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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

小さな秋の便り

   京都の秋
 深まる季節、この時期の京都は清澄な秋の風情に包まれ、古都の矜持が漂っているような気がします。

 明日24日は十五夜、知人に誘われて嵯峨本願寺でのお月見コンサートに行って参ります。
 演目は声明、合唱、シャンソンの三部立てで、日暮れから音楽を楽しみながら、お寺が振る舞って下さるお月見団子とお茶を頂き、月を愛でるという会で、とても楽しみです。
 嵯峨嵐山の古刹でのお月見、写真が上手く撮れましたら、また改めてご報告致しますね。

 実は、昨日もいつものメンバーとの十三夜のお月見の宴があり、参加したいと思っていたのですが、生憎都合がつかず叶いませんでした。

 前にブログでもご紹介したことのある正伝寺での観月の会、宴たけなわの頃に、それぞれが短歌を作り、皆様の前で読み上げるといういささかハードルの高い宴なのですが、昨日出席した友人から、速報メールが届き、「こんな歌を詠みました」と出来立てほやほやの作歌が送られてきました。
 メール通信もこうなると何だかとても優雅で、<ここは京都>としみじみと感じてしまいます。

 正伝寺に限らず、京都にいるとこの時期、様々な寺社などでの観月の会にお誘いを受けることが多いのですが、<月への憧憬>という、宗教心に満ちた雅やかな文化をずっと大事に生活の中に生かし続けていることを肌で実感します。
 近年、薄れつつある様々な日本の年中行事ですが、<自然への畏敬>と密接に結びついて行われてきたのでしょうし、花鳥風月に心を止め、季節にふと留まる日本人のこだわりを、生活の中で私も柔らかく受け止めて、持ち続けていけたらと思うのです。

 花より団子。
仙太郎お月見団子
 京都の人が並んで買うこの時期の人気スイーツはお月見団子です。
 写真は、大好きな和菓子屋さん「仙太郎」のWEBから転載させて頂きましたが、白いお餅は満月、餡は月を囲む空と雲を模しているとのこと、私も今年も列に並んだ一人です。

 そして、昨日は時代祭り、こちらも残念ながら、見ることが出来ませんでしたが。
約二千人が参加するという時代行列は、明治維新から始まり、時代を遡って平安朝まで約千年間の変遷が再現されてゆきます。
 勇壮でそして雅やかな、各時代を再現する衣装に身を包んだ人々の長い長い行列が大路を荘重に歩み進むのです。
  時代祭(京都新聞)
                        (時代祭2018:京都新聞より)
 それをただじっと眺めていることに、最初は少々戸惑い、退屈になってくるのですが、それでもこらえ、見続けていると、やがてそれに慣れてきて、時を忘れるぼんやりとした快い酩酊感に包まれます。

 思えば京都のお祭りは葵祭りも祇園祭りも皆、行列がゆっくりゆっくり通り過ぎてゆくのをただひたすら見ているというもの・・・・阿波踊りのような観客参加型のお祭りが大好きな人には、気が狂うほど緩慢なのではと思いますが、でも、きっとそれこそが古都たる所以で、この時間の流れを心地よく感じられてくる不思議が京都の魔力なのかしら、なんていつも思っています。

 今朝の新聞で読んだのですが、昨日の時代祭りの最中に馬が暴れ出してしまい、怪我人が数名出たのだそうです。
 武士に扮した騎手の持っていた槍が馬の腹にあたったためと報じられていました。この不幸なアクシデントが今後に深刻な影響を与えなければ良いのですが。

   銀座の秋
 一方、巷では、カボチャや魔女のハロウインの飾りがあちこちに溢れています。
 「ハロウイン??」と首を傾げた一昔前から考えると隔世の感がありますね。
 
 世界のいたるところにお祭りはありますし、お祭り好きは人類共通のものという気がしますが、でも他国の祭事をどんどん取り入れて、日本風にいつの間にかアレンジしてしまうのは、さすがあっという間に文明開化を遂げた<換骨奪胎の我が国>と感心するばかりです。
 
 そんなカボチャで溢れる中、先日、銀座に行きました。
 仕事の打ち合わせだったのですが、お昼をという事になって,「ヒガシヤ ギンザ」というお店にご案内頂きました。
 <新しいお茶の愉しみ方>をコンセプトに、お洒落にお茶を供するお店、和食のランチコースもあって、器一つ一つ、提供するタイミングなども行き届いていて、ゆったりとした美味しい時間を堪能しました。
 最後のデザートタイムに『どのお茶を召し上がりますか』と持ってきてくれたのがこの籠です。
ヒガシヤのお茶
 秋ならではの玄米、五穀、柿、銀杏・・・様々なブレンド茶の原材料が籠に盛られていて、とてもお洒落でした。
実った稲穂と丸々とした柿が<秋の恵み>を楽しく感じさせてくれます。
 お店の若い女性は可愛らしくて説明も心がこもっていたので、思わず話が弾みました。
 持っていたコンサートパンフレットを勢いに任せて彼女に進呈して、記念に一枚。
柿のフレーバーティー
 私が注文した「柿のフルーツティー」がこちらです。

 こうして写真をUPすることも「喜んで」と快諾して下さいました。
 こんな一期一会の小さなご縁にほっとするひと時です。

 後半の打ち合わせは場所を変え、カフェで。
カフェにて
 カフェに向かう道すがら、たまたまある知人の事を話題にしていたらその瞬間、ばったりとその方と遭遇してびっくり。
 勿論ただの偶然なのですが、偶然もまたご縁、心が和みました。
モンブラン
 『ここのカフェのモンブラン、銀座でも美味しいって有名なんですよ』と勧められ、それではと頂いてみたのですが、和栗が上品な甘さでとても美味しい秋の味、仕事にも食べ物にも素敵なセンスを持った友人と一緒の充実した一日でした。 


