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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

ゲンズブールとクロード・フランソワ

 鮮やかに染まった美しい夕焼け。
ベランダから見た台風一過の東京の空(Y氏撮影)
 稜線がくっきりとシルエットを作って、迷わず描き切った一幅の絵のようです。
 台風お見舞いのメールに添えて、友人Yさんが送って下さった一枚の写真。

 ご自宅のベランドから撮影なさった台風一過の東京の空です。


 では私も。・・・自宅のベランダから撮ったビルの上の京都の仲秋の名月。
  ビルの上の仲秋の名月   月見だんごと月ウサギ
 お彼岸が近づくと、季節が一気に交替しますね。
 夜の涼風、煌々と月光、そして今年の月見だんごと月ウサギ。

 今日は、映画のお話をさせて頂こうと思います。

   「最後のマイウエイ」
 余りにも忙しかったこの夏の終わり、忙中閑、せめて一日くらいゆっくりしようと、先日、本当に久しぶりに映画を観てきました。
 この日は午前中と夕方、別の映画館をはしごして、一日に二本の快挙でした。
 映画好きの方ならそれくらいは普通なのかもしれませんが、私は、幼い頃映画館に入ると必ず頭が痛くなったそのトラウマからか、余程でないと今でも映画館に足を運ぶことはまずないのです。

 仲良しの友達に、前々から薦められていて、ずっと観たいなと思っていた映画のまず一本目は「最後のマイウエイ」。
 渋谷Bunkamuraの中にある<ル・シネマ>での上映最終日でした。

 「最後のマイウエイ」は、1960~1970年代のフランスを風靡したアイドル歌手、39歳で夭折したクロード・フランソワの生涯を描いた映画です。

 クロード・フランソワってご存知ですか?
映画「最後のマイ・ウェイ」パンフ表紙 
 フランスの歌手も音楽も、時代を問わず、日本にはごく限られた範囲でしか紹介されていないので、フランスでは誰でもが口ずさめるような大ヒット曲、誰でもが知っている大スターであっても日本では認知度が皆無だったりすることが多いのですが、彼もその本国での圧倒的な人気に比して、不当に知名度が低いと言えるかもしれません。
 「『マイ・ウェイ』を歌っている人です」。といえば、フランク・シナトラの渋い声をまずは思い出されることでしょうね。

 「マイ・ウェイ」の原曲は「comme d’habitude(いつものように)」で、これはクロード・フランソワの作詞作曲、元々は彼自身が歌いフランスでヒットした曲でした。
 それが、この原曲にカナダの人気シンガーのポール・アンカが英語詞をつけ、シナトラに提供したことから、全世界で爆発的ヒット曲となり、もはやクロードのことは知らなくても曲は不朽の名作として残り続けているというわけです。
 この曲自体も換骨奪胎してゆく中で、興味深い変化を遂げていますので、これについては別の機会に取り上げることが出来ればと思っています。

 でも「マイ・ウェイ」の原作者というだけではなく・・・。
 従来のシャンソンの時代から、フレンチポップス全盛期へと移行してゆく中で、量産されてきたアイドル歌手たちとしのぎを削りながら、第一線のアイドルスターとしての地位を15年もの間守り続けてきた彼。
 その壮絶な努力と信念を、実写フィルムなどを交えながら綴った伝記的な音楽映画としてなかなか見ごたえがありました。
 当時のフランスの社会のありようや音楽事情などもリアルに伝わってきて、興味深かったですし、彼のスターゆえに倍加される人間的弱点も鋭く描かれていて、何よりも、スターであり続けることへの執着と危機感に張りつめた彼の思いに惹きこまれました。
映画「最後のマイ・ウェイ」パンフ裏表紙 
 スポットに照らされながら、客席の熱気を身に沁み込ませる恍惚感のようなものが、クロードには及ぶべくもありませんが何となくわかる気もして、音楽の持つ魔力・・・などとちょっと気取って考えたりしてみました。

 蛇足ですが、主演のジェレミー・レニエはクロードにあまりにもそっくりで、役者さんてすごいものだと感心します。
 更に蛇足ですが、「最後のマイウエイ」という映画の邦題はわかるような、わからないような・・・。
 フランス語のタイトルは、「Cloclo(クロクロ=クロードの愛称)」で、英語のタイトルは「My way」。こんなところにもお国柄が少しだけ感じられるかもしれません。

