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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

『ノートルダム・ド・パリ』3 初演との比較

 お約束通り、昨日の記事の続きを早速、UPさせて頂きたいと思います。
 『ノートルダム・ド・パリ』1 ミュージカルまで『ノートルダム・ド・パリ』2 ミュージカルからの続きとなっていますので、初めてお読み下さる方は順を追ってご覧いただくとわかりやすいかと思います。

   1998年の初演と今回2013年の公演
  <英語訳>
 初演と今回の公演を比べてみると、色々気づくことはあり、とても興味深く感じたのですが、でも、何と言っても最も大きな違いは、今回の劇中の曲、すべてが英語で歌われていることでしょうか。

 『ノートルダム・ド・パリ』は、1998年の初演から大きな反響を巻き起こしたミュージカルで、その後、世界15ヵ国で公演され、800万人の観客動員数を誇る大ヒット作なのですが、(なぜこれまで来日しないのかむしろ不思議に思っていたほどです)これまでは、そのいずれも、フランス語の原詩で歌われていました。
ノートルダム・ド・パリの楽譜集の表紙 私もこの初演以来、CDや楽譜集(左の写真は楽譜集の表紙です)など入手して、52曲のほとんど全部を、そらで歌えるくらいに聴き込んでいましたので、正直言うと、今回の英語の歌詞には違和感が大いにあり、せっかくの特等席に座りながら、言葉の響きや訳語の使い方などが、やたらと気になって、<違うんじゃないか?>と心で呟きつつ、もぞもぞとしていました。
 そのようなわけで、私の感覚は既に、フランス語バージョンのみを本物と認識してしまっていますので、実際はどちらがどうなのか、冷静な判断はもはやできず、大いに偏見に満ちた感想ですので、顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうかもしれません。
でも、その辺を差し引いたとしても、やはり、フランス語の原詩のほうが良いのではという気がしています。
 なぜか?・・・まずは、元のフランス語詩に合わせて、曲は作られているわけですので、当然、本家本元、それが何より自然でしっくりくるからでしょう。
 但し、これは、翻訳の宿命なので、これを言い始めたら、すべての翻訳は、原典に勝ち目がないことになってしまうのでしょうけれど・・・・。

 このミュージカルの劇中歌が、これまで、フランス語の原詩で歌われ、その中で何曲もが大ヒットとなり、そのまま定着してきているにもかかわらず、今回の公演では、なぜ英語版で歌われたのか?という事情は、正確にはわかりませんが、世界的に市民権を得るにはどうしても英語でなければという要請は強いのかもしれません。
 セリーヌ・デイオンやララ・ファビアンなども、英語圏への進出を図るようになってから、昨今、フランス語で歌うことは少なくなってきていますし、ミュージカルに限らず、フランスの音楽が世界に進出するためにはフランス語を脱しなければという流れは無視できないのでしょうね。

 でも、もう一つ、原詩に軍配を上げる理由は、フランス語表現が、詩的で、象徴的に物語る要素というか、そこはかとなく伝わってくる香りを、より強く持っている言語のように思うためです。その特性がこのようなミュージカルの形には、よりしっくりくるのではと。・・・・これも曖昧な直感のようなもので言っているので、実は、あまり根拠はないのですが。
 英語表現になると、曲の持つ意味は、クリアにはなりますが、どこか写実的、直接的過ぎて、即物的な色合いを増してくる気がしてしまいます。

  <パフォーマンス>
 そしてもう一つ、初演と今回の公演との違いなのですが。
 基本的には、脚本も、歌われる曲も、演出も、初演とほぼ同じですので、大きな差異はないのですが、パフォーマンスが初演時よりはかなり派手になっているという印象を受けました。
1998年初演の舞台から 
 装置や、照明、衣装、そして何よりパワーアップしたアクロバティックな舞踊など、視覚的に楽しませる要素を前面に打ち出したのでしょう。初演の時の写真(右)をみると、鐘にからむ踊りも今回の空中ブランコのようではありません。

 「地味で世界に通用しない」と言われ続けた、フランス・ミュージカルが、ブロードウェイ・ミュージカルと肩を並べ、世界のひのき舞台に上るための、今まさに、正念場なのかもしれません。
 実際、1998年の『ノートルダム・ド・パリ』から始まって、『十戒』『ロミオとジュリエット』などフランスのミュージカルが脚光を浴びつつありますし現に、日本でも先日『ロミオとジュリエット』が来日公演して好評を博しています。(実はこれも私、観に行きました!)

