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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

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ライヴ・コンサートのお知らせ

松峰綾音 ライヴ・コンサートのお知らせ
                     (2024.1. 2 現在)
                                                               (通常のブログはこの下の記事から始まります)
  
 
お陰様で両会場とも満員御礼のうちに無事終了致しました
 お越し下さいました皆様、有難うございました
 次回の公演は6月となります。どうぞお楽しみになさってください
 

     <2023年12月>       
    『朗読 et chanson』
     朗読をたっぷりと、そして飛び切りのシャンソンを!
   新たな企画、スタートです
 

     「したたり ひとしずく」 
したたりひとしずくパンフ表

 懐かしく しみじみと そしてあるときは切なく、したたり落ちてくるいくつもの想いの中に、心に沁み透るひとしずくをみつけることができたら・・・


      朗読 訳詞 歌  松峰綾音
   ピアノ      坂下文野

   
日時 2023年12月2日(土) 13:30開場 14:00開演
        会場 京都岡崎 
ナムホール(NAM HALL)
       京都岡崎にある、地下1階、60席の静寂な音楽ホールです 

       日時 2023年12月16日(土) 13:30開場 14:00開演
       会場 湘南鵠沼サロンコンサートホール 
レスプリ・フランセ
       湘南鵠沼のシャンソンライブやフランス文化講座などを幅広く
                         発信するサロンホールです
   

      <2024年6月>

 『松峰綾音 月の庭vol.12  シャンソンと朗読のひととき』

    訳詩 歌 朗読  松峰綾音
    ピアノ      坂下文野


   日時 2024年6月16日(日) 16:30開場 17:00開演
    会場 京都文化博物館別館ホール

      日時 2024年6月30日(日) 13:30開場 14:00開演
      会場 横浜ゲーテ座ホール


 
 チケットのお申込み・お問合わせは、WEB のコンタクトからお願い致します。  

 詳細は、順次ブログにてお知らせして参ります。 
 


 次回のコンサートのご案内 (2023.7.4)
 「したたり ひとしずく」 (2023.8.16)



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掃除~心を磨く~

 2024年、令和6年がスタートしました。
 今年もよろしくお願い致します。
 地震、航空機事故と悲惨なニュースが続いて心痛む年明けとなってしまいました。
 まずは大変な被害にあわれた皆様とそして今も過酷な避難生活を余儀なくされている多くの方々に心からお見舞いを申し上げます。
 一刻も早く復旧が遂げられて、平安な日々が戻ってくることを願うばかりです。

 さて、今日はテレビ番組のお話をしようかと思います。
 昨年の暮れにNHK BSで放映された「スピリチュアルジャパン 掃除~心を磨く~」という番組が心に残りました。
 一時、話題になっていたサッカーワールドカップ試合後の日本人サポーターの掃除の話題。これに不思議さを感じたイタリア人のアンドレアという青年がこの番組の案内役を務めます。

 日本在住のアンドレア、近くの神社の境内を毎朝、一般の人たちまで加わって丹念に掃き清めている情景に彼はまず興味を持ちます。
 毎日こんなに丁寧に掃除をするのは大変ではないのかと神主さんに問うのですが、「神の住まいする神域であるから心を込めて綺麗にしたいと思って行っているのであり、一般の方たちも同じ気持ちで、自らの心も掃き清める意味合いで、自主的に集まってきているのだと思う。」と答えます。
 これを聞いているうちに、彼は日本人にとって掃除とは何か、それはイタリア人である自分がこれまで思ってもみなかったことなのではないか、と考え始めます。

   放課後の掃除
 ここから、二つの場所をレポートすることになるのですが、まず初めは学校中で積極的に掃除に取り組んでいるという長野県立豊野中学校です。
 週4回、放課後の15分間、学校の至る所を生徒たちが掃除するということです。
 でも、これはさほど珍しいことでもないと思ってしまいました。
 昔とはいえ、自分自身も生徒だった時、普通にやっていましたし、私が教職についていた時もやはり同じように生徒が掃除をし、私も共に手伝いながらその監督をしていたものでした。特別な事ではない・・・と最初は思いました。
 けれど、この学校の生徒たちの気合いは大したもので、映像が進むにつれ、その清々しい気概に思わず見入ってしまいました。
 掃除をする前には、まず身支度から。手拭いで女の子も男の子も姉さんかぶりをきりっとして、円陣を構え、その中で「隅から隅まで綺麗にするぞ」という今日の目標を班長らしき生徒が代表で語り、そしてしばらくの黙想。・・・・・こうすると心が落ち着いてさあ頑張ろうという気構えができるのだそうです。
 テレビはそれを見守るアンドレアと共に、その小気味の良い掃除っぷりを映し出していました。
 無駄のない箒の使い方、固く絞った雑巾をリズミカルに動かす拭き掃除の丹念さ、廊下の隅々、ドアのさん、階段の手すりに至るまで、軽やかに、おしゃべりもせず黙々と掃除し続けます。

 アンドレアも感服した表情で見入っていましたが、私もあまりの甲斐甲斐しさにすっかり感動してしまいました。
 「役割分担をあらかじめ決めているのですか」とのアンドレアの質問に、担任の先生は、「特に決めてはいませんが、各自が全体を見渡して、ここがまだだと思う所を見つけて率先してやっているようです」と答えておられました。
 更に、掃除をしている生徒たちへの彼からの質問が続きます。
 「毎日こういう掃除をするのは面倒臭くないのですか?」
 「毎日習慣にしてやり切る、という考え方が勉強やその他のことにも役立っていると思うから嫌ではないです」
 「15分しかない時間の中でどれだけ綺麗にすることに集中できたか、集中力を養って生活に生かしてゆけるから自分にプラスになっています」
 「心を込めて掃除ができるのってかっこいいです。」

