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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

バンドリハーサルの一日

 コンサートの準備をしていると、飛ぶように日が過ぎて行きます。
 朝、寝床で一日の段取りを考えて、気合を入れてから起きるという、「働く日本人」代表みたいな悪しき習慣が最近付いてしまいました。
 スケジュール帳ばかり見て過ごしている私に、「シャンソン歌っているんだったら、もう少しゆったりと、その日の風に任せて生きてみたら。」と、口の悪い友人がからかって言いますが、なるほど名言、図星かもしれません。

 後一か月に迫ってきて、まだ懸案事項は山積みなのです。
 でも、そういう時間を粛々と過ごし、余裕を持って楽しめないと、本当に味わいのあるコンサートに辿り着けないのでしょうね。
 コンサートは、いわばとてもわかりやすい「晴れの日」ですが、その一日を支える密やかな沢山の「ケの日」に支えられていることを思えば、その「ケの日」の生き方、心構えこそが実は大切なのだと、折に触れて気付かされます。
 そして、実は「ケの日」の中にも、小さな「到達点」が随所にちりばめられていて、その「到達点」は、同時に次への「スタートライン」にもなっている、・・・・ コンサートを目前にした緊張感の中に居ても、いつも自然に微笑みながら、ひと時ひと時を柔らかく丁寧に過ごしてゆきたい、今そんなことを思っています。
 
   ハーモニーが生れる時
 数日前、バンドの音合わせがありました。
 友情出演して頂く、ヴォーカルの石川さんと、アコーディオンの早川さんのお二人とは既に何回か合わせをしていますが、他のバンドメンバーとは初めてのリハーサルでした。
 澄み切った秋空、涼風の吹き抜ける中、高円寺にある音楽スタジオに全員集合。

 普段は、ライブ会場にも使用されているゆったりとしたスタジオでのリハーサルです。
 準備が整い、早速演奏スタート。

 何しろ、次に皆が揃うのはコンサート当日。
 練習日は、正真正銘、この一日だけなのです。
 しかも、私の取り上げる曲は、「日本で未紹介のものを中心に」と銘打っているように、皆様、初めて出会う曲が殆ど。
 これまで数知れないシャンソンコンサートを手がけてこられて、シャンソンに造詣の深い、ベテランの舞台監督、松浦さんに、「松峰さんは、いつも斬新な曲を取り上げて挑戦するから、本当にすごいよね」とおっしゃって頂きました。
 「面目躍如!」と、思わず曲のうんちくを傾けたくなりましたが、全曲の21曲を、この日の限られた時間の中でクリアしなければなりませんので、余計なおしゃべりは禁物、演奏を進めて行くことに専念しました。
     音合わせ
 ピアノの三浦高広さん、ご存じ、三浦先生。
 今回初顔合わせとなるベースの小野照彦さん。ジャンボさんと呼ばれるのも頷ける恰幅の良さ、ベーシスト然とした素敵な方です。
 内幸町ホールでの訳詞コンサートで、これまで2回共演して下さったシンセサイザーの藤山正史さん。近寄り難い風格をいつも感じていましたが、笑顔が優しい、気さくなお人柄であることを今回発見してしまいました。
 三人のミュージシャンの奏でる素敵な音楽が写真からも醸し出されてくるようです。その側でマイクを持つ黒のワンピース、ノースリーブで気合が入っていますが、松峰です。
 
 まずは一度、曲想をつかみ、曲作りをしてゆくために、歌を交えながら演奏してみます。
 それで、「このタイミングでベースが入って」とか、「シンセの音のイメージはここはフルートかな」とか、「こちらの音はピアノで鳴らすことにする」とか、バンドマスターの三浦さんを中心にテンポよく曲作りがなされて行きます。
 そして、あっという間に、二回目の演奏は、一回目とは雲泥の差の完成度、これに合わせて歌う時、何とも言えない感動を覚えます。
 それぞれの楽器の音色と肉声とが溶け合い、新たに生み出される、出来立てほやほやのハーモニーが心地よく響いて、私には本番に匹敵するくらいの陶酔感があり、この瞬間がたまらなく好きです。
 コンサートを作って行く過程でこそ味わえる醍醐味と言えるかもしれません。

 真剣勝負のスタジオの中、そっと写した写真をご紹介します。
舞台監督の松浦さんとアコーディオンの早川さん
 演奏時間を計り、音響の調整をし、演奏の録音も撮って下さる大忙し、マルチな舞台監督の松浦進一さん。
 そして、アコーディオンの早川幸子さん、出番待ちで演奏に聴き入っていらっしゃるところですね。

