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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

むらさきいろの情景

 二週間前、ついに思い切って目の手術を受けました。

   水晶体再建術
 子供の頃から本の虫だったのがたたったのか、極度の近眼だったのですが、加えて白内障も若い頃から発症し、滲んで見えづらいのが日常になっていました。
 支障も多くなってきたので、長年の懸案の水晶体再建術(=白内障手術)を両眼とも受けることをついに決意したのでした。
 簡単な手術だとは前々から聞いていたものの、手術恐怖症で、メスとか麻酔とかいう言葉には震えがくる質(たち)ですので、実は、私としては決死の覚悟だったのです。
 「命がけ」みたいな気分で情報収集をし、ようやくこの方ならと納得できるお医者様に出会うことができました。
 万全の構えでの出陣でしたが、お陰様で無事成功しました。

 白内障手術というのは、大雑把にいうと、濁りが生じた水晶体を取り除き、代わりに眼内レンズをはめ込むという手術です。
 そのレンズには、大きく多焦点と単焦点の2通りがあります。
 単焦点レンズというのは、一か所だけにくっきりとピントの合うレンズの事。例えば遠くが良く見えるレンズの場合は手元眼鏡が必要になり、反対に手元の文字などがはっきり見えるように設定すると、遠くはぼやけるので近眼用の眼鏡が必要になります。
 遠近どちらもそこそこの視力が欲しい場合には多焦点レンズが有効で、距離に関係なくかなりクリアな視力を回復できます。

 この頃は、この多焦点レンズの開発が進んで、少しずつ身近になってきたようです。
 私も現在の目の状態と、舞台で朗読をすることも考え合わせ、思い切って、最新の多焦点レンズを使って頂くことにしたのでした。

 手術後一週間は、昼夜、眼球保護のためゴーグルのような眼鏡をかけて過ごし、洗顔洗髪等も禁止され、ただひたすら静かに過ごしていましたが、ようやくこの期間も過ぎました。二か月間はまだ目薬をさし、日常生活に気を付けねばというものの、ほっと一安心!

 秋葉原の白内障専門のクリニックで手術を受けたのですが、手厚く万事に行き届いていて信頼してお任せすることができました。
 手術そのものは両眼合わせても10分くらいの短時間、麻酔の目薬をさしての手術ですので、術中の様子はすべてわかるのですが、先生が折々適切な言葉をかけて下さるので、私も安心してまな板の上の鯉に。
 手術の間、看護婦さんが優しく手を握っていてくれて、それが何とも心地よいのです。
 励まされるってこういうことなのだと、何かがわかったような気がしました。

   紫色の情景
 手術後、視界がくっきりと開けてきたことには本当に感激しています。
 見にくかった遠方がどこまでも遠くまで見えるようになって、世界はこんな風に広がっていたのか・・・という驚きがあり、目を上げてまっすぐに歩きたいと思いました。
 道端の小さな風景も新鮮で心惹かれますし、人の顔も自分の表情さえもこんなだったのかという不思議な驚きと発見があります。

 でも白内障手術後、一番変わったことは世界の色合いが違って見えること。シンボリックに言っているのではなく文字通り周囲の色彩が違うのです。
 「青視症(せいししょう)」という現象なのだそうですが、白内障手術の結果、急に黄色のサングラスをはずして見たのと同様に、これまで遮られていた青い光が網膜に届くようになり、今までと違って青みを帯びて見えるようになることがあると本で知りました。

 私の場合もまさにそうで、最初に気づいたのは手術の翌朝、窓の外の夜明けの空が青紫色に染まっていて、大気全体にブルーのフィルターがかかったように見えたことでした。
 それから今もずっとこの現象は続いています。
 少しずつ慣れてきて自然に気にならなくなるのだそうですが、この色合い、特に夜明けと日没の空は青紫のヴェールが特に美しくて、毎日感動しているのです。
 蒼いものは更に深く蒼く見えて、いつも淡いブルーのセロファン越しに物を見ている感じです。でも気持ちが悪いわけではなく、とても心地よい・・・・。
朝焼け
 これまで見てきた色が本当で、今は目の錯覚なのか、あるいは、今見ている色合いこそが、他の人も見ているのと同じなのか・・・。

「紫立ちたる雲の細くたなびきたる」・・・清少納言の見た朝明けはこんな色だったのかしらとも思います。

 物を見るということについて。
 自分が当然と思ってみている映像は、他の人にも同様に見えているのだろうか?
 本当は違う色で違う姿をしているのではないだろうか?
 ただ自分で信じているだけで、実はそれぞれの人には異なった像が映っているのかもしれない・・・などと思います。
 これは目に見える実像だけではなく、もっと精神的なこと、物の捉え方や、常識と思われていることなど、多岐にわたって当てはまることなのかもしれません。

 画家が描く独特な事物や色彩表現なども、あえて抽象的に描いたというよりはむしろ彼の目には本当にそう映っていただけだったということもありうるかもしれません。

 淡いむらさきに染まった世界と、寝る前にコンタクトレンズをはずさなくてもよくなった自分を楽しんでいるこの頃です。



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