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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

「go to the river 」

 この夏の暑さも相当なものですね。
 先日の京都は、観測史上初めての38.3℃を記録したそうです。
 そういえば、昔、ボストンで暮らしていた時、それこそ稀に見る酷暑だったことがあり、「ヒート・エマージェンシー」が発令されたことがあったのを思い出しました。
 ボストンは、冬は-10℃以下の厳寒で、その代わり、夏は涼しく過ごし易いのですが、そういう土地に番狂わせの猛暑がやってくると一大事、エアコンなどない家が普通で、熱中症で倒れる人、そのための死者まで続出で、一日中、救急車のけたたましいサイレンが響いていました。
 そして<ヒート・エマージェンシー(熱波緊急警報)>の発令。
 学校は休校、勤務も打ち切られ、自宅を出て、公共の建物に避難するよう強く促されます。
 「公共の建物」とは、図書館、公民館、デパート、ショッピングモール・・・、特にデパートやモールに、人々が殺到する様は、今でも鮮明に思い出されます。
 当時は、ヒート・エマージェンシーという言葉も、異国の出来事のように感じていましたが、もはや日本でも、他人事ではない現実となってきたのですね。

 さて今日は、久々の<訳詞への思い>、「go to the river」という曲についてお話をしてみたいと思います。


    「go to the river」
           訳詞への思い<12>

   ヤエル・ナイム
 「go to the river」を歌っているヤエル・ナイム、彼女は1978年生まれ、今年36歳になる新進気鋭のシンガーソングライターである。
 エキゾチックな名前に異邦の香りを感じるが、チュニジア系ユダヤ人の両親のもと、パリで生まれ、イスラエルで幼少期を過ごし、現在パリで音楽活動を展開している。

 今年の2月の訳詞コンサートで、私はケレン・アンを特集したのだが、彼女も、父はユダヤ系ロシア人、母はジャワ系オランダ人で、イスラエルに生まれ、オランダに暮らした後、パリで音楽活動を行っていて、彼女に限らず、フランスのミュージシャンやシャンソンと関わる時、「フランスは多民族国家である」ことを改めて強く実感させられる。
 <フランスで生まれたこと>、<フランスに育ったこと>、<今フランスで暮らしていること>、<フランス語を話していること>、その全てを網羅しているか、または、どれかに当てはまるか、同じフランス人と言っても、その関わり方に濃淡があるのが、今のフランスなのだと思う。

 英語、ヘブライ語、フランス語を自在に操って、ヤエルは歌詞を作る。
 「シャンソン」であることの第一条件を「フランス語で歌っている」こととするなら、彼女の歌は、シャンソンの範疇から逸脱した無国籍なエトランゼの音楽と言えるかもしれないが、漂泊の想いや孤独感、渇望感が常に漂うポエティカルな詩句と、クラッシックやソウル、ジャズ、ロック、ポップなどの多様な音楽のエッセンスが融合したメロディーとが、国籍を超えた普遍性を持つ気もして、だとするなら、そういう意味では、最も「今日的」「フランス的」で、<フランスで生まれたフランスの音楽の担い手>と言えるのではないだろうか。

 2007年のアルバム『ヤエル・ナイム』に収録された「ニュー・ソウル」が、macbook airのCM曲に使われて大ブレイクしたことから彼女の名は全米を中心に一気に世に出ることとなった。
 このアルバムの殆どの曲は、ヘブライ語で歌われているのだが、ヘブライ語の耳慣れない響きはどこか儚げであり、不思議な透明感に満ちていて、別世界に誘われる気がする。
 
ヤエル・ナイム「She was a Boy」
 私は、嘗て、このアルバムから、気に入った何曲かを訳詞したのだが、さすがにヘブライ語が相手では、手も足も出ない状態でいたところ、天の助け、持つべきは良き友人、比較言語学を専門にしている語学の達人を紹介してくれて、その方の全面的な協力を得て、ヘブライ語の原詩の解読をすることが出来た次第である。