 フランス音楽界には、<ブロードウェイ・ミュージカルのような作り方は、娯楽に走って真に芸術性を追求していない。フランス・ミュージカルは安っぽい華やかさを必要としない>というように、長きに渡って、言葉を伝える文化の独自性を矜持してきた節がありますが、それが、昨今の流れの中で急速に変わってきている気がします。
 そういう意識の変化が、今起こりつつあるフランスミュージカルのブームに繋がっているのは喜ばしいことではあるのですが、いつの間にか均質化して、二番煎じになることは避けて欲しいですし、フランス的なこだわりというか、個性を失くすことがないよう、柔軟な中にもフランスらしさを残し続けてほしいかなと思います。

 地味でも曲自体をまずは伝えて行こうとするミュージカル、歌の中の詩語の美しさや広がりを第一義としてゆくフランス的な言葉へのこだわりは、フランスのミュージカルならではの類を見ない独特の味わいを持っている気がしますので、そういう特質と、楽しませてくれるパフォーマンスとのバランスを考えることが今後も必要なのではと思いました。


   『カテドラルの時代』
 もう5年も経ってしまいましたが、2008年9月に、内幸町ホールで、松峰綾音訳詞コンサートVOL.2『もう一つのたびだち』を公演したことを懐かしく思い出します。

 この中で、実はこの『ノートルダム・ド・パリ』の劇中歌を5曲ほどご披露したのでした。
 ナレーションを入れながら、物語全体の流れが大づかみに把握できるよう色々工夫して、その要所要所で代表的な歌を歌い、まさに一人芝居、プチ・ミュージカルのような舞台仕立てにしたのです。
 証明なども、手伝ってくれるスタッフの方と入念に想を練り、なかなかセンス良く仕上げられたのではと思っています。
 カテドラルの時代を歌う
 自画自賛になりますが、ステンドグラスに見立てたこんな照明もなかなか美しかったと評判は上々でした。

 あの時の印象が自分の中でも強烈過ぎて、生半可では歌えないという気分があり、これまで大切にしまいこんであったのですが、今回4月1日の巴里野郎でのソロコンサートで、あの時の曲から2曲歌ってみようかなと思っています。
 『ノートルダム・ド・パリ』の一番のヒット曲である『カテドラルの時代』も歌います。

 三回にわたって『ノートルダム・ド・パリ』のお話を致しましたが、お読み頂きありがとうございました。

 月曜日の巴里野郎ライヴを前に、今、待機しています。
 花粉症の悪化が少しうっとうしいですが、めげず、しっかりと、そして楽しいコンサートにしたいと思います。



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『ノートルダム・ド・パリ』2 ミュージカル

 今年の桜は遅いのでは、とのもっぱらの予想を裏切り、先週辺りから突然の開花、東京はもう満開で、春爛漫ですね。
 京都は東京より気温が低いので・・・と友人に触れ回っていたら、こちらも数日前から一斉に開き始め、お花見にゆく間もなく、過ぎてしまいそうです。
 昨日、出かけたときの高瀬川沿いの薄暮の中の桜です。
高瀬川の桜2  高瀬川の桜
 『巴里野郎』の近くのちょっと粋な散歩道、ライトアップ始めていますね。
 今日は花冷えですので、もうしばらく持ち堪えて、4月1日のライヴの頃に満開になってくれるかもしれません。

 さて、前回の
『ノートルダム・ド・パリ』1 ミュージカルまで に続いて、今日は、ミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』のご紹介をしてみたいと思います。

