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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

「火星はたいくつ」

  1月11 日は「残り福」です
 京都のお正月も何十年ぶりかの大雪で始まりましたが、今年は例年以上に寒い冬になりそうです。
 昨日1月10日は「十日戎(ゑびす)」=「初戎」でした。
 9日は「宵戎」、今日11日は「残り福」と称される祭礼の日が続きます。

 商売繁盛の神、「えべっさん」の祭事、京都でも参拝の人が多く、今日も街で飾りの付いている華やかな笹を抱えている人たちに出会いました。
 確かこのブログでも十日戎のことを取り上げたことがあったのではと思い、以前の記事を辿ってみましたら、もう三年前になるのですね。詳しく書いていましたので、よろしかったらクリックしてお読みになってみてください。→「京のえべっさん~ぶらり十日戎」

 さて、私のお正月は、三が日を逗子で過ごし、京都に戻ってからは、もっぱら書斎(実態は、本や書類や譜面やCDなどで埋まっている狭い<勉強部屋兼作業場>、秘密の<機織り部屋>です)にこもっての日々でした。
 部屋のレイアウトを少し変え、コンサートでしばらく滞っていた譜面や訳詞の整理も終えて、まさに今、ウォーミングアップ完了の感ありです。
 コンサートが近づいて来ると、なかなか新曲の発掘や訳詞制作に着手できないのが現実だったのですが、あちこち片づけながら、こうして改めて身辺を眺めてみると、これまで蓄えてきた、原石みたいな色々な音楽が今や遅しと出番を待っていたことに気付かされます。
 その一つ一つを丹精込めて磨き上げて、素敵な曲にしてゆきたいと、気持ちが高まってきます。
 そんな中で、今日は、新春出来立ての訳詞をご紹介してみたいと思います。
 「訳詞への思い」を記すのは久しぶりです。

       「火星はたいくつ」
                        訳詞への思い<13>


   「mars is no fun」
 一昨年パリに旅行したとき、どっさり仕入れてきたCDの中の一枚で、心に残り、折ある毎に聴いていたアルバム『ilo veyou』。
カミーユのCDジャケット カミーユの2011年発表のアルバムだが、これに収められている「mars is no fun(火星は面白くない)」という奇妙なタイトルの曲である。
 シンガーソングライターとして、鬼才を発揮し、その実験的な音楽活動で評価の高いカミーユ、前衛的で才知に満ちた、現代フランス音楽界の旗手であると、私は前々から注目していて、彼女の曲も既に何曲か訳詞してきたのだが、楽曲自体は、曲想も詩もかなり難解でシュールだったりするので、なかなか享受しにくいところがあり、日本で普通に受け入れられるのには、未だ障壁も大きいのではという気がしている。
 『火星はたいくつ』という邦題を付けてみたが、ラップのリズムに乗った軽快なタッチがベースになっていて、全体にとぼけたファンキーな雰囲気を醸し出している。その一方で、サビの部分はメロディックで印象が強く、ラップの衣を纏った、一筋縄ではいかない大人のシャンソンという感じがして、最初からとても心魅かれた曲だった。

 原詩の内容は、かなり変わっている。
 
 歌の主人公の女性は、「地球の外にも生活があることを示す初めての人類になりませんか。火星では、すべてが未知で純粋なのです。」という、火星移住へのお誘いパンフレットの文句に乗せられて、火星にやってきたらしい。 
 ところが、来てみると、売り文句と実態は全く違って、彼女の世界は狭いバンガローの中だけ。
 空気がないので窓は開けられないし、水が充分にないのでビーチで遊ぶこともできない。そんな状態で、もはや帰還することもできず、どうやら5年が過ぎたようだ。
 <こんなことなら来なければ良かった。地球に戻りたい。戻ったら一日中あなたと一緒にショッピングモールを歩くのに>そんなことをいつも考えて過ごしている。
  でも、引力の関係で、満足に動くこともできないのがここでの現実だ。
 <火星は面白くない>

