い<気>に自然に押されるような陶酔感がありました。

 大先輩の堀内さんは率直で温かい包容力のある方で、ご一緒のステージは気持ちが落ち着いてとても楽しかったです。
 私が自分の訳詞で歌うことを尊重して下さり、今回ご自身が歌われるそれぞれの曲についても、その訳詞家と詩のご説明をなさりながらステージを進められて、私も興味深く聴き入ってしまいました。
 堀内さんは「je t’aime」と「17歳」を特に気に入って下さったようです。

 そしてお客様、・・・・とても和やかな雰囲気の中で、集中して耳を傾けて下さって、あっという間に最後のステージとなりました。
 このブログでも嘗てご紹介しました『愛の約束』『ロボットミューラとマーガッレット』『世界の片隅に』も入れた、計8曲の歌を楽しんでいただきました。

休憩時間
 休憩時間にお客様が撮って下さったスナップ写真です。
 左から堀内さん、私、坂下さん。
 巴里野郎のレトロモダンなカウンターの雰囲気も伝わるでしょうか?

 堀内さんには、「また一緒に歌いましょう」とおっしゃって頂いて、これは最高の労いの言葉、終わってみれば、私には幸せな一日でした。

 気がつくとGWの真っ只中、今日で四月も終わりです。
 突然の夏日続きですが、体調に気をつけて、楽しい休日を過ごして下さいね。

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猫の話 ~閑話休題~

 このブログで、ご紹介し始めました『紋次郎物語』ですが、思い出していると、次々と懐かしく「紋次郎」を巡る出来事が浮かんできて、このところ、タイムスリップしたような楽しい時間を過ごしています。
 ただ、これから先、とてつもなく長くなりそうで、最後まで行き着くかどうか、我ながら少し心配になってきたのですが・・・。

 それと共に、猫のことを書いた文章が、最近やけに目にとまります。


  「猫が猫らしく暮らす島を訪ねて」
 先日届いてきた『通販生活』の夏号にこんな記事が出ていました。
 (注『通販生活』はカタログハウスという結構有名な通信販売の会社が出している、商品カタログ誌だが、ちょっとユニークで読み物としても面白い記事が時折出ている。以前何回か商品を購入したら、いつの間にか送られてくるようになった。私・・・密かに愛読している。)

 この中に、「猫が猫らしく暮らす島を訪ねて」という山口規子さんという方が取材し書かれた文章が沢山の猫の写真と共に載っていてなかなか興味深かったので、ご紹介してみようと思います。

 「宮城県・石巻湾に浮かぶ田代島は、人よりも猫のほうが多い島だ。主に高齢者ばかりの41世帯61人が暮らす周囲11.5キロメートルの小さな島に約100匹もの猫が住みついている」という文章から始まります。
 一部猫好きには有名な<猫だらけ>の島なのだそうですが、漁業を生業とする島の生活の中で、猫達は港を中心にして生活していて、朝、船が漁から戻ると、漁師たちは売り物にならない獲れたての小魚をふんだんに猫達に分け与える、猫には申し分のない楽園であるようなのです。

「人間にいじめられたことがないらしく、どの猫も逃げないし、隠れない」
「ここでは人間と猫が同等に暮らしている。島民が猫の生活を尊重していることをひしひしと感じた」
と記されています。
 その昔は、米作のネズミよけとして、その後は大漁の守り神として尊重されてきたらしいのです。猫を守るため、この島には犬は一匹もいないというほど徹底しているようで、私が猫だったら、絶対田代島に移住したいと思うでしょうね。

 この記事は、「私が子供だった頃は家の外には野良猫がいて、人間と折り合って生きていた。猫が猫らしく暮らし、島民も実にのんびりした生活を送っている田代島は、いまや特別な場所なのだろうか。」と締めくくられていて、前回の記事でご紹介しましたが、イスタンブールの猫達の暮らしと重なるものを大いに感じました。
 自然との関わり方が大きく変化してきた現代の生活ですから、猫や犬などの動物も当然例外ではなくなっているわけですが、こういう記事を読んだりすると、文明が進み過ぎたことの意味を改めて考えさせられてしまいます。


