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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

桜満開(三) 桂昌院のしだれ桜

 「それは何と言っても、桂昌院様お手植えのしだれ桜が、京都では一番の桜と違いますか」
という言葉を生粋の京都人(3代100年程度ではまだまだよそ者、到底京都人としては認められないとよく言われます)の何人かの方から伺ったことを思い出して、では今年の桜の締めくくりは、遠出をし、桂昌院ゆかりの古刹、善峯寺(よしみねでら)にしようと決めました。
 まずは桂昌院についての予備知識から。

   桂昌院について
 5代将軍、徳川綱吉の生母である桂昌院の出自は京都。
 京都の社寺を巡ると、「桂昌院ゆかりの」とか「桂昌院寄進の」とかの縁起をよく目にします。
 絶大な権勢を誇り、「生類憐みの令」の影の立役者とまで言われて歴史にその名を留めていることは周知の通りです。
 悪評高い「生類憐みの令」ですが、世界初の動物愛護令であり、実は儒教に基づく文治政治の一環であり、その目指すところは、むやみな殺生を戒め、平和を希求するものであったのだと、近年その真価が見直されてきています。

 数奇な運命を辿った女性、桂昌院の若き日の名は「玉」、「玉の輿」は桂昌院のシンデレラストーリーから生まれた言葉とよく言われます。

 善峯寺寺伝によると
 「寛永4年(1627)京都堀川に生まれて、6歳の時に義兄善峯寺成就坊賢海の許にて母の栄女とともに同居されます。後に師父宗正の許に帰り13才で父を亡くします。正保元年(1644)継母お蒔女の紹介により、春日局に従い江戸に下り、徳川家に仕えます。これより幼名お吉をお玉と改めます。

 彼女の実家については西陣織屋、或いはかなり貧しかった八百屋、畳屋、等諸説伝わっており、京都にもそれらしい生誕の地がいくつも名乗りを上げているものの、信義は未だ定かではないようです。
 
 そんな桂昌院の「お手植えのしだれ桜」を訪ねて、善峯寺に向かいました。

   雨の西山善峯寺
 最寄駅は、阪急 東向日駅、ここから徒歩2時間約7キロの急な山道を延々と登り続ける覚悟だったのですが、幸い一時間に一本だけのバスに乗ることが出来ほっと一息。ずっと上天気が続いている中、この一日だけが冷たい雨降り。
バスの窓から
午後からは雨もやむという天気予報に、森閑とした西山の険しい斜面に立つ善峯寺に降る雨の中のしだれ桜も格別なのではと、酔狂な興味から出かけたのですが、バスに乗っていてさえも心細くなるような暗い空と寂しく険しくなる山道。窓を雨が濡らします。

 バス停を降りて、15~20分位、雨の参道(山道)を登り、ようやく山門が見えてきました。
到着 山門

しだれ桜
辺りは靄がかかったような幻想的な雰囲気、遠く見る山々、京都の街の遠景が水墨画のように墨色の色合いを感じさせますが、でも100本以上あるという桜の薄いピンクが柔らかさを添えます。
白山桜苑2


彼岸桜、枝垂れ桜、牡丹桜、・・・それぞれの個性が全山を彩っていました。

遊龍1

 「遊龍の松」と名付けられた天然記念物の五葉松。全長37mで日本一の松なのだそうです。一枚の写真にはどうしても収めきれませんでした。
本堂



「本堂」をお参りする頃、雨脚が突然強くなって、カメラのレンズを濡らします。「桂昌院廟」へ。

桂昌院廟への石段


 京都の街が一望できる高台に桂昌院廟(墓地)があります。
 幼少の頃、母と暮らした善峯寺、こんな険しい山寺を、彼女は江戸城で権勢を誇ってもずっと想い、ここに眠ることを望んだのですね。

 寺伝にこのような説明もあります。
 徳川綱吉の外祖父、桂昌院の父である本庄氏が当山の薬師如来に一女子を得ることを祈願するとすぐに女の子が生まれ、この子が後に転じて将軍の侍女となり、徳川家光の寵愛を得て綱吉を産み、家光薨去により桂昌院と号されます。桂昌院はこの出生の報恩を謝して、伽藍を改建して諸器什物を寄付し、またしばらく綱吉より寺封(資金補助)が出されました。
桂昌院廟
 桂昌院廟に桂昌院の詠んだ次のような歌が記されていました

  たらちをの 願いをこめし 寺なれば
  われも忘れじ 南無薬師仏
        (注 たらちを=父)
厄除けの鐘

貞享4年(1687)桂昌院によって寄進された「厄除けの鐘」。

元禄4年(1691)桂昌院は全山の伽藍を改建されました。
現存の鐘楼・観音堂・護摩堂・鎮守社・薬師堂・経堂は、桂昌院によって寄進復興されたもの、また綱吉と桂昌院により『四季繁昌絵巻』、「如法三衣」、「梨子地葵・繋九目紋蒔絵膳具」をはじめ、百点を超える幾多の貴重な什物が寄進されました。これら文化財の一部は文殊寺宝館に展示しています。

経堂多宝塔 霧に包まれる
桂昌院廟を降りると、手前に「多宝塔」そして「経堂」、経堂に添うように、樹齢300年と言われる桂昌院お手植えの「しだれ桜」が見えます。
     手植えの桜
白山桜苑

 「白山桜あじさい苑」と名付けられた散策道を眼下にして。

 霧雨に変わって、しっとりと靄をけぶらせていました。
馬酔木

道端の馬酔木。

歴史を包み込むように、季節を巡らす美しい雨の日の古刹です。





   日差しの中の西山善峯寺
 翌日は上天気。
 晴れた日も行ってみなければと、何故か張り切ってしまいました。
 再び、今度は山道ハイキング。

  <鐘楼で>
鐘つき

 「撮りましょう」とお庭の手入れをしていらっしゃる方に声を掛けられて。

 美しい梵鐘が全山に響き渡ります。


  <再び桂昌院廟>
桂昌院廟晴れ 京都の遠景
 光を受けると印象が変わります。春霞の中に京都の町並みが。春爛漫。

  <お手植えのしだれ桜 桜と楓の共演>
 陽を受ける桜はやはり格別です。
枝垂桜晴れ 根元
 昨日は気づきませんでしたが、根元を見ると、桜と楓の幹が絡み合って合体木となっていて、自然の妙を感じます。楓の葉も、もう少しで開きます。

