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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

祖母の思い出

 一昨日11月8日は、母方の祖母の33回忌の法要でした。

 祖母については、これまでも時々お話ししてきましたので、私が大のおばあちゃん子だったことを既にご存じかもしれませんね。
 11月8日は命日、あれから33年の長い歳月が流れていますが、思い出は今もくっきりと刻まれています。
 一点の疑いもなく全幅の信頼を寄せることのできる人、・・・昔も今も祖母をそんな風に感じ続けてきた気がします。

 小田急江ノ島線の長後駅で下車して、7~8分の所に永明寺という臨済宗円覚寺派の禅寺があるのですが、ここが祖母の菩提寺です。
静かな永明寺 ずらっと並ぶお地蔵さま
 ずらっと並んだお地蔵さま。
 禅寺らしい、静寂で簡素な佇まいです。

 親族が一堂に会し、しめやかに法要が営まれる中、ご住職の朗々とした経文に、懐かしい思い出が様々に浮かんできました。
 
   歌舞伎と時代劇 
 私は初孫だったこともあり、幼い頃から随分と面倒を見てもらいました。
 それに、母娘と間違えられるくらい、顔かたちも、性格もどこか似た者同士、馬が合う<祖母と孫>だったみたいです。

 まだ3~4歳の頃から、よく祖母は友人の訪問、買い物、観劇、旅行など、あちこちに私を伴いました。
 観劇が大好きで、特に歌舞伎はかなりの通だったようです。
 歌舞伎の所作、音曲、演目、歴史、見どころ、贔屓の役者のプロフィールまで、いつも観に行く前に、丁寧に説明してくれるのです。
 ユーモアを交えながら幼い子にもわかるような楽しい言葉で、でも実は結構専門的でハイレベルな領域の長時間の講義の末、歌舞伎座に向かうのです。
 どう考えても4歳くらいの子が興味を待てるはずもない範疇なのですが、私もかなり変わった子だったようで、大好きな祖母が、そんな風に自分を一人前の大人のように扱って、熱心に一生懸命説明してくれるのが嬉しくて、これに応えることは、大人になることの様な気もして、目を輝かせながらうっとりと聴き惚れていました。
 ご存じのように歌舞伎は4~5時間に渡る長い公演時間ですが、大人しく座って飽きることもなく、祖母からの特訓を追体験する面白さをそれなりに楽しんでいた気がします。
 <鉄は熱いうちに>って本当かも知れません。今でも歌舞伎座は私にはノスタルジックな故郷みたいな感じがありますので。 

 同様に、時代劇映画にもよく連れて行ってもらいました。
 忠臣蔵などに至っては、色々な作品を見尽くしていましたので、そのお陰で、実は私、小学校に上がる前には、既に四十七士の名前・素性にもかなり精通していたのでした。

 で、面白いのは、歌舞伎にしろ時代劇にしろ、見終わった後で、祖母はとても楽しそうに感想を話してくれるので、「なるほど演劇や映画はかく鑑賞すべきか!」と、祖母の言葉からまた、自然に心に残る残像を反芻しながら想像力を広げてゆくことができるのです。
 子供に消化不良を起こさせないケアも万全、予習復習を入れ込んで楽しく学ばせる方法に長けた、なかなかの教育者だったと、今にして思うのです。

    「大丈夫 きっと上手くいくから」
 祖母はとても話し上手な人でした。
 その語る言葉は、少しも難しくなく平易なのですが、ユーモアに富んでいて温かみがあり、そして生き生きと説得力に満ちていました。

 私の専攻は日本文学で、現在はフランス詩からの訳詩を手掛けているわけですが、そうした折々に「言葉の持つ力」ということについて考えさせられます。
 <言葉には確かに言霊があり、生きて相手の命に浸み入って行く>と言う事をどこかで信じられるのは、祖母の影響かもしれず、身内自慢で可笑しいですけれど、<祖母の言葉には心があって一語一語が胸に響いてくる>と子供心に感じていました。そしてそれこそが、私にとっての、祖母の最大の魅力だったのでしょう。

 「大丈夫だから。神様がみんなわかっていてくれるから。
 悲しいことをたくさん知ってる人は心が優しくて良い人になれるから。
 大丈夫 きっと上手くいくから、何も心配しないで大丈夫。」


 その時、<きっとうまくいく。そしておばあちゃんみたいに優しい人になりたいな>って、思ったことを、お経を聴きながら突然思い出しました。
 心身共に過敏で、剃刀みたいな感受性を自分でも持て余して苦しんでいた時、何も細かいことを聞かないで、優しくぽつりと言ってくれた言葉が、子供心に勇気を与えてくれた事が蘇ってきました。
 
   犬達・猫達が感じた親和感
 私の特技は猫の躾(調教)で、だいたいどんな猫でも、犬も足元に及ばないくらい賢い猫に変身させる自信があるのですが、この奥義のルーツも実は祖母にあるのかもしれません。

 祖母は昔からいつも動物を飼っていました。
 でも、ペットショップから購入するというようなことはなく、まさに動物との一期一会、大抵は可哀想な境遇の犬猫を不憫に思って引き取っていたのです。

 「愛情を惜しみなく注ぐこと。いつも楽しく接すること。」
 「感情の赴くままに怒ったりしないこと。良い時には思いっきり褒め、悪い時には厳しく正す。常に同じ態度で。」
 「ひたすら会話をすること。」


 祖母と街を歩くと、野良犬、野良猫が後からついてきて如何にも親しげにすり寄ってきます。
 祖母は、これに別段驚く様子もなく、事もなげに、撫でてやりながら親しげに話しかけます。動物達はそれに応えるように甘えた声を出して、しばらくすると気が済んだように立ち止まって見送るのです。
  ・・・・子供の頃の、祖母との原風景の一つです。

   お説教の時間
 私は、祖母のお説教を聞くのが大好きな、本当に変な子でした。

 祖母はとても楽しい人でしたが、躾はこの上なく厳しく、明治生まれのスパルタ式で徹底的に仕込んでくれました。
 家事、言葉使い、作法、心の持ちよう、あらゆる分野に渡って容赦なくて、何回か言われたことが出来ないと、延々とお説教されることになります。

 「ちょっと、ここに来て座りなさい。」と正座させられるのが合図で、なぜいけないと思うか、どうすればもっときちんと出来ると思うのか、と自己分析を促した上で、冷静にこちらの言い分を聞き、そこからお説教はスタートします。
 勿論私は常に完敗で、明晰なお説教=理論に言い返す余地など全くなく、ひたすら感動し、頷くばかりだったのです。

   祖母の願い
 祖母の子供時代は不遇で、両親が早くに亡くなってしまい、祖母の祖母に育てられたのでした。祖母の祖母もまた、同様の境遇の、肉親との縁が薄い薄命の家系だったようで、祖母の心配は自分の子供たちにその巡り合わせが行かないようにとの一点にかかっていたようです。
 晩年、病に苦しんだ時にも、「今願っていることは、自分のところで全てが断ち切られて、子供たちとその家族が皆健康で長命であってほしいとの一つだけ。」と私にそっと話したことが心を離れません。
 苦しかったはずなのに、泣き言を言わず、最期まで明るく優しかった祖母を思い出します。
 勿論、祖母とて、孫の私には知る由もない沢山の葛藤を抱えていたに違いありませんが、それでも、強くて、誠実で、温かい、素敵な人でした。

 5人いる子供たち皆、これまで欠けることもなく、その家族も健康で、祖母を偲んで集まった一昨日の法要でした。

 立冬を過ぎた冷気に包まれた本堂の中で、全てを静かに一身に引き受けて、皆を見守っていてくれる祖母の笑顔をしみじみと感じていました。



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閑話休題  ~フランス版夫婦善哉~

 京都も梅雨入りとなりましたが、水無月のしっとりとした長雨ではなく、叩きつける暴雨、一昨日も稲光と共にあまりにも雨音が凄くて、雹(ひょう)でも落ちてきたかと思わず空を見上げてしまいました。
 今日は、一転して強い日差しで、誰でも感じているのでしょうけれど、温暖な筈の日本の気候はこのまま加速度を増して変わってゆくのでしょうか?
 咲き始めた紫陽花が、何だか場違いで、気の毒な気がしてきます。
 ともかくも元気でこの季節を乗り切らねばなりませんね。

 さて、今日は街で見かけた小さな情景、わざわざお話しする程の出来事ではないのですが、こんな話題もたまには良いのではと・・・お付き合い下さい。

   或るフランス人夫婦のお話
 今日午前中、京都四条通りにある銀行に、用事があり出掛けました。
 街の中心街ですので、連日慌ただしい活気に満ちています。
 順番待ちのソファーはいつも一杯で、今日もとても混んでいたのですが、その中に一組のカップルが座って番を待っているのが目に入りました。
 遠目から一瞬にして、彼らはフランス人であると確信し、的中!