 取り留めなく綴ってみた私の10月です。


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採薪亭演奏会のご報告

 台風一過、このところ秋晴れの爽やかな日が続いています。

 さて、お待たせ致しました。
 採薪亭演奏会の写真が届いてきましたので、これをご紹介しつつ、改めてコンサートのご報告させて頂きたいと思います。
東福寺
 静謐で動かし難い荘厳さを持つ東福寺大慧殿、お彼岸、中秋の名月の前日、そして第二部に朗読する『蜘蛛の糸』・・・物語の背景となる極楽の蓮池の情景やお釈迦様の姿なども自然と心に浮かんできて、いつも以上に襟を正す会場入りとなりました。
開始前
 清められて塵一つなく、既に全ての準備が整えられた大慧殿で、音響や照明などの最終チェックをしながら、開場時間を待つ時、いつものように、コンサート直前の高揚感と集中力が溢れてきましたが、それと同時に祈りの場所の持つ穏やかな充足感もありました。

 私と坂下さんのために用意して下さった控室は、仏様が何体も安置されており、見守って頂いているようで何とも有難く、また畏れ多くもあり、いつもよりお行儀よく静かに端座していたような気がします。

   第一部 日本茜のドレスで 
休憩2
 初めにあたって、『音は奏でる 言葉は囁く』のコンサートタイトルをまずは主催者である東福寺即宗院の杉井玄慎和尚様がご紹介下さいました。

 耳を傾けて音を味わうこと、心を澄まして言葉を聞きとること、そして発すること・・・そのことの深い意味がお話の中からしみじみと伝わってきます。
一部1 『雨だれ』からスタート。
 そしてこの日のサプライズ!
 スペシャルゲストの和尚様に、コンサートテーマに即して書かれたご自身の文章を朗読して頂きました。
1部5
 『狸の独り言』と名付けた3つの文章で、<雨だれがやがて勢いよく樋を伝い、風の音と合わさって自然のハーモニーを奏でる>という様子を擬音を交えて楽しく表現して下さいました。

 会場が盛り上がる中、雨に因(ちな)んだ曲を数曲ご披露。
1部6
 その後、第一部最後には採薪亭特別バージョンとして、私がアレンジしたシャンソン風『山寺の和尚さん』で締めくくりました。
 途中から和尚様にも再び加わって頂き、狸が腹鼓みを打つ音を模して、木魚を叩いて頂きました。
 おそらく和尚様も初体験の演奏、私もきっと最初にして最後のこの曲のご披露になったのではと思います。

 音楽は心楽しむもの、皆で心併せて奏でるもの・・・最初のご挨拶の言葉を体現した、客席とステージとが一体となったひと時でした。

 休憩に入る前にドレスの説明も。
 実は今回のこのドレスは、着物の反物から作ったものなのです。
一部3
 日本茜という植物から染めた絹織物。
 茜色と言っても真っ赤ではない、夕暮れ時のほんのりと染まる空の色、鴇色にも近い何とも言えない柔らかく上品な色彩。
 東福寺にご縁の深い染織作家の上原晴子さんが染められたもので、これを拝見した折に私は一目で気に入ってしまい、この日のコンサートで是非ともドレスにして着用できたらと思ったのでした。

 仲良しの東京のデザイナー(「サロン・ド・ハナ」のオーナー)と散々苦心して考えたデザインです。
 着物の生地は本来直線裁ちするように織られているものですので、それでドレスの曲線を出すのはとても難しいのだそうです。

 リボンのような飾りは帯結びに見立てて、中の花芯は帯締めで演出してみました。
一部4
この日は上原さんもお客様でいらして下さり、皆様の前でご紹介。
素敵なお着物姿です。

サプライズ満載の第一部を終えて、休憩時間に入りました。
休憩は約一時間、このように贅沢に時間を取れないのが一般的なコンサートの実情ですが、この採薪亭演奏会はまさにヨーロッパの音楽会のように、ワイン片手にゆっくりと寛ぐというコンセプトを取り入れているようです。
休憩3 休憩1
 後援者である京都の老舗「前田珈琲」が出張してサーブして下さる飛び切り美味しいケーキと珈琲、サンドウィッチ、ワインの数々。
 お客様も楽しそうに取り分けて下さいました。

   第二部 『蜘蛛の糸』の静寂から
 芥川龍之介の作品『蜘蛛の糸』の朗読からスタート。
 読んだことがある方が多いのではと思われるお馴染みの物語、勧善懲悪を語る教訓的なお話と思われがちですが、実際読んでみるとそうとも言えず、身につまされたり、罪人に同情したり、人というものの性を思い知らされたり、なかなか複雑な思いに駆られてきます。
2部1
 「改めて聴いて心に衝撃を受けた」「朗読で聴くと一語一語が胸に響き深く理解できる」「蜘蛛の糸が見えてきた」等々、今回のコンサートの中で一番反響が多く寄せられました。

 私自身は、以前は主人公に感情移入していたのですが、今回は朗読しながら、男が地獄に再び落ちてしまった後のお釈迦様の悲しげなため息と、その背景にあるどこまでも美しく薫り高く香っている極楽の蓮池の風情が心に沁みてきました。

 しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しません。その玉のような白い花は、御釈迦様の御足のまわりに、ゆらゆらうてなを動かして、そのまん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽ももう午(ひる)に近くなったのでございましょう。

 そして『言葉は囁く」のテーマのもと、二部は進みます。

和気藹々と歌い語り・・・・。
    2部3   2部2
 坂下さんがにっこりと微笑みながらトークを聞いていたり・・・・。

最後は客席の皆様にも加わって頂きたくて、いつもの『たびだち』を合唱しました。
2部4 2部5
 初めていらしたお寺関係のお客様も多くいらしたのに、いつも以上に大きな声で楽しげに唱和して下さって、本当に嬉しいコンサートの締めくくりとなりました。

 「音と言葉」が素敵に響いたひと時、お越しくださいましたお客様、応援して下さいました皆様に改めて感謝申し上げます。



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「採薪亭演奏会」無事終わりました

 9月23日、気持ちの良い秋晴れの一日、楽しくコンサートを終えることができました。
通天橋
 お一人だけ、急用ができ参加できないとのご連絡がありましたが、後は全員お出で下さるという文字通りの満席。
 お越し下さいました皆様、これまで応援し支えて下さいました皆様方に心から感謝申し上げます。

