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新しいシャンソンを新しい言葉に乗せて

   シャンソンの訳詞のつれづれに                      ~ 松峰綾音のオフィシャルブログへようこそ ~

「夏の軽井沢 落葉松の中で」

   『落葉松』
毎夏、訪れる軽井沢、今年も時間の合間を縫って、またしばし滞在しています。
 
かつてのブログを読み直していたら、「落葉松のある風景(一)」(2011年8月記)という記事が出てきました。
 
昨年末から今年初めにかけてのコンサートツアー「雨の日の物語」で『落葉松』という曲をご披露したのですが、嘗てのこの記事に、既に、落葉松への私の思いと、この『落葉松』という曲についての記載がありましたので、まずは少し引用してみたいと思います。

 軽井沢は人気の観光地ですので、見どころはもちろんたくさんあるのですが、どこに出掛けるというのではなくて、私は、何より落葉松の風景が良いなと思ってしまいます。
 落葉松林の中に入って、いつまでも樹の気配のようなものを感じているのが好きですし、四季折々、落葉松の表情に変化があるのも興味深いです。
 
  
   からまつの林を過ぎて、
   からまつをしみじみと見き。
   からまつはさびしかりけり。
   たびゆくはさびしかりけり。

 全八連からなる北原白秋の詩『落葉松』の第一連です。

 白秋が詩集『水墨集』で昭和10年に発表した詩ですが、余りにも有名で、落葉松林を歩く時は誰もが皆、この詩の一節を口ずさむ詩人になってしまいそうです。
 特に五連の
   からまつの林を過ぎて、
   ゆゑしらず歩みひそめつ。
   からまつはさびしかりけり。
   からまつとささやきにけり。
 この辺りに来ると、もうすっかり物悲しく幽玄な気分に引きこまれますよね。

 ところで、野上彰作詞・小林秀雄作曲の『落葉松』という曲があるのをご存知でしょうか?
 こちらは八行の詩ですので、そのまま載せてみます。

     『落葉松』
   落葉松の 秋の雨に
   わたしの 手が濡れる

   落葉松の 夜の雨に
   わたしの 心が濡れる

   落葉松の 陽のある雨に
   わたしの 思い出が濡れる

   落葉松の 小鳥の雨に
   わたしの 乾いた眼が濡れる

 シンプルな詩が、少しメランコリックで美しい旋律に乗って繰り返されてゆき、落葉松の情景と共に心に沁み入ってくる気がします。
 私も、自分でもどうしても歌ってみたくなって、随分前ですが、シャンソン風にアレンジして歌ったことがありました。

 長く引用してしまいましたが、落葉松への私の思いは今も変わりません。
三笠辺り
 「落葉松」は、幹がまっすぐで、空に向かってひたすら伸び続ける美しい樹木ですが、高さの割に根は浅く脆弱でもあるので、台風などの暴風の時など根ごと倒れてしまう危険も孕んでいます。
 そのため、地元の方たちからは、敬遠されがちな木でもあり、別荘地などでは「倒木の危険回避のため、自分の敷地内の落葉松は、一本残らず伐採してしまうべき」などという過激な発言すらあると聞くのですが、でも・・・自然との共存のバランスを取りつつ、美しい落葉松の森の風情を残していきたいと、強く感じます。

   誕生日のサプライズ
 3日前の8月21日は私の誕生日でした。

 「自分の誕生日ってそんなに嬉しい?」とちょっとクールな性格の友人に言われたことがあり、ごもっとも!と納得したのですが、でも、今年もこうして健康で楽しく節目の日を迎えられたということが、そして、また一年、どんなことが起こるのだろうというワクワク感があることが、とても幸せに思えて、私は誕生日、いつも上機嫌なのです。

 ・・・・もう20年近く訪れている軽井沢で、親しい知人や音楽仲間との輪も広がって、今は、落ち着いた飛び切りの居場所という感が強くなってきています。

 今年も、そんな友人たちに囲まれて過ごすことができました。

 私がいつも折に触れ、落葉松についてのうんちくを熱心に傾けるので、「じゃあ、みんなで『落葉松』の曲のプロモーションビデオを作ってプレゼントしようじゃないか」という思わぬ展開となったのでした。
 目下我が仲間内では動画作りがブームなのです。


   「夏の軽井沢 落葉松の中で」 
 8月20日、誕生日前日、いつも集まっている音楽仲間のスタジオで、まずは『落葉松』の収録から。
笑いすぎて


 <類は友を呼ぶ>で凝り性揃いなので、一生懸命歌っているのですがなかなかOKが出ません。
 
 最後はもうなんだか可笑しくなって笑いが止まらなくなったら、ちょっとひんしゅくを買ったみたいで、こんなコメント付きの写真がいつの間にか一枚。

 そして、終了後のスタジオご飯の一コマもいつの間にか撮影されていたのでした。



赤い衣装で歌う

 心機一転、赤い衣装に着替えて、友人宅のベランダで、ノーマイクの『落葉松』をご披露してみました。今度は一回でOK!
 雨上がり、しっとりとした緑に囲まれた素敵な別荘にお邪魔し、感激です。

落葉松

 極めつけに旧軽井沢の三笠辺りの落葉松並木を撮影しようと、翌日にわかロケハンで繰り出してみました。
写真スポットを探すのって難しいのですね。
さんざんさ迷った挙句、ゆっくり映せる場所を見つけました。
緑煌めく落葉松




空に落葉松の緑が煌めいています。
仲間たちはいつの間にか全員撮影監督になってしまって、歩けとか走れとか、何度も何度もダメだしがかかり、道行く人に好奇の目で見られ本当に恥ずかしかったです。
木肌に触る



最後は覚悟を決めて、言われるがままにこんなポーズで。


 「今日は大カレー大会、お洒落なレストランで軽井沢一の美味しいカレーをお祝いにご馳走する」というお話で、とても楽しみにしていたのですが、撮影に時間がかかり、終わった頃には皆疲れてお腹が空いてしまい、「どこか手近なところにしよう」と急遽変更。
たまたま目についた昔ながらの食堂で、カレー定食と相成りました。
 でも、美味しかった。

 本当に楽しくて、笑い転げながらの最高の一日を過ごさせていただきました。
 こういう幸せなスタートを切った一年を大切に、その分、より一層努力をしてこれに報いていかなければなりませんね。
 

 こうして完成した動画『夏の軽井沢 落葉松の中で』です。
 お楽しみ下さいますように。

 