ヴォーカルの石川さん
 ヴォーカルの石川歩さん、彼女の澄んだ歌声が響いてくると、うっとりとしてしまいます。私たちのデュエットも益々好調です。




   

   マリア像に守られて
 小野さんと三浦さんのツーショットです。
 その小野さんのベースなのですが。
ベースの小野さんと三浦先生
 ガスパロ・ダサーロという小野さんご愛用の名器、1600年頃イタリアのベルシアで作られて、裏板の首のあたりに、何と聖母マリア像が埋め込まれているのだとのお話。
 藤山さんが、そっと「ものすごく高価なんだよ」と教えて下さいました。  
名器のベース

 <マリア像が埋め込まれている?>それで、私たち女性群は興味津々、「見せてくださ~い!」と思わずお願いして、しばし観賞タイムとなりました。

 これが、マリア像です。楽器の中にまさに魂が宿っているのですね。
 コンサート本番もステージを見守って包んでいてくれる、そんな気がして温かい気持ちになりました。


休憩タイム

 そして、和気藹々と休憩時間。
 皆で創り上げる素敵なハーモニーをどうぞご堪能頂けますように。

 このメンバーで10月18日、本番に臨みます。



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写真の中の夏(2) ~浅間高原にて~

 相変わらずの天候不順で、各地に豪雨による被害も頻発しています。
デング熱やエボラ出血熱などの、少し前までは考えもしなかったような病まで、身近なものとして警戒せねばならぬ昨今、「それもこれも温暖化の影響で、急激に自然環境が変わってきているためなのでは」と、日常の挨拶代わりに皆がそんなことを口にするようになってきました。
 けれど、そんな日々の中でも、涼やかな秋風は吹き、季節は確実に巡っていることを感じます。

 コンサートの準備にいよいよ加速度がついて、目下、疾走中なのですが、つい先程、プログラムの草稿を書きあげて、今、心地よい解放感に浸っています。
 明日は、バンドのメンバーが一堂に会しての音合わせがあり、それを考えると気合が入りますが、だからこそ、<忙中閑有り>の、こういう時間は、ほっとします。
 ひと休みしながら、前回の「写真の中の夏(1)~横浜にて~」の続編を記してみることに致します

   晩夏 浅間高原にて ~語らいの時~
 前回の記事の中で、カメラマンの沢木さんと夏の初めに、横浜へ撮影に行ったことをお話しました。
 彼女のシャッターを切る時の生き生きとした集中力や、写真について何気なく話して下さる言葉に、とても興味を惹かれたのですが、今回は、この夏のもう一つの写真のお話をしようかと思います。

 以前ご紹介した記事「ライムソーダの夏」に繋がるのですが。
 偶然のご縁で、或る写真家の方、Aさんと懇意になったことは、既にお話した通りです。

 そのAさんから、「面白い友人を、是非ご紹介したいから、良かったら皆でお茶でも一緒に如何ですか」というお招きを頂きました。

 Aさんの夏のお住まいは、「山男」さんのご自宅に近い浅間高原の一角にありました。
 高台に建てられた、しっとりと落ち着いた山の家、眼下に沢が流れて、間断なく聴こえてくる柔らかい水音と、木々の間を行き交う小鳥の声とが、心地よく混ざり合い、こういう音を聴いているだけで、うっとりと心が解放されます。
 夏木立の緑と、抜けるように広がる青空がリビング一面に開けて素敵でした。

 ご紹介して下さったお友達は、Aさんのご著書の編集をずっと手掛けていらっしゃるという編集者の方でした。美術関係の出版だけでなく、幅広いジャンルに関わって、ご自身で執筆もなさるとのこと、穏やかな物腰と、言葉を選びながら、でも率直に気さくに話されるご様子に、すっかり打ち解けてしまいました。
窓辺の語らい
 訪れた二人で、しばし、Aさん宅のリビングからの眺望に見入っています。
 撮影はもちろんAさん。
 写真の中から、「川の音が聴こえますねえ」「俗世を忘れて気持ち良いですねえ」という会話が聴こえてきそうです。

 私の歌を是非!というAさんのリクエストで、コンサートの時のCDをお持ちしたのですが、お二人の静かに耳を傾けて下さる様子に、何とも言えず温かい気持ちになりました。
 編集者の方、Oさんは、歌詞の内容や言葉についても、「この表現はとても面白い」とか、「フランス語の原詩でもこういう言い回しをしているのですか?」とか、感想や質問を熱心に伝えて下さいました。
 どこがどう面白いかまで、的確に語って下さる方にはそうそう出会えません。しかもそれが的を得ているので、訳詞家松峰としては大満足、すっかり意気投合してしまいました。
 一度歌を聴いただけでは、なかなかそこまで味わい切れないのが普通ですが、やはり言葉と関わり、言葉を相手にお仕事をなさっていらっしゃる方は違うのかしらと思います。

