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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

美しき受賞の夕べ ~祝!かこさとし氏~

 先週、11月29日(木)、東燃ゼネラル児童文化賞・音楽賞の授賞式がありました。
 このブログでも以前ご紹介した、絵本作家のかこさとしさんが受賞されましたので今日はその話題を。

   プロローグ 
 今年の初め、かこさとしさんの『こどもの行事 しぜんと生活』という児童書との出会いに感動して、これをご紹介したかと思います。
 「ム?」という方はこちらを。→
『子供の読書~本の手触り~』という1月18日の記事です。この中から、少しだけ抜粋してみますね。

 ・・・・子供向きにわかりやすい言葉で記されていても、内容は妥協なく惜しみなく伝えるという科学者の情熱みたいなものがあるのでしょう。
 子供達を健全で聡明な世界に育んでゆこうとする愛情が強く感じられ、、・・・(中略)・・・かこさん自身が、小さな子供のように好奇心に満ちて、柔軟な発想を持っていらして、それが、私が彼の世界に魅かれる所以なのかもしれません。

 この続きをこれから揃えようと思っています。そして、今年の末には、このシリーズ全12冊が蔵書として本棚に増え、それと共に色々な知識が増し、遅ればせながら私も少し賢くなっている予定なのですが・・・・。
 子供は勿論ですが、大人にも・・・頭が疲れないで、心和ませながら、真面目に科学や歴史と親しめる、今更聞けない疑問が氷解する・・・本の収納場所さえあれば、是非お薦めしたいと思います。


 で、・・・・時は流れ・・・・早や一年になろうという今、「少し賢くなった」か?の言及は避けさせていただきますが、でも、見て下さい。こちらです!
バックナンバー2 一年が経ち、<1月のまき>から<12月のまき>まで、毎月1冊ずつ。今しっかり12冊の我が蔵書です。 文科系人間の私の本棚に、このような科学的な色合いの本が並んでいるのは異例なのですが、いつも側においては何かにつけて確認する辞書や事典のような頼れる実用書でもあり、また、季節を見る目を楽しく育んでくれる歳時記のようなものでもあり、大変興味深いのです。
 私は、これと思うと、とことん・・・ですので、他にも多数あるかこさんの絵本・童話・エッセイに至るまで、いつの間にかかなりの数を読破しました。
 ・・・そのような経緯を経て、次の本編に話を移したいと思います。

   本編 ~ 2012年度東燃ゼネラル児童文化賞・音楽賞授賞式 ~
 <念ずれば通ず><思えば叶う>と言いますが、思いがけぬ僥倖、不思議なご縁で、先日、親しい友人のMさんから、この授賞式のご招待状を頂きました。
 素敵なプレゼントに大感激しつつ、この日、会場のサントリーホールに勇んで向かいました。

 東燃ゼネラルグループは、燃料油、LPガス、石油化学製品などの製造販売を担っている会社ですから、児童文化賞、音楽賞と聞いても最初はあまり結びつかなかったのですが、でも、それは私が不勉強だったためのようで、今年、児童文化賞は47回目、音楽賞は42回目を数える伝統ある賞なのですね。
 歴代の受賞者は多岐にわたり、今も、日本は勿論、世界的にも活躍しておられる第一線の方たちばかりで、改めて選考基準の高さに驚かされました。
 このように芸術文化の振興と育成に尽力貢献してゆこうとする活動は、一昔前までは様々な企業で活発であったようですが、経済的に厳しさを増す昨今では、いつの間にか切り捨てられて、利潤追求にだけ目を向けざる得ない状況になってきているのでしょう。そういう中で、気概を持って、この賞を継承していることが授賞式の進行や主催者の挨拶、会場を包む雰囲気からも、よくわかり大変好ましく感じられました。

 今年度の受賞者は、
  <児童文化賞>児童問題研究家の加古 里子(かこ さとし)氏。
  <音楽賞邦楽部門>清元 三味線方の清元 美治郎(きよもと よしじろう)氏。
  <音楽賞洋楽部門 本賞>ピアニストの舘野 泉(たての いずみ)氏
  <音楽賞洋楽部門 奨励賞>チェリストの山崎 伸子(やまざき のぶこ)氏。
 以上の四名の方です。

 授賞式が始まる直前のホール壇上です。始まってからの写真撮影は禁止でしたので。
授賞式の檀上風景 
 それぞれの受賞者のご挨拶がありましたが、四人の方々とも異口同音に、「この受賞は、これまで自分を支え応援して下さった多くの皆様のお力添えや思いの賜物」と言われて、素晴らしい業績を残してきた方たちなのに、その言葉が、様々な絆を噛みしめるようにしみじみと真摯に響いて、胸打たれました。