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『神様はハバナタバコを吸う』

カット久々の「訳詞への思い」、今回はゲンズブールの曲『神様はハバナタバコを吸う』をご紹介します。


       『神様はハバナタバコを吸う』
             
                                  訳詞への思い <27>


    ハバナタバコとジタン
 原題は「Dieu fumeur de havanes」
 「神様はハバナタバコの喫煙者」という原義であるが、「神様はハバナタバコがお好き」というタイトルで既に日本に紹介されている。

 カトリーヌ・ドヌーヴ主演、セルジュ・ゲンズブールが音楽担当及び出演した映画『Je vous aime』(1980年)の中で、二人が歌ってヒットした曲である。

 ゲンズブールと言えば、周知の通り超ヘビースモーカーであったが、タバコをふかしながらのステージは、大いに顰蹙(ひんしゅく)をかいながらも、彼なら仕方がないという感じで、どこかで認容されていた節もあって、カリスマ的なゲンズブール神話を飾っている。

 この曲は、映画のイメージを伝えていることは勿論だが、また同時に、女性遍歴を重ねてきた彼の実像とも大いに重なるものがあると言えるだろう。

   神様はハバナタバコを吸っていて、それは僕と同じさ。
   僕のくゆらせるタバコも天国と同じ香りがするんだ

   いいえ、あなたはハバナタバコを吸ってなんかいない
   あなたの吸っているのはジターヌだわ


 というような言葉を、恋人同士、戯れながら繰り返し囁き合っている・・・・他愛なく、そしてエロティックでもある歌詞で、<だから何なの?>と言いたくなるが、彼特有の少しアンニュイで洒脱な言葉遊びが終始繰り返されてゆく。
CDジャケット
 デュエットの相手はフランスの永遠のマドンナと言っても過言ではない、カトリーヌ・ドヌープ。
 この曲を発表した頃は、若さが弾けるように眩しく、上品で瑞々しい魅力に満ち溢れていて、その彼女が恥じらうようにひそやかに歌っていたので、戯言のような歌詞も何もかもがすべて帳消しになったのだろう。

 ゲンズブールもおそらくその辺の計算をしっかりとした上で、このヒットソングを作り上げたのではと推測する。
 
 さて、では、この歌詞に頻出する「ハバナタバコ」と「ジターヌ」なのだが、少しだけ説明をしてみることとしよう。
チャーチル
 「ハバナタバコ」はステイタスの高いキューバの葉巻。
 名を成した成功者、紳士がゆったりとくゆらすイメージだ。
 そういえば、チャーチルもケネディーも、明治天皇も吉田茂も、ハバナタバコの愛好者だったのではないか。

 私の友人に愛煙家がいて、シガーバーが如何に健全でステイタスが高い寛ぎの場であるのか、葉巻は吸い方に美しい作法があり、真に紳士の証しなのだというような話を詳しくしてくれたことがあったのを思い出した。
 
 熱く語る言葉から、ロマンチックで上質な葉巻文化を垣間見る気がしたけれど、でも私は、ここで、禁煙推進の世の中に掉さすつもりは毛頭ないし、タバコの健康影響についても充分理解している。
 そもそも喫煙の真似事すら一度もしたことはない。

  神様はハバナタバコが大好きで、いつも天国で悠然とハバナタバコをくゆらせている。僕と同じだね

 女性は
  「それは嘘で、あなたがいつも吸っているのはジターヌじゃないの」
と言う。
ジタン1 
 ジターヌとは 。
 フランスの紙巻タバコ「ジタン」のこと。
 正しくは「ジターヌ」と発音するので、私の訳詞の中ではジターヌと表記した。

 ジターヌの原義は「スペインのジプシー女」の意味で、青いパッケージには扇を持ったジプシーの踊り子のシルエットが描かれている。

 解説によると、

 基本的にはタバコの葉を乾燥させ、更に堆積発酵させた黒い葉のタバコでクセが強く何種類かある。

 高級タバコではなく庶民派のタバコ、肉体労働に従事する人たちに特に刺激的な香りが好まれ、愛好者が多いのだと聞いたことがある。(ちなみにアニメのルパン三世の吸っているタバコもジターヌだった)

 主人公の男性が「僕のハバナタバコだよ」とうそぶきながら、ニコチン中毒者のように、安タバコのジタ―ヌを間断なく吸い続けているという情景だ。

 
   Dieu fumeur de havanes  『神様はハバナタバコを吸う』
 
さて、私の訳詞の書き出しは次のようである。

   1 神様はいつもハバナ くゆらせている
     灰色の雲を作る
     僕も同じさ

       いつも貴方はそう言う
       でも本当は違う
       あなたのジターヌ 青い煙 目にしみるもの
  
   2 神様はいつもハバナ くゆらせている
     天国の香りがする
     僕は知ってる
  
       あなたはいつもジターヌ
       女たちの中で
       でも幸せじゃないのね 私は知ってる

 魅入られたようにジターヌを吸い続ける貴方は、パッケージの中の青いドレスのジプシー女に心を奪われているかのようだ。
 ジターヌをふかすように女性遍歴を重ねる貴方だけど、私には幸せそうには見えない。

 貴方がどんなでも、私だけは貴方の傍にずっといてあげる
 貴方のタバコの煙をいつまでも見ていてあげる

 タバコの煙のように捉えどころがなくて、すっとどこかに消えて行ってしまいそうな「貴方」の心を、あるがままに受け入れる「私」の言葉に、母性のようなものを感じる。切ない恋の歌だと思えてくる。

   神様から一番遠く 君を守るよ

 僕は神様から一番遠くにいるけれど、でも「君を守るよ」
 
 これも僕の精一杯の愛の言葉。
 軽口を並べたジョークで本心を見せない恋愛ゲームのような歌でありながら、孤独と、渇望と、情愛が垣間見える気がして、一筋縄ではいかないゲンズブールならではの、ひねりの効いたラブソングであると感じた。

 いつか誰かとデュエットしながら歌ってみたいと思っている。
                                    Fin
 
 (注 訳詞、解説について、無断転載転用を禁止します。
 取り上げたいご希望、訳詞を歌われたいご希望がある場合は、事前のご相談をお願い致します。)

   では、原曲Dieu fumeur de havanesをお楽しみください。



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『達人夜話』第二夜が終了しました

   何時までこの猛暑は続くのでしょう
 7月21日、「綾音達人夜話」第二夜は無事終わりました。
 楽しくかつ格調高い素敵な夕べとなりましたが、それにしても暑かった・・・。

 夜話のご報告の前に、京都人の特権、暑さ自慢をさせて頂こうかと思います。

 京都では、既に連続二週間以上38℃超えの日が続いています。
 それも当然のように感じてきているのが、我ながら凄いです。
 鍋の底のような盆地、熱した大気が冷める間もなく、沈み込んできて、クーラー病や、熱中症初期症状、何だか変な病気にかかったような気もします。

