

柔らかい芽ぶきの色、少し儚げで優しい物腰の、この月生まれの女性を何人も知っていることもあって、私にとって3月という月は、ほんのりと淡いイメージがあります。
それなのに、・・・朝の天気予報の真っ赤な杉のマークが、テレビ画面の中で踊っていて、今や不本意ながら、私には耐えがたき季節に変貌してしまいました。
まだしばらくの受難の中ですが、今日は、気分を変えて、いよいよ猫のお話をしてみようかと思います。
実は、このブログを始めてからこれまでに、是非猫の話題を!というリクエストが結構届いているのです。
無類の猫好き、自他共に認める、猫エキスパートの私には、特筆すべき猫たちとの日々が、これまでに沢山あるのですが、その中でも『紋次郎』という猫と共に過ごした15年間という月日は特別であったなと今もしみじみと思っています。
それで、まずはこの『紋次郎』のお話をご紹介しようと思います。
但し、話し始めると、延々長く、どっさりと話は尽きませんので、ご覚悟の程を!
全何回の連載になるかは、今のところ全く見当がつきません。気の向いた折々に、ぼちぼちと、好評のようなら途中で打ち切らず書き続けてゆこうと思います。
~その一 誕生~
もうずっと昔の話。
私が高校3年、弟が中学3年の頃だったと思います。
野良猫が一匹、どこからか現れて、我が家の庭を頻繁に行き来するようになっていました。
完璧な日本猫の雑種、タマとかミケとかいう古典的な名前がしっくり似合いそうな風貌で比較的平凡な、よくそこら辺にいるタイプ。
父は、会社員でしたが、当時、庭いじりが大好きで、気に入ったことには断然懲り症で、・・・誰かさんもこの血を引いてしまったようなのですが、・・・・ついには庭園技能士などという資格まで通信講座で所得したくらいの入れ込みようでした。ささやかな庭ではありましたが、池など作り、鯉や金魚を少しずつ増やしては得意そうでした。
池の辺には石灯籠を置き、槇や柘植(つげ)を形よく刈込んだり、春は馬酔花、桃、梅、木瓜(ぼけ)、つわぶき、初夏になると菖蒲、・・・と純和風に、季節感のある花が選ばれて、今思えばかなり粋なお茶席風庭園を自分で設え、丹精込めて手入れしていたものです。
この頃の父の休日はいつも朝から晩まで庭仕事で、ご近所の方は父とは気付かず、まめに庭師を入れている家だと思っていたようです。
それくらいですので、大の猫嫌い、庭をほじくり回したり、池の鯉を傷つけられたりしては大変と、野良猫を極度に警戒していました。
一方、母は、若かったこの頃は、かなりの綺麗好きで、特に掃除については殆ど潔癖症の領域に入っていましたから、ペットが家を汚すなど、到底あり得べからざることで、そういう理由でこちらもやはり、猫嫌いだったようです。
我が家の庭を毎日ぶらついては、じっと様子をうかがっているこの猫の姿は、父にも母にも頗る不評でした。
姿をみかけると、二人ともかなり神経質に追い払っていたのですが、さすが野良猫で、用心深く、逃げ足も敏捷そのものでした。
でもよく観察するとこの猫には、自分の世界をおっとりと静かに生きているという、野良猫にあるまじき、どこか優雅な空気が漂っていて、私は好印象を初めから持っていたのです。
猫の方も私と目が合う時だけは、さっと退散せず遠巻きに、潤んだような、ちょっと悲しそうな目で、じっとアイコンタクトを取っていました。
動物の本能で、敵ではないと、悟っていたのかもしれません。
それが、あるときから、段々動作が緩慢になってゆき、よく見るとお腹の辺りが重たそうで、牝猫で子供を孕んでいるのだと察しがつくようになりました。
身重になってからのこの猫の行動範囲は、日がな一日、我が家と、道を隔てた向かい側にあるFさんのお宅との往復に限られていました。
Fさんはてっぷりとした体格の穏やかなアメリカ人の紳士で、奥様は陽気な日本人。ご夫婦共、来るものは拒まずという感じだったのでしょうか、この牝猫にいつも餌をやって結構可愛がっていらしたようでした。
三度の食事を心配なく貰えるF家と、一方、顔さえ見れば追い払われる我が家とでは俄然、あちらの方が居心地は良い筈で、我が家は腹ごなしの散歩をするところ、寝食はあちらと住み分けがなされていたのでしょう。
ある夜、夜更かししていつものように本を読んでいた私の耳に、風が吹き抜けるような、ヒューヒューという草笛のような高くかすかな音が聴こえてきました。
風の音か?人の忍び泣きの声か?・・・よく耳を澄ますと、長く線を引くようなとても切ない猫の鳴き声でした。
あの猫に違いないと思ったのですが、具合でも悪いのだろうか、死んでしまうのではないだろうか、でもそれは、どうしようもないことにも思われ、途切れない声がただ耳の奥深くに刻まれてゆくばかりでした。
翌朝から、猫は我が家の縁の下にうずくまって動かないでいる時間が多くなりました。
病気なのだろうか?
飼い猫ならすぐにでも獣医さんに連れてゆくところでしょうが、野良猫ですからそうもゆかず、・・・第一近づけば逃げますし、・・・・私同様、母も弟も結構気にかけて、どうしたものかと思案の末、ともかくも出産が近いことは確かなので、一時休戦し追い払うのはやめて、緊急避難場所としてせめても・・・というわけで、縁の下に段ボール箱、そこにタオルなどを敷いて居場所を作ってみました。・・・私はこの時、何冊も猫の生態や出産・飼育に関する本など読みあさり、すぐにでもお産婆さん見習い位になれそうな勢いでスタンバイしていました。・・・・
猫はそれから数日間、この箱に静かにうずくまっていましたが、その後、どこかに忽然と消え・・・・。
2~3週間程経ったでしょうか、なんと、お向かいのF氏が、当たり前の顔をして、すでに母となったいつものあの猫に餌をやっている姿が・・・・・。
目を凝らして、よくよく眺めると、母猫の傍にはホントに小さな、ふわふわの綿の塊りみたいな、毛の色がそれぞれ異なる生まれたての子猫たちが5匹寄り添っていました。
良かった。
無事で良かった。
F家でも、我が縁の下でもなく、どこか人目に着かない場所で出産して、無事戻ってきたのですね。
それが、私が紋次郎を初めて見た日でした。
第一話「誕生」 これにて完
第二話もよろしければ、そのうちまた続けてみますので、楽しみにしていて下さいね。