 フランス語を学び、シャンソンに関わるようになってから、自然とフランス人の友人も出来、彼らと接する機会も増えたためなのか、はたまた、五感が妙に敏感すぎるせいなのか、私には、一目でほぼ100%正確に、欧米人の中からフランス人を見分ける能力があるらしいのです。
 私たち日本人は、アジア系の人を見ると、その人が日本人かどうか、言葉を聞かなくても何となくわかってしまうものですが、それと同様に、フランス人の顔つき、骨格とか目の動き、表情、そして所作、手の置き方とか、首の動かし方とか、呼吸の仕方とか、そんな、そこはかとなく醸し出されるフランス人オーラを敏感にキャッチできてしまう特技が身についてきたようです。

 50代半ばくらいのフランス人のこのご夫婦の、斜め後ろの席に座って、私も順番待ちをしていました。
 彼らは、かなり目立つカップルで、男性は知的な雰囲気で、映画スターの何人かを合体したような眉目秀麗と言ってよいダンディーな紳士でした。
 女性は無造作に大きく結い上げた栗色の髪が美しい、くっきりとした顔立ちの華やかなマダム、結構大きな声で話していたのは勿論フランス語です。
 銀行は20人待ち位の状況で、順番を呼ばれるまでの時間、とても暇でしたので、聞き耳を立てていたわけでは決してないのですが、自然とその話し声が聴こえてきてしまいました。

 音楽のように流暢に流れる優雅なフランス語・・・と最初は思ったのですが、少し気取った柔らかい話し方の割には、きつい言葉が畳みかけられていて、どうせ周囲にはわかるまいという油断があるのか、人眼も憚らず、二人は喧嘩をしていたのです。

 プライバシーに抵触するかもしれませんが、それこそ、どうせ彼らの知る由もないでしょうから、問題ない範囲でご紹介してしまいましょう。

 原因は、どうやらお金のことで、奥様の出金の所在を追及しているようなのです。
<夫>「今朝、通帳を確かめたら、いつの間にか不明の出金と振込履歴があるが、一体これはどうしたことか?」
     「自分に内緒で勝手に何に使ったのか?」
<妻>「××は○○さんのバースディープレゼント、△△はお母さんに送ったお金よ。前に貴方にもお話ししたでしょう?忘れたの?」
<夫>「聞いてないよ。」
     「それにこんな高額!それだけじゃないはずだ。」
<妻>「私だって、何かと物入りだし、お洒落もしたいんだから。
     いちいち、貴方に咎められたくないわ。それくらいわかるでしょう?」
<夫>「これまで自分たちは全部相談しながらやってきたんじゃないか。そんな経済観念のないことではこれから困るよ。」
<妻>「わかってるけど、これくらいは私の裁量の範囲内だと思うから、そこまで言われるのは心外だわ。」

 おおっと!!
 こんな調子でヒートアップしてゆき、他人の私がこれ以上聞いてはいけないのではと思うほどでした。
 ただ、興味深いことに、かなりシニカルな攻勢をお互いに浴びせかけているのに、それぞれが、言葉の繋ぎにジョークを散りばめていて、そういうジョークには相手も笑顔のジョークで応戦しつつ、また再び辛辣な舌戦へと突入してゆきます。  はたから見ていると和やかな会話なのか、そうでもないのか測りがたい雰囲気で、煙に巻かれる感じです。
 フランス人の夫婦喧嘩ってこんななのだろうか?と何だか感心してしまいました。

 フランスでは、夫が財産管理をしている場合が圧倒的に多くて、フランス人の男性はお金にとてもシビアなのだと聞いていましたが、この二人についてもこれは当てはまりそうです。

 そしてマダムは会話の合間にcalme(カルム)という言葉を連呼していました。
 “on se calme ”  “calme –toi” とか。
 「落ち着いて」、「冷静になってよ」、「静かに」という意味です。
 「ここは外なんだから静かにしましょう」、「もっと小さな声でね」とご主人をいさめる言葉が頻出していました。

 どうやら、マダムは劣勢のようで、時々ふうっとためいきを漏らすのですが、そうしているうちに、聞き取れないほどのかすかな声で、信じられない言葉を漏らしました。

 「静かにして言うとるやんか。」
 
 という日本語が私の耳には確かに聞こえました。
 そしてすぐ何事もなかったかのように、流れるようなフランス語が続いて・・・・。
 マダムの中で、何かが切れてしまったのか、この後から、フランス語が2~3フレーズ続くと、その合間に日本語がぼそっと入るという繰り返し。

 「・・・・ on se calme   わからん人やね。」
 「・・・・・・・・・  うるそうてかなんわ。」


 ご主人は日本語はわからないらしく、マダムの日本語での悪態口はただのため息にしか聞こえていないようで、二人はフランス語での会話を平然と続けるのです。

 この二人、日本に長く住んでいるのでしょうか?マダムはどこでこの巧みな関西弁を習得したのでしょう?
 マダムにとってこのように日本語を話すことにどんな意味があるのでしょう?
 ・・・実に面白い場面に遭遇してしまいました。
 マダムの日本語は囁くように発せられるので、周りの日本の人たちは、よもやそんな日本語が、このフランス人の女性によって呟かれているとは誰も気付かなかったのではと思います。
 私は息が止まるほどびっくりし、笑い転げたいのを必死で我慢して、テンション上がりっぱなしのひと時でした。

 織田作之助の『夫婦善哉』という小説をお読みになったことがありますか?
 大阪を舞台にして、蝶子という元芸者の女性と、放蕩者の若旦那柳吉が駆け落ちをしてドタバタしながらの絶妙な夫婦模様を繰り広げるお話なのですが、なぜか、あの小説が浮かんできてしまいました。

 マダムは、素知らぬ顔をしながら、時々コテコテの関西弁でご主人に悪態口をつき、自らガス抜きをしながら、あの華のような笑みを浮かべて過ごしてゆくのでしょう。
 これも夫婦の妙、奥は深いです。

   船上のウエディングパーティー
 さて、気分を変えて、若いカップルの素敵な門出のお話をして、締めくくりたいと思います。
 少し前、5月の中旬のことになりますが、私の教え子、ご卒業後もずっと親しくお付き合いしてきたYさんがご結婚なさいました。
シンフォニー
 挙式はハワイで、そして披露パーティーは東京湾クルーズ、日の出埠頭から出発する「シンフォニー」という豪華客船での披露宴でした。
シンフォニーのプレート
 ハワイでの挙式のお写真も沢山見せていただきましたが、真っ青な空と海、光一杯に包まれたYさんの笑顔は本当に美しく、清らかに輝いていました。
ハワイでの佳き日を彷彿とさせる、素晴らしい五月の青空と海に、一点の陰りもない素敵なお二人、心のこもった忘れ難い船上のパーティーとなりました。
船上からの東京湾  室内からの東京湾
 Yさんは、中学生の頃からとても理知的で謙虚な、でも自分をしっかりと持っていらした方、教養が深い分、控え目になって、こんな世の中では損したりしないかなと、親心としては心配になることもあったのですが、そうやって培ってきたピュアなものが、この日に集約されて匂い立つような美しさでした。

 お相手の方は、とても爽やかで品格に満ちた好青年、これから一歩ずつお二人での素敵な時間を刻んでいらっしゃるのですね。
船をかたどったウエディングケーキ
 写真はウエディングケーキカット。ケーキが客船の形をしていて心弾みます。

 Yさんは、私のコンサートスタッフとしていつも力を貸して下さっている方です。彼女の<一番好きな曲!>『愛の約束』をお祝いに歌わせて頂きました。
 胸が一杯になって、ステージで歌う時とは勝手が違いましたが、私の心尽くしの『愛の約束』、受け取って頂けましたか。

   愛は全て 共に手を取り
   信じ合って 今を輝かせ 約束の世界に生きよう


 お幸せを心からお祈りしています。


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師走東京下町探訪 <その二>

   フランスのクリスマスソング
 穏やかなクリスマスをお過ごしでしたか?
 私は22日に、新宿ヴィラージュでシャンソン仲間との勉強会があり、自作の訳詞レパートリーの中から二曲、クリスマスソングを歌ってきました。
ヴィラージュのクリスマスツリー
一曲はバルバラの「joyeux noël(松峰邦題「素敵なクリスマス」)」という曲。この曲は、前にブログでもこんな記事で少しだけご紹介したかと思います。