  「猫に名前をつけすぎると」(1998、河出文庫)
 猫に名前をつけすぎると(河出文庫)
 ずっと昔に読んだ、小説家阿部昭氏のエッセイ集が本棚の奥にあり、今朝、ふと目に留まりました。思わず一気に読み返してしまったのですが、軽妙なタッチの中に洒脱なユーモアと小動物への愛情や鋭敏な観察眼が感じ取れて楽しかったです。
 「猫を飼ったら、いくら可愛くてもあまり名前を付け過ぎてはいけません。
名前はやはり一つだけ付けるのがいいのです」
とあります。
 たとえば、「クロ」を「クロすけ」と呼んだり、「クロコビッチ」と呼んだりしてはいけないというのですが・・・・。
 これについては、私にもちょっとした経験がありますので、いずれ、『紋次郎物語』の続きの中で、取り上げてみる事にしたいと思います。

 阿部昭氏はかなりの猫好きなようですが、彼に限らず、犬派ではなく、猫派の小説家や画家は結構多そうです。内側に深く入り込む感性は、どこか猫に惹かれ、引寄せられる要素を持っているのかもしれませんね。


 今日は、閑話休題で、猫のことを書いた文章を紹介させていただきました。


 さて明日は、巴里野郎での初ライブがあります。
 お客様に楽しんでいただけるよう、ベストを尽くしてきたいと思います。



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紋次郎物語 ~その二 母と子~

 紋次郎
 先日の記事、『紋次郎物語 ~その一 誕生~』に、<ひろか>さんからこんなコメントをいただきました。

 是非是非続きも更新してください!
 トルコは猫天国の国です。
 どこに行っても猫がいます。トルコ人はみんな猫が大好きみたいで、野良猫のための水や餌がところどころにあります。
 「野良」とはいっても、住民みんなで育てている感じです。
 猫がいる風景は、気持ちがほっこりしますね。


 時々コメントを寄せて下さる<ひろか>さんは、現在イスタンブールにお住まいの子育て真っ最中の溌剌ママさんです。嬉しいお便りをありがとうございます。トルコは猫天国なのですね。知りませんでした。<ひろか>さんにもトルコのニャンコたちにも会いにゆきたくなります・・・。

 大変お待たせいたしました。紋次郎物語 第二話をお読みください。


  ~ その二 母と子 ~
 我が家の庭に姿を見せるようになった牝猫がある日子猫を5匹生んだというところまで、お話ししたかと思います。

 牝猫の後を転げるようによちよちとついて回る小さな子猫たちの姿はその後もずっとお向かいのアメリカ人のFさんのお庭にありました。
 さすがに当時でも、トルコのように野良猫を住民みんなで育てるというわけにはいきませんでしたが、さりとて、「野良猫を寄せ付けてけしからん」という苦情もF家には格別なく・・・今だったら、まわり近所から非難殺到で、野良猫の餌付けなどとんでもないのでしょうが・・・・いつの間にか<Fさんちの野良猫>(よく考えるとどっちつかずの変な呼び名ですが)という名で猫たちは市民権を得るようになっていました。
 そのうち<Fさんちの外猫(そとねこ)>とのんびりと呼ばれるようになり、・・・牝猫の粘り勝ちですね。・・・Mr.Fの鷹揚な庇護の下、食べる心配もなく、子猫たちはころころと成長していきました。
 
