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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

八雲の見た<微笑み>

 『好日往来』と書いた記事から始まった私の7月、・・・・更に沢山の懐かしく楽しい再会が続いている一方で、お二人の方から訃報が重なって届きました。


 平穏な普通の日々の中で、<明日>は当然やってきて、特に意識することもなく、忙しく過ぎて行きますが、このように動いている時間の行き先を、実は誰も知らず、人は、大きな流れの中に漂うようにして生かされているのだと改めて思います。
 そして、幸と不幸、喜びと悲しみ、出会いと別れ、それが表裏となって突然、波のように起こってきます。
 
 だからこそ、人の世の<一期一会>の意味を、今改めて、深く思わずにはいられません。


 Yさんは、お父様を。
 家族思いで、いつでも揺るぎなく頼もしい大黒柱でいらっしゃったお父様。
 突然告知された困難な闘病生活を、ご家族皆様で愛情を傾け、全力で支えてこられた日々を私もよく知っています。
 ようやく病状が安定されて、快方に向かわれるのを確信してほっと胸をなでおろした矢先の急変だったそうです。

 Eさんは、お母様を。
 外出なさった際に、不慮の事故に遇われて、ご家族に看取られることすら叶わず、他界してしまわれたとの突然のお知らせでした。
 本当に仲の良いご家族で、その中心で太陽のように快活で優しかったお母様、昔、家が近かったので、幼い頃のEさんの手を引いて楽しそうにお散歩していらしたご様子もよく目にしていました。その素敵な笑顔が、今思い出されます。

 YさんもEさんもとても可愛く聡明な若いお嬢さん、私の大切な教え子です。

 お二人とは、今も親交が深いのですが、でも、それぞれのご両親には、ずっとお会いすることはないままでしたのに、今年のほとんど同じ時期に、何年振りかでお目にかかって、親しくお話しできたことも、今になってみれば不思議な巡り合わせのように思われます。

 訃報のお知らせを下さった電話の向こうのお二人の声。
 落ち着いて、静かで、異口同音に、最愛の故人への哀悼と、そして私も含めた周囲の方たちへの感謝と心配りの言葉をまず口にされていて、じっと噛みしめながら、健気に耐えている姿に、強い感銘を受けました。
 彼女たちをそんな風に育くんでいらした亡き方の、深い愛情と誇りさえもが忍ばれました。


 小泉八雲(=ラフカディオ・ハーン)に『日本人の微笑』という随想があります。
 いくつかの逸話を連ねつつ、文章は進むのですが、その中の一つに、愛する夫と弟を海難事故で同時に亡くした、彼の使用人(日本人の女性)が、目の当たりにしたその時の様を主人である八雲に語る場面が出てきます。
 深い喪失感の中にいる彼女が、その時、慎みを持って、自らの感情を制御しながら、静かな微笑みさえ浮かべていたことに大きな感動を受けた、その様子が記されてあります。

 <西洋人には見出すことのできない日本人特有の、この深い微笑み>に八雲は思いを馳せるのですが。

 こういう微笑みを重ねながら、人は、生きてゆく<時>の中に、愛情深い細やかな心のひだを刻んでゆくのでしょうか?

 ご冥福をお祈りいたします
 故人のご冥福を心からお祈り致します。
 そして、彼女たちとご家族の皆様が、これから、力を合わせて、悲しみを克服して、幸せな日々を過ごしてゆかれますように。
 大切な方を失った悲しみがやがて癒やされて、いつも側に寄り添って、見守り包んで下さる亡き人の思いを糧にしてゆかれますことを、心から祈念したいと思います。



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パトリシア・カース 日本公演(2)

 前回の記事「パトリシア・カース 日本公演(1)」に続き、今日は、東京公演の様子を中心にお伝えしてみたいと思います。

   東京公演 一部
 9日の大阪公演の二日後、11日が東京文京シビック大ホールでのコンサートでした。
 両日共、全国的な超猛暑日で、大阪は37℃、東京は36℃・・・日本よりかなり涼しいフランスから来たカース達、大丈夫かしら?と心配でしたが、無事幕が開き、大阪と変わらぬパワフルな舞台で、もう それだけでも感動ものです。
カース公演プログラム
 大阪オリックス劇場は2400席、一方、こちらは1800席といずれ劣らぬ大ホールが見事に埋まるのですから、カース人気はやはり凄いです。ただ2000人ともなると、受付もロビーもトイレさえも長蛇の列、人で溢れ返る大騒ぎ状態になるのですね。
 開場から開演まで30分間あったにもかかわらず、予定通りの開演時にも、まだロビーでの喧騒は充分納まっていない感じで、ホール側のスタッフはさぞ大変だったことでしょう。