 クリスマスの夜、恋人に会いに行く一人の若者と、同じく愛する人のところに向かう一人の女性とがアルマ橋ですれ違うところから話は始まります。
 話はいかにもフランス風の味付けで進んでゆき、びっくりする結末と共に、「祝福あれ 素敵なクリスマス」という言葉で終結します。


 いかにもバルバラ的であり、尚且つフランス的な、意表を突く物語の展開、そしてシニカルでお洒落な感覚満載の大好きな曲です。
 でも、ミステリー小説のようなこの曲の種明かしをしてしまうと、歌を聴く興味が半減してしまいますので、、いつか是非直接お聴きくださいね。

 もう一曲はフランスの代表的なクリスマスソング「petit papa noël (松峰邦題「僕のサンタさん」)」。
 子どものためのあどけなく可愛い曲で、これもこの時期、私の一押しです。
 でも、日本ではなぜか知名度が低く、やはりフランスの曲は浸透しにくいのでしょうか。残念です。

   東京下町探訪<その二> 築地 ~朝食は江戸前寿司を
 さて、大変お待たせ致しました。前回の記事の続きを始めましょう。
まだお読みになっていらっしゃらない方は、まずは→『師走東京下町探訪<その一>』からどうぞ。

 友人のMさんと、豊洲にある豪華新築マンションのゲストルーム宿泊体験、一日目が無事終了したところまでお話ししたかと思います。
 明けて、翌朝。
 いつも以上に熟睡して目覚めた早朝、高層マンションの眼下に、空を青紫色に染めて太陽が昇ってきました。夜明けのしじまの中にビル群、くっきりと稜線を現してくる富士山。
 豊洲に泊まる地の利を生かして、<移転が決まった築地市場を視察しつつ、そこで朝食を!>という美味しそうな話が昨晩のうちに成立しており、いざ出陣。

 エレベーターの中、美しいロビー、ランドセル姿の子供達や通勤通学の人たちが行き交い、ホテルのような高層マンションにも普通に生活が営まれているのだと、当たり前のことに妙に感動してしまいました。
 因みに、シャンソンに、『高層ビルの子供』という曲があるのですが、それが何となく口をついて出てきました。

 <魚河岸の賑わい ターレ> さて、築地の魚河岸に到着。
 8時半くらいでしたが、セリはもう終わった後で、業者の方たちが仕入れた品を整理し積み込んでいるところで、兎に角、人と車の雑踏の中、大変な活気でした。
築地市場に到着
 築地は魚河岸を中心とした場内市場と、それを取り囲むようにして広がっている場外市場に分かれていますが、朝食は臨場感あふれる場内市場でということで、この中に果敢に突入。ここに来ると、お仕事をしていらっしゃる方たちの邪魔をしないよう敏捷な動きが要求されますね。

 特に、この乗り物がすごいのです。
 操縦者一人が、立ったまま大きなハンドルを自在に操作するちょっとキュートな形なのですが、荷台に一杯の段ボールや発泡スチロールの箱を山積みにして、人でごった返す狭い路地も何のその、躊躇することなくかなりの勢いで突進してきます。
巧みなターレの運転  行き交うターレ
通称「ターレ」という名前の運搬車です。
思わずウィキペディアで調べてしまいました。
動力源となるエンジン、モーター、操舵装置、駆動輪の全てが車台前部に回転可能に保持されたターレットに納められている。そのすぐ後方に運転台があり、運転者はターレット全体を回転させて操舵する。駆動輪となる前輪は360度回転するため最小回転半径は小さく、狭い場所での運用にも適している

 <横断は信号機に従って>という守られた生活に、いつの間にか慣れてしまっていたことに愕然とするくらい、道を歩くこと、道を渡ることに全神経を集中させます。
 <ここではきっとターレが一番、人はその邪魔をしないよう自己責任で歩く必要がある>、<それが築地の不文律に違いない>と勝手に確信しました。
 それにしても、操縦が実に巧みで、スピードを緩めないでスルスルと擦れ違う妙技など、ただただ見とれてしまいます。
 食材の品定めの技術、お魚をさばく技術、などと同様にターレを操る技術も長年、築地が培ってきた職人技なのかもしれません。

 <マグロ ゴロゴロ> マグロがゴロゴロ

 何と言ってもお江戸の台所、築地ですから、あらゆる種類の鮮魚が半端な量ではありません。
 
 でもマグロ、無造作にそこら辺にゴロゴロ転がっています。

マグロのさばき  マグロのブロック売り
デパートのマグロ解体ショーなんて目じゃない!あっという間に見事にさばいてゆきます。
 そして出来上がった切り身はこれ。巨大ビーフステーキの様ですね。

 <江戸前寿司 そして 珈琲> 細心の注意を払い市場を偵察しながら、場内の外れにあるお目当ての<魚がし横丁>に辿りつきました。
魚河岸横丁  有名店の行列
 もう既にそれぞれのお寿司屋さんの前には長蛇の列です。さて、どの店に入ろうか、悩むところで、ガイドブックに載っているお店の行列は半端ではありませんでした。築地のお店はどこも本当に美味しいと聞いていましたので、大行列のお店と、誰も入っていないお店だけは避け、あと少しで番が来そうなお店に決めました。
 敷地の関係で、間口が狭く10人くらいで一杯になってしまいますが、清潔で感じがよく、本当に美味しかったです。
いくらなんでも無理かなと思いつつ、15貫もある<おまかせ寿司>を注文しましたが、完食でした。お値段はそれなりですが、でもこの鮮度と美味しさなら納得です。余韻を楽しみたいので、しばらくは私、お寿司断ちするつもりです。
寿司屋さんの明朗メニュー
 お店の看板に、メニューの写真がわかりやすく載っていて、それぞれにABC・・・とアルファベットが打ってあり、価格も明示されていました。
 店内は外人のお客さんが圧倒的に多かったので、これは外国人の方のためのサービス、こうしておけば、日本語がわからなくても安心して注文できますね。

 同じ並びに、昭和初期の香りのするレトロな珈琲屋さんがあったので、入ってみました。ウナギの寝床のような狭いスペースですが、若い女性二人で仕切っていて、テキパキとした働きぶりにとても好感が持てました。河岸で働く常連の方が多いみたいですが、気持ちのよいやり取りを聴きながら、幸せな満腹感を味わいました。

 <ぶらぶらと場外に>「衣食足りて礼節を知る」・・・余裕を持って視察再開。
 こんな本屋さんもありました。『マグロのすべて』『築地 魚 さばき方と料理』さすがです。
魚河岸の本屋さん  厚厚卵焼き
 そして場外に。八百屋さん。佃煮屋さん。実演販売の卵焼き屋さん。
本家吉野家
 『吉野家』も。・・・明治32年創業で本家はここ築地なのだそうです。築地で働く人たちのために初代店主が 「はやい・うまい・やすい」を目指して店を開いたと説明がありました。
 そして「波除(なみよけ)神社」。・・・江戸時代は元々、築地一帯は海であったものが家綱の時、大規模な埋立事業が完成したのだそうですが、その際に工事と埋立地の安寧を祈願して建立され、以来築地の守護神社として今日に至っています。

 こうして歩いてみて、改めて、長い歳月の中で、築地に独特な文化が育まれていることを肌で感じた気がします。
 「築地市場」という言葉自体がただの地名ではなく思いが込められていること、それだけに、ここに関わってきた方たちの深い愛着も頷けます。
賑わう場内市場
 建物の老朽化、流通、敷地の狭さ、様々な今後への限界から、検討の末、豊洲への移転が決まって、今将来に向けての準備が着々と進んでいるようです。
 考えてみると築地も埋立地から始まり、長い月日を経て、今のような文化を作ってきたのですね。
 これから豊洲市場もまた、色々な問題をクリアしつつ、未来型の独自な文化が生れて行くのでしょう。
 Mさんと、「後10年20年したら、今日一緒にお寿司を食べたことを誰かに話したりするのかしら?」「<新築地市場>と命名して、築地の名前を残したい気もするけれど」とか色々と話しながら築地を後にしました。

   六本木 ~サントリーホール オルガン プロムナードコンサート
 この日の締めくくりはサントリーホールのパイプオルガンコンサートでした。サントリーホールでは月に一回、お昼に無料オルガンコンサートを行っていますが、この日はクリスマスにちなんだプログラムで編成されていて、とても楽しかったです。
 バリトンとのジョイントもあり、大好きなフォーレの『夢のあと』なども素敵なフランス語で歌って下さって大満足。