 しばらくして、今度は子連れで、牝猫が我が家の庭を散歩するようになった頃、・・・この頃には、気がつくと5匹いたはずの子猫がいつの間にか4匹になっていました。病死したのか、どこかに貰われたのかよくわかりませんが、・・・・突然、F氏が、「バカンスで一家でアメリカに三週間近く帰国するので」、というご挨拶にみえました。
 その時、家にいた母と弟が応対したのですが、Mrがカタコトの日本語で、多分、「留守の間、ウチの猫たちのことをよろしく頼む」というようなことを言っていた・・・というのです。
 母ははっきりと頼まれてはいないと言い、弟はいや、確かにそう言ってた気がする・・・と多少解釈が異なっていましたが、翌日から、お向かいは空になり、さあどうしようかという話になりました。
 父は「癖になったら大変だし、そもそも野良猫なんだから」とどこまでも初志貫徹でしたが、頼まれたことをおざなりにはできない責任感の強い母は、「とにかく旅行から帰られるまでは・・・」という意見で、子猫の愛らしさにメロメロになっていた私たち姉弟はその母に加勢して、結局多数決の法則で、なし崩しに、猫たちの食事の世話をすることになったのでした。
 
 赤ちゃん猫は可愛い盛りで、一挙手一投足にいくら見ていても飽きないくらいの愛きょうがありました。でも母猫は野良猫道に徹していたのでしょうね。
 大人しく穏やかなのですけれど、いつも人間と一定の距離を置いて、決して子猫には触らせず、私たちが子猫を抱き上げたり撫でたりしようとするとさっとそれを阻んで逃がしてしまうのです。

 初めはFさんの庭に出向いて、そのうちに我が家の庭で餌をやることになったのですが、餌のお皿を、私たち人間からある程度離れた距離に置かないと、どんなにお腹が空いていても、決して近寄ってきませんし、子猫にも近寄らせないようしていたようでした。
 そして常に、まず子猫たちに食べさせ、それを優しく見守っていて、子どもたちが食べ終わると、その残りを遠慮がちに最後に食べていました。たまに子猫たちが皆食べてしまって自分の分が残っていなくても満足そうな静かな様子を崩さず、母の愛とはかくあるべしというお手本のような凛とした風情でした。
 母猫はあまり鳴き声を発することのない・・・たぶん寡黙な性格だったのではと思うのですが、食事の時には子猫たちに必ず声をかけて、何か教えていたようですし、食事が終わると、まるで本当に『御馳走様でした』と言ってるかのように、こちらをじっと見ながら、ニャーニャーと二声程発して帰るのです。
 偶然でしょう?と思われるでしょうけれど、いつでも必ずそうなので、何だか不思議な感動があって、これは猫と言えども侮れないと思いましたし、私としてはこの頃から段々この猫に、かなりな愛情を感じるようになっていました。

 子猫たちは4匹、バラバラな風貌をしていました。
 真っ白い短毛系の猫、モジャモジャの長毛種、母猫と似た三毛、またそれとは違った毛並みの日本猫・・・・・、野良猫たる所以なのでしょうね。どう見ても兄弟とは思えないほど様々入り混じってじゃれ合い、ちょこちょことかけ廻っていました。
 まだ、両手で包めそうなくらい小さい子猫たちには、世界は何もかもが初めての出会いで、どんなにか輝いて見えているのだろうと思われました。


 ・・・で、無事、バカンスを終えた彼らの飼い主は戻り、また我が家は平穏でちょっと物足りない日々が始まった・・・・はずだったのですが、一カ月位過ぎた頃に。


 またしても、母と弟の在宅時、F氏の訪問があり、・・・・でも今度は日本人の奥様とお子さんたち、ご一家総出で、お引越しのご挨拶でした。
 横須賀のベースに関わりのあるお仕事だったらしく、その関係で、同じ市内なのですが、少し離れた米軍住宅に住むことになったそうなのです。
 今度は母も弟も、「で、猫たちは??」としっかり伺ったところ、「ウチで可愛がっている猫なので、勿論全部連れてゆきます」ということでした。

