

毎年、5月最後の日曜日に、教え子達の同窓会があります。
教職にあった頃、長年顧問をしていたクラブ活動の部員たちの同窓会、独創的、かつ、文化的香り高い会で、スペシャルな企画を毎年練りに練って、教え子たちと協力し合いながら主催して、もう7回目となりました。
・・・このことも、いつか改めてご紹介してみたいとても素敵な話題なのですが、兎も角も、その会が昨日行われたのでした。
20名ほどが集い、和気藹藹とした温かい会でした。
今回は新たな試みに皆で向かうその初回、話し合いも活発に進み、3年をかける大プロジェクトがまさに始動したところです。
早速、更に忙しくなりそうですが、実現を目指して若い彼女たちと共に力を合わせることの楽しみでワクワクしています。
青春とは、停滞せず、常に今在る場所から出発すること、折々の決別と挑戦の中にこそ、次に続く道があるのだと、教え子達と再会する時、いつも思います。
それでも、かつて繋ぎ合った絆はそのままで、旅立った後の月日を持ち寄って、お互いを認め合い、仲間同士、師弟間にまた新たな時間を積み重ねてゆける・・・・それは得難い宝ですよね。
昨日のそんな感慨を込めながら、今日は「訳詞への思い」、『たびたち』という曲のご紹介をしてみたいと思います。
『たびだち』 その一
訳詞への思い<16>
J.J.ゴールドマンのこと
ジャン・ジャック・ゴールドマン。
1970年代にデビューしてから今日まで、常に不動の人気と実力で、フレンチポップス、シャンソン界を圧倒的な求心力を持ってリードし続けているビックアーティストである。
彼は、フランスのJJD紙で毎年2回行われる「フランス人が好きな人物」アンケート調査で今年も1位(4回連続1位)という、世代を超えた人気と敬愛を集める「フランス人の中のフランス人」なのだが、日本では知名度は皆無に等しい。
シャンソン歌手、シャンソンに関わるミュージシャンですら彼の名前さえも知らなかったりすることも多く、<日本におけるフランス音楽の普及度は、未だかくの如し>と改めて痛感してしまう。
さてその、J.J.ゴールドマンだが。
彼は、1951年生まれ、今年64歳の生粋のパリジャンである。
1975年人気ロックバンド「タイフォン」を結成、デビューアルバムを発売後、1979年からシンガーソングライターとしてソロ活動に転向。
次々にヒット曲、ヒットアルバムを世に送り出し、一躍フランスポップス界の中心となって行く。
アルバム制作、コンサート活動で活躍する一方、セリーヌ・ディオン、パトリシア・カース、ジョニー・アルディ、最近ではザーズなど、多くのアーティストたちに楽曲を提供している。
コンサートやアルバムのプロデュースも手掛け、彼らの才能を引き出し世に送り出す名プロデューサーとしても名高い。
この数年は、プロデューサーとしての楽曲提供に力を注いでおり、自らのコンサート活動を休止しているのだが、それでも彼が中心になって設立に関わり尽力している慈善運動の「resto du coeur(心のレストラン)」は、今や国家的な規模にまで広がり、その支援募金を募るためのコンサート「レ・ザンフォワレ」も、これに賛同するミュージシャン達が多数集う国民的なイベントになっている。

どこかノスタルジックな青春の香りのする、少し青臭くもピュアで一途な曲の世界が充満しているように思うのだ。
「若き日のゴールドマン」
そして、それはもしかしたら、ゴールドマンの今も変わらない<音楽と詩>の根幹である気もして、・・・・30年以上経った現在までも彼の中には<青春の旅立ち>というような一貫したテーマが流れているのかもしれない、そんな風に思われてくる。
「真っ直ぐで、思慮深く哲学的であり、それでいて甘く敏感な感性や痛みをいつも持ち続けている」、そんな青年の面影が、私のゴールドマン像であり、彼の音楽と詩の世界へのイメージでもある。
puisque tu pars

1987年のアルバム「entre clears et gris fonce(邦題「グレーの世界)」の収録曲に、この「puisque tu pars」がある。
ゴールドマンの代表曲の一つとなっているが、この原題の意味は「君は出て行くのだから」。
私は『たびだち』という邦題を付けた。
「グレーの世界」のCDジャケット
ゴールドマン自身も自らのコンサートの中でいつも取り上げていて、恐らく、愛着の深い大事なレパートリーなのではないかと思われる。
原詩冒頭の対訳の一部を次に記してみる。
闇が訪れて来るから
それは風を越えて 忘却の歩みより高い山からではないから
理解が足りないことを学ばなければならないから
時には全てを与えることさえも必ずしも充分ではないと君は考えたのだから
君の心がより高なるのは他の場所だから
君を引きとめるには私達は君を愛しすぎているのだから
君は行ってしまうから
というように始まる。
冒頭から「puisque=~なのだから」で始まる様々な文が綴られているのだが、これ自体が既に判じ物のようで難解で哲学的な内容になっている。
「闇が訪れて来るのだから」・・・「君は行ってしまうのだから」。
だからどうあってほしいと言うのか?
私達よりもっと君を愛してくれる場所に風が君を連れて行ってくれますように
人生が君に多くを教えてくれますように
君が自分自身に嘘をつかないでいてくれますように
いつまでも君が変わらないでいてほしい
チャンスを大事にしてほしい
放浪にあるとき戻ることを覚えていてくれますように
私達の別れを記憶に留めてくれますように
「君は行ってしまうのだから」、それだから、「私」は、<君の行く手に幸あれかし>と思いを贈る。はなむけの言葉を贈る。
けれど、今在る場所は君にはもはや窮屈で、脱出すべき枷(かせ)になっていて、そして、「私」自身も、いつの間にかその枷の一つになっていたのかもしれないと気付く。
一方では、そんな後ろめたさや寂しさもまた、この原詩から感じとれる気がする。
更には、未知の世界への希望は、未知であるがゆえの不安でもあるわけで、夢が挫折と表裏になっていることを予感させてもいる。
実は挫折の後にこそ、それを乗り越えてゆけるかという本当の試練が待っている。
そんな色々なことを思わせる、繊細な感性に溢れた原詩であるが、では、日本語詩を作り上げてゆくにあたって、実際にどのような場面設定の中でこれを伝えて行けばよいのか。
具体的なイメージを持たなければ味わいにくい詩と言えるかもしれない。
そんなことを考えながら作った訳詞、『たびだち』のご紹介をしてみたいと思う。
長くなってきたので、一度筆を置き、次の「その二」に続けたいと思います。
次回もどうぞお読みくださいね。


