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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

『レシピ・アン』の最後に・・・

 なかなか筆マメになれず申し訳ないのですが、それでも、こうして楽しくブログを続け、折々に心に浮かぶことなどを記していますが、時々、パソコンの向こう側で、どんな方が読んで下さっているのかしら?とか、本当に私の言葉を喜んで貰えているかしら?などと不安に思うこともあるのです。
 でもいつの間にかアクセス数が増えていたり、記事に拍手を頂いたり、コメントやメールが届いたりすると、何だかとても幸せな気がしてしまいます。
 顔は直接見えないけれど、でも言葉は届いていると思う時の、ほわっとした少し不思議な実感・・・・こういう繋がり方って、ネット時代ならではのものなのでしょうね。

 ブログを開設して二年半になるのですが、思えば、この間に随分いろいろな方からご連絡を頂き、懐かしい再会や新たな絆が生まれました。
 今日は、そんな嬉しいお話をご紹介します。

   ブログが結ぶ再会
 数日前、とても懐かしい方からブログにコメントを頂きました。

  卒業後、月日が流れ、すっかりご無沙汰してしまい、こうしてまたお便りできるのは信じられないような気持ちです。

 という文章から始まる心のこもったお便り、・・・彼女Jさんは私の嘗ての教え子、私は彼女が中一、中二の時、国語を受け持ち、そして担任でもありました。
 新入生の時の、初々しく、少し緊張した、はにかんだ彼女の笑顔を今でもよく覚えています。
 生徒たちが、可愛くて可愛くて、良い先生になりたいと、全力投球で頑張っていました。きっと、まだ若かった分、未熟なことばかりだったのでしょうけれど、試行錯誤しながらも、毎日が楽しくて、キラキラと充実した時間を生徒たちからもらっていた気がします。

 教壇に立って熱く授業をしていた私が、今は全く違うこのような活動をしていることにJさんもさぞ驚かれたことでしょう。

 もう20年以上も前のこと、それからお会いするチャンスがないまま月日が過ぎていたのですが、同級生経由で私のブログのことを知り、ご連絡を下さったそうなのです。
 スペインに留学後、海外勤務を経て、今はメキシコに暮らしていらっしゃるのだというお話、綴って下さる文面には、昔と変わらない誠実で温かい人柄が溢れていて、感無量でした。
 Jさん、昔は引っ込み思案だったように思いましたが、今は本当にしっかりとご自身の道を見つけられて素敵に歩んでいらっしゃるのですね。
 こんな詩を覚えていますか?
 中一の国語の教科書の最初のページに載っていた、谷川俊太郎さんの「朝のリレー」という詩です。

  カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき
  メキシコの娘は 朝もやの中でバスを待っている


 というフレーズから始まる詩、地球の人々は、皆、朝をリレーしながら生きているのだという清々しい詩です。
 Jさんとも朝をリレーしながら繋がっているのですね。

   
   ブログが結ぶ縁
 これもつい先頃の出来事なのですが。
 突然、テレビ局の方からお電話があり、何かと思ったら、私の訳詞『君と旅立とう』へのお問合せでした。

 随分前に「訳詞への思い」の中で、
『君と旅立とう』その一, その二, その三,を記したのを覚えていらっしゃいますか?
 原曲は「con te partiro」(time to say goodbye)で、これについて述べた記事だったのですが、この原曲の訳詞を探して、ようやく私のブログに辿りついたというお話でした。
 
 で、早速、担当の方とお会いすることになり、訳詞『君と旅立とう』をお見せしたところ、気に入って頂き、番組に採用されることが決まったのでした。
  びっくりする展開なのですが、番組の詳細をご紹介しますね。

 BSフジの『レシピ・アン』という番組です。
 普段あまりテレビを見ない私ですが、毎週水曜日放送ということなので、早速昨晩、観てみました。
 なかなか面白く、お薦めです。
 二期会が番組のスポンサーで、世界で活躍なさっている三人の若手オペラ歌手が、毎回各界からのゲストを招いて、トークを繰り広げながら、音楽と料理でおもてなしをするという趣向の番組です。
 三人の方たちの進行が巧みで、会話も弾んで楽しいのですが、だからと言って砕け過ぎたりせず、知的でさりげなく核心を突いていてとても好感を持てます。
 昨晩のゲストは、歌舞伎役者の片岡孝太郎さんで、トークと歌舞伎の所作などの実演の後で、最後に、彼一人のためのコンサートというコーナーがありました。
 昨晩はオペラ「セビリヤの理髪師」の中からの一曲でした。解説なども加わり音楽番組としても充分楽しめます。
 