 今回、ご紹介する「go to the river」という曲は、ヘブライ語でも、フランス語でもなく、英語の歌詞で書かれている。
2010年発表のアルバム『She was a Boy』に収められた曲である。

   最後から二番目の恋
 このテレビドラマについては、先日のブログ記事私の中の風景(1)~『最後から二番目の恋』と、私の中の風景(2)~『最後から二番目の恋』に詳しく紹介した。
 このドラマを初めて見た時に、BGMとして流れてきた曲が「go to the river」で、本当に驚いてしまった。ちょうど、この曲を訳詞してみようと思っていた矢先だったので。
 砂漠の中に埋まっている宝物を探し出すような思いで、世間から埋もれているレアな曲を聴きまくり、自分の感性に飛び込んでくるものだけを訳詞に作り上げて行く日々なので、私の場合、そういう曲が街で流れていることに遭遇することなど皆無に等しい。ましてテレビドラマの中で・・・。
 ドラマの女主人公「吉野千明」の、感情が高ぶったり、心理状態が屈折して微妙に揺れ動いたりする時に、その鼓動と共に流れ出すような毎回のBGMで、現代的で洒脱な面白い効果を生んでいたのだが、「やはりこれは訳詞せねば!」という使命みたいなものを勝手に感じてしまった。
 リズムとメロディーと言葉の流れとが、心身に浸み入ってくるような強い魅力のある曲だと思う。

   go to the river

  when you feel ashamed go to the river
  when you’re feeling sad go to the river
  when you’re feeling blue inside, immersed and tied
  when you’re feeling stuck in pain, forever

  (罪の意識を感じるとき 悲しみを感じるとき 川に行け
  ブルーな感情に縛られて 永遠に突き刺されるような痛みを感じるとき)
  
 曲の冒頭は上記のように始まっている。

 自分らしく人生を送るために 今すぐ川に行けば良い
 川を泳ぎ、潜り、流れに身を任せれば良い 
 自分で抱え込んでいる価値観の中で戦うのではなく 
 緩やかな川の流れの中で ただ自然に経験することを信じてみれば
 見えなかったものが発見できるはず

 「go to the river」・・・川に行くことは、心を再生すること。
 <いつも新しい命や希望を獲得し続けて行こう>という、強い願いのこもった曲なのだと思う。
 <再生する心>、ヤエルが歌うと、どこかエキゾチックで、インドの川で禊をするようなイメージも浮かんでくるし、ゲンズブールの「ノワイエ」のように川を流れ、美しい異次元の世界に運ばれてゆくような不思議な感覚もある。

私の作った訳詞の書き出しは次のようである。

   悲しい時 川に行こう
   後ろめたい時 川に行こう
   痛みが突き刺さる 胸深く
   何もない自分 抱え

   ため息ばかり 吐(つ)くのはやめて 川に行こう 今すぐ川に行こう
   優しい風が吹き抜けて行く 川の流れに身を任せ
   何処までもずっと泳いでゆこう 何処までもずっと潜ってみよう
   失くした自分 取り戻すために

 
 目下、この曲が、心地よい酩酊感の中で、頭の中を回り続けている。

                                        Fin

 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
   取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願いします。)


 「go to the river」←youtubeです。クリックしてお聴きになってみてください。
 この曲、10月18日の内幸町ホールでのコンサートで初披露致します!