 この中でも、今日は祇園祭後祭り、例年と変わらず粛々と山鉾巡行も執り行われておりました。
後祭り
 巡航の行列を待つ気にはさすがにならず、交通規制で警官が大勢交通整理をしている姿を横目に見て通過してしまいました。
 交通止めの向こうには消防自動車と救急車、パトカーが何台も待機していて、物々しい気配。リスク管理万全です。

 それにしても今は、各地でお祭り真っ只中ですね。
 暑い夏だからこそ、それを吹き飛ばすパワーを夏祭りは呼び込んでいるのでしょうか。

 「熱中症で搬送された方たちの出身地別統計を取ったら、意外に京都は少ないのでは?」と、先日、友人が言っていましたが、確かに千年の都、この夏の暑さに耐えながら文化を作り上げてきた底力は恐るべしです。

 我が家のすぐ近くのカフェのママさん、古い町家に住むおじい様、毎朝、綺麗に外を掃き清めて、打ち水で涼を取っていますし、道端のお地蔵様には誰が備えるのかいつもお花が飾られ水も取り替えられています。

 窓には簾(すだれ)、玄関先には竹格子が組まれて目隠しも日よけも夏仕様です。
 生活の中に、様々な工夫を取り入れ、暑さも丸ごと自分の側に取り込んでしまっている、京都の街の奥深さなのでしょうか。

 さて、前置きが長くなりました。
 私も、今回の「綾音達人夜話」のコスチュームは夏着物にしようかと密かに思い定めておりました。
いらして下さる皆様に少しでも季節感を感じて頂けるような涼しげな様子でお迎えするのも京都流おもてなしではないかと、決意したのですが・・・。


 武士は食わねど・・・・夏着物は爽やかに!
 「決して暑そうな顔はしないこと!!」
 これも先の友人にアドバイスされ・・・。
おまけ
 帯をきつく締めた瞬間は、しゃきっとしてとても清々しく感じられたのですが、でも、この日も昼間は39℃を超えて、熱気が身に沁み入ってくるようで、外に出たら頭がくらくらとしてきました。

こだわった以上、頑張るしかない・・・と覚悟を決めた後ろ姿です。
美容師さんがいつもと違った仕上がりに「髪型の写真撮らして下さい」と一枚。 涼しげですね。

   『綾音 達人夜話』第二夜
 いつもの会場、高瀬川沿いにある「四季AIR」にて、ゲストの西田稔先生と。

 何回も打ち合わせをした甲斐あり、息もぴったりの楽しい対談となりました。
 先生はフランス古典文学がご専門で、特にラシーヌを研究していらっしゃいます。 また、17世紀フランス宮廷バレエ、オペラに造詣が深く、貴重な音資料等を使って、わかりやすくご説明して下さいました。
達人夜話
 独自な個性を持つ、フランスバレエ・オペラを源流とした音楽舞踊劇に大きな影響を受け、現在のフランスミュージカルやシャンソンは発展していく、そのプロセスをこの度の対談の中でお話ししたいと思いました。

 私は1960年代あたりから出現し始めたロックミュージカルからスタートし、スペクタクルミュージカルと呼ばれる、「ノートルダム・ド・パリ」「十戒」など曲を何曲か聴いて頂きながらお話を進めてみました。
達人夜話3
 対談の具体的な内容については、またいつかこのブログでも取り上げることができればと思っています。

フランスバレエやオペラについて、学ばせて頂く機会を得ることが出来、西田先生にはとても感謝しています。

 そして、猛暑の中、お越しいただき熱心に耳を傾けて下さいました皆様に心からお礼申し上げます。


   『音楽の祭日』写真展
 達人夜話当日の7月21日から、「100本のトランペット」写真展が同会場で開催されています。
写真集表紙
 写真撮影は写真家の蒼樹(そうじゅ)氏。

 6月21日に至るまでの出演者たちの足跡、練習の風景等を一年かけて追った写真と、当日のトランペット演奏、座談会、演奏会の様子を詳細に写真で綴って、写真集「清水寺友愛100本のトランペット」が素敵に完成しました。

写真集2 写真集3

今日は改めて、写真展を拝見しにギャラリーへ。
涼

窓の外、涼を誘うかのように流れる高瀬川。




数々の写真、トランぺッターの方々の生き生きとした表情が印象的です。
写真展1 写真展2
私が司会をした座談会の写真もあります。

自分の写真の前で記念に一枚、蒼樹さんが撮って下さいました。
写真集展 蒼樹さんと
そしてその蒼樹さんとツーショット。

祇園祭後祭りの私の一日でした。

明日からしばらく東京暮らし。
関東も暑そうですが。
猛暑の中、どうぞ皆様、お身体に気をつけてお過ごしくださいますように。



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京都 七月

   「綾音 達人夜話」第二夜
 まずは、7月21日(土)に開催の「綾音 達人夜話」第二夜のご案内から申し上げます。

 桜繚乱の中の第一夜、4月7日から、早いものでもう三カ月。
 今度は盛夏7月の高瀬川の集いとなります。
 タイトルは「 バレエ・オペラ・ミュージカル・シャンソン 」

   7/21(土)18:00~「綾音・達人夜話 第二夜」
           ゲスト 西田 稔 氏(同志社大学名誉教授)
 「 バレエ・オペラ・ミュージカル・シャンソン 」
 第二夜のkey wordは『 シャンソンへとつながる舞踊と演劇 』
 京都生まれ京都育ちで町家ギャラリーのオーナー、フランスのバレエ・オペラ等に造詣が深く、劇作家ラシーヌの研究者である西田氏に、フランスの音楽舞踊劇の歴史と特徴等について興味深いお話をお伺いします。
 フランスのミュージカルのご紹介もお楽しみに!