 授賞式の後、記念公演と記念演奏が行われたのですが、これがまた、それぞれ本当に素晴らしく、確かに栄誉ある賞を受賞される方々!と、頷くばかりでした。
 かこさんは、これまでのご自身の活動を紹介されるDVDを会場で流されました。
 生い立ちから、工学部に入り科学と関わってゆく過程、その後、戦争を挟んで、絵本作家としての道を歩んでゆく経緯、多数の創作の紹介、それを通して何を伝えようとしたのか、これから子供たちのために何を目指してゆくのか、わかりやすく丹念に作られた映像にその世界がとても良く伝わってきて、改めて、やはり素敵だなと感銘を受けた次第です。

 そして記念演奏は、清元氏の浄瑠璃三味線の演奏。山崎氏のチェロの演奏。舘野氏のピアノ。
 それぞれが、夢のようにうっとりとその世界に誘ってゆく演奏で、音楽から真に浄化され力を与えられた気がしました。
 本物とは、そういうものなのですね。
 演奏が終わって静寂が戻る時の、その空白の余韻が濃密であることに、とても圧倒され、まるで音の魂のようなものが音から抜け出て周囲を浮遊しているような不思議な感覚にとらわれました。
 特に舘野氏の左手だけのピアノ演奏は圧巻でした。
 病で右手が動かない致命的なハンデを克服されて、なお演奏されるピアノの音には、突き抜けて自在に天空を駆けるような神々しさがあった気がします。
 そして明るい笑顔と優しい語り口もとても素敵な方でした。

   エピローグ
レセプション会場のクリスマスイルミネーション
 授賞式が終わった後、続いてレセプション会場へ。いつの間にか夜になって、こんなクリスマスイルミネーションが煌めいていました。

 和気藹藹と歓談の輪が広がって会場は華やかでした。

 四人の受賞者の方々。
 向かって左から舘野氏。山崎氏。清元氏。加古氏。
    受賞された方々    かこさとしさんとのツーショット
 エピローグに、本日、とびきりの写真をお見せしちゃいましょう。
 かこさんの周りには、出版関係の方たちを初め、受賞を祝う沢山の方たちがいらしたのですが、その合間を縫って、Mさんが、かこさんとのツーショットを撮って下さいました。後ろに恥ずかしそうに立っているのが私です。
 お話しも出来、隠れファンとしては大満足、素敵な一日でした。


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邂逅の季節 ~二つの同窓会~

 私の秋、二つの同窓会に出席してきました。

 まずは。
 教職に就いて、初めて担任した教え子たちの同窓会が、つい先日、テタールコンサートの少し前にありました。
 若かりしあの頃・・・考えてみたら、当時中三だった生徒たちと10歳も違わないまだお姉さん先生だったのだなと今になって思います。
 ともかく、何もかもが新鮮で、子供たちが可愛くて可愛くて、自分が彼女たちの(女子校ですので)お母さんになったような使命感に燃えて、毎日キラキラと過ごしていました。
 教師というのは、実地の場に立って試行錯誤しながら少しずつ経験を積んでいくものですから、あの頃は未熟で至らないことばかりで、導いてゆくというよりは、生徒たちとの日々の中で、自分が教えられ、学んでゆくことの方が多かったように思います。

   最初の教え子たち
 そんな気持ちの中で、あの頃の自分と再会するような気恥しさもあったのですが、でも、久しぶりの教え子たちの笑顔を見たら、とても懐かしく嬉しい思いで一杯になりました。
 制服姿のあどけない少女たちが、仕事をし、結婚し、母親になり、素敵な女性に成長して、目の前に集っている、屈託なく笑い合っていて、それは昔の時間と重なり、感慨深く、何ともいえず幸せな日でした。

 同じ時を過ごしてきたはずなのに、それぞれに覚えていることや把握していること、ニュアンスは全く違うようで、「あれ、そうだっけ?」みたいな声がおしゃべりのあちこちから聞こえてきて面白かったです。

 私はというと、人の名前と顔を正確に覚えているのは特技の一つで、この日も我が特技を遺憾なく発揮して・・・・「覚えていて下さったんですねえ!」「すご~~いです!!」と、教師たる面目躍如でした。