 もう一曲、アルバム『ヤエル・ナイム』から、「paris (パリジェンヌ(松峰邦題))」という、ヘブライ語を訳した労作があるのですが、これも素敵な曲ですので、やはり10月のコンサートでご紹介するつもりです。この原曲はこちらをクリックしてお聴きください→「paris」

 よろしかったら是非10月のコンサート、お聴きにいらして下さいね。



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祇園祭の季節

 盆地の底に湿度と熱気が容赦なく溜まり込むような、京都の耐えがたい暑さはいよいよ本格的になってきました。
 それでも絽(ろ)や紗(しゃ)等の夏の着物をすっきりと着こなして、日傘に包まれ、涼しげに道行く女性を目にすると、何たる底力、これぞ、何代にもわたる生粋の都人に違いないと、ひたすら感じ入ってしまいます。
 町家の玄関先には、朝夕、打ち水をする家人の姿が見られますし、そういう家の窓辺には、よしずやすだれが美しく陰を作り出しています。
 友人のMさんは,京都の旧家の生まれ。彼女のお母様は今でも梅雨明けと共に、家の和室の襖(ふすま)や障子を全て取り外し、すだれや格子戸に清々しく掛けかえていらっしゃるそうです。
 全ては、暑さにしなやかに向かう京都人の風雅な心意気なのでしょうか。

 そんな京都の7月は、祇園祭で始まります。
 7月に入ると、街中では、祇園囃子の「コンチキチン」(と、聴こえることになっています)の音が賑やかに響き渡り、10日からは山鉾(やまほこ)建てや飾り付けが始まり、そうこうしているうちに、デパートや銀行などでも、女性の店員・職員の方たちが浴衣で接客を行い、道行く人は、街頭で配られる祇園祭のうちわを手にしながら涼を取り、・・・・街は皆で祇園祭を盛り立て、最高潮となる17日の巡行の日を今や遅しと待っているかのようです。

 毎年7月1日から31日まで一カ月間に渡り神事が行われる祇園祭は、1100年余りの伝統に支えられているのですが、今年は、49年ぶりに後祭(あとまつり)が復活することになりましたし、150年ぶりに再興されたという大船鉾もお目見えする、変化の年でもあります。
 その大船鉾の装飾を任された織物職人さんのこだわりの話や、長刀鉾のお稚児さんに選ばれた男子の取材など、京都版の新聞、テレビなどでは、連日、祇園祭関連の話題が取り上げられ、伝統に守られた誇り高き祭事であることを改めて印象づけられます。
 ちなみに京都では、祇園祭のお稚児さんに選ばれるということは、子々孫々に至るまで、本人及びその家の「最高の栄誉」であることは間違いなく、実際、私自身も、70歳を超えていると思われる知人が、嘗て幼少期にお稚児さんの大役を果たしたことを、情熱を込めてこの上なく誇らしげに語っていたのに遭遇したことがありました。

 昨年までは、山鉾の総数32基が一斉に、17日の巡行の日に都大路を典雅に巡っていたのですが、今年からは17日までを「前祭(さきまつり)」として、23基を巡行させ、その後24日に「後祭(あとまつり)」として、残りの10基を巡行させるという、二回に分けて行われることになりました。
 従って祇園祭の巡行は、これまでより一週間長く続くわけです。

 「後祭」を復活させたのは、本来の伝統に回帰するという意味合いからでしょうけれど、でも、もう一つの側面としては、恐らく観光客が余りにも一時に殺到してしまって、危険を伴う所まで来ており、その回避が急務だったとも聞いています。

 7月14日は宵々々山(よいよいよいやま)、15日は宵々山(よいよいやま)、16日は宵山(よいやま)と呼ばれて、四条通りは歩行者天国となり、屋台も出る夜の街に祇園囃子が賑やかに響く一方で、神霊を神輿に遷す神事などが厳かに取り行われ、祇園祭巡行の日に備えてゆきます。
 クリスマスのイブとかイブイブとかいう言い方に似ていますが、イブイブに何か特別なイベントが行われたりするわけでもありませんので、一カ月近い日数をかけて周到に準備される祇園祭は、類まれなる勇壮な神事と言えるかもしれません。