 
 火星には生き物が生息するのではないかという仮説。
 火星には水蒸気や酸素も微量だが存在し、他の惑星に比べると、地球に酷似する要素が多いので、条件さえ整えば、人類が暮らすことも可能なのではないかとの学説。・・・昔から、夢や幻想も含めて、火星を巡って様々な議論がある中、『マーズワン計画』のことが頭に浮かんできた。

   火星そしてマーズワン計画
 『マーズワン計画』とは、・・・宇宙移民を実現しようという計画で、人類が火星に移住し、火星の環境の中で生活基盤を形成するという植民計画のことである。
 突拍子もない夢物語のようにしかとらえていなかったのだが、実際にはかなり具体的に計画は進んでいて、オランダの民間非営利団体「マーズワン財団」が2025年からの火星移住計画を目下推進しているのだという。

 以下、これを説明したいくつかのサイトから主だった点をご紹介してみたいと思う。

 *2011年にスタートし、2014年4月から火星移住希望者を募集したところ、世界から20万人が殺到した。日本人は396人が応募し、既に10人が選ばれている。最終選考後、7年間の訓練を経て、2025年から2年ごとに4人ずつ火星に旅立ち、2033年には計20人が火星に移住する、としている。

 *火星から地球に戻る宇宙船を打ち上げるのは技術的に不可能なため、移住者は二度と地球には戻れない、片道切符である。

 *火星は地球のすぐ外側に軌道を持つ惑星。地球と比べると直径は約半分、表面積は約4分の1、重力は約40%。平均気温はマイナス43度。火星の大気は二酸化炭素が95%、水蒸気は0.03%、酸素が0.13%である。

          火星の植民計画(Mars One.comのHPより
              (Mars One.com のHPより)
 現在の宇宙開発も、嘗ての見果てぬ夢の所産であったことを思えば、いたずらに、尻込みすることが良いかどうかはわからないけれど、それにしても、
   *あと十年後という短期間でロケット開発は果たして可能なのか。
   *火星への入植を許可する国家的な判断の問題は解決できるのか。
   *火星入植のために火星環境を変えて良いのかという人類としての問いをどう考えるのか。
   *飛行士たちの身体影響の問題はクリアされるのか。生存し続けることが本当に出来るのか。
   *個人の冒険心に全てを負わせることの倫理上の問題をどう考えるのか。

 正直、これらの膨大な未解決要素を抱えて、本当にスケジュール通りに実現するのかと考えてしまう。
 そしてまずは、希望すれば安全に帰還できることを大前提にすべきではないだろうかと思う。
 
   「火星はたいくつ」
 この曲は2011年の作であるから、これはマーズワン計画が表明された年と合致している。カミーユはこれを意識して作ったのだろうと私は勝手に確信しているのだが、これは本人に訊いたわけではないので定かではない。

 この曲の主人公は、未知の世界への冒険心と好奇心に駆りたてられて、これまでの自らの世界と決別して、火星にやってきた。
 帰還不能な片道切符を受け取ったからには、何があっても新たな世界の中で生きないわけにはゆかない。

 けれど、たとえ覚悟できていたとしても、彼女のように、或る時突然、ショッピングモールを無性に歩きたくなることだってある筈だ。

 過去そのものが、現在のその人を形成していることを思えば、いくら割り切っても、完全にその絆を断ち切ることは、人にはなかなかできないのではないだろうか。
 人間は、過去と今との狭間に揺れながら生きる生き物かもしれず、更に、失って二度と手に入らないものであればなおさら、懐かしさや、未練、失くした後悔が募ってくるような気がする。
 社会、周囲の人間関係、或いは恋、他者と繋がりながら生きて行くことを断ち切られる孤独は耐え難い。
 火星に行かなくても、街の雑踏の中でも、自分の部屋にこもっていても、同様の孤独は押し寄せてくる。

 この曲を聴いていると<火星移住>が現代の寓話の様に思えてきて、私には、切ない恋物語が曲の背後からうっすらと見えてくる気もして、そんないくつかのイメージを重層させて、この詩を作ってみた。

 まだ出来立ての詩、少し熟成させ、また改めてご紹介できたらと思っている。

                              Fin


 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
   取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)




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