 それにしても人の性格って、いつ形成されるものなのでしょう。
 長い月日を経ても、やはり<○ちゃんは○ちゃん>。
 同じ笑顔。変わらないのんびりとしたしゃべり方。表情豊かな相槌の打ち方。おしゃべりから滲み出てくる感性や価値観みたいなもの。・・・<皆、子供の頃と同じ、変わってないな>とつくづく思ってしまいます。
 「三つ子の魂」とは、よく言ったものだと大いに納得です。
思い出の風景 
 今回の同窓会は、久しぶりの節目の会ということで、当時の先生方も大勢いらしていました。
 先輩、同期、後輩・・・・嘗て共に過ごした仲間との再会を果たした私自身の懐かしい同窓会でもありました。
 教職にあった日々は、楽しいことだけではなくて、苦しいこと、大変だったこと、色々入り混ざってはいますが、月日を経るとそういうこと全てがくっきりと記憶の中に刻みつけられてきて、むしろ、印象の色が濃ければ濃いほど、その時間の中に生きていたという証にも思え、かけがえのない懐かしいものに感じられる気がします。

 私の音楽への転身は、皆様の驚きの的でしたが、でも温かく応援して下さりとても嬉しかったです。
皆、元気で、豊かに人生を重ねて、更に素敵な女性になっていってほしいと心から願った、久しぶりに嘗ての担任に戻った日でもありました。

   旧友との再会
 もう一つの同窓会。
 テタールコンサートの直後、つい数日前ですが、今度は、私自身の同期会に出席してきました。

 私自身もまた、中学高校一貫の女子校で過ごしましたので、全員顔見知り、<同じ釜の・・・>仲、和やかで無邪気な時間を共に過ごした友人たちとの再会でした。
 10年毎に行う同期会、卒業後初めて出席した方も今回は多く、『おお~~~』と、名乗り合いながら、皆でテンションが上がりっぱなしでした。
 
 教え子の同窓会に招待されると、先生らしい愛情に自然に満たされてくる感じで何だかしっとりとした気分なのですが、いざ、自分のこととなると、すっかり子供返りするようです。
 それこそ、いろいろな思い出が蘇ってきて、自分は確かにこういう時間を過ごしていたのだと一つ一つの思い出に改めて感激してしまいます。

 中学高校時代の私は、自分で思っていた以上に、物静かに読書に耽っている文学少女だったらしく、ほとんど全員の旧友に、「変わった!貴女は変わった!!」を連呼されてしまいました。
そうかしら?
 で、今はシャンソンを・・・などと言い始めると、感無量の面持ちで「よくまあそこまで!」と異口同音に返ってきて、ひょっとしたら、私はあまりに大人しい性格すぎて、皆様に心配をかけ、庇護して頂いていたのかもしれません。
 「でも、貴女ってそういうところのある人だと思ってた」と鋭く予見していたらしい友人からの褒め言葉もその中に混ざり、持つべきものは善き友だなと。

 今回、シャンソンを歌ってくれないかと幹事さんから依頼されました。
 こういう場ですと、どうしても素の顔になってしまいますし、素になると途端にシャイなところが邪魔しますので、これまでは、受けたことはなかったのですが、今回は、「では歌わせていただきます」と答えてしまいました。
 卒業後ずっとお会いしたいと思っていた敬愛する恩師が、この同窓会にご出席下さって、何だか心がすっとほぐれて、ささやかながら、自分が進んできた姿を見ていただけたらと思ったためでもあります。
 恩師の前で、そして旧友の前で歌うのは、いつもとは違う勇気がいるものではありましたが。

 卒業してすぐの頃は、先だけを見ていたく思い、昔の関わりは敢えて避けようという気が働いたりしたこともあったのですが、それは少し未熟な頑なさなのかもしれなくて、自然にすべての絆を受け入れられるようになると心が軽くなって、クリアに広がって見えてくるものがあるような気がします。

 二曲歌い、アンコールにさらに一曲。
 『シャトネイ・マラブリ ~エリザベートへ~』という曲をアンコールに歌いました。
 「音信の途絶えた女学生時代の親友に宛てた手紙」という内容の歌です。
 しみじみとした曲ですので、いつか次の機会にご紹介してみますね。

 心に残る一日でした。

 11月に入ると、今度は、在職中最後の卒業生、高2、高3の担任として卒業を見守った懐かしい教え子たちのクラス会もあります。
 離れていた日々を持ち寄り、温かい思いの中で皆で集う時間を共有できる、そんな喜びを感じる今年の秋です。


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お正月気分

 どのように、新年をお迎えになりましたか?
 お正月はゆっくりとなさっていますか?

