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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

* 「愛の約束」 その一 訳詞への思い<2> 

 エッフェル塔
  いつも、訳詞コンサートのフィナーレ、あるいはアンコールで歌わせて
いただいている曲、私には本当に思いの深い曲である「 愛の約束 」に
ついてご紹介してみたいと思います。  
 お話ししたいことが沢山あるので、今回は三回シリーズで連載致しますね。


     「 愛の約束 」  ~ ミュージカル「十戒」から ~ その一  
                                     訳詞への思い<2>

   ミュージカル「十戒」 
原曲は、「l’envie  d’aimer 」(愛することを切望して 愛したくて の意味)。フランスのミュージカル「les dix commandement(十戒)」のメインテーマ曲として作られ、出演者全員によってこのミュージカルのフィナーレを飾って高らかに歌われる曲であり、これが人気を博したため、Daniel Leviの歌でシングルカットもされ、フランスで154万枚の大ヒット曲となった。

 まずはこのミュージカルの紹介から。

 このミュージカルは、2000年にパリで初演されてから、2003年にヨーロッパ公演の全てが終わるまで、述べ240万人という観客動員数で、フランス演劇史上最高の記録を残している。

 「十戒」というタイトルから何となく想像できるかと思うが、モーゼの十戒が題材となっていて、旧約聖書の「出エジプト記」に載っているモーゼの物語をミュージカルに仕立てたものである。

 当時、ヘブライの民は、エジプト人の奴隷として虐げられた境遇の中にあった。
 ヘブライ人の父母によって生を受けたモーゼが、数奇な運命によって、エジプト王の養子として育てられるのだが、それが再び奴隷として貶められ、やがては奴隷解放の反旗を翻し、エジプト軍と戦うこととなる。
 物語の山場は、何といっても、モーゼが、ヘブライ人の一群を引き連れたまま逃げ場を失って紅海に面した断崖に追い詰められる場面だろう。彼が一心に神に祈った時、眼前の海は裂け、二つに割れ、一筋の道が出現する。ヘブライ人がこの海底の道を渡って逃げた後、再び道は閉ざされ元の海へと戻る。


 話が脱線するが、思い出すことがある。
 
 昔、昔のお話・・・
 小学生の頃、学校で映画観賞会というのがあった。
 講堂で全校の児童が一堂に会し、児童の情操教育の為に(たぶん)、文部省推薦の、ためになる映画を年に二回位上演する行事があったように思う。
 大体は自然や科学のドキュメンタリー物、或いは動物を主人公にした心温まる物語、などが多かった気がするのだが、その中で、確かに「十戒」が上演されたことがあったのだ。小学校二年生の時だ。
 今となってはほとんど映画の筋は覚えていないが、とにかくものすごく長かったことと、ヘブライの民が余りにも哀れであったこと、そしてそれを救おうとするモーゼは勇気あるこの上なく素晴らしい人であること、どんなに次々と困難が襲ってきてもめげず頑張ることに子供心に畏敬を感じたこと、そんなことが記憶の奥底に強烈に刻みつけられているから、鉄は熱いうちに打て、あの映画会はあながち無駄ではなかったのかもしれない。
 
 おそらくこの時上演されたのは、1956年制作のチャールストン・ヘストン主演の「十戒」、3時間余りの大スペクタクルで、封切りすぐではなく、公開されてかなり年月が経ち名作映画のお墨付きがついた頃に、学校に辿りついたのではないかと思われる。
 歴史的、宗教的背景もしっかりと描かれ、哲学的なメッセージを含んだインテリジェンスの高い「大人のための映画」だった。
 しかしなぜ、校長先生はこの長編映画を小学生に見せようと思ったのだろう?
 なぜ皆、居眠りもせず、おしゃべりもせず、それなりに分かったつもりで格調高く流れてゆく3時間という時間を観賞できたのだろう?
 昔の子供は結構大人だったのだろうか?
 CGなどない当時、特撮技術を駆使して、ちゃんと海が割れる映像に<オオオ~~>と一斉にどよめきが起こったのを覚えているが、でもさすがにもう一つの山場の、モーゼが神から「十戒」を受けそれを読み上げる場面は全く理解不能だった。なにしろ10歳にもなっていなかったので。


 話を戻すと。

 このミュージカル「十戒」は一度だけ日本公演が行われている。
 2005年2月下旬から大阪で、続いてそのまま3月初旬に東京で、それぞれ12回ずつの公演だった。
 私は大阪城ホールで、チケットを苦心して入手してくれた親友Jと共に観賞した。
 ホールに向かうまでの大阪城公園は梅がまだ綺麗に咲いていて、風に舞う花びらを受けながらホールに向かったのを懐かしく思い出す。

  この日、ステージを観ながら、「フランスのミュージカルはアメリカと違い、地味である」と教えてくれたミュージカル通の知人の言葉をふと思い出した。 
 
 確かにその通りだと心底思った。
 
 ミュージカル十戒の日本公演を企画したのは関西テレビ放送で、チケット発売の前、公演の数カ月前から関西テレビでは、特別紹介番組まで作って連日かなり肝入りで宣伝していた。
 『 スペクタクル 十戒 』と銘打ち、<至高のエンターテインメント>という売り文句であったから、どんな華々しい大仕掛けなステージなのだろうかと想像していたのだが、実際舞台を見てみると、そんなことはなくむしろびっくりするほどシンプルな印象で、これがアメリカ製だったら、海が割れるシーンなど、最高潮のテンションで演出するに違いないのにと思ったほどだ。

 けれど、パンフレットの解説には「ミュージカル史上初めてともいえる巨大な美術セット、舞台転換の多様化とシーンの多角的変化、背景の映像を効果的に取り入れることによって視覚的に訴えるロケーション設定…エキセントリックなステージ・・・」とあり、確かにその通りで間違ってはいない。
 
 地味でシンプルだと感じてしまったのはなぜなのだろう?
 こういう全ての華やかな演出を凌駕し、抑制してしまう何かがあるのかもしれない。
 それは何なのだろう?



 ここで終わるのもなんなのですが・・・あまり長すぎてもいけませんから本日はここまでとして。
 この続きは明日! また是非お付き合いくださいね。

                       その二へ続く


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