
眠れぬ熱帯夜、いよいよ猛暑!酷暑!!炎暑!!!の長い日々が始まりました。夏バテ対策を万全に、何とか乗り切ってゆきたいものですね。
さて、一昨日7月14日は、フランスでは「Quatorze Juillet(7月14日)」と呼ばれる祝日、「革命記念日」でした。
映画の邦名にちなんで、この日を「パリ祭」と名付け、日本のシャンソン界では、これぞお祭りの季節、あちこちでこの前後にライヴやコンサートが盛大に開かれていて、私も既にいくつか出かけているのですが、今日はその中から、パトリシア・カースの公演をご紹介しようと思います。
カースとピアフ
昨年のこの時期には、「ジュリエット」が初来日したことをご紹介したかと思います。(よろしければご参照下さい。→「四曲のアヴェ・マリア」)
早いもので、あれからちょうど一年が経ったのですね。
千葉美月さんの主催する「ヌーヴォー巴里祭」では、フランスを代表する様々なシャンソン歌手を招聘してコンサートを開催されているのですが、今年は、日本でも知名度、人気共に抜群の「パトリシア・カース」が招かれたのです。
7月9日に大阪オリックス劇場で、そして2日後、東京文京シビックホールで、この二日間のみの、カース10年ぶりの日本公演でした。
前評判も上々で、コンサートチケットもあっという間に完売。
私はスケジュール調整をしているうちに出遅れてしまい、それでもようやく東京公演のA席をゲットし喜んでいましたら、今度は直前に知人から、「大阪のキャンセルチケットがあるのだけれど」と声をかけられて・・・・それが一階の前11列目真正面で、まず普通では手に入らないSS特等席でした。それで、これも縁、「ではこちらも」と譲って頂き、・・・・結局贅沢なことに大阪と東京の二回共聴きに行ってしまったのでした。
めったにない経験ですので、今日は、関西と関東それぞれの公演の模様をお伝えしようかと思います。
『現代のシャンソン界を背負う人気実力共ナンバー1のパトリシア・カース』
・・・・というパンフレットのフレーズもあながち誇大広告とは言えないほど、カースは、今やベテランの域の実力派で、何といっても、エネルギッシュでドスの利いた魅惑的な低音が特徴かと思います。鋭い眼差しとスレンダーな容姿に、硬派なカッコよさが合わさって、ロック調のリズムに乗ってシャウトする迫力がたまらないというファンが多いですし、これまでのシャンソンのイメージを一新した彼女の存在は、新しいシャンソンのシンボルになっていると言えるかもしれません。
そして、一方で、「シャンソンらしい」と感じる条件の一つ、どこかアンニュイなエロチシズムを持っていることも、日本で歓迎され受け入れられてきた所以なのでしょうか。
1987年に「マドモアゼル・シャントゥ・ル・ブルース」でブレークして、「モン・メック・ア・モア」「ケネディー・ローズ」など多くのヒット曲を出して、今もフランス内外ともにアルバム売り上げの上位を保ち続けているようです。
ただ、今回のコンサートは彼女のオリジナル曲ではなく、『Kass chante Piaf』(カース・シャントゥ・ピアフ)・・・<カース、ピアフを歌う>というコンサートタイトルで、アンコールも含め全て、エディット・ピアフの曲で構成されています。
「演歌の神様が美空ひばりなら、シャンソンの神様はエディット・ピアフ」との常套句の通り、名実共にシャンソンの第一人者のピアフですが、今年は、没後50年ということで、数年前から、国内外、映画、演劇、コンサート、様々に特集され取り上げられています。
カースのこの「カース・シャントゥ・ピアフ」も、そうした流れの中で企画されたものなのですが、これが生半可な規模ではなく、昨年11月からロンドン公演を皮切りに大々的な世界ツアープロジェクトを繰り広げていて、既に50数回を数えてきたその一環として、今回「パリ祭」に際する招聘と相まって実現した日本公演であったというわけなのです。
コンサートの中で、カースは「ピアフへのオマージュとして・・・」という言葉を繰り返していました。
<オマージュ>というのはフランス語で、「敬意・賛辞・献辞」などの意味ですから、<自分自身の中にあるピアフへの敬愛を込めてこのコンサートを捧げたい」ということになるのでしょう。
大阪公演
心斎橋から会場のオリックス劇場に向かう雑踏の中、遠巻きに見ても「ああ、あの人もカースのコンサートに・・。」とほぼ正確に判別できてしまったのはなぜなのでしょう。
これは、今回に限らず演劇やコンサートなどに行く時、いつも感じる<不思議>なのですが、演目が発する吸引力に、観客は観る前から惹きつけられ、一様に染められてゆくのでしょうか?