 大学時代、国文学科の級友たちと共に、喫茶店で文学論を戦わせ時を忘れた、そんな頃を彷彿とさせるような懐かしさ、居心地の良さを感じました。
 Aさんの撮影秘話や、ライフワークのお話。
 Oさんの出版、編集関係のお仕事のこと。
 私のシャンソンと訳詞に関わるよもやま話。
 真面目に、時にユーモラスに語り合い、楽しいひと時でした。
インタビューアー?
 Oさんと、話が弾んでいる様子をカメラが見事に捉えています。
 アップで写っていて恥ずかしいですが、でも、とても楽しそう、インタビュアーみたいな表情をしていますね。

 Aさんの傍らには、いつもカメラが置かれて、まるでAさんの一部であるかのように、ちょこんと端座しています。
 それで、カメラを構えていることを全く感じさせず、いつの間にかシャッターが切られます。その一連の動きそのものが、もう既に美しく、感じ入ってしまいました。

   美味しい写真 三葉
 「雨上がりで、もみじが鮮やかで綺麗ですね」そうおっしゃりながら、何気なくこの一枚。

    雨上がりのもみじ

 先程までの雨も降り止んで、一すじ射してきた陽射しも、風にはじけて飛びそうな水滴も、皆、喜んで躍動しているように写っています。

 「ライムを切ってくれますか。」
 「はーい」
ライム
 ただ、切っているだけの写真なのですが、写真を見ていると、いっぱしの料理人になった気がしてきます。
 ライム色は、私のこの夏のシンボルカラーとなりました。
 酸っぱい香りが写真一杯に香ってくる美味しそうな一枚です。

 そして、この一枚。
美味しそうに盛られたおつまみ
 既におつまみ状になって売っているチーズをただお皿に並べただけなのですが、何だか、素晴らしくて感激です。
 コロコロと転がってきたようなライムが向こうに写っているのも憎い。

 沢木さんの「お皿だけでなく傍らのものを一緒に写すと美味しそうです」の言葉が思わずよぎりました。

 <素敵な写真を撮る秘訣は?>との私の質問に、Aさんの言葉。
   「写真は、静止したものを撮るのではつまらない。
   人でも物でも、対象の動き、間断のない動きの一部を切り取って、その一枚から、更にどこまでも続いてゆく躍動が伝わることが大切。」

 奥が深いですね。
 一葉の写真から、声や音が聴こえてきたり、光や影の動きが見えたり、限りなく続く人の躍動感を捉えたり、・・歌も、歌い終えた後に、想像の世界や余韻が限りなく広がってゆくものでありたい・・・どこか重なる所があるのを感じました。

 そんな素敵な出会いのあった今年の夏の終わりでした。
 


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写真の中の夏(1) ~横浜にて~

 9月になりました。
 残暑の中にも、どこか秋めいた朝夕の風を感じます。
 「稲の穂先が黄色く色づき始めて、やはり秋なのだなと・・・」と書かれた友人の便りにはっとさせられました。季節は確実に移っているのですね。

 最近、なかなか記事を更新できず、申し訳ありません。
 今年は夏バテもせず、体調は万全なのですが、コンサート関係の諸事が今一度に動き出して、かなり時間に追われている状態です。

 ご案内状やチケット発送などのお手紙三昧の日々、そして、コンサートの構成・演出の検討、事務的な諸事、プログラム冊子の原稿執筆、何よりも曲を完成させてゆく時期でもあり、コンサートをするからには、当たり前なのですが、多岐に渡る事柄のどれもが必要で、こういうプロセスを楽しみながら平常心で乗り切る力がいつも自分に試されている気がします。

 9月はそんな種々の課題と向き合いつつ、何よりも自らに挑戦してゆく時。
 健康でそういうことに邁進できる恩恵に感謝しつつ、ベストを尽くしたいと思います。

   初夏 横浜にて ~フライヤーの写真~
 さて、この写真、今度のコンサート『街の素描』のフライヤーに使用したものですが、実は、結構、反響=質問がきているのです。
街のそぞろ歩き
  一般的に、コンサートポスターには、歌い手の顔写真をメインに据えるものが多いかと思うのですが、私の場合、何となくそれが憚かられて、これまでは、小さく顔を載せるに留めていましたので、今回は異例中の異例、勇気ある決断でした。
 