  『昼下がりのシャンソンと朗読』~音は奏でる 言葉は囁く~
 というコンサートタイトルのもとで、第一部は「音は奏でる」をテーマとして進めて行きました。
大慧殿
 少しブラックで、シャンソンぽい洒脱なアレンジを加えた『山寺の和尚さん』で第一部の幕を閉じたのですが、主催者である和尚様にも特別にご出演いただき、パーカッション、あるいはドラムに見立てて木魚で加わって頂きました。
 本邦初公開の『山寺の和尚さん』、私の歌と坂下さんのピアノ、和尚様の木魚の音が楽しいハーモニーを奏でて、客席は大盛り上がりでした。

 第二部は芥川の短編小説『蜘蛛の糸』の朗読からスタートし、「言葉は奏でる」のテーマをイメージしながらシャンソンを6曲と詩の朗読で構成してみました。
 
 今回はお客様のお一人が写真撮影を引き受けて下さいました。
 写真が届いてきましたら、それをご紹介しつつ改めてコンサートの詳細をお伝えして行こうかと思います。
 
 今日は取り急ぎ、まずは無事終了したことのご報告第一報をお知らせ致しました。
プラの忘備録
 お越し頂いたお客様から既に色々なご感想をお寄せいただいていますが、その中で、こんな素敵なブログを見つけました。
 懐かしい旧友からの心優しい文章です。
 ブログを最近始められたそうなのですが、コンサートの詳細を生き生きと綴って下さっていますので、よろしかったら是非ご覧になって下さい。
 「PUNAの忘備録」というブログ名で、日常の様々な出来事を見る視野が繊細で温かくとても魅力的です。



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採薪亭演奏会は明日です

 9月23日、秋分の日、明日はいよいよ採薪亭演奏会です。

大慧殿
 昨日は最終打ち合わせと会場確認のため東福寺大慧殿に行って参りました。

 3年ぶりの大慧殿は秋の気配に包まれていました。

 コンサート直前の会場の佇まいには、いつも心惹かれます。
 本番を待つ気配・・・・それは自分の心が生み出す思いに他ならないのですが、でもお客様が賑やかな談笑の中で次々と訪れて、 やがて客席がいっぱいになってくる情景が鮮やかに浮かんでくるからでしょうか。

 大慧殿の大広間はもうすでに美しく整えられていました。
 明日は満席で迎える140席が整然とステージを取り囲んでいます。
会場風景1
 主催者の方の細やかな心配りは、会場作りにも行き渡っていて、客席の椅子もステージが見えやすいようにと三つの異なった高さのものが前の人の頭に重ならないようにゆとりを持って配置されています。
 色々な席に座って確かめてみたのですが、どの席からも不思議な位ステージが良く見えて、ここまでの設えはなかなか出来るものではなく、本当に感激してしまいました。
 控室も、休憩時に供される珈琲やお菓子・軽食を準備する配膳室の準備も早や完了していました。
会場風景2
 
 ステージに小道具の傘を広げてみました。
 ライト、音響などの確認をゆっくりと済ませ、こちらの本番準備も万全です。

 コンサートの準備を始めて一年近くの間、私自身も様々な出来事があり、体調の良くない日が続いたりしました。

 台風や地震等の災害も重なり、未だその爪跡を残して大変な思いをしていらっしゃる方々も多くいらっしゃる中、こうして無事コンサートの日を明日に迎えることが出来たことに感無量です。
渡月橋破損
 京都も殊の外、台風の被害が大きく、「まだ不自由な状態だけど、明日はすべて忘れて、束の間気分転換をさせてもらうから」という嬉しいメールも届いています。


今の気分をこんな葉書にして皆様にお送りします。

     気合

     <飛び切り楽しくて素敵な時間になりますように>
 明日は思いを込めて、コンサートに臨みたいと思います。


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「勝手にファン倶楽部」

 9月に入りました。

 ブログを書いている今、まさに大型の台風21号が暴風雨を伴って通過しています。
 そして、地を叩きつけるように激しく降る雨音、いつもなら勢いのある雨は小気味良くて嫌いではないのですが、台風となると話は別、・・・どうか、各地に深刻な被害をもたらしませんように。
 皆様、充分お気をつけになってくださいね。

 戸締りをしっかりとして、懐中電灯とキャンドルを脇に並べながら緊張していますが、でもこんな日だから、楽しいご報告をしたくなりました。

   「松峰綾音さんの練習風景」
 前回の記事『夏の軽井沢 落葉松の中で』で、軽井沢の音楽仲間のことをご紹介致しました。
 実際に顔を合わせるのは7~8月の間の数日だけなのですが、職業も年齢も異なる方たちと、自然に集まり語らう時間を持ってから、いつの間にかもう数年になるかと思います。

 今年は『落葉松』の動画制作をして下さったのですが、実はそれを撮影しつつ、密かなるサプライズが更に二つ用意してあったのでした。

 一昨日、突然一本の動画と説明メールとが届き、本当にびっくりしてしまいました。

 皆さん時々挙動不審で、何だか怪しい??とは感じていたのですが、まさか、こんなメイキングビデオを編集していらしたとは驚きです。
練習風景2
 普段過ぎる顔を人前に出してはいけないのではと、とても戸惑ったのですが、「もう完全に出来上がったので、OKと言えばすぐUPするから」「飾らない顔を見せるのは大事だから」「傑作だから是非載せよう」等々、半ば強引に押し切られてしまいました。
練習風景3
そして、私のWEBの動画集に加えたのは「松峰綾音さんの練習風景」
と題されたこの動画です。
 私的過ぎてごめんなさい。
 でも何度も見ているうちに、今は、自然な自分がそのまま現れているのも素敵なことかもしれないと感じてきましたし、この夏の幸せな時間が蘇って、何より、皆さんで関わって下さった時のワクワクする楽しさをお伝えできたらと思っています。

 「勝手に松峰綾音ファン倶楽部」
 この動画の最後に「勝手に松峰綾音ファン倶楽部の面々」とキャプションがついていますが、これが二つ目の嬉しいサプライズだったのです。