 なるほど! 最後のこのコーナーで『君と旅立とう』が流れるのですね。
 実は、放送は来週水曜日です。そして二週間後にもその再放送があるそうです。

   Information
  『レシピ・アン』BSフジテレビ
  2013年10月2日(水)23:00~23:30
  2013年10月16日(水)23:00~23:30(再放送)
    <ゲスト>腹話術師 いっこく堂 
 番組の最後の歌のコーナーで「con te partiro」を取り上げ、二人の歌手が原語で歌います。そのテロップで松峰の日本語詞『君と旅立とう』が流れます。素敵な歌声のみでなく、日本語詞もお見逃しなく。
 
 番組のお知らせはこちらをクリックしてどうぞ。↓

     http://www.bsfuji.tv/top/pub/recipean.html

 お会いした番組スタッフの方は、まだ若い溌剌とした女性でした。
 訳詞のことについて熱心にご質問なさり、反対に私がお訊ねした番組のコンセプトのことなどにも、とても丁寧に答えて下さって、真摯な制作姿勢を強く感じました。
 テロップに流れる日本語詞は、言ってみれば番組の極わずかな部分に過ぎないわけですが、それでも、「対訳か?日本語詞か?」「どちらがより曲を深く伝えられるだろうか?」そういう一つずつを吟味し、準備して、一つの番組は作られて行くのですね。
 これも、ブログが取り結んでくれた嬉しい縁で、私には、興味深い出会いと経験になりました。

 よろしかったら、10月2日水曜日、ご覧になってみて下さい。


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ゲンズブールとクロード・フランソワ

 鮮やかに染まった美しい夕焼け。
ベランダから見た台風一過の東京の空(Y氏撮影)
 稜線がくっきりとシルエットを作って、迷わず描き切った一幅の絵のようです。
 台風お見舞いのメールに添えて、友人Yさんが送って下さった一枚の写真。

 ご自宅のベランドから撮影なさった台風一過の東京の空です。


 では私も。・・・自宅のベランダから撮ったビルの上の京都の仲秋の名月。
  ビルの上の仲秋の名月   月見だんごと月ウサギ
 お彼岸が近づくと、季節が一気に交替しますね。
 夜の涼風、煌々と月光、そして今年の月見だんごと月ウサギ。

 今日は、映画のお話をさせて頂こうと思います。

   「最後のマイウエイ」
 余りにも忙しかったこの夏の終わり、忙中閑、せめて一日くらいゆっくりしようと、先日、本当に久しぶりに映画を観てきました。
 この日は午前中と夕方、別の映画館をはしごして、一日に二本の快挙でした。
 映画好きの方ならそれくらいは普通なのかもしれませんが、私は、幼い頃映画館に入ると必ず頭が痛くなったそのトラウマからか、余程でないと今でも映画館に足を運ぶことはまずないのです。

 仲良しの友達に、前々から薦められていて、ずっと観たいなと思っていた映画のまず一本目は「最後のマイウエイ」。
 渋谷Bunkamuraの中にある<ル・シネマ>での上映最終日でした。

 「最後のマイウエイ」は、1960~1970年代のフランスを風靡したアイドル歌手、39歳で夭折したクロード・フランソワの生涯を描いた映画です。

 クロード・フランソワってご存知ですか?
映画「最後のマイ・ウェイ」パンフ表紙 
 フランスの歌手も音楽も、時代を問わず、日本にはごく限られた範囲でしか紹介されていないので、フランスでは誰でもが口ずさめるような大ヒット曲、誰でもが知っている大スターであっても日本では認知度が皆無だったりすることが多いのですが、彼もその本国での圧倒的な人気に比して、不当に知名度が低いと言えるかもしれません。
 「『マイ・ウェイ』を歌っている人です」。といえば、フランク・シナトラの渋い声をまずは思い出されることでしょうね。

 「マイ・ウェイ」の原曲は「comme d’habitude(いつものように)」で、これはクロード・フランソワの作詞作曲、元々は彼自身が歌いフランスでヒットした曲でした。
 それが、この原曲にカナダの人気シンガーのポール・アンカが英語詞をつけ、シナトラに提供したことから、全世界で爆発的ヒット曲となり、もはやクロードのことは知らなくても曲は不朽の名作として残り続けているというわけです。
 この曲自体も換骨奪胎してゆく中で、興味深い変化を遂げていますので、これについては別の機会に取り上げることが出来ればと思っています。