 一隅に据えられていた歌碑には
 「春ははな 秋はもみじのむすび木は この世のしやわせ めでたかりけり」
 と記されていました。
歌碑 桜と楓

  <白山桜あじさい苑>
  白山苑2
 艶やかに咲く桜 桜
 今年の花便りの最後を飾っています。

  <オマケ>
 善峯寺のHPに平成11年(1999年)に放映されたJR東海のCMが掲載されていました。キャッチフレーズは
「ここの桜のように一年でたった一回でもいい。人をこんなにも喜ばせる仕事ができればなんて思いました。」

 心憎い言葉です。
 映像も美しいので、よろしければご覧ください。
    



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桜満開(二) 京都の街は

  京都の街は 桜が良く似合う
  京都の街は 至る所に桜がある
  京都の街は 今 桜に染まっている

 「達人夜話」のあった4月6日に一気に花開き、それからずっと麗らかな桜日和なのです。
 京都の街は 今 桜色
 桜ってじっと見ていると、取り憑かれていくような奇妙な気分になりますね。
 古くから「物狂いの花」と恐れられるのが何だかわかる気がしてきました。
 
 今日は京都の桜のフォトレポートです。

   <日仏学館(アンスティチュ・フランセ関西)からスタート>
 9日(火)が春学期の初日でした。
 毎年、この時期はもう葉桜になっているのに、今年はまさに今、真っ盛り。
 朝の光の中、青空に淡い桜色が殊の外清々しく感じられます。
日仏1   日仏2
 屋根にはためくフランス国旗とのコントラスト。
 桜行脚の始まりです。

   <白川沿いを行く>
 日仏学館のある百万遍から、ひたすら歩いて白川筋まで。

 サスペンスドラマによく出てくる、京都で有名なロケ地といえば、「南禅寺山門・水路閣」、「東福寺通天橋」、そして「白川のこの小さな橋(一本橋というのだそうです)」の三か所がまず挙げられるのではないでしょうか。
白川ロケ地
 他の二か所が、大抵は犯人を追いつめたり、犯行の告白をしたりする緊迫した場面であるのに比べて、白川は事件が一件落着、しみじみと事の顛末を語り合うエンディングなどに出てくることが多いですよね・・・・柳が柔らかく揺れて、静かな佇まいを見せていました。

人力車
 そのまま白川に沿って祇園に向かいます。

 祇園巽橋付近の賑やかな人並、さすが人気のお花見スポット、人力車、着物姿の女性達、観光客で溢れていました。


吉井勇碑
 吉井勇の歌碑。
 かにかくに祗園はこひし 寝るときも 枕の下を水のながるる
 
 この歌は桜の季節に味わうのが、一番しっくりくる気がします。
 祇園を愛して、艶やかな歌を多く残した吉井勇ですが、同時代を生きた同じ明星派の歌人、与謝野晶子の歌が重なって思われます。

  清水へ祗園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき

更に彼女の恋人であり後に夫となった与謝野鉄幹の、返し歌のようなこんな詩の一節。

   祇園の桜散りがたに ひと夜の君は黒瞳がち 
   上目するとき身にしみき


 祇園の桜は、こんなに艶めかしくもあります。

   <高瀬川 一の船入>
 高瀬川は、角倉了以が鴨川の水を引いて開いた運河ですが、この川で用いた舟を高瀬舟と呼んでいました。
一の舟入
 高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞いをすることを許された。それから罪人は高瀬舟に乗せられて、大阪へ廻されることであつた。

 鴎外の『高瀬舟』の冒頭ですが、当時の高瀬舟が川の起点である木屋町二条、「一の船入」に復元されて、ゆったりと往年の姿を伝えています。

 桜に包まれた川沿いの風情が、時間を遡って、遠い夢に誘い込んでいるような気がしました。

   <鴨川を北上>
鴨川を北上
 四条大橋から見る鴨川は、川辺で遊ぶ人たちでいつも賑わっていますが、二条辺りまで来ると、人の姿もまばらになり、穏やかで静寂な春の風情が開けてきます。


水の流れ、川岸の雪柳。
鴨川の水1 雪柳

   < 岡崎 絢爛と咲く桜 桜 >
 さて、翌日。
 所用の合間、岡崎辺りを歩いてみました。

平安神宮の朱塗りの門は、やはり桜に映えます。
平安神宮 十石舟
 南禅寺舟溜りから夷川ダムまで、琵琶湖疏水を運行する十石舟が行き交っています。
 毎年大人気のこの時期限定のイベントです。
山桜

 この辺りの桜はしだれ桜、紅しだれ、ソメイヨシノ、八重桜、様々に混ざり合っていて、美しいグラデーションを見せてくれます。
 山桜も光に映えて。

インクラインに沿って流れる疏水、水しぶきが桜を呑みこんでしまいそうです。
  インクライン  流れる水

   <毘沙門堂 「毘沙門しだれ」満開>
 更に昨日。週末の喧騒を逃れて山科まで足を延ばし、天台宗 京都五門跡の一つである毘沙門堂を久しぶりに訪れました。
 平安の頃から桜の名所で知られ、藤原定家も『名月記』に毘沙門堂の花見の事を綴っています。

 宸殿前の「毘沙門しだれ」。
毘沙門堂3 桜とツツジ2
桜と山ツツジが共に咲いて、次の季節を受け渡しているかのように見えました。

修復されて鮮やかな朱塗りが桜と映える毘沙門堂
毘沙門堂2 八重椿
 そしてひっそりと季節を終えてゆく八重椿。

春爛漫



 春、まさに爛漫です。











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桜満開(一) 「綾音 達人夜話」第4夜

   高瀬川の桜
 4月6日(土)、「綾音 達人夜話」第4夜、無事終了致しました。
 思えば、昨年4月7日に第一夜がスタートし、四季を追って様々なゲストの方と楽しくお話を交わしてきました。
 第一夜も桜満開の中でしたし、そして今回の締めくくりも高瀬川を飾る美しい桜に包まれていました。

俯瞰
 余りにも麗らかな陽射しで、格好のお花見日和でしたので、少し早めに家を出て会場に向かいました。 

 眩しい光の中で咲き誇る桜。



 お花見の人達で賑わう四条通りを縫うように歩き、木屋町通りに出ます。
 高瀬川に沿って桜。
高瀬川2 高瀬川3

高瀬川1
 高瀬川は角倉了以・素庵親子によって開削された人工の川、全長約11㎞の運河です。二条大橋の南で鴨川から取水し、木屋町通り沿いの西側を南下し、やがて再び鴨川に合流。