 「勉強ができるできないは関係なく、一生懸命やって頑張る生徒に育っていることがうれしい」との先生の言葉に、アンドレアは「日本の教育って本当にすごい。イタリアではこんな風に子供たちが自ら教室を掃除をすることなどは全くないし、掃除に対するこういう考えは日本だけのものだと思う」とひたすら感心。
 そう言えば前に、日本の学校の掃除が今世界で注目されているというニュースを見たことがありました。
 確か、エジプトの教育者たちも日本の学校を視察しに来て驚嘆したことがあり、その結果、現在エジプトの学校では日本風の掃除を取り入れて実践し、その結果、学力においても躾や生活習慣についても著しい成果を上げ始めているということでした。

   禅の教え 和尚様の言葉
 続いてアンドレアはもう一つの場所に向かいます。
 東京にある禅寺、観音寺。和尚様に掃除とは何なのかとまず問います。
 掃除は禅の教えで、自分を高める修行なのだとの答え。
 彼が、では、禅寺の掃除の極意を教えて欲しいと乞うと、「「座禅」は静の修行、「掃除」は動の修行」なので、まずは座禅の後で掃除を行おうという事になります。
 曰く。「座禅はただ座っているだけだが、でもそれこそが難しく、じっと座るというのは自我を忘れ自然体に戻る事に他ならない。」

 アンドレアの座禅の時が続き、やがて太鼓の音が聞こえてきました。
 これは掃除の時刻を告げる合図で、この太鼓の音と共に、これまで彼と共に、じっと黙し座禅していた僧たちが、やおら箒や雑巾を携え、掃除に取り掛かります。変わらぬ静寂の中で各自黙々と動き続けます。
 学校での掃除と全く同じ。
 生徒たちのあの黙想の時間は、まさに座禅そのものだったのでしょう。

 和尚様は更にトイレ掃除の大切さを語り始めました。
 「隠徳を積む」と言って、「人間はとかく表を好み影の部分を大切にしようとしない。でも実はその努力こそが大切なのだ。そうすることによって初めて表の部分も綺麗になってくる。
 そういうバランスの良い修行を体得することが「隠徳」を積むことに他ならない。」

 部屋の掃き掃除は畳の目に添ってリズミカルに。拭き掃除は腰をかがめて一気に、畳のヘリでは一回一回手を止めて。
 アンドレアには、それが空手や柔道にも見えてきたと言います。
 和尚様曰く。「威儀即仏法 作法是宗旨」・・・・先人の考えたバランスの良い自然な姿を学ぶことが威儀。それが身に着けば無駄のない良い生活が基本になる。そのように一日一日を生きる姿勢が大事なのだと説いておられました。

 そして次には外掃除の極意に。
 落葉もちゃんと掃き清めれば、その後には雑草の姿が出てきて、雑草すらも輝いてくる。そして雑草も絵になるのだ。
 皆それぞれが生きているのだから生きているものを生かしてあげないといけない。そうやって掃除をすると庭もまた温かい庭になる。
 我々の行いが温かい場所を作る。掃除はお互いが良い姿を見合っているということではないか。

 この番組の締めくくりに語られるアンドレアの考察は以下のようです。

 「掃除は日本の文化と密接につながっていて、周囲の環境や他の人への敬意に満ちています。私は掃除をしているときに心に平和を見つけたように感じました。
 この平和は他の人々への思いやりの気持ちを意味しています。
 この心の優しさは強い平和の希求に繋がっていくと思います。もし誰もが掃除の真の意味を学ぶならもっと平和な世界となるでしょう。」


 日本人としてとても誇らしいです。
 そして、この番組、新年にあたって、心に刻んでゆくべきことを多く含んでいるように感じました。
 横着の中で流されてしまわず、日々自分の身を正してゆくことの大切さと、そして平和の対極にあるような昨今の世界情勢の中で、自分たちの身の回りから良きものを見失わず発信する眼差しを持ち続けることの大切さを思う今年の幕開けです。



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「したたりひとしずく」鵠沼公演終了致しました

 12月16日の鵠沼でのコンサートもお陰様で無事終了致しました。
 12月半ばだというのに20℃超えの日差しの眩しい一日、晴れ女とは言え、さすがに我ながらびっくりでしたが、和やかでとても楽しいコンサートとなりました。
 でも、その前に、12月2日の京都ナムホールでのコンサートから。

   京都モノトーンの世界
 改めて写真を見てみると、どの写真もモノトーンの色調で、黒白の世界に包まれています。
客席2  コンクリート打ち放しのホールで、内装も全て黒で統一していることもあり、また 半地下で、その奥にステージがあるのですが、進むほど闇が深くなるような印象です。 
客席 ステージから見る客席の情景は写真のように薄暗がりなのです。
 スポットライトもサイドから照らす照明もカラーは入っておらず、全て白色ですので、暗がりを白々と灯りが浮かび上がらせていました。

 椅子に座って朗読をするのも、沈んだ闇から声だけが響いてくるようなイメージがあり、今回の「朗読et chanson」には似つかわしい趣向だったかもしれません。 
朗読1 一部2
 一部はゴールドのドレス、二部は濃紺のベルベットのドレスを着用しましたが、この光を浴びると色が消えてモノトーンの中に溶け込んで見えます。