   前祭の賑わい
 前祭山鉾巡行は、17日午前9時に四条烏丸をスタートして約2時間かけて市中心部を巡行します。
 数ある山鉾の中でも、その筆頭は何と言っても、先頭を切る長刀鉾(なぎなたぼこ)かと思うのですが、これを見るために、午前9時を目指し、全国各地から観光客が集結する中で、なんと我が家は長刀鉾から徒歩2~3分の距離、ちょっと外に出れば、祇園祭の特等席、スタートラインが目の前にあると言うわけなのです。

 いつもは祇園祭と入れ違いに、東京で仕事をすることが多い私なのですが、今年は、珍しく在宅でしたので、これは見にゆかなくては観光で訪れる皆様に申し訳が立たない??という気がして、9時10分前に所定の位置についていました。

 長刀鉾に乗り込んだ稚児が行う、「しめ縄切り」(神域との境界を示すしめ縄を太刀で切り落とすという神事)の瞬間をキャッチです。
  長刀鉾に乗る稚児(1)  長刀鉾に乗る稚児(2)
 余りの雑踏の中で、充分に写真が撮れませんでしたが、実際に間近にみると、この上なく真剣なまなざしの稚児役の男の子が、衆人の見守るプレッシャーをはねのけつつ、健気に堂々と任務を遂行していました。
巡行を見送る
 この後、いよいよ先祭りの山鉾巡行のスタートです。 

 この子も70歳を過ぎた頃、この日の事を懐かしく語るのでしょうか?

 今年も17日の巡行が滞りなく終わり、出発点に戻ってきた山鉾は、その日のうちにあっけない程の手際の良さで解体されてゆきました。
長刀鉾の解体の様子
 ・・・・重量も高さも巨大で、威風堂々とした山鉾ですので、このままの状態では、これを33基も保管する場所などないでしょうから、釘一本使わず、縄だけで木材を山鉾の形に組み立てるという名人技が生み出されたのでしょうね。組み立ての様子は以前の記事→をクリック)をご覧ください。
 山鉾は太く頑強な木片に戻り、所定の場所に収められ、再び引き継がれてゆく「来年」をまた、静かに待つのでしょう。

 そして、それと入れ替わるように、この17日中に次の後祭の主役になる残りの10基が組み立てられます。
 24日の花傘巡行の後に始まる還幸祭は、神幸祭(17日の神事)とは逆コースで巡行されるのです。

 夏の京都の祭り、とにかく暑さは尋常ではありませんから、熱中症にならないように留意なさって、それでも一見の価値はやはりあるのではと思います。

 「後祭」はこれからです。
 「そうだ、京都に行こう!」・・・よろしかったら是非!
 ゆったりと流れる古人の風雅と、その風雅を誘う音曲の音色を、心ゆくまで五感に沁み渡らせてみてください。




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コンサート・ラジオ出演のお知らせ

   コンサート・FMラジオ出演のお知らせ

 昨年11月から8回に渡ってゲスト出演して参りました「SUNSTAR WEEKEND JOURNEY」ですが、無事8回目の放送を終えることができました。
 これまでお聴きいただき、また温かいご感想やお励ましの言葉をお寄せ頂きまして誠にありがとうございました。
 ラジオ出演の貴重な経験を、今後の活動の糧として更に生かして参りたいと思っています


*FMラジオ出演のご案内

 「サンスター・ウイークエンド・ジャーニー」 (SUNSTAR WEEKEND JOURNEY)
4月に引き続いてのゲスト出演、七回目、八回目の放送日が決定しました。
七回目は、シャンソンとシャンソン訳詞の知られざるトピックスを特集する予定です。
そして、八回目は、夏のシャンソンのご紹介です。
秋(10月)、冬(1月)、春(4月)と季節を追ってお送りしてきましたが、今回はその締めくくり。
眩しい初夏に映える素敵な曲をご紹介したいと思いますので、是非お聴きください。
 
   
   七回目出演  FMCOCOLO(関西地区)  2014年7月5日(土)23:00~23:30
             FMヨコハマ(関東地区)   2014年7月6日(日)22:00~22:30

   八回目出演  FMCOCOLO(関西地区)  2014年7月12日(土) 23:00~23:30
            FMヨコハマ(関東地区)   2014年7月13日(日) 22:00~22:30

 皆様に楽しんで頂けるよう更にパワーアップしたいと思います。どうぞお楽しみに!
 