 筆頭にある「動画好きの隣のオジサン」はこの動画を企画し作成して下さったいわば仕掛け人。
 皆様、様々な分野で活躍していらっしゃる方たちばかりなのですが、「アッシらは名乗るほどの者ではござんせん」(ちょっと紋次郎気取りでした)と各々が勝手に考案したWEBネームでご登場です。
 
 「松峰さんには関わりなく、すべて自分たちで勝手に思いついて行動し、蔭ながら応援するファン倶楽部をねつ造」との告知もありました。

 「勝手に松峰綾音ファン倶楽部」の発足は2018年8月21日なのだそうです。
 「落葉松」の動画を作って下さった、そしてカレー定食を皆で食べたあの私の誕生日です。

 冗談が大好きな明るい方たちばかりなのですが、その個性に圧倒されて既にボチボチと会員が増え始めている気配です。
会則もできているそうなのですが、私には何も教えて下さいません。
 
 「ファン倶楽部」などと言って頂き、畏れ多く恐縮するばかりなのですが、人とのつながりの中で様々な出会いがあり、こんな風に温かく応援していただけるのは、本当に幸せなことだと心から感謝しています。

 そして先日、「動画好きの隣のオジサン」が、「「某FM放送局の某ディレクター」を「勝手にファン倶楽部」会員にお誘いしたいので、まずはご紹介から」とランチタイムを設定してくださいました。
Tさんと
 三人でのお食事風景。
 FM軽井沢のT氏です。
 ご了承を得ましたので、ツーショットを載せさせて頂きます。
 
 ラジオの魅力について思いを込めて語ってくださり、放送界におけるご自身の役割や仕事に対して、誠実で真っすぐな矜持を持っていらしてとても清々しく素敵な方でした。

 あっという間に時間が過ぎ、「続きはまた今度!」
 こういう、さらりとして温かい邂逅って得難いですよね。

 そして、WEBネーム「ミキサーこと動画編集人」さんからも、こんなコメントを頂きましたので、ご紹介致します。
 「ハリウッドが常用している動画アプリを僕も使っていますが感性がなかなかついていけず、目下、必死で動画編集に取り組んでおります。今後も磨きをかけますので、来夏も是非ご期待ください。」


 夏も終わり、気が付けば9月23日の東福寺採薪亭演奏会が近づいてきました。

 残暑の京都ですが、しっかりベストを尽くしていきたいです。
 

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「夏の軽井沢 落葉松の中で」

   『落葉松』
毎夏、訪れる軽井沢、今年も時間の合間を縫って、またしばし滞在しています。
 
かつてのブログを読み直していたら、「落葉松のある風景(一)」(2011年8月記)という記事が出てきました。
 
昨年末から今年初めにかけてのコンサートツアー「雨の日の物語」で『落葉松』という曲をご披露したのですが、嘗てのこの記事に、既に、落葉松への私の思いと、この『落葉松』という曲についての記載がありましたので、まずは少し引用してみたいと思います。

 軽井沢は人気の観光地ですので、見どころはもちろんたくさんあるのですが、どこに出掛けるというのではなくて、私は、何より落葉松の風景が良いなと思ってしまいます。
 落葉松林の中に入って、いつまでも樹の気配のようなものを感じているのが好きですし、四季折々、落葉松の表情に変化があるのも興味深いです。
 
  
   からまつの林を過ぎて、
   からまつをしみじみと見き。
   からまつはさびしかりけり。
   たびゆくはさびしかりけり。

 全八連からなる北原白秋の詩『落葉松』の第一連です。

 白秋が詩集『水墨集』で昭和10年に発表した詩ですが、余りにも有名で、落葉松林を歩く時は誰もが皆、この詩の一節を口ずさむ詩人になってしまいそうです。
 特に五連の
   からまつの林を過ぎて、
   ゆゑしらず歩みひそめつ。
   からまつはさびしかりけり。
   からまつとささやきにけり。
 この辺りに来ると、もうすっかり物悲しく幽玄な気分に引きこまれますよね。

 ところで、野上彰作詞・小林秀雄作曲の『落葉松』という曲があるのをご存知でしょうか?
 こちらは八行の詩ですので、そのまま載せてみます。

     『落葉松』
   落葉松の 秋の雨に
   わたしの 手が濡れる

   落葉松の 夜の雨に
   わたしの 心が濡れる

   落葉松の 陽のある雨に
   わたしの 思い出が濡れる

   落葉松の 小鳥の雨に
   わたしの 乾いた眼が濡れる

 シンプルな詩が、少しメランコリックで美しい旋律に乗って繰り返されてゆき、落葉松の情景と共に心に沁み入ってくる気がします。
 私も、自分でもどうしても歌ってみたくなって、随分前ですが、シャンソン風にアレンジして歌ったことがありました。

 長く引用してしまいましたが、落葉松への私の思いは今も変わりません。
三笠辺り
 「落葉松」は、幹がまっすぐで、空に向かってひたすら伸び続ける美しい樹木ですが、高さの割に根は浅く脆弱でもあるので、台風などの暴風の時など根ごと倒れてしまう危険も孕んでいます。
 そのため、地元の方たちからは、敬遠されがちな木でもあり、別荘地などでは「倒木の危険回避のため、自分の敷地内の落葉松は、一本残らず伐採してしまうべき」などという過激な発言すらあると聞くのですが、でも・・・自然との共存のバランスを取りつつ、美しい落葉松の森の風情を残していきたいと、強く感じます。

   誕生日のサプライズ
 3日前の8月21日は私の誕生日でした。

 「自分の誕生日ってそんなに嬉しい?」とちょっとクールな性格の友人に言われたことがあり、ごもっとも!と納得したのですが、でも、今年もこうして健康で楽しく節目の日を迎えられたということが、そして、また一年、どんなことが起こるのだろうというワクワク感があることが、とても幸せに思えて、私は誕生日、いつも上機嫌なのです。