 でも「マイ・ウェイ」の原作者というだけではなく・・・。
 従来のシャンソンの時代から、フレンチポップス全盛期へと移行してゆく中で、量産されてきたアイドル歌手たちとしのぎを削りながら、第一線のアイドルスターとしての地位を15年もの間守り続けてきた彼。
 その壮絶な努力と信念を、実写フィルムなどを交えながら綴った伝記的な音楽映画としてなかなか見ごたえがありました。
 当時のフランスの社会のありようや音楽事情などもリアルに伝わってきて、興味深かったですし、彼のスターゆえに倍加される人間的弱点も鋭く描かれていて、何よりも、スターであり続けることへの執着と危機感に張りつめた彼の思いに惹きこまれました。
映画「最後のマイ・ウェイ」パンフ裏表紙 
 スポットに照らされながら、客席の熱気を身に沁み込ませる恍惚感のようなものが、クロードには及ぶべくもありませんが何となくわかる気もして、音楽の持つ魔力・・・などとちょっと気取って考えたりしてみました。

 蛇足ですが、主演のジェレミー・レニエはクロードにあまりにもそっくりで、役者さんてすごいものだと感心します。
 更に蛇足ですが、「最後のマイウエイ」という映画の邦題はわかるような、わからないような・・・。
 フランス語のタイトルは、「Cloclo(クロクロ=クロードの愛称)」で、英語のタイトルは「My way」。こんなところにもお国柄が少しだけ感じられるかもしれません。

   「ノーコメントbyゲンズブール」
 「最後のマイウエイ」で弾みをつけて、今度は、同じ渋谷にある映画館<UPLINK>に向かいました。食事を済まして、夕方の回にいざ。

 ゲンズブールのドキュメンタリー映画です。
 プログラムに載せられた紹介文を下記に記してみます。
ノーコメントbyゲンズブールのチラシ 
 作詞作曲家、シンガー、画家、映画監督、小説家、カメラマン、と多彩な顔を持ち異彩を放った才人セルジュ・ゲンズブール(1928.4.2-1991.3.2)。
 没後20年を過ぎてもなお、多くの人々を魅了する。今作はゲンズブールがテレビやラジオに出演した際の発言や未発表のコメントなど、20代から60代まで40年に及ぶ期間のゲンズブールが自身の内面を語った録音テープをもとに構成された決定的ドキュメンタリーだ。


 そして、
    愛されたくないが愛されたい。
    そう、それが私なのだ。
 
 という言葉で集約されています。
 判じ物みたいですが、でも、2月に訳詞コンサート「ゲンズブール・イノセント」を開催してしまった私には、以心伝心で(?!)彼のこの言葉が理解できる気がするから、怖いです。
 「ゲンズブール・イノセント」にいらして下さったお客様も、或いはこのブログでゲンズブールのことを読んで下さった皆様もきっと同じなのではと。

 まさに20代から60代までのゲンズブールその人がずっとスクリーンに映し出されてその肉声と歌声を堪能しました。
 彼を巡る女性・・・歌手や女優たちもたくさん登場して、それだけでも音楽史、映画史を生で見るようで、ドキュメンタリーの醍醐味を味わえて楽しかったです。
 それにしても、「ゲンズブール・イノセント」以来、私の周辺では密かなるゲンズブールブームが起こっていて、実はこの映画も既に友人たちの多くが観に行っていて、口々に感想を伝えて下さるので、それもあって、どうしても行きたいと思っていたのでした。

 このドキュメンタリーには、かなり希少な映像が取り上げられていましたが、その一つ、「ラ・ノワイエ」を彼が歌っていたシーンがあったのに気付かれましたか?
 『ノワイエ~溺れてゆく君~』は、自分の訳詞の中でも大好きで、折ある毎にご披露している私の自信作なのですが、この原曲は、なぜかレコーディングされておらず、一度だけゲンズブール自身がスタジオで歌っただけなのです。
 このお宝みたいな映像を、私は実は以前観たことがあったのですが、何と今回、これがこの映画の中で紹介されていました。
 気付かれた方は?
 ご一緒に盛り上がってお話ししたいです。

 そのようなわけで、非常に興味深く大満足でしたが、この<UPLINK>という映画館自体もとてもユニークで、昔の良き時代の渋谷の街が、今に残っているようでした。
 芝居小屋ならぬ映画小屋とでもいうような、一種の風情があるのです。