*訳詞コンサートのご案内
 
  松峰綾音訳詞コンサートvol.8
  2014年10月18日(土)16:30~ 於 内幸町ホール(新橋)


 2月に次いで今年2回目の訳詞コンサート、4年ぶりとなる内幸町ホールで開催致します。詳細はまた順次ブログにてご案内致しますので、どうぞ是非お越しくださいますように。


                     (通常のブログ記事は、この下の記事から始まります)

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ラジオの収録を終えて

   一年が過ぎました
 「計8回のゲスト出演を!」というお話を受けて、昨年の11月から出演させて頂いてきた「sunstar weekend journey」ですが、先日の7月6日(日)に第7回分の放送が終わり、残すところあと一回、今度の日曜日7月13日(日)(関東地区) (関西地区は7月12日(土)です)を待つばかりとなりました。

 思えば、昨年の7月に、制作スタッフの方たちとの初顔合わせがあり、すべてがこの時にスタートしたことを懐かしく思い出します。
 「私達は、こんな番組を作りたいと思っているのです。」というところから、熱心にお話を進めて下さいました。

 「sunstar weekend journey」という番組、昨年10月に始まった新番組で、従って、初打ち合わせをした7月の時点は、まだ準備段階、番組のコンセプトを詰めている最中でしたので、この時期から関われたことで、ただ単にゲストとして出演するだけでなく、一つの番組が誕生してゆくまでのプロセス、・・・・様々な手順、制作側のヴィジョン、意気込み、試行錯誤、・・・などの一端を、垣間見る貴重な経験が出来たわけです。

 一年間という流れの中で、制作現場に関わる方たちの、番組に対する真摯な思いに触れてきましたので、「番組の評判は良く、順調な滑り出しとなっている。」と伺い、とても嬉しいです。
 そして、その中のほんの何パーセントかでも、私自身も貢献できればという思いで、一生懸命に力を注いできたこと、何よりもスタッフの方たちと共に心を合わせて歩んだ時間があったことに、しみじみとした感慨を感じています。

 「ラジオ番組は、その時間になると自然とチャンネルを合わせてしまう、いわば生活の一部となって自然な感じで溶け込めた時、ようやくリスナーに認知されたことになる。」と、或るスタッフの方が言われましたが、なるほど!
 そういう意味でも、ずっと愛される魅力的な長寿番組となって欲しいです。

   いつもの風景の中で
 今回の収録の日。
見慣れた横浜の風景
 FMヨコハマのある桜木町駅に降り立つと、いつも通りの風景が迎えてくれます。
 
 一回一回の収録は、いつもドキドキと心地よい緊張感でときめいていますし、そんな思いに満たされながら見る<いつもの風景>は、今、初めて見る<新たな風景>となって新鮮に心に飛び込んできます。
ランドマークタワーからの風景
 でも、そこには、積み重ねてきた過去の時間が重層されていて、そんな風に、<今という時間・風景>を感じられるのは幸せなことなのでは、と痛感しながら、また同じアングルで記念のシャッターを切ってみました。
 そして、ランドマークタワーのラウンジから眺めた窓辺の景色。
 流れる水を楽しむ寛ぎの設えです。

 帰路。
 目に入ってきました。
 ペーブメントのあちこちにこんなタイルがはめ込まれていて、これも横浜らしい意匠ですね。
     歩道の飾りタイル     市内を周遊する「あかいくつ」バス
 そして、市内の観光スポットを周遊する可愛らしい「あかいくつ」号。