 ここでの私の座席は二階奥右片隅、ステージは遥か遠く、大阪のかぶりつき席を思うと一抹の寂しさを感じましたが、でも、上から舞台全体を鳥瞰する目線で、全体の舞台構成、動き、照明や映像の効果なども楽しめましたし、客席の奥まで響きがダイレクトに伝わってくる臨場感も味わえ、とても興味深かったです。

 東京の公演は、二部仕立てになっていて、一部は日本人のシャンソン歌手9人のそれぞれの歌で、カースのレパートリーを中心に計14曲が披露されました。
 ベテランの歌手の方々でも、客席にカースへの期待や熱気が充満しているのを受けとめながら、その同じステージで歌うのはまた特別な高揚感があるのではないかしらなどとも思いました。声援の上がり方で、それぞれのファンや関係者席が特定できるのが、アイドル系の競演ライヴに来た時みたいで、ちょっと面白かったです。

 そして、一部の演奏は、<三浦高広グループ>。
 ・・・ふふふ。
 ピアノを弾く三浦先生のシルエットがステージに照らし出された時、持って行ったオペラグラスで思わず凝視してしまいました。
 いつも通り泰然自若、いつもと変わらない表情・・オペラグラスが確かに捉えました。そしていつものお洒落で華麗なピアノの音色に密かなるエールを送りつつ、それぞれの方の熱唱を楽しんだ一部でした。

   東京公演 二部
 そして、二部はいよいよカースのステージ。
 大阪と同様のピアフの曲、全23曲をパワフルに歌い切りました。
 ピアフ:カース・CDアルバムより
 ワールドツアーで50数回をこなしている風格と円熟味が、やはりこのシビックホールのコンサートでも遺憾なく発揮されて、会場は終始熱気に包まれました。

 歌は勿論ですが、ステージ上での所作、客席との掛け合い、アドリブに至るまで、大阪で見たのと寸分違わぬ間合いで着実に進んでゆくのには正直少し驚きました。
 考えてみれば、多数のスタッフが関わりながらの大きなプロジェクトなのですから、全ては隅々まで狂いなく綿密に計算されているのは当然なのでしょうが、それにしても、歌手の性格によっては、細かいところなどは、そのステージ毎に多少テンションが変わったり、それに従ってアドリブが入り込んだりして、微妙に趣が異なってくる場合もありがちなものですよね。
 きっとカースは完璧なステージを揺るぎなく全うしようとするとても緻密で真面目な気質の人なのかもしれない・・・などと感動しながらの勝手な分析です。

 それから、衣装。
 日本のシャンソン歌手の方たちが纏うステージ衣装は、華やかでキラキラとした感じが圧倒的に多いかと思いますが、それに比べると、考えられないほどのシンプルさなのです。
 たとえば、初めの登場は、膝下丈のコートドレスで、しかも、照明に沈んでゆくカーキ色のような色合いでした。
 衣装替えは何回かしましたが、そのいずれもイヤリング、ネックレス等アクセサリーは一切付けていません。

 カースに限らず、これまで何回か観てきたフランスの歌手たちのコンサートやライヴにおける衣装は、皆どれも本当にシンプルだと感じていました。
ララ・ファビアン ベルギー公演
 数年前にベルギーでララ・ファビアンのコンサートに行ったことを思い出します。
 彼女は華やかな雰囲気の人ですし、舞台ではさぞゴージャスに着飾るのではとの予想を覆して、やはりアクセサリー一つ付けず、びっくりする程シンプルでシックな衣装でした。・・・それが歌い続けるうちにステージでの輝きを増し、シンプルに立っていることこそが、それを増幅させているという不思議な感動を覚えたのでした。

 で、話を戻し、カースの衣装ですが。
 この最初のドレスを舞台上で脱ぐと、その下は鮮やかなピンクのスリップドレスでした。
 恋の破局に放心した女性を、このコスチュームのまま、熱唱するのが何とも言えずセクシーで、意表を突く衣装の演出も歌のうち、すべてトータルで演じきってしまうところはさすがだと思いました。
 ハイヒールを脱ぎ捨てて裸足のまま激しく踊り歌い、曲は続きます。
カース・CDアルバムより
 どこまで、歌の中の主人公と同化するのか、どこまで、歌の中の主人公を客観視するのか、その際の演出のあり方なども、こうでなければいけないと決めるのではなくて、その時々に変幻する面白さがあって良いのではないか・・・などと、自分の今後のコンサートのあり方や歌への対峙の仕方など、気が付くと色々なことに繋げて考えを巡らせていました。

