
バンドリハーサル
コンサートまで、一カ月を切り、準備もまさに大詰めを迎えています。
でも、まだまだ、懸案事項が・・・。
コンサートのひと月前って、いつもどんなことを考えて過ごしているのかと、何となく以前のブログ記事を読み返してみました。
二年前に書いていたこんな言葉、今の心境に重なります。
でも、こういう準備の時間を粛々と過ごし、余裕を持って楽しめないと、本当に味わいのあるコンサートに辿り着けないのでしょうね。
コンサートの当日は、いわばとてもわかりやすい「晴れの日」ですが、その一日を支える密やかな沢山の「ケの日」に支えられていることを思えば、その「ケの日」の生き方、心構えこそが実は大切なのだと、折に触れて気付かされます。
そして、実は「ケの日」の中にも、小さな「到達点」が随所にちりばめられていて、その「到達点」は、同時に次への「スタートライン」にもなっている、・・・・ コンサートを目前にした緊張感の中に居ても、いつも自然に微笑みながら、ひと時ひと時を柔らかく丁寧に過ごしてゆきたい、今そんなことを思っています。
嘗ての自分の言葉に深く頷きながら、一日一日を大切に過ごせなければ、「ハレの日」も存在しないことを、痛感しています。
・・・・・・・・・・・
そんな「ケの一日」、バンドリハーサルも先日無事終わりました。
高円寺の音楽スタジオに11時集合、ピアノの三浦高広さん、シンセサイザーの藤山正史さん、ベースの小野照彦さん、そしてコーラスの石川歩さん、私、スタジオの音響担当のスタッフ、総勢6名でこの日に臨みました。
藤山さんと小野さんとは二年ぶりの再会。同じステージで音楽を奏でた仲間は、「同じ釜の飯を」のような絆が生まれるものなのでしょう。今年もご一緒できることをとても幸せに感じます。

普段は、ライブ会場にも使用されているゆったりとしたスタジオでのリハーサルです。
・・・実は、気合いが入り過ぎて、写真撮影を失念してしまい、気付いたら、練習風景は一枚も撮れていませんでした。それで始まる前のがらんとした会場の写真なのですが。

これはどなたの荷物かお分かりになりますか。
全部藤山さんのシンセサイザーです。
分解してこのようにいくつもに分けて運び、これをご自分で組み立てて使っていらっしゃるのです。重量も半端ではありません。
けれどそれ以上に小野さんのベースのケースも頑強で大きく、びっくりしてしまいました。人一人充分に入れそうな大きさ、それを事も無げに黙々と運び入れて、ジャンボさんの愛称、さもありなん、早速演奏スタートです。
練習日はこの日のみで、次はコンサート本番となります。
新譜も多く含んだ全曲22曲を、この限られた時間の中で作り上げて行くのですから、全員、和気藹藹としたご挨拶タイムとは打って変わった真剣勝負、殺気が漂うような空気の中でリハーサルが進みます。

最初の一回は曲作り、曲想をつかみ、歌を交えながら取りあえず音を出してみます。
バンドマスターの三浦先生から楽器のバランスなどを考えながらの調整、指示がリズミカルに出されます。
そして、次の二回目の演奏では、既に驚くべき完成度、私も目の前にステージが見えて来るような臨場感・陶酔感と共に120%熱唱してしまったらしく「メインボーカルはもっと音量小さく!」と何回もスピーカー調整の指示が出されました。
コンサートを作って行く過程、新たに生み出されてゆくハーモニー、その中に自分も溶け込んで、音楽が誕生する産声を体感できるのは何にも勝る喜びがあります。 16時までの5時間、ピンと張り詰めた空気が流れ続けました。
朝の散歩 ~落葉松林の中で~
バンドリハーサルを終え、コンサートの全体像もようやくはっきりと見えてきた気がします。