でも、シャンソンの場合には必ずしもそういう形而上学的な問題でもなく、専らシャンソンに関わっている人たちが(プロ、アマを問わず)醸し出す一種独特な華やかな空気によるものなのかもしれません。
他人事みたいに言っていますが、そういう私自身はどうなのかな?・・・・
関西中の、もしかしたら、西日本中のシャンソン人口が一気に終結したのではないかと思われるほど、会場は熱気に包まれていて、社交場のような盛り上がりでした。
そんなテンションの上がった中での幕開け。
期待のスペシャルシートは、カースの一挙手一投足、微妙な表情の動きまで、くっきりと味わえ、最高でした。
スクリーンに、パリの街の昔日の風景や、ピアフの在りし日の姿、更に、映画の一シーンのようにカース自身が登場する映像まで映し出されて、ステージを別次元の時間と空間に染め、歌の雰囲気作りを巧みに演出していたと思います。
カースは嘗て女優として映画に出演したこともありますので、その演劇的素養を生かしつつ、バックダンサーの青年と絡みながら、激しく踊り歌うステージを繰り広げていて、コンサートというより、ピアフの曲のイメージを視覚的にも作り上げてゆく音楽劇を見るような思いがしました。
その中でカースは着替えをする束の間退場するのみで、休憩も入れずにピアフの曲を23曲、一気に歌いあげてゆきました。
「ピアフの信念や喜び、夫マルセル・セルダンを失くした時の心の痛みなど、彼女の様々な感情にオマージュを捧げたいと思います」(プログラムより)
「オマージュを捧げることを目的として歌うとき、私なりの気持ちや経験、公私とも人生で学んだことなどを入れ込むようにしています。私自身がピアフの人生を舞台にして、歌の間の演出が成り立っています」(プログラムより)
カースが語っている通り、ステージの上には、ピアフに投影されたカース自身がまさに現れているのでしょう。
歌い手は自分という心身を媒体として、感受し得た対象(曲中の主人公)を表現してゆくわけですから、どこまで無心に、鋭敏に、対象を理解でき近づけるか、という感性にかかってくるのでしょうね。
カースの中のピアフは、苦しみ傷つきそれでも闘いを止めなかった挑む女性であるような気がしました。ピアフの中にそういうストイックな女性の強さを見出したのかもしれません。
途中流れるスクリーンの映像に、カースがボクサーになってリングの上で闘い倒れてゆくシーンがありました。この映像をバックにして、同じようにグローブをつけたカースが歌う「美しい恋物語」は、このコンサートを象徴する気がして特に印象的でした。
カースの中でのピアフの魅力は、きっとそういう強さ・・・人生の苦悩に呻き、それでも歌い続けた不屈の精神と情熱・・だったのでしょうか。
吠え、怒り、闘い挑み続けた逞しい命の輝きがカースに降りてきたような感動がありました。
けれど、・・・これは個人的な感覚に過ぎませんが、私はピアフの歌に、強さと共に、優しげな表情・・・懊悩の果ての諦念や突き抜けた穏やかさのようなものをむしろ感じるのです。
グローブをつけたカースのピアフには、それこそがカースであるという個性がむしろ際立って感じられる気がします。
自分を無にして、ピアフという存在を歌に忠実に再現しようとするのか、自分が感じるピアフを自分流に構築してゆくのか、その両方ともがオマージュを捧げる方法なのだろうと・・・そんなことをまずは強く感じた大阪公演でした。
一気に東京公演についてもお話しするつもりでしたが、余りに長くなってしまいますので、一度休憩し、次に速やかにアップ致します。
ではまた、続きをお読み頂けたら幸せです。
さて、一昨日7月14日は、フランスでは「Quatorze Juillet(7月14日)」と呼ばれる祝日、「革命記念日」でした。
映画の邦名にちなんで、この日を「パリ祭」と名付け、日本のシャンソン界では、これぞお祭りの季節、あちこちでこの前後にライヴやコンサートが盛大に開かれていて、私も既にいくつか出かけているのですが、今日はその中から、パトリシア・カースの公演をご紹介しようと思います。