 年の瀬、心に残る一泊二日の東京探訪小さな旅のご報告でした。




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師走東京下町探訪 <その一>

 このところコンサートの話題が続いてしまいました。
 当日までの準備段階をしっかり踏むことが、目下の私の最優先課題になっていますので、ついその進捗状況など語りたくなってしまいます。

 でも今日は閑話休題、少し話題を変えて。
 忙中閑、忙しさの隙間を縫って、東京小さな散歩、ほっと心寛いだことをお話しようかと思います。
 もしかしたら一種の逃避行動かなという気もするのですが、でも、誰にでも少しは<忙しい時ほど寄り道をしたくなる>心境ってあるのではないでしょうか。また、こういう時の寄り道は少しだけ後ろめたい分、結構楽しくて、普段なら出会えない思わぬ収穫も沢山あったりしますよね。
 別のことをして遊びたくなる、でも、遊ぶほどの根性もない時には、一番遠い事から着手してみる、ずっと前に<試験勉強中に、無性に大掃除がしたくなる>というお話をしたかと思いますが、最近、そういう気持ちもざわざわと動いているのを感じます。
 でもまあ、<大変なときほど、固まり過ぎずに>と言い聞かせています。精神をリラックスさせることの効用は大きいですから。

   上野 ~「下町で第九」
 さて、まずスタートは年末の第九から。

 ご存知、台東区が年末恒例で開催している台東区民合唱団による第九の合唱を12月8日に聴きに行って参りました。

 以下は台東区の広報からの紹介文です。
台東第九公演(台東区HPより) 第九公演は、東京芸術大学、台東区民合唱団及び台東区で構成する「台東第九公演実行委員会」により、区民の皆さんの芸術活動に参加する機会、芸術に触れる場の提供を目的として、昭和56年から実施しています。
 市民合唱団による「第九を歌う会」は現在様々な地域で盛んに開催されていますが、この台東区の第九は今年で33回目になるそうで、まさに老舗ですね。

 久しぶりの上野、公園口を降り立つと、銀杏並木は名残りの黄葉、道に敷き詰められた枯葉をカサカサと踏みしめ、時々空を見上げながらゆっくりゆっくり歩いてみました。
銀杏の黄葉 歩道の落ち葉 銀杏の落ち葉
 枯葉の独特な香りが、踏みしめる足元から香り立ってきます。
 初冬の冷ややかな空気を頬に感じつつ、<色々あった一年が過ぎて、今、年の瀬の中を歩いている>という、どこかすっと心地よい感覚に満たされていました。

 そして、東京芸大奏楽堂に到着。
芸大奏楽堂 
 第九で一年の締めくくりという方々が多いのでしょうね。広いホールは一杯の観客に埋め尽くされていました。
 チケットを手配してくださったSさんのお蔭で、私はオーケストラボックスのすぐ近くの前列でゆったりと鑑賞させて頂きました。
 指揮者の息使いがまさに聞こえてくる特等席で、今回はタクトを振る指揮者の、音楽をリードする決然とした意志のようなものをとても身近に感じた気がします。
 タクトの先に、オーケストラと250人の合唱が溶け合い、素敵なハーモニーが生れ出てきます。最後にソロで歌うソプラ、アルト、テノール、バスの四人のソリストの伸びやかな声が更に美しく調和して最高潮を迎えます。
 「やはり音楽は良い」・・・という超シンプルな感想を抱きながら心地よい余韻と共にフィナーレ。

 今回の四人のソリストは東京芸大の大学院生が務めたのですが、その中のアルトソリストの藤田彩歌さんは、実は私の教え子なのです。
藤田彩歌さん
 彼女はつい先月も新国立劇場のオペラハウスで上演した『秘密の結婚』で、癖のある難役に抜擢されオペラデビューを果たし、将来が大いに期待される新人なのですが、華のある彼女の舞台をいつも聴きたくなって可能な限り駆けつけるようにしています。
 公演後のほっとした彼女の表情です。

 12歳の時に教えて、それから今に至っているのですが、彼女に限らず、教え子の方たちが、それぞれの自分の道をしっかり歩んでゆく、その成長を見守ることができるのは教師冥利に尽きますね。
 これからの更なる飛躍を願う幸せな一日でもありました。 
夜の奏楽堂前のイルミネーション
 帰りの奏楽堂。まだ18時にもならないのに、もう陽が落ちて、クリスマスイルミネーションが静かに光っていました。



   豊洲 ~高層マンションゲストルーム宿泊
 そして数日後。
 仲良しのMさんから、「豪華マンションのゲストルームに泊まってみない?」というお誘いがあり、即快諾。
 彼女のお友達が先頃入居した新築高層マンションが豊洲にあり、とても眺めが良いからそのゲストルームに体験宿泊を、という嬉しいお話でした。
 今、こういうゲストルームが人気なのだとよく雑誌などで目にしますが、これまで全く縁がなかったので、これは「何事も経験」、面白そうかなと。

 Mさんとお昼に待ち合わせ、今回は<東京発見小さな旅>というコンセプトで行こうとまとまり、ではまずリニューアルされた東京駅見物からスタートということになりました。
ランチをした新丸ビルのレストランからの眺めです。
東京駅北口付近  東京駅中央口付近
 偶然、駅舎の全貌がよく見える特等席が空いていて、<強運の私たち>と幸先よく意気揚々。
 昔の面影を残した設計と聞いていましたが、こうやって改めて眺めてみるとなかなか落ち着いた良い感じなのではと思います。月日を経て、また新たな歴史が刻まれ風格を増して行くのでしょう。
はちみつ色のツリー

 ぶらりと銀座を歩いて、豊洲のマンションへと向かいました。

 銀座にはこんな蜂蜜色のクリスマスツリーも飾られています。

 到着したマンションは、ツインタワーになっていますが、中央がロビー階で繋がっていて、どこまでも広い!
そしてこれが、本当に豪華な一流ホテルの仕様なのです。コンシェルジュも美しい女性たちが何人も待機していて、まさにホテルのフロントのように整然としています。
鍵を受け取り、46階のゲストルームに向かいました。

 東南角部屋、二方向大きく視界が開けて、広々として、インテリアも素敵なスイートルームが準備されていました。
ゲストだから良いけれど、日々の生活がこういうモデルルームのようなお部屋では落ち着かないかも・・・と言う感想で二人一致してしまいましたが。

夕暮れ時の部屋からの眺めです。
高層マンションからの夕景1  高層マンションからの夕景2
 46階の部屋に泊まるのも初めての経験。
 正面に東京湾、そしてその向こうにくっきりと富士山が見えます。
 眼下左側には隅田川が流れ、右側には、築地に代わってこれから建設予定の豊洲市場の広大な敷地が広がっていました。

 夕食は、もんじゃ焼きかお好み焼きかなどと迷った末、おでん屋さんに!ということになり、ゆりかもめに乗って薄暮の東京の街を眺めながら新橋へ。行列のできるおでん屋さんでお醤油色の濃い、これぞ関東風おでんを美味しくいただきました。
  銀座通りのツリー1   銀座通りのツリー2
 帰路の銀座通りを彩るクリスマスイルミネーション。

 マンションに戻り、部屋からの夜景です。
 沢山の窓に点る灯りを見ていると、その一つ一つに、それぞれの人の暮らしがあることがしみじみと感じられます。
高層マンションからの夜景
 こうして過ごす屈託のない時間に、心が自然に満たされてゆきました。
 健康で、心置きなく一緒にいられる友達と、何とも言えず優雅な時間が持てることの幸せを思いました。
 <良い年の終わりを有難う>とお互い言い合いながらで、持つべきものはやはり良き友です。

 そして、翌日もちょっと楽しい冒険だったのですが、長くなりましたので、ここでひとまず休憩致します。続きはまたご報告致しますので、引き続きお読み下さいね。



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ラジオの効用 ~心を澄ますということ

   二回の放送が終わって
 お陰様で『サンスター・ウィークエンド・ジャーニー』第二回目の放送も無事終わりました。

 今日で放送から一週間が経つのですが、今現在も聴いて下さった皆様からのご感想やご質問が届いていて、とても嬉しく思っています。
 シャンソン訳詞のことを語る番組って、かなり特殊な気がしますし、限られた方にしか興味を持っていただけないのではと心配もしていたのですが、むしろ、これまでシャンソンのことは全く知らなかったという若い方とか、違うジャンルの音楽関係の方とか、語学に関わっていらっしゃる方とか、多岐に渡る皆様からのコンタクトも多くあって、私自身大きな刺激を受け、そのように関心を持っていただけたことに大変感激しています。