   スペクタクル・ミュージカル
 2月のコンサート、『ゲンズブール・イノセント』を頑張って終えた自分への・・・自分たちへのご褒美に、・・・・ずっと前からチケットを手配し、この日を楽しみにして、共演者の石川さんと渋谷の東急シアターオーブにいそいそと観にゆきました。
 前から7列目の真ん中。圧倒的な臨場感。
 「私のために演じてくれている!」「私のことを見つめて歌っている!」と本気で信じたくなるような、演者の息づかいや表情、体温まで感じられてくる特等席でした。
ミュージカル「ノートルダム・ド・パリ」プログラム チラシには、魅力的なキャッチフレーズがぎっしりと詰まっていて、読んでいるとこれは観ないわけにはゆかぬ!という気分にさせられます。

 たとえばこのようです。
 フランスより初来日 引っ越し公演 ミュージカル・スペクタキュラー

 レ・ミゼラブルのヴィクトル・ユーゴーが描いたもう一つの愛の物語
 世界で800万人が涙した 心を揺さぶる、狂おしいほどの愛の物語

 壁面や空中で展開するアクロバティックな演技は圧巻!

 フランスで音楽チャート17週連続NO,1を記録した伝説のメロディー

 
 さて、まず、<ミュージカル・スペクタキュラー>とは?ということですが。

 「ミュージカル」と言えば、セリフと歌とダンスによって成り立っていて、舞台の役者は、場面に応じて、踊ったり、歌ったり、セリフを語ったり、演技をしたりする、それらが融合したもの・・・というイメージが一般的ですね。
 その草分けであり、頂点にあるのはブロードウェイミュージカルなのでしょう。
 けれど、音楽、特にミュージカルに関しては、アメリカとフランスは水と油、お互い反目し合っているところがあるようで、「フランスミュージカルは、ブロードウェイとはひと味違うぞ」「質を異にするのだぞ」という決然たる意思表明が、この<スペクタキュラー(スぺクタクル)>という言葉に込められている気がひしひしとしてきます。

 では、『ノートルダム・ド・パリ』が<ブロードウェイ・ミュージカル>と大きく異なる点はどこかというと、分業化しているということでしょうか。

 この『ノートルダム・ド・パリ』は、全52曲という膨大な曲数が二時間強の公演の中で歌われているのですが、役者=歌手全員に、一言のセリフもなく、また、多少の動きはあるものの、本格的な踊りもなく、ただひたすら歌い続けるだけ。歌だけで物語を紡いでゆくのです。

 一方、踊る人=ダンサーは踊ることだけに徹して、物語の中の、押し寄せてくるジプシーの一群の様でありつつ、ある時は、踊りが物語に先行し、ある時はそれぞれの歌の象徴となって、激しく狂おしく踊り続けています。
アクロバティックな場面3 
 小窓がくり抜かれた、ノートルダム聖堂の石壁を模した壁面が、舞台の背景に据えられていて、それを命綱をつけて縦横無尽にクライミング・ウォールのように踊り回り(踊りと言うよりパフォーマンスと言ったほうが的確かもしれませんが)ます。

アクロバティックな場面1 
鐘楼の場面では、高い舞台の天井から吊り降ろされたいくつもの大きな鐘にぶら下がって、空中ブランコのように自在に揺り動かすその様は、さながら、「シルク・ド・ソレイユ」・・・と、どこかにも書いてありましたが、確かにアクロバティックな動きで、聖域が崩壊されてゆく激しいエネルギーや、愛憎の炎に支配されて進行する物語を象徴するかのようで、踊りそのものにも、心を奪われます。

このミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』は、全体として、『音楽劇』というよりは、歌と踊りが分化し、それぞれが妥協のない緊迫感の中で融合し、ギリギリの均衡を保っている『歌舞劇』であるという印象を、私は強く持ちました。
 
アクロバティックな場面2
 そして、こういうフランスのミュージカルのあり方は、バレエの国、オペラの国であるフランスならではの、イマジネーションが先行する芸術に繋がる気がしています。
 つまり、バレエなら、セリフを使わず肉体表現だけで世界を表出させてゆくわけですし、オペラであれば、歌で語ることによって、よりリアルな現実と、心象世界までも想像させてゆくのでしょう。