   「ノーコメントbyゲンズブール」
 「最後のマイウエイ」で弾みをつけて、今度は、同じ渋谷にある映画館<UPLINK>に向かいました。食事を済まして、夕方の回にいざ。

 ゲンズブールのドキュメンタリー映画です。
 プログラムに載せられた紹介文を下記に記してみます。
ノーコメントbyゲンズブールのチラシ 
 作詞作曲家、シンガー、画家、映画監督、小説家、カメラマン、と多彩な顔を持ち異彩を放った才人セルジュ・ゲンズブール(1928.4.2-1991.3.2)。
 没後20年を過ぎてもなお、多くの人々を魅了する。今作はゲンズブールがテレビやラジオに出演した際の発言や未発表のコメントなど、20代から60代まで40年に及ぶ期間のゲンズブールが自身の内面を語った録音テープをもとに構成された決定的ドキュメンタリーだ。


 そして、
    愛されたくないが愛されたい。
    そう、それが私なのだ。
 
 という言葉で集約されています。
 判じ物みたいですが、でも、2月に訳詞コンサート「ゲンズブール・イノセント」を開催してしまった私には、以心伝心で(?!)彼のこの言葉が理解できる気がするから、怖いです。
 「ゲンズブール・イノセント」にいらして下さったお客様も、或いはこのブログでゲンズブールのことを読んで下さった皆様もきっと同じなのではと。

 まさに20代から60代までのゲンズブールその人がずっとスクリーンに映し出されてその肉声と歌声を堪能しました。
 彼を巡る女性・・・歌手や女優たちもたくさん登場して、それだけでも音楽史、映画史を生で見るようで、ドキュメンタリーの醍醐味を味わえて楽しかったです。
 それにしても、「ゲンズブール・イノセント」以来、私の周辺では密かなるゲンズブールブームが起こっていて、実はこの映画も既に友人たちの多くが観に行っていて、口々に感想を伝えて下さるので、それもあって、どうしても行きたいと思っていたのでした。

 このドキュメンタリーには、かなり希少な映像が取り上げられていましたが、その一つ、「ラ・ノワイエ」を彼が歌っていたシーンがあったのに気付かれましたか?
 『ノワイエ~溺れてゆく君~』は、自分の訳詞の中でも大好きで、折ある毎にご披露している私の自信作なのですが、この原曲は、なぜかレコーディングされておらず、一度だけゲンズブール自身がスタジオで歌っただけなのです。
 このお宝みたいな映像を、私は実は以前観たことがあったのですが、何と今回、これがこの映画の中で紹介されていました。
 気付かれた方は?
 ご一緒に盛り上がってお話ししたいです。

 そのようなわけで、非常に興味深く大満足でしたが、この<UPLINK>という映画館自体もとてもユニークで、昔の良き時代の渋谷の街が、今に残っているようでした。
 芝居小屋ならぬ映画小屋とでもいうような、一種の風情があるのです。

 館内は結構年季が入っていて、古い家のリビングみたいな、レトロな小さなカフェみたいな、こじんまりとした規模なのですが、客席が変わっていて、色々な形の椅子が適当に並んでいるのです。
 好きな椅子に座ってね!という感じで、深々と掛けられるソファー椅子や籐椅子、様々、クッションも色々で、背中に押し当てている人や膝に抱えて観ている人や・・・面白かったです。
 全部で20~30席くらいなのでしょうか?
 私が観た回には四人しかお客様はいなくて、これでフィルムを回してもらって良いのかしらと申し訳ない気分になりました。

 でもゲンズブールを観るには最高にお洒落でした。

 コーラもポップコーンも売っていませんし、そもそも館内には自動販売機すらないかわりに、受付の奥に古本屋さんみたいに無造作に、映画関係の本や芸術書や古い映画パンフレットなどが販売されていたりしました。
 映画のラインアップも、とても真面目で、商業ベースとはかけ離れたマイナーでもひと味あるものが中心のようです。

 たまにこんな風にゆっくりとスクリーンに向かうのも楽しいものですね。

 フランスの音楽に浸った贅沢な一日でした。


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