 実は、私は中学・高校の頃、演劇部に所属していました。
 なぜか、ギリシャ悲劇やモリエールの喜劇などに皆で凝っていた時期があり、そのいくつかを上演したのですが、西田先生と、色々打ち合わせをする中で、先生がラシーヌやモリエールの専門家でいらして、劇作のことが話題になるにつけ、何だかとても嬉しく不思議なご縁を感じています。
 先生には主にバレエとオペラのお話しを伺い、私はミュージカルとシャンソンを取り上げようと思います。

 貴重な音資料も駆使して、興味深い講演になると思います。
 参加ご希望の方はまだ少し席がありますので、どうぞご連絡くださいね。

   自然の脅威
 さて、お話は変わり。
 京都はさすが千年の都で、歴史的に見ても、自然災害が極端に少なくて、「神さんに守られてるんと違いますか」と普通に語られる街なのですが、最近、地震、豪雨と大変な状況が続いて、にわかに不安が募ってきています。
 地震の時は、「ついに・・・」と覚悟するくらい激しい揺れで、物が落ちてきたりもして怖かったですが、幸いさほど大きな被害もなくお陰様で無事でした。
 豪雨も、実害なく済みましたが、嵐山の辺りに住んでいる友人は、有栖川が決壊しそうで本当に恐怖を感じたと話していました。
 皆で災害への備えのこと等、話題にしている昨今です。

 こういう日々の中、圧倒的な自然の力、その前にある人の無力さを改めて痛感させられますし、だからこそ、平穏な日常の有難さを思い知らされます。

 でも、この度の豪雨では、もっともっと沢山の深刻な被害が生れています。
 今現在もどんなにか大変な思いをされておいでの皆様も多いことでしょう。
 心からお見舞い申し上げ、一日も早い復興をお祈りいたします。


   宵宵山を行く
 7月15日、今日は三連休のなか日ですが、尋常ではない暑さですね。
 京都、昨日は38℃、「今日、明日は40℃近くなるでしょう」との天気予報を聞くだけで卒倒してしまいそうです。
 「でもこれは、室内の風通しの良いところでの気温で、外は更に高いので、熱中症には充分気を付けましょう」と今朝の気象予報士の方が力を入れて語っていました・・・・。
 毎年、こういう猛暑は更新されている気がしませんか。
 日本は、亜熱帯を通り越して、もはや熱帯へと突入したのでしょうか。

 そんな中ですが、京都は一年の数あるお祭りの中でも代表的な<みんなのお祭り>、祇園祭の真っ只中です。

 昨日は「宵宵宵山」、そして今日は「宵宵山」、明日は「宵山」。

 「宵山」というのはお祭り前夜の事。
 祇園祭本番は17日火曜日ですので、その前祝いの夜ということで、言ってみれば12月24日の夜、クリスマスイヴのようなものです。

 前にも何回か祇園祭についてご紹介しましたが、山鉾巡行が行われる本番もさることながら、7月に入るとすぐ、祭りを行うための様々な行事がそこここで行われ、7月そのものが祇園祭一色に染まって行きます。

 本日、「宵宵山」の朝。
朝の錦市場
 我が家近くで。

 我が家は、山鉾巡行の最先端を常に切る長刀鉾(なぎなたぼこ)に卑近距離にあります。
 朝、5時頃。

 さすがに誰もいない錦市場を抜けて四条通りに出ると長刀鉾が朝陽に映えていました。

長刀鉾1 長刀鉾2
 観光客と地元の方たちが押し寄せてくる前の、静寂なひと時です。
二階から鉾へ

 ビルの2階から鉾の中に入る橋が架けられています。巡行の際には、御囃子の他に、祭りの開始を告げるしめ縄を切る稚児もこの橋を渡るのでしょう。

そして、もう一度夕方も、少しだけ視察に出かけてみました。
   人の波   宵山の長刀鉾
 「宵宵山」になると、出店も一斉に立ち、ブラブラと街を歩く人たちで溢れ、これこそが夏の風物詩という風情を見せ始めます。
 浴衣に団扇の老若男女が今年も夏の夜を一杯に飾っています。

 祇園祭は、元々、平安京で疫病が流行した869年に、その災厄の退散を願い、当時の国の数と同じ66本の鉾を立て祇園社(現八坂神社)の神を祭ったのが起源とされています。
 このとんでもない猛暑の中で、更にヒートアップするかのように今年も盛大にお祭り気分が盛り上がっているのは、災厄を収めるというお祭りの原義が、京都人のDNAの中に沸々と再燃されてきているのかもしれないと、ふと思ったりしています・・・。
おはやし

これが、祇園祭り。

この賑わいが夏の到来を告げます。




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「音楽の祭日」記念座談会、無事終了致しました

 一年半の間、準備を重ねてきました京都/Paris姉妹都市60周年記念「音楽の祭日」清水寺100本のトランペット演奏とそれに続く一連のイベントは、お陰様で、すべて好評のうちに終了することが出来ました。

 深夜まで降り続いた大雨が朝になって止み、うっすらと陽が射し始めていました。
 スタッフはそれぞれ、自分が「晴れ男だから」「晴れ女だから」と誇っていましたが、それは間違いで、超超晴れ女の私のお蔭に相違ありません・・・と心で呟く朝の私でした。

 沢山の方々の支えの上に咲いた華やかな一日を、何枚かの写真と共に追ってみたいと思います。

   清水寺西門にトランペットの音色が響いた日
 突然ですが、これはトランぺッターの控室。
控室
 昼からのリハーサルを終え、円通殿という寺務所の大広間で出番を待つひとコマです。
 ポスターの写真が印刷された記念Tシャツをユニホームとして、演奏の舞台にこれから立ちます。
 全国から集まった122名の演奏者たち。
 二回のリハーサルを経て、心を一つにして音楽を奏でることが出来るでしょうか。緊張が伝わってくるひと時です。

 時間になって円通殿からステージへと向かうトランぺッターたち。
 <何があるのかしら>と外国人観光客が注視しています。
出陣 演奏前
 ステージに上がり、姿勢を正す姿が清々しいです。
 年齢も様々。プロもアマも入り混じって。
 西門から、眼下に京都の街が一望できるのでしょう。
 四方を囲む美しい山々に、遙かな浄土への祈りを込めた古の息遣いが、奏でる時を待つシーンとした瞬間を包んでいることを感じました。
演奏 演奏
 そして、まずは、アイーダ「凱旋行進曲」からスタートです。

 音羽山清水寺にトランペットの音が高く響きます。
フェイスブック
 facebookの公式ページに、第一部から第三部までのライブ中継がそのままUPされてゆきます。
 facebookの若いスタッフの方々が朝早くからずっと音響設置などに奔走していました。

トランペットの音色は勇壮であり、でも時として、情感を纏って身にまとわりつくような哀切感を持っている気もしました。
 清水寺とトランペットという異質な取り合わせの妙かもしれません。

   成就院にて 記念座談会
 西門でのイベントに並行して、成就院での準備もなされていました。

 第三部の二胡とシンセサイザーの演奏のリハーサルも粛々と行われています。

 そして、まずは第二部の座談会。
 大広間4部屋をぶち抜いた空間の奥、床の間を背にして、パネリストと司会者の席が設えられています。
  会場1   会場
 由緒ある建物、名勝「月の庭」、少しでも損なうことは許されませんから、養生は万全、慎重を期して準備は進められます。音響、照明も着々と設置され、本番を待っています。
 昨夜の雨に洗われ、「月の庭」の緑がひと際瑞々しく光に映えています。
 準備が整い、あと少しで開場。
開始
 