 でも今日はもう3日。
 こうして、今年も時間は飛んでゆくのでしょうか。
・・・・ただでさえせっかちな私は、もう助走の構え充分で、これでは、典型的な貧乏性、ワークホリックの見本みたいなもの。
 「いらちになったらあかんちゃ~う?」って、京都生まれのちょっと口の悪い友人S氏にいつも諌められています。
 ちなみに「いらち」は、京都、大阪方面で「気ぜわしい・気が短い・すぐいらつく」ような人を指す言葉で、「苛々する」から来ているのでしょうね。
 何でもすぐカウントダウンしてしまう私みたいな人種は、大いに危ないのでしょうけど、「いらち」か、「用意周到・早や手回し」かの境目は、カウントダウンした後の気持ちの持ち方にあるのではと、・・・・・すなわち、パニックで自滅に向かうか、士気が高まってゆくかの違いなのだと、S氏に逆突っ込みを入れては、「ほなら、眉間にしわ寄せるのやめ~や」と逆襲されています。
  ・・・・良い友達です。
 
 蛇足ですが、「いらち」のアクセントは「ら」にあり、「ド・レ・ド」位の音の高さで発音してみてくださいね。
    
    *   *   *   *
 さて、私のお正月。
 うららかな日射しの中の三が日です。

 元旦は、恒例ですが、我が家でのお雑煮、おせちを済ませた後、近くの八坂神社に初詣に出かけました。
元旦の鴨川 
 鴨川の朝。白鷺が何羽も群れ集って、白い光りを反射していました。
 向こうの峰々にはうっすらと雪が積もっています。クリスマス位から、毎日ちらちらと雪が舞っている京都ですが、元旦は嘘のように明るく温かい日射しでした。


 南座前を通過。まだ9時前だというのに、四条通りはもうかなりの人の数です。

 花見小路の街並み 花見小路の街並み2
 祇園花見小路はさすがにまだひっそりと。
 昔ながらの祇園の街並みには独特の風情がありますね。

 八坂神社 八坂神社本殿
 そして八坂神社。
 祇園の中心にあり、芸事成就の神様でもありますので、髪を小さく結った、舞妓さん見習い中らしい着物姿の女性が、一心にお参りしているのによく出くわします。この日もそんな姿を何人か目にしました。
 私も家族の健康、家内安全から始まり、2月のコンサートの成功のことまでしっかりと祈願してきました。
 
 毎年、同じ場所で同じように祈る・・・一年が無事だったことのお礼と今年もという願いを・・それは何よりの恵みなのだとしみじみと思ってしまいます。いつ何が起こるか分からない人の世ですものね。
 熱心な信者でもないのに初詣なんて・・・という考えもあるでしょうけれど、私は、感謝し、手を合わせ、お正月という節目に、身を正し、思いを新たにするという機会が生活の中にあるのはとても良いことなのではと思っています。

 家に戻り、山のような年賀状の束をカバンに詰め込んで、新年の挨拶に東京に向かいました。

        *   *   *   *

 逗子の実家。
 子供の頃から慣れ親しんだ大好きな湘南の海の景色です。
 逗子の披露山公園の高台から。
 眼下に開ける海。
 披露山公園からの湘南の海
 本来ならば真正面に富士山が見えるところなのですが、残念ながら春霞のように霞んでしまっています。
 江の島。鎌倉の海岸線。
 海に浮かぶヨットの白い帆先。
 近くに立ち並ぶ白亜の建物は逗子マリーナというリゾートマンションです。
 かすかに潮の香。
披露山公園からの湘南の海 2 

 逆光に光る海。波頭がキラキラと眩しい光に反射して吸い込まれそうでした。暗く写ってわかりにくいですが、三浦半島の方へと続く光る海です。


 実家は、家族が一堂に会して賑やかでした。
 ついこの間、
ブログでご紹介しましたように、姪のKちゃんの結婚式で皆で集まったばかりでしたが、新婚のKちゃん夫婦も訪れていて、もっぱら結婚式や新婚生活の話題と余韻で盛り上がりました。

 二人はとても仲睦まじくて、微笑ましく、Kちゃんも一生懸命、新たな生活を作り上げて行こうと頑張っていることが伝わってきました。
 それを温かく見守る彼女の両親。
 自立し親から旅立ってゆくことを嬉しく思う気持ちと、家に不在になったことにまだ慣れず、一抹の寂しさもあり、少し複雑な気持ちなのだろうと余所ながら察せられました。きっとそれはKちゃんも同じなのでしょうね。
 段々日が経つと共に、それぞれに、自然な生活の形が出来てくるに違いありません。