 ・・・・もう20年近く訪れている軽井沢で、親しい知人や音楽仲間との輪も広がって、今は、落ち着いた飛び切りの居場所という感が強くなってきています。

 今年も、そんな友人たちに囲まれて過ごすことができました。

 私がいつも折に触れ、落葉松についてのうんちくを熱心に傾けるので、「じゃあ、みんなで『落葉松』の曲のプロモーションビデオを作ってプレゼントしようじゃないか」という思わぬ展開となったのでした。
 目下我が仲間内では動画作りがブームなのです。


   「夏の軽井沢 落葉松の中で」 
 8月20日、誕生日前日、いつも集まっている音楽仲間のスタジオで、まずは『落葉松』の収録から。
笑いすぎて


 <類は友を呼ぶ>で凝り性揃いなので、一生懸命歌っているのですがなかなかOKが出ません。
 
 最後はもうなんだか可笑しくなって笑いが止まらなくなったら、ちょっとひんしゅくを買ったみたいで、こんなコメント付きの写真がいつの間にか一枚。

 そして、終了後のスタジオご飯の一コマもいつの間にか撮影されていたのでした。



赤い衣装で歌う

 心機一転、赤い衣装に着替えて、友人宅のベランダで、ノーマイクの『落葉松』をご披露してみました。今度は一回でOK!
 雨上がり、しっとりとした緑に囲まれた素敵な別荘にお邪魔し、感激です。

落葉松

 極めつけに旧軽井沢の三笠辺りの落葉松並木を撮影しようと、翌日にわかロケハンで繰り出してみました。
写真スポットを探すのって難しいのですね。
さんざんさ迷った挙句、ゆっくり映せる場所を見つけました。
緑煌めく落葉松




空に落葉松の緑が煌めいています。
仲間たちはいつの間にか全員撮影監督になってしまって、歩けとか走れとか、何度も何度もダメだしがかかり、道行く人に好奇の目で見られ本当に恥ずかしかったです。
木肌に触る



最後は覚悟を決めて、言われるがままにこんなポーズで。


 「今日は大カレー大会、お洒落なレストランで軽井沢一の美味しいカレーをお祝いにご馳走する」というお話で、とても楽しみにしていたのですが、撮影に時間がかかり、終わった頃には皆疲れてお腹が空いてしまい、「どこか手近なところにしよう」と急遽変更。
たまたま目についた昔ながらの食堂で、カレー定食と相成りました。
 でも、美味しかった。

 本当に楽しくて、笑い転げながらの最高の一日を過ごさせていただきました。
 こういう幸せなスタートを切った一年を大切に、その分、より一層努力をしてこれに報いていかなければなりませんね。
 

 こうして完成した動画『夏の軽井沢 落葉松の中で』です。
 お楽しみ下さいますように。

 

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『神様はハバナタバコを吸う』

カット久々の「訳詞への思い」、今回はゲンズブールの曲『神様はハバナタバコを吸う』をご紹介します。


       『神様はハバナタバコを吸う』
             
                                  訳詞への思い <27>


    ハバナタバコとジタン
 原題は「Dieu fumeur de havanes」
 「神様はハバナタバコの喫煙者」という原義であるが、「神様はハバナタバコがお好き」というタイトルで既に日本に紹介されている。

 カトリーヌ・ドヌーヴ主演、セルジュ・ゲンズブールが音楽担当及び出演した映画『Je vous aime』(1980年)の中で、二人が歌ってヒットした曲である。

 ゲンズブールと言えば、周知の通り超ヘビースモーカーであったが、タバコをふかしながらのステージは、大いに顰蹙(ひんしゅく)をかいながらも、彼なら仕方がないという感じで、どこかで認容されていた節もあって、カリスマ的なゲンズブール神話を飾っている。

 この曲は、映画のイメージを伝えていることは勿論だが、また同時に、女性遍歴を重ねてきた彼の実像とも大いに重なるものがあると言えるだろう。

   神様はハバナタバコを吸っていて、それは僕と同じさ。
   僕のくゆらせるタバコも天国と同じ香りがするんだ

   いいえ、あなたはハバナタバコを吸ってなんかいない
   あなたの吸っているのはジターヌだわ


 というような言葉を、恋人同士、戯れながら繰り返し囁き合っている・・・・他愛なく、そしてエロティックでもある歌詞で、<だから何なの?>と言いたくなるが、彼特有の少しアンニュイで洒脱な言葉遊びが終始繰り返されてゆく。
CDジャケット
 デュエットの相手はフランスの永遠のマドンナと言っても過言ではない、カトリーヌ・ドヌープ。
 この曲を発表した頃は、若さが弾けるように眩しく、上品で瑞々しい魅力に満ち溢れていて、その彼女が恥じらうようにひそやかに歌っていたので、戯言のような歌詞も何もかもがすべて帳消しになったのだろう。

 ゲンズブールもおそらくその辺の計算をしっかりとした上で、このヒットソングを作り上げたのではと推測する。
 
 さて、では、この歌詞に頻出する「ハバナタバコ」と「ジターヌ」なのだが、少しだけ説明をしてみることとしよう。
チャーチル
 「ハバナタバコ」はステイタスの高いキューバの葉巻。
 名を成した成功者、紳士がゆったりとくゆらすイメージだ。
 そういえば、チャーチルもケネディーも、明治天皇も吉田茂も、ハバナタバコの愛好者だったのではないか。

 私の友人に愛煙家がいて、シガーバーが如何に健全でステイタスが高い寛ぎの場であるのか、葉巻は吸い方に美しい作法があり、真に紳士の証しなのだというような話を詳しくしてくれたことがあったのを思い出した。
 
 熱く語る言葉から、ロマンチックで上質な葉巻文化を垣間見る気がしたけれど、でも私は、ここで、禁煙推進の世の中に掉さすつもりは毛頭ないし、タバコの健康影響についても充分理解している。
 そもそも喫煙の真似事すら一度もしたことはない。

  神様はハバナタバコが大好きで、いつも天国で悠然とハバナタバコをくゆらせている。僕と同じだね

 女性は
  「それは嘘で、あなたがいつも吸っているのはジターヌじゃないの」
と言う。
ジタン1 
 ジターヌとは 。
 フランスの紙巻タバコ「ジタン」のこと。
 正しくは「ジターヌ」と発音するので、私の訳詞の中ではジターヌと表記した。