 館内は結構年季が入っていて、古い家のリビングみたいな、レトロな小さなカフェみたいな、こじんまりとした規模なのですが、客席が変わっていて、色々な形の椅子が適当に並んでいるのです。
 好きな椅子に座ってね!という感じで、深々と掛けられるソファー椅子や籐椅子、様々、クッションも色々で、背中に押し当てている人や膝に抱えて観ている人や・・・面白かったです。
 全部で20~30席くらいなのでしょうか?
 私が観た回には四人しかお客様はいなくて、これでフィルムを回してもらって良いのかしらと申し訳ない気分になりました。

 でもゲンズブールを観るには最高にお洒落でした。

 コーラもポップコーンも売っていませんし、そもそも館内には自動販売機すらないかわりに、受付の奥に古本屋さんみたいに無造作に、映画関係の本や芸術書や古い映画パンフレットなどが販売されていたりしました。
 映画のラインアップも、とても真面目で、商業ベースとはかけ離れたマイナーでもひと味あるものが中心のようです。

 たまにこんな風にゆっくりとスクリーンに向かうのも楽しいものですね。

 フランスの音楽に浸った贅沢な一日でした。


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台風お見舞い有難うございます

 台風18号は各地に大きな爪跡を残してゆきましたが、被害に遭遇された多くの皆様に心からお見舞い申し上げます。

 
 そして、京都在住の私をお気遣い下さって、お問合せやお見舞いのメールをたくさん頂きました。本当に有難うございます。
 お陰様で、私や、私の知人にも際立った被害はなく無事過ごしています。

 それにしても、ここ数年の自然災害は尋常ではなく、本当に想像を絶するような猛威を振るっていますね。
 「今までに経験したことのない大雨」とか、「特別警報」とか、「身の安全を確保して速やかに避難を」とか、聞きなれない言葉が気象情報の中で飛び交い、本当に身震いのする気味の悪さを覚えます。
 加速度を増して斜面を滑り落ちてゆくように、地球規模で異常事態が増幅しているのではないかという恐ろしさを感じてしまいます。

 京都も今回は、桂川の氾濫を始め、大きな痛手を受けてしまいました。
私の住まいの周辺は幸い無事でしたが、古都のシンボルともいうべき嵐山の渡月橋が濁流を被っている映像に心を痛められた方も多かったのではないでしょうか。映像には流れませんでしたが、山科や南禅寺周辺も大変だったようです。
 自然の脅威と、その前にある人間の無力さを突きつけられる気がします。
 日々平穏で暮らせることは実は本当に幸せであること、自然の前に謙虚に在らねばならないこと、・・・そんなことを今更のように実感させられます。
 
 
 そして、今日は、まるで夢だったかのような台風一過の澄んだ秋空が広がっています。
 
 

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「おもてなし」

   まずはお詫びから
 お久しぶりです。
 この度、ブログを長く放置してしまいましたことのお詫びを申し上げます。
 何回か覗いて下さった皆様、どうぞ今一度、寛大にご容赦下さいますように。
 「きっと重篤な病にでも」と心配して下さった心優しい皆様、申し訳ありませんでした。実は私、元気にしております。

 この空白の二週間・・・・。

 言い訳をすると、公私共、なぜか集中的に色々なことが起こり、いつも以上に慌ただしく飛び回っていて、パソコンの前に落ち着いて座る時間が持てなかったこともありました。
 でも、そういうことに気持ちを奪われ、振り回されていると、いつの間にか感覚が雑多になって、大切なことを置き去りにしてしまう気がして少し怖いです。
 日々の中で、ささやかでも温かく刻まれてゆくことは様々あるはずなのに。
 言葉や文字に置き換えるということは、それに思いを留めてゆく大事な方法でもあるのでしょう。
 心を入れ替えて、まずは、もっと筆マメになりたいと思います。

 その代わりと言ってはなんですが、実は、今後に少し展開を持つべく奔走した日々でもありましたので、固まってきましたら、近々、きちんとご報告したいと思っています。
 
 
   「おもてなし」
 空白の私の二週間。
 この間に、2020年のオリンピックが東京に決定されました。

東京オリンピック招致のロゴ
 最終プレゼンテーションの熱気に満ちた様子も繰り返し放映されましたから、それをご覧になり、皆様、それぞれの感想を持たれたのではないでしょうか?

