
先日の記事でお知らせしました三日間にわたる「レ・テタール・メランジェ・コンサート2011」が昨日から始まりました。
昨日
昨日は第一日目のコンサートでしたが、そのお手伝いに行ってきました。
受付・会場・楽屋・プログラム作りなどの様々な裏方の仕事でした。
コンサートのような舞台を実現する陰には、そのステージを支え、出演者が歌うことに充分集中できるよう心を配っている様々なスタッフの存在があります。
そういう現場の写真を収めてレポートしようかと、カメラを持ってホールに入ったのですが、リハーサルも本番も真剣勝負の気迫が満ちていて、シャッターを押すことが憚られて、気が付いたら、二枚しか写真を撮っていませんでした。
初めに撮った受付の前のスタンド花。
三日間のコンサートの盛会を祝し、会場を華やかに飾ります。
出演者はお昼に楽屋入りし、早速各自メークと衣装にかかります。
女性の楽屋は賑やかで、よしこれからという気合いに満ちています。お互いにお化粧を手伝ったり、励まし合ったり和気藹藹でテンションも上がってゆきます。
そして、衣装をつけて本番通りに忠実なリハーサルが行われますが、舞台袖には、音響、振付、舞台監督などのスタッフが控えながら、入念なチェックをしてゆきます。
舞台の袖から撮ったもう一枚の写真。わかりにくいのですが、スポットに照らされて歌う歌い手を後ろから見守っているスタッフたちです。
リハーサルが終わるといつのまにか夕方に。
本番まで一時間程の休憩の後、スタートです。
お客様は大勢いらして下さり、昨日はほとんどの席が埋まっていました。
始まるとコンサートはあっという間に過ぎてゆきます。
私は受付で、スピーカーから流れてくるそれぞれの方の歌を聴いていました。
ホールというのはこういう片隅まで、歌の魂みたいなものが満たされている心地よさがあり、そういう場に共にいる幸せを感じて帰って来たのでした。
今日
私の出番は明日ですので、今日はスタンバイ状態。
コンサート前夜の素描。
・・・要するに、コンサートの前、どんなことを考えているのか、どうやって過ごしているか、とりとめがないのですが、もう少しお話してみますね。
家の内外の所用、仕事、先々のことまで、やりたいことは山積みの筈なのですが、でも何だか、コンサートの前日って、待機していなければいけない気持ちになって、手持ち無沙汰に朝から過ごしています。
<大事の前には新たな仕事に着手すべからず>みたいな気分が自分の中には充満しているようで、それに、少し風邪気味でもあるので、外出もできるだけ控えるべきだろうし、そうするとどうしてよいかわからなくなります。こういうのを典型的な貧乏性というのでしょうね。
こうなると、私の場合は、いつものように掃除・片付けに頭がシフトし、朝から勤勉に働いた結果、お昼には家事所用は一通り終了してしまいました。
明日の持ち物チェックももう済ませ、衣装・小物・化粧道具諸々、大きめのキャリーバックに既に詰め込んであります。
こういう準備は、気短かの両親の薫陶を受けて、やたら早い方なので。
ドレスはステージが終わるまでは扱いは慎重にしないと・・・と、しわにならないよう、気を遣ってケースに入れたりしていると、荷物はどんどん膨れ上がってきます。
日本でも割とよく歌われている『女歌手は二十歳』というシャンソンがあるのですが、<重い鞄を引きずりながら 女歌手は、ため息をつきお店に入る 化粧をして華やかな装いに着替え、ステージに立つと 彼女は束の間二十歳の歌手に変身する >という内容から始まります。
ステージのあるときの荷物は本当に嵩張ってしまうので、ガラガラと引っ張っていると、何だかいつもこの歌が頭をよぎるのですが、この歌の後半の女歌手は少し惨めなので、本当は出陣前にはあまり思い出さない方が良い曲ですね。
ステージの何日か前からは出来るだけ喉を大切にして、必要以上に声を使わない、人とも話さない、電話に出ない、・・など、それぞれの歌手の方は色々なこだわりを持っていらっしゃるようです。私はそこまで全然徹底できないのですが、今日は電話もほとんどなく偶然ですが、静かな一日でした。
そして、曲の最終チェックをしながら珈琲を少しこだわって美味しく淹れ、ゆっくり味わって、深く息をしたり、思いっきりカッコつけてみます。
何しろ歌の世界に入ること自体がある種の錯覚かもしれませんから、これ位、外側からなりきって、気持ちの準備をしておいた方がよいかなという気もします。
でも、こんなゆとりのある前日は初めてかもしれません。
準備の整っているところに参加するだけで良いという恵まれた状況だからなのでしょうね。
いつもの自分のソロコンサートですと、直前まで東奔西走で、喉を休めるどころか色々な段取りで喋り通しですし、とても珈琲を燻らせ・・・どころではありません。
2月もきっと滑り込みになるのかしら?と思いつつ、でも、やはり、珈琲でも・・・とご報告できるようでありたいと密かに思っています。
シ~ンとしている時間。
どこか心細くなるような独りの時間。
空っぽでいる今、この中に何かが充足してくると良いなと思います。
明日、それが一杯になって溢れ出るように、気持ちよく客席に流れてゆきますように。たくさん伝わってゆきますように。