 ジターヌの原義は「スペインのジプシー女」の意味で、青いパッケージには扇を持ったジプシーの踊り子のシルエットが描かれている。

 解説によると、

 基本的にはタバコの葉を乾燥させ、更に堆積発酵させた黒い葉のタバコでクセが強く何種類かある。

 高級タバコではなく庶民派のタバコ、肉体労働に従事する人たちに特に刺激的な香りが好まれ、愛好者が多いのだと聞いたことがある。(ちなみにアニメのルパン三世の吸っているタバコもジターヌだった)

 主人公の男性が「僕のハバナタバコだよ」とうそぶきながら、ニコチン中毒者のように、安タバコのジタ―ヌを間断なく吸い続けているという情景だ。

 
   Dieu fumeur de havanes  『神様はハバナタバコを吸う』
 
さて、私の訳詞の書き出しは次のようである。

   1 神様はいつもハバナ くゆらせている
     灰色の雲を作る
     僕も同じさ

       いつも貴方はそう言う
       でも本当は違う
       あなたのジターヌ 青い煙 目にしみるもの
  
   2 神様はいつもハバナ くゆらせている
     天国の香りがする
     僕は知ってる
  
       あなたはいつもジターヌ
       女たちの中で
       でも幸せじゃないのね 私は知ってる

 魅入られたようにジターヌを吸い続ける貴方は、パッケージの中の青いドレスのジプシー女に心を奪われているかのようだ。
 ジターヌをふかすように女性遍歴を重ねる貴方だけど、私には幸せそうには見えない。

 貴方がどんなでも、私だけは貴方の傍にずっといてあげる
 貴方のタバコの煙をいつまでも見ていてあげる

 タバコの煙のように捉えどころがなくて、すっとどこかに消えて行ってしまいそうな「貴方」の心を、あるがままに受け入れる「私」の言葉に、母性のようなものを感じる。切ない恋の歌だと思えてくる。

   神様から一番遠く 君を守るよ

 僕は神様から一番遠くにいるけれど、でも「君を守るよ」
 
 これも僕の精一杯の愛の言葉。
 軽口を並べたジョークで本心を見せない恋愛ゲームのような歌でありながら、孤独と、渇望と、情愛が垣間見える気がして、一筋縄ではいかないゲンズブールならではの、ひねりの効いたラブソングであると感じた。

 いつか誰かとデュエットしながら歌ってみたいと思っている。
                                    Fin
 
 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
 取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

   では、原曲Dieu fumeur de havanesをお楽しみください。



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『達人夜話』第二夜が終了しました

   何時までこの猛暑は続くのでしょう
 7月21日、「綾音達人夜話」第二夜は無事終わりました。
 楽しくかつ格調高い素敵な夕べとなりましたが、それにしても暑かった・・・。

 夜話のご報告の前に、京都人の特権、暑さ自慢をさせて頂こうかと思います。

 京都では、既に連続二週間以上38℃超えの日が続いています。
 それも当然のように感じてきているのが、我ながら凄いです。
 鍋の底のような盆地、熱した大気が冷める間もなく、沈み込んできて、クーラー病や、熱中症初期症状、何だか変な病気にかかったような気もします。

 この中でも、今日は祇園祭後祭り、例年と変わらず粛々と山鉾巡行も執り行われておりました。
後祭り
 巡航の行列を待つ気にはさすがにならず、交通規制で警官が大勢交通整理をしている姿を横目に見て通過してしまいました。
 交通止めの向こうには消防自動車と救急車、パトカーが何台も待機していて、物々しい気配。リスク管理万全です。

 それにしても今は、各地でお祭り真っ只中ですね。
 暑い夏だからこそ、それを吹き飛ばすパワーを夏祭りは呼び込んでいるのでしょうか。

 「熱中症で搬送された方たちの出身地別統計を取ったら、意外に京都は少ないのでは?」と、先日、友人が言っていましたが、確かに千年の都、この夏の暑さに耐えながら文化を作り上げてきた底力は恐るべしです。

 我が家のすぐ近くのカフェのママさん、古い町家に住むおじい様、毎朝、綺麗に外を掃き清めて、打ち水で涼を取っていますし、道端のお地蔵様には誰が備えるのかいつもお花が飾られ水も取り替えられています。

 窓には簾(すだれ)、玄関先には竹格子が組まれて目隠しも日よけも夏仕様です。
 生活の中に、様々な工夫を取り入れ、暑さも丸ごと自分の側に取り込んでしまっている、京都の街の奥深さなのでしょうか。

 さて、前置きが長くなりました。
 私も、今回の「綾音達人夜話」のコスチュームは夏着物にしようかと密かに思い定めておりました。
いらして下さる皆様に少しでも季節感を感じて頂けるような涼しげな様子でお迎えするのも京都流おもてなしではないかと、決意したのですが・・・。


 武士は食わねど・・・・夏着物は爽やかに!
 「決して暑そうな顔はしないこと!!」
 これも先の友人にアドバイスされ・・・。
おまけ
 帯をきつく締めた瞬間は、しゃきっとしてとても清々しく感じられたのですが、でも、この日も昼間は39℃を超えて、熱気が身に沁み入ってくるようで、外に出たら頭がくらくらとしてきました。

こだわった以上、頑張るしかない・・・と覚悟を決めた後ろ姿です。
美容師さんがいつもと違った仕上がりに「髪型の写真撮らして下さい」と一枚。 涼しげですね。

   『綾音 達人夜話』第二夜
 いつもの会場、高瀬川沿いにある「四季AIR」にて、ゲストの西田稔先生と。

 何回も打ち合わせをした甲斐あり、息もぴったりの楽しい対談となりました。
 先生はフランス古典文学がご専門で、特にラシーヌを研究していらっしゃいます。 また、17世紀フランス宮廷バレエ、オペラに造詣が深く、貴重な音資料等を使って、わかりやすくご説明して下さいました。
達人夜話
 独自な個性を持つ、フランスバレエ・オペラを源流とした音楽舞踊劇に大きな影響を受け、現在のフランスミュージカルやシャンソンは発展していく、そのプロセスをこの度の対談の中でお話ししたいと思いました。