 滝川クリステルさんのお話の中の「おもてなし」の言葉は、特に印象的で、反響が大きく、マスコミでも何度も取り上げられています。

 オリンピック招致の原動力になったのではないかと言うほどの評価も得て、大半は好意的で賞賛の声が殆どですが、それでも、やはり色々な解釈はあり、「現実に<おもてなし>の心は今日本に存在するのか?もはや幻想ではないのか?」から始まり、更に細かい内容の検証に踏み込んで「今の日本は本当にお金を落としても届けられて無事なのか?」とか、それに伴って、「そんなことはない、自分は落とした財布からお金だけ抜き取られた経験がある」という外国人の証言が載せられたり、果ては、「あの言葉は本心なのか?フランス贔屓の筈の彼女が本当に日本への愛国心を持っているのか?」など、滝川さんのパーソナリティーに踏み込んだ批判などまでも、ネットをみると賑やかに書かれていたりしています。
 
 表現の自由ですし、理想と現実、何でも裏面はあり、また、千差万別の種々な解釈が物事には存在するので、これについて敢えて何も言う言葉はないのですが、でも私は、今回こういう形で、日本の良さが内外にクローズアップされたことは歓迎すべきことなのではという思いを持っています。

 「日本でのオリンピック開催は国益に果たして有用なのか」から問われるともっと違う論議になるのでしょうが、非常にシンプルな感覚で、日本という国の良さ、・・・・豊かな精神性とか、伝統的に守って来た倫理観や生活習慣、感情の様なものが、世界の中に堂々と示され、そのような視点で見直されるきっかけになったことは喜ぶべきことなのではと思います。
 
 他国に比べて、日本は、自国を過小評価する傾向が大いにあるように思われますし、国民性についてもネガティブに論じられることが多くて、少なくとも手放しで自慢しまくると言うようなことは、これまで公の場で殆どなかったのではないでしょうか?
 日本人が待っている<思っている以上につい謙遜してしまう>という性癖や、<こんなに出来ているぞ!>というよりは<これがまだ足りない!>という方に目が行ってしまう真面目で、ある意味ではお人好しな潔癖症の国民性にもよるところが大きいのかもしれません。
 その結果、老練で一筋縄ではいかない諸外国の中にあって、交渉下手であったり、不当に低い評価に甘んじる憂き目を見たり、嬉しくない思いをしてきていることは否めませんので、・・・私はそう感じることが多いのですが・・・・。
 首相を筆頭に、世界に伍して堂々と日本をアピールし、それが高い評価を得て、今回招致を勝ち取ったことは、何だかとても誇らしく思われます。
 これまで、日本の総理の演説が<カリスマ的演説>などと評価されたことは皆無でしたものね。
 勿論、今後これが、ただの口先だけのパフォーマンスで終わったのでは意味がありませんし、勝つためなら何を言っても良いということではありませんが、「有言実行」が何か新しいものを生み出す可能性に繋がってほしいと思うのです。
 誤った方向に人心を誘導するのでなければ、理想を掲げ、表明したことを皆で本当に実現すべく向かってゆく原動力になる可能性を感じます。

 「おもてなし」も同様で、私たち自身が、この言葉から、そういう本来持っているはずの温かさを再発見して、もしかしたらこれまで少しサビついていたかもしれない、眠っていたかもしれないルーツの様なものを、心に呼び起こせれば素敵なことなのではと。
 「言葉の持つ力」にそんな可能性を託したいと感慨深く思った次第でした。


 ただ矛盾するかもしれませんが、一つ付け加えるなら、今回の晴れ舞台での成功だけに光が当たって、<スピーチが巧みなこと、強気で押してゆくことだけがとにかくカッコ良い>みたいな短絡した風潮にならなければ良いなとも思います。
人知れず黙々と準備を重ねてきた多くの方たちの誠実な努力と思いが、この陰には数知れずあったに違いありません。

 「有言実行」とは、謙譲の美徳と相反しない行為であり、奢りや揺るぎのない真っすぐな信念と、それを成し遂げるひたむきな準備があっての事ですので。
 本当の意味で「おもてなし」の境地を知ってゆく努力を私たち自身が真摯に目指してゆきたいです。

 プレゼンテーションの日、まず初めに高円宮久子妃殿下が、震災復興に関しての諸外国の援助と応援に、丁寧に謝意を述べておられましたが、全てはそこから始まることもまた、「おもてなし」の信義ではないでしょうか。
 慎ましく毅然とした妃殿下のこのご挨拶に、とても感銘を受けたことも付け加えたいと思います。 
 
 

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