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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

しなやかに時を刻むということ

   「年齢不詳 亦(また) 喜ばしからずや」
 昔から、不思議に思っていることの一つなのですが。
 日本人は殊の外、人の年齢を知りたがる傾向が強いとよく言われます。
 それはなぜなのでしょう。
 確かに、老若男女を問わず、お天気を話題にするのと同様の頻度と興味で、年齢のことが話題になるように思います。
 勿論、相手を知るためには、年齢は有力な情報ですけれど、それにしても、誰かの噂話などには、必ずと言っても良いくらい、「あの人、いくつかしら?」という定番のセリフが散りばめられて、「ああ見えて結構、年かも・・・」とか、いざ年齢が明らかになると、今度は、「まだ○○歳なのに・・・」或いは「もう○○歳にもなって・・・」とか、それだけですべてが語られ過ぎてしまうと、少々聞き苦しくも感じてきます。

 ちなみに私は、少し変わっているのかもしれませんが、相手の実年齢が幾つかということに昔からあまり興味はなく、従って噂話のようにして、誰かの年齢をこちらから話題にすることも殆どありません。

 どうしてかしらと思うのですが。

 一つには、祖母の影響があるかもしれません。
 前にも少しお話ししましたが、私は幼い頃からおばあちゃん大好きっ子で、一本気で昔気質の祖母から徹底的に薫陶を受けてきました。
 で、この祖母は、母親が若くして他界したこともあって、祖母(祖母の祖母)に育てられたため、元々の性格に輪をかけて、礼節を重んじるところが人一倍強かったようです。
 ひたすら自分を慕ってくる孫の私に、気をよくして、かなり気合を入れ、礼儀作法、言葉使い、人としての在り方、人生訓など、一昔前の教育勅語の様な世界をスパルタ式に仕込んだので、(その割には、どこかぐうたらな性格の今の自分なのですが)幼い頃から、私は、同じ年齢の子供とは、考え方も行動パターンも多少異なっていたようです。(そこはかとなく、前時代的な匂いが漂っていた子だったのでしょうね)

 そのためか、「年の割に・・・」とか「この年の子供にしては・・・」というような言葉を、シャワーのように浴びて育ち、・・・でも、その大部分は、「分別のあるよく出来た子だ」と褒めて頂いていることも多かったのですが、でも時々は、「子供らしい無邪気さがない」、「大人びている」・・・というような非難めいた冷やかし半分の言葉だったりもして、いずれにしても、年齢で断じられてしまうことに、いつも大きな違和感を感じていました。

 勿論、当時は幼かったので、明快に分析も反論もできず、ただ漠然と感じていただけですが、今になって考えてみると、では「この年齢の子供」とは一体、どんな子供なのか、「この年齢の子供」という枠の中に、自分がどうやって入ればよいのかがわからず、そして、何となく、そういう考え方そのものが、型にはまった窮屈な先入観から来ていて、もっと自由に考えれば良いのでは、という違和感だった気がします。
 子供の頃から読書好きで、本に埋もれて過ごしていたことも、輪をかけたかもしれません。

 祖母は77歳で他界するまで、朗らかで若々しい好奇心に満ちた人でした。
 祖母自身がまず、年齢を感じさせない瑞々しい精神性を持っていて、人のことを、肩書きや、年齢などの先入観で判断することは全くなく、常に、人としての本質や価値を温かく、しっかりと捉えていた気がします。
 楽しく年を重ねながら、「気持ちが老いてしまったらダメだから」といつも自戒していました。

 そのような訳で、私は昔から、実年齢に拘(こだわ)り過ぎる一般的風潮に対して、反発してきた気がします。
 ヨーロッパでは、人に年齢を聞くのは失礼なこととされていますが、それはきっと、年齢という枠の中でだけ捉えることが、却って、人としての本質を見失うことに繋がると考えているからなのではと思います。

 「いくつ?」と聞かれたら、その時の自分の気持ちの赴くままに、実年齢より上にも下にも、自在に変幻できたら楽しいのでは、などと思ってしまいます。
 少しだけ悪戯心を出して、相手の気持ちを映し出しながら、素敵に煙に巻けたら、それが一つのエスプリになったら結構カッコ良いですね。修業しようかなと密かに目論んでいます。
 
