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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

『冷たい夜のダンス』

カット   10月つれづれ
 秋もいよいよ深まり、でも寒いという程でもない気持ちの良い季節。
 柿色や栗色やワイン色のショールを肩に掛けて、ロングブーツで街を闊歩してみたくなります。

 今日は眩しい陽射しの一日だったので、クローゼットを<晩夏・初秋>から<晩秋・初冬>ヴァージョンへと入れ替えてみました。
でも<厳冬>のコートなどはまだこの季節には似合わないので、仕舞ったままにしてあります。

 私は昔から、季節に合わせて、まめに衣替えや部屋の模様替えをすることに、かなり頑固なこだわりを持っています。
 扇風機も暖房機も一緒に部屋の中に置かれてあったり、ダウンジャケットとノースリーブのワンピースが一緒に掛けてあったりするのは、自分の中の日本的美意識に照らすと、「よろしくない」と感じてしまう古いタイプの人間なので、その結果、何だかいつも忙しいのですけれど。

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 バーモントの秋の写真
 書斎に掛けてあるカレンダーはアメリカの北東部バーモントに暮らす友人が毎年贈ってくれるもの、10月はもうこんな紅葉の景色で染まっています。

  この時期のバーモントを嘗て訪れたことがありますが、大きなメープルの木々が一斉に紅く色付き、やがて枯れ落ちて道を埋め尽くす様は何とも穏やかでしみじみとした寂寥感もあり、静謐な情景です。
 バーモントでは、長く厳しい冬がもう始まろうとしているのでしょうね。

 そして行く秋を惜しむようにこの時期、どこの家でも飾られるこんなハロウィンの飾り。
ハロウィンの絵葉書
 私は20年近く前にアメリカに住んでいたことがあるのですが、この頃は日本ではまだハロウィンの事はほとんど知られていなくて、カボチャのお化けみたいなものを初めて見た時、かなり驚きました。
 ハロウィンの仮装行列やハロウィン・パーティーのこともこの頃、初めて知りました。
 アパートの私の部屋の前に、夕暮れ時、大勢の子供たちが仮装して訪れてきて、それがハロウィンキャンディーを貰いに来たのだと知って、慌てまくったことなども懐かしく思い出します。

 京都の街でも、ハロウィンの飾りが賑やかなのを見ていたら、そんなことを脈絡なく思い出してしまいました。
   
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 さて、今日は、「訳詞への思い」、11月と12月のコンサートで歌いたいと思っている『冷たい夜のダンス』という曲をご紹介します。


    『冷たい夜のダンス』
                  訳詞への思い<18>


 Axelle Red(アクセル・レッド)という歌手は日本では殆ど知られていないが、1990年代にデビューしたフレンチポップス界のアイドルスターである。
 1993年のファーストアルバム『sans plus attendre』(もう待たない)に、原曲の『Elle danse seule』(彼女は一人でダンスをする)が収められている。
アクセルレッド
 けれど、私がこの曲を初めて聴いたのは、2004年のアルバム『french Soul』(フレンチ・ソウル)にある別ヴァージョンのほうで、こちらは、初出のものよりも、かなりハードなソウルっぽい作りになっている。
 まさに『フレンチ・ソウル』というアルバムタイトル通りで、心の奥を突き動かすように響いて来るリズムと旋律がメランコリックで心地良かった。

 部屋の灯りを思いっきり落として、テーブルにカットグラスを置けば、自然とセンチメンタルな気分に浸れそうな、ツボにはまる感じの曲である。

 アクセル・レッドの、ちょっと背伸びした女の子の思い詰めたような声が、この歌詞を却って切なくしているようで、イメージが自然に広がっていく。
 
 私の日本語詩の書き出しは次のようである。

   流れてゆく 昼と夜
   彼女だけを 置いて
   傷の痛みは もう 感じないけど
   心は 夢を 探す

   すべて賭け 愛してきた
   彼は なぜ 信じない
 
   Elle danse seule
   彼女は 一人で 踊り続ける
   影に 答えを 尋ねる
   裸足のステップ 冷たい床に 凍える
   夜の ダンス


 夜が更けてなお、一人ダンスを続ける。
 「Contre le sol trop froid」・・・冷たすぎる床に対してor接して・・・彼女が踊る音楽はまさにこの<気だるく止むことのないスローなソウル>で、彼女は裸足で冷たく硬いフロアーを感じながら踊っているに違いない。
 つま先から、踵から、心まで、真っ直ぐに伝わってくるような痛さを身に感じているのに違いない。
 床に崩れるように倒れ、その冷たさに凍えるように眠るのかもしれない。
 凍えてしまいたいと思って、飽くことなく踊り続けているのかもしれない。
 
 もうずっと前だが、『ひとりぼっちの青春』というアメリカ映画を見たことを思い出した。
 1930年代の大恐慌の中での貧困がもたらした悲劇が描かれていた。
 「マラソン・ダンス」という名の、何日も何日も昼夜休むことなく踊り続けて、最後の一人になるまで競い、勝ち残った者が懸賞金を手にするという、過酷極まりない競技。
 それに参加する人々の苦悩がスクリーンに繰り広げられていた。細部の記憶はもう曖昧だが、主演がジェーン・フォンダで、極限を超え、疲労困憊し意識が空ろになっても猶も踊る、彼女の壮絶で悲痛に満ちた表情が突然思い出された。

 踊り続けることの意味は勿論全く違うのだが、踊っている姿の孤独、悲しさがここに重なって感じられた。

 映画の女主人公にとっては、踊ることが、やがて理不尽な社会や無責任な悪意ある好奇心への強烈な批判に高められていく。
 曲の中の彼女もまた、自らのダンスを止めない。
 彼女が自分を確認する最後の術であり、生きてきた証ででもあるかのように。
 愛を繫げようとするかのように。

 アクセル・レッド、その名の通り髪を赤く染めたシンガー。
 灯りを暗くして聴きたくなる、こんな歌手のこんな魅力的な曲もあることを、是非今度のコンサートでもご紹介してみたいと思っている。
     
                           Fin
                                                               
 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
    取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

 
 ではアクセル・レッドの歌う原曲をお楽しみ下さい。



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