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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

花を待つ季節

 「桜の花がピンクを秘めているような気配に春を待ちわび、如何お過ごしかとメール致しました。」

 先日頂いた仲良しのMさんからのメールです。
 この時期、いつも花粉症に悩まされる私の体調をさりげなく気遣って下さったお見舞いメールの結びはこのように締めくくられていました。

 弥生3月となり、桃、梅、そしてやがて桜、と弾むような春色に染まる季節の到来です。
 ふっと爽風が吹き抜けるようなMさんの優しい文面に触れた途端、黒褐色の桜の木肌が、赤黒く色を変え始め、幹と枝と蕾とを膨らませてゆく情景が目の前に浮かんできました。
 桜の花の樹液が樹木全体を流れ巡っていくそんな時節。

 手紙でもメールでも、素敵な便りというのは、美辞麗句ではなくて、実はとてもシンプルで、でも言葉に力を待っているもの、相手に送る「気」のようなもの、温かい思いやりや愛情が伝わってくるものなのだと、改めて感じます。

 ふとした時に、時間の、季節の、移ろいを感じ、その一瞬を共有したいと思う、そんな便りは、言葉だけに出来る素敵な贈り物なのでしょう。

 Mさんからのメールにそんなことを感じて、何だかとても幸せになりました。
春を待つ桜木1

 毎週通っている「アンスティチュ関西」にも開花を待つ桜木があります。

 枝の隙間から、3月の空と風にそよぐフランス国旗が眩しく光っていました。

 ともあれ、Mさんも心配して下さった私の花粉症とそれに加えて黄砂のアレルギー症状は年を追ってひどくなっています。
 不甲斐ないことに、ついに今週は満身創痍、重病人みたいな雰囲気で寝付いてしまったのですが、何年かすればピークも過ぎて、快方に向かうものなのでしょうか・・・?
 2月、3月は、<冬眠中>の札をそっと掲げ、体力を温存し、ひたすら嵐が通り過ぎるのを待とうかと思います。
 そのような訳で、今は、頭もぼおっとしていますので、ブログの更新もままなりませんが、一刻も早く復帰できるよう努めますので、どうぞ今しばらくご容赦くださいね。

   おまけのお話
  *その一 衝動買い
 昨日、街を歩いていたら、B4サイズの書類が入るトートバックが目にとまりました。
 とても鮮やかなマゼンタに近いピンクで、革製なのですが不思議なほど軽く、使いやすそうで、そして嘘みたいな安価でした。
 この冬、お気に入りで愛用しているあのロイヤルブルーのコートをこの日も着ていて、バックの明るく冴えた色調がこれに調和し、<ちょっとフランスっぽい色合わせかな?>と勝手に解釈し、<バックとの遭遇! バックが呼んでいる!>と更にまた、勝手に確信して早速買い求めました。
 とても単純なのですが、春を一足先に纏ったような優雅な気分で、鬱陶しさも少し紛れて、今日はかなり幸せです。

 この春、ロイヤルブルーのコートとマカロン色のピンクの大きなバックにどっさり荷物を詰め込んで、京都の街を嬉しそうに闊歩している長い髪を見かけたら、それはおそらく私です。

  *その二 桜色について
 このバックを買う時に、若い女性店員さんが<綺麗な桜色のバックですよね>と薦めてくれました。
 「桜色の・・・」という言葉の響きがどこかはんなりとして心に残ったのですが、でも、厳密に言うとこのピンクは、桜色ではなく桃色なのです。
 イメージ的には私も桜色と言いたくなりますが、実際の桜は殆どピンクの色合いはなく、透き通って限りなく白に近いピンクホワイトと言う方が正しいかと思います。
 京都は桜を模した和菓子などもこの時期、数多く供されますが、これらも同様で、イメージは事実を超えてリアリティーがあるという興味深い例かもしれません。

 ちなみに、染色家の志村ふくみさんの著書で以前知ったのですが、草木染めの桜色は、桜の花から染めるのではなく、桜の幹の樹皮を煮詰めて、・・・それも開花直前の樹皮だけが・・・それで染めるとまさに桜色の上品な美しいピンクがあらわれて来るのだそうです。
 「桜は開花の前から、樹木全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの尖端だけ姿を出したものにすぎないのだ」 という、奥深い、目に見えぬ世界への示唆に富んだ趣を感じますし、また、自然の営みが、どれほど不思議で美しく圧倒的な力を持つものか、改めて思わずにはいられません。

 今年の桜前線は早いのでしょうか?
 楽しみな季節がすぐそこです。





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