 同じ公演を二度続けて観ることが、色々な発見に繋がった気がして、とても意味深い体験となりました。

 
 ところで、最後に聞いて下さい!
 たった一つだけ、不愉快なことがあったのです。
 近くの席の人が余りに自分勝手に盛り上がりすぎて、はた迷惑だったのです。
 地味な感じの女性だったのですが、始まるや否や、タイミングは一切気にしない奇声と口笛、ブラボーの連呼、少し外れるのもかまわず手拍子を打ち続け、拍手の音はやたら大きく、自分の感情にのめり込んでいました。楽しんでいる人を非難するのも狭小な料簡かもしれませんが、私だけでなく明らかに周りの人たちも鑑賞を妨げられ迷惑そうで、・・・大声を上げなくても感動を噛みしめている人もいるし、手拍子を打たなくてもリズムを体で楽しんでいる人もあるので、観劇の際には、あまりに傍若無人に振る舞うのは遠慮しましょう!という、今更ながらの訴えでした。


   おまけのお話
 そうこうしながら、東京に居る間に祇園祭が終わってしまいました。
 テレビでわが家の近くの薙刀鉾(なぎなたぼこ)の様子をちらっと見ただけ。
 今年は祇園祭とすれ違ってしまい残念です。

 でも、京都に帰ってからもパリ祭記念のコンサートはまだいくつかあり出掛けます。
 7月文月は、パリ祭に染まって、早や半ばです。

山形のサクランボ  夕張メロン
 7月の味覚、山形のサクランボと夕張メロンを頂きました。
 毎年知人が贈って下さる清々しい季節の便りが嬉しいです。




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パトリシア・カース 日本公演(1)

 眠れぬ熱帯夜、いよいよ猛暑!酷暑!!炎暑!!!の長い日々が始まりました。夏バテ対策を万全に、何とか乗り切ってゆきたいものですね。

 さて、一昨日7月14日は、フランスでは「Quatorze Juillet(7月14日)」と呼ばれる祝日、「革命記念日」でした。
 映画の邦名にちなんで、この日を「パリ祭」と名付け、日本のシャンソン界では、これぞお祭りの季節、あちこちでこの前後にライヴやコンサートが盛大に開かれていて、私も既にいくつか出かけているのですが、今日はその中から、パトリシア・カースの公演をご紹介しようと思います。

   カースとピアフ
 昨年のこの時期には、「ジュリエット」が初来日したことをご紹介したかと思います。(よろしければご参照下さい。→「四曲のアヴェ・マリア」
 早いもので、あれからちょうど一年が経ったのですね。
 千葉美月さんの主催する「ヌーヴォー巴里祭」では、フランスを代表する様々なシャンソン歌手を招聘してコンサートを開催されているのですが、今年は、日本でも知名度、人気共に抜群の「パトリシア・カース」が招かれたのです。

カース公演パンフレット
 7月9日に大阪オリックス劇場で、そして2日後、東京文京シビックホールで、この二日間のみの、カース10年ぶりの日本公演でした。
 前評判も上々で、コンサートチケットもあっという間に完売。
 私はスケジュール調整をしているうちに出遅れてしまい、それでもようやく東京公演のA席をゲットし喜んでいましたら、今度は直前に知人から、「大阪のキャンセルチケットがあるのだけれど」と声をかけられて・・・・それが一階の前11列目真正面で、まず普通では手に入らないSS特等席でした。それで、これも縁、「ではこちらも」と譲って頂き、・・・・結局贅沢なことに大阪と東京の二回共聴きに行ってしまったのでした。
 めったにない経験ですので、今日は、関西と関東それぞれの公演の模様をお伝えしようかと思います。

 『現代のシャンソン界を背負う人気実力共ナンバー1のパトリシア・カース』
 ・・・・というパンフレットのフレーズもあながち誇大広告とは言えないほど、カースは、今やベテランの域の実力派で、何といっても、エネルギッシュでドスの利いた魅惑的な低音が特徴かと思います。鋭い眼差しとスレンダーな容姿に、硬派なカッコよさが合わさって、ロック調のリズムに乗ってシャウトする迫力がたまらないというファンが多いですし、これまでのシャンソンのイメージを一新した彼女の存在は、新しいシャンソンのシンボルになっていると言えるかもしれません。
 そして、一方で、「シャンソンらしい」と感じる条件の一つ、どこかアンニュイなエロチシズムを持っていることも、日本で歓迎され受け入れられてきた所以なのでしょうか。
 