 私が嘗て携わってきた教育現場も、現在続けているコンサートライヴも、それぞれ、目の前に受け止めて下さる方たちがいて、言葉や歌を届け、心を交し合う、そういう手ごたえが直に感じられます。
ラジオ
 それに比べ、今回のラジオ放送というのは、録音ブースの中で、マイクに向かいながら、目に見えないその先に居る誰かに、言葉を発信してゆく、いつもとは違う感覚がありました。 
 電波に乗せられた自分の声が遠い空間を浮遊して、その中で、強い意思と力を持った言葉だけが真っ直ぐに波の中を泳ぎ切って誰かに届いてゆく、・・・そんな不思議なイメージに包まれていた気がします。
 
   心を澄ますということ
 頂いたご感想の中で、「ラジオで聴くこと」に触れたものがいくつかあり、心に残りましたので、ご紹介してみたいと思います。

 秋の夜長にぴったりの放送でしたね。
 季節に合ったシャンソンを聴くことができるのってとても幸せです。
 歌の訳詞やエピソードのお話で、曲の雰囲気に酔えるだけでなく、イメージを浮かべながら聴くことができ、とても贅沢な気分を味わうことが出来ました。(Y.O)

枯葉舞う小道 晩秋の陽だまりのような穏やかさ、温もりのある雰囲気が最高でした。
 シャンソンも素敵でしたが、ラジオにじっと耳を傾けていると、お話がまるで、シャンソンのように聞こえ、これだ!と思いました。(M.S)

 そういえば、集中してラジオを聴くのも、とても久しぶりでした。
 テレビやスマホ、PCといった視覚に訴えるものたちに囲まれている日常から離れ、遠くの方から聞こえてくるような、人の声や歌声に耳を澄ますのは、何だか素敵な経験でした。冬~夏編も楽しみにしています。(F.S)

 
 こんな素敵な感想をたくさん頂けて幸せです。

 私も実は、今回、この放送と関わることになって、少し前から意識的にラジオを聴くようにしていたのです。
 いつの頃か、日頃ラジオを聴くことは少なくなっていたのですが、改めてじっと耳を澄ましてみると、その良さが再発見できる気がしました。
 
 音楽であっても、テレビなどの映像の中で聴くと、どうしても聴覚より視覚の方が勝ってしまうのではないでしょうか。
 その意味でも、ラジオは格段に音に集中出来ると思いますし、久しぶりで聴いてみた小説や詩の朗読なども、文字を追いながら想像力を膨らませて行く読書によく似た効用があるように感じました。
 
 音が流れてくるだけのシンプルなメディアですが、却って、人が本来持っている豊かな想像力を呼び覚ましてくれるのかもしれません。

 目を閉じて、心を澄まして、聞こえてくるもの、感じられてくるもの、触れてくるもの、その感覚を大切にしたいです。
 
   放送後のご質問
<質問1> まさか生放送じゃないですよね?夜11時で大変だったのでは?

<お答え1>ご心配ありがとうございます。でも収録は先に済ませていました。
マイク
 放送時間は30分でしたが、収録では、特に時間は限定されず、自由に話させて頂きました。
 ですので、どのように編集されて放送されるのかは当日までわからなかったので、ワクワクしながらオンタイムでじっと耳を澄ませていたのですが、さすが編集の方はプロですね。
 とても自然な流れになっていましたし、基本的に私が話した事柄は全て忠実に網羅して下さいました。

<質問2> 放送ブースって狭い密室ですか?
 DJと二人だけで向かい合って息が詰まりませんでしたか?

<お答え2>そんなことはなく、むしろ開放的で広々とした感じを受けました。ガラス張りになったブースの向こう側では音響や編集の方が何人も立ち働いていらっしゃいましたし、ディレクターとか、番組に関わって下さる沢山の方たちが、じっと見守っていて下さって心強かったです。とても温かい楽しい雰囲気の収録現場でした。

<質問3> この後も出演予定があると聞きましたが。

<お答え3>はい。
 あと六回あります。二回続きで冬・春・夏とシーズン毎に出演予定です。
 次回は1月末から2月初旬に放送予定なのですが、もうすぐ詳細が決まりますので、そうしたら改めてお知らせ致します。
 次は冬の曲の特集、ご紹介したい曲が沢山あって迷いますが、・・・楽しみにしていてくださいね。

<質問4> 今回の秋のシャンソン、気に入ったので、CDを買ってみようと思いますが、どうすれば手に入りますか?

<お答え4>
「風のうわさ」収録CD 第二回目の秋のシャンソンの特集で三曲ご紹介したわけですが。
 取り上げたのは、バルバラの「秋」、ゲンズブールの「プレヴェールのシャンソン」、カーラ・ブルーニの「風のうわさ」でした。

 「風のうわさ」は2002年に日本版CDアルバムも発売されましたし、今も人気がありますので、まだ普通にCDショップの店頭にも置いてあるかもしれません。

ただ、後の二曲は輸入盤にしか収録されていませんが、それもかなり希少ですので、なかなか入手しにくいかもしれません。
  「プレヴェールのシャンソン」収録CD   「秋」収録CD
 まずは、原題でネット検索して頂くか、お店に問い合わせてみてください。原題は「秋」が「il’automne」、「プレヴェールのシャンソン」が「la chanson de Prevert」となります。
 少なくともYoutubeには取り上げられていますので、もう一度お聴きになることは可能かと思います。

 今日は放送後の余韻の中で、ラジオよもやま話をご紹介しました。



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10月の三つのご報告

   「レシピ・アン」嬉しかったです
 前回お知らせ致しました「レシピ・アン」、ご覧になられましたか?

 10月2日と、そして、昨晩10月16日の再放送、私はオンタイムで両日ともしっかりと観ました。
出演者とゲストのいっこく堂(BSフジ レシピ・アンより)
 いつの間にかテレビの前に正座していて、自分でも可笑しかったですが、同じ放送を集中して再度見ると、ここで誰がどんな発言をするかということまで、クリアに頭に刻み込まれてくるものだと知りました。
 三人のオペラ歌手の方たちが、ゲストを招き料理とトークでおもてなしをするという番組で、ゲストの人柄を自然に伝える心地よい余韻があって、私はこの番組、とても好きになってきたみたいです。

 でも、今回は、ゲストのいっこく堂さんのために、番組の最後にテノールとバス・バリトンの二人によって歌われる『con te partirò』が、私のお目当てでした。
『君と旅立とう』を歌う(BSフジ レシピ・アンより)
 歌と共にテロップで、私の訳詞『君と旅立とう』が流れてきました。
 二人が歌っているのはイタリア語の原語ですが、この文字を目で追っていると、日本語の歌詞で響いてくるような錯覚にとらわれて、自分でも不思議な気持ちの高まりを感じました。
 心を込めて生み出した歌詞が、映像から飛び出して沢山の方たちのところに届けられていくような・・・・・「ああ、こういう素敵な曲だったのだ」と、楽しんで味わって下さる方が一人でも多くいて欲しいと心底願いました。
 
いつもの自分が歌うコンサートとも、また誰かに訳詞を提供してその誰かの声と感性で生まれ変わってゆくのを聴く時とも、また違う、<文字が映像に乗って伝わってゆく>格別な感動を経験した気がします。
「レシピ・アン」との思わぬご縁に感謝し、これからも楽しませて頂こうと思っています。 
 

   「ジョイフルフレンズ コーラスコンサート」ご盛会を!
  『君と旅立とう』はもう一つの素敵な出会いをもたらしてくれました。

 実は一年前、ブログ記事を読んで下さった方から、「男性コーラスで歌いたいと思って『con te partirò』の日本語訳を探しているのだけれど、なかなか良いものが見つからず諦めていた矢先、ようやくこの訳詞に出会えたので是非・・・!」というお話を頂いたのでした。
 曲の原義も、『time to say goodbye』との違いも充分理解して下さった上でのご依頼に、大変嬉しく思い、すぐに提供させて頂くことにしました。