 座談会の段取りなど頭によぎらせながら、少し緊張した佇まいの私です。

 シルエットに今や遅しと時を待つ気合が溢れていますよね。

始まりました。
座談会


 始まってみると、4人のパネリストの方々、力がみなぎっていらして、でもお話は和気藹々として楽しく、示唆に満ちて深く、素敵な座談会となりました。

これはfacebookの映像から切り取った写真です。
ブログ
 ひと月後に発刊される2018年音楽の祭日の記念アルバムに、座談会司会者としての言葉を記すように依頼されました。
 座談会が終わった2日後=一昨日、記した言葉です。

 音楽は祈り。
 時・国境を超えて感動を伝え、憎しみを忘れさせ、人の心を優しくさせる。
 美しい夢の実現のために何が出来るか、次世代に何を繋いでゆけるのか。深い想いに包まれながら「談」が続きます。
 「自然の音を身に沁みこませながら時を重ねてきた古都」、「目に見えないものへのリスペクトを持った襞の深い町」・・・その京都から、世界に向けて平和への希求を熱く発信することの出来た「音楽の祭日」記念座談会となりました。


   一日の終わり
 出演者、スタッフ、実行委員、アドバイザー、サポーター、招待者、プロジェクトに関わった多くの人達と、この夜、打ち上げパーティーを行いました。
山極先生
 何かを共に終えた後の高揚感、連帯感の中、盛り上がり、やがて記念撮影会、私も、パネリストの山極先生とツーショットです。
 朝から東京のお仕事で、大忙しだった先生、一瞬ほっとなさったような表情ですね。
夜景

 帰路に振り返った西門。
静寂の中に美しく浮きあがっていました。





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「音楽の祭日」記念座談会はもうすぐです

 2017年4月「音楽の祭日・京都/Paris2018実行委員会」が発足し、3部に渡る清水寺でのプロジェクトを進めてきましたが、いよいよ本番の6月21日が4日後と迫って参りました。

 これまでの経緯を辿りながら、今日はもう一度改めて「音楽の祭日」をご紹介してみたいと思います。


   第1部 「清水寺・世界友愛100本のトランペット」
 「清水寺の西門(さいもん)に100人のトランぺッターが集結して、名刹の空高くトランペットの音色を響かせたい」、「音楽で世界友愛への祈りを届けたい」そんな発想が委員会から出た時は、ただ夢のようなアイディアでしかありませんでした。
 短かったような、長かったような一年余り、私もご縁があってこの委員会のアドバイザーとして当初から参加していたのですが、これまで何度となく会合を開き、プロジェクトを進めてきました。

 清水寺の特別協力を得ることが出来て、夢が大きく実を結ぶ予感に委員会メンバー一同大いに喜び合ったのがついこの間の事のように思われます。
 ここからトランぺッター募集、報道機関への働きかけ、各方面への後援・協賛の要請、一つずつ、実行委員・アドバイザーが手探りで、そして足で、開拓して行く積み重ねでもありました。

 全国にトランぺッターを募集し、オーディションを行い、出演者を決定して行ったのですが、初めは応募も思うに任せず、先行きの不安が立ち込めたりもしていました。
 それが結局、最終的には122名という当初の想像をはるかに超える人数で演奏を行うことになったのです。

 トランペットは雨に濡れても大丈夫ということですので、6月の雨の中でも演奏は可能なのですが、そうはいっても譜面にビニールを掛けなければとか、演奏者たちの雨合羽の調達とか、すべての準備が山積みなわけです。
 イベントってこうやって成り立って行くのですよね。

 私は長い間教職に就いていましたので、色々な行事の仕切りに関わるのは日常的なことでした。忙しい日々ですが、何だかそんな頃が蘇ってきて妙に懐かしい気もしています。

 実行委員・アドバイザーの方たちの年齢は様々ですが、文化祭の前の生徒たちの高揚感と共通した熱気が感じられる気がします。
 まさに「音楽の祭日」なのだと感じます。

 実行委員長の広報の文章を載せてみます。

      ・・・・・前略・・・・・・
トランペットチラシ最終版 京都パリ姉妹都市60年の節目に、清水寺の特別協力で、西門、経堂、成就院などの施設をお借りすることが可能となり、昨年6月よりトランペッター募集を開始、全国から120名を超える参加を頂戴しました。
「音楽の祭日」開催の趣旨に則り、音楽監督、参加トランペッター、実行委員、デザイナー等、携わるメンバーは全てノーギャラ、交通費自己負担という条件にも拘わらず、望外の賛同を得ることができました。
後援の諸団体、協賛社、60余名の市民サポーター他のバックアップと30名余のボランティアが作り上げる「音楽祭」が実現しつつあることは 関係者一同の大きな誇りです。
「清水寺・世界友愛100本のトランペット」は 1982年パリで生まれた「音楽の祭日・Fête de la Musique」の一環として 世界120カ国・800都市と同じ夏至6月21日 同日に開催されます。      
またフェイスブック社の特別後援により、清水寺での音楽祭は 世界にライブ中継されることが決まり「友愛メッセージ」をより広くお届けできることとなりました。
 
     ・・・・・・・ 後略・・・・ 

  世界120ヶ国・800都市と同日開催
  清水寺FBページ、FB社公式ページから世界にライブ中継

 第一部トランペット演奏、第二部座談会、第三部コンサート、全てがそのままライブ中継されることになりましたので、よろしかったら皆様ご覧になって下さい。
 座談会の様子も全部そのまま映し出されてしまうということで、緊張しますが、何かハプニングが起こっても、至らない点が目に留まっても、ライヴの臨場感と思ってどうぞご寛容に楽しんで下さいね。

   第2部 記念座談会『音楽は国境を超える 世界友愛の祈り』

   秋尾 沙戸子氏  ノンフィクション作家
   セシル・ラリ氏  日文研・日本学術振興会研究員 
   杉木 峯夫氏    東京藝術大学名誉教授
   山極 壽一氏    京都大学総長


 上記4名のパネリストの皆様との事前インタビュー、打ち合わせもお陰様で無事進んでいます。

 こういう機会でなければ、それぞれ個人的にお話しすることなどなかったはずの方々ですのに、お人柄に触れ、それぞれの思いなど掘り下げて伺うことが出来て、私自身、とても貴重な経験をさせて頂いています。

 山極氏本
 ゴリラの研究がご専門の山極先生のご著書も何冊か読み、少しだけ門前の小僧になりかけていますが、今とても面白く思っているのが「都市と野生の思考」という一冊です。