      *   *   *   *

 私は年賀状のやり取りをマメにするほうですし、教え子も多いので、普通の方よりかなり多くのお年賀状を頂くのではと思います。
 年賀状でしか連絡し合うことのなくなった旧友、でも、見慣れた文字を見て、変わらず元気そうだと安心しますし、何もないとは言ってもやはり一年の月日ですので、その人の人生の中での色々な出来事の痕跡が短い文面から受け取れたりもします。
 若い教え子の方たちは、それこそ、一年の変化は大きく、就職、結婚、出産、人生の大きな節目を次々に経験して逞しく豊かに成長されてゆく様子がよくわかり、そういうお知らせを頂けるのは教師冥利に尽きると感じています。

 反対に、教師だった私が、今教職を離れ、違う道をこうして歩んでいることも、若い彼女たちにとってはなかなか衝撃的なのかもしれないと思うのですが。

 自分なりの進み方しかできませんけれど、心を込めて・・・と思います。


 そんなお正月です。
 
 さて、そろそろ。
 当面の目標のコンサートまで、一カ月ですので、これから忙しくなります。全力投球で頑張りますね。


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八月生まれ

    <お誕生日おめでとうございます。
    充実した良い一年となりますようお祈りしています。・・・・・・>
 今朝、メールが届きました。

 温かい気持ちがこみ上げてきました。
 ありがとうございます。
 覚えていて下さる方がいて、おめでとう!という言葉、とても嬉しいです。

 今日、8月21日は私の誕生日なんです。
     
    *   *   *   *
 
 で、突然ですが、一つ告白しますね。
 実は、大学時代に、私、占いの修業をしたことがあるのです。
 
 四柱推命学ってご存じですか?
 私は国文学専攻ですので、その中でこれに関わる漢文学も学んだのですが、中国の文学や歴史には易学の考え方が頻繁に出てくるのです。色々な文献を読んでいるうちに、易学にとても興味を惹かれて、これを応用した占い、四柱推命学を学んでみようかと思ったのでした。
 家の近くに四柱推命学では著名な先生がいらして、弟子入り交渉をし、個人教授を受けることにめでたく成功しました。
 そして3年間、学業の傍ら、熱心に修業した後、教職に進路を取るのを機に、占い修業は一段落したわけです。・・・・。ここら辺のお話も結構面白いので、・・・機会とご要望があればそのうちに。

 四柱推命学は生まれた生年月日・時間から判断する占いです。
 先生の理念は、「人には確かに持って生まれた宿命、星というものがあるけれど、それをよく知った上で、自分自身のあり方や、より良い生き方を見つけてゆくことが良い」「運命は避けられないものではなく、自身の努力によって好転させてゆくことが可能なのだ」いう考えで、なかなか納得のいくものと今も思っています。

 生年月日・時間で判断してゆきますので、全く同じ時に生まれた人は潜在的に酷似した運命を持っていることになるのですが、でも、その人の意志や努力の仕方は自ずと異なるでしょうから、歩む人生も変わってくるのでしょうね。

    *  *   *   *

 生年月日と生まれた時間まで全く同一生まれの人と会ったことはありますか?
 私はそういう方に会ったことはなく、一度お会いしてみたいものと思っていますが、でも月日だけでしたら、不思議なことに周りに何人かいらっしゃいます。
 
 私の周辺の8月21日生まれ、とても親しみを感じてしまう方々のご紹介をしてみますね。

 *フランス語の恩師、F教授の奥様。
 教授がフランスの星占いのお話をしてくださった折、話題の中で偶然判明したのですが。愛妻家の先生、ちょっと照れて恐妻家のふりをして、<獅子座はやはり獅子なんです 気が強~いんです>というお話をユーモラスにしてくださった後でしたので、「え~~8月21日だったんですか!!」としばし絶句。先生、あのときは面白かったですね。

 *ヴァイオリニストのMさんのお母様。
 Mさんは、大変活躍なさっている若手の演奏家で、とても素敵な方です。彼女を幼い頃から、愛の鞭で鍛えていらしたお母様も8月21日でした。
 「母のダメ出しが一番容赦なく厳しいのです」とのこと。確かに何度か伺ったコンサートにはいつもお母様のじっと見守るお姿が。ご挨拶をしてくださる優しい笑顔の下に、<そうか、星一徹(『巨人の星』の飛雄馬の厳父)みたいに燃える炎が隠されているのか>と勝手に妄想してしまいました。