 クリスマスソングからスタートして、第一部の最後は、芥川龍之介の作品『黒衣聖母』の朗読をお届けしました。
一部
 実は、当初は、安岡章太郎の『幸福』という、もっとほわっと温かい小説を選んでいたのですが、でも人の人生の上に降り注いでくるものは必ずしも幸せだけではなく、誰でもが温かいものを求めながらも、心ならずもつかんでしまう悲しみとか絶望だったりすることもあるのではないかと。そう考えた時、「したたりひとしずく」にこの作品『黒衣聖母』を是非という気持ちに駆られてしまいました。
 以前『月光微韻』コンサートで一度朗読したことがありましたが、再演です。
  モノトーンの光に包まれ、神妙な心持ちでこの小説を読んでいた時、ふと本当に黒衣聖母が眼前に見えてきた気がして、まるで何かが乗り移ったかのようでした。

   ブルーライトのサロン
 そして、12月16日は湘南鵠沼にあるレスプリ・フランセでのコンサートでした。写真はいつものカメラマン沢木瑠璃さん、彼女の素敵な写真を追いながらコンサートのご報告をしたいと思います。
レスプリ・フランセ  レスプリ・フランセ2
元々はフレンチレストランだったという瀟洒な建物、今は音響照明等の機材も充実したサロンコンサートホールになっています。
12月クリスマスシーズンで室内のインテリアもクリスマスを意識したお洒落な佇まい、知人の家に招かれたようなアットホームで居心地の良いホールです。
ピアノ ステージのグランドピアノはもちろん、サロンの各部屋にはピアノが置かれていて、この会場にはピアノが4~5台はあったでしょうか。
プログラム そんなこだわりを象徴するかのように、さりげなく飾られたミニチュアピアノも可愛らしかったです。
 そして受付にはいつものようにお客様に配布するコンサートプログラム。

 京都のナムホールがモノトーンの色合いだったのに対して、このレスプリ・フランセはホール全体が柔らかいパステルカラーの色調で、メルヘンチックな館という雰囲気を醸し出しています。
ライティングも演目に合わせて微妙な光の色合いを調整してクリスマスシーズンに相応しい愉しさがありました。
暗転の色は黒ではなく濃紺で統一しました。
それもあって、全体のイメージが深いブルーライトの印象的なステージとなりました。
緑 まずはクリスマスソングからスタートし、そして童話『いちばん たいせつな おくりもの』の朗読です。
「森の中に二つの家がありました・・・」
森の色はこんなグリーンのライトで。
ピンク

そして、こりすとくまさんはお花畑で遊ぶのですが、ピンクの甘い光の中で。

ステージは進んで、やがて一部最後の演目はやはり『黒衣聖母』
ブルー
このブルーライトの中で経本仕立ての原稿を読みます。
はらはらと経本が手元から流れ落ちる手触りに、異次元の世界に誘われるような奇妙な陶酔感を感じました。


 そして第二部。まずは小説『くるみ割り』の朗読から。

 話が脱線しますが。
 皆様は胡桃割り(ナットクラッカー)で殻付きの胡桃を割ったことがありますか。
 この小説を読むからにはと思い、理科の実験みたいな気分で実際にやってみたのですが・・・・まず殻付きの胡桃を入手するのが一苦労で、輸入食品のお店などを覗いても大抵は殻を取り除いてローストされた胡桃であることが多く、この頃は殻付きの胡桃を胡桃割りで自ら割って食べるという習慣はほとんどないのでしょうね。
 戦争が始まる頃を舞台にした小説ですので、胡桃が普通に家に常備されているこの主人公の家は当時としても随分ハイカラで裕福だったのではと思われます。
 私が入手したナットクラッカーはペンチみたいにいかつい物でしたので、これを使いこなすのは大変で、まだ少年だった主人公にはなかなか歯が立たなかったに違いありません。
熱唱

 『胡桃割り』の朗読の後、大詰めに向って気分は高揚し、シャンソンの熱唱です。
 客席からの集中して下さる熱気がとても心地よく自分の想いと響き合ってくる気がしました。
 そして最後の曲。

 更にアンコールは「冬の夜」と「ホワイトクリスマス」をお届けしました。
 「冬の夜」は明治の頃の文部省唱歌ですが、今はその作詞者も作曲者も知られていなくてただ美しい日本の原風景を思わせるような歌詞とメロディーだけが愛されて伝わってきています。
 こういう日本の歌にも慎ましく温かいひとしずくを感じます。
花束

 頂いた花束がとても美しくアンコールの幸せな思いを見守ってくれているかのようです。

 楽屋に戻ってほっとした私とピアニスト坂下さんとのツーショットです。
坂下さんと

 両会場にお越しくださいましたお客様、そしてこれまで応援して下さり、お力をお貸し下さいました皆様に心から感謝いたします。

 今年も色々なことがありましたが、今こうして無事皆様にコンサートのご報告ができることをとても幸せだと感じています。

 どうぞお元気で佳き新年をお迎えくださいね
 来年もどうぞよろしくお願い致します。



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『したたりひとしずく』京都公演終了致しました

 12月2日(土)、京都ナムホールでのコンサートは無事終了致しました。
 紅葉真っ盛りの中、お天気も良く爽やかな一日、関東からご旅行を兼ねていらして下さったお客様にも、とても喜んで頂けて嬉しかったです。
ナムホール2
 文字通りの満員御礼となりました。
 お運び下さいました皆様、本当にありがとうございます。
公演2

 コンサートが終わるといつも全エネルギーを出し切った気がして、数日はぼおっとした虚脱感があります。
 でもそういう時間もまた、次へのスタートを切るために、却って必要なのかもしれません。ステージに立っていたことそのものが夢のようにも思えてくるのですが、お客様に戴いた花束を家に飾って眺めていると、心が温かくなり、夢ではなく本当に過ごした時間なのだと実感されます。
花束2