カースとピアフ
昨年のこの時期には、「ジュリエット」が初来日したことをご紹介したかと思います。(よろしければご参照下さい。→「四曲のアヴェ・マリア」)
早いもので、あれからちょうど一年が経ったのですね。
千葉美月さんの主催する「ヌーヴォー巴里祭」では、フランスを代表する様々なシャンソン歌手を招聘してコンサートを開催されているのですが、今年は、日本でも知名度、人気共に抜群の「パトリシア・カース」が招かれたのです。

7月9日に大阪オリックス劇場で、そして2日後、東京文京シビックホールで、この二日間のみの、カース10年ぶりの日本公演でした。
前評判も上々で、コンサートチケットもあっという間に完売。
私はスケジュール調整をしているうちに出遅れてしまい、それでもようやく東京公演のA席をゲットし喜んでいましたら、今度は直前に知人から、「大阪のキャンセルチケットがあるのだけれど」と声をかけられて・・・・それが一階の前11列目真正面で、まず普通では手に入らないSS特等席でした。それで、これも縁、「ではこちらも」と譲って頂き、・・・・結局贅沢なことに大阪と東京の二回共聴きに行ってしまったのでした。
めったにない経験ですので、今日は、関西と関東それぞれの公演の模様をお伝えしようかと思います。
『現代のシャンソン界を背負う人気実力共ナンバー1のパトリシア・カース』
・・・・というパンフレットのフレーズもあながち誇大広告とは言えないほど、カースは、今やベテランの域の実力派で、何といっても、エネルギッシュでドスの利いた魅惑的な低音が特徴かと思います。鋭い眼差しとスレンダーな容姿に、硬派なカッコよさが合わさって、ロック調のリズムに乗ってシャウトする迫力がたまらないというファンが多いですし、これまでのシャンソンのイメージを一新した彼女の存在は、新しいシャンソンのシンボルになっていると言えるかもしれません。
そして、一方で、「シャンソンらしい」と感じる条件の一つ、どこかアンニュイなエロチシズムを持っていることも、日本で歓迎され受け入れられてきた所以なのでしょうか。
1987年に「マドモアゼル・シャントゥ・ル・ブルース」でブレークして、「モン・メック・ア・モア」「ケネディー・ローズ」など多くのヒット曲を出して、今もフランス内外ともにアルバム売り上げの上位を保ち続けているようです。

ただ、今回のコンサートは彼女のオリジナル曲ではなく、『Kass chante Piaf』(カース・シャントゥ・ピアフ)・・・<カース、ピアフを歌う>というコンサートタイトルで、アンコールも含め全て、エディット・ピアフの曲で構成されています。
「演歌の神様が美空ひばりなら、シャンソンの神様はエディット・ピアフ」との常套句の通り、名実共にシャンソンの第一人者のピアフですが、今年は、没後50年ということで、数年前から、国内外、映画、演劇、コンサート、様々に特集され取り上げられています。
カースのこの「カース・シャントゥ・ピアフ」も、そうした流れの中で企画されたものなのですが、これが生半可な規模ではなく、昨年11月からロンドン公演を皮切りに大々的な世界ツアープロジェクトを繰り広げていて、既に50数回を数えてきたその一環として、今回「パリ祭」に際する招聘と相まって実現した日本公演であったというわけなのです。

コンサートの中で、カースは「ピアフへのオマージュとして・・・」という言葉を繰り返していました。
<オマージュ>というのはフランス語で、「敬意・賛辞・献辞」などの意味ですから、<自分自身の中にあるピアフへの敬愛を込めてこのコンサートを捧げたい」ということになるのでしょう。
大阪公演
心斎橋から会場のオリックス劇場に向かう雑踏の中、遠巻きに見ても「ああ、あの人もカースのコンサートに・・。」とほぼ正確に判別できてしまったのはなぜなのでしょう。
これは、今回に限らず演劇やコンサートなどに行く時、いつも感じる<不思議>なのですが、演目が発する吸引力に、観客は観る前から惹きつけられ、一様に染められてゆくのでしょうか?