夏のコンサートは初めてですので、例年の夏の過ごし方とは様変わりしているのですが、それでも、願掛けでもするように、大好きな深緑の落葉松林がどうしても見たくなり、数日前から浅間高原に来ています。
朝夕はカーディガンを羽織らなければいられないくらい肌寒くて、でもその冷気に触れると修行僧にでもなったように心が引き締まり覚醒し、それがこの上なく心地よく感じられます。

夜明けの光が落葉松の木立の間から差し始める頃。5時過ぎの朝の散歩です。
やがて刻々と光が増し、落葉松の間から真っ白い夏の雲が見えてきます。

朝陽を背中に受けて、長く映る自分の影を久し振りに見た気がしました。
高原の草花。
華やかではないけれど路傍に小さく咲いて季節を飾っています。

森の中に佇んでいると耳が、微かな音を逃さず楽しみ始めます。
木立を縫って、遠くから近づいてくる風の音、葉擦れの音、風が梢に溜まった雨の滴を落とし、それに呼応するようにあちらこちらで鳥のさえずりが聞こえて来る、鶯が美声を誇り、長く冴えわたる鳴き声を聴かせています。そして遠くに小川のせせらぎも。
・・・・・忙しい日常生活では聴こえなくなってしまっている、或いは聴こうとしなくなっている音が沢山あって、それは自然の中にこそ豊かにあって、じっと耳を澄ませることがどれほど心を解き放ち、柔らかくしてくれるか、しみじみと感じます。
夕方、村の一斉放送が、遠くのスピーカーからとぎれとぎれに聴こえてきました。耳を澄ましてみたら、熊が出没したと言う注意喚起の放送でした。
「このあたりで熊の親子を見たという目撃情報がありました。
出逢っても子熊には絶対近づかないように。目を合わさず慌てないで身体を低くするように。独りで外を歩く際には、鈴を鳴らすように。」
という内容でした。
凄いです。
ニュースでは耳にするとは言うものの、生でこんな言葉を聞いてしまうと俄然、現実味を帯びて迫ってきます。
童謡の『森のくまさん』はひょうきんで可愛いのに、現実はそんな生易しものではないのですね。
『森のくまさん』
話が飛躍し過ぎますが、よく考えると『森のくまさん』って妙な歌詞だと思いませんか。
ある日森の中 くまさんに出会った
花咲く森の道 くまさんに出会った
くまさんがいうことにゃ お嬢さん お逃げなさい
と言われてお嬢さんはスタコラサッサと逃げるのですが、ところがこの後 くまさんは後からトコトコとついてくるのです。
そして「お嬢さん お待ちなさい 落し物」と言って 白い貝殻の小さなイヤリングを渡します。お嬢さんは立ち止まり ありがとうと受け取って お礼に歌を歌うのです。・・・という、5番までの歌詞をご存知でしたか。
動物も人間も和気藹藹と仲良しのメルヘンといってしまえばそれまでなのですが、私は幼い頃からこの歌に、大いなる違和感を持っていました。
優しいくまさんだったら、なぜ最初にお逃げなさいと言うのか、赤ずきんちゃんの狼のように少し胡散臭いものも感じていた気がします。
途中で心優しいくまさんに変心したのだろうか・・・。
少し調べてみると、これは元々はアメリカの童謡で、熊に出会ったのはお嬢さんではなく『私』、『私』が銃を持っていないのを知った熊は「それなら取りあえず逃げてみろ」と命じた上で、追い掛けた。『私』は木の上によじ登って辛くも命を繋ぎとめたという、もっとシリアスな内容だったようです。
本当は怖いグリム童話ではないですが、童話も童謡も本来どこか暗い負の部分を持っていることが多いようで、日本の場合は、一般的には子供への配慮を持って微笑ましい物語に換骨奪胎していると思われます。
「森のくまさん」はどこかで帳尻を合わせようとして、不思議な展開になっていたのかもしれません。
それにしてもこんな風に、里にも熊が出没することが多くなる時代には、くまさんがお友達のような感覚を子供に与え過ぎるのもリスクをはらんでしまうのかしら、ちょっと悲しいけれど、などと思ってしまいました。
つれづれに浮かんできた思いを書き連ねてみました。
コンサートまで、一カ月を切り、準備もまさに大詰めを迎えています。
でも、まだまだ、懸案事項が・・・。
コンサートのひと月前って、いつもどんなことを考えて過ごしているのかと、何となく以前のブログ記事を読み返してみました。
二年前に書いていたこんな言葉、今の心境に重なります。
でも、こういう準備の時間を粛々と過ごし、余裕を持って楽しめないと、本当に味わいのあるコンサートに辿り着けないのでしょうね。
コンサートの当日は、いわばとてもわかりやすい「晴れの日」ですが、その一日を支える密やかな沢山の「ケの日」に支えられていることを思えば、その「ケの日」の生き方、心構えこそが実は大切なのだと、折に触れて気付かされます。
そして、実は「ケの日」の中にも、小さな「到達点」が随所にちりばめられていて、その「到達点」は、同時に次への「スタートライン」にもなっている、・・・・ コンサートを目前にした緊張感の中に居ても、いつも自然に微笑みながら、ひと時ひと時を柔らかく丁寧に過ごしてゆきたい、今そんなことを思っています。
嘗ての自分の言葉に深く頷きながら、一日一日を大切に過ごせなければ、「ハレの日」も存在しないことを、痛感しています。
・・・・・・・・・・・
そんな「ケの一日」、バンドリハーサルも先日無事終わりました。
高円寺の音楽スタジオに11時集合、ピアノの三浦高広さん、シンセサイザーの藤山正史さん、ベースの小野照彦さん、そしてコーラスの石川歩さん、私、スタジオの音響担当のスタッフ、総勢6名でこの日に臨みました。
藤山さんと小野さんとは二年ぶりの再会。同じステージで音楽を奏でた仲間は、「同じ釜の飯を」のような絆が生まれるものなのでしょう。今年もご一緒できることをとても幸せに感じます。