 私は1960年代あたりから出現し始めたロックミュージカルからスタートし、スペクタクルミュージカルと呼ばれる、「ノートルダム・ド・パリ」「十戒」など曲を何曲か聴いて頂きながらお話を進めてみました。
達人夜話3
 対談の具体的な内容については、またいつかこのブログでも取り上げることができればと思っています。

フランスバレエやオペラについて、学ばせて頂く機会を得ることが出来、西田先生にはとても感謝しています。

 そして、猛暑の中、お越しいただき熱心に耳を傾けて下さいました皆様に心からお礼申し上げます。


   『音楽の祭日』写真展
 達人夜話当日の7月21日から、「100本のトランペット」写真展が同会場で開催されています。
写真集表紙
 写真撮影は写真家の蒼樹(そうじゅ)氏。

 6月21日に至るまでの出演者たちの足跡、練習の風景等を一年かけて追った写真と、当日のトランペット演奏、座談会、演奏会の様子を詳細に写真で綴って、写真集「清水寺友愛100本のトランペット」が素敵に完成しました。

写真集2 写真集3

今日は改めて、写真展を拝見しにギャラリーへ。
涼

窓の外、涼を誘うかのように流れる高瀬川。




数々の写真、トランぺッターの方々の生き生きとした表情が印象的です。
写真展1 写真展2
私が司会をした座談会の写真もあります。

自分の写真の前で記念に一枚、蒼樹さんが撮って下さいました。
写真集展 蒼樹さんと
そしてその蒼樹さんとツーショット。

祇園祭後祭りの私の一日でした。

明日からしばらく東京暮らし。
関東も暑そうですが。
猛暑の中、どうぞ皆様、お身体に気をつけてお過ごしくださいますように。



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京都 七月

   「綾音 達人夜話」第二夜
 まずは、7月21日(土)に開催の「綾音 達人夜話」第二夜のご案内から申し上げます。

 桜繚乱の中の第一夜、4月7日から、早いものでもう三カ月。
 今度は盛夏7月の高瀬川の集いとなります。
 タイトルは「 バレエ・オペラ・ミュージカル・シャンソン 」

   7/21(土)18:00~「綾音・達人夜話 第二夜」
           ゲスト 西田 稔 氏(同志社大学名誉教授)
 「 バレエ・オペラ・ミュージカル・シャンソン 」
 第二夜のkey wordは『 シャンソンへとつながる舞踊と演劇 』
 京都生まれ京都育ちで町家ギャラリーのオーナー、フランスのバレエ・オペラ等に造詣が深く、劇作家ラシーヌの研究者である西田氏に、フランスの音楽舞踊劇の歴史と特徴等について興味深いお話をお伺いします。
 フランスのミュージカルのご紹介もお楽しみに!

 実は、私は中学・高校の頃、演劇部に所属していました。
 なぜか、ギリシャ悲劇やモリエールの喜劇などに皆で凝っていた時期があり、そのいくつかを上演したのですが、西田先生と、色々打ち合わせをする中で、先生がラシーヌやモリエールの専門家でいらして、劇作のことが話題になるにつけ、何だかとても嬉しく不思議なご縁を感じています。
 先生には主にバレエとオペラのお話しを伺い、私はミュージカルとシャンソンを取り上げようと思います。

 貴重な音資料も駆使して、興味深い講演になると思います。
 参加ご希望の方はまだ少し席がありますので、どうぞご連絡くださいね。

   自然の脅威
 さて、お話は変わり。
 京都はさすが千年の都で、歴史的に見ても、自然災害が極端に少なくて、「神さんに守られてるんと違いますか」と普通に語られる街なのですが、最近、地震、豪雨と大変な状況が続いて、にわかに不安が募ってきています。
 地震の時は、「ついに・・・」と覚悟するくらい激しい揺れで、物が落ちてきたりもして怖かったですが、幸いさほど大きな被害もなくお陰様で無事でした。
 豪雨も、実害なく済みましたが、嵐山の辺りに住んでいる友人は、有栖川が決壊しそうで本当に恐怖を感じたと話していました。
 皆で災害への備えのこと等、話題にしている昨今です。

 こういう日々の中、圧倒的な自然の力、その前にある人の無力さを改めて痛感させられますし、だからこそ、平穏な日常の有難さを思い知らされます。

 でも、この度の豪雨では、もっともっと沢山の深刻な被害が生れています。
 今現在もどんなにか大変な思いをされておいでの皆様も多いことでしょう。
 心からお見舞い申し上げ、一日も早い復興をお祈りいたします。


   宵宵山を行く
 7月15日、今日は三連休のなか日ですが、尋常ではない暑さですね。
 京都、昨日は38℃、「今日、明日は40℃近くなるでしょう」との天気予報を聞くだけで卒倒してしまいそうです。
 「でもこれは、室内の風通しの良いところでの気温で、外は更に高いので、熱中症には充分気を付けましょう」と今朝の気象予報士の方が力を入れて語っていました・・・・。
 毎年、こういう猛暑は更新されている気がしませんか。
 日本は、亜熱帯を通り越して、もはや熱帯へと突入したのでしょうか。

 そんな中ですが、京都は一年の数あるお祭りの中でも代表的な<みんなのお祭り>、祇園祭の真っ只中です。

 昨日は「宵宵宵山」、そして今日は「宵宵山」、明日は「宵山」。

 「宵山」というのはお祭り前夜の事。
 祇園祭本番は17日火曜日ですので、その前祝いの夜ということで、言ってみれば12月24日の夜、クリスマスイヴのようなものです。

 前にも何回か祇園祭についてご紹介しましたが、山鉾巡行が行われる本番もさることながら、7月に入るとすぐ、祭りを行うための様々な行事がそこここで行われ、7月そのものが祇園祭一色に染まって行きます。