 猫大好きの私と弟は寂しかったですが、父と母は、これでようやく安らかな日が戻る・・・と思ったのでしょうか、かなり上機嫌でした。


 お向かいは猫と共に空き家となり、一カ月ほどして、ぽっかりとした気分にも少し慣れてきた頃、あろうことか・・・・あの猫たちが空き家の庭に。

 母猫は何だかやつれて、でも、子猫たちは相変わらず可愛くて、少しだけ表情がしっかりしてきたように見えました。

 どうしたのでしょう?事情は全くわからないのですが。

 <猫は家につく>と言いますし、まして野良猫ともなると自分の生まれ育ったテリトリーが何と言っても一番良いのかもしれませんね。
 どういうタイミングでかはわかりませんが、家猫になり損ね、古巣に戻って来たのではと思われます。
 脱走兵は速やかに強制送還するべきところなのでしょうけれど、生憎Fさんとはどうしても連絡が取れず、かといって肩代わりする訳にもいかず、ともかく今度は心を鬼にして決して餌をやるべからず、そうすれば必ずや今度こそ、どこか違う場所に移って行くに違いないから・・・という両親からの至上命令が私たち姉弟に下されました。

 この頃は相当な愛着を猫たちに持っていましたので、空腹そうな顔で母子からじっと見つめられると、正直言って結構辛かったです。

 既に母猫とはかなりのレベルでコニュニケーションが交わせるようになっていた??!!・・・と自分で信じていた私は、(呆れないで下さいね。頭が変なわけではありません。理屈に合わなくても、生き物は不思議ですから、本当にそういうことってあるのではと思うのです)母猫に向き合って、<どうしても飼ってやれないから、自分で生きる道を探してほしい>というようなことを一生懸命話しかけていました。
 猫はじっと聴いている風に思われ・・・・それからすぐ本当にいなくなりました。


 さて実は、ここからが益々不思議なお話しになってくるのですが、これ以上話すとひんしゅくでしょうか?
 ・・・・よろしければ、また次回続きをお話しさせていただきますが。

  まずは、第二話「母と子」はこれにて完と致します。




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京都 街中 桜散歩

 今日は久しぶりに京都で過ごすオフタイムでした。
 そして朝から気持ちの良い晴天・・・・市中桜満開のニュースを聞いては、お花見に行かない手はないと、早速ぶらりとそこら辺をお散歩・・・と思い立ったのですが、気がついたら何と6時間、歩き続けていました。
 眩しく強い初夏のような日差しの中、日の光が沁み渡ってきて、身も心もカラリと爽快になった気がします。

 今年の京都のお花見です。
 なぜか今日はポピュラーな場所ばかりを回ってしまったのですが、でも、束の間、ご一緒に楽しんで下さいね。

   東山三条 白川筋
 スタートは10時少し前。
 地の利を生かして、四条通りを真直ぐに、祇園を通過し、八坂神社に突き当たると左に曲がり、一気に知恩院まで。
 知恩院横の白川筋です。
柔らかい、さみどり色の柳が風に揺れ、何とも清々しいですね。
この景色、どこかで見覚えがありませんか?
TVドラマの舞台 京都物のTVドラマの舞台によく出てくる見慣れた風景かと。
『京都地検の女』とか『京都迷宮案内』とか『おみやさん』・・・・あと、山村美紗さんの一連の京都ミステリードラマなど、定番のロケ場所があるみたいで、ここは、事件が起こるというよりは、途中、主人公が水面を見つめながら推理をしたりする場所か、或いは解決した後、エンディングに主役コンビが散歩する場所と決まっているみたいなのですが。
京都は少し風情のある場所はどこに行っても人が多いですので、カメラを回し易い所の条件がきっと限られているのかもしれませんね。

白川筋の日々の光景
 川沿いの割烹料理屋さんのおかみさんらしき方がバケツに紐を付けて井戸水をくみ上げるようにして、何回も何回も川の水を運んでいました。店先の植木に水やりをしたり、防火用水に足したり、打ち水をするのにも使っていて、白い割烹着姿が柳に不思議に映えて、当たり前かもしれませんが、ここでも日々の生活が普通に営まれているのだなと面白く感じました。

