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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

祖母の思い出

 一昨日11月8日は、母方の祖母の33回忌の法要でした。

 祖母については、これまでも時々お話ししてきましたので、私が大のおばあちゃん子だったことを既にご存じかもしれませんね。
 11月8日は命日、あれから33年の長い歳月が流れていますが、思い出は今もくっきりと刻まれています。
 一点の疑いもなく全幅の信頼を寄せることのできる人、・・・昔も今も祖母をそんな風に感じ続けてきた気がします。

 小田急江ノ島線の長後駅で下車して、7~8分の所に永明寺という臨済宗円覚寺派の禅寺があるのですが、ここが祖母の菩提寺です。
静かな永明寺 ずらっと並ぶお地蔵さま
 ずらっと並んだお地蔵さま。
 禅寺らしい、静寂で簡素な佇まいです。

 親族が一堂に会し、しめやかに法要が営まれる中、ご住職の朗々とした経文に、懐かしい思い出が様々に浮かんできました。
 
   歌舞伎と時代劇 
 私は初孫だったこともあり、幼い頃から随分と面倒を見てもらいました。
 それに、母娘と間違えられるくらい、顔かたちも、性格もどこか似た者同士、馬が合う<祖母と孫>だったみたいです。

 まだ3~4歳の頃から、よく祖母は友人の訪問、買い物、観劇、旅行など、あちこちに私を伴いました。
 観劇が大好きで、特に歌舞伎はかなりの通だったようです。
 歌舞伎の所作、音曲、演目、歴史、見どころ、贔屓の役者のプロフィールまで、いつも観に行く前に、丁寧に説明してくれるのです。
 ユーモアを交えながら幼い子にもわかるような楽しい言葉で、でも実は結構専門的でハイレベルな領域の長時間の講義の末、歌舞伎座に向かうのです。
 どう考えても4歳くらいの子が興味を待てるはずもない範疇なのですが、私もかなり変わった子だったようで、大好きな祖母が、そんな風に自分を一人前の大人のように扱って、熱心に一生懸命説明してくれるのが嬉しくて、これに応えることは、大人になることの様な気もして、目を輝かせながらうっとりと聴き惚れていました。
 ご存じのように歌舞伎は4~5時間に渡る長い公演時間ですが、大人しく座って飽きることもなく、祖母からの特訓を追体験する面白さをそれなりに楽しんでいた気がします。
 <鉄は熱いうちに>って本当かも知れません。今でも歌舞伎座は私にはノスタルジックな故郷みたいな感じがありますので。 

 同様に、時代劇映画にもよく連れて行ってもらいました。
 忠臣蔵などに至っては、色々な作品を見尽くしていましたので、そのお陰で、実は私、小学校に上がる前には、既に四十七士の名前・素性にもかなり精通していたのでした。

 で、面白いのは、歌舞伎にしろ時代劇にしろ、見終わった後で、祖母はとても楽しそうに感想を話してくれるので、「なるほど演劇や映画はかく鑑賞すべきか!」と、祖母の言葉からまた、自然に心に残る残像を反芻しながら想像力を広げてゆくことができるのです。
 子供に消化不良を起こさせないケアも万全、予習復習を入れ込んで楽しく学ばせる方法に長けた、なかなかの教育者だったと、今にして思うのです。

    「大丈夫 きっと上手くいくから」
 祖母はとても話し上手な人でした。
 その語る言葉は、少しも難しくなく平易なのですが、ユーモアに富んでいて温かみがあり、そして生き生きと説得力に満ちていました。

 私の専攻は日本文学で、現在はフランス詩からの訳詩を手掛けているわけですが、そうした折々に「言葉の持つ力」ということについて考えさせられます。
 <言葉には確かに言霊があり、生きて相手の命に浸み入って行く>と言う事をどこかで信じられるのは、祖母の影響かもしれず、身内自慢で可笑しいですけれど、<祖母の言葉には心があって一語一語が胸に響いてくる>と子供心に感じていました。そしてそれこそが、私にとっての、祖母の最大の魅力だったのでしょう。

