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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

* それぞれの3月11日 <その一>

<アメリカから ~ Kさんのメール ~ >
20年来の親しい友人、Kさんから、14日にこのようなメールが届きました。

  今朝やっと電話が通じました。
  実家にみんないるそうです。
  水道とガスもあり、お手洗いも使えるそうです。
  古い灯油のストーブもガスの炊飯器も残っていたらしく、食料もすぐちかくのスーパーが開
  いているので、手に入るそうです。
  家の中も知り合いの方が来て手伝って下さったり、皆で協力して少しずつ片付けているそ
  うです。
  屋根の瓦は随分落ちたそうですが、今の所家にいられるようです。
  妹が母とも連絡が取れて、元気だそうです。
  昨日は、お電話でお声が聞けて、本当に心強かったです。ありがとうございました。
  また、ご連絡させていただきます。


 一言ずつ、確かめるように、電話の向こうの家族の声をなぞるように、書かれている言葉。 
「みんないる」 「お手洗いが使える」 「灯油のストーブが残っていた」 その一つ一つの、当たり前すぎる筈のことが、今どんなに有り難いことか、彼女の気持ちがそのまま響いてくる言葉だと思いました。
 そして愛情と感謝と希望と、無事を祈り続けていた彼女の意志に満ちた、輝くような言葉だと思いました。

 仙台に近いご実家の、いつも毅然として慈愛に満ちたお父様、最近は体調を崩されていた中でのこの事態が心配です。
 手術をなさったばかりで入院中の、朗らかで優しいお母様、病院とようやく連絡が取れたのですね。
 アメリカで生活する彼女をいつも思いやっている弟さん、妹さん、彼女を心配させまいと明るい声で、「大丈夫」と伝えたのに違いありません。(その後の報道によると被災地では、食糧やガソリン・灯油も不足してきているとのことですので心配です)

 Kさんの私信ですが、でも、きっと誰かを照らすに違いない彼女の言葉を伝えたいと思いました。そしてこれを読む誰かと一緒に、彼女と彼女のご家族のこれからを、そして更に大変な状況に遭遇なさっている多くの方々を応援したいと思いました。


 < 東京から ~ それぞれの点描 ~>
 I氏のお話。
 新橋近くのオフィスで会議中に地震があり、速やかにビルの中の全員が外に避難したそうです。エレベーターは勿論動かず、ビルの最上階から粛々と大勢の人が階段を下り、そのまま、近くの日比谷公園(広域避難所)に向かったそうです。多数の人達が集まってしばらく待機していたそうですが、段々深刻な事態が明らかになるにつれ、それぞれが帰宅手段を判断することとなり、JRの全面運休との発表の後、I氏は結局、徒歩圏外の同僚達と共に会社に戻って夜を明かしたそうです。
 オフィス街は帰宅難民の人達が一斉に移動を始めて、大勢の人達の行列が出来ていたけれど、パニックはなく、見知らぬ人同士も道を確認し合ったりしながら、非常に整然としていたというお話でした。
 会社に戻る道すがらのシティーホテルは、ロビーを快く全面開放していたようで、行き所のなくなった帰宅難民や移動できなくなった旅行者の方たちの緊急避難場所になっていたという事です。寒く心細い夜に、ひと際温かく、どんなにか救われたことでしょう。

 Cちゃんのお話。
 かなりの時間をかけて徒歩帰宅した方たちも沢山いらしたと思いますが、Cちゃんもその一人でした。二時間近い道のりを同方向の同僚と共に歩き始めたのですが、日が暮れて、停電で真っ暗な街を歩くのは何とも心細かったと言っていました。女性二人励まし合いながら歩いたけれど、同じように道を行く人達がねぎらいの声をかけ合って、嬉しかったそうです。
 緊急事態とはいえ、外国では夜女性が暗い道を歩き続けるなど考えられないような危険な国も多いと聞くのに、少しだけほっとするお話です。

 M先生、そしてEさんのお話。
 M先生は高校の教師。たまたま期末試験中でほとんどの生徒がいつもより早く帰宅しており、その時学校に残っていた生徒は100人足らずだったそうですが、その生徒たちと教職員とで一晩学校で夜を明かしたそうです。
 備蓄していた非常食と非常用毛布など分け合って凌いだそうですが、上級生が下級生の面倒をよく見てパニックは全くなく、見違えるようにきびきびと判断し動く生徒たちが頼もしく思えたと話して下さいました。
 Eさんの学校は、1000人近い生徒全員が学校で一晩待機となったそうです。この一帯は全面停電になったため、電話も機能せず、家庭との連絡も取りにくく、暖房も入らず、トイレの水のことなどに至るまで、状況は相当ひどかったそうですが、やはり助け合って落ち着いて過ごすことができ、一人の事故もなく、翌日無事帰宅できたというお話しでした。
 学校なので避難訓練など頻繁にしているというものの、こうなった時に初めて見えてくることも多く、今後に沢山の課題がある事は確かなようですが。

 長くなってしまいましたので、一度閉じて、<その二>に続きを書かせていただく事にしますね。

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