 それから一年が経ち、先日、コンサートのご案内状とご招待券をお送り下さいました。

   男性合唱団 ジョイフルフレンズ
   コーラスコンサート2013

   おじさん達の青春歌 ちょっとときめくひとりごと 
 
 
 というキュートな添え書きがチラシにありました。
ジョイフルフレンズコンサートのポスター
 一年前に「おじさんたちの合唱団なんですよ」とおっしゃっていたのが懐かしく思い出されます。
 本格的に男声合唱の楽譜にアレンジなさって、一年大事に温めて練習を重ね歌われる曲、『君と旅立とう』はどんな素敵な歌に仕上がっているのでしょう。

 ご案内が届いたときは、「ついに発表なさるのだ」と本当に嬉しかったです。
 聴かせて頂きたい!!・・・・是非是非伺おうと勇んで日時を見ましたら、どうしても調整の付かない日程、・・・・・それでも一生懸命努力してみたのですが、ついに無理で、残念な思いに引かれながらその旨をご連絡することになってしまいました。

 10月20日(日)14時~ 富山県の新川文化大ホールです。
 あと三日後ですね。
 今頃は最終調整をなさっていらっしゃる頃でしょうか?
 どんなステージなのでしょうか?きっと集中した中にも和気藹々とした温かい空気が流れて、ステージに立たれる前から素敵な雰囲気を作っていらっしゃるのではと思います。
 ご盛会を心からお祈りしています。
 後日、ビデオをお送り頂けることになりました!
 拝見したらまた、このブログでご報告させていただきたいと思っています。
 
   「清泉女子大学 土曜自由大学公開講座」 無事終わりました
 私が超晴れ女であることはもうかなり有名なのですが。
土曜自由大学のポスター
 10月12日(土)、数日前まで雨が続いて肌寒かったのに、この日は、秋晴れを通り過ぎて10月とは思えぬ驚くべき夏の日差し、東京は30℃を超えて、受講して下さった方たちも半袖で汗をぬぐっていらっしゃいました。
 「ここまで晴れなくても・・・・気合い入れ過ぎかも・・・」と、友人の言葉。晴れたのに褒められなかったのは初めてです。

 いつもコンサートでお世話になっている沢木瑠璃さんがこの日も写真を撮ってくださいました。彼女は講演も熱心に聞いて下さり、「楽しかった!」とのこと。ありがとうございます。
   講義風景1  講義風景2
 240番教室、夏休み中に改装された講義室で、明るく気持ち良く、その最初の公開講座、私は初日の一番で大変光栄でした。
教室風景
 大学関係の方たちもびっくりなさる程の沢山の受講者がいらして下さり、定員300名の部屋はほぼ一杯となりました。
 お出でくださいました沢山の皆様、本当に有難うございました。

 楽しかったです。
 文学の講義ではなく、シャンソンと訳詞の話を、教壇でするのは初めてですので、何だか緊張するような、照れるような、期待が膨らみ・・・色々な気持ちで随分高揚していたのですが。
 でも、いざ教壇に立って、後ろに黒板とチョークがあるのを見たときは、何とも嬉しく、気持ちがすっと落ち着いてきました。
 教職を離れてから、向かってきた全く別の新しい世界、そこでの自分なりの発見を、このような場で、ゆっくりと集中できる時間を頂いて、ご興味を持って集まって下さる皆様の前でお伝えすることができ、本当に幸せに思いました。

 『日本語で味わうシャンソンの魅力~シャンソン訳詞の日々に思う~』という演題での正味80分の講義だったわけですが、どんな内容か、・・・きちんと話すと80分かかってしまうので、ごくごく簡単に項目だけご紹介してみます。

 まず初めに大前提となる<シャンソンの概要>をまとめてお話ししました。
「 シャンソンとは何を指すか」、「日本での受容のされ方」、「シャンソンの特徴」、「新しいシャンソンの流れ」など。

 そして本題の<フランス語詩から日本語詞へ>というテーマに入り、訳詞をする際に生じる、「対訳と意訳」の問題、「文化的差異」の問題、「訳詞の多様性」の問題、の三点から具体例を挙げながら進めて行きました。

 最後に「自分自身の訳詞者としての姿勢・理想」「シャンソンを日本語で味わうことの魅力」について語ってまとめとしました
 
 それぞれの具体例として、実際の私の訳詞をご紹介したほうがわかりやすいと思ったので、講演の中に、歌を交えました。『お茶の時間』、『恋する女』、『街』、『もう何も』の計4曲を歌わせて頂きました。
 『街』を歌う   三浦先生の伴奏で
 初めはピアノの伴奏録音を携えて、と考えていたのですが、三浦先生がいらして下さることになり、何と先生の生のピアノ演奏でこの4曲を歌うという、とても贅沢な講演が実現できました。
 受講の方からは講義内容について、とても喜んで頂けた旨の感想を数多く頂いたのですが、その中に、生で素敵なピアノの伴奏が聴けて感激したという言葉も多く含まれていました。先生、ありがとうございました。

 これまでの教職での日々と、その後のシャンソンに関わってきた新たな時間が、この日は自分の中で自然な形で融合できたような不思議な落ち着きというか調和の感覚がありました。・・・これから、ゆっくり時間をかけて、この意味を改めて味わい考えてみたいと思っています。


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『レシピ・アン』の最後に・・・

 なかなか筆マメになれず申し訳ないのですが、それでも、こうして楽しくブログを続け、折々に心に浮かぶことなどを記していますが、時々、パソコンの向こう側で、どんな方が読んで下さっているのかしら?とか、本当に私の言葉を喜んで貰えているかしら?などと不安に思うこともあるのです。
 でもいつの間にかアクセス数が増えていたり、記事に拍手を頂いたり、コメントやメールが届いたりすると、何だかとても幸せな気がしてしまいます。
 顔は直接見えないけれど、でも言葉は届いていると思う時の、ほわっとした少し不思議な実感・・・・こういう繋がり方って、ネット時代ならではのものなのでしょうね。

 ブログを開設して二年半になるのですが、思えば、この間に随分いろいろな方からご連絡を頂き、懐かしい再会や新たな絆が生まれました。
 今日は、そんな嬉しいお話をご紹介します。

   ブログが結ぶ再会
 数日前、とても懐かしい方からブログにコメントを頂きました。

  卒業後、月日が流れ、すっかりご無沙汰してしまい、こうしてまたお便りできるのは信じられないような気持ちです。

 という文章から始まる心のこもったお便り、・・・彼女Jさんは私の嘗ての教え子、私は彼女が中一、中二の時、国語を受け持ち、そして担任でもありました。
 新入生の時の、初々しく、少し緊張した、はにかんだ彼女の笑顔を今でもよく覚えています。
 生徒たちが、可愛くて可愛くて、良い先生になりたいと、全力投球で頑張っていました。きっと、まだ若かった分、未熟なことばかりだったのでしょうけれど、試行錯誤しながらも、毎日が楽しくて、キラキラと充実した時間を生徒たちからもらっていた気がします。

 教壇に立って熱く授業をしていた私が、今は全く違うこのような活動をしていることにJさんもさぞ驚かれたことでしょう。

 もう20年以上も前のこと、それからお会いするチャンスがないまま月日が過ぎていたのですが、同級生経由で私のブログのことを知り、ご連絡を下さったそうなのです。
 スペインに留学後、海外勤務を経て、今はメキシコに暮らしていらっしゃるのだというお話、綴って下さる文面には、昔と変わらない誠実で温かい人柄が溢れていて、感無量でした。
 Jさん、昔は引っ込み思案だったように思いましたが、今は本当にしっかりとご自身の道を見つけられて素敵に歩んでいらっしゃるのですね。
 こんな詩を覚えていますか?
 中一の国語の教科書の最初のページに載っていた、谷川俊太郎さんの「朝のリレー」という詩です。

  カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき
  メキシコの娘は 朝もやの中でバスを待っている


 というフレーズから始まる詩、地球の人々は、皆、朝をリレーしながら生きているのだという清々しい詩です。
 Jさんとも朝をリレーしながら繋がっているのですね。

   
   ブログが結ぶ縁
 これもつい先頃の出来事なのですが。
 突然、テレビ局の方からお電話があり、何かと思ったら、私の訳詞『君と旅立とう』へのお問合せでした。

 随分前に「訳詞への思い」の中で、
『君と旅立とう』その一, その二, その三,を記したのを覚えていらっしゃいますか?
 原曲は「con te partiro」(time to say goodbye)で、これについて述べた記事だったのですが、この原曲の訳詞を探して、ようやく私のブログに辿りついたというお話でした。
 
 で、早速、担当の方とお会いすることになり、訳詞『君と旅立とう』をお見せしたところ、気に入って頂き、番組に採用されることが決まったのでした。
  びっくりする展開なのですが、番組の詳細をご紹介しますね。