 秋から冬、春、そして今回の夏。
 伝えたいテーマを定め、シャンソンと訳詞の興味深いトピックスを練り上げて、そしてこれはと思える曲を紹介してきましたが、その8回の内容が、いつの間にかパズルのピースをはめ込む様に、自分の中でも一つに繋がってきた気がします。
もっともっとお話したいことがあり、お名残り惜しい気がしてしまいますが、でも、今そう思えることは、この上なく幸せなことなのでしょうね。
 お聴き下さった皆様、温かいご感想をお寄せ下さった皆様、本当にありがとうございました。

 シャンソンについて、訳詞について、音楽について、文化の多様性について、・・・・・私の話が、皆様の様々な興味を広げていただけるきっかけになったらとても嬉しいです。

   収録点描
 「sunstar weekend journey」のHPにブログが出来、毎週のゲストの紹介と写真を載せることになったようです。
 先日の7月6日のブログに、私の収録風景が紹介されています。
 このURLです。→ http://blog.fmyokohama.jp/journey/
 
よろしかったらチェックしてみてください。
   
 そしてブログに添えられた写真です。
 収録の日にスタッフの方が撮って下さいました。
収録風景2
 DJの本村さんとも、回を重ねるごとに益々意気投合。
 それぞれのゲストとその世界に、自然に向き合いながら、話を受け、進めてゆく、さすが彼女はプロだと感じ入ります。
 トークの魅力って、単に技術的な巧みさだけではなく、対象となる「人」「世界」に対して、虚心に、好奇心を持って、寄り添うことから生まれるのかもしれませんね。
 収録時には思わず盛り上がってお話が発展して行くのですが、実際の放送では、話が飛んでゆく部分はちゃんとカットされていたりします。
 本当は、そこが結構面白い話だったりするのですが、限られた放送時間に収めなければいけないので、ディレクターさんはご苦労なさっているのでしょう。
 でも中には、30分の番組なのに、二時間近くも熱く語り尽くす外人のゲストの方など多くいらっしゃるそうで、・・・「松峰さんのお話は、ほとんどそのままでぴったり時間の中に収まるので、本当に有難いです。」といつも感謝していただいています。
  ・・・これはきっと、長年の教師生活の中で培われた私の特殊能力、授業時間内にしっかりと話を完結させる時間感覚が、身に沁み込んでいるためなのではと思われます。

 このブースの向こうには、大勢の方たちが収録に立ち合って下さっています。
 そして、休憩の時など、「この曲は雰囲気があって僕は好きだな。」とか「訳詞によってこんな変わるなんて驚き!」とかいう、テンションの上がる嬉しいコメントが飛び交い、たぶん、そうやって私の士気を高めて下さっているのでしょう。
 和気藹藹と楽しい空気の中で、単純な私はいつの間にか木に登っておりました。

 この日は、『time to say goodbye』を取り上げたのですが、「ブライトマンとボッチェリのどちらの歌が好きか?」など、ギャラリーから熱く語り合う声も聴こえてきて、何だかとても気持ちが温かくなりました。

  他に『愛の讃歌』と『街』も取り上げて訳詞の重要性についてお話してみました。たまたま良く知られている曲に触れたためか、いつもより、届いた感想が多かったようです。
収録風景1
 収録ブースの中の大きなマイクに向かうと、緊張したり、少しカッコつけた気取った声になったり、反対にムニャムニャと声がこもってしまったり、・・・締めくくりの回なので、これまでのそういう課題を少しでも克服して、楽しく自由にお話しようと心掛けたつもりです。
 マイクの先の見えない向こうの、耳を傾けて下さる方たちへ、まっすぐに届きますように、そんな思いで一語一語を発していました。

 さて、その成果が表れていると良いのですが。
 明日7月12日(土)(関西地区)と明後日13日(日)(関東地区)、よろしかったらどうぞお聴きになってみてくださいね。


 

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