   琵琶湖疏水 平安神宮
東山三条から、神宮道を歩いてゆくと、やがて平安神宮の朱塗りの鳥居が見えてきます。青空と桜と鮮やかな鳥居とが絵のように、京都の華やかな春を出現させているようです。
 平安神宮の鳥居 岡崎疎水をゆく十石舟
 平安神宮を囲むようにして琵琶湖疏水(岡崎疎水)が流れているのですが、この疏水を渡る十石舟が桜のシーズン限定で運行されています。30分弱の行程ですが、舟に乗って両岸の桜を楽しむという趣向で、私も以前乗ってみたことがありますが、束の間、舟遊びをしているような優雅な気分に浸ることができました。

 平安神宮はいつも人出が多いですので、遠巻きに眺めるばかりで、中に入ったのは久しぶりでした。
 「金閣、銀閣、清水はんに平安神宮」京都の初心者版4大観光名所をそう呼ぶのだと前にタクシーの運転手さんに聞いたことがありましたが、桜のこの時期はまさにピークで・・・。
紅枝垂れ桜
 平安神宮の桜と言えばこの八重紅枝垂桜(やえべにしだれざくら)ですね。
 本当に見事です。
 
 谷崎潤一郎の長編小説『細雪(ささめゆき)』に主人公たち姉妹がこの枝垂れ桜の下に集うという場面があり、昔観た市川崑監督のこの『細雪』の映画でも絢爛と咲き誇る桜がこの上なく美しく、幻想的な映像だったのをふと思い出しました。
 そう言えば昔、知人のアメリカ人の青年がこの映画を観て、「物語と映像に溢れる<日本的なものの持つ余りの優美さ>に涙が止まらなかった」と話していたことがありました。
 日本人でも、なかなかこういう美しさを感受できなくなっているのに・・と何とも言えない衝撃でした・・・。

 桜のうすいピンク色が水面に映し出されて。そして身づくろいをする白鷺も美しく調和しています。
  
 水面に映る桜2

 平安神宮を後に疏水沿いを南禅寺まで足を延ばすことにしました。
蹴上まで行くと、先ほどの十石舟の船着き場が見えてきます。
あれ??今日は待ってる人が少ないのはなぜ??と一瞬思ったのですが、よく見ると<今販売の切符のご乗船時間は16時45分です>という看板がありました。
   船着き場  4時間待ち
この時12時30分でしたから、空いているどころではありませんね。乗船客は予約して時間までどこかで調整しているのでしょう。

   南禅寺 哲学の道
 日差しがきつくて、じりじりと日に焼けます。
 でも、だんだん歩くのが愉快になってきて、いつまででも歩き続けられそうな勢いでインクラインをいざ南禅寺へ。
 
インクライン 南禅寺山門
 お馴染みの五右衛門ゆかりの山門も、桜に飾られて優しげに見えます。
レンが作りの水路
 そして、上を疏水が流れるレンガ造りの水路。独特な風情が良いですね。ここもドラマロケスポットです。・・・・ここでは犯人を追い詰めたり、犯人が犯罪を告白したりするシーンがなぜか多いです。・・・・・そんなにドラマに熟知しているわけではありませんが。

 気が付くと2時近くになっていました。ここまで来たのだから、欲張って、やはり哲学の道を歩いて締めくくりとしようと思い、今度は、永観堂を通って、哲学の道に出ました。
  
哲学の道  哲学の道3
 昨年、桜の事をブログに書いたのですが、読み返してみたらとても懐かしくなりました。・・・よろしかったら一年前の記事もご覧になってみて下さい。
 東京から遊びにいらした友人のMさんと一緒に歩いた哲学の道です。
 この一年、色々なことがありましたが、それでも季節は巡り、花は変わらず美しく咲き誇るのですね。