 『街の素描』というコンサートタイトルから、<素顔のまま、自然に歌の世界をデッサンしてみたい>というような思いもあり、それなら、普通に街を歩く姿を、と思い立ったのでした。
 着慣れた白いワンピース。
 さすがに何となく恥ずかしくて、この夏は、クローゼットにしまい込んでいます。

 質問<その一>
 「いつもの服でいつもの顔で、どういう心境の変化?」という鋭いご指摘へのお答えでした。

 質問<その二>
 「パリ?それとも日本?」。
 <パリにも見えて、大成功!>と密かに大喜びしているのですが、以前ご説明しましたように、撮影場所は横浜なのです。
 「後ろの何人かが何となく日本人ぽく見える」とか、「ランドマークタワーに似たビルが後ろに写っているのでは?」とか、  「うっすらとした道路標識が日本語のような気がする」とか、皆様、それぞれ鋭い観察力で感服です。
 凝り性の私ですので、必要ならパリまででもの勢いはあるのですが、でもごく普通の街で素敵な雰囲気が出せれば、それは却ってお洒落でもあるわけで、そういう意味でも、とても気に入っている写真なのです。
窓辺からの街

 『街の素描』ポスターにどちらを使おうか迷ったもう一枚の写真をご紹介します。

 窓辺で街をじっと眺めている、そんな写真です。

 質問<その三>
 「どのように撮影したの?」。
 初夏の早朝、横浜、少し小雨の降る中、カメラマンの沢木瑠璃さんと撮影助手を引き受けてくださったMさんと私の三人で、いくつかの写真スポットを巡りました。
 フライヤーの写真は、山下公園通り周辺での撮影です。
 朝で人通りはまばらだとはいうものの、人が途切れる時を見計らって、何度か同じ道を行ったり来たり・・・。
 プロのモデルではありませんから、照れくさくて妙に居心地が悪く、何ともぎこちない動きとこわばった表情になってしまいます。

 でも慣れは恐ろしいもので、繰り返しているうちに、程なく少しずつ平気になってくるものなのですね。沢木さんの自然なリードと、Mさんの的確な心配りのお陰で、写真を撮られているという意識も次第に消え、歌の主人公になったような楽しい気分での撮影でした。

   「あっ、素敵だなと思う時」
 私は昔から写真の観賞眼は結構あるのではと密かに自負しているのですが、撮影に関しては全くの素人ですから、常々機会があれば基本だけでも習いたいと思っていました。
 
 絵画のように、無から有を生み出す創作とは違って、写真の場合、対象は既に目の前にあるわけですが、レンズ越しにそれを如何に捉えるか、どう切り取って一葉の写真に焼き付けるのかという、カメラマンのセンスと感性にかかってくるのでしょう。
 対象の何に心を動かされるのか、どんな瞬間を撮りたいと思うか、そこには撮影者自身が投影されるのでしょうし、でももしかしたら、そういう撮影意図も忘れ、無心にシャッターを切る時、偶然に生み出される「この一枚」という僥倖もあるのかもしれません。
 勿論、その偶然自体も撮影者によって導き出される必然なのでしょうが。

 コンサート写真はこれまで沢木さんに撮って頂いていますので、彼女から、写真の魅力に触れる機会も多く頂いているわけです。
 彼女の写真の一番好きな処、それは「対象に対しての慈しみがある」ところかなと思います。
 「対象」は人であったり物であったり景色であったりするわけですが、いずれにしてもじっと心を澄まして、そのものの美しいところを繊細に捉えて、温めるようにシャッターを押していらっしゃるように思います。

 「写真はお料理と同じ。どの味が正解ということはないんです。
 それぞれの人がそれぞれにしか出せない味を出す。それを大切にして楽しんでゆくことが良いのではと思います。あっ、素敵だなって思う時を逃さずシャッターを押す。素敵さを一番生かすにはどうすればよいか、そこから工夫も生まれてくるのでは。」
との言葉が印象的でした。

   美味しい写真
 撮影も終わってほっとした後のお食事は、外人墓地近くの瀟洒なレストランでした。
 皆で盛り上がりながら、出てくるお料理を撮影。
 オードブル、そしてデザート。
   撮影終了後のひと時のレストランで    デザート
 彼女の写真です。
 一口アドバイスは、「そのお皿だけ取るのではなく傍らのフォーク、ナイフとか、カップも一緒に奥行きを出しながら写すと美味しそうです。」
 「そのお料理の中で何を一番撮りたいか、心が捉えるポイントにピントを合わせてみると良いです。」

 受け売りのワンポイントレッスンでした。
 試してみてくださいね。

 今年の夏は、こんな写真撮影からスタートしたのでした。
 次回は、もう一つの写真のお話をしたいと思っています。



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