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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

* 梅雨時の片付け

   試験の前になると、急に部屋の片付けがしたくなる、
   本棚の本を並べ替えてみたり、
   机の中の整理を始めたり、
   ・・・・そんな人・・・私の他にもいらっしゃるのでは? 
 普段は気にせずごちゃごちゃでも結構平気なのに、秒読み状態の時ばかり・・・あの奇妙な衝動は一体どこから来るのでしょうね? 

 突き上がってくる“片付けたいパワー”に勝てず、狂ったように綺麗好きに変身し、机の中まで徹底的に整理などしてしまうと、もう逃げ場を失って、いよいよ目の前にホントは迫っているテスト勉強に向かわざる得なくなる・・・・この試験が終わって自由の身になったら、続きの片付けをすべて終わらせてスカッとした部屋で生まれ変わったような生活をしよう!!と心に誓い、テストに出陣するのですが、帰還してくると、スッと熱が冷めて、なぜあんなに掃除好きになっていたのかわからなくなる・・・・あれは試験勉強からの無意識裡の逃避行動だったのでしょうか?
 自分を時間の限界に追い込んでゆく自虐的な通過儀礼みたいな気もして・・・・今もほろ苦い感覚で思い出します。


 実は数日前から、ブログの更新もさておいて、梅雨時の今、不治の病の再発、片付け三昧の生活に入っているのです。

 しかしそれにしても、人が生きることはゴミを生み出すことかと思うほど、どうしてこうもモノやゴミって溜まるのでしょうね。
 吐き出す吐息みたいに、何かが湧き出してくる気がして、それを一つ一つ吟味し片付けながら新陳代謝してゆかないと、身も心も本当に重くなってしまいそうな気がします。
 
 昔の強迫観念の裏返しもあってか、私の趣味の一つは片付けと言っても良いくらい、整理整頓は好きなほうなので、たぶん一般的なレベルよりはかなり綺麗好きで、人様には家の中や身の回りがいつもすっきり片付いていると言っていただけるのですが、それでもいつの間にか背中に何かが覆いかぶさってくるように、モノが溜まり込んでくるものですね。
 
 人やモノとの関わりを深めてゆくことが、積極的に自分の人生を生きているという証しでもあるのでしょうから、過去や未来と繋がるモノの存在は、おざなりに出来ない意味あるものに違いありません。
 むしろ、重荷や余分と思われるものを敢えて背負ってこそが、人生の本当の意味であり面白さだということも、また真実でもあるのですが・・・。

 片付けの理想として、私の中に刻まれている一つの映像をご紹介してみたいと思います。


    祖母の部屋。
 私は小さい時から筋金入りのおばあちゃん子でした。
 祖母は昔気質の生粋の江戸っ子。ユーモアに溢れた、優しく温かい人柄で包容力のある親分肌の人でした。本当に楽しい人だったのですが、でも一面、竹を割ったようなしゃっきりとした性格で、とにかく真っ直ぐで何でも筋を通す一途なところがありました。
 初孫の私は、鉄は熱いうちに・・・ということで、祖母の家で小さい頃、礼儀作法、言葉、生活全般に到るまで、それはそれは厳しく仕込まれ叩きこまれました。(その割に今、ヘナチョコで、これはひとえに私自身の資質の問題、不徳の致すところで、今は亡き祖母に合わす顔はないなといつも申し訳なく思っています。)
 
    その祖母の部屋なのですが。
 実に綺麗なのです。 何と言うか・・・清潔にして簡素。部屋の中の一つ一つのモノが充分に生きて喜んでその役割を果たしているという感じなのです。
 例えば、読み終わった新聞のたたみ方一つとっても、凄いのです。
 ピシッと寸分の狂いなく、まさに折目正しく、それがストック箱に重ねられている様子まで思い出しますが、角までピタッと揃って実に気持ち良く、古新聞と言えども芸術品みたいな美しさを幼心に感じたものでした。
 どうしても祖母のようにはたためなかった私は秘訣を聞いたのですが、
 <今やっていることを心を込めてすれば、何でもできるようになる>
 という半ば禅問答のような答えでした。
 <今やることを厭だと思ってやったらいけない>
 とも言っていました。
 <泣き仕事はしないこと>という祖母の言葉は未だに、越えられない大きな課題として私の中にあります。
 祖母は人とのつながりをとても大切にしていましたが、モノに執着しない無欲な人でしたし、衣類にしろ、小物雑貨にしろ、余分なものは置かず溜めず、必要なものだけを大事に手入れし、合理的に整理整頓し、気持ち良く暮らしていた気がします。
 使い込んだ家具も、お茶碗も、新聞紙までが、あるべき場所でその役目を果たし、ピカピカだった気がします。

 私の祖母自慢は、武勇伝も含め、調子に乗って話すと、際限なくなりますので、我慢して今日はこれくらいにしておきたいと思いますが。


 私にとって、<片付ける>ことの理想はここにあるのかなと。


 今、<片付ける>ということが、ちょっとしたブームになっているそうで、書店に行ってもマニュアル本など多く並んでいたりします。
私もこれについては、子供時代からのそれなりのキャリアもあることですし、この話題は次回続けてお話してみようかと思います。


   ではこれからまた<片付け>、頑張ります!

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