「百万本の薔薇」のメロディーが浮かんでくるような深紅の薔薇。

花束1



 そして対照的な、真っ白な花々に包まれたピンクの薔薇。
幸せだと思います。

 したたりひとしずく・・・いろいろな想いを込めてお送りした今回のコンサートですが、それぞれの皆様に届くものがあったでしょうか。

 16日土曜日の湘南鵠沼でのコンサートが、あと一週間後に迫っています。
 心身のリセットも充分できましたので、次に向けて気合いを入れ直し、しっかりと臨みたいと思います。
 今回のコンサートの内容は、16日にいらして下さるお客様のために今はマル秘という事にして、全て終了しましたらゆっくりご報告させて頂きますね。

 16日のチケットはそろそろ完売となりそうですので、ご予定下さっている方、どうぞお早めにお申し込み下さいますように。

 ところで、唐突ですが、今日のランチはホットケーキでした。
 母の事もあってちょっとしみじみとして、『ホットケーキの味』という文章を綴ってみました。
 お読みいただけるでしょうか。

   ホットケーキの味      松峰綾音

  「昔ながらの銅板焼きホットケーキ」と 
  店の前の看板に書いてあったので
  ふらりと扉を開けた
スノードーム1
  初めて入った”Kカフェ”の片隅の席
  テーブルにスノードームが置かれていて
  キラキラとクリスマスが光っていた

  十五分が過ぎて
  ホットケーキが運ばれてきた

  弟が生まれる前
  まだ四歳の頃のホットケーキの記憶

  父と母と三人で横浜に買い物に出かける時のお昼は
  いつも決まって
  駅のすぐ前の
  らせん状の外階段を二階に上ったお洒落なカフェ
  かならず注文してくれたホットケーキとフルーツポンチ

  だから 今でも懐かしい食べ物
  でも 思い出の中の味は超えないと思うから
  大人になってから注文したことはなかった
  幸せの中にだけ あってくれればよかった

  母が亡くなってちょうど一か月目、月命日の翌日が京都でのコンサートだった
  コンサート会場に向かう時
  ふと昔のあの店が思い出された
  らせん階段の上の大きなガラスの扉
  あの頃のホットケーキとフルーツポンチ
  無事に歌い切ったら
  久しぶりに食べたいと思った

  それからまた一週間が過ぎた今日
  そう思ったのをすっかり忘れていたのに
  店の前の看板を見たら急に入りたくなった
  パンケーキじゃなくてホットケーキ
  これなら良い
  でもフルーツポンチはメニューになかった

  運ばれてきたのは立派な二枚重ね
  こんなに大きくなくって
  もっとたよりなく 小さく 薄く
  もっとほんのりした焼き色で
  メープルシロップは
  こんなにたっぷり入ってなくて
  もっと小さなアルミのシロップ入れで

  バターはもっと真四角で チョコンと乗っているだけで

  いつも母が
  ナイフとフォークを恭しく取って
  食べやすいように綺麗に八つに切り分けてくれた

  メープルとバターが溶け合って
  美味しい香りが鼻をくすぐる

  でも やはり
  あの味とは違う
  もっと 美味しくなって
  もっと 豪華になって
  でも 違う
  独りで黙って ホットケーキをほおばる お昼どき

  味も記憶も
  一期一会だ
  それが今さらのように
  身にこたえる
  これが偲ぶという事なのだろうと
  しみじみと
  ホットケーキをほおばる


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シンプルに

 京都の紅葉もようやく見ごろになりました。
 でも、余りにも観光客が多すぎて、紅葉の見どころからは足が遠のいてしまいます。
朝の散歩1
 鴨川べりの早朝散歩はほぼ毎日続いているのですが、川風を受けながら風景の中で日々色づいてくる木々の風情を目にすることが、私には何よりの紅葉狩り、心豊かになるひとときです。

12月2日の京都ナムホールでのコンサートがあと3日後に迫ってきました。
 お陰様で満員御礼となり、諸々の準備も整いましたので、後はゆっくりと当日を待つばかりです。
 このところ何だかとても慌ただしい毎日だったのですが、あまり考え過ぎずただ粛々と過ごしでいたら、却って色々はかどって、むしろいつもより今はのんびりとした心持ちになっています。

 そうは言っても、近づくにつれコンサートへの緊張はもちろん増しているのですが、でも直前のこの時期になると、日常的でささやかな事ばかりが心に浮かんでくるものなのですね。
 ともかくアクシデントが起こらず、無事静かに当日が迎えられますように、お天気が・・・きっと良いだろうけれど・・・いつも通り晴れて、皆様が全員元気で楽しくいらっしゃれますように・・と思いながら毎日お天気チェックをしたり。
 コンサート前、エネルギーを充電しておかないといけないから、やはり前日はボリュームのある食事をしておこうか、それとも消化の良いもので軽く済ました方が良いか、等々。

 直前まで全力で猛特訓に励み過ぎたアスリートが、却って本番でバランスを崩してしまう、私もそんな失敗が以前には多かったのですが、いつの間にかこんな風になってきたみたいです。

 けれど、平常心と言っても全く淡々としていたのではステージは成り立たず、ハレの日には通用しませんし、かといって意気込み過ぎてもそれが裏目に出てしまいますので、本当に難しいものだと思います。
 そして更には、コンサートを迎えるにあたっての、心がヒリヒリするようなそんな経験が、次回に生きるのかというとそうでもなく・・・結局一回一回が初めて遭遇する未知のことなのかもしれません。