 目を上げると、叶匠壽庵が。
 <串焼もち>のノボリにふらふらっと引き寄せられて。
  
串焼き餅  串焼き餅2
 さすが和菓子屋さんのお団子は気合いが入っていました。香ばしく焼いた蓬(よもぎ)餅にたっぷり善哉のような餡がかかっていて、普段は餡子ものはそんなに得意ではないのですが、歩いた疲れもあったせいか、本当に美味しかったです。

辰巳大明神と花嫁さん 出発地点の知恩院辺りに戻り、今度は祇園白川に抜けて帰路を辿ります。
 ここもいつもの散歩道。
 辰巳神社の前には婚礼衣装を纏い、記念写真を撮っているカップルが幸せそうでした。大勢の観光客の方達がそれを囲んで、祝福の言葉を。何とも和やかで平和な光景です。
 祇園白川の桜は八分咲きくらいでしょうか?今年は開花が遅かったので、京都は今週末まで楽しめそうです。


4時頃、祇園花見小路の辺りに差し掛かった時、すごい数の警官とパトカーと消防自動車と、テレビ局や新聞社のカメラも沢山入っていて、道は塞がれ、やがて交通整理に従って多くの通行人が声を潜めて足早やに過ぎてゆきました。
 何か大変な事があったのは一目了然です。

 茫然としていたその時、携帯にFさんとCちゃんから殆ど同時にメールが届きました。
「近くで大きな事故が起こったようだけれど、今外出中ですか?無事ですか?」という、私の安否を気遣って下さる内容でした。
 事態が今一つ飲み込めないまま、兎も角も家に戻って、ニュースをみましたら、車が横断歩道に突っ込んで多くの犠牲者を出し、そのまま暴走し、激突したのだという報道でした。


 亡くなられた方のご冥福を心からお祈りするとともに、偶然に支配されて生きている私たちの今という時間の意味を、改めて強く実感した1日でした。


 

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シャンソンの日々 ~二つのご報告

 数日前の暴風雨は凄かったですね。皆様は大丈夫でしたか?
 京都は短い時間でしたが、雹(ひょう)が降ったんです。
 真っ黒な雨雲の塊が低く垂れこめて、雷光が射す中、かなりのスピードで襲うようにこちらに向かってくる、今まで見たことのない気味の悪い情景でした。 
 やがて、雨が叩きつけるように降り出し、霙(みぞれ)から、重い雹(ひょう)へと瞬時に変り、何だか身のすくむような怖さを感じました。


青空に映える桜 
 夢だったように、昨日今日は麗らかな春の日。
 東京では桜満開宣言。
 京都は例年より遅く、でも咲き始めると待っていた分のエネルギーが一気に流れ出るような絢爛さです。
 慌ただしくしていて、実はまだゆっくりと京都のお花見をしていないのですが、日本はやはり桜の国。・・・普段、全く気付かず何気なく通り過ぎていた所でもこの季節になると、桜色に染まっていて、青空の下でみる桜は全てが美しく感じられます。

   シャンソンの日々~その一 
    『巴里野郎』出演

 先日の日仏学館での訳詞コンサートが、私の京都でのシャンソン関係の活動のスタートとなりましたが、この度、不思議なご縁があり、京都のシャンソニエ『巴里野郎』に出演することになりましたので、ご報告させていただきます。

 実はすぐ間近なのですが、・・・4月27日金曜日なのです。

 確か前にもこのブログで少し触れましたが、「シャンソニエ」というのは、毎日色々な歌手がシャンソンを歌い、お客様に聴いていただくライブハウスの名称です。
 『巴里野郎』というシャンソニエですが、京都の老舗、関西でも筆頭に挙げられる素敵なお店で、レオ・フェレ作詞作曲のヒット曲『paris canaille(パリ・カナイユ 邦名 巴里野郎)』から命名されています。