「年齢不詳の中に本質が見える、亦(また)、喜ばしからずや」です。


   「100歳目前で現役!」
 これまでブログの中でも、色々な分野で活躍なさっていらっしゃる方々に注目してきましたが、幼い頃に刻まれた祖母の姿ゆえか、慎ましくも生き生きと、自らの時間を輝かせながら素敵な人生を歩んでいらしゃる方に出会うと、強い感銘を受けます。

 今日は、数日前にNHKの「おはよう日本」で放映された「100歳目前で現役!」という番組をご紹介しますね。
 写真家笹本恒子さんへのインタビュー。
笹本恒子さん(NHKより)
 笹本さんは日本で初めての女性写真家で現在100歳になられますが、今も現役の写真家として活躍を続けていらっしゃいます。
 <自分が写真家として関わってきた激動の昭和を是非紹介したい>ということで、現在横浜で写真展を開催されています。
 笹本さんのテーマは、「様々な分野で活躍する女性達」、そして「老い」と、次々に広がりを持ってゆきます。

 朗らかで覇気のある声でインタビューに答えていらしたのですが、そのすべてが若々しくて100歳とは全く思えませんでした。
 「若さの秘訣は?」という問いに。
 「ある程度、欲張りになることだと思う。じっとしていても<何かしなくっちゃ>と次々と考えて行っていくこと。」

 気付いたことを細かくメモし,気になる記事を切り抜いたりと好奇心満々の日々を過ごされていて、それは、「新たな撮影テーマを見つけるためのアイディア集となる」のだそうです。
 海外までも撮影に出かけ取り組む日々が、今も続いていらっしゃいます。

 そして、メッセージ。
 「私も気づいたら100歳だということになっていた。年齢を忘れて、命ある限りできることをすること。いつでも怠けてはいけない。前に向かって生きることを考える。私はもうダメだと思ってはダメ。自分で自分を叩いて、目を覚まさせて<前に向かって>という風にしないとダメだと伝えたい。」

 テレビの映像に食い入りながら、ふと亡き祖母を思い出していました。
 祖母も同じようなことを言っていたのが、改めて誇らしく感じられました。
 笹本さんは、、<100歳だから素晴らしい>のではなく、<人としてこのように大らかに言い切れること>が素晴らしいと思うのです。
 若い頃から積み重ねた時間の上に「今」は、結実するのでしょう。
 しなやかに時を刻むということ、「年齢不詳 亦、楽しからずや」です。

   <おまけ情報> 5回目 6回目のラジオ放送はもうすぐです。
 先週、ラジオの収録に、再びFMヨコハマに行って参りました。
 恒例ですが、なぜか桜木町からのこの風景を撮影してしまいます。
横浜ランドマークタワー  停泊中の日本丸
 そしてやはり、いつも上天気。
 晴れ渡った青空と、いつの間にか青々と薫風にそよぐ若葉。

 今回5回目は、関西FMCOCOLOが4月19日(土)と、関東FMヨコハマが20日(日)に放送です。
 ピアフのご紹介と、ピアフを継承する現在活躍中の歌手、ザーズとカースを取り上げて、ご紹介してみます。
 ザーズもカースもこのブログで既にお話したことがありましたね。
 読んで頂いた方は、きっと「ああ、なるほど!」と、より鮮明にわかって頂けるのではと思います。訳詞もしっかりご紹介しましたので、どうぞお楽しみに。

 そして、6回目は、翌週の4月26日(土)(関西)と、4月27日(日)(関東)が放送日です。
 この回は、春のシャンソン特集で、興味深い曲をたくさん取り上げてみました。曲目はお聴き頂くまで内緒にしておきますが、一曲だけ特別に!
 以前ご紹介しました「五月のパリが好き」も取り上げました。
 「ガッテン!」「ガッテン!!」と頷いて頂けたら嬉しいです。

 ご感想など、FMヨコハマか、松峰メール宛てに是非どうぞ。
 今後の励みと次回からのヒントにさせて頂きます。

 次の放送日程が決定しましたら、それもまた、すぐにお知らせ致します。 



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