 1987年に「マドモアゼル・シャントゥ・ル・ブルース」でブレークして、「モン・メック・ア・モア」「ケネディー・ローズ」など多くのヒット曲を出して、今もフランス内外ともにアルバム売り上げの上位を保ち続けているようです。

「カースピアフを歌う」CDジャケット 
 ただ、今回のコンサートは彼女のオリジナル曲ではなく、『Kass chante Piaf』(カース・シャントゥ・ピアフ)・・・<カース、ピアフを歌う>というコンサートタイトルで、アンコールも含め全て、エディット・ピアフの曲で構成されています。

 「演歌の神様が美空ひばりなら、シャンソンの神様はエディット・ピアフ」との常套句の通り、名実共にシャンソンの第一人者のピアフですが、今年は、没後50年ということで、数年前から、国内外、映画、演劇、コンサート、様々に特集され取り上げられています。
 カースのこの「カース・シャントゥ・ピアフ」も、そうした流れの中で企画されたものなのですが、これが生半可な規模ではなく、昨年11月からロンドン公演を皮切りに大々的な世界ツアープロジェクトを繰り広げていて、既に50数回を数えてきたその一環として、今回「パリ祭」に際する招聘と相まって実現した日本公演であったというわけなのです。

エディット・ピアフ(プログラムより) 
 コンサートの中で、カースは「ピアフへのオマージュとして・・・」という言葉を繰り返していました。
<オマージュ>というのはフランス語で、「敬意・賛辞・献辞」などの意味ですから、<自分自身の中にあるピアフへの敬愛を込めてこのコンサートを捧げたい」ということになるのでしょう。



   大阪公演
 心斎橋から会場のオリックス劇場に向かう雑踏の中、遠巻きに見ても「ああ、あの人もカースのコンサートに・・。」とほぼ正確に判別できてしまったのはなぜなのでしょう。
 これは、今回に限らず演劇やコンサートなどに行く時、いつも感じる<不思議>なのですが、演目が発する吸引力に、観客は観る前から惹きつけられ、一様に染められてゆくのでしょうか?
 でも、シャンソンの場合には必ずしもそういう形而上学的な問題でもなく、専らシャンソンに関わっている人たちが(プロ、アマを問わず)醸し出す一種独特な華やかな空気によるものなのかもしれません。
他人事みたいに言っていますが、そういう私自身はどうなのかな?・・・・

 関西中の、もしかしたら、西日本中のシャンソン人口が一気に終結したのではないかと思われるほど、会場は熱気に包まれていて、社交場のような盛り上がりでした。
 そんなテンションの上がった中での幕開け。
 期待のスペシャルシートは、カースの一挙手一投足、微妙な表情の動きまで、くっきりと味わえ、最高でした。

 スクリーンに、パリの街の昔日の風景や、ピアフの在りし日の姿、更に、映画の一シーンのようにカース自身が登場する映像まで映し出されて、ステージを別次元の時間と空間に染め、歌の雰囲気作りを巧みに演出していたと思います。
 カースは嘗て女優として映画に出演したこともありますので、その演劇的素養を生かしつつ、バックダンサーの青年と絡みながら、激しく踊り歌うステージを繰り広げていて、コンサートというより、ピアフの曲のイメージを視覚的にも作り上げてゆく音楽劇を見るような思いがしました。
 その中でカースは着替えをする束の間退場するのみで、休憩も入れずにピアフの曲を23曲、一気に歌いあげてゆきました。

カース・インタビュー(プログラムより)
 「ピアフの信念や喜び、夫マルセル・セルダンを失くした時の心の痛みなど、彼女の様々な感情にオマージュを捧げたいと思います」(プログラムより)

 「オマージュを捧げることを目的として歌うとき、私なりの気持ちや経験、公私とも人生で学んだことなどを入れ込むようにしています。私自身がピアフの人生を舞台にして、歌の間の演出が成り立っています」(プログラムより)

 カースが語っている通り、ステージの上には、ピアフに投影されたカース自身がまさに現れているのでしょう。
 歌い手は自分という心身を媒体として、感受し得た対象(曲中の主人公)を表現してゆくわけですから、どこまで無心に、鋭敏に、対象を理解でき近づけるか、という感性にかかってくるのでしょうね。