 これはもしかしたら、コンサートに限らず、何かに向かう時のすべてに言えることなのだとも思われてきます。
朝の散歩3

 到達し得ない目標かもしれませんが、
 自然体で、出来ることを、余計な不安や邪心を棄てて虚心になって行う。
 温かく優しい気持ちをたくさん持って、やるべきことを一生懸命やる。
 そんな姿勢が自分の身についてくれば、本当の意味でシンプルに生きられるのかと。

 人間関係も日々の生活もそうありたいと、散歩をしながら、ふとそんなことを思いました。

 土曜日のコンサート、良いご報告ができるように、シンプルに、ベストを尽くせたらと思います。




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母を送る日

 十一月一日朝、母が永眠致しました。
 とても安らかな顔でした。
 母は戦争を体験した世代ですから、怒涛のような時代と、時代の大きな変遷の中で、様々な困難と向き合い、乗り越えて、天寿を全うしたと言えるのでしょう。
 その生きてきた日々を偲びながら、静かにねぎらい、見送るべきなのでしょうが、でもやはり、その分、母娘として共有してきた時間も長いわけで、通夜・葬儀を終えて二十日余りが経っても、言いようのない喪失感というか、しみじみと悼む気持ちが募ってきています。

 これが、親を亡くす感慨なのかと、実感します。
 そして、そういう気持ちに自然に包まれるほど長く、私たち姉弟の母として生きていてくれたことに今さらながら有難さを感じてもいます。
 でも、まだ子供のうちに親に死に別れる衝撃や悲嘆はきっと、もっともっと言いようのないものなのでしょうね。

 葬儀関係の一切を終えて、京都に戻る新幹線の中で急に強い感情が湧き出てきて、言葉が溢れました。
 その時、ペンを一気に走らせたのですが、四編の詩が自然に出来上がりました。
 その時の言葉のまま手直しをせず、小冊子に製本して、今、母の写真の前に供えてあります。私からのささやかな供養になるでしょうか。

 プライベートなことで本当に恐縮なのですが、今日はもう少しだけお話させてください。
 四編の詩の中の一編に『引導法話』という題を付けました。
 その冒頭を。
 葬儀の様子を記したものです。

 
   引導法話

  窓のある明るい葬儀の会場だった
  棺はその中央奥に安置され、花々が取り囲んでいた
  わあ、綺麗
  と弔問の声があがる
  とりどりの白花の中に
  ピンクの大輪の薔薇とカーネーション、スイトピーが鮮やかに映えて
  黄色のオンシジュームが華やかなアクセントとなっていた
  その真ん中に真っ白な胡蝶蘭

  披露宴のひな壇を飾るような

  華やかなドレスを着た遺影としっくり調和して

  花がこうであるだけで
  悲しみは少し遠のく
  お洒落三昧だった母のおくりに相応しいはなむけだ

  きっと母は喜んでいるだろう
  棺を花でいっぱいに埋めたい
  こちら側の小さななぐさめ


  ほどなく
  まだ若いすらりと背の高いお坊様が到着する
  昨夜の通夜の読経は良く通る力のある声で
  それが私には何故だかとても嬉しかった

  今
  葬儀が始まったその発声も
  それにまして
  凛と張った声
  心地よい抑揚

  読経はしめやかに進んでいく

 この詩はまだ長く続きます。
 でも、このあとは、何よりも母の心に微妙に触れていく部分なので、母はきっと独りでそっと受け止めたいのではと思い、途中省略いたします。
 そして最後、詩の締めくくりです。

  読経の終わりに
  導師は力を込めて
  「喝」と
  長く響き渡る一喝を加えた

  母は
  これまでの時間の中で堆積したすべての煩悩から解き放たれたのだろうか
  「喝」のひと声が
  死者を静かな彼岸にいざなったに違いないと

  葬儀は
  そういう
  残されたものにも引導を渡す行為なのだと

  そして
  私たちが次々と手向ける花々にいっぱいに包まれて

  棺は静かに閉ざされて
  訣れの時が過ぎた


 もちろん、これは私だけでなく、特別な事でもなく、色々な思いを抱えながら誰しも順番で経験してゆくことなのでしょう。

 今というこの時間を大切にしながら、心を込めて過ごしていきたいと改めて思います。



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「東福寺展」に行ってきました

 風が通りにくい京都盆地の中にあって、吹き抜ける風を感じる日はどれくらいあるでしょうか。
そんな中でも、この10月は心地よい爽やかな日々が続いています。
 まさに散策日和ですが、でも、外国人の観光客も急増していて、特に私の住まい近くの錦市場や祇園界隈などは、どこか異国に迷い込んでしまったかのように、外国語ばかりが勢いよく飛び交っています。
 10月22日は時代祭りでした。所用で出かけた時、人込みのすき間から、ちょうど目の前を眩しい秋の日差しを受けたきらびやかな行列が粛然と通り過ぎてゆき、ふっと昔の時間と混ざり合うような感覚に包まれました。
 こういう時、「あなどるなかれ京の都」と痛感します。
京都国立博物館
 さて、10月7日から12月3日まで京都国立博物館で「東福寺展」が開催されています。
 先日、抜けるような秋空の下、光と風を浴びながら鼻歌気分で出かけてみました。
東福寺展 これに先駆け7月に上野の東京国立博物館で既に開催されていて、東京の友人から「地元にいるのにこの展覧会に行かないなんてありえない」という強いお薦めの電話を受けたばかりでした。