 水深が約30㎝の浅瀬ですが、流れが澄んで美しく、白鷺や鴨がゆったりと遊び、美しく木々の影を川底に映しています。
ギャラリー前

 会場のギャラリー「四季AIR」の前に到着しました。




   ケーキのお人形を飾ってみました
ケーキ人形 (1)
  既にご紹介したケーキのお人形たちですが、演台に並べてみました。
 パティシエの西原さんとの対談にエールを送ってくれているようで、とても可愛らしく、お客様からも「美味しそう!」の声が。
 西原さんのお店の絶品「伝説のアップルパイ」のお話も熱く語りましたので、一番人気はアップルパイのお人形だったかもしれません。
松峰綾音

 会場の設えをしながら一枚。

 実は、気がついたら、ゲストとの対談風景も撮り損ね、この日はご紹介できる写真が殆どありませんでした。


   「食育」について
 満席の参加者、和気藹々とした、そして期待に満ちた雰囲気の中で、パティシエ 西原金蔵さんとの対談が始まりました。
 おおらかで温かいお人柄、ソフトな語り口でいらっしゃるのですが、そこから溢れ出る誠実さと、毅然と揺るぎない信念・自信、それらに裏打ちされたお話の一つ一つが胸に沁みてきました。
 あっという間に定刻の80分が過ぎて・・・・沢山ご紹介したいお話はあるのですが、「食育」についての次のような言葉が特に心に残りました。

 今、お菓子に関わる仕事についていることの根底には、一つには幼少の頃に受けた「食育」があるのではないかと思います。
 兼業農家だったので、その季節の収穫をいつも食べさせてもらっていました。
 初物を食べるときには、必ず作物の出来不出来などの話題が食卓に上りました。何が美味しいのか、どのように美味しいのか、家長であるおじいちゃんの話してくれる、食べ物への様々な受け止め方が、自然に心に入っていたのかもしれません。
 食べるということへの基本的なマナーや、味覚の感じ取り方や、それをいかに表現するかといった、自分にとっての「味覚の土台」の形成だった気がします。
 子供の頃の思い出としては、おばあちゃんが年に数回作ってくれた「岩おこし」の美味しさ、「おこし」といっても少し柔らかく何とも言えない甘さで、お菓子に惹かれた幸せな原体験になっています。

 もう一つ。
 フランス留学で出会ったアラン・シャペル氏から学んだ「食育」が、現在の自分のベースになっていると言って過言ではありません。
 「ルセットを超えるもの」ということ・・・・ルセットとは、調合(レシピ)のことですが、お菓子は科学と言われるぐらい、「決められたことを決められたように再現するというのがお菓子作りである」という考え方がベースにあります。アラン・シャペル氏は「ルセットを超えるもの」という料理哲学を持っておられたのです。
 シャペル氏からは「その基本から抜け出せなければルセットを超えることはできない」と、いつも言われました。
 いつもその時その時の最高の素材を見つけ、その素材を生かし得る最高の方法を探ってゆくこと。
 自然体で自分が真に美味しいと思えるお菓子を作ること。
 食べ物の中にある思い出を大切にすること。
 そんな多くの事を彼から学んだのです。

 誰のために作るのか。その人のためにどういった食材がいいか、どのように
して、良い素材を手にするのか。食べてもらう人と時をいつも意識して、食材に向き合う、厨房にある西原さんの真摯な眼差しが浮かんでくるようでした。

 お祖母様の作って下さった「岩おこし」の飛び切り美味しい幸せな味をきっとずっと楽しく想い描きながら、お菓子に挑戦していらっしゃったのでしょうか。
 「食べ物の中にある思い出を大切にする」ということは、そういう「幸せ」を再現することなのでしょうか。
 「こうするともっと美味しくなるかもしれない」・・・・ワクワクするような好奇心、探究心と、素材への愛情、供する相手への愛情が、お菓子作りのエネルギーの源になっているのだと感じました。

 対談は多岐に渡り、途中シャンソンの話に言及して、歌も披露しながら進めていきました。
 すべてをご紹介できないのは残念ですが、素敵な4月の夕べとなりました。

 
 「言葉を超えるもの」をメインテーマとした、この「綾音 達人夜話」のシリーズを終えるにあたり、今、思うのは、究極的には、あらゆるジャンルに「共通するもの」があるのではという事です。

 ・・・食べ物であろうと、言葉であろうと、音楽であろうと、哲学、演劇、・・・・あらゆる素材において、その奥にある「目には見えないもの」、でも「生き生きと輝き続け躍動するもの」を掬い出す、対象への慈しみをベースとした柔軟で創造的なエネルギーこそが、真に良きものを見出だし、生み出すのではないかと。
 そして更にそのベースに、揺るぎなく立つ自分(風土、育ち方、習慣、歴史、感受性、人としての真の教養、などに裏打ちされていくのでしょうけれど)があることが大切なのではないでしょうか。
 「グローバル」であることの本当の意味を、考えることのできた貴重な経験に改めて感謝しています。
西原金蔵
 
 写真は夜話が終わった後のワインパーティーで。

すっかりリラックスしたツーショットです。

帰路に向かう道。
夜桜、水面に映る桜花、白く浮かび上がる花びら。
    夜桜花筏

   桜の季節が、今、美しく流れて行きます。



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「成就院コンサート」始動しています

「松峰綾音 成就院コンサート」の詳細が決まりました。
 昨年2018年から始まった「清水寺 音楽の祭日」は2021年までの4年間、毎年実施されるのですが、今年はその二年目。
 「清水寺 音楽の祭日2019」プロジェクトは既に着々と動き出しています。

 コンサートタイトルは

   松峰綾音・成就院コンサート
    『月の庭に誘われて』
   新しいシャンソンと朗読のひととき


 と決まりました。
 併せて、清水寺経堂では蒼樹氏による「写真展」が開催され、この二つが2019年の清水寺・音楽の祭日実行委員会が開催する全イベントとなります。

ご案内のチラシも出来上がり、現在発送を行っているところです。
チラシ表  チラシ裏

 早速、詳細をご紹介致します。

   松峰綾音・成就院コンサート『月の庭に誘われて』
   新しいシャンソンと朗読のひととき

     出演者  Vocal・朗読 松峰綾音   Piano 坂下文野
     日時   6月21日(金) 開場14時 開演15時~17時
     会場   清水寺・成就院
           参加無料 (整理券 必要)