 *年の離れた従兄弟Tちゃんの長男君。
 小学校何年生になったのかしら?遠方なので、なかなか会う機会がなく、年賀状の写真で可愛く成長する姿を見るばかりなのですが、出産予定日がどんどんずれて、もしやの21日生まれ。殊のほか親近感を感じてしまいます。 思春期に入る前の人なつっこいうちに是非また会わせて下さいね。

 *シャンソンの勉強で知り合ったHさん。
 活動的な努力家で、大好きなシャンソンとダンスに打ち込んでいつも明るくチャーミングな方。今は闘病生活で、大変な時を過ごされていますが、どうぞいつものエネルギーで乗り切ってゆかれますように。

 *ご近所にお住まいのTさんご夫妻のお孫さんのCちゃん。
 今年はもう5歳になって可愛い盛り。Tさんは有名な能楽師でいらっしゃり、大きな風格とお人柄が滲み出ていらして、本物とはまさにこういうことなのだといつも感服するばかりなのです。素敵な奥様とご一緒に、笑いの絶えない温かいご家庭です。
 21日の同志、Cちゃん、従兄弟のS君と可愛く飛び回る姿はマルマルモリモリ『マルモのおきて』の<薫>と<友樹>そっくりなのです。


    *   *   *   *

 嘗ての教え子のTさんからこんなお便りが届きました。
 まだ中学生だった頃のあどけない笑顔がそのまま浮かんでくるのに、もうすぐママになられるのですね。

 <お腹の子は無事9ヶ月を迎えました。あと50日と少しで会えるかと思うとすごくうれしいのですが、お腹から永遠に離れてしまうことはとてつもなく寂しいような不思議な気持ちです。
   
 自分が子供の為に考えたり準備したり心配することのほとんどは、自分が母や父や周囲の人にしてもらってきたことなんだと、最近身にしみて思います。不安もたくさんありますが、無事に子供を迎えられるよう、健康に過ごしたいです。>

 Tさん、お腹の中の赤ちゃんの成長と共に、貴女もどんどん素敵なお母さんになっているのですね。一つの命の誕生が、どれだけたくさんの愛を生んでいくのか、改めて私も教えられる思いがします。
体に気をつけて、無事健康な赤ちゃんを! 楽しみに、心から祈っています。

    *  *  *  *

 昨年は家族が病気、その前数年も何かとばたばたしていて、夏の私の誕生日はもうずっと忘れ去られたままだったのですが、今年は久々に、友達に教えてもらった軽井沢の素敵なお店で、家族とランチをすることができました。

         テーブルのバラの花びら

 お食事もとても美味しかったのですが、お店の計らいで、テーブルの上の薔薇の花びら、ケーキ、クマさんのキャンドル、バースディーの嬉しいサプライズ演出です。

      クマさんのキャンドル   バースデイケーキ

 思い出に残る楽しい一日でした。


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* 「カノン」の調べに包まれて

 22日の日曜日、結婚式に列席しました。

 とても素敵な挙式、そしてご披露宴でしたのでまだ温かい余韻がずっと続いています。
 うっとりとした中で、心がほぐれて、色々な感慨が生まれています。言葉では充分に表し難い想いなのですが・・・。

 小さい頃からずっと音楽に親しんでいらしたAさん、本格的にクラッシックを勉強し、オペラやミュージカル、演劇の舞台にもこれまで様々に挑戦され活躍されてきた彼女のウエディング姿は、大輪の白百合のように凛として気高く輝いていました。
 温かくて純粋な人柄がそのまま表れた笑顔、誰の心も自然に引き込むような笑顔、・・・・透き通った光のような美しさを彼女からいつも感じます。

 
 音楽に溢れた素敵な結婚式でした。

 挙式の中で、合唱の仲間の方たちがアカペラで歌われた“I thank you God”が柔らかく響いて、混声の繊細なハーモニーが教会を幸せで満たしてゆくような気がしました。
 いつも思うのですが、教会で聴くパイプオルガンの音色や聖歌の歌声には、人の心の奥から祈りへの希求を揺さぶり起こすような格別のものがありますね。とりわけ人の歌声は、どんな楽器より豊かに多くの思いを語ってゆく気がしますし、歌は祈りの言葉そのものとして、月並みかもしれませんが、胸に響いて聴こえてきます。

 
 ご披露宴の中でも、心に残る音楽がたくさんありました。

 新婦のお色直しの時、お母様が弾いて下さったピアノ・・・ピアノの先生をしていらっしゃるお母様の音色を子守り歌として彼女は育ったそうですが、慈愛に満ちて、花嫁の母の思いがそのまま伝わってくる優しさにあふれた素敵な演奏でした。  

