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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

卯月 つれづれ

 淡路での昨日の地震、被害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。

 昨朝5時半頃、京都もかなりな衝撃を受けました。
 いつも早起きの私、半分目覚めていたのですが、突然、携帯の災害警報が不気味に鳴り響いて、その直後、ドスンと体が底に突き落とされるような強い縦揺れを感じ、気味の悪い緊張に包まれました。
 近畿、四国、中国地方の広域に渡って震度4を超えたと発表になっていますが、確かに結構大きな揺れで、怖かったです。
 お陰様で私のところは実害なく済んだのですが、ニュースなどで被害の模様が報道されるにつれ、これまでの震災などとも映像が重なって心が塞がれます。

 一昨年の震災以来、日本のどこかで、予想を上回る異常な災害が頻繁に起こり続けている気がしますし、世界的にも自然のメカニズムがどこか狂い出していることを実感させられて、何か、近い将来に向かって、日々、ずっと待機状態を強いられているような嫌な緊張を感じます。
 だからと言って、どうすることもできませんし、でき得るだけの備えと覚悟は万全にするものの、じたばたしても仕方ないので、何事もなく過ぎて行く時間に感謝しながら、やりたいことと、やるべきこととをあまり先延ばししないで過ごしてゆきたいな、などと改めて思い直したりします。

   つれづれなる4月
 4月1日のコンサートを終えたら、少しホッとしたらしく、ずっと、夢遊病にかかったみたいに、毎日が過ぎています。
 そうはいっても、何もしてないわけでもなく、相変わらず所用に追われ、毎週、東京、京都を往復する多忙な日々であることには変わりはないのですが、いざ語ろうとすると、なぜだか、きちんと言葉が出てきません。
 更に言い訳をするなら、・・・花々が一斉に咲き乱れ、薫風香り、木の芽時となり、ただでさえ調子が狂ってくる季節であり、時まさにスギからヒノキへ・・・・相変わらず重篤な花粉症で、頭の中に春霞がかかっており・・・。

 そのような次第ですので、心もとないのですが、今日は、兼好法師に習って、浮かんでくるままにアトランダムな日常の素描をお話することになりそうです。

   花粉症の一考察
 記憶を辿ってみるに、私は四年前まで、断じて花粉症もその他のアレルギーの気配もありませんでした。
 苦しんでいる友人知人に同情するものの、正直あまりピンとこないままで、花粉症だからと、仕事や家事など、ストップしてこの時期ずっと冬眠に入ってしまう親友などに至っては、これは単に精神力の問題なのではと、密かに疑っていたのです。けれど、自分がなってみて初めて分かる辛さ・・・・本当に申し訳なかったと思います。・・・ごめんなさい。

 私は絶対大丈夫と豪語してきた手前、初めの二年間は「ただの風邪」と公言、どう考えても『花粉症』と正式に認めたのは二年前です。
 でも、いざ花粉症デビューすると、ウエルカム!!と温かく迎えられて、花粉症友達ができることにも初めて気づきました。病院の待合室での病気自慢みたいな盛り上がりがあるのですが、花粉症は病気ほどの深刻さはないので、安心して結構明るく話題に出来るのでしょう。

 これは、根拠のない個人的な感覚による推論なのですが、花粉症は発症した場所の花粉に一番反応する気がします。

 一杯のコップの水が、最後の一滴によってどっとこぼれ出すように、体内の閾値(いきち)を超えて発症する時、その引き金になる「花粉」が曲者なのかもしれません。
 具体的にいうと、私は京都で発症したわけですが、東京に行くと症状は和らぎ、京都に戻ってくるとまた突然ひどくなります。あまりにもはっきり表れてちょっと面白いです。ちなみに、東京で発症した知人は、私の場合と全く逆で、北山杉の遺伝子は関東の杉と違うのだと、勝手なことを言い合って盛り上がります。
 関西と関東の文化の境目は名古屋あたりだと聞いたことがありますが、この花粉への反応も植生などによって境目があるのでしょうか?
 初めスギだけに反応していたのが、今はヒノキやブタクサなど、結構季節が広がっていますし、それに伴って色々な種類のアレルギー症状もきざしている気がして、それがまた、黄砂やPM2.5 などとも結びついて、花粉症も結構大変な現代病になってきているのですね。