 4月27日、・・・・シャンソン界の重鎮で、とてもダンディーな素敵なシャンソン歌手の堀内環(たまき)さんと御一緒させて戴くこととなりました。
 私はいつも、自分で企画するソロコンサートを活動の中心に据えてきましたので、シャンソニエでの出演も、他の方と二人でご一緒するステージというのも、初めての経験で、とにかく堀内さんは大ベテランでいらっしゃいますので、色々学ばせていただけることが多いのではと、ドキドキしつつ、今からとても楽しみです。
 そして、どんなお客様との出会いがあるのでしょう。私の訳詞と歌を喜んで下さるでしょうか。思いが膨らみます。

 さて、ここで、シャンソニエ未体験者のための豆知識。
 『巴里野郎』の場合は19時開場で、19時30分、20時30分、21時30分の3ステージ(3部構成で、当然ですが、3ステージそれぞれ違う曲を歌います)で、間に少しずつ休憩が入り、通しで聴いて頂けるのですが、ご都合によって自由にどのステージからでも出入り自由となります。
 ワンドリンク付きでライヴチャージを含み5000円です。
 ワインなどもドリンクのチョイスに含まれますが、あくまでも酒場ではなく、健全なシャンソンのライヴハウスですので、女性一人でも安心して音楽を堪能できます。ご安心を。

 シャンソニエは、東京などでも大体、時間帯やステージ構成、価格など、同じようなシステムになっているようです。
 席の予約も前もって出来ますが、予約せず思い立った当日、ぶらりと入っても大丈夫です。
 何かお問い合わせがあれば、いつでもこのブログのメールフォームにどうぞ。
 よろしかったらいらしてみて下さいね。

   シャンソンの日々 ~その二
    『冬の庭』と『リベルタンゴ』

 今年初めに発売になったCDアルバム、「Le charme (ル・シャルム)」。
浦ひろみCD
 東中野にある<カフェ・ド・リヨン>というシャンソニエのオーナーであり、歌手の浦ひろみさんが歌われているCDで、つい先日CD発売記念コンサートがあり、伺ってきました。
 偶然の出会いで、親しくさせて頂いている素敵な方なのですが、このCDの中に私の訳詞と作詞による曲がそれぞれ一曲ずつ入っていますので、ご紹介したいと思います。

 アンリ・サルバドールが、晩年に復帰を賭け、満を持して世に出し、大ヒットした『jardin d’hiver(冬の庭)』がアルバムの冒頭を飾っています。
 高島正明さんの洒脱なアレンジと物憂げなピアノの音色が、とても垢ぬけした洒落た雰囲気を表出していますし、浦さんの柔らかく美しい歌声と溶け合ってうっとりと心が解かれてゆくような快さがあります。
 訳詞は松峰綾音・・・・自信作の一つです。

 もう一曲は、ピアソラの『libertango(リベルタンゴ)』。
 ピンとこない方でも、メロディーを聴けば、ああこれ・・・と誰でもが思うようなタンゴの名曲です。
 こちらは、元々は楽曲だけのものですが、<リベルタンゴ>というタイトル・・・・リベルタ(自由)とタンゴとをかけたピアソラの造語なのですが・・・を頼りにイメージを作りこれに詩をつけたもの、浦さんのご依頼により創作しました。これも結構自信作で、こちらは作詞です。
 新たに詩をつけるということで、作曲者への許可申請など、手続きに色々面倒な手順があったのですが、無事クリアして、発売にこぎつけた曲で、ひとしおの感慨があります。

 この二曲については、また改めていつかお話ししてみますね。

 自分で訳詞や作詞をした曲を自分ではない別の方の声、体、感性を通して歌い伝えて頂くことは、自分の子供を手元から離し、独り立ちさせる気持ちに似ている気がします。
 たくさんの出会いと可能性の中で、美しく育って行ってほしい、・・・嬉しいような、誇らしいような、寂しいような、ほんの少しだけ引き止めておきたいような、不思議な心情が働くのでしょうか。

 浦さんの透明感のある心地よい声に聴き入りながら、様々な思いを巡らせたCD発売記念コンサートの一日でした。


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