 京都国立博物館のWEBにはこんな文章と写真が載っています。
羅漢図 新緑や紅葉の名所として知られる東福寺は、京都を代表する禅寺の一つです。中世以来の巨大な建造物の数々は圧倒的なスケールを誇り、「東福寺の伽藍面」の通称で知られています。
 東福寺の寺宝をまとめて紹介する初の機会となる本展では、伝説の絵仏師・明兆による記念碑的大作「五百羅漢図」全幅を修理後初公開するとともに、巨大伽藍にふさわしい特大サイズの仏像や書画類も一堂に展観いたします。草創以来の東福寺の歴史を辿りつつ、大陸との交流を通して花開いた禅宗文化の全容を幅広く紹介し、東福寺の日本文化における意義とその魅力を余すところなくご覧いただきます。


 鮮やかな復元、「画聖」と崇められた絵仏師・明兆による五百羅漢図のうち、現存する全四十七幅の展示、一幅に十人の羅漢(釈迦の弟子)が描かれ、合わせて五百人の羅漢が、それぞれの絵図の中で存分に神通力を発揮する様が、生き生きと描かれていて、絵物語を見るよう。
 アニメのように絵の中から声が聞こえてきそうな臨場感を感じました。これだけのものを復元するのはどんなにか大変だったことでしょう。修復に14年の歳月を要したというのも頷けます。
 五百羅漢図は4期に分けて入れ替え、展示されるのだそうです。11月7日からは特別展の後期という事で、他の展示物も入れ替わるそうですので、もう一回行きたいと思っているのですが。
羅漢図1 それにしても、「羅漢図」は釈迦の高弟たちを讃えるための荘厳な仏教絵図であるとこれまで理解していたのですが、羅漢たちがお茶会にワイワイと集まってくる様子とか、それぞれが様々な表情を見せて書物と格闘している勉強会とか、まるでマジックショーのように仏経典に光を放って皆で拍手喝采しているところや、はたまた、招かれて竜宮城へ皆で遊びに行くところなど、・・・「羅漢図」の横に添えられてある吹き出し付きのウエットに富んだ四コマ漫画と合わせて思わず笑ってしまいました。
 飛躍し過ぎかもしれませんが、日本の古代から伝わる物語、日本書記や古事記の中の神々の姿は人間的で自由に生き生きと、時にはユーモラスでもあることと重なって感じられました。そう言えばギリシャ神話も同様に、神々は実に人間くさく、喜怒哀楽に任せて楽し気にふるまっていますし、・・・羅漢は神様ではなく釈迦の弟子、人間ではありますが、何だか似ているようにも思われてきます。
 「神々の笑い」、苦悩に沈むことと対極にあるような突き抜けた悟りの世界なのかもしれません。

 館内には「五百羅漢図」を中心に、東福寺に所蔵されてきた貴重な書画・工芸品・仏像など、博物館を埋め尽くすほど沢山の展示物が公開されていました。
 私としては特に、縦横3mにもなる「白衣観音図」(重文指定)の神秘的な慈愛の表情と、同じく2mを超える「寒山拾得図」、鴎外の小説「寒山拾得」が思い出されて、二人の特異な人物像がそのまま心に迫ってくるようでとても興味深かったです。
 そして、三門に安置されている「二天王立像」(重文指定)の近づいて見た時の雄姿、・・・普段、東福寺に行って三門の暗がりを覗き込むときにも、ぼんやりと浮き上がる迫力を感じますが、でも目の前にその巨大な全体像と勇壮な表情の細部を鑑賞できるのは、やはりこのような特別展ならではのものでしょう。
大仏の手
 ご紹介したいものはたくさんあるのですが、大仏様の左手の展示も圧巻でした。
創建当初の大仏が元応元年(1319)に焼失したあと再興された旧本尊(釈迦如来坐像)もまた、明治14年(1881)の火災で焼失し、辛くもこの左手と光背の化仏、そして蓮弁一枚だけが救出されたのだそうです。手だけでも約2.2mあり、それを目の前で見ることができ圧倒されました。

 またまた飛躍しますが、以前読んで心に深く残っている文章の一節を思い出しました。
 詩人清岡卓行氏のエッセイ『ミロのヴィーナス』という文章。冒頭をご紹介してみます。

 ミロのヴィーナスを眺めながら、彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだ と、僕はふと不思議な思いにとらわれたことがある。つまり、そこには、美術作品の運命という制作者のあずかり知らぬ 何ものかも、微妙な協力をしているように思われてならなかったのである。
(中略)
 失われた両腕は、ある捉え難い神秘的な雰囲気、いわば生命の多様な可能性の夢を深々とたたえている。つまりそこでは、大理石でできた二本の美しい腕 が失われた代わりに、存在すべき無数の美しい腕への暗示という、不思議に心象的な表現が思いがけなくもたらされたのである。

 非常に美学的な捉え方だと思いますが、清岡氏は、「手というものは世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段である。」とも述べていて、手が欠けてしまったからこそ、手の持つ無限の可能性が美しく感じられるのだというのです。
この大仏の手、手だけが語る世界は・・・・・と考えるととても興味深く、清岡氏だったらこの唯一残された左手をどのように表現するのでしょうね。

 そして、この大仏様が座していたという台座の蓮の花の花びらが、この手と隣り合わせて展示されていました。
この蓮弁は東福寺塔頭の即宗院に所蔵されています。
 蓮弁   大仏と私
 写真コーナーワッペン
 今回の展覧会で写真を撮ることが許されている唯一のコーナーですので、傍の方にお願いして撮影して頂きました。

京都国立博物館はゆったりとしてとても心地よい空間ですし、展示品は悠久の歴史の浪漫を感じる貴重な品々ばかりですので、是非お薦めいたします。
 人の少ない、開館時間直後の9時に入館するのがベストです。
   写真コーナー