 勿論、一人の演者が、歌い、踊り、語ったほうが、本来は整合性があるわけで、自然なリアリズムが生れるはずですから、ある意味、『ノートルダム・ド・パリ』のやり方は、リスクを冒していることになるのでしょうけれど、ここには、歌と踊りが、それぞれに最大限に力を発揮し、そこから生み出されるイメージが倍加される面白さ、可能性があるようにも思いました。

 ・・・話はどこまでも暴走して止まらなくなりそうです。・・・・何だか分かりにくくなってしまいそうですので、ここで一度、止めることにします。
 続きは既に書きましたので、明日すぐにアップしたいと思います。
 どうぞ明日もお読みになって下さいね。


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『ノートルダム・ド・パリ』 1  ミュージカルまで

 今、フランスのミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』が初来日していますね。
 2月27日からスタートした東京公演が、3月17日に大盛況のうちに終わり、今日から再び、大阪、名古屋での公演が始まりました。
 私も先日、渋谷のシアターオーブでこのミュージカル、観てきました!
 とても興味深かったので、今回はこの『ノートルダム・ド・パリ』のお話をさせて頂こうかと思います。

   小説『ノートルダム・ド・パリ』
 まずは原作のご紹介から。
 『ノートルダム・ド・パリ』は、『ノートルダムのせむし男』という題名にも訳されて日本に紹介されていますが、フランスロマン派の文豪、ヴィクトル・ユーゴーが1831年に発表した長編小説です。(蛇足ですが、『せむし男』という日本語タイトルには、時代を感じますね。今なら差別用語として採用されなかったに違いありません。)
 ユーゴーと言えば、何と言っても『レ・ミゼラブル』ですけれど、『ノートルダム・ド・パリ』も、これと並ぶ彼の代表作品です。

 再び脱線しますが。
 私は、幼少期から現在に至るまで、自他共に認める、読書三昧の日々、・・・・・文学書であれば、大概はクリアしてきた中で、どうしても途中挫折して何回目かでやっと読破できたという、忘れられない強敵が、これまでに何冊かあります。
 そのベスト3に入るのが、実はこの『ノートルダム・ド・パリ』で、確か中二の時に読んだかと。
 読みにくい、わかりにくい、面白くない・・・中学生には所詮、難解だったのでしょうが、それでも意地になって戦い挑んだのを思い出します。
 
 当時の本を本棚の奥からひっぱり出して開いてみたら、かなり黄ばんで時代がかった本の香りがします。 細かい活字が二段組みにびっしり並んで500ページ強。 
 今となっては旧敵に再会する不思議な懐かしさです。

 この物語のあらすじを記し始めるとどこまでも長くなりそうなので、・・・触りだけ、ウィキペディア「ノートルダム・ド・パリ」から勝手に借用して下記に引用してみます。


 舞台は荒んだ15世紀のパリ。教会の持つ権限が、弾圧と排除を生み出す時代の物語。ノートルダム大聖堂の前に、一人の醜い赤ん坊が捨てられていた。彼は大聖堂の副司教、フロロ(Frollo)に拾われ、カジモド(Quasimodo)という名をもらう。彼は成長し、ノートルダムの鐘つきとなる。

 パリにやって来た美しいジプシーの踊り子エスメラルダ(Esmeralda)に、聖職者であるフロロは心を奪われる。欲情に悩み、ついにはカジモドを使ってエスメラルダを誘拐しようとする。

 しかしカジモドは捕らえられ、エスメラルダは衛兵フェビュス(Phoebus)に恋するようになる。フェビュスとエスメラルダの仲は深まるが、実はフェビュスは婚約者がいる不実な男だった。

 捕らえられたカジモドは広場でさらし者になるが、ただ一人エスメラルダだけは彼をかばう。カジモドは人間の優しさを生まれて初めて知り、彼女に恋をする。フロロも彼女に想いを募らせるが、エスメラルダの心はフェビュスにある。