 BSフジの『レシピ・アン』という番組です。
 普段あまりテレビを見ない私ですが、毎週水曜日放送ということなので、早速昨晩、観てみました。
 なかなか面白く、お薦めです。
 二期会が番組のスポンサーで、世界で活躍なさっている三人の若手オペラ歌手が、毎回各界からのゲストを招いて、トークを繰り広げながら、音楽と料理でおもてなしをするという趣向の番組です。
 三人の方たちの進行が巧みで、会話も弾んで楽しいのですが、だからと言って砕け過ぎたりせず、知的でさりげなく核心を突いていてとても好感を持てます。
 昨晩のゲストは、歌舞伎役者の片岡孝太郎さんで、トークと歌舞伎の所作などの実演の後で、最後に、彼一人のためのコンサートというコーナーがありました。
 昨晩はオペラ「セビリヤの理髪師」の中からの一曲でした。解説なども加わり音楽番組としても充分楽しめます。
 
 なるほど! 最後のこのコーナーで『君と旅立とう』が流れるのですね。
 実は、放送は来週水曜日です。そして二週間後にもその再放送があるそうです。

   Information
  『レシピ・アン』BSフジテレビ
  2013年10月2日(水)23:00~23:30
  2013年10月16日(水)23:00~23:30(再放送)
    <ゲスト>腹話術師 いっこく堂 
 番組の最後の歌のコーナーで「con te partiro」を取り上げ、二人の歌手が原語で歌います。そのテロップで松峰の日本語詞『君と旅立とう』が流れます。素敵な歌声のみでなく、日本語詞もお見逃しなく。
 
 番組のお知らせはこちらをクリックしてどうぞ。↓

     http://www.bsfuji.tv/top/pub/recipean.html

 お会いした番組スタッフの方は、まだ若い溌剌とした女性でした。
 訳詞のことについて熱心にご質問なさり、反対に私がお訊ねした番組のコンセプトのことなどにも、とても丁寧に答えて下さって、真摯な制作姿勢を強く感じました。
 テロップに流れる日本語詞は、言ってみれば番組の極わずかな部分に過ぎないわけですが、それでも、「対訳か?日本語詞か?」「どちらがより曲を深く伝えられるだろうか?」そういう一つずつを吟味し、準備して、一つの番組は作られて行くのですね。
 これも、ブログが取り結んでくれた嬉しい縁で、私には、興味深い出会いと経験になりました。

 よろしかったら、10月2日水曜日、ご覧になってみて下さい。


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ゲンズブールとクロード・フランソワ

 鮮やかに染まった美しい夕焼け。
ベランダから見た台風一過の東京の空(Y氏撮影)
 稜線がくっきりとシルエットを作って、迷わず描き切った一幅の絵のようです。
 台風お見舞いのメールに添えて、友人Yさんが送って下さった一枚の写真。

 ご自宅のベランドから撮影なさった台風一過の東京の空です。


 では私も。・・・自宅のベランダから撮ったビルの上の京都の仲秋の名月。
  ビルの上の仲秋の名月   月見だんごと月ウサギ
 お彼岸が近づくと、季節が一気に交替しますね。
 夜の涼風、煌々と月光、そして今年の月見だんごと月ウサギ。

 今日は、映画のお話をさせて頂こうと思います。

   「最後のマイウエイ」
 余りにも忙しかったこの夏の終わり、忙中閑、せめて一日くらいゆっくりしようと、先日、本当に久しぶりに映画を観てきました。
 この日は午前中と夕方、別の映画館をはしごして、一日に二本の快挙でした。
 映画好きの方ならそれくらいは普通なのかもしれませんが、私は、幼い頃映画館に入ると必ず頭が痛くなったそのトラウマからか、余程でないと今でも映画館に足を運ぶことはまずないのです。

 仲良しの友達に、前々から薦められていて、ずっと観たいなと思っていた映画のまず一本目は「最後のマイウエイ」。
 渋谷Bunkamuraの中にある<ル・シネマ>での上映最終日でした。

 「最後のマイウエイ」は、1960~1970年代のフランスを風靡したアイドル歌手、39歳で夭折したクロード・フランソワの生涯を描いた映画です。

 クロード・フランソワってご存知ですか?
映画「最後のマイ・ウェイ」パンフ表紙 
 フランスの歌手も音楽も、時代を問わず、日本にはごく限られた範囲でしか紹介されていないので、フランスでは誰でもが口ずさめるような大ヒット曲、誰でもが知っている大スターであっても日本では認知度が皆無だったりすることが多いのですが、彼もその本国での圧倒的な人気に比して、不当に知名度が低いと言えるかもしれません。
 「『マイ・ウェイ』を歌っている人です」。といえば、フランク・シナトラの渋い声をまずは思い出されることでしょうね。

 「マイ・ウェイ」の原曲は「comme d’habitude(いつものように)」で、これはクロード・フランソワの作詞作曲、元々は彼自身が歌いフランスでヒットした曲でした。
 それが、この原曲にカナダの人気シンガーのポール・アンカが英語詞をつけ、シナトラに提供したことから、全世界で爆発的ヒット曲となり、もはやクロードのことは知らなくても曲は不朽の名作として残り続けているというわけです。
 この曲自体も換骨奪胎してゆく中で、興味深い変化を遂げていますので、これについては別の機会に取り上げることが出来ればと思っています。

 でも「マイ・ウェイ」の原作者というだけではなく・・・。
 従来のシャンソンの時代から、フレンチポップス全盛期へと移行してゆく中で、量産されてきたアイドル歌手たちとしのぎを削りながら、第一線のアイドルスターとしての地位を15年もの間守り続けてきた彼。
 その壮絶な努力と信念を、実写フィルムなどを交えながら綴った伝記的な音楽映画としてなかなか見ごたえがありました。
 当時のフランスの社会のありようや音楽事情などもリアルに伝わってきて、興味深かったですし、彼のスターゆえに倍加される人間的弱点も鋭く描かれていて、何よりも、スターであり続けることへの執着と危機感に張りつめた彼の思いに惹きこまれました。
映画「最後のマイ・ウェイ」パンフ裏表紙 
 スポットに照らされながら、客席の熱気を身に沁み込ませる恍惚感のようなものが、クロードには及ぶべくもありませんが何となくわかる気もして、音楽の持つ魔力・・・などとちょっと気取って考えたりしてみました。

 蛇足ですが、主演のジェレミー・レニエはクロードにあまりにもそっくりで、役者さんてすごいものだと感心します。
 更に蛇足ですが、「最後のマイウエイ」という映画の邦題はわかるような、わからないような・・・。
 フランス語のタイトルは、「Cloclo(クロクロ=クロードの愛称)」で、英語のタイトルは「My way」。こんなところにもお国柄が少しだけ感じられるかもしれません。

   「ノーコメントbyゲンズブール」
 「最後のマイウエイ」で弾みをつけて、今度は、同じ渋谷にある映画館<UPLINK>に向かいました。食事を済まして、夕方の回にいざ。

 ゲンズブールのドキュメンタリー映画です。
 プログラムに載せられた紹介文を下記に記してみます。
ノーコメントbyゲンズブールのチラシ 
 作詞作曲家、シンガー、画家、映画監督、小説家、カメラマン、と多彩な顔を持ち異彩を放った才人セルジュ・ゲンズブール(1928.4.2-1991.3.2)。
 没後20年を過ぎてもなお、多くの人々を魅了する。今作はゲンズブールがテレビやラジオに出演した際の発言や未発表のコメントなど、20代から60代まで40年に及ぶ期間のゲンズブールが自身の内面を語った録音テープをもとに構成された決定的ドキュメンタリーだ。


 そして、
    愛されたくないが愛されたい。
    そう、それが私なのだ。
 
 という言葉で集約されています。
 判じ物みたいですが、でも、2月に訳詞コンサート「ゲンズブール・イノセント」を開催してしまった私には、以心伝心で(?!)彼のこの言葉が理解できる気がするから、怖いです。
 「ゲンズブール・イノセント」にいらして下さったお客様も、或いはこのブログでゲンズブールのことを読んで下さった皆様もきっと同じなのではと。

 まさに20代から60代までのゲンズブールその人がずっとスクリーンに映し出されてその肉声と歌声を堪能しました。
 彼を巡る女性・・・歌手や女優たちもたくさん登場して、それだけでも音楽史、映画史を生で見るようで、ドキュメンタリーの醍醐味を味わえて楽しかったです。
 それにしても、「ゲンズブール・イノセント」以来、私の周辺では密かなるゲンズブールブームが起こっていて、実はこの映画も既に友人たちの多くが観に行っていて、口々に感想を伝えて下さるので、それもあって、どうしても行きたいと思っていたのでした。