朗読 et chanson 「したたりひとしずく」 準備が進んでいます
  12月2日(日) 14:00~ 京都岡崎  ナムホール  
  12月16日(日) 14:00~ 湘南鵠沼  レスプリ・フランセ   

 あとひと月余りと迫って参りました。
 そろそろお席が埋まって参りましたので、ご予定下さっている皆様はどうぞお早めにお申し込み下さい。
 準備も佳境に入っています。より良いものをお届けしたく様々もがきながら、でもそういう時間を楽しんでいます。是非今回もお越しくださいますように。

                                          

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「したたり ひとしずく」

 立秋も過ぎ、9月になろうとしているのにこの夏の猛暑はいつまで続くのでしょうか。
 「夏の暑さをさあ今こそ楽しもう!」というようなビールのCMソングが流れて、この上なく美味しそうに呑み干す姿に、呑めない私ですら喉を鳴らしてしまいますが、でも暑さを楽しむのにもやはり限度はありますよね。
 知人のお母様が丹精していらっしゃる梅の木が今年もたくさん実をつけて、梅干し、梅酒、梅シロップ・・・をどっさり仕込んだとのご連絡を頂きました。
 梅は夏バテ予防にとても有効なのだとか。梅シロップと、シロップ漬けの梅の実を送って下さったので早速戴きました。炭酸で割ったり、そのままバタートーストに乗せたり、手作りの愛情がいっぱいにこもっていてとてもおいしいです。
梅かき氷
 お客様がいらしたとき、和食の後でこんなデザートにしてお出ししてみました。
 かき氷機は我が家の夏の必須アイテム。今年も活躍しています。
 小さなグラスの底に梅シロップ入れ、更にシロップ漬けの梅を丸ごと乗せたかき氷。アイスクリームも少しだけ添えて。
琥珀色の梅の色合いはシンプルで渋く、上品な一口サイズにすると大人の雰囲気になるのではと自画自賛。大好評でした。甘酸っぱさが何とも言えず後味が良くてお勧めです。
食における私の「したたり ひとしずく」かもしれません。

   「したたり ひとしずく」
 12月のコンサートタイトルが決まりました。

 『 したたり ひとしずく 朗読 et chanson 』 
したたりひとしずくパンフ表
 フライヤーはこちらです。
 我が家の玄関に飾ってあるステンドグラスのランプです。
 まさに幸せのひとしずくが溢れ出るような柔らかく幻想的な光で、プレゼントをたくさん重ねたような灯りの中でお客様をお迎えできたらと思い、いつも灯しているのですが、今回のフライヤーに是非と、撮影してみました。
 友人のステンドグラス作家の個展で見つけて譲り受けた品で、大切に楽しんでいます。

「したたりひとしずく」は、ふと思いついた言葉なのですが、次のような想いをこめました。

「なんにもいらない ここにこうしているだけでいい」とクマさんは言います
人は 誰かに どんなおくりものを贈ることができるのでしょうか
過ぎゆく時間の中で 人は 誰かに どんなおくりものを貰っているのでしょうか
懐かしく しみじみと そしてあるときは切なく、したたり落ちてくるいくつもの想いの中に、心に沁み透るひとしずくをみつけることができたら・・・

 絶え間なく降りしきる梅雨の長雨を見つめながら、また、台風で叩きつける激しい雨音を聴きながら、人が生きてゆくそれぞれの道のりの中で、この雨のようにどこか遠いところから絶え間なく心にしたたり落ちてくる様々な想いがあるのだなとふと感じました。
 良くも悪くもそれらを受け止め、積み重ねてゆくことが生きるということなのかと・・・。
したたりひとしずくパンフ裏
 致命的な打撃であったり、力萎える時であったりもするのでしょうけれど、でも、ああこの時を忘れないでおこうと思うような、心に美しく灯りがともるような幸せなひとしずくもあるでしょう。
 今回のコンサートでは、そんな大切な瞬間を、忘れられないひとしずくを、物語の中から掬い上げたり、歌に乗せて届けたり、温かい言葉の贈り物にできればと思いました。

 ちょうどクリスマスの季節ですので、クリスマスを歌ったシャンソンもお届けしながら、優しい温かいひと時を過ごして頂ければと思っています。
 そして今回はこれまでとはちがった朗読中心の綾音流朗読会「朗読et chanson」をご堪能いただきたく。
 ワクワクしながら準備を進めています。

 前回の記事でもご紹介しましたが、もう一度、日時、会場のご案内です。

12月2日(土) 14:00~ 京都岡崎 NAM HALL(ナムホール) 
  
12月16日(土)14:00~ 湘南鵠沼 サロンコンサートホール レスプリ・フランセ

 この酷暑の中では、まだクリスマスの季節のことは考えられないかもしれませんが、でもあっという間に秋は深まり、冬がやってきます。
 今からご予定に入れて頂けましたら幸いです。
 チケットのお申込みも本日より受付け開始いたします。
 WEB松峰綾音のコンタクトからお問い合わせください。


 

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次回のコンサートのご案内

 今日の京都は37℃。
 この夏一番、そして全国一番の暑さなのだそうです。
 でも、お蔭様で私はとても元気で、不要不急の外出は控えるようにという予報を聞きながらも、外を飛び歩いておりました。

 さて、次回のコンサートのご案内です。
 「月の庭vol.12」を来年6月に!と決めてから、構想を練り、準備を進めていますが、その前にもう一つ、いつもより朗読に重きを置いたアットホームなコンサートを開催してみたいと突然、思い立ちました。
 クリスマスの季節、12月に行おうと思います。