 いつか機会があったら改めてご紹介したいと思いますが、京都市立藝術大学学長の鷲田清一氏との対談集で、教育論・文化論・哲学、多岐に渡ってそれぞれの深い見識が、散りばめられています。
 当日の座談会でお伺いしてみたいと思うこと等忍ばせつつ・・・。

 何よりもパネリストの方々の個性や考えを引き出し、興味深く展開できるよう舵取りが出来たらと思います。
聴いて下さる方たちと共にテーマについて想いを馳せて行けたら・・・・自然体で臨みます。

 以下が座談会のために記した私のご挨拶文の一部です。

 「清水寺 世界友愛 100本のトランペット」は、京都/Paris姉妹都市60周年記念であると同時に、「音楽の祭日」が日本で積み上げてきた17年間の音楽活動の節目としての記念事業とも言えます。
 第1部「世界友愛100本のトランペット」演奏に引き続き、第2部の記念座談会は、このような音楽活動の意義や役割について、改めて思いを巡らせ、この記念座談会が、京都から広く世界にメッセージを発信する もう一つの大きな力となることを願います。「音楽は国境を超える」をテーマに繰り広げられる音楽論、文化論、体験談と世界友愛、平和への提言に耳を傾けて頂けましたら幸いです。
   

   第三部 記念コンサート『月の庭 時空を超えて』
 第三部は楠田名保子さんによる二胡と岸谷宏茂氏のシンセサイザーによる演奏となります。
 18時から、日暮れ時の成就院の「月の庭」に、心を和ませながらこの音色に聞き入るひと時はどんなにか素敵なのではと思います。
 楠田さんのご挨拶の言葉を一部ご紹介します。

 中国の伝統文化「二胡」は「音の翼」となり、これまで沢山の出会いと心温まる時間を運んでくれました。世界が平和を求める時代に、1200年余りに渡り「祈りの聖地」を担い続ける「清水寺」でのこの時間、とても意味の深いものに感じます。心をこめて奏でます。「月の庭」を眺めつつ、ゆったりと時空を超えた「音の旅」に ご一緒頂けたなら幸いです。 


 皆で準備を重ねてきた6月21日
 素敵な音楽の祭日になりますよう、良いご報告ができますよう、私もベストを尽くします。 



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「音は奏でる 言葉は囁く」

 6月になりました。
 清水寺で行われる「音楽の祭日」の一連のイベントもいつの間にかあと三週間を切り、準備もたけなわとなっています。
 この話題も改めてご紹介したいのですが、今日は、9月23日に開催の「採薪亭演奏会」のご案内です。

   「採薪亭演奏会」ご案内
 本日、チラシが届いてきました!
 主催者である東福寺が作って下さったチラシです(クリックすると大きくなります)。
採薪亭2018表
 個性的な色使いとデザインが新鮮でとても素敵。
記載内容はこちらから事前にお出ししたのですが、どんなデザインとなって出来上がってくるかは届くまではわからず、そわそわドキドキの楽しさでした。

「採薪亭演奏会」というのは、毎年一回東福寺で行われているコンサートの名称です。
これまでは、室内楽や雅楽の演奏などが殆どで、シャンソンは二年前の私のコンサートが初めてとおっしゃっておいででした。
この度は、再び開催させて頂けることとなり、大変光栄に思っています。
精一杯お応えしたいと今から気合充分です。

そして今回のコンサートタイトルは

昼下がりのシャンソンと朗読 「音は奏でる 言葉は囁く」
  採薪亭演奏会 in 東福寺 2018

     日時 9月23日(日)開演12:30~15:30
     会場 東福寺大慧殿(東福寺宗務本院)
     料金 3000円(お茶・お菓子付)

 12:30から3時間・・・長時間だとお思いですよね。
 一部と二部の間の休憩時間がたっぷりと一時間。
 後援者である京都の名店前田珈琲胆入りの素敵なおもてなしが待っています。
 お店の方たちが出張して、お寺の厨房で人気珈琲店の本格的な珈琲を淹れてサーブして下さいます。この日供される特製ケーキとサンドイッチも本当に美味しくて、二年前のコンサートの折、控室で頂いた味が今でも忘れられません。
 更に主催者側では、前回は、ワインまでたくさん用意して下さっていました。
 チラシに(お茶・お菓子付)とさりげなく書いてありますが、見くびるなかれ!おもてなしの細やかさに感動。
 この和気藹々とした休憩タイムを体験して頂くだけでも是非、お出で頂く価値があるかと。
 威風堂々とした荘厳な名刹での、和やかでスペシャルな時間です。

 今回のコンサートは、主催者側のお客様が大半なのですが、私がご案内できるチケットも数十枚頂いてあります。でもそれが一杯になったところで締め切らせて頂きますので、早い者勝ち。
 ご希望の方は出来るだけお早くお申込み下さいね。

   『音は奏でる 言葉は囁く』
 このタイトルのコンセプトをチラシに次のようにご紹介しました。
採薪亭2018裏
   「音は奏でる 言葉は囁く・・・」

 音は単音から始まります。そして連音となることによって、単音とは異なる響きを奏でます。
 更に、リズムが起こると、耳に、心に届く奏でとなります・・・・

 言葉は、最初一音から始まります。そして、音が続くことで言葉になります。
 そこに、緩急・高低が起こり囁きになります・・・

 音と言葉がともに重なり、人の心に届くメロディーに育つのです・・・

 主催者の方が「シャンソンと朗読の夕べ」シリーズに注目して下さって、今回のコンサートの中に是非朗読も入れて欲しいというご要望を頂きました。

 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読んでみるつもりです。
 お寺でお釈迦様と罪人の物語・・・チャレンジングかもしれませんが・・・・、大きな声では言えないのですが、少しだけ悪戯心を誘われています。

 音と言葉の発展というのがメインテーマなので、いつもとは違った趣向も色々考えており、サプライズも仕掛けています。
 でも、これ以上の種明かしは、控えたほうが良いですね。


 6月の座談会、7月の「綾音達人夜話 第二夜」、9月の「採薪亭演奏会」、と暑さに向かって更にヒートアップしそうですが、爽やかに粛々と進んで行けたらと思います。

 お申込み・お問い合わせはいつものWEBコンタクトからお願い致します。
 皆様、是非お越しくださいますように。


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加古里子(かこさとし)氏への追悼

 2018年5月2日に、絵本作家の加古里子(かこ・さとし)氏がお亡くなりになりました。謹んで哀悼の意を捧げたいと思います。

 かこさとしさんのお嬢様とは旧知の間柄で、ご両親ともかねてから親しくさせて頂いていました。

 最近は体調を崩されていると伺い、とても心配していたのですが、突然の訃報に驚くばかりです。
 2日に他界され、ご家族だけでしめやかにご葬儀を済まされました。
 多くの皆様から慕われて、体調の優れない日々の中でも旺盛な創作活動は留まることなく、92歳になられた今年2月頃まで筆を執り続けていらしたとのこと、フル回転で過ごしてこられた生涯の最期を、ご家族の皆様が静かにお見送りになったのですね。
 「偲ぶ会」が改めてあることを伺いました。
 その際は、謹んで列席させて頂こうと思いますが、今、安らかなご帰天を心からお祈りしたいと思います。