 上記はシンプルにまとめてありますが、この小説、読んでみると実は、非常に複雑に人間関係や愛憎が絡み合っていて、(不思議な能力を持った奇妙なヤギまで登場してきて)物語の場面展開も目まぐるしく多岐にわたり、結構把握しにくいところが多いのです。

 一言でいえば、「エスメラルダという美しいジプシーの娘を巡る、三人の男性の愛憎劇」なのですが、でもこれに絡めながら、当時の権威主義的な教会のあり方や、社会矛盾、虐げられてきた民衆の叫びなど、宗教的、社会的な問題を告発するメッセージ性の強い小説でもあるように思います。
 エスメラルダはフェビュスの不実を見抜けず、ひたすら純愛を捧げるのですが、彼に裏切られ、そして、副司教フロロの邪心を拒んだために彼からも憎まれ、この二人によって無実の罪に落とされて、唯一彼女を心から愛したカジモドの救いの手も及ばず、絞首台に消えて行くこととなります。
 小説では、数年後、処刑場からエスメラルダとカジモドの寄り添うような白骨が掘り起こされるという、ぞっとするような冷ややかな悲劇的結末で終結しています。

 聖職者である自分の中に、邪悪な嫉妬心や欲情、狡猾な心を見出し、そのことに懊悩するフロロの姿、そしてそれこそが、人の持つ宿命なのではないかと思い知らされるプロセス。
 不実な遊び人であるフェビュスの中にある、不安や葛藤。
 カジモドの、過酷な宿命と対峙する懸命な姿など、・・・・作者であるユーゴーの、人間探求の確かな眼差しが、この小説には粗削りな力強さでちりばめられている気がして、やはり一筋縄ではいかない不朽の名作なのだと改めて思います。
 
 パリ・オペラ座バレエ 『ノートルダム・ド・パリ』
 映画「ノートルダムのせむし男」 
 映画では1923年に、いち早くアメリカ版白黒サイレントで制作されていて、これが映画としての最初の作品ですが、その後もアメリカ、フランスで何回も映画化されています。
 その中の何本かを私もDVD等で観ましたが、映画には時間的制約がありますし、小説の持つ、あの混沌とした不可思議さや広がりは描き切れず、その分、映像に訴え、シンプルかつ劇的に作り変えられているように思いました。
 エスメラルダは勇気ある心優しい美女、カジモドは醜い外見とは裏腹に健気で一途な青年、そしてフロロは生粋の悪役・・・・とようにかなりパターン化されています。

バレエ「ノートルダム・ド・パリ」
 そんな中で、1996年にパリ・オペラ座で上演されたバレエ『ノートルダム・ド・パリ』のDVDを先日偶然入手し、一昨日早速観賞してみました。
 フランスの振付家ローラン・プティによる大ヒット作品です。
 前評判通り、とても素敵な作品で、非常に深い感銘を受けました。
 バレエなので、勿論無言劇ですし、ただ音楽に乗って舞踊のみで物語を展開してゆくわけですが、身体表現の持つ魅力と大きな可能性を改めて発見した気がしています。

 優雅なクラシックバレエというよりは、もっと激しく躍動感に溢れた切れ味鋭い振り付けに目を奪われ、観客を物語の世界に惹き込んでゆく力を感じました。

 言葉がない分、あらかじめ物語を熟知していて、今どの場面のどのような心情を表現しているのかが分かっていることが、バレエを充分に楽しむことの大前提なのでしょうか。
 そのような知識や感性を身に備えて、バレエを普通に観る、そういう文化がフランスにおいては、根付いているのかもしれませんね。
 
 ・・・・このローラン・プティ振付の1996年版DVDを観ながら、どこか、今回のミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』に似ているところがあるという気がしました。