 カースの中のピアフは、苦しみ傷つきそれでも闘いを止めなかった挑む女性であるような気がしました。ピアフの中にそういうストイックな女性の強さを見出したのかもしれません。
 途中流れるスクリーンの映像に、カースがボクサーになってリングの上で闘い倒れてゆくシーンがありました。この映像をバックにして、同じようにグローブをつけたカースが歌う「美しい恋物語」は、このコンサートを象徴する気がして特に印象的でした。

 カースの中でのピアフの魅力は、きっとそういう強さ・・・人生の苦悩に呻き、それでも歌い続けた不屈の精神と情熱・・だったのでしょうか。
 吠え、怒り、闘い挑み続けた逞しい命の輝きがカースに降りてきたような感動がありました。

 けれど、・・・これは個人的な感覚に過ぎませんが、私はピアフの歌に、強さと共に、優しげな表情・・・懊悩の果ての諦念や突き抜けた穏やかさのようなものをむしろ感じるのです。
 グローブをつけたカースのピアフには、それこそがカースであるという個性がむしろ際立って感じられる気がします。
 自分を無にして、ピアフという存在を歌に忠実に再現しようとするのか、自分が感じるピアフを自分流に構築してゆくのか、その両方ともがオマージュを捧げる方法なのだろうと・・・そんなことをまずは強く感じた大阪公演でした。

 一気に東京公演についてもお話しするつもりでしたが、余りに長くなってしまいますので、一度休憩し、次に速やかにアップ致します。

ではまた、続きをお読み頂けたら幸せです。


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水無月 好日往来

 7月になりました。が、・・・。
 なぜか京都はこのところ、涼しいのです。
 例年でしたら、この時期はもう、蒸し風呂状態で耐え難い猛暑が始まっているのに、心地よく風が吹き抜け、汗もかかず・・・こんな過ごしやすい梅雨時は珍しいのでは。
祇園祭が始まった四条通
 いつも誰彼かまわず「京都の夏はとにかく風が吹かないで盆地の底に熱気と湿気が溜まるんだから」と、<そこに住んでいる自分>を自慢しまくっているのですが、今年は、看板に偽りありの嬉しい例外です。
 
 7月になると、街は例年通り、祇園祭の準備に染まり始めます。
 四条通りのアーケードも祇園祭の提灯が飾られ、祇園囃子が響き始めました。

 「朋(友)あり 遠方より来たる」で、6月中旬からずっと、懐かしい恩師や仲良しの友人、そして教え子たちと旧交を温めたり、思わぬ出会いがあったりと、楽しい機会が重なっています。

   同志との再会 ~福寿園でお茶タイム~
 MさんとAさんと私、同世代で、嘗て共に教鞭を執った仲間です。
まだ新米教師だった頃、<お姉さん先生トリオ>で、励まし合い切磋琢磨し合った戦友みたいな間柄だったのですが、このお二人と先頃、京都でお会いすることが出来ました。
 先々週はMさんと。
 彼女は、このブログでも時々ご紹介している私の親友です。
 湘南に住み、お仕事で頻繁に名古屋まで。
 一方、私は京都から東京までの往復。それが笑ってしまう位見事なすれ違いで、やっとのことで関西デートの実現でした。
 そしてこのちょうど一週間後に、なぜかAさんとも京都でお会いすることになり。・・・・Aさんとゆっくりお話しするのは、彼女が結婚を機に教職を離れたとき以来ですので、もう20年近くの歳月が経つのでしょうか?

 申し合わせたわけではないのに、異口同音に同じ思い出話、大いに盛り上がりました。
 記憶の底に薄れていた筈の、青春時代の泣き笑いの日々が、急に鮮烈に蘇ってきて、今という時が、過去の時間の上に成り立っていることを不思議な感動の中で感じました。
 過ごしてきた自分の軌跡は、その時だけで切り離されるものではなく、実はずっと繋がり続けていて今があるのだという感慨でしょうか。
 当たり前のことなのでしょうけれど・・・。
 人との絆や縁というものが、人生の中では一期一会のかけがえのないもので、人はそれに支えられて生きているのだという実感、温かい時間でした。
 そして別々の世界での時の流れ。
 私も含め三人とも教職を離れ、今、全く違う仕事に力を尽くす日々を過ごしていて、そこでの世界はお互いが感知し難いはずですのに、おしゃべりをしている中で、空白は埋まり、自然に繋がってくる不思議な充足感がありました。
 <それぞれがそれぞれの世界を見つけ、誠実に向き合っている>、そのことを祝福し応援したいと純粋に思える落ち着いた気持ちが通い合って、とても幸せでした。
福寿園に飾られていた花かご 
 「欲や見返りを求めず、今、この時に心を尽くして向かうことが大切」「綺麗に過ごしたことのある人だけが、綺麗な時に戻れる」と亡き祖母が折に触れてよく言っていたことを思い出します。
 