 「大丈夫だから。神様がみんなわかっていてくれるから。
 悲しいことをたくさん知ってる人は心が優しくて良い人になれるから。
 大丈夫 きっと上手くいくから、何も心配しないで大丈夫。」


 その時、<きっとうまくいく。そしておばあちゃんみたいに優しい人になりたいな>って、思ったことを、お経を聴きながら突然思い出しました。
 心身共に過敏で、剃刀みたいな感受性を自分でも持て余して苦しんでいた時、何も細かいことを聞かないで、優しくぽつりと言ってくれた言葉が、子供心に勇気を与えてくれた事が蘇ってきました。
 
   犬達・猫達が感じた親和感
 私の特技は猫の躾(調教)で、だいたいどんな猫でも、犬も足元に及ばないくらい賢い猫に変身させる自信があるのですが、この奥義のルーツも実は祖母にあるのかもしれません。

 祖母は昔からいつも動物を飼っていました。
 でも、ペットショップから購入するというようなことはなく、まさに動物との一期一会、大抵は可哀想な境遇の犬猫を不憫に思って引き取っていたのです。

 「愛情を惜しみなく注ぐこと。いつも楽しく接すること。」
 「感情の赴くままに怒ったりしないこと。良い時には思いっきり褒め、悪い時には厳しく正す。常に同じ態度で。」
 「ひたすら会話をすること。」


 祖母と街を歩くと、野良犬、野良猫が後からついてきて如何にも親しげにすり寄ってきます。
 祖母は、これに別段驚く様子もなく、事もなげに、撫でてやりながら親しげに話しかけます。動物達はそれに応えるように甘えた声を出して、しばらくすると気が済んだように立ち止まって見送るのです。
  ・・・・子供の頃の、祖母との原風景の一つです。

   お説教の時間
 私は、祖母のお説教を聞くのが大好きな、本当に変な子でした。

 祖母はとても楽しい人でしたが、躾はこの上なく厳しく、明治生まれのスパルタ式で徹底的に仕込んでくれました。
 家事、言葉使い、作法、心の持ちよう、あらゆる分野に渡って容赦なくて、何回か言われたことが出来ないと、延々とお説教されることになります。

 「ちょっと、ここに来て座りなさい。」と正座させられるのが合図で、なぜいけないと思うか、どうすればもっときちんと出来ると思うのか、と自己分析を促した上で、冷静にこちらの言い分を聞き、そこからお説教はスタートします。
 勿論私は常に完敗で、明晰なお説教=理論に言い返す余地など全くなく、ひたすら感動し、頷くばかりだったのです。

   祖母の願い
 祖母の子供時代は不遇で、両親が早くに亡くなってしまい、祖母の祖母に育てられたのでした。祖母の祖母もまた、同様の境遇の、肉親との縁が薄い薄命の家系だったようで、祖母の心配は自分の子供たちにその巡り合わせが行かないようにとの一点にかかっていたようです。
 晩年、病に苦しんだ時にも、「今願っていることは、自分のところで全てが断ち切られて、子供たちとその家族が皆健康で長命であってほしいとの一つだけ。」と私にそっと話したことが心を離れません。
 苦しかったはずなのに、泣き言を言わず、最期まで明るく優しかった祖母を思い出します。
 勿論、祖母とて、孫の私には知る由もない沢山の葛藤を抱えていたに違いありませんが、それでも、強くて、誠実で、温かい、素敵な人でした。

 5人いる子供たち皆、これまで欠けることもなく、その家族も健康で、祖母を偲んで集まった一昨日の法要でした。

 立冬を過ぎた冷気に包まれた本堂の中で、全てを静かに一身に引き受けて、皆を見守っていてくれる祖母の笑顔をしみじみと感じていました。



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