 ミュージカルの初演は1998年ですから、似ているのはバレエではなくミュージカルのほうであるわけですが。
 セリフを一切入れず、歌だけで展開してゆく音楽劇であること、跳躍的な身体表現を最大限生かした舞踊劇であること、というこのミュージカルの二つの大きな特徴は、先んじて発表された、このバレエから大きな着想を受け、これをミュージカルの中により効果的に換骨奪胎した部分があるのではと強く感じました。・・・・全く見当違いかもしれませんが、・・・・私はそんな印象を持っていますので、もし機会があったら是非鑑賞し比べてみて下さいね。
 ともかく、それぞれとても見ごたえがあり、お薦めです。


   ディズニーアニメ 『ノートルダムの鐘』
実は、私は、1998年の初演ミュージカルも観ていて、これに触発されて、もう随分前にこの中の曲を何曲か訳詞しているのです。
 『ノートルダム・ド・パリ』には結構詳しいのですが、この頃からなので、年季が入っています。

ディズニーのアニメ 
 ちょっとおまけで、調子に乗って、ディズニーアニメのお話もしてしまいます。
 『ノートルダムの鐘』と可愛く子供向けにネーミングされましたが、1996年公開のアニメで、こちらもやはり、ミュージカルより先んじていることになりますね。

 映画にもバレエにもミュージカルにも漂っていた、どことなくおどろおどろしい感じや、激しい情念のようなものは取り除かれて、アニメになるとこんなにも清々しくハッピーエンドになるのかと、違う感動があります。
 カジモドは憎めない勇気あるヒーローとなり、エスメラルダはキュートな恋する乙女に。そしてフェビュスはカッコいい騎士になって、フロロだけ相変わらず悪役で、最後はカジモドが、エスメラルダとフェビュスのキューピットとなり恋は実りめでたし、めでたし!というエンディングです。
 子供たちが観るのですから白骨が粉々に・・・では確かにちょっとですよね。

 ミュージカル「ノートルダム・ド・パリ」1

 そうして、今回のミュージカルへと至るわけです。
 長くなりましたので、今日はここまでにして。

 本題のミュージカルについては、次回にご紹介致しますので、楽しみにお待ちくださいね。



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『巴里野郎』30周年 そして閉店

   巴里野郎30周年記念ソロライブ 『巴里の香り』
 来月4月1日に、シャンソンライブハウス『巴里野郎』で、訳詞コンサートを開催することになったことを以前の記事、桜の季節 ~巴里野郎30周年記念月間~ の中でお話しましたが、今日は、その後の進捗状況をご報告させて頂きたいと思います。

 京都を代表する老舗シャンソニエ『巴里野郎』はこの4月に30周年を迎えることとなり、4月はその記念月間になります。
 「記念すべき4月の幕開け、4月1日のオープニングに、訳詞コンサートを」とのご依頼を頂いて以来、今まさにこれにふさわしい選曲構成等の検討中なのですが、コンサートタイトルが決まりました。
   『巴里の香り』
としたいと思います。
 正確には、松峰綾音 訳詞コンサート特別編 『巴里の香り』
 長いタイトルですね。

 1部と2部の二部構成となります。
 19時開場 19時30分から1部 休憩をはさんで20時30分から2部の約二時間のコンサートで、ピアノはいつもご一緒いただく坂下文野さんです。
 今回の『ゲンズブール・イノセント』のように、一年がかりで準備する自主公演の訳詞コンサートではなく、お店への出演ですので、プログラム冊子を作るというような凝ったことはできませんが、でも構成等に関しても自由に考えさせて頂けますので、ホールとは違うライブハウスならではの、そして『巴里野郎』というお店ならではの心地よい空気感が最大限生かせるような内容にしてゆきたいと、思いは膨らんでゆきます。

 『巴里野郎』の記念月間。
 ならば、『巴里の香り』を届けたい・・・・というシンプルな発想ですが、奥は意外に深く、<香り>と一口に言っても、微妙にニュアンスを変えた様々な曲が重なり合って次々と浮かんできます。