   フルーツポンチ
 ところで、話はがらりと変わり。
 幼い頃、美味しいと思った食べ物って、大人になってからも好物であり続けたりしますよね。そういう食べ物、何かありますか?
 私は、俄然、フルーツポンチとホットケーキなのです。
フルーツポンチ 
 3~4歳の頃の、美味しかった記憶が未だ残っています。
 横浜に住んでいたのですが、駅の近くに買い物に行く時いつも連れて行ってもらった、当時としては相当お洒落なフルーツパーラー。
 私はホットケーキとフルーツポンチが大好物で、子供心に、世の中にこんなに美味しくて、夢に溢れた食べ物があるのかと思っていました。
 あのパーラー、三つ子の魂ではないですが、記憶の底に味覚と共にくっきりと刷り込まれて今でも懐かしく思い出します。

 さて豆知識。『ポンチ』は日本での造語、本当は『パンチ』(カクテル)で、ライム果汁入りの甘いシロップをアルコールで割ってその中にフルーツを入れたものが『フルーツパンチ』で、スペインならワインで割って『サングリア』というわけです。子供の頃好きだった『フルーツポンチ』はアルコールの代わりに炭酸水が入っていました。

 「フルーツパーラー」もそんなわけで、私には今も好きな場所の一つになっていますが、でも、京都には意外にフルーツパーラーが少ないことに気が付きました。
 千疋屋や高野フルーツパーラーは、当然、全国展開しているのだと思っていたのですが、関東圏が中心なようで、高野フルーツパーラーが大阪にかろうじてあるものの、京都には両店共出店していないのです。
 京都は、何と言っても、みつまめとかの和系が主流で、フルーツポンチには、その気で探しても、なかなか行き当たりません。

   フルーツパーラーにて
 さて、そんなフルーツパーラーなのですが。
 先日東京でのお茶タイム、とても久しぶりに千疋屋さんに立ち寄りました。
 とてもとても久しぶりにフルーツポンチなど頼んでしまいました。
 フルーツポンチはノスタルジックで優雅な気分に浸れますのでお薦めです。

 ゆったりとした座席で、割と空いていたのですが、隣の席にカップルが座っていて、聞くともなく、会話がそのままクリアに聞こえてきてしまうのです。
 二人とも20代半ばくらいでしょうか、今どきにしては珍しく、とても改まった服装。女性はピンクのシャネル風スーツ、男性も白いワイシャツに紺のストライプのネクタイをきちんと締めて、初々しく緊張した面持ちで向き合っていました。
 人のプライバシーを覗く趣味は全くないのですが、「今日はよろしくお願い致します」のようなご挨拶から始まり、これは明らかにお見合いに違いありません。久しぶりでこういうカップルに出会った気がして、店内の少しレトロな雰囲気と、彼らのいでたち、物腰、言葉遣い、すべてが何だかとても懐かしくほほえましい気がしました。 

 もう一度念を押しますが、決して聞き耳を立てていたわけではありませんので。ホントです。

 苺ショートケーキと珈琲が二人の前にそれぞれ置かれているのですが、どちらも全く手を付けず、初めは、もじもじと言いよどんでいたのですが。
 M「ご趣味は?」→W「旅行です」
 M「僕も旅行好きです。どちらに・・・?」→W「京都が好きでよく行きます」
 ・・・・お見合いには必須の質疑応答かと・・・そしてこういう場合、京都と答えるのは大正解です。

2013年春 そうだ京都へ行こう 
 M「どの辺りに?」→「東山や嵯峨野が・・・」
 M「JRのポスター見ると、桜見にゆきたくなりますよね」→「あのポスターは本当にそのままを写しているのでしょうか?」
・・・・さすが京都の話題は盛り上がります。これは、誰もが持つ疑問のようですね。結構女性も乗ってきたようで・・・。

 こんな感じで、一澤帆布の兄弟の諍いの話や、南座の海老蔵5月興行の話題、はたまた、桜の見どころにどうすれば渋滞を避けて行かれるか、都路里の順番待ちは何時間まで許せるか等々、話は唐突にあちこち飛んで行くのですが、でも男性はかなりの京都通で、女性も話に惹きこまれてきて、なかなか良いムードになってきました。
 所々間違った情報も錯綜していましたので、訂正してあげたかったのですが、余計なお世話はやめて、それにこれ以上聞いては悪い気がしたので、速やかにフルーツポンチを食して席を立ちました。
 このお二人、なかなかナイスカップルに思えました。ご縁があってお付き合いが続くと良いですね。

 はす向かいの席には、仲のよさそうな年配のご夫妻が、談笑しながら大きなフルーツパフェを美味しそうに召し上がっていましたし、何だか穏やかな昼下がりのひと時でした。


 どうということのない普通の時間と心模様を綴ってみましたが、そんなことが積み重なって、日常の中にささやかな豊かさが生れるのかなと思っています。


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