 このドキュメンタリーには、かなり希少な映像が取り上げられていましたが、その一つ、「ラ・ノワイエ」を彼が歌っていたシーンがあったのに気付かれましたか?
 『ノワイエ~溺れてゆく君~』は、自分の訳詞の中でも大好きで、折ある毎にご披露している私の自信作なのですが、この原曲は、なぜかレコーディングされておらず、一度だけゲンズブール自身がスタジオで歌っただけなのです。
 このお宝みたいな映像を、私は実は以前観たことがあったのですが、何と今回、これがこの映画の中で紹介されていました。
 気付かれた方は?
 ご一緒に盛り上がってお話ししたいです。

 そのようなわけで、非常に興味深く大満足でしたが、この<UPLINK>という映画館自体もとてもユニークで、昔の良き時代の渋谷の街が、今に残っているようでした。
 芝居小屋ならぬ映画小屋とでもいうような、一種の風情があるのです。

 館内は結構年季が入っていて、古い家のリビングみたいな、レトロな小さなカフェみたいな、こじんまりとした規模なのですが、客席が変わっていて、色々な形の椅子が適当に並んでいるのです。
 好きな椅子に座ってね!という感じで、深々と掛けられるソファー椅子や籐椅子、様々、クッションも色々で、背中に押し当てている人や膝に抱えて観ている人や・・・面白かったです。
 全部で20~30席くらいなのでしょうか?
 私が観た回には四人しかお客様はいなくて、これでフィルムを回してもらって良いのかしらと申し訳ない気分になりました。

 でもゲンズブールを観るには最高にお洒落でした。

 コーラもポップコーンも売っていませんし、そもそも館内には自動販売機すらないかわりに、受付の奥に古本屋さんみたいに無造作に、映画関係の本や芸術書や古い映画パンフレットなどが販売されていたりしました。
 映画のラインアップも、とても真面目で、商業ベースとはかけ離れたマイナーでもひと味あるものが中心のようです。

 たまにこんな風にゆっくりとスクリーンに向かうのも楽しいものですね。

 フランスの音楽に浸った贅沢な一日でした。


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台風お見舞い有難うございます

 台風18号は各地に大きな爪跡を残してゆきましたが、被害に遭遇された多くの皆様に心からお見舞い申し上げます。

 
 そして、京都在住の私をお気遣い下さって、お問合せやお見舞いのメールをたくさん頂きました。本当に有難うございます。
 お陰様で、私や、私の知人にも際立った被害はなく無事過ごしています。

 それにしても、ここ数年の自然災害は尋常ではなく、本当に想像を絶するような猛威を振るっていますね。
 「今までに経験したことのない大雨」とか、「特別警報」とか、「身の安全を確保して速やかに避難を」とか、聞きなれない言葉が気象情報の中で飛び交い、本当に身震いのする気味の悪さを覚えます。
 加速度を増して斜面を滑り落ちてゆくように、地球規模で異常事態が増幅しているのではないかという恐ろしさを感じてしまいます。

 京都も今回は、桂川の氾濫を始め、大きな痛手を受けてしまいました。
私の住まいの周辺は幸い無事でしたが、古都のシンボルともいうべき嵐山の渡月橋が濁流を被っている映像に心を痛められた方も多かったのではないでしょうか。映像には流れませんでしたが、山科や南禅寺周辺も大変だったようです。
 自然の脅威と、その前にある人間の無力さを突きつけられる気がします。
 日々平穏で暮らせることは実は本当に幸せであること、自然の前に謙虚に在らねばならないこと、・・・そんなことを今更のように実感させられます。
 
 
 そして、今日は、まるで夢だったかのような台風一過の澄んだ秋空が広がっています。
 
 

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『土曜自由大学』での講演

 今日は、新しいお知らせです。

 10月12日(土)に、清泉女子大学で講演をさせて頂くこととなりました。
 毎年一般向けに開講される公開講座、今回のメインテーマは『音楽』ということで4講演あるのですが、学術的な音楽理論などが中心になると思われる中で、私は、シャンソン訳詞を通しての言葉と音楽というような観点から・・というご依頼でした。

どんな風に展開してゆこうか、今から楽しみに思いを巡らせています。

8月下旬には、大学のHPに詳細が掲載されると思いますが、今日はブログをご覧の皆様に、これに先駆け概略を以下にお知らせ致します。ご興味のある方は是非お出かけください。

清泉女子大学 公開講座 (品川区共催)
第31回『土曜自由大学』(秋のコース)

 日時 : 10月12日(土)
      13時20分~14時40分(80分)
         (開講式挨拶 13時~)

 講師 : 松峰綾音

 会場 : 清泉女子大学2号館4階240教室
       (品川区東五反田3-16-21 TEL 03-3447-5551)

 受講定員: 300名

 テーマ: 『日本語で味わうシャンソンの魅力』 
        ~ シャンソン訳詞の日々に思う ~

 講演要旨:
 「シャンソン」の歴史、特徴、日本における受容のされ方、新しい流れ等についてお話します。その上で、原詩のフランス語を日本語詩に作り変えて行く過程と方法、そこから生まれる様々な発見などを、文化、音楽、言語の諸方向から考えていきます。一つの歌に複数の日本語訳詞がある場合も多く、曲の感じは大いに異なります。具体的にシャンソンの原曲や訳詞を、直接お聴き頂きながら、訳詞をする時の様々な苦労や楽しみを、ご一緒に味わってゆけたらと思っています。

 申込方法: 16歳以上の受講希望者
      往復はがきに『清泉女子大学“土曜自由大学”希望』として、住所・氏名・年齢・性別・連絡先電話番号を記入の上  
     〒140-8715 品川区広町2-1-36
       品川区文化スポーツ振興課 生涯学習係 宛
 にお送り下さい。(9月1日~9月13日)

 お問合わせ:TEL:03-5742-6837 文化スポーツ振興課生涯学習係


 
 
 では、我がブログ恒例の質疑応答十項目です。

<その一>

  「チケットはいくら?」
  「コンサートではないので・・・無料です。
   品川区に申し込むと、受講票が郵送されてきます。」 

<その二>
  「品川区民でなくても申し込めますか?」
  「はい、大丈夫です。希望者どなたでも!」
    
<その三>
  「一日の講演数は?一つだけ受講しても大丈夫?」
  「一日2講演で二日間ありますが、1講演だけ受講してもOKですし、4講演全ての受講も可能です。」

<その四 及び その五>
  「往復はがきを出しそびれたら?」
  「締切日過ぎたら、全く申し込めませんか?」
  「規定通りが好ましいですが、品川区、或いは、大学へお問い合わせ頂けば空席がある限り当日ぎりぎりまで受け付けて頂けるようです。」
  
<その六>

  「予定がわかるのが間際なので、何とかして下さい。」
  「了解しました。
直接、私宛にどうぞ。できるだけお早めに。」    

<その七>
  「歌わないのですか?」
  「ピアノも設置されている会場ですし、もくろんでいます。数曲に限定されるとは思いますが。」

<その八>
  「面白いですか?」
  「そりゃもう絶対!・・・たぶん?・・・人によって・・・。
  今、色々な趣向が頭の中をグルグル回っていますが、でも、テーマをしっかりと掘り下げて、受講して下さった皆様に喜んで頂ける良質のものになるように準備したいと思っています。」

  
清泉女子大学本館 
<その九>
 問 「他に?」
  「清泉女子大学は、旧島津侯爵邸の建物をそのまま大学の校舎としていて、文化財にもなっている威風堂々とした明治の洋館です。
素敵な雰囲気も併せてお楽しみ下さい。」
 
<その十>

  「抱負を一言」
   「シャンソン訳詞に関わって私自身、新しい発見の日々です。
 シャンソンに造詣の深い方にも、そうではない方にも、翻訳、言葉、文化、音楽様々な観点から思いを深めて頂けたら幸せです。
 率直にお話しながら和やかで密度濃い時間に出来たらと思います。」

 

 以上、本日は第一報をお知らせ致しました。


 さて、今日からお盆休みですね。
 狙い打ちしたように、猛暑もスタート。京都は38℃という公式発表ですが、体感温度は40℃以上という感じで、もう言葉もなく耐えるのみです。
 熱中症への注意喚起が盛んにされていますが、無事に乗り切り、楽しい休日をお過ごし下さい。


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