普段は、ライブ会場にも使用されているゆったりとしたスタジオでのリハーサルです。
・・・実は、気合いが入り過ぎて、写真撮影を失念してしまい、気付いたら、練習風景は一枚も撮れていませんでした。それで始まる前のがらんとした会場の写真なのですが。

これはどなたの荷物かお分かりになりますか。
全部藤山さんのシンセサイザーです。
分解してこのようにいくつもに分けて運び、これをご自分で組み立てて使っていらっしゃるのです。重量も半端ではありません。
けれどそれ以上に小野さんのベースのケースも頑強で大きく、びっくりしてしまいました。人一人充分に入れそうな大きさ、それを事も無げに黙々と運び入れて、ジャンボさんの愛称、さもありなん、早速演奏スタートです。
練習日はこの日のみで、次はコンサート本番となります。
新譜も多く含んだ全曲22曲を、この限られた時間の中で作り上げて行くのですから、全員、和気藹藹としたご挨拶タイムとは打って変わった真剣勝負、殺気が漂うような空気の中でリハーサルが進みます。

最初の一回は曲作り、曲想をつかみ、歌を交えながら取りあえず音を出してみます。
バンドマスターの三浦先生から楽器のバランスなどを考えながらの調整、指示がリズミカルに出されます。
そして、次の二回目の演奏では、既に驚くべき完成度、私も目の前にステージが見えて来るような臨場感・陶酔感と共に120%熱唱してしまったらしく「メインボーカルはもっと音量小さく!」と何回もスピーカー調整の指示が出されました。
コンサートを作って行く過程、新たに生み出されてゆくハーモニー、その中に自分も溶け込んで、音楽が誕生する産声を体感できるのは何にも勝る喜びがあります。 16時までの5時間、ピンと張り詰めた空気が流れ続けました。
朝の散歩 ~落葉松林の中で~
バンドリハーサルを終え、コンサートの全体像もようやくはっきりと見えてきた気がします。

