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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

祇園祭の季節

 盆地の底に湿度と熱気が容赦なく溜まり込むような、京都の耐えがたい暑さはいよいよ本格的になってきました。
 それでも絽(ろ)や紗(しゃ)等の夏の着物をすっきりと着こなして、日傘に包まれ、涼しげに道行く女性を目にすると、何たる底力、これぞ、何代にもわたる生粋の都人に違いないと、ひたすら感じ入ってしまいます。
 町家の玄関先には、朝夕、打ち水をする家人の姿が見られますし、そういう家の窓辺には、よしずやすだれが美しく陰を作り出しています。
 友人のMさんは,京都の旧家の生まれ。彼女のお母様は今でも梅雨明けと共に、家の和室の襖(ふすま)や障子を全て取り外し、すだれや格子戸に清々しく掛けかえていらっしゃるそうです。
 全ては、暑さにしなやかに向かう京都人の風雅な心意気なのでしょうか。

 そんな京都の7月は、祇園祭で始まります。
 7月に入ると、街中では、祇園囃子の「コンチキチン」(と、聴こえることになっています)の音が賑やかに響き渡り、10日からは山鉾(やまほこ)建てや飾り付けが始まり、そうこうしているうちに、デパートや銀行などでも、女性の店員・職員の方たちが浴衣で接客を行い、道行く人は、街頭で配られる祇園祭のうちわを手にしながら涼を取り、・・・・街は皆で祇園祭を盛り立て、最高潮となる17日の巡行の日を今や遅しと待っているかのようです。

 毎年7月1日から31日まで一カ月間に渡り神事が行われる祇園祭は、1100年余りの伝統に支えられているのですが、今年は、49年ぶりに後祭(あとまつり)が復活することになりましたし、150年ぶりに再興されたという大船鉾もお目見えする、変化の年でもあります。
 その大船鉾の装飾を任された織物職人さんのこだわりの話や、長刀鉾のお稚児さんに選ばれた男子の取材など、京都版の新聞、テレビなどでは、連日、祇園祭関連の話題が取り上げられ、伝統に守られた誇り高き祭事であることを改めて印象づけられます。
 ちなみに京都では、祇園祭のお稚児さんに選ばれるということは、子々孫々に至るまで、本人及びその家の「最高の栄誉」であることは間違いなく、実際、私自身も、70歳を超えていると思われる知人が、嘗て幼少期にお稚児さんの大役を果たしたことを、情熱を込めてこの上なく誇らしげに語っていたのに遭遇したことがありました。

 昨年までは、山鉾の総数32基が一斉に、17日の巡行の日に都大路を典雅に巡っていたのですが、今年からは17日までを「前祭(さきまつり)」として、23基を巡行させ、その後24日に「後祭(あとまつり)」として、残りの10基を巡行させるという、二回に分けて行われることになりました。
 従って祇園祭の巡行は、これまでより一週間長く続くわけです。

 「後祭」を復活させたのは、本来の伝統に回帰するという意味合いからでしょうけれど、でも、もう一つの側面としては、恐らく観光客が余りにも一時に殺到してしまって、危険を伴う所まで来ており、その回避が急務だったとも聞いています。

 7月14日は宵々々山(よいよいよいやま)、15日は宵々山(よいよいやま)、16日は宵山(よいやま)と呼ばれて、四条通りは歩行者天国となり、屋台も出る夜の街に祇園囃子が賑やかに響く一方で、神霊を神輿に遷す神事などが厳かに取り行われ、祇園祭巡行の日に備えてゆきます。
 クリスマスのイブとかイブイブとかいう言い方に似ていますが、イブイブに何か特別なイベントが行われたりするわけでもありませんので、一カ月近い日数をかけて周到に準備される祇園祭は、類まれなる勇壮な神事と言えるかもしれません。

   前祭の賑わい
 前祭山鉾巡行は、17日午前9時に四条烏丸をスタートして約2時間かけて市中心部を巡行します。
 数ある山鉾の中でも、その筆頭は何と言っても、先頭を切る長刀鉾(なぎなたぼこ)かと思うのですが、これを見るために、午前9時を目指し、全国各地から観光客が集結する中で、なんと我が家は長刀鉾から徒歩2~3分の距離、ちょっと外に出れば、祇園祭の特等席、スタートラインが目の前にあると言うわけなのです。

 いつもは祇園祭と入れ違いに、東京で仕事をすることが多い私なのですが、今年は、珍しく在宅でしたので、これは見にゆかなくては観光で訪れる皆様に申し訳が立たない??という気がして、9時10分前に所定の位置についていました。

 長刀鉾に乗り込んだ稚児が行う、「しめ縄切り」(神域との境界を示すしめ縄を太刀で切り落とすという神事)の瞬間をキャッチです。
  長刀鉾に乗る稚児(1)  長刀鉾に乗る稚児(2)
 余りの雑踏の中で、充分に写真が撮れませんでしたが、実際に間近にみると、この上なく真剣なまなざしの稚児役の男の子が、衆人の見守るプレッシャーをはねのけつつ、健気に堂々と任務を遂行していました。
巡行を見送る
 この後、いよいよ先祭りの山鉾巡行のスタートです。 

 この子も70歳を過ぎた頃、この日の事を懐かしく語るのでしょうか?

 今年も17日の巡行が滞りなく終わり、出発点に戻ってきた山鉾は、その日のうちにあっけない程の手際の良さで解体されてゆきました。
長刀鉾の解体の様子
 ・・・・重量も高さも巨大で、威風堂々とした山鉾ですので、このままの状態では、これを33基も保管する場所などないでしょうから、釘一本使わず、縄だけで木材を山鉾の形に組み立てるという名人技が生み出されたのでしょうね。組み立ての様子は以前の記事→をクリック)をご覧ください。
 山鉾は太く頑強な木片に戻り、所定の場所に収められ、再び引き継がれてゆく「来年」をまた、静かに待つのでしょう。

 そして、それと入れ替わるように、この17日中に次の後祭の主役になる残りの10基が組み立てられます。
 24日の花傘巡行の後に始まる還幸祭は、神幸祭(17日の神事)とは逆コースで巡行されるのです。

 夏の京都の祭り、とにかく暑さは尋常ではありませんから、熱中症にならないように留意なさって、それでも一見の価値はやはりあるのではと思います。

 「後祭」はこれからです。
 「そうだ、京都に行こう!」・・・よろしかったら是非!
 ゆったりと流れる古人の風雅と、その風雅を誘う音曲の音色を、心ゆくまで五感に沁み渡らせてみてください。




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