 お父様はフルートを演奏なさるのですが、彼女がピアノを弾いて、グノーの「アヴェ・マリア」を二人で合奏して下さいました。いつも伴奏はお母様のお役目だったのでしょう。結婚の日は父娘で・・・。
 お互いの息を確認し合いながら、そっと気遣い合いながら、絆を愛おしみ合いながら、・・・・こんな日を迎えるように、これまでの日々をお父様は守り、築いてこられたのだなと・・・。
 伸びやかなフルートの音色には花嫁の父の思いが溢れていました。

 ご両親からの言葉もご両親への言葉も、敢えてご披露宴ではおっしゃらずに、これまで生活の中で育んできた音楽にすべてを託された・・・・どなたにでもできることではありませんけれど、羨ましいような素敵なご家庭だなと思いました。

 最後に、ご家族だけでなく、ご親戚の皆様一斉に楽器を抱えられて演奏されたのにはとても驚きました。ファミリーコンサートを折に触れて開催なさるくらい、本当に音楽ファミリーでいらっしゃったのですね。
 それぞれヴァイオリン、ビオラ、フルート、ピアノ・・・。

 パッヘルベルの「カノン」の演奏でした。

 美しかったです。
 美しいハーモニーでした。
 皆様が、聴き手に音楽をより良く伝えようとする思いを持って、心を込めて、そして喜びを持って演奏しているのが何よりとても心地よいのです。
 音楽は良きもの、人の心を浄化して温かい輪を生み出してゆくもの・・・と本当に感じることのできた幸せな時間でした。
 こんな風に音楽と関わってゆけたらと思いますし、それは広げて考えれば、根本的な人としての感性とか、生きる姿勢とかに繋がってゆくことなのかもしれませんね。

 余談ですが。
 本邦初公開で、新郎がビオラの演奏で加わっておられました。今までビオラに触れたこともないという正真正銘の初心者だそうですが、この日のために「カノン」の演奏の特訓に挑まれたそうです。夢にまでビオラが出てきたとのこと、その真剣勝負ぶりが目に見えるようです。
 でもビオラを構えた立ち姿もすらりとした長身に良く似合って、なかなか堂に入っていましたし、弓さばきもカッコよく、愛の力は偉大です。
 思いに応えようとする優しさと頼もしさを感じ、力一杯演奏なさる姿が心に焼きついています。

 
 更に余談ですが。
 昔、このような思いを持った記憶があった・・・?ような・・・と考えていたのですが、ずっとずっと昔の私の友人の結婚式を思い出しました。
 江戸っ子の彼女は、東北の旧家に嫁いだのですが、昔の映画に出てきそうな、旧家の家の大広間に箱膳が並べられて、延々と夜を徹するように披露宴が続くのです。で、最後のほうはもう、披露宴と言うよりは大宴会の様相を呈して行くのですが、ご家族ご親戚共に歌が上手で、謡曲を極めている義父様を初めとして、民謡の師匠の叔父さまとか、専ら和ものなのですが、抜群の声の方ばかりで、それはそれは楽しそうにそれぞれの歌をご披露されるのです。
 で、歌われるにあたり、その歌の講釈とお祝いの言葉が結構長いのですが、それが朴訥として温かさに満ちていて、なんとも心地よかったのを覚えています。
 私は、民謡を姿勢を正して聴いたのはその時が初めてくらいでしたが、新婚の二人と招待客へのねぎらいに溢れていて、また、佳き日を皆で迎えることへの寿ぎや感慨が歌から伝わってきて、歌、音楽、には言葉と同様の、大きな力があるとこの時も感じたのを思い出しました。


  ブログのプロフィールにも少し書きましたが、私は小学校、中学校、高校、大学とそれぞれの場で長く教職に就いていましたので、教え子が色々な年代にわたって大勢いるのです。
 Aさんも実はそうなのですが。

生徒だった子供達、学生だった方たちが、卒業し旅立って、今、時を経ても、今度は嘗ての同じ時間・時代を・・・それがピュアーで多感な幼少期であり青春期であったから尚更なのかもしれませんが・・・・そういう時間や時代を共有してきた同志のような、親子のような感覚になって、現在も親しく付き合ってゆけることは、私には本当に楽しく、教師冥利に尽きるなあと・・・・しみじみと思われてなりません。