 お嬢様のMさんに、かこさんの新刊書をいつもお送り頂いていたこともあり、私はすっかりかこさんの世界のファンになっていて、膨大な量の絵本、児童文学、エッセイ、新旧を問わず殆どすべてを精読してきました。
 
 そのお人柄にも、穏やかで温かく朗らかな、でもものの奥底を射抜くような鋭い洞察の力を感じました。スケールの大きなとても魅力的な方でした。

 このブログでも、これまで何回かご紹介してきたのですが、改めて今読み返してみると、様々な思い出がよみがえってきます。
数年前の記事ですが、よろしかったら、どうぞ皆様もお読みになって下さいね。

 『かこさとしの世界 おはなし・かがく・あそび』 (2011年9月記)
 初めてかこさんのことを取り上げた記事です。
 台風の日、鎌倉市長谷にある鎌倉文学館に、『子供たちへ、未来へシリーズ1 特別展 かこさとしの世界』を見に行った際の感動が記されています。
 会場の入口に掲げられたかこさん自筆の言葉には、子供たちを見守る温かい眼差しが感じられます。

 子どもたちへのメッセージ
  これからの未来をおしすすめ
  もっとよい世界にするため
  科学や学問を身につけ 
  ちがった意見をよくきき
  考えをふかめて実行する
  かしこい人にみんななってほしいと願っています
  そして 自分のくせや体力に合ったやり方や練習法をみつけて
  自分できたえて 
  たくましくてしなやかな能力と
  すこやかな心をそなえた人になるよう努力してください
                       かこさとし

 『子供の読書~本の手触り~』  (2012年1月記)
 この記事では かこさんの『こどもの行事 しぜんと生活』という児童書との出会いに感動して、こんな風に綴っています。
 
 ・・・・子供向きにわかりやすい言葉で記されていても、内容は妥協なく惜しみなく伝えるという科学者の情熱みたいなものがあるのでしょう。
 子供達を健全で聡明な世界に育んでゆこうとする愛情が強く感じられ、、・・・(中略)・・・かこさん自身が、小さな子供のように好奇心に満ちて、柔軟な発想を持っていらして、それが、私が彼の世界に魅かれる所以なのかもしれません。
 
 美しき受賞の夕べ ~祝!かこさとし氏~  (2012年12月記)
加古さんと

 ここでは、2012年東燃ゼネラル児童文化賞を受けられたときの様子を記しました。

 私もお招きを受けて同席しましたが、その時の2ショットは、今、思い出の一枚となりました。


 謹んでご冥福をお祈りいたします。



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ジョイント・ライヴ終了致しました

   さくらんぼの実る季節
 4月27日の巴里野郎でのジョイント・ライヴですが、お陰様で無事終了致しました。
 GWの前夜、金曜日の夕べは、さながら夏休み前の終業式が終わった夜のようで、解放された寛ぎの時間が流れていた気がします。

お越し頂きましたお客様、本当に有難うございました。
サクランボ
 すっかり慣れ親しんだ巴里野郎でのライヴ、お店のカウンターに目にも鮮やかな、さくらんぼの実を沢山つけた一枝が花瓶に活けられていました。

 常連のお客様がお店にお持ち下さったとのこと、ご自身もシャンソンを歌われるご年配のご婦人なのですが、お庭に大きなさくらんぼの木があって、季節になると何千という実をつけるというお話を前に伺ったことがありました。
 「さくらんぼの実る頃」をいつも愛唱なさっていて、その時のご説明に、さくらんぼと亡くなられたお母様との不思議なご縁を感慨深く語っておられたのを思い出しました。

 ガラスの器にも山盛りに摘まれたさくらんぼの実がいっぱいで、出演者もお客様も思わず頬張って、お互いに談笑、柔らかく甘酸っぱい味に初夏の香りが広がりました・・・・心が浮き立つような幸せが溢れ出す気がしてきます。

 街には青葉がそよいでいますし、色とりどりの花々が咲き乱れて、美しい季節の到来ですね。
 そんなこの日の楽しい一コマでした。
開演前
 お客様も開場前からいらっしゃって、ゆっくりとご挨拶しながらしばしの歓談する、ライヴハウスならではの気のおけないこんな時間は格別です。

 本番前の私。
 季節に先駆けて初夏の装いにしてみました。
 男性のお客様の真ん中に入れて頂き、記念撮影。

 両手に花(?!)ですね、嬉しそうな顔をしています。
朗読
 同じ曲を歌っても、その時のお客様の反応や自分自身の気分によって歌い方は自然に変わるのですが、それがライヴの醍醐味かもしれませんね。
 音楽も、歌も一期一会なのだと思います。
 ピアノの伴奏もこちらの気持ちの機微を反映して全く違うアレンジとなり、ステージはお互いのそういう呼吸を感じ合える至福の時でもあります。

 この日は、<さくらんぼマジック>だったのか、全体的にゆったりとしたテンポで歌い、語っていました。

 三人の出演者、堀内環さん、夏原幸子さんと、最後のご挨拶です。
共演者 夏原幸子さんとは初めてご一緒させて頂きましたが、軽妙で洒脱な語りと朗読を随所に取り入れ、お客様は涙ぐみ、大いに笑い、楽しい時間を満喫していらっしゃいました。演劇のご経験が豊富と伺っていましたが、さすがベテランの味わいと、感じ入るばかりでした。

 堀内環さんは、いつも温厚でダンディーな大先輩、この日は正統派のシャンソンの選曲を沢山ご用意下さって、しみじみと聴かせてくださいました。

 三人三様のシャンソンの世界が広がったひと時、一人でのステージの時とはまた違った空気の流れが会場にあり、それぞれがそれぞれでありながら、繋がっている、そんなことも学ばせて頂けた貴重な体験でもありました。

   貴船散歩
 さて翌日。
 今回も、東京から駆けつけて下さった仲良しの友人Mさん。
 彼女と貴船神社に散策に行きました。
貴船川1
 大型連休初日とあって、街は人で溢れかえっていましたので、少し離れたところ、一般の観光客がなかなか足を延ばせないところと考えて、貴船神社を訪れてみたのです。