 無欲に一途に過ごすことこそ価値があって、それは小さな種になって心の片隅に撒かれて、いつかどこかで、実りをもたらすことがあるということだったのかもしれません。・・・祖母の話をいつも感心しながら聞いていた幼い頃から、いつの間にか、いい加減な生活態度になってきた昨今の自分を猛省してしまいます。
  

玉露とお菓子
 京都四条通りにある福寿園のカフェでMさんとお茶を。
 格調高い設えでゆっくり落ち着けるので、私のお気に入りのお店なのですが、美味しいお抹茶とお菓子を頂きながらの時間を過ごしました。
 
 それで、一週間後Aさんとも同じカフェに再び。
 今度は、玉露とお菓子を。おちょこのような小さなお茶碗にお湯の温度と時間を綿密に測って立てる玉露の入れ方を、お店の方に丁寧に習いながらの優雅な時間でした。

 カフェに立ち寄る前にAさんとランチした、白川筋のお料理屋さん「祇園琢磨」の窓から見えたアオサギの写真です。
 白川の川辺でアオサギはよく見かけていましたが、こんな高い木の上に悠然と羽づくろいをしているのを見るのは初めてです。
樹上のアオサギ  濃茶のかき氷
 実はこの後数日して、今度は私一人で、楽しい時間の余韻にもう一度浸りたくなり、ふらりとカフェに立ち寄ってみたのです。
 ひきたての濃茶をたっぷりとかけた氷、これもお茶屋さんならではの味でとても美味しくお勧めです。

   好日往来  
*学生時代にお世話になった敬愛する恩師を20年ぶりに藤沢にお訪ねしたこと。もう80歳を過ぎていらっしゃいますが、歳月が益々輝きを増して、変わらぬ慈愛に満ちたお人柄と、澄んだ美しく優しいお声。お会いできて本当に良かった。

 *大学時代の友人が京都まで会いに来てくれました。
すっかり学生時代に戻って、お互い言いたい放題!昔の友にはそこにしかない空気が心地よく流れます。

 そして、更に珍しい訪問者が続いて、千客万来の楽しい水無月後半でした。

   シャンソンコンサート
 6月30日に大阪ART CLUBにコンサートを聴きに行ってきました。
 歌手で訳詞家の別府葉子さんが出演なさるので是非伺いたかったのです。
 前にもご紹介したことがありましたね。
 いつもとても素敵なステージで、私は大好きな方なのですが、彼女のブログを愛読していて、或る日、私がファンレターなど出してしまったところからスタートしています。
 
 朝倉ノニーさんと宇藤カザンさんというお二人の訳詞家の方のコンサートに別府さんがゲストで出演されるというものでした。
 このお二人のことは、私も時々ブログを読ませて頂いて、以前から知っていましたし、とても興味深くシャンソンの翻訳について掘り下げて書いておられて、是非実際にお会いしたいと思っていました。また、翻訳家の方のコンサートには伺ったことがあまりないので、それもとても楽しみでした。
 お二人とも語学が実に堪能でいらして、フランス語だけでなく、原曲に合わせて5か国語の原詩で歌われたのにはとても驚きました。
 「自分たちのコンサートでは日本語はご法度なんです」とユーモアたっぷりにおっしゃっていましたが、的確な対訳をなさった上で、でも歌はやはり原語でなければというコンセプトを貫いていらっしゃるのですね。
 日本語にこだわり、日本語で歌うという私の方向とは真逆ではありますけれど、ステージは和やかで温かく、歌の雰囲気が良く伝わってきて、とても面白く参考になりました。

 別府さんが、お二人と知り合われたのも実は、お二人のブログを読んでいらしたのがご縁だったとか、・・・・これも先ほどのお話ではありませんが、やはり一期一会の不思議さ、だから世の中って良いなあ!!と思ってしまいます。

 お二人のデュオ。
ノニーさんとカザンさんのデュオ  別府葉子さん
 そしてギターの弾き語りをなさる別府さんです。
 真ん中の席に陣取って穴の開くほど見つめてしまった、素敵なコンサートの一日でした。

 

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