夏のコンサートは初めてですので、例年の夏の過ごし方とは様変わりしているのですが、それでも、願掛けでもするように、大好きな深緑の落葉松林がどうしても見たくなり、数日前から浅間高原に来ています。
朝夕はカーディガンを羽織らなければいられないくらい肌寒くて、でもその冷気に触れると修行僧にでもなったように心が引き締まり覚醒し、それがこの上なく心地よく感じられます。

夜明けの光が落葉松の木立の間から差し始める頃。5時過ぎの朝の散歩です。
やがて刻々と光が増し、落葉松の間から真っ白い夏の雲が見えてきます。

朝陽を背中に受けて、長く映る自分の影を久し振りに見た気がしました。
高原の草花。
華やかではないけれど路傍に小さく咲いて季節を飾っています。


森の中に佇んでいると耳が、微かな音を逃さず楽しみ始めます。
木立を縫って、遠くから近づいてくる風の音、葉擦れの音、風が梢に溜まった雨の滴を落とし、それに呼応するようにあちらこちらで鳥のさえずりが聞こえて来る、鶯が美声を誇り、長く冴えわたる鳴き声を聴かせています。そして遠くに小川のせせらぎも。
・・・・・忙しい日常生活では聴こえなくなってしまっている、或いは聴こうとしなくなっている音が沢山あって、それは自然の中にこそ豊かにあって、じっと耳を澄ませることがどれほど心を解き放ち、柔らかくしてくれるか、しみじみと感じます。
夕方、村の一斉放送が、遠くのスピーカーからとぎれとぎれに聴こえてきました。耳を澄ましてみたら、熊が出没したと言う注意喚起の放送でした。
「このあたりで熊の親子を見たという目撃情報がありました。
出逢っても子熊には絶対近づかないように。目を合わさず慌てないで身体を低くするように。独りで外を歩く際には、鈴を鳴らすように。」
という内容でした。
凄いです。
ニュースでは耳にするとは言うものの、生でこんな言葉を聞いてしまうと俄然、現実味を帯びて迫ってきます。
童謡の『森のくまさん』はひょうきんで可愛いのに、現実はそんな生易しものではないのですね。
『森のくまさん』
話が飛躍し過ぎますが、よく考えると『森のくまさん』って妙な歌詞だと思いませんか。
ある日森の中 くまさんに出会った
花咲く森の道 くまさんに出会った
くまさんがいうことにゃ お嬢さん お逃げなさい
と言われてお嬢さんはスタコラサッサと逃げるのですが、ところがこの後 くまさんは後からトコトコとついてくるのです。
そして「お嬢さん お待ちなさい 落し物」と言って 白い貝殻の小さなイヤリングを渡します。お嬢さんは立ち止まり ありがとうと受け取って お礼に歌を歌うのです。・・・という、5番までの歌詞をご存知でしたか。
動物も人間も和気藹藹と仲良しのメルヘンといってしまえばそれまでなのですが、私は幼い頃からこの歌に、大いなる違和感を持っていました。
優しいくまさんだったら、なぜ最初にお逃げなさいと言うのか、赤ずきんちゃんの狼のように少し胡散臭いものも感じていた気がします。
途中で心優しいくまさんに変心したのだろうか・・・。
少し調べてみると、これは元々はアメリカの童謡で、熊に出会ったのはお嬢さんではなく『私』、『私』が銃を持っていないのを知った熊は「それなら取りあえず逃げてみろ」と命じた上で、追い掛けた。『私』は木の上によじ登って辛くも命を繋ぎとめたという、もっとシリアスな内容だったようです。
本当は怖いグリム童話ではないですが、童話も童謡も本来どこか暗い負の部分を持っていることが多いようで、日本の場合は、一般的には子供への配慮を持って微笑ましい物語に換骨奪胎していると思われます。
「森のくまさん」はどこかで帳尻を合わせようとして、不思議な展開になっていたのかもしれません。
それにしてもこんな風に、里にも熊が出没することが多くなる時代には、くまさんがお友達のような感覚を子供に与え過ぎるのもリスクをはらんでしまうのかしら、ちょっと悲しいけれど、などと思ってしまいました。
つれづれに浮かんできた思いを書き連ねてみました。