 大当たり!
 初夏の爽風、新緑の中、貴船川の清流のせせらぎを聴きながら、ゆっくりと神社への道を歩きました。


貴船は6月の半ばになると、川床が一帯に据えられて猛暑を凌ぐ京都の風物詩となります。
道沿い 床の準備
 鴨川の床と並ぶ、川床の名所ですので、その頃は大渋滞を起こすのですが、今この時期はまさに穴場でした。
でも、早々と簾が掛かって眼に鮮やかな青竹を使って、川床の骨組が作られ始めています。

まずは腹ごしらえ。まさに貴船神社の鳥居の袂の鳥居茶屋で名物の「鮎茶漬け弁当」を頂きました。
鳥居茶屋  坪庭
小上がりのお座敷で、坪庭と参道の赤い手すり眺めながら、お店の方が「一晩かかって仕上げる」と言われた骨まで丸ごと食べられる柔らかい鮎を贅沢に乗せたお茶漬けがメインのお料理、「名物に・・・」ではなく、とても美味しくて大満足。

しゃがの花
 シャガの花がが可憐に咲いて神社の赤い手すりに映えます。
貴船神社階段



 神社に上がる石段で。
 着物姿のMさん、この参道に涼しげな単衣の着物が颯爽と良く似合います。

 すっと登っていく姿に道行く人たちも大注目でした。



 登り切って神社の本殿に。
 見上げると、一面に柔らかい青紅葉が美しく揺れています。
本殿 境内のもみじ

 光、風、木々、花々、そして食べ物、沢山の恵みに溢れたこの季節を満喫しながら、楽しい連休をお過ごしくださいね。


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「綾音・達人夜話」素敵な夕べとなりました

 4月7日(土)、『綾音・達人夜話』第一夜、お陰様で無事終了致しました。

ゲストとの対談の中で生れるものもとても刺激的で、私自身学ばせて頂くことが多くあったひと時でした。

   町家の風情
 高瀬川沿いにあるアートギャラリー四季AIR、「ご自由にお入りください」の文字の横に貼られた「綾音・達人夜話」のポスターです。
四季AIR 案内
 この日は「見立て展」という別の企画が催されていて、この開館時間が17時まで、その後を引き継ぐように、私の講演は18時からのスタートでした。

 少し早めに到着して二階に上がってみました。
二階
「見立て展」の作品が、まだそのまま窓際に飾られてあり、窓の外には柔らかい緑の葉に代わろうとしている桜の木々が美しく映っています。
 穏やかな時間、眼下に高瀬川のせせらぎがかすかに聴こえて、静かな町家に、春が流れます。
お客様 (1).
 一階に下りるとお顔馴染みのお客様が既にいらしていました。
 神戸からいち早く駆けつけて下さったのですね。
 いつものコンサートと違う今日の企画を楽しんでいただけるでしょうか。

窓の外、皆様が注目しているのはつがいの鴨、人慣れしているようで、すぐ傍の縁先に平気で近づいてきました。
つがいの鴨 桜の枝
 ライトアップのための照明器具に桜の一枝が掛かっていました。
 これも行く春の風情ですね。
スナップ

 連日の花粉症のダメージと、このところ重なったデスクワークとで、少し目が腫れていますね。気持ちは充実してとても張り切っていましたのに、「お疲れですか」と声を掛けられてしまい、こんなことではいけないと猛省。
作品用のライトの下にいるのに、作品としては今一つだった私です。

   第一夜 「日本語で紡ぐ」
 『綾音・達人夜話』のシリーズを通してのメインタイトルは「ことばを超えるもの・・・シャンソン・哲学・文学・芸術」

 初めは、「シャンソンって何?」というテーマで、フランスのシャンソンの草創期、そして和製シャンソンの誕生の歴史など、シャンソンの基本的な理解からお話を始めました。

 その上で、ゲストであるデカルト研究者の山田弘明先生に、フランス音楽、特にシャンソンとの出会いや、フランス的感性をどうご覧になるかなどを伺った後、この日の中心テーマである「翻訳すること」の話題に入りました。

 先生は、 「愛の賛歌」などに見る、フランス人の感情の流露の率直さなどに触れられた上で、
「翻訳は解釈に過ぎない。およそ翻訳などは正確にはできない。ましてや詩の翻訳はニュアンスが異なるので翻訳は不可能なことである。」
という敢然とした切り口で第一声。

 そして更に
 「これは言葉の翻訳のみならず、人と人とのコミュニケーションというレベルで考えても、厳密な意味で言葉が通じ合うということはあり得ない」
 という問題を提起されました。

 ハードルの高いスタートラインが敷かれ、その中で「ではそれでも何故敢えて、翻訳するのか」という命題を解きほぐしていくことになったのですが、とてもチャレンジングで楽しい時間でした。

 私としては「詩と哲学の翻訳の差異」「解釈するのでなく感覚を再現すること」等々、色々な側面から言及してゆくこととなり・・・そういう起爆剤をセッティングして下さったことこそ、対談の醍醐味でもあり、さすがだと敬服した次第です。

 ただ、90分という限られた時間の中で、まだお話足りなかったことも多く、夜更くるまでという気分でもありました。
 でもそうやって終えることができたのは、ある意味では成功だったのかもしれませんね。
 結論を導き出すことではなく、これをきっかけとして「ことばを超えるもの」「日本語で紡ぐ」ことを、何か問いかけられたなら嬉しいです。

 皆様も同じように感じて下さったようで、最後の質疑応答でも、また打ち上げのワインパーティーにも殆ど全員残られて、質問や感想など、熱くそして和気藹々と、各自の翻訳論など繰り広げられました。

 『お茶の時間』、『街』の二曲を、「翻訳の方法」の具体例として、全曲通して歌ってみました。
 ノーマイクで、簡便なCD機器でピアノ伴奏の録音を流すという方法でしたが、でも小さな画廊の中に歌が沁み通り、またいつもとは違ったしみじみとした余韻があったような気がします。

 このような良い機会を頂けましたことを幸せに思っていますし、お越し下さいました皆様に心から感謝申し上げます。

 この後三回続く「綾音・達人夜話」。
 次回は、7月21日(土)、「 シャンソンと演劇・・・ミュージカル・オペラ・バレエ 」というテーマで。
 そして三回目は11月4日(土)「 シャンソンに見るフランスとアメリカ そして日本 」と続きます。

 今回の経験を生かして、より楽しく充実したものにして行きたいと思いますので、どうぞ皆様是非お運びになって下さいね。

 今からお申込み受付を開始します。 




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