    『 朗読 et chanson 』 は2023年12月です
 いつも「月の庭」は、朗読が全体の4割くらいの比重で、シャンソンは6割くらい、・・・・厳密に量っているわけではないのですが、いつの間にか自然にそのような割合で構成するようになりました。
 けれど、もちろん、聴きにいらして下さる方の好みはそれぞれで、「もっとシャンソンを中心に聴きたい」、そうかと思うと「朗読だけのステージも考えて欲しい」というお声もあり様々なのです。
 コンサートのテーマによって、その時々にどうしたいか自ずと決まってきますし、言ってみれば、心の赴くままに変化していく「月の庭」を、これまで楽しみつつ進めてきました。
 そんな中で、「朗読会」を!というお勧めがいくつか強くあったことにも背中を押されたのですが、今回は、朗読を中心とした特別バージョンのコンサートを企画してみたくなりました。
 前回の「変わりゆくものへ」では、かなり重いテーマを貫いてみましたので、今度はクリスマスシーズンに合う、温かく優しい雰囲気の伝わるコンサートを目指してみようかと思います。
 「月の庭」と別枠で、このような形にも今後挑戦できれば、また違う面白さが生まれるかもしれません。

 『 朗読 et chanson 』と名付けました。
 ・・・・朗読をたっぷりと、そして少しだけ飛び切りのシャンソンを・・・というコンセプトのタイトルです。

 で、これにしっくりくる雰囲気のある会場探しを早速。
 いつもぼやいてしまいますが、会場の空き状況と、こちら側の日程とを調整しながら、テーマや諸々の条件に合う会場を見つけるのは結構難しく、5月、6月は会場探しに費やしたと言っても過言ではありませんでした。
 それで、見つけました!
 関西、関東、両会場とも、温かくしみじみと朗読をお聴き頂き、シャンソンも楽しんで頂けるような、心地よい空間なのではと思っています。

 12月2日(土) 14:00~ 京都岡崎 ナムホール
https://namhall.com/) ナムホールQRコード 
 ナムホール内部 
 平安神宮から徒歩5分、岡崎神社からは徒歩2分、京都岡崎にある、室内楽やクラッシックの歌曲などを主に公演している、席数60席ほどのこじんまりとした音楽ホールです。
 実はちょうど10年前『ゲンズブール・イノセント』というコンサートをこのホールで開催したことがあり、その後は使ったことがなかったのですが、ふと思い出して、改めてホール見学をしたところ、今回考えている『 朗読 et chanson 』にぴったりの雰囲気なのではと、ひらめいたのでした。
 瀟洒な建物、地下1階の静寂な雰囲気の小ホールで、客席にも近く、一体感が生まれそうで、朗読にもシャンソンにもしっくり似合いそうです。

12月16日(土)14:00~ 湘南鵠沼 レスプリ・フランセ
https://www.lesprit-francais.jp/) レスプリフランセQRコード
 そして関東。
レスプリフランセ 
 今回は藤沢駅から小田急江ノ島線で3分の鵠沼海岸駅で下車、徒歩5分のところにあるレスプリ・フランセで開催します。
 夏なら海水浴のお帰りに朗読とシャンソンはいかがですか、と言いたいところですが、冬なのでそれはお薦めできず・・・でも冬の湘南の海岸を散歩したり、すぐ隣の駅の江ノ島で遊んだりと、プチ旅行の気分を味わえるかもしれません。東京からは少し遠くなりますが、でも日常から束の間離れるちょうど良い距離なのではと思います。
 ちなみに私が中学高校の頃、毎日江ノ電に乗って通った女子校は片瀬江ノ島にあり、地元に戻ってきたような懐かしさがあって感無量です。
レスプリフランセ内部
 サロンコンサートホール、元々はフレンチレストランだった建物を、シャンソンのライブやフランス文化講座などを開催して、広くフランス文化を発信する総合的な音楽サロンホールを作りたいというオーナーの想いから、大幅にリニューアルし、現在の形になったのだと伺いました。
 クリスマスの時期のコンサートに相応しく、お洒落でノスタルジックなサロンに招かれたような愉しさを満喫して頂けるのではと思っています。

 チラシが出来上がりましたら、改めてまたコンサートの詳細をご案内致しますので、しばしお待ちください。
 そんなわけで、12月、『 朗読 et chanson 』
 なるほど!と頷いて頂けるステージを目指して、今、様々なアイディアが胸の中で弾けています。
 
   『月の庭 vol.12』は2024年6月です
 そしてもう一つ。
 次回の「月の庭」の開催予定をお知らせ致します。

 前回のコンサートの中で、思わず「次は来年の6月を予定しています」などと口走ってしまったこともあり、実現あるのみと、こちらもまずは会場探し、現在ホールを仮押さえした状態です。
 『月の庭』のホームグラウンドとして定着してきましたいつもの京都文化博物館ホールと横浜山手ゲーテ座ホールですが、色々検討してみた結果、vol.12もやはりこの両会場で開催しようと思いました。
 ただ両ホールとも正式使用許可が出るのは開催月の六カ月前ですので、まだ仮予約の段階なのですが、きっと希望した日程で実現できることを信じて、先行お知らせを致します。

  2024年6月16日(日)17:00~  京都文化博物館別館ホール     
  2024年6月30日(日)14:00~ 横浜山手ゲーテ座ホール

 まだ確定ではありませんが、今から1年後のスケジュールに是非入れておいて下さいますように。

  いよいよ暑い夏の到来です。
  皆様ご自愛なさってお過ごしくださいね。

                    


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