でも、シャンソンの場合には必ずしもそういう形而上学的な問題でもなく、専らシャンソンに関わっている人たちが(プロ、アマを問わず)醸し出す一種独特な華やかな空気によるものなのかもしれません。
他人事みたいに言っていますが、そういう私自身はどうなのかな?・・・・
関西中の、もしかしたら、西日本中のシャンソン人口が一気に終結したのではないかと思われるほど、会場は熱気に包まれていて、社交場のような盛り上がりでした。
そんなテンションの上がった中での幕開け。
期待のスペシャルシートは、カースの一挙手一投足、微妙な表情の動きまで、くっきりと味わえ、最高でした。
スクリーンに、パリの街の昔日の風景や、ピアフの在りし日の姿、更に、映画の一シーンのようにカース自身が登場する映像まで映し出されて、ステージを別次元の時間と空間に染め、歌の雰囲気作りを巧みに演出していたと思います。
カースは嘗て女優として映画に出演したこともありますので、その演劇的素養を生かしつつ、バックダンサーの青年と絡みながら、激しく踊り歌うステージを繰り広げていて、コンサートというより、ピアフの曲のイメージを視覚的にも作り上げてゆく音楽劇を見るような思いがしました。
その中でカースは着替えをする束の間退場するのみで、休憩も入れずにピアフの曲を23曲、一気に歌いあげてゆきました。

「ピアフの信念や喜び、夫マルセル・セルダンを失くした時の心の痛みなど、彼女の様々な感情にオマージュを捧げたいと思います」(プログラムより)
「オマージュを捧げることを目的として歌うとき、私なりの気持ちや経験、公私とも人生で学んだことなどを入れ込むようにしています。私自身がピアフの人生を舞台にして、歌の間の演出が成り立っています」(プログラムより)
カースが語っている通り、ステージの上には、ピアフに投影されたカース自身がまさに現れているのでしょう。
歌い手は自分という心身を媒体として、感受し得た対象(曲中の主人公)を表現してゆくわけですから、どこまで無心に、鋭敏に、対象を理解でき近づけるか、という感性にかかってくるのでしょうね。
カースの中のピアフは、苦しみ傷つきそれでも闘いを止めなかった挑む女性であるような気がしました。ピアフの中にそういうストイックな女性の強さを見出したのかもしれません。
途中流れるスクリーンの映像に、カースがボクサーになってリングの上で闘い倒れてゆくシーンがありました。この映像をバックにして、同じようにグローブをつけたカースが歌う「美しい恋物語」は、このコンサートを象徴する気がして特に印象的でした。
カースの中でのピアフの魅力は、きっとそういう強さ・・・人生の苦悩に呻き、それでも歌い続けた不屈の精神と情熱・・だったのでしょうか。
吠え、怒り、闘い挑み続けた逞しい命の輝きがカースに降りてきたような感動がありました。
けれど、・・・これは個人的な感覚に過ぎませんが、私はピアフの歌に、強さと共に、優しげな表情・・・懊悩の果ての諦念や突き抜けた穏やかさのようなものをむしろ感じるのです。
グローブをつけたカースのピアフには、それこそがカースであるという個性がむしろ際立って感じられる気がします。
自分を無にして、ピアフという存在を歌に忠実に再現しようとするのか、自分が感じるピアフを自分流に構築してゆくのか、その両方ともがオマージュを捧げる方法なのだろうと・・・そんなことをまずは強く感じた大阪公演でした。
一気に東京公演についてもお話しするつもりでしたが、余りに長くなってしまいますので、一度休憩し、次に速やかにアップ致します。
ではまた、続きをお読み頂けたら幸せです。


