

夏と秋の間のぽっかりと空く季節・・・この茫洋とした名残の季節も、私はとても好きです。
さて今日は前回の記事、「そして 君」その一 の続きからです。
・・・その前に最初からちょっと脱線。
前回の記事の中で「蜘蛛の刺し傷」というCDアルバムをご紹介しましたが、蜘蛛に刺されたことってありますか?
毒蜘蛛に刺されたりすることは、実際にはめったに起こらないですけれど、そこら辺の小さな蜘蛛でも、運悪く触れたりするとチクリとすること、確かにありますよね。そして蚊の跡より、若干痒みが長引くような気もします。
何だか分からない、何時刺されたかもわからない、虫さされの跡が急に堪らなく痒くなり、夜むずむず寝床を呻きまわる、・・・「蜘蛛の刺し傷」というアルバムタイトルと同名の曲がこのCDの中にあるのですが、これはまさにそういう情景を描いていて、致命傷では決してなく、また取り立てて言うことも出来ないような、ちっぽけな、でもしつこく付きまとってくるような痛みを誰でも心にも持っている・・・そんな夏ならではの曲なのです。
では、本筋に戻り、続きです。
「そして 君」 その二
訳詩への思い<6>
原詩の最後は
y’aura rien de mieux rien de mieux après (良くなることはもう何もない この後良くなることは何も)
と締めくくられているのだが、少し後ろ向きに考えると「君と既に見るべきものは全て見てしまった、行き止まってしまってこれ以上良くなることは何もない この旅行が終わったらお別れだね」というような決別の気持ちと考えられないこともない。
「déjà」という言葉にはもう既に片が付いてしまったというような完了のニュアンスが漂っているので。
このような方向で少し考えてはみたが、しかしながらこの曲をそう考えるのはかなりひねくれていて、この曲の明るいメロディーに決別の思いを乗せるほどにはヴァンサンは屈折していないだろうと信じたいし、私は、やはりシンプルに、「もう既に自分の心には君が入っていて、君を選んで君とどこまでも歩いて行く、これが最高なんだと今はっきり言える」という思いの表明であると取りたいと思った。
一緒に過ごした旅が終わりに近づくときに、過ぎてゆく時間の中で終わらせてしまえないもの、守ってゆきたいものを改めて発見する、そんな歌としてこの曲を表してみたかった。
そして旅の最後に、彼女の生まれた町を共に歩く、というのも結構ロマンチックなのではないかと。
その町をとても懐かしいと感じる・・・僕はもういつのまにか君に染まっちゃったんだね・・・というような「déjà」っていうのもなかなかの愛の言葉なのではと。独断的ではあるけれど、この私の曲「そして 君」はそのような世界の中にある。
さて、では最後に。
この原詩にはいくつかの地名が出てきて、作中の人物達が辿る道筋を示していると思われる。この詩に限らず、ヴァンサンの歌詞には具体的な街や通り名などが割と頻繁に出てくるが、きっと彼の風土に対する独特な感性やこだわりがあるのだろう。生粋のフランス人でフランスの空気の中で生きていて、だからこそrue(通り)、quartier(地区)の一つ一つにも、そこでしかないものを感じ、その名称自体が呼び起こす独自なものを嗅ぎわけるのかもしれない。あるいはそういう詩的且つ自然人的な五感が鋭くて、本能的に匂いを感じ取ってしまうのかも知れない。
路地を一つ入ると、そこに暮らす人の生活が見え、違う風が吹き、流れる空気が変わる・・・・京都発見ガイドブックみたいなものに書かれていそうなそんなフレーズが浮かんでくる。この感覚は慣れ親しんだ土地の中で研ぎ澄まされるものでもあるし、また旅という特殊な時間と気分の中で突然生まれることもある。
今回のこの曲だが、繰り返すと、たぶん、彼女と旅をしていて、旅が終わろうとするときの気持ちを歌っているものと解釈できる。原詩に添って旅の行程を追ってみようと地図など調べたが、正直に言うと良くわからなかった。
バスがポジターノに着こうとする所から詩は始まっている。ポジターノはたぶんイタリアの南海岸、ソレントからSITAバスで40分の小さな、美しいリゾート地、ここに旅行に来たらしい。で、たぶん一日或いは数日を過ごして、フランスに戻って来る。彼女の住んでいるのはたぶんバルベスで、ここに送りとどけて彼はメトロに乗って帰宅する。
私の訳詞では、旅の終わりに、彼女の生まれた町バルベスに立ち寄ったとも、送りとどけたとも受け取れるような曖昧な書き方にしてある。かなり怪しげで、ヴァンサンには内緒にしておいたほうが良さそうだ。
水玉のワンピースとサンダルの彼女が、眩しい日差しの中で爽やかに光る、ちょっと素敵な夏の恋の歌である。
Fin
(注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
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