昨日
昨日は第一日目のコンサートでしたが、そのお手伝いに行ってきました。
受付・会場・楽屋・プログラム作りなどの様々な裏方の仕事でした。
コンサートのような舞台を実現する陰には、そのステージを支え、出演者が歌うことに充分集中できるよう心を配っている様々なスタッフの存在があります。
そういう現場の写真を収めてレポートしようかと、カメラを持ってホールに入ったのですが、リハーサルも本番も真剣勝負の気迫が満ちていて、シャッターを押すことが憚られて、気が付いたら、二枚しか写真を撮っていませんでした。

初めに撮った受付の前のスタンド花。
三日間のコンサートの盛会を祝し、会場を華やかに飾ります。
出演者はお昼に楽屋入りし、早速各自メークと衣装にかかります。
女性の楽屋は賑やかで、よしこれからという気合いに満ちています。お互いにお化粧を手伝ったり、励まし合ったり和気藹藹でテンションも上がってゆきます。
そして、衣装をつけて本番通りに忠実なリハーサルが行われますが、舞台袖には、音響、振付、舞台監督などのスタッフが控えながら、入念なチェックをしてゆきます。

舞台の袖から撮ったもう一枚の写真。わかりにくいのですが、スポットに照らされて歌う歌い手を後ろから見守っているスタッフたちです。
リハーサルが終わるといつのまにか夕方に。
本番まで一時間程の休憩の後、スタートです。
お客様は大勢いらして下さり、昨日はほとんどの席が埋まっていました。
始まるとコンサートはあっという間に過ぎてゆきます。
私は受付で、スピーカーから流れてくるそれぞれの方の歌を聴いていました。
ホールというのはこういう片隅まで、歌の魂みたいなものが満たされている心地よさがあり、そういう場に共にいる幸せを感じて帰って来たのでした。
今日
私の出番は明日ですので、今日はスタンバイ状態。
コンサート前夜の素描。
・・・要するに、コンサートの前、どんなことを考えているのか、どうやって過ごしているか、とりとめがないのですが、もう少しお話してみますね。
家の内外の所用、仕事、先々のことまで、やりたいことは山積みの筈なのですが、でも何だか、コンサートの前日って、待機していなければいけない気持ちになって、手持ち無沙汰に朝から過ごしています。
<大事の前には新たな仕事に着手すべからず>みたいな気分が自分の中には充満しているようで、それに、少し風邪気味でもあるので、外出もできるだけ控えるべきだろうし、そうするとどうしてよいかわからなくなります。こういうのを典型的な貧乏性というのでしょうね。
こうなると、私の場合は、いつものように掃除・片付けに頭がシフトし、朝から勤勉に働いた結果、お昼には家事所用は一通り終了してしまいました。
明日の持ち物チェックももう済ませ、衣装・小物・化粧道具諸々、大きめのキャリーバックに既に詰め込んであります。
こういう準備は、気短かの両親の薫陶を受けて、やたら早い方なので。
ドレスはステージが終わるまでは扱いは慎重にしないと・・・と、しわにならないよう、気を遣ってケースに入れたりしていると、荷物はどんどん膨れ上がってきます。
日本でも割とよく歌われている『女歌手は二十歳』というシャンソンがあるのですが、<重い鞄を引きずりながら 女歌手は、ため息をつきお店に入る 化粧をして華やかな装いに着替え、ステージに立つと 彼女は束の間二十歳の歌手に変身する >という内容から始まります。
ステージのあるときの荷物は本当に嵩張ってしまうので、ガラガラと引っ張っていると、何だかいつもこの歌が頭をよぎるのですが、この歌の後半の女歌手は少し惨めなので、本当は出陣前にはあまり思い出さない方が良い曲ですね。
ステージの何日か前からは出来るだけ喉を大切にして、必要以上に声を使わない、人とも話さない、電話に出ない、・・など、それぞれの歌手の方は色々なこだわりを持っていらっしゃるようです。私はそこまで全然徹底できないのですが、今日は電話もほとんどなく偶然ですが、静かな一日でした。
そして、曲の最終チェックをしながら珈琲を少しこだわって美味しく淹れ、ゆっくり味わって、深く息をしたり、思いっきりカッコつけてみます。
何しろ歌の世界に入ること自体がある種の錯覚かもしれませんから、これ位、外側からなりきって、気持ちの準備をしておいた方がよいかなという気もします。
でも、こんなゆとりのある前日は初めてかもしれません。
準備の整っているところに参加するだけで良いという恵まれた状況だからなのでしょうね。
いつもの自分のソロコンサートですと、直前まで東奔西走で、喉を休めるどころか色々な段取りで喋り通しですし、とても珈琲を燻らせ・・・どころではありません。
2月もきっと滑り込みになるのかしら?と思いつつ、でも、やはり、珈琲でも・・・とご報告できるようでありたいと密かに思っています。
シ~ンとしている時間。
どこか心細くなるような独りの時間。
空っぽでいる今、この中に何かが充足してくると良いなと思います。
明日、それが一杯になって溢れ出るように、気持ちよく客席に流れてゆきますように。たくさん伝わってゆきますように。