 歌うことは祈ること・・・
 国境を超えて世界がつながる「音楽の祭日」
 名勝「月の庭」をのぞむ成就院
 初夏のひととき皆さまと想いを共にして
 歌うように語り、語るように歌いたい・・・
 微かな月光に照らされ天上から細く降りる「糸」の輝きをイメージした歌と朗読・・・・
 お楽しみください

    Program 「月光微韻」北原白秋 作 朗読
          「蜘蛛の糸」芥川龍之介 作 朗読
          「綱渡り」 ジャック・ブラント
          「詩人の魂」シャルル・トレネ  ほか


   想定問答集 
 久々のQ&Aでお応えしたいと思います。

Q1 成就院ってどんなところですか?
A  まずは成就院のWEBサイトでご確認ください。
 清水寺の本堂から向かって左後方にあります。
成就院
 清水寺と言えば、清水の舞台が浮かんできますね(現在は平成大修理中)。
 何度ご説明しても、どうしても舞台の上で歌うとお思いの方がいらっしゃるようなのですが、そうではなく、風雅で端然とした美しい 塔頭の大広間が会場となります。

Q2 では和室ですね。畳に正座なのですか。
A はい・・・和室ですが、一部椅子席もありますので、どうしてもの方はお申し出下さるか、早く場所取りをなさるのが良いかもしれません。
正座でなくとも足を崩して気楽にお聴きくださいね。

Q3 成就院の庭園はなぜ「月の庭」という名前なのですか。
月の庭2
A  古人にとって、お月見は直接見上げるものではなく、もっと密やかに、垣間見るのが典雅とされていたと聞きます。
 庭園の池の水面にゆらゆらと月の影が映し出され、それがあまりにも美しい風情であったため、「月の庭」と称されるようになったそうです。
 この月の庭にちなんで、今回のコンサートは月のイメージの曲や小説・詩を沢山選んでみました。

Q4 チケットは無料なのに整理券が必要とありますが。
A  120~150名程が定員ですが、万一、これを超える希望人数になる時には抽選となります。

チラシ裏面の住所

  (〒600-8024 京都市下京区天満町456-27  
  高瀬川・四季AIR内 清水寺・音楽の祭日実行委員会 )
  (TEL 080-3761-3960 前川 )

 宛てに、往復はがきでコンサート参加希望と明記してお申込み下さい。
 締め切りは5月末ですが、出来るだけお早めに!
 結果は郵送で送られます。
 是非お葉書をお出しになってみてくださいね。

Q5 抽選から漏れてもどうしても参加したいときには・・・?
A  別途、委員会が「音楽の祭日」全般に対してのサポーターを募集していますので、お問い合わせください。

 その他、お問い合わせはいつものWEBコンタクトからどうぞ!

 明日から4月、明日は新元号が発表になる日ですね。
 平成30年間の様々な感慨が溢れてきます。

 そして、成就院コンサートは、新たな時代の中で開催するのだと、改めて気付きました。
 段々とその本番も近づいてきました。
 準備を重ねている現在、試行錯誤しながら、一つずつが積み上がってゆくプロセスを満喫する一番充実した時でもあります。
素敵なコンサートになるように、ベストを尽くしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
 

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「綾音 達人夜話 第四夜」のご案内

   寒桜 繚乱
 寒桜満開
京都に先駆けて、「寒桜、満開です」のお便りが東京の友人から届きました。
美しく初春を彩っています。
寒桜一輪
 一昨年のコンサート「をみなごに花びらながれ」のプログラムの裏表紙を飾った一輪の桜も同じ友人が撮って下さった写真。

 <桜が怖くなった>・・・と反響を生んだ『桜の森の満開の下』(坂口安吾作)の朗読から、また一年が巡ろうとしているのですね。

 今年は桜の季節の訪れが早そうです。

   「綾音 達人夜話 第四夜」詳細が決まりました
 昨年4月にスタートした「綾音 達人夜話」も最終回の第4回目を迎えることになりました。
 毎回お迎えするゲスト、どなたにお願いしようかと熟考していたのですが、今回も素敵な方とのご縁が結ばれ・・・・パティシエの西原金蔵さんにご出演いただくことが決まりました。

 さて詳細です。
達人夜話チラシ

 綾音 達人夜話 
 第4夜「2019年4月6日 (土)18:00~ 
 ゲスト 西原金蔵さん(パティシエ)

 「シャンソンとケーキからフランスと日本が見える 」

 シリーズ最終回、ゲストは日本を代表するパティシエ、西原金蔵さん。
 修業の日々、日仏のお菓子事情、食文化、シャンソンとの出会い・・・豊かなご経験を伺いながら、フランスと日本の文化・国民性、言葉と音楽等について紐解いていきます。「綾音 達人夜話」の総決算をお楽しみに!

 西原さんのこと、お話ししたいことは山のようにあるのですが・・・。

 京都にお住まいの方なら、或いは、ケーキ好きの方なら、おそらく知らない方はないと言っても過言ではない洋菓子の名店「オ・グルニエ・ドール」のオーナー。
 フランスの「Alain Chapel 」で日本人初となる3つ星レストランのシェフ・パティシエに就任なさり、これまでに世界的に栄誉ある賞をいくつも得ていらっしゃいます。
オグルニエドールケーキ
 実は、我が家のはす向かいに、このパティスリー「オ・グルニエ・ドール」はあり、毎日ケーキを買い求めるお客様で外まで溢れる長蛇の列を目にしてきました。
私もこちらのケーキが大好きなので、来客のある時など必ず、長い列に並んで購入していたものでした。

 更に西原さんのお住まいとも卑近距離にあって、ずっと前からご挨拶を交わし合う間柄だったのです。

 ところが、昨年の5月末日を持って閉店。
 お店を始められる時から、65歳でお店を閉じようと決めていらしたとか、「閉店」ではなく「卒業」なのだと静かにおっしゃる言葉が印象的でした。
西原さん写真
 にこやかな笑顔がとても魅力的なこの写真は、「Foodion」(フージョン)という食の情報NETが特集していた記事から使わせて頂きましたが、本当にこの通りの温かく快活な方で、お話ししていると自然に幸せな気持ちになってきます。

 2月4日の記事「ドール・ドール」で<ケーキのお人形を見た途端、閃いたことがあり・・・>と記しましたが、実はこの時に、次のゲストには是非西原さんにと思ったのでした。

 熱くお願いして、幸いご快諾頂くことができました。
 音楽にも造詣が深く、ジャズの愛好家でコレクションも徹底されており、フランスでお過ごしだった時、シャンソンとの出会いも様々おありだったとのことです。

 「自分は、表舞台に立つ立場ではなく、厨房の中でお菓子作りに専念する<クロコ>として過ごしてきましたので、お話しするのは苦手なのです」とおっしゃっておられましたが、<お菓子>という、これまでとは全く違ったジャンルから、日仏の文化論、シャンソンとの共通項など、様々に深めて行くことが出来るのではと、対談への期待に胸が膨らみます。

 「シャンソンとケーキからフランスと日本が見える」
 このテーマでの「綾音 達人夜話」の締めくくり、どうぞお楽しみに、是非お越しくださいね。

 お問い合わせはいつものようにWEBのコンタクトからお願い致します。


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雛祭り 雑感

   花粉症 今年は大変です
 2月後半から悪化して、ついに寝込んでしまいました。
スギ花粉
 倦怠感と頭痛と微熱とで、風邪にかかったような、でもやはりれっきとした花粉症、皮膚疾患まで加わり、目や喉は勿論、顔や手まで赤く腫れて、本当に参っています。
  「どんどん重症になるのはそれだけまだ細胞が若くて活性化しているという事ですから」とのお医者様の慰めの言葉に、
「・・・・。」
 では、ひたすら後二カ月は耐えるしかないかと、もはや諦めの境地です。
 皆様は如何ですか。
 そのようなわけで、目下、共に花粉症を語り合う仲間募集中です。

    雛祭り 
 花粉の中でぼんやりと過ごしていたら、いつの間にか三月になりました。
 今日は雛祭り。
 
 幼い頃、両親が奮発して買ってくれた優美な七段飾りの雛人形が大好きでした。
 お雛祭りが近づくと、雛段を組み立て、赤い毛氈をかけ、和紙に包んだ雛人形をそっと箱から出して飾ってゆく母の柔らかい手つきをうっとりと見ていました。
 箱の中から樟脳の香りが漂って来て、春の到来を幼心に感じていた気がします。
 雛壇の横に桃の花と菜の花を活けて、雛あられや桜餅をお供えし、おすましの顔をして撮って貰った毎年のお節句の写真が古いアルバムに今も残っています。
 ひな祭り
 京都ホテルオークラのロビーに飾られていた七段飾りの雛人形を見ていたら、そんなことを懐かしく思い出しました。
今晩の夕食は、お雛祭りの日のご馳走だったちらし寿司にしようと思います。
菜の花


 和菓子屋さんの店先には桜餅やひし餅に並ぶ行列があって、これも京都らしい情景、こういうこだわりって良いですね。



   
    土佐文旦
 私はグレープフルーツが大好きで、ほぼ毎朝、朝食時に頂いています。
 オレンジも温州ミカンもポンカンも、柑橘類は全て好物なのですが、先日、初物という事で、友人が立派な土佐文旦を沢山送って下さいました。
文旦
 瑞々しく薫り高く、さっぱりとした味でとても美味しいのです。
 惜しみながら頂いて、今残りは三つ。今日はフルーツサラダにしてみようと思います。
 
 皮が厚く、でも柔らかいので、これはと思い、昨日、文旦マーマレードを作ってみました。とりあえず大成功!
 他の柑橘類と一味違う和風の苦みがとても美味しく感じられます。
 菜の花の酢味噌和えの上にたっぷり乗せると、料亭風、なかなか乙でお勧めです。

   相続と断捨離
 ふと目にした小冊子の中で、作家の五木寛之氏が、お話しされたこんな文章の一節が心に残りました。
 
  「物の相続ではなくて、心の相続。
 断捨離で物を捨てるのではなく、物の中にある思い出に囲まれて暮らすのも良い。思い出を懐かしむだけでなく、人に会い、声を通して聞くこと、語ることで、私たちは精神を活性化しながら「100歳人生」を生き抜けるのでは、とふっと考えたりします。」

 「百年人生を生きる」をテーマにした金融機関(三菱UFG信託銀行)のセミナーでの講演の一節なのですが、昨年相続税法が改正され、今年から施行されるという事もあって、最近とみに「相続」や「遺言」などの問題がクローズアップされていますね。
 
 金融関係の方の講演と対比して、五木氏の講演は作家らしく心の有りように焦点を当てたお話だったようです。

 大仰かもしれませんが、先ほどの「雛人形」や「ちらし寿司」も五木氏流に言えば、一種の「心の相続」ということになるのでしょうか。

 いささかロマンチックすぎる目線かもしれませんが、<家を継ぐ>とか<名を継ぐ>とかいう事も、実は物の相続の前に、心をどう負って引き受けてゆくのかという問題なのではないかと思うのです。
 <財産を受け継ぐ>ことも、本来はその延長上にあることかもしれませんね。
 更に言うなら、<文化の継承>も、そのこだわりと責任の中にあるとも言えるのではないでしょうか。

 高齢になった両親が、最近、頻繁に片づけのことなどを話題にしているので、そんな場面と重なって色々なことを考えてしまいました。

 私の両親の世代は、たぶん一様に、物を大事にし、捨てることに抵抗が強いようです。
 その結果、物が溢れ過ぎ、何とか整理したいと思うジレンマも生れてくるのでしょうね。

 「断捨離」の考えからすれば、言語道断かもしれませんが、でも物は、それと関わってきた人の個人的な思いと連動しますので、傍目には不用品でも、当事者にとっては思い出深い宝物になり得るのでしょう。

 「物の中にある思い出に囲まれて暮らすのも良い。思い出を懐かしむだけではなく・・・・」

 の言葉に,片付け大好きの私ではありますが、全面的に共感します。

 物と、物に宿るものとを、大切に受け継ぎながら、受け継いだものを噛みしめながら、でもそこに埋没しないで日々新たに生き直してゆけたら素敵ですね。


 花粉症のぼおっとした頭に色々なことが流れてゆく、雛祭りの夕餉です。


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ドール ドール

 昨日は節分、そして今日は立春、旧暦の新年ですね。
 京都の節分と言えば、まずは吉田神社、前に紹介記事「鬼の行方」を書いたことがありました。今年は所用があり、参拝は叶いませんでしたが、でも家で豆まきはしっかりと!
 我が実家では、昔から何故か豆まきは欠くべからざる大事な年中行事となっていました。三つ子の魂で、年を経ても、私も弟も今もその習慣だけはきっちりと守っています。
 立春は、清々しい気分で。
 一年の安寧と健康を祈りたいと思います。

   人形作家との出会い ~ 『こもれびの詩』
 米山京子さんをご存知でしょうか。
 人形作家として大変ご活躍なさっておいでの方なのですが、そのお人形を見れば、「ああ!!」と多くの方が思われるのではないでしょうか。
 いつか見たことのある優しく愛らしい表情、それぞれのお人形にそれぞれを包むメルヘンが漂っていて、心和む世界に引き込まれます。

 私はずっと前から米山京子さんのお人形が大好きで、こういう世界を生み出される方はどんな方なのかしらと、憧れを持って感じていました。

 ところが、思いがけぬご縁。
 知人の紹介で、昨年一月の市ヶ谷での「雨の日の物語」コンサートに京子さんとお嬢様のマリさん、お二人でいらして下さったのが最初の出会いだったのです。
 終演後、満面の笑みで優しくご挨拶して下さったご様子が、はっきりと浮かんできます。
 お母様とお嬢様、お顔立ち・しぐさまでどこか似ていらして、お二人ともあどけない童女のような第一印象がありました。

 その後、ご自身のお仕事や日常について綴られたエッセイの中で、この日のコンサートのことをこんな風に記して下さいました。

 雨の多い季節になり、雨傘を開くたびに、今年の初めにうかがわせていただいた松峰綾音さんのコンサートを思い出します。
 シャンソンと朗読で綴る「雨の日の物語」、松峰さん訳の歌詞からも、名作の一場面からも、情景や登場人物の様子が、まるで映画のワンシーンでも見るように浮かんできます。
 客席も一緒に大合唱で終わったコンサートは感動的で、年明けから貴重な経験をさせて頂きました。   ・・・中略・・・
 松峰さんのコンサートでいただいた感動がまた明日へのエネジーになりました。

 
そして昨夏に一度、三人でご一緒にティータイムを過ごす機会を得、初めてとは思えないほど打ち解けて、楽しくお話をさせて頂いたのでした。

 京子さんとマリさん、そして私、思わぬ共通項がいくつもあって、例えば無類の猫好きであること、おっちょこちょいな失敗が結構多いこと、他愛なく和やかな日々の話、その中で、お人形という有形なものを生み出す衝動やその工夫や喜びなど、創り手としての矜持、気概も、共感できる話題でした。

 京子さんがイマジネーションを駆使して紡いでゆく物語が鮮明であればあるほど、その中で、主人公であるお人形は生き生きとその命を生きるのだと思いました。
 創造とはそういう事なのでしょうね。
 私の場合は言葉が対象となっているわけですが、同様の感覚の中にいると感じられます。
こもれびの詩
京子さんは『こもれびの詩』という<人形絵本>を出版されているのですが、私はこの本が大好きです。
 美しく撮影された人形たちの写真が、生きているように瑞々しくそれぞれの表情を捉えています。
 夏のティータイムを包んでいたのも、眩しい木々の木漏れ日でした。

 人のご縁というものは本当に不思議なもの。
 20年も前から一方的にファンだった方と・・・。

 お嬢様のマリさんはお母様と同じ道を進まれて、お二人は良きパートナーとして、お互いの独自の世界を深め合っていらっしゃいます。マリさんはお人形作りに、イギリスで本格的に修得なさった刺繍の技術と手法を加えて、素敵な作品を沢山作っておいでです。
 とても仲の良い母娘であると共に、肝胆相照らす相棒でもあるのですね。

   情念とメルヘン
 昨年暮れ、お二人からお人形をプレゼントして頂きました。
 お人形に寄り添っているのは可愛い子猫。
こまりちゃん
「是非名付けて下さい」とのメッセージに応えて、女の子は「こまりちゃん」、子猫を「毬太郎クン」と命名しました。
 可愛くて見惚れていたら、自然に子供の即興でたらめ歌みたいなメロディーと詩が浮かんできて、それがどうしても心から離れなくなり、ついに『こまりちゃんのティータイム』『おはよう毬太郎』という歌を作ってしまいました。
 怪しげですが結構お気に入りで、気がつくと声に出して歌っています。勿論、門外不出ですが・・。

 「同じお人形は決して作りません」
 「どれもみな、世界に一体だけのお人形」というお言葉に感動します。
 どんなに心を込めて、時間をかけて、作り上げていらっしゃるのでしょう。

 日本人形でも西洋人形でも、「人形には魂が宿っている」とよく言われます。
 リアルな人の形に、人の情も投影させているのでしょうね。
 そういえば、市松人形やお雛様なども、歳月が経ったものほど、何か秘めたような奥深い表情が感じられる気がします。
 西洋人形でも同様で、極端な場合には、「死んだ子供の生まれ変わりのよう」などという神秘的なお話に繋がってきたりもします。

 仏師が最後に仏像に全身全霊をかけて命を吹きこむように、人形作家も、作品にかける思い、自らの情念のようなものまでも人形に込めようとする、そんな精神世界があるのかもしれません。
 こういう一体一体の持つ圧倒的な個性、凄味は人形ならではの魅力、醍醐味と言えるのでしょう。

 でも一方で、その対極に、できるだけ無色のまま、作り手から委ねられて受け手が自由にイメージを膨らませてゆくということもあるのではという気がするのです。 
メルヘンの本質はそこにもまたあるのではと、・・・・我が家の「こまりちゃん」と「毬太郎クン」を見ながら、そんな人形私論に心を巡らせてみたのでした。
ドールドール

 「おはよう毬太郎」を心地よく歌うことを許してくれる京子さんのお人形の愉しさを満喫しています。


 「ドール ドール」というのは、米山京子さんのWEBサイトのタイトルです。



 追記
ケーキの人形
 数日前、こんな美味しそうなケーキのお人形をプレゼントして下さいました。
 イチゴタルトとチョコレートケーキ、そしてそれを見ている可憐な女の子です。
 ケーキを乗せている美しい刺繍のマットはマリさんの作品です。
 見た途端、或るアイディアが閃きました。
 実現したら、すぐにご報告致しますね。


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3歳の呟き 105歳の言葉

 お正月もいつの間にか遠くなっていきますが、新年に心に残った二つのエピソードを、今日は記してみたいと思います。

   ハー君の呟き
 私の新年はいつも両親の暮らす逗子を訪れることから始まります。
 今年も親族総勢11人での賑やかな幕開けでした。
 最年少は、今年3歳のハー君、まん丸い笑顔が飛び切り可愛い男の子です。
 二人姉弟で、お姉ちゃんはこの4月に小学校入学を控えたおしゃまさん、一年前に比べると二人とも見違えるようにしっかりしてきて、子供の成長は本当に早いです。
 月日は確実に過ぎているということなのでしょうね。

 昨年は言葉もおぼつかなかったハー君ですが、今年は堰を切るように流暢に言葉を操れるようになって、好奇心に目をキラキラ輝かせていました。

 自分達二人に周りの大人が注目して、目を細めて可愛がってくれることを・・・・お正月はそういう特別感が強いですし、・・・それぞれ敏感に察知して、それが嬉しくってたまらないのでしょう。事ある毎に注目される言動を誇示します。
 女の子の方は、大人に甘えるしぐさがコケティッシュでさえあり、実に興味深いと改めて思ったのでした。
 「ハー君には好きな女の子がいるんだよね」とお姉ちゃんからの突然の暴露。
 男の子は急にどぎまぎし出して、それを見ていたら、思わず吹き出しそうになってしまいました。
 皆で「なんていう名前の子なの?」と問いかけてみると。
  「言わない・・・」
  「知りたい?」
  「どうしても?」
 これは、話したくて仕方がないという意志表明ですので、
「どんな女の子なの?教えて!」と尋ねてあげました。

  「あのね。<ひ>がつくの。」
  「ひろみちゃん?」
  「ひろこちゃん?」
  「違うの・・・ひなのちゃん」
  「ひなのちゃん、可愛い名前ね。」
  「うん。」
 嬉しそうなハー君の声。

 ここからはお姉ちゃんの独壇場、弟の想い人<ひなのちゃん紹介>が始まりました。

 嬉しそうな、恥ずかしそうな、ハー君なりの甘酸っぱさを噛みしめているのかしら?たった3歳なのに。
 何だかほのぼのとして、人って良いものだな、なんて思ってしまいました。

 元旦の晩餐、やがて大人たちの話で盛り上がります。
 健康、仕事、人間関係、etc。
 じっと黙って独り遊びをしていたハー君が、ポツリと呟くように一言。
  「みんな大変だ。」
 そうだね、ハー君の言うとおりだと、一同深く頷いたひと時でした。
 
   篠田桃紅氏 105歳の言葉
 1月3日、何気なくテレビをつけたらNHKで『日々新たなり 篠田桃紅 105歳を生きる」という番組を放映していました。
途中からだったのですが、思わず映像に釘付けになってしまい、気がついたら最後まで見入っていました。
NHK篠田1
 5歳から書の手ほどきを受け、書家として立つことを決意した篠田桃紅さん。1956年に渡米して、抽象表現主義絵画が流行していたニューヨークで、文字を離れて墨の抽象画(墨象)を描くようになられました。まずは、彼女のプロフィールをご紹介します。

 ニューヨークを拠点に全米をはじめヨーロッパ各地で個展を開催し、第2次世界大戦後、墨を使った抽象美術家としていち早く国際的に高い評価を受けた日本人芸術家の1人となりました。帰国後もレリーフ・壁画などの建築物に関わる大作を手がける一方、版画・題字・随筆などさまざまな分野に活動を広げていきました。多くの作品が、国内外の美術館や公共施設に収蔵されています。桃紅は現在も国内外において個展を開催し、精力的に創作活動をおこなっています

 105歳の現在も、現役第一線で独自の世界をなお探求していらっしゃる素晴らしい方です。

 そして<番組の紹介文>です。
NHK篠田2 篠田桃紅、105歳。書道家から出発して「墨の抽象画」という独自の境地を拓(ひら)き、世界的な評価を得てきた。生涯独身を貫き、今もアトリエ兼自宅で一人暮らしを続けながら、なお新しいものを生み出そうと格闘している。時に自問自答し、特に自虐や毒舌で笑わせながら、縦横無尽に語る篠田。「この年になると生き方の手本はない。自分で編み出さなくては」という篠田の日々を見つめ、驚異の言葉の数々に耳を傾ける。

 テレビの映像には、現在も日々筆を持ち続けている創作の様子が粛々と映し出されて、その端然として動じない眼差しと、鋭い気迫とが、圧倒的な力で迫ってきました。

 桃紅さんの歯切れの良い語り口も、含蓄に満ちた言葉一つ一つも、美しい詩のように、薫り高く心に沁み入ってきます。
番組を見てからというもの、沢山の言葉が、ずっと胸の中を回り続けているのですが、その幾つかを(メモを取らなかったので言葉は正確ではないかもしれませんが)ここに記してみます。

 『老いることはマイナスだけじゃない。その年齢だから発見できることが日々ある。その発見の面白さがあるからこうしてワクワクしながら毎日筆を持つのよ。面白くなければ挑戦しない。』

 『昔のことを思い出してるようではダメ。今これからが大切なのだから。』

 『人はみんな孤独なのは当たり前。どんなに好きな人でも自分とは違う。孤独だからこそ、一切が私のものと言えるのでしょう。』

 『私は、もう半分死んでいる。自然の一部、自然そのものにどんどんなってゆくのを感じている。』


 そして、「桃紅」という自らの名前の由来を禅宗の次の言葉を引いて説明していらっしゃいました。
 「桃紅 李白 薔薇紫 問 起春風 總不知。」
 (桃は紅く、李は白く、薔薇は紫、これを春風に問えども総に知らず)
                     
 桃の花が紅く、すももの花が白く、バラの花が紫色に咲いている。その理由を春風に尋ねてみても、ただわからないというだけだ、という意味。

 『春の風はひと色でどの花にも同じように吹くのに、それぞれの花はそれぞれの色で咲き誇っている。人はみんな、それぞれに自分の色で自然に咲けば良いということなのよ。』

と語った桃紅さんの言葉から、一途に生き抜いてきた人の揺るぎない美しさを感じました。

最近も次々と随筆を発刊されていらっしゃるのでご紹介してみます。
篠田著書1 篠田著者3 篠田著書2
『103歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』 (幻冬舎文庫)
『105歳、死ねないのも困るのよ』(幻冬舎)
『桃紅105歳好きなものと生きる』(世界文化社)

私も早速読んでみたいと思います。



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 2019年 今年も良い一年を!

 新年、明けましておめでとうございます。
 年末の冷え込みとは打って変わって、温かく穏やかな元旦となりました。

 皆様にとりまして、健康で幸せな一年となりますように。
 年賀状2019
 私の今年の年賀状です。 

今年も心に刻まれる訳詞・作詞を生み出し、皆様に楽しんでいただけるコンサートライブを展開して行けるよう精進して参ります。

 6月21日(金)には、京都 清水寺成就院にて「音楽の祭日 松峰綾音訳詞コンサート シャンソンと朗読のひととき」を開催致します
 ご来場をお持ちしております


 思わず6月21日のコンサートのご案内をしてしまいましたが、直近の予定は4月6日の「綾音 達人夜話 第4夜」と、そして、この成就院でのコンサート、まずは充実した内容になるよう、力を尽くしたいと思います。
 でも、目の前のことだけにとらわれ忙殺されることなく、辿り着きたい場所がどこなのか、何を大事にしていきたいのか、いつも落ち着いて見つめていなければなりませんね。
 ゆとりを持って、心穏やかに。

 新年は襟を正して、思いを新たにする時。
 
 どうぞ本年もよろしくお願い申し上げます。
   
   元旦朝 八坂神社に初詣
 毎年恒例 早朝、八坂神社に初詣に行きました。
 お地蔵様
 道すがらの情景。
<町内会 地蔵菩薩>
ビルの隙間に祭られている小さなお地蔵様には、いつも新しいお水とお花が供えられています。そして立ち止まって手を合わせる地元の方たちの姿をよく見かけます。今朝もお正月のお花が清々しく活けられていました。

 「道端にこそ、神はおわします」
門松京都では、街中でもこうして普通に仏様と共存して生活が営まれていることを感じます。
 少し飛躍するかもしれませんが、山に向かって手を合わせたり、季節季節の食べ物・習慣を大事にしたり、皆、どこか共通する、文化の奥深さと美しさなのではと思っています。

 冬の風物詩。
干し柿
 <干し柿を吊るす軒先>
 今年は何人かの方からとても美味しい干し柿を頂きました。
 干し柿を作るのはかなりの手間がかかりますし、時間も要します。
 それでも、「これが我が家の味なんです」と誇らしく差し出してくださるそれぞれの方の所作に何か素敵なもの、ありがたいものを感じます。
 まだお子さんが小さくてお仕事も持っていらっしゃる若いママからも「干し柿を作っているときって楽しいんですよ。」と先日立派に出来た美味しい干し柿をプレゼントして頂きました。
 いつか私も挑戦したいと思います。
八坂神社1

 そして、八坂神社。

 今朝の神社は殊の外綺麗でした。朝陽に光り輝く朱色の門。



本殿。
八坂神社2 八坂神社4
お柱には、稲穂で作られた見事な長寿の亀
八坂神社3

おみくじを引いてみました。

大吉!!

木に登りそうです。



   新幹線から見えた富士山
 くっきりと光に映えていました。
富士山2

 三が日は、これも恒例なのですが、逗子に住む両親と過ごします。

 皆様もどうぞ楽しいお正月をお過ごしくださいね。



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2018年晦日 錦小路界隈

 気がつけばもう12月30日、晦日ですね。

 今年は皆様にはどのような一年でしたか。

 「矢の如し」とはいうものの、辿ってみると、やはり色々な出来事が起こっていて、出会いや別れもあって、それ全て含めて、自分のかけがえのない一期一会の時間なのだと改めて思います。

 私は、今年はコンサートやイベント等、盛りだくさんの年でした。

  『雨の日の物語』
  3夜に渡る『綾音 達人夜話』
  清水寺での座談会『音楽は国境を超える 世界友愛の祈り』の構成・司会
  東福寺での『採薪亭演奏会』
  FM軽井沢への出演
  『デリシャスクリスマス』

 それぞれの様子は随時お知らせしてきましたけれど、どれも貴重な経験となりました。

 暮れに届いた何枚かの喪中欠礼の葉書を眺めながら、・・・・仕事を納め、年賀状を書き、大掃除をし、お節を準備し、・・・・ともあれ、このように繰り返される年の瀬の諸事を、今、健康で普通に迎えていることが、実は何より幸せなのだとしみじみ思います。

 そんな12月30日。
 我が家は、京の台所・錦小路のすぐ近く、買い出しの人達で大賑わいの様子を写真に収めてみました。

   12月30日 朝5時30分 
いつも早起きの私、今朝も5時起床で、郵便を出しついでの朝の散歩に出かけました。
月と明星
 雪がちらつく未明の空に、くっきりと浮かぶ月と明けの明星です。
 冴えた美しい煌めきの星ですが、写真からおわかりになるでしょうか。
私と同様に早起きの友人が、時々「今、明けの明星が綺麗に光っています」という写真付きメールを送ってくれて、その度に空を見上げているうちに、私もこの明けの明星=金星が、殊の外好きになってきました。
朝のパン屋さん1
 郵便局本局までの道すがら。
 まだ5時半なのにもう立ち働いているパン屋さんです。
 お店の外まで良い香りが漂ってきました。
 お洒落なレストランが併設されていてフランス風の店ですね。

錦市場周辺は皆早起き。早朝から働いている方たちがたくさんいます。
スターバックスの女性店員さん。てきぱきとした身のこなしに晦日の気合が感じられました。
   スターバックス    朝の大丸
 大丸デパートの駐車場にも次々と業者の大きなトラックが品物の搬入に入庫します。
錦夜明け

錦市場の入り口。まだひっそりとしています。
そろそろ空が白みかけてきました。
魚屋さん朝

いち早くシャッターを開けたお店は魚屋さんとお餅屋さんでした。
今日はどれくらい売れるのでしょう。きっと戦場のように忙しい一日になるのでしょうね。
錦雑踏

   12月30日 昼下がり14時
お買い物に出てみました。
朝とは打って変わった大変な賑わいです。


漬物屋


錦市場にはお漬物屋さんがたくさんあるのですが、お正月の旬は勿論千枚漬けです。

それぞれにご贔屓の味があるのでしょう。どのお店も賑わっていました。

魚屋さんとお餅屋さん。
魚や 餅や

正月飾り
 私のいつも買うお正月飾りのお店はここです。
 一家で営んでいるようで、息もぴったりです。
 顔なじみのおばあさんが、元気に店に立っていました。
 「今年も終わるねえ」と陽気な笑顔。

 「八百一」というマーケットの入口には、大きな松飾りが飾られて、お正月到来を今や遅しと待っているようでした。
正月準備
 今年も、皆様から温かく応援して頂き、お陰様で充実して過ごすことができました。 本当に有難うございました。
 どうぞ来年もよろしくお願い申し上げます。


 元旦は少しは寒さが和らぐようです。
 お風邪を引かないようにお気をつけて良い新年をお迎え下さいね。


 

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