 苦心の末、選曲もほぼ決定したのですが、これは当日までは秘密にしておきます。・・・でも、一曲だけ・・・。
 つい先日、ふと閃いて、『パリ・カナイユ』の訳詞を作りました。
 この曲は邦名では『巴里野郎』というタイトルが付けられている、よく知られるシャンソンの定番です。
シャンソニエ『巴里野郎』の名もこの曲から採られたのでしょうか。多くの歌手の方たちによって、おそらく開店当初から30年間、お店で一番多く歌われ、愛された曲であろうと思われます。 ちなみに、イヴ・モンタンが歌う原曲は、こちらのYou Tubeでお聞きください。
 この曲は これまで、私のレパートリーにはなかったのですが、今回の記念月間への祝意を込めて、綾音ヴァージョンの詩で歌ってみようと考えたのでした。
 一般に歌われている訳詞は、実は原詩と随分違っていることもあり、原詩のニュアンスを生かした訳詞に面白く仕上がったと自負しています。

巴里野郎コンサートチラシ
 これが、今回のご案内チラシです(クリックすると拡大します)。

 楽しんで頂けるコンサートにして参りますので、よろしかったら是非いらしてくださいね。

 チラシの中の私のメッセージは、次のようです。

 巴里野郎30周年記念月間となる4月、そして老舗シャンソニエの長い歴史に幕を下ろす月ともなってしまいました。
 記念月間のオープニングに、心を込めて歌わせて頂きます。
 是非お越し下さいませ。


   『巴里野郎』閉店
 2月1日、『巴里野郎』から、出演者各位として、4月一杯で閉店となる旨のFAXが入りました。

 オーナーの宮本氏からの突然のお知らせ、短い文面でしたが、抑制された淡々とした文章の中に、深い思いと覚悟のほどを伺い知ることができました。

 前々から考えていらしたことなのか、急遽決意なさったことなのか、知る由もないのですが、『銀巴里』を初めとする、老舗名門シャンソニエが次々とその灯を消してゆく、その中に『巴里野郎』も呑み込まれてゆくこととなったのだという感慨が突然強く襲ってきて、胸を打たれました。

 私が『巴里野郎』とご縁を持ったのは、つい昨年からのことですが、それでも、今、何かとても寂しく、喪失感に包まれていますので、もっと、長い時間をお店と共に過ごしてきた歌手の方たちはどれほどの衝撃を持ってこのお知らせを受け止められたのだろうと察するに余りあります。

 事実、関西のシャンソン界に、今、波紋が大きく広がっているのを感じます。
 『巴里野郎』と関わっていらした関係の方たち、ファンの方たちが、ブログなどで心中を吐露したり、閉店を惜しむ声、存続を願う声も、様々なところで湧き上がっているようです。
 あとひと月半の月日、関西のシャンソンの発祥、普及の要となってきた『巴里野郎』の誇り高い有終の美を、静かに見守りたいと思いますし、多くの人が望んでいるように、閉店ではない別の展開が生まれてほしいと、願うばかりです。

 8日の京都新聞朝刊に、巴里野郎閉店の記事が載っていました。
 この記事は
『巴里野郎』のHPに正式にリンクされていますので、よろしかったらお読みになってみてください。

 オーナーの宮本氏は、数年前に体調を崩されて、現在ご自宅で療養中でいらっしゃるのですが、30年前に本場のシャンソニエを訪れた時の感動から、日本にも本格的なシャンソニエをという志のもと、『巴里野郎』をオープンさせたのだと伺っています。
 お店に出演するようになって、ご縁が出来たわけですが、つい先日、このような写真を、4月1日のコンサートへの励ましの言葉と共に送って下さいました。

巴里野郎のステージの立ち位置
 『巴里野郎』のステージの立ち位置の写真です。
 多くの歌手たちがここで歌って擦り切れてしまった床。
 「一番ライトが綺麗にあたる場所です これからのために・・・」との言葉が添えられてありました。
 有難うございます。
 大切にしたいと思います。

 宮本氏は1953年生まれで、これは『パリ・カナイユ(巴里野郎)』がレオ・フェレによって作られた年と同年だと最近偶然知ったともおっしゃっていました。

 今回の『パリ・カナイユ』の訳詞はそのことが心にあって作ったものです。
 しっかり歌いこんで、コンサートでご披露したいと思います。


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