 本日、「宵宵山」の朝。
朝の錦市場
 我が家近くで。

 我が家は、山鉾巡行の最先端を常に切る長刀鉾(なぎなたぼこ)に卑近距離にあります。
 朝、5時頃。

 さすがに誰もいない錦市場を抜けて四条通りに出ると長刀鉾が朝陽に映えていました。

長刀鉾1 長刀鉾2
 観光客と地元の方たちが押し寄せてくる前の、静寂なひと時です。
二階から鉾へ

 ビルの2階から鉾の中に入る橋が架けられています。巡行の際には、御囃子の他に、祭りの開始を告げるしめ縄を切る稚児もこの橋を渡るのでしょう。

そして、もう一度夕方も、少しだけ視察に出かけてみました。
   人の波   宵山の長刀鉾
 「宵宵山」になると、出店も一斉に立ち、ブラブラと街を歩く人たちで溢れ、これこそが夏の風物詩という風情を見せ始めます。
 浴衣に団扇の老若男女が今年も夏の夜を一杯に飾っています。

 祇園祭は、元々、平安京で疫病が流行した869年に、その災厄の退散を願い、当時の国の数と同じ66本の鉾を立て祇園社(現八坂神社)の神を祭ったのが起源とされています。
 このとんでもない猛暑の中で、更にヒートアップするかのように今年も盛大にお祭り気分が盛り上がっているのは、災厄を収めるというお祭りの原義が、京都人のDNAの中に沸々と再燃されてきているのかもしれないと、ふと思ったりしています・・・。
おはやし

これが、祇園祭り。

この賑わいが夏の到来を告げます。




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「音楽の祭日」記念座談会、無事終了致しました

 一年半の間、準備を重ねてきました京都/Paris姉妹都市60周年記念「音楽の祭日」清水寺100本のトランペット演奏とそれに続く一連のイベントは、お陰様で、すべて好評のうちに終了することが出来ました。

 深夜まで降り続いた大雨が朝になって止み、うっすらと陽が射し始めていました。
 スタッフはそれぞれ、自分が「晴れ男だから」「晴れ女だから」と誇っていましたが、それは間違いで、超超晴れ女の私のお蔭に相違ありません・・・と心で呟く朝の私でした。

 沢山の方々の支えの上に咲いた華やかな一日を、何枚かの写真と共に追ってみたいと思います。

   清水寺西門にトランペットの音色が響いた日
 突然ですが、これはトランぺッターの控室。
控室
 昼からのリハーサルを終え、円通殿という寺務所の大広間で出番を待つひとコマです。
 ポスターの写真が印刷された記念Tシャツをユニホームとして、演奏の舞台にこれから立ちます。
 全国から集まった122名の演奏者たち。
 二回のリハーサルを経て、心を一つにして音楽を奏でることが出来るでしょうか。緊張が伝わってくるひと時です。

 時間になって円通殿からステージへと向かうトランぺッターたち。
 <何があるのかしら>と外国人観光客が注視しています。
出陣 演奏前
 ステージに上がり、姿勢を正す姿が清々しいです。
 年齢も様々。プロもアマも入り混じって。
 西門から、眼下に京都の街が一望できるのでしょう。
 四方を囲む美しい山々に、遙かな浄土への祈りを込めた古の息遣いが、奏でる時を待つシーンとした瞬間を包んでいることを感じました。
演奏 演奏
 そして、まずは、アイーダ「凱旋行進曲」からスタートです。

 音羽山清水寺にトランペットの音が高く響きます。
フェイスブック
 facebookの公式ページに、第一部から第三部までのライブ中継がそのままUPされてゆきます。
 facebookの若いスタッフの方々が朝早くからずっと音響設置などに奔走していました。

トランペットの音色は勇壮であり、でも時として、情感を纏って身にまとわりつくような哀切感を持っている気もしました。
 清水寺とトランペットという異質な取り合わせの妙かもしれません。

   成就院にて 記念座談会
 西門でのイベントに並行して、成就院での準備もなされていました。

 第三部の二胡とシンセサイザーの演奏のリハーサルも粛々と行われています。

 そして、まずは第二部の座談会。
 大広間4部屋をぶち抜いた空間の奥、床の間を背にして、パネリストと司会者の席が設えられています。
  会場1   会場
 由緒ある建物、名勝「月の庭」、少しでも損なうことは許されませんから、養生は万全、慎重を期して準備は進められます。音響、照明も着々と設置され、本番を待っています。
 昨夜の雨に洗われ、「月の庭」の緑がひと際瑞々しく光に映えています。
 準備が整い、あと少しで開場。
開始
 
 座談会の段取りなど頭によぎらせながら、少し緊張した佇まいの私です。

 シルエットに今や遅しと時を待つ気合が溢れていますよね。

始まりました。
座談会


 始まってみると、4人のパネリストの方々、力がみなぎっていらして、でもお話は和気藹々として楽しく、示唆に満ちて深く、素敵な座談会となりました。

これはfacebookの映像から切り取った写真です。
ブログ
 ひと月後に発刊される2018年音楽の祭日の記念アルバムに、座談会司会者としての言葉を記すように依頼されました。
 座談会が終わった2日後=一昨日、記した言葉です。

 音楽は祈り。
 時・国境を超えて感動を伝え、憎しみを忘れさせ、人の心を優しくさせる。
 美しい夢の実現のために何が出来るか、次世代に何を繋いでゆけるのか。深い想いに包まれながら「談」が続きます。
 「自然の音を身に沁みこませながら時を重ねてきた古都」、「目に見えないものへのリスペクトを持った襞の深い町」・・・その京都から、世界に向けて平和への希求を熱く発信することの出来た「音楽の祭日」記念座談会となりました。


   一日の終わり
 出演者、スタッフ、実行委員、アドバイザー、サポーター、招待者、プロジェクトに関わった多くの人達と、この夜、打ち上げパーティーを行いました。
山極先生
 何かを共に終えた後の高揚感、連帯感の中、盛り上がり、やがて記念撮影会、私も、パネリストの山極先生とツーショットです。
 朝から東京のお仕事で、大忙しだった先生、一瞬ほっとなさったような表情ですね。
夜景

 帰路に振り返った西門。
静寂の中に美しく浮きあがっていました。





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