  Aさん、良き伴侶と共に、良き人生を。

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* 春節のうさぎ

 2月は、冬と春が混ざり合ってモゾモゾと何かがうごめき始めるような季節ですね。
 今日の京都はうららかな日差しで、春霞がかかったようなぼんやりとした空の色です。


 2月の初めに上海に住むNさんから、小包みが届きました。
包みの中は春節の祝い、華やかな赤。
Nさんが上海に暮らすようになって、もう10年以上になるでしょうか?
まだ30代の優しい笑顔の素敵な女性ですが、中国・上海のテレビ製作会社で、日本文化や流行を発信する番組のプロデュースに携わり、現在大変活躍をしていらっしゃいます。小説家でもあり、多才でかなり著名な彼女なのですが、彼女の紹介はまた改めてさせていただくとして。
  
 春節は中国圏の旧正月のこと、暦の関係で毎年若干、日が異なるのですが、今年は2月3日が春節でした。日本なら節分の豆まきということになるわけです。
  もう随分前になりますが、私も横浜の中華街で一度だけ春節の祝いの日に遭遇したことがあります。爆竹を思いっきり鳴らし、華やかな歌舞音曲と共に獅子舞が街を練り歩き、それはそれはパワフルな歓喜に満ちた祭りでした。 街中が赤と金の色彩に飾られて中国の熱気に圧倒される気がしました。
 倒福って言いましたっけ?・・・福という文字が逆さになった飾りが玄関や家の中などに掛けられるのでしたね?
本当は到福というのが始まりで、福に到るという意味だったとか、或いは一説には福は逃げ去り易いので簡単に逃げてゆかないように逆さにしておくのだとか・・・どちらが正しいのかは知りませんが、こういう縁起担ぎは万国共通にあるものみたいです。
 
 今回彼女が送って下さったのはこの倒福ではありませんが<華やかな結び飾り>、そして、今年の干支の<うさぎの縫い包み>、<日めくりカレンダー>、<ランチョンマットとお箸(日本のお正月の祝い箸のようなものなのでしょうか?中華料理の腕が上がりそうです)>の数々。

春節の飾り

ランチョンマットと箸

  お正月飾りはさすがにもうそろそろしまおうかしらと思いますが、でもうさぎは今年の干支なので、ずっと飾っておこうと思います。
 我が家に初めてやってきた中国の赤い色ですが、でも良く見るとなかなか可愛くてホントに福を呼びそうな気がしてきます。Nさんの気持ちが伝わってきます。嬉しい贈り物・・・ありがとう・・・・。

うさぎ

 そういえば、うさぎ年生まれの友人、知人、親戚縁者が、とても多いことに気がつきました。
動物占いというのが大好きな知人がいて、うさぎ年の人は 落ち着いて物静かで、品格があって、自己愛が強くて、好奇心が旺盛だけれど少し臆病で・・・と解説していましたが本当でしょうか? 私の知っているうさぎさん達が皆そのような性格というわけではなさそうですが・・・。
 
 話が次々に飛んで止まらなくなりました・・・どうしよう!!
 でも、話してしまおう!!

 最後のお話は、日めくりのカレンダー。何だかノスタルジックで懐かしさを感じます。
昔、祖母の家にいつも掛かっていたんです・・・律義な性格の祖母はそれを毎朝かかさずめくっていました。12月の最後の一枚まで、まず毎日、日を狂わせることなく。
 私は小さい頃から、かなりなおばあちゃん子だったので、祖母には沢山尊敬出来るところを見ていたのですが、この日めくりカレンダーも、幼な心に大いなる驚嘆の一つでした。初志貫徹、有言実行の祖母の象徴のような存在に感じていました。
 ・・・・我が家の日めくりカレンダーは、何とか追いついてめくられるのはせいぜい3月位までで、春が過ぎ夏になり秋風が立つ頃になると、こういうことにはひどく大らかな父にも母にも私にも弟にも、その存在を忘れ去られて、季節が止まったままになってしまうのが常でしたから。
 そんなわけで、日めくりカレンダーに勝つことは私には不可能だと充分骨身に沁みているので、もう何十年も手に取ったことはなかったのですが、突然舞い込んだNさんからのカレンダー、上海での彼女の活躍と無事を祈りながら今年は使ってみようかな、と柄にもなく思っています。
 
 2月22日、今日は2並びの日なんですね。
 このカレンダー、全部中国語で・・・当たり前ですが、一日の記述に高島易断の本みたいな易の情報満載なようです・・・今のところ解読できるのは今日の吉数と吉方位くらいで、猫に小判状態ですが、ちょっと面白そうなので、少し研究して、暮れには判読できる範疇を広げられたらなどと思っています。・・こんな宣言をしてまたしても墓穴